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【東方SS】魔理沙は恥ずかしい奴だな

2009/11/19に東方創想話に投稿したSSです。
 


『魔理沙は恥ずかしい奴だな』



 目が覚めてまず思い浮かんだのは、頭いてぇ、という言葉であった。

「っつつ……」

 顔をしかめてベッドから抜け出し、散らかり放題の寝室から、さらに散らかりまくっている一階へと降りる。洗面所で顔を洗ってゴシゴシと布で拭き取り、鏡を覗き込んだら目をしょぼつかせた自分が陰気な顔で見返してきた。

「……うあー」

 みっともない呻き声を漏らしながら、ノロノロとリビングへ。テーブルの前の薄汚れた椅子にどすんと座りこむ。そのままぼんやり周りを見回せば、目に映るのは方々から集めた蒐集物の山である。
 そう、蒐集物だ。決してゴミではない。幻想郷一のコソ泥を自負する魔理沙にとっては、ある意味自分の生きた証とも言える品々だ。整理する気などは毛頭にないが、中にはなかなか価値のある物も埋もれているはずであり、そういう意味では宝の山と言っても過言ではない。
 もっとも、魔理沙にとって一番価値のある宝は、この蒐集物の山の中には入っていないのだが。

「……飲みすぎたかなあ」

 机に突っ伏したまま、小さく呻く。即座に吐き戻すほどではないものの、少々気分が悪い。軽い二日酔いのようだ。

(えーっと。昨日は宴会に参加して……そうだ、萃香の奴と飲み比べしたんだったな。さすがに鬼相手に耐久勝負じゃ勝ち目がねえから、早飲み対決にして)

 そういうルールにしてもらってもやはり萃香には勝てず、しかしなかなかの僅差で敗北したため、その場にいた一同から拍手喝采を浴びた記憶がおぼろげながらある。二日酔いはあのとき飲んだ酒のせいだろう。
 だがしかし、その後どういうことがあっていつ頃家に帰ってきたのかは全く覚えていない。
 何か、えらく上機嫌に騒いでいた気がするのだが。

「……ま、どーでもいいか」

 頭が痛かったこともあって、魔理沙は早々に昨夜のことを思い出すのを諦めた。
 宴会で記憶を失うほど酔っぱらうなど、取り立てて気にするほど珍しいことでもない。
 そもそものんべえが集まる幻想郷のこと、多少羽目を外して騒いだぐらいでどうこう言うような連中もいない。気にするほどのことではないだろう。
 軽くそう決めつけると、魔理沙は頭の痛みを堪えながら立ち上がった。
 階段を上って寝室に戻り、ベッドに飛び込みたい誘惑に駆られながらも手早く着替えを終える。
 そうして十分ほどの後、魔理沙はいつもの如く黒白の魔女装束に身を包んで、家の前に立っていた。
 空はよく晴れていて、いつも陰気な魔法の森にも、珍しく爽やかな日差しが降り注いでいる。
 二日酔いの身には少々堪える天気だが、しかし魔理沙は無理やり余裕のある笑みを作った。
 今から、いつものように博麗神社に向かうつもりだ。二日酔いで出てこられないと思われるのは癪だし、もしも霊夢が昨日の宴会の疲れを引きずっていたりしたら、思う存分勝ち誇ってやるチャンスだ。
 何にしても、博麗神社に遊びに行くのは数年ほど前からほぼ毎日欠かさず続けている、魔理沙の日課なのである。二日酔いなんかで途切れさせるのは少々馬鹿馬鹿しい。

「さーって、待ってろよ巫女様め。今日こそ地べたに引きずり落としてやるぜ」

 景気づけのように呟いて一人でにやりと笑い、魔理沙は箒に跨って地を蹴った。



 途中どこかへ寄る予定もなかったので、魔理沙は真っすぐに博麗神社へ向かって飛んだ。
 魔法の森と神社のある小山とは少々離れているが、そもそもが大して広くもない幻想郷のこと、寄り道しないで空を飛べばそれこそ五分もかからずに到達できる程度の距離である。
 その道すがら、魔理沙は前方に見覚えのある影が二つ飛んでいるのを発見した。

