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【東方SS】パチュリースオリジナル

2009/11/25に東方創想話に投稿したSSです。
 


『パチュリースオリジナル』



「パチリ―さま、パチリーさま!」

 甲高い声で喚きながらパタパタと飛んでくるのは、紅い髪の童女である。成人女性の半分ほどの背丈もない、小さな体だ。その背中からは蝙蝠のそれとよく似た形をした小さな羽が生えており、頭の両脇からも耳の代わりに蝙蝠の羽が突き出している。
 そういった外見の特徴が示す通り、彼女はもちろん人間の子供ではない。
 種族名、小悪魔。名前はまだない。この紅魔館の住人の一部からは「ポチ」などと呼ばれることもあるが、通称は「小悪魔」である。

「パチリーさま、パチリーさま!」

 小悪魔の甲高い声は、静かな図書館の中ではいっそう高く響き渡る。彼女は返事がなくてむきになっているかのように、なおも「パチリーさま、パチリーさま!」と舌足らずな声音で連呼しながら、図書館の中央目指して飛んでいく。
 そうして、立ち並ぶ本棚の隙間にお目当ての人影を見つけると、小悪魔の顔がぱっと輝いた。嬉しそうに、より一層やかましく羽をばたつかせながら、一直線にその人影に向かって飛びこんでいく。

「パチリーさまーっ!」
「図書館で騒がない」
「へぶっ」

 小悪魔はその人影が掲げた分厚い本に頭から突っ込んで、蛙が潰れたような声を漏らした。
 本の裏表紙に沿ってずるずると滑り落ち、べたんと床に落下にして「ふぎゃっ」と声を上げる。

「こぁー」

 小悪魔が目に涙を浮かべて、頭上を仰ぎ見る。彼女の背丈は座っているその人影の腰部と同じぐらいの高さのため、どうしても見上げる形になるのだった。

「パチリーさま、痛いです」
「あなたはうるさい」
「ごめんなさい」

 しょんぼりと肩を落とす小悪魔を横目で数秒見つめた後、その人影……動かない大図書館とも呼ばれる紅魔館の知識人、パチュリー・ノーレッジは、椅子に座って本の頁を捲りながら静かな声で言った。

「それで、何か用?」
「あ、はい。えーとですね。えーと、えーと」

 小悪魔は少しの間首を傾げたあと、何か思い出したようにぱっと顔を輝かせた。

「そうでした。さっき妖精の連絡係が来てですね。いま、黒白が美鈴さんと戦ってるそうです」
「そう」

 呟き、パチュリーは右手を上げて無造作に指を鳴らした。呼応するように、図書館の奥から地鳴りのような低い音が響いてくる。
 紅霧異変を機にパチュリーが自ら設置した、「危険書架緊急隠蔽装置」が作動したのである。

「こぁー」

 小悪魔が大笑いする。

「あの黒白も、まさかここにあるのが盗まれてもいい本だけとは気がつかないのです」
「あの子が持つにはまだ危険な魔導書を隠しているだけよ」

 素っ気なく言って、パチュリーはまた本の頁をめくる。

「こぁー」

 小悪魔は物欲しそうな顔をして、パチュリーが座る椅子の周りをちょこちょこと歩き回った。
 パチュリーは本から目を離さないまま、

「なに」
「パチリーさま。この小悪魔、伝令係という大任を果たし終えたのです」
「そうね。ご苦労」
「なんかごほうびください」

 小悪魔が一生懸命に差し出す両手の平を一瞥もせず、パチュリーはパタンと本を閉じて立ち上がる。

「パチリーさま?」
「レミィのところへ行ってくるわ。お前はその辺で遊んでなさい」
「こぁー」

 小悪魔はしょんぼりと肩を落とし、とぼとぼと歩いていく。
 それを顧みることもなく、パチュリーは静かな足取りで図書館を出て行った。



 小悪魔、と皆から呼ばれている彼女がいつ頃どういった経緯で紅魔館の図書館に住み着くようになったのか、正確な時期を知っている者はほとんどいない。
 唯一知っている可能性があるのは図書館の主であるパチュリー・ノーレッジだけだが、彼女は尋ねられても決まって「さあ」と答えるだけだ。
 この小悪魔というのは名前の通りの小さな悪魔であり、悪魔と言ってもさほど大きな力を持っているわけではない。と言うより、下手をすれば妖精より弱い。幼少期の十六夜咲夜相手に先輩面しようとしたら、逆にのされて上に乗っかられ、「それそれ、走れポチ!」と尻を叩かれて「こぁーっ!」と悲鳴を上げていたのは未だ住民の記憶に新しい事実である。
 紅霧異変のときも侵入者と聞いて張り切って出て行ったが、見かけ倒しの大玉をばら撒くだけだったのであっさりと突破されてしまった。

「他の連中の相手はなかなかハードだったが、あいつのとこだけはイージーだったな」

 とは、黒白の魔法使い霧雨魔理沙の言である。
 そんな役立たずの小悪魔が、何故未だ追い出されることもなく紅魔館の図書館に住み着いているのか。その理由も、やはり誰も知らない。図書館長たるパチュリーは黙して語らず、館の主たるレミリア・スカーレットは、

「まあ、細かいことはいいじゃないの。青い果実は熟れかけた頃に収穫するのが乙というものよ」

 だのと、幼げな顔に下卑た笑みを浮かべて口元の涎を拭いながらコメントしたそうである。
 そういったわけで、メイドのような仕事をすることもなく。図書館の司書なんぞやれるはずもない小悪魔は、今日も今日とて鬱陶しくこぁこぁと喚きながら無駄にフラフラ飛びまわっているのであった。
 その性格は陽気で悪戯好き。妖精と大差ない。
 要するに、子供と丸きり同じ精神構造の持ち主であった。



 パチュリーが図書館に戻ってくると、何やら奥の方からきゃいきゃいと騒がしい声が聞こえてきた。
 眉をひそめることも顔をしかめることもなく、パチュリーは無表情のまま歩いていく。
 そうして、図書館中央付近の読書机があるスペースが見えてきたところ辺りで、

「だから小悪魔は、いつか大小悪魔になってパチリーさまをお助けするのです!」
「わぁ、偉いねー、こぁちゃん」
「大だか小だかいまいち分かんないけど」
「ともかく偉い。ごほうびにアメちゃんをあげよう!」
「こぁー!」

 はしゃぐ小悪魔の喜びの声を聞きながら、パチュリーはぴたりと立ち止まる。
 見ると、読書机の周囲に妖精メイドが何人か集まり、小さな影を取り囲んで騒いでいた。
 その中心にいる小悪魔は、妖精メイドの一人が差し出した小さな包みを受け取ると、いそいそと包み紙を開いて中身の飴玉を取り出し、小さな口一杯に頬張った。
 そうして丸い飴玉をころころと口の中で転がしながら、

「こぁー」

 小悪魔、至福の笑顔である。
 パチュリーは無言のままでポケットに手を添え、無表情にその光景を眺める。
 と、妖精メイドの一人が彼女に気づいて、「ちょっと」と慌てて仲間の袖を引いた。

「あ」
「パチュリー様……」

 妖精メイドたちが気まずそうに顔を見合わせ、「し、失礼しましたー」と、一人以外がそそくさと退散する。
 残った一人は罰の悪そうな笑顔を浮かべ、

「お早いお帰りですね。お嬢様のところへお出でだと聞きましたけど」
「大した用事ではなかったから。それで、なにかあった?」

 別段脅すでも叱るでもなく、淡々とした口調で問いかける。ちなみに小悪魔は飴玉をしゃぶるのに夢中で、全く話を聞いていない様子だ。
 妖精メイドは居住まいを正し、少しだけ真面目ぶった口調で報告した。

「ついさっき、美鈴様が黒白に負けて、門を突破されたそうです」
「そう。今日はまた一段と早いわね」
「ですねえ」

 失望などは全く含まれていないパチュリーの言葉に、妖精メイドも苦笑で答える。
 今や恒例行事と化した感すらある霧雨魔理沙の堂々たるコソ泥行為であるが、その被害について深刻に考える者は、館の中には一人もいない。
 そもそも弾幕ごっこがあまり得意でない門番に対して、スペルカードルールに則った勝負をして負けたら通してやれと命じている以上、本気で撃退するつもりがないのは明白である。館内にも、侵入した霧雨魔理沙を追い出そうとする者は一人もいない。
 要するに侵入からコソ泥行為まで、全てが遊びの範囲内ということだ。魔理沙の方でも案外それを承知しているらしく、コソ泥関連以外の迷惑行為を館内で働いたことは一度もない。これでもっと傍若無人な態度を取っていたら、話は別だったろうが。
 余談ではあるが、こうした一連のお遊びには対外的なアピールという意味合いも多分に含まれている。
 魔理沙が館に侵入を試みるとき、あくまでもスペルカードルールに則った勝負に合意することで、紅魔館という勢力に幻想郷の秩序を乱す意がないことを示すのである。

「吸血鬼異変で派手に暴れて以来、賢者連中や山の天狗どもには警戒されてるからね。今後も平穏にやっていくにしろ何か事を起こすにしろ、連中を油断させておいて損はないよ。この程度で紅魔の名に傷はつかない。美鈴もその辺は分かっててくれるから、わたしも安心して道化ていられるわけよ」

 紅魔館の主たるレミリア・スカーレットは、ワイングラス片手にそんなことを言って笑っていたものだ。
 閑話休題。

「まあ毎度のことですから不要なことかもしれませんが、一応ご注意下さいね」

 妖精メイドは周囲を見回しながら、

「この辺りの本は、盗まれても大丈夫なものばかりですか?」
「一字一句漏らさず内容を暗唱できるわ。面倒だからやらないけど」

 パチュリーが誇るでもなく静かに答えると、妖精メイドはにこやかに笑って、。

「さすがパチュリー様。それでは、失礼いたします。またね、こぁちゃん」

 妖精メイドがパチュリーに向かって一礼し、小悪魔に軽く手を振りながら図書館を出ていく。
 その段になってようやく飴玉を舐め終わったらしい小悪魔が、両手を上げて「こぁー!」と叫んだ。