「お。あれはいつもの妖精どもだな」

 空色の髪に緑の髪。氷精チルノとその友人の大妖精である。いつもは霧の湖で遊んでいる二人だが、たまにこうしてフラフラと空を飛んでいることもある。今ものんびり散歩中と見えて、ぺちゃくちゃと何やら楽しげにお喋りしているようだった。
 魔理沙はあの二人とはそこそこ親しいつもりだった。紅魔館の図書館へコソ泥に行く道すがら、暇つぶしがてらに弾幕ごっこで遊んでやることも多いからだ。

(確か、あいつらも昨日の宴会に紛れ込んでた気がするな)

 そんなことを考えたちょうどそのとき、大妖精が不意にこちらを向いた。それを見た魔理沙は、軽く片手を上げる。

「よう、元気そうだなお前ら」

 何ら変わったところもない、普通の挨拶だ。だから相手からも、普通の答えが返ってくるものと魔理沙は考えるでもなく思っていた。
 しかし、大妖精の反応は予想外のもので、

「あ……ま、魔理沙さん……!」

 慄くように呟いたかと思うと、突然頬を赤く染め、困ったように顔を背けてしまったのだ。それでいて、その視線はちらちらと落ち着きなくこちらの様子を窺っている。

「あん?」

 なんか変だな、と魔理沙は眉をひそめる。だがそう思ったのは大妖精の隣のチルノも同じだったようで、突然顔を赤くした友人の方を不思議そうに見つめ、

「どうしたの、大ちゃん」
「べ、別に、なんでもないよう」

 大妖精はか細い声で答えながら、うつむき加減にこちらの様子を窺っている。今にもチルノの後ろに隠れるか、そうでなければこの場から逃げてしまいそうな雰囲気だったが、怯えているわけではなさそうだった。
 むしろ、恥ずかしがっていると言った方がしっくりくるような。

(……なんだあ?)

 大妖精とは今まで何度も顔を合わせているし、ちょっとした会話を交わしたことも一度や二度ではない。
 しかし、こんな対応をされたのは初めてである。怖がられているわけではないようだし、避けられているというのとも少し違う。
 だからこそ、なおさら気になった。

「なあおい、大妖精よ」

 ともかく理由を聞いてみようと手を伸ばしかけたら、大妖精は少し身を引いた。
 それで魔理沙が顔をしかめると、大妖精は赤い顔のままで慌てて言った。

「あ、ご、ごめんなさい! あの、そういうんじゃなくって」
「ああ。まあ、いいけど」

 しどろもどろになっている大妖精の前で、魔理沙は頬を掻く。

「なあ、一体どうしたんだ? なんか、様子が変だぜ」
「え? だ、だって、あの、昨日の」
「昨日?」

 魔理沙が鸚鵡返しに言うと、大妖精はまた気恥ずかしそうに顔を背ける。
 それから、ぼそぼそとした声で、

「ひょっとして覚えてないんですか。昨日のあれ」
「え。あれ、って」
「……その様子だと、本当に覚えてないみたいですね」

 大妖精は小さくため息を吐いたが、それは呆れているというよりもむしろ安堵しているような調子だった。

「よ、良かった。だったら、忘れたままのほうがいいですよ」
「は? お前、何を」
「だって。ああ、だって、あんな、あんなの……!」

 大妖精は再び真っ赤になった顔を両手で挟みながら、身悶えするように体を捩り、

「あ、あんなの! わ、わたしだって、チルノちゃんに……ああ、ああ、もう!」

 と、何かに耐え切れなくなったように叫ぶと、突然空中で身を翻して、逃げるように猛然と飛び去って行ってしまった。

「え、ちょ、ちょっと、待ってよ大ちゃん!」
「お、おい!」

 驚いて大妖精を追おうとしたチルノの腕を、魔理沙は咄嗟につかんで止める。
 振り向いたチルノが、眉を吊り上げて怒鳴った。

「ちょっと、離してよ魔理沙! 大ちゃん追っかけられないじゃん!」
「その前にわたしの質問に答えてくれ」

 心持ち鼓動が速くなるのを感じながら、魔理沙はごくりと唾を飲み込む。
 先程までの大妖精の言動から察するに、どうやら自分は昨日の宴会で、何かやらかしてしまったらしい。
 それが何かはどうにも思い出せないが、なんだか、非常に嫌な予感がする。