「見ててくださいパチリーさま、黒白なんてこの小悪魔がけちょんけちょんにしちゃいますよ!」
「そう。頑張ったら」

 パチュリーは興味なさげに答え、読書机の前に座って読み差しの本を手に取る。
 顔を上げると小悪魔がいて、気合たっぷりに「こぁー! こぁー!」と叫んで腕を振り回している。
 それを数秒ほど眺めたあと、パチュリーは本を開いて読み始めた。



 いつものように図書館の扉を開けたら、いつものように「こぁーっ!」と叫びながら何かが飛んできた。

「よう、元気かポチ」

 魔理沙は慌てるでもなく、飛んできた小悪魔の頭を鷲掴みにする。「こぁっ!?」と悲鳴を上げながら、小悪魔がじたばたと短い手足を振り回してもがく。

「ぱ、パチリーさま! 助けてください! ビョーキうつされちゃいますぅ!」
「人を病原菌みたいに言うなよ」

 魔理沙は苦笑しながら短く呪文を詠唱し、肉体強化魔法込みで小悪魔を投げ飛ばした。

「こあぁぁぁぁぁぁ……!」

 尾を引く悲鳴が、立ち並ぶ本棚の向こうに消える。
 魔理沙は何事もなかったかのように本棚と本棚の間の道を進むと、いつものように読書机に腰かけて静かに本を読んでいるパチュリーに向かって、軽く片手を挙げた。

「よう、元気かパチュリー」
「見ての通りよ」
「そうか。元気出せよ」

 気楽に彼女の肩を叩き、魔理沙は手近な本棚に歩み寄る。

「えーと、今日はこれとこれとこれと……」

 最近進めている研究に関連していると思しき本を何冊か抜き出し、持ってきた袋に詰める。
 そしてまた読書机のそばに戻り、パチュリーの隣の椅子に腰かけながら笑いかけた。

「借りてくぜ、これ」
「読めるの?」
「多分な」
「また馬鹿なことをやってるのね」
「ん。分かるのか?」
「本の内容から考えれば、大体の想像はつくわ」
「へへ、ならその予想を覆してびっくりさせてやるさ」
「そう。楽しみね」

 パチュリーが無関心に言うと、魔理沙は「へえ」とからかうように言った。

「そりゃ意外だな。お前のことだから『無駄な努力ね』とでも言うかと思ったぜ」
「人の成長を見るのは楽しいものよ。予想を覆されるのもね。両方とも、良質な物語には必要不可欠な要素だわ」

 頁を捲る手つきも淀みなく、パチュリーは淡々と語る。
 魔理沙が何となく押し黙って鼻の下を指で擦っていると、

「こぁー……」

 と蚊の鳴くような声がして、本棚の向こうから埃まみれの小悪魔がフラフラと飛んできた。
 半べそをかいている彼女に、魔理沙はくつくつと笑いかける。

「よう、お早いお帰りだな」
「こぁーっ!」

 小悪魔は大変に立腹した。

「出会い頭に何するんですかこのドブネズミ! ペストで死ね!」
「なんか矛盾してるぞオイ」
「そんなことはどうでもいいのです!」

 小悪魔はパタパタ飛んでくると、埃をまき散らしながら椅子によじ登り、読書中のパチュリーの膝に潜りこんだ。

「こぁー! ここはパチリーさまと小悪魔の城なのです! 余人が入り込むスペースなど鼠一匹分もないのです!」
「だそうだが。どうだ、パチュリー?」
「邪魔」

 パチュリーは素っ気なく呟くと、指を鳴らして魔法を発動。次の瞬間小悪魔は見えない手につかまれたかのように、床にストンと下ろされた。

「こぁー……」

 小悪魔がまたべそをかき始める。魔理沙は苦笑して、パチュリーに耳打ちした。

「膝の上に乗せてやるぐらい、許してやってもいいんじゃないか」
「トラウマなのよ」
「は?」
「なんでもない」

 二人が小声で会話を交わす横では、小悪魔が「こぁ、こぁ」と低い声で泣きじゃくっている。
 やれやれ、と魔理沙は嘆息する。泣いているのは童女であり、その原因の内半分は多分自分である。

「このまま放置ってのも、なんだな」

 呟きに、パチュリーは一見何の反応も見せない。
 そのとき魔理沙はふとあることを思い出して、

「そうだ。さっきのあれがあったな」

 と指を鳴らした。ぴくっ、とパチュリーが微動するのに気づくこともなく、ごそごそとスカートのポケットをまさぐる。
 そしてお目当てのものを右手につかみ、にっと笑って小悪魔に歩み寄った。

「おい、小悪魔。こぁちゃーん?」
「こぁ」
「これ、やるよ」

 きょとんとする小悪魔の前で、差し出した右手を開く。そこから落ちて小悪魔の前に転がったのは、紙に包まれた小さな飴玉である。

「こぁーっ!」

 小悪魔が目を輝かせて包みにつかみかかり、いそいそと紙をはぎ取って、中の飴玉を小さな口一杯に頬張った。
 泣き顔が即座に至福の笑顔へと転じ、「単純な奴」と魔理沙は苦笑する。

「そんなに飴が好きか」
「こぁ。アメちゃんは好きです。田舎の婆ちゃんのポケットは、いつでもアメちゃんで一杯でした。子供の頃の小悪魔は、それはもう好きなだけアメちゃんをしゃぶる至福の毎日を送っていたのです」
「へえ。お前にも婆ちゃんとかいるんだな」
「当然です。とっても大きな小悪魔でした。わたしもいつかあんな大小悪魔になって、パチリーさまをお助けするのです」

 小悪魔は立ち上がると、口の中で飴玉を転がしながら偉そうに胸を張った。

「仕方ないですね。今回はパチリーさまに免じて許してやるのです」
「そうか。そりゃありがとうよ」

 魔理沙はぐしゃぐしゃと無造作に小悪魔の頭を撫でて、また「こぁーっ!」と抗議されつつ、後ろを振り返る。
 ポケットから手を引き抜いているパチュリーに向かって、軽く片手を上げた。

「邪魔したな、パチュリー。また来るぜ」

 返事はなかったが、構うことなく図書館の外へ出る。
 館の入口へ向かう途中、向こうからレミリアがやって来て、

「あら。相変わらず泥臭いわね、魔理沙」
「よう。相変わらず乳臭いな、レミリア」

 二人は互いにニヤリと笑ってすれ違った。



 そうして、魔理沙が帰ってから、一時間ほどの後。
 紅魔館のメイド長たる十六夜咲夜は、完全で瀟洒なメイドという二つ名に恥じぬ楚々とした足取りで、館の廊下を歩いていた。
 しかしその可憐な姿とは裏腹に、今彼女の周囲は非常に騒がしい。

「こぁーっ! こぁーっ!」

 と、やかましく喚きたてる小動物が、咲夜の右手に襟首つかまれて空中でじたばたともがいているからであった。
 咲夜は全く構うことなくにこやかな笑みを浮かべたまま廊下を進み、図書館の扉を開いて中に足を踏み入れた。
 相も変わらずこぁこぁ喚いている童女のことは無視して、図書館中央の読書机が置いてあるスペースまで歩いていく。

「パチュリー様、お届け物ですわ」
「いらない」

 構わず右手を離すと、落下した小悪魔が床に尻を打って「こぁーっ!」と叫び声を上げた。

「何するんですかこんガキャー!」
「お黙り、ポチ」

 咲夜は両腕を組んで小悪魔を見下ろし、冷然と睨みつけながら言った。

「この忙しいときに鍋にミミズなんか入れようとしてくれちゃって、もう」
「小悪魔の故郷ではミミズは極上のトッピングなのです」
「じゃあ食べてみる? ねえ、食べてみる?」
「こぁーっ! ぱ、パチリーさま、助けてください! 殺人メイドが小悪魔の鼻からミミズを! 鼻からミミズを!」
「いつまで経っても子供なんだから、全く」

 あらかじめ持ってきておいた袋にミミズを放り込みつつ、咲夜はため息を吐く。
 今や紅魔館のメイド長として申し分ない働きをしている咲夜であるが、この小悪魔とはある意味幼友達のような間柄である。
 とは言え、咲夜がすっかり大人になってしまったのに対して、小悪魔は今も昔も変わらぬ悪戯三昧の毎日。二人の距離は全くかけ離れてしまったように思える。
 だがこうして昔と変わらぬ小悪魔を前にすると、さしもの咲夜の心にも、忘れ去った童心がかすかに蘇ってくるのだった。

「ともかく、これっきりにしなさいね。次見つけたらあんたを鍋で煮るわよ、ポチ」
「こぁっこぁっこぁっこぁっ!」

 小悪魔は大胆不敵に笑った。

「冗談じゃないのです。小悪魔の悪戯魂は永遠に不滅なのですよ」
「永遠に子供でいようって?」
「止めてほしかったら、なんか寄こすのです!」

 小悪魔が堂々と片手を差し出してくる。
 ちなみにパチュリーはこの騒ぎにも我関せずのようで、本の頁を手繰る手つきは極めて静かである。

(なんか寄こせ、ねえ)

 本来であれば、真面目に答える必要もないふざけた要求である、が。

(ちょうどいいか)

 咲夜はほんの少し悪戯心を起こし、ポケットからある物を取り出した。
 紙に包まれた、一粒の飴玉である。

「こぁーっ!」

 目を輝かせる小悪魔に、咲夜は悪戯っぽく首を傾げる。

「欲しい?」
「欲しいです! 寄こしなさい!」
「どうしようかしら」

 咲夜は優しく微笑みながら、自分の顔の横で飴玉を持った手をひらひらさせる。
 小悪魔が小さく唸りながらその手の動きを目で追い、その内、

「こぁーっ!」

 と、気合たっぷりに雄たけびを上げながら、飴玉に向かって大きく跳躍した。
 だが、その程度の動きなど咲夜は当然読んでいる。向かってくる小悪魔をあっさりと避けながら、