「なあ、チルノ。ちょっと教えてくれ。覚えてる範囲でいいんだが」
「なにさ。早くしてよ」

 大妖精が飛び去った方向を気にしながらじれったそうに言うチルノに、魔理沙は慎重に問いかける。

「昨日の宴会でさ。わたし、なんか変なことしたか?」
「え、魔理沙が? んー……」

 チルノは眉根を寄せてしばらく考えていたが、やがて首を傾げて、

「よく分かんない」
「分かんないって、どういうことだ?」
「だって、分かんないもん。あたい、あんまり魔理沙の方見てなかったし」
「そう、か?」

 魔理沙はチルノの顔を注意深く観察したが、氷精の顔はいつも通りで、こちらを騙しているようには見えなかった。そもそも、この妖精にばれない嘘を吐くような演技力があるとも思えない。
 ということは、少なくとも全員が呆気に取られるほど注目するようなことはやらかしていない、ということか?

(でもな。だとすると、さっきの大妖精の反応は……?)

 悩む魔理沙の前で、チルノがふと思い出したように、

「あ、そうだ」
「なんだ?」
「そう言えばさ、宴会の終わりぐらいに、みんなが似たようなこと言ってた気がする」
「お、おお、なんだ?」
「えっとね……あ、そうだ」

 と、チルノは一つ頷いて、

「魔理沙は恥ずかしい奴だな、って」



 あの後チルノは魔理沙の腕を振り解いて大妖精を追いかけて行ったため、事の真相を詳しく聞くことは出来なかった。
 そうしてあまりにも気になることができてしまったために、魔理沙は急遽博麗神社行きを取りやめにした。
 急いで魔法の森の自宅に戻ると、一人寝室に籠り、ベッドの縁に腰掛けて思考に没頭する。

(……あいつらが嘘を吐いているとは思えない。ってことは、わたしは間違いなくなんかやらかしたってことだよな。しかも、あの大人しい大妖精がわたしを一目見ただけで顔を真っ赤にして恥ずかしがるような珍事を、だ)

 腕組みして唸りながら、魔理沙は奥歯を噛む。
 気になる。非常に、気になる。
 しかし一体自分が何をやらかしてしまったものか、どれだけ考えても少しも思い出せない。

(……直接思い出すのは諦めるとしようか。ともかく、何でもいい。昨日の宴会のことを……)

 あれこれと考えてみたが、多少意識がはっきりしていた例の飲み比べまでは、格別妙なことをした記憶はない。
 となると魔理沙が何かやらかしてしまったのは、その飲み比べの後だということになるだろう。

「あの後のこと、あの後のこと……」

 そうして十分ほども唸り続けて、ようやくほんの少しだけ思い出すことができた。
 まず、昨日の宴会に参加していたメンバーだ。

「霊夢とわたしと……紫に藍もいたな。それと、レミリアに咲夜にパチュリー……永遠亭の奴らや命蓮寺の連中もいたっけ。他にも大勢……ああそうだ、あと萃香……」

 そこまで呟いたとき、ある光景が頭に閃いた。
 それは、昨日の宴会の一幕。
 小柄な裸身を篝火の灯りの中に晒して、誇らしげに胸を張っている萃香の姿。

「……!?」

 突然脳裏に蘇った記憶に、魔理沙はぎょっと目を見開く。

(なんで裸!? あ、いや、でも、確かに……!)

 確かに、そういう記憶がある。
 どうしてそんなことになったのかは未だに思い出せないのだが、萃香が笑いながら景気よく服を脱いでいる場面を、おぼろげに覚えている。
 それを今このタイミングで思い出した、という事実から推測すると、

(……まさか、酔っぱらったあいつとわたしが調子に乗って裸踊りを始めた、とか言うんじゃないだろうな)

 飲み比べに端を発する昨日のハイテンションから考えると、いかにもありそうな、というかあってもおかしくはない展開である。
 魔理沙は顔を引きつらせながら、箒を片手に家を飛び出した。