「ほらほら、こっちよ、こっち」
「こぁっ、こぁっ!」

 小悪魔は必死に飛びまわって飴玉を追いかけるが、咲夜はそのたびひらひらと手を動かし、寸でのところで小悪魔の突進を避ける。
 そうやってくるくる回っていると、何とも懐かしい気分になってきた。
 幼い頃はこうして、この犬だか猫だか小悪魔だか分からない生き物と一緒に、館の中を走り回ったものだ。

(なんだか、随分昔の話みたい)

 また小悪魔を避けながら微笑んだとき、咲夜はふと視線を感じて顔を上げた。
 いつの間にやら本から目を離していたパチュリーが、無言に無表情のままじっとこちらを見つめていた。

「あ」
「こぁーっ!」

 咲夜が硬直した一瞬の隙を突いて、小悪魔が飴玉を奪取した。
 いそいそと包み紙をはぎ取ると、小さな口に頬張ってころころと転がす。

「こぁー」

 この日三度目、至福の表情である。
 一方の咲夜は顔から火が出そうな勢いで頭を下げていた。

「も、申しわけございませんパチュリー様、お恥ずかしいところを」
「いいわ」

 パチュリーはポケットから手を引き抜きながら、もっともらしく言った。

「心に子供の部分を残しているのは悪いことではないわ。ノスタルジーやセンチメンタリズムも、良質な物語においては重要な要素よ」
「はあ。ええと、ありがとうございます」

 曖昧に答えたあと、咲夜はふと、足下で飴玉を頬張っている小悪魔を見下ろす。
 なんとも幸せそうで間抜けな表情に、思わず苦笑が漏れた。

「相変わらず飴玉好きね、あんた」
「こぁー。今日はアメちゃん三つも食べられて、小悪魔幸福の絶頂なのです」

 とろけるような声音がこれまた幸せ一杯だったせいか、咲夜の心に再び悪戯心が湧いてきた。
 ちょっと屈んで小悪魔の頭を撫でながら、

「そう。それは良かったわね。でもポチ、それ以上は食べない方がいいわよ」
「こぁ?」

 きょとんとする小悪魔に、咲夜は笑顔でゆっくりと言い聞かせる。

「一日に三個より多く飴玉を食べるとね、虫歯になってしまうのよ」
「こぁ!」

 小悪魔は大変に驚愕した。

「そ、それは本当ですか!」
「ええ、もちろん本当よ」
「でもでも、小悪魔昔は婆ちゃんのアメちゃんたくさん食べてたけど、虫歯になんかなってないですよ!」
「それはあんたが子供だったからでしょう。飴玉を好きなだけ食べられるのは、子供だけの特権。その証拠に、大人をご覧なさい。こんなにおいしい飴玉を、誰もそんなにたくさんは食べていないじゃない」
「そ、そう言えば……!」

 小悪魔はぶるぶると震えた。それを見て、咲夜はうす暗く笑いながら、

「虫歯は怖いわよー? わたしも小さいころお嬢様に……フフ。その上、幻想郷では虫歯になると流し雛を用意してね、いつもより多く回っております厄神様にお降り頂いた後に、必殺の鍵山ドリルを口にねじ込んで、悪い部分ごとガリガリガリガリ歯を削ってもらうという荒療治が一般的で」
「こぁーっ!」

 小悪魔は悲鳴を上げた。

「嫌です嫌です、鍵山ドリルなんて嫌です―っ!」
「そう。だったら今日の飴玉はこれだけにしておくのね。また誰かがあげるって言うかもしれないけど」

 ぶるぶる震えている小悪魔を尻目に、咲夜はパチュリーに向かって折り目正しく頭を下げた。

「ではパチュリー様、失礼いたしますわ。本当に、お騒がせして申し訳ございません」
「いいけど。ねえ、咲夜」
「はい?」
「どうして飴玉なんて持ってたの?」
「ああ、それは」

 咲夜はちょっと疲れた心境で微笑んだ。

「先程廊下を歩いていたら、お嬢様から頂きまして。物凄くいい笑顔を浮かべておられましたから、何かまた変な意味があるのでしょうけれど、敢えて何も言いませんでした」
「そう。苦労するわね」
「これも従者の義務ですので。でも、ちょうど良かったですわ。この子と、あとさっき魔理沙にもあげましたし」
「ああ、それで」

 パチュリーは納得したような色をかすかに声音に含ませた後、

「ねえ、咲夜」
「はい」
「羨ましい?」

 ひそかに揺らいだパチュリーの視線の先には、未だ回転する厄神の恐怖に怯えて、しかし飴玉はしっかり舐め続けている小悪魔がいる。
 咲夜は微苦笑した。

「そうかもしれませんね。飴玉一つでこんなにおおはしゃぎできるのも、子供の特権でしょうから。それでは」

 飛ぶ鳥立つ背を濁さず。能力を使って時を止め、咲夜は文字通り音もなくその場を立ち去った。



 レミリア・スカーレットは吸血鬼である。
 だから処女が大好きだ。

「処女航海、処女飛行、処女走行……やっべ、処女だらけじゃん。やらしくね。この本スッゲーやらしくね?」

 パチュリーの隣の椅子に座って、息を荒げながら「乗り物の歴史」という表題が書かれた本の紙面にかじりつき、夢中で赤い蛍光ペンを走らせているのは紅魔館の主たるレミリア・スカーレット。外見だけで言えばまだ年端もいかぬ乳臭い幼女である。
 そんな彼女が図書館に入って来て、いつもの日課を始めたのはつい先程。咲夜が立ち去ってからまだ十分も経たぬ時刻である。
 今日のターゲットは他の本より若干本文に含まれる処女率が高めであるが、レミリアの手にかかれば五分もかからず全ての処女が一つ残らず赤く彩られることだろう。

「ねえレミィ、それいい加減止めてくれない? 魔法があるって言っても、塗料を落とすのが面倒なのよ」
「笑止。処女を求めるわたしの情熱を止められる者など誰一人としていないわ」
「だったらあなたの部屋の秘密のスペースに隠してある官能小説でも読んでいなさいよ」
「あれは全部処分したよ。万一咲夜の目に触れたら教育に悪いもの。ふふふ、咲夜を清らかな処女として育て上げる計画は順調に進行中よ。まあ育てたところで約束があるから血は飲めないわけだけど、焦らしプレイみたいでそれはそれでよし」
「相変わらずレミィは最高の教師ね。逆の意味で」

 淡々と言いながら、パチュリーはぱらりと頁を捲る。レミリアがふと顔を上げて、

「ところでパチェ、今日は何の本を読んでいるの?」
「『あなたの周りの困った人々』」
「へえ。大変でしょうね、周りがそんな連中ばっかりだと」
「ええ。今ひしひしと実感しているところよ」

 パチュリーは小さく息を吐いたあと、ちらりとレミリアを見て、

「ねえ、レミィ」
「ん、なに。おっと、処女作を見落とすところだった。処女作って一際やらしいわよね。一文字変えるだけで」
「咲夜にも飴玉をあげたのは、どうして?」
「おお、よくぞ聞いてくれた我が親友!」

 レミリアは突然椅子の上で立ち上がると、大仰に腕を広げた。

「アメとムチって言葉があるじゃない?」
「ええ」
「つまりアメをくれてやることはムチをくれてやることと同義なわけ」
「常人にはとても真似できない発想ね」
「加えて、咲夜は処女。処女にムチをくれてやるわたし。やらしくて大変結構」
「相変わらずレミィの思考は芸術的だわ」
「やだ、そんなに褒めないでよ。濡れちゃうじゃない」
「ええ濡れるわね。わたしの目が」

 パチュリーが冷たい声で言うと、「いやまあ、冗談は置いといて」とレミリアは微苦笑した。

「ほら、最近咲夜頑張ってるじゃない? それでなんかごほうびあげたいなーと思ったんだけど、そしたら昔のことが頭に浮かんでね。飴玉あげてみたんだけど、さすがに昔みたいに大喜びはしてくれないわね」
「それはそうでしょうね」

 パチュリーが言うと、レミリアは大袈裟にため息を吐いた。

「やれやれ。娘の成長が嬉しい半面、親としては寂しいものだわ。この間も、昔みたいに可愛い悲鳴を聞いてみたいと思ってあの子のベッドにミミズ入れておいたんだけど」
「何やってるのよ」
「うん、やめるべきだったと今は思う。期待通り悲鳴は聞けたんだけど、その日の夕食が妙にぶよぶよしてる上に細切れになってるパスタでさ。明らかにミミズモデルなのよ。あのときの咲夜の笑顔は本気で怖かった」
「でも食べたんでしょう?」
「当然。娘の料理を残さず食べるのは親の義務よ。『そういうプレイだと思えば割といける』って言ったら咲夜も泣いてたわ、感動して。っと、出来た」

 レミリアは蛍光ペンをしまって本を閉じ、満足げに頷いた。

「今日もたくさんの処女を頂いてしまったわ」
「安っぽい代償行為で大変結構だわ。幻想郷は今日も平和ね」

 後で塗料を落としておこうと思いながら、パチュリーは本を机の隅に押しのける。
 一仕事終えたという顔つきで、レミリアが短い腕をうんと伸ばした。

「ああ、疲れた。パチェのむっちりした膝の上で一休みしたいわ」
「嫌よ」
「どうして」
「あなた執拗に胸を狙ってくるじゃない」
「仕方ないわ。それは悲しい本能なの。わたしの死んだお母様がパイオツカイデーのパツキンギャルだったから」
「それ何語?」
「もう二度と会えない母の幻影を求めてさ迷う哀れな子羊なの、わたし」
「お母様も草葉の陰で泣いていることでしょうね」
「ええ、立派に成長した娘の姿に感動してね」
「こぁー」