 伊吹萃香の出没場所は、大抵妖怪の山か博麗神社である。
 自分が何をしてしまったのかはっきりしない以上、博麗神社に向かうのは少し気が引けた。となれば当然、向かう先は山だ。
 切り立った山に向かって猛然と空を飛んでいる途中でも何人かの知り合いとすれ違ったが、顔を赤くして逃げるように飛び去る者あり、「昨日は凄かったね」などと、にやつきながらからかってくる者あり、その反応は明らかにいつもと違っている。
 それでいて、「わたしは何をやったんだ」と尋ねても、大概の者が照れるばかりで教えてくれないのだった。曰く、

「さすがに筋道立てて再現するのはちょっと」

 とのことらしい。
 これはどうやら本当に恥ずかしいことをしてしまったらしいぞ、と焦りに焦り、魔理沙は矢のような勢いで躊躇いなく妖怪の山に飛び込む。
 とは言え、普段はあまり縁のない場所であるから、萃香がどこにいるのかなど当然分かるはずがない。右を見ても左を見ても、草木が鬱蒼と生い茂っているばかり。

(やべえな。哨戒の白狼天狗どもに見つかったら時間喰っちまうし……手っ取り早く行くか)

 舌打ちを漏らしながら、魔理沙は仕方なく、箒に乗ったまま大声を上げた。

「萃香ーっ! いるなら出てこぉーい!」
「あいよ」
「うおっ!?」

 突然、気楽すぎる返事が耳元で聞こえ、魔理沙は箒から落ちそうになった。
 慌てて体勢を整えながら横を見ると、いつの間にやらそこに萃香がいて、寝そべるような姿勢で空に浮かんだままケラケラと陽気に笑っていた。

「いよう、どうしたい魔理沙。あたしを探してこんなところまで訪ねてくるなんざ、珍しいじゃないのさ」

 言いながら、瓢箪を傾けてグビグビと酒を飲み、ぷはっと息を吐きながら細い腕で口元を拭う。
 角が無ければ幼児のような見てくれのくせに、相変わらずの酒豪ぶりである。
 その酒臭い息に鼻をくすぐられ、魔理沙は少し顔をしかめる。

「昨日あんだけ飲んでたくせによくそんな飲めるな、お前は」
「何言ってんだい、鬼にとっちゃ酒なんて水みたいなもんさ。ああ、昨日と言えば盛り上がったねえ」

 いつもの如くほのかに赤い顔のまま、萃香はうんうんと頷く。それを見て、魔理沙は少しどきりとした。

「な、なあ、萃香」
「ん、なんだね」
「いや。あのさ。昨日のことなんだが……その……」

 さすがにちょっと躊躇いつつも、魔理沙は思い切って問いかける。

「なんか、裸……になってなかったか、お前?」
「裸?」

 数回目を瞬いたあと、「おーおー!」と萃香は膝を叩いた。

「なったなった! 我ながら気持ちよく脱げたね、昨日は」
「き、気持ちよく脱いだってお前……ど、どういう理由で?」

 まさか「あんたと一緒だったからに決まってるじゃんか、また一緒に脱ごうな!」だのと言われるのではないかと少し怖かった魔理沙だったが、実際にはそんなことはなかった。
 むしろ萃香はどことなくしみじみした顔で頷きながら、

「いや、いくら鬼のあたしでも、ちったあ場の空気ってもんを考えるからね。毎回毎回あれをやるわけにゃあいかんだろうよ。ああいうのがあんまり好きじゃない奴もいるだろうしね。ま、こんな成りでもそこそこに年は喰ってるってことさ。その点で行けば、昨日の宴会は素晴らしかったね。みんなも割かし歓迎してくれてたし、こっちとしても気持ちよかったよ」
「……んん?」

 萃香の言っていることがよく分からず、魔理沙は首を傾げる。
 それを見た萃香が、怪訝そうに聞いてきた。

「どうしたんだい、魔理沙。変な顔して」
「え。あ、いや……えーと」

 どう答えたものか分からず、魔理沙は焦りながら思考を進める。

(えっと。萃香の言葉からするに、こいつが脱いだのは確からしいが。昨日の宴会に限っては気持ち良く脱げたってのはどういうことだ? 宴会芸大会にでもなって裸踊りを披露したってことか? しかし、こいつの話を聞く限りだと別にわたしも一緒に脱いだってわけでもなさそうだし。じゃあわたしは一体どんな恥ずかしいことを)