 不意に不思議そうな声が会話に混じってきたので、レミリアとパチュリーは顔を見合わせた。
 見ると、いつの間に潜りこんだのか、小悪魔が机の下で何かの本を捲っている。
 さっきレミリアが蛍光ペンを走らせていた本だった。

「パチリーさまパチリーさま、この字はなんて読むんですか」

 蛍光ペンで色づけされた部分を小悪魔が指さしたら、レミリアが快活に笑った。

「よし、教えてあげるから一緒にあっちの本棚の陰まで行こうか」
「レミィ」
「冗談だってば」

 レミリアは笑って椅子から降りると、自分も小さな体を机の下に押し込んで、小悪魔を本ごと引きずり出した。
 そして目にも止まらぬ早さで小悪魔から本を取り上げると、

「ポチ、この本はまだお前には早いのよ」
「えー、なんでですかー」
「なんでも。代わりにお前にはこれをあげるわ」

 レミリアは悪戯っぽく笑って、どこかから一つかみほどの飴玉を取り出した。

「こぁ!」

 小悪魔の顔が一瞬ぱっと輝く。
 が、すぐに何かに気づいたように頬を押さえ、それから慌てて唇を引き結び、ぷいっと顔をそらした。

「い、いらないです」
「ほう」

 レミリアが面白がるように片眉を上げ、それからニヤニヤ笑いながら飴玉の一つを口に放り込んだ。
 それをやたらにチュパチュパ音を立ててしゃぶりながら、感極まったように目を細め、

「んー、おいちー!」
「こぁー……」

 小悪魔の口からだらだらと涎が垂れる。
 レミリアが一層ニヤニヤ笑いを深め、小悪魔の小さな肩に、己の短い腕を回す。

「さあさあ、何遠慮してんのよぅ、こぁちゃん。ほら、遠慮せずに一粒いっちゃいなって」
「こぁー……」

 小悪魔が魅入られたように、飴玉に向かって手を伸ばす。パチュリーがかすかに目を細めて見守る中、小悪魔は飴玉をつかむ直前、ぎゅっと目を瞑りながらその腕を引っ込めた。
 耐えがたい誘惑を振り切るように激しく首を振りながら、

「だ、だめです、ぜったいだめです!」
「んー? なーんでそんなにいやなのかなー?」

 挑発するように口の中でからころと飴玉を転がしながら、レミリアが言う。その表情は実に楽しげであり、

「純情無垢な小娘を誘惑するのはたまんねえ愉悦だぜヒャッハァーッ!」

 と、幼げな顔にデカデカと書いてある。
 一方小悪魔はレミリアが口の中で飴玉を転がす音にすら心を揺さぶられるらしく、両腕で耳を塞ぎながら懸命に首を振る。
 その小さな唇から、必死な叫び声が漏れだした。

「だ、ダメです! 今日これ以上食べたら、虫歯になっちゃうからダメなんです!」
「虫歯ぁ?」

 その言葉を聞いて一瞬きょとんとしたあと、レミリアは大口開けて笑いだした。

「なーによポチってば、そんなの怖がってたの? 案ずるな、虫歯なんて全然大したことないわ」
「で、でも鍵山ドリルが」
「大丈夫大丈夫」

 レミリアは怯える小悪魔に向かって気楽に笑いながら、

「わたしなんて、一か月前ぐらいから虫歯あるの隠してるけど、我慢してるから全然平気だもんね!」
「へーえ、そうだったんですかー」

 突然、新たな声が会話に入ってきた。
 レミリアがびくりと肩を震わせ、おそるおそる背後を振り返る。
 そこにはいつの間にか、ニコニコ笑顔のメイド長が腕を組んで立っていた。

「げぇっ、咲夜!?」
「はい」
「い、いつからそこに……!」
「ついさっき。虫歯の下りから」
「うっわ、タイミング悪っ! ご、ごめんねみんな、わたしちょっと急用を」
「お待ちください」

 駆け出しかけたレミリアの襟首を、咲夜はがしりとつかみ止める。
 レミリアは悲鳴を上げながらじたばたともがいた。

「は、離せ! 離しなさいって、咲夜!」
「いいえ、離しませんわ。ねえお嬢様、覚えておられますか?」

 咲夜がにっこりと笑い、懐かしむように目を細める。

「わたしがまだ小悪魔と同じぐらい小さかった頃、虫歯になったのを隠していたらお嬢様が発見なさって、ペンチで無理矢理引き抜いて下さいましたよねえ。それはもう楽しそうな笑顔で」
「い、いやそれはだってほら、虫歯は早目に抜いておいた方がいいっていう親心……」
「ええそうでしょうとも。ですからわたしも娘心を発揮して、今すぐお嬢様の虫歯を処置して差し上げますわ」
「いやいや、それは要らない気遣いってもので」
「恐れる必要は何一つございません。ほら、あちらに流し雛もたくさん用意してありますから」
「流し雛!? なんに使うのそれ!? なんかすっごい嫌な予感するんだけど!」
「さー、行きましょうねーお嬢様。ではパチュリー様、お騒がせいたしました」
「いやーっ! 助けてパチェ―ッ!」

 レミリアの小さな体が、ズルズルと咲夜に引きずられていく。響き渡る悲鳴にパチュリーが小声で歌うドナドナが被さり、最後に図書館の扉がバタンと閉じた。
 そうして後に残されたのは、無表情で座ったままのパチュリーと呆然と立ち尽くす小悪魔。そして先程暴れた拍子にレミリアの手から零れ落ちた、たくさんの飴玉の包みだけである。
 その飴玉の包みの一つが、ころころと転がって小悪魔の靴にコツンと当たった。

「こぁ……」

 小悪魔が、しゃがんでその包みを拾い上げる。
 パチュリーは静かに立ち上がって小悪魔の背後に歩み寄ると、

「食べないの?」
「こぁ」

 小悪魔が驚いたように立ち上がり、頭上を仰ぎ見る。その無垢な視線をパチュリーは静かに受け止め、

「一日に三個以上食べたら虫歯になる、なんて、咲夜の冗談よ。寝る前に歯を磨けば大丈夫」
「そう、なんですか?」
「ええ。あなたはもう少し疑うということを知りなさい。それで、どうするの?」

 と、パチュリーは自分の服のポケットに触れながら問いかける。
 小悪魔はしばらくの間、パチュリーの顔と手の中の飴玉とを交互に見比べていたが、やがて厳しいしかめ面を作りながら、飴玉の包みをポケットの中に押し込んだ。
 それを見ながら、パチュリーは淡々とした声で問いかける。

「いいの?」
「はい」
「食べちゃだめ、なんて言わないわよ」
「でも、食べません。あのですね」

 と、小悪魔はいつになく真剣な顔で言う。

「小悪魔は、いつか大小悪魔になって、パチリーさまをお助けするのです」
「いつも言っているわね」

 小悪魔は姿勢を正しながら、しかつめらしい顔で一生懸命に口を開く。

「虫歯のことは嘘でも、大人の人がアメちゃんをたくさん食べないのは本当だと思います。だから、これからは一日三個で我慢します。小悪魔は大小悪魔になるために、小悪魔を卒業するのです」

 精一杯背筋を伸ばして唇を引き結んだ小悪魔の顔を、パチュリーはしばらくの間何も言わずに見つめていた。
 やがて小さく息を吐き、右手を上げて指を鳴らす。それで「器の中身を外に移し替える魔法」が発動したので、パチュリーはポケットに手を差し入れて、中身が空の小瓶を抜き出した。

「こぁ。なんですか、それ?」

 不思議そうに首を傾げる小悪魔に空の小瓶を差し出し、パチュリーは微笑んだ。

「お祝いよ。今日食べない分はこれに入れておきなさい。寝る前は歯を磨きなさいね」
「こぁーっ!」

 小悪魔は顔を輝かせて小瓶を受取り、パタパタと羽を揺らした。

「ありがとうございます、パチュリー様!」
「ええ。じゃあ、わたしはレミィの様子を見に行ってくるから」

 いそいそと床に散らばった飴玉の包みを集め始める小悪魔を尻目に、パチュリーは図書館の入口に向かって静かに歩き出す。
 ひょっとしたら、この子と何がしかの契約を結ぶ日もそう遠くはないかもしれない、なんて考えながら。



 昼間の弾幕ごっこによる疲労も癒え、そろそろ復帰しようかと考えた美鈴が館の中を歩いていたら、向こうの角からパチュリーがやって来た。
 珍しいこともあるものだと思いながら、美鈴は笑顔で歩み寄り、頭を下げる。

「パチュリー様。図書館の外にお出でになるなんて、なんだか珍しいですね」
「美鈴」

 名前を呼んだきり押し黙り、パチュリーは小さく息を吐く。
 いつも大して明るい少女ではないが、今日はいつも以上に沈んで見える。
 美鈴は眉をひそめて問いかけた。

「パチュリー様、何か嫌なことでもありましたか?」
「嫌なこと? まさか」

 パチュリーはかすかに微笑む。

「美鈴。わたしは読書家よ。良質な物語を愛しているし、だからこそ他人の成長は喜ばしく、美しいものだと思っているわ。なればこそ、わたし自らがそれを阻むことは許されない。分かるわね?」
「は、はあ……?」

 どう返していいか分からず、美鈴は困惑しながら生返事をする。
 一方のパチュリーはそんな美鈴になど構わず、ごそごそとポケットをまさぐって、中に入っていたものを引っ張り出した。
 右手一握りほどの、飴玉の山である。
 パチュリーはそこから三つだけ抜き取り、美鈴に差し出してきた。

「あげるわ」
「え。なんでです?」
「虫歯になると大変だものね」
「……はあ。ありがとうございます……?」

 よく分からなかったが、美鈴はとりあえず礼を言って受け取る。
 パチュリーは何も答えず、ただ何やら非常に寂しそうな顔をして、とぼとぼとした足取りで歩いていった。

 <了>
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