 悩む魔理沙を萃香は不思議そうに見つめていたが、やがて、

「どうしたのさ、急に黙りこくって。おかしな奴だね」
「ああいや。別に、なんでも」
「そう? ああでも、正直あんたにはやられたよ」
「は? やられたって?」

 聞き返す魔理沙に対し、萃香は一人腕を組んでニヤニヤと笑いながら、しかし若干悔しげに答えた。

「いや、なんだろうね。あのときまではあたしに勝てる奴はいないだろうと思っていたが、最後の最後であんたに逆転されるような形になっちゃってさあ。なんかもう、全部持ってかれたー、って感じだったもんなー」

 言いかけた後、何か思い出したように照れ笑いを浮かべて唇をムズムズさせながら、バシンバシンと平手で魔理沙の背中を叩き始めた。「ちょ、やめっ、いたっ」とせき込む魔理沙に構わず、やたらと嬉しそうに捲し立てる。

「ったく魔理沙この野郎、あんたって奴はさあ! あんな、鬼のあたしでも恥ずかしくなるようなことをみんなの前で堂々とやりがって、こんにゃろめ! でも正直、あんたのそういう馬鹿正直で真っすぐなところは大好きなんだよねえ、あたしはさあ! これで下らない嘘吐くのをやめて、みっともないコソ泥から堂々たる強盗に進化すればもっともっと素敵な」
「ちょ、ちょっと、ちょっと待て、萃香!」

 鬼の強力のためにヒリヒリする背中の痛みを堪えつつ、魔理沙は慌てて萃香を止める。

「話が見えんぞ。お前、裸になったんだよな。なのにわたしに勝てないとか、鬼でも恥ずかしいとか……」
「ああ、そうだよ? 何言ってんだよ、魔理沙ってば」

 萃香は再び満面の笑みを浮かべて、魔理沙の背中を思いっきりぶっ叩いた。

「裸になるよりよっぽど恥ずかしいことやってくれたじゃんか、昨日のあんたはさ!」



(どういうことだ、一体どういうことなんだ……!)

 眉根を寄せて苦悶しながら、魔理沙はフラフラと妖怪の山山中を飛ぶ。
 先程萃香に衝撃的な言葉を浴びせられてから、およそ三十分ほど。
 全く考えがまとまらないために、魔理沙は歯軋りしながらフラフラと山の中を飛んでいる。
 元山の四天王たる萃香の客人と見られているためか、いつもは小うるさい哨戒部隊の白狼天狗たちも一向に姿を見せない。
 それはそれで思考に没頭できて有り難くはあるのだが、残念ながらいくら悩みに悩んだところで、疑問の答えは少しも出てこない。

(一体何をやらかしたんだ、わたしは。裸になるよりも恥ずかしいことだって……?)

 さすがにそこまで言われては面と向かって聞くこともできず、結局具体的に何をやったかは分からずじまいだ。
 いや、正確にはそれとなく聞き出そうとしたのだが、赤い顔の萃香は珍しく歯切れ悪く、

「あ、なんだ、覚えてないのかい。いやでも、さすがにそれはさあ。あたしの口から説明するのはちょっとねえ。ははは、これも年を食ったってことかなあ、うん。悪いけど、他の奴に聞いておくれよ」

 と照れ笑いを浮かべるばかりだったのだ。
 そんな反応を返されたが故に、魔理沙の苦悩と疑問とはますます深まるばかりである。

(ああ、一体何をやったんだわたしは? まさか、おならで音楽を奏でるとか……いやいや、いくら幻想郷でもそこまで下品なことする奴は村八分だよな、うん)

 あまりにも馬鹿らしい発想にちょっと笑ったら、ほんの少しだけ冷静さが戻ってきた。
 今まで得られた情報を、簡単に整理してみる。

(わたしはどうも、昨日の宴会で何かをやらかしたらしい。それは思い出しただけで大妖精が顔を真っ赤にするようなことで、豪気な萃香からしても恥ずかしいような何か。で、そのときわたしは堂々としてて、その行為ってのは裸になるよりも恥ずかしいことで……?)

 正直な話、さっぱり分からない。魔理沙は「あーっ」と叫びながらグシャグシャと頭を掻き混ぜ、箒に足を引っ掛けたまま、ぐるりと空中で逆さまになった。
 天地を逆に見てみても、斬新な発想は少しも浮かんでこない。

(とは言え、大妖精や萃香の様子からして、ヒンシュク買うような行為ではないんだよな、きっと。それでいて裸になるよりも恥ずかしい行為、か。そんな行為をしても大丈夫なぐらいはっちゃけた雰囲気だったのか……いや、そもそも昨日の宴会ってどんなムードだったっけ。裸見せびらかすのを歓迎する流れって、どんなだ?)

 そう考えたとき、また昨日の宴会の一風景がふっと頭に蘇ってきた。
 それは闇の中でもなお輝く、艶やかな黒髪の美女の姿。
 右隣に澄まし顔の永琳、左隣に何故か息も絶え絶えの鈴仙を従えた、月の姫君蓬莱山輝夜の姿だ。彼女は居並ぶ妖怪たちの前で、自身の持つ秘宝である蓬莱の玉の枝を優雅に掲げて見せていた。
 実際それは大したお宝であり、居並ぶ妖怪たちのほとんどが、呆けたように口を開いて玉の枝に見入っている様子である。
 そしてその光景は、見ようによっては玉の枝を見せびらかしているようにも見えた。

(……これと萃香の裸が、同じ宴会で披露されていたのか? どういう流れなんだ、一体)

 またぐるりと回って元の位置に戻りながら、魔理沙は腕組みをして考える。
 だが結局答えが出なかったので、仕方なく山を抜け出し、竹林に向かって飛び始めた。



 幸運と言うべきかそれとも不運と言うべきか、輝夜はすぐに見つかった。空を飛んで永遠亭に向かう途中、何気なく地上を見下ろしたら、竹林の隙間を縫うように通っている細い道の一角に、黒く輝く長い髪が見えたのである。
 あれは間違いないな、と思ってゆっくり下降して近づいてみると、案の定それは散歩中らしき輝夜その人であった。
 輝夜は目の前に魔理沙が降りてきてもさして驚いた様子は見せず、むしろ面白がるように微笑みながら、

「あら、誰かと思えば幻想郷一恥ずかしい乙女の霧雨魔理沙さんじゃないの。こんにちは、ご機嫌いかがかしら?」

 と、歌うような口調で言いながら優雅に挨拶してくれたものである。
 魔理沙はかすかに頬をひきつらせつつも、さほど冷静さを失いはしなかった。

(焦るな。なんかからかわれるかもしれないってのは予想してたじゃないか。ここは一つ、計画通りに……)

 魔理沙は一瞬目を閉じて短く息を吸うと、にっこりと愛想よく笑いながら両手を揃えて、

「ええこんにちは、輝夜ちゃんこそご機嫌いかがかしら、うふふ」

 言ったら、輝夜の微笑がビシリと凍りついた。
 何か途轍もなく不気味で得体の知れないものと相対しているかのように、どことなく恐怖の滲んだ目で魔理沙を見ながら、

「え、なに今の……? 魔理沙、あなた気は確か? 永琳呼んであげましょうか?」
「いや、なんでもない。今のは忘れてくれ」

 断固とした口調で誤魔化しながら、魔理沙は胸中で舌打ちを漏らす。

(クソッ、違ったか。これじゃ恥の掻き損だぜ)

 ここに飛んでくるまでの間に、「ひょっとしたら昨日の宴会は何かのきっかけで『わたしの秘密大暴露大会』みたいな流れになり、その流れで自分の黒歴史を披露してしまったのではないか」と推論を立てた魔理沙である。
 しかし今の輝夜の反応からするに、どうやら間違っていたようだ。

「いや、気にしないでって言われても。今のは明らかに」
「いいから。忘れてくれ」
「忘れようとしても忘れられないわよ。夢に見てうなされるかも」
「永琳から胡蝶夢丸でももらって飲んどけよ。ほら、いい夢見れる薬」
「いい考えだわ。でもナイトメアタイプを飲んだら、間違いなくさっきのあなたで埋め尽くされそうね」
「そんなに酷かったか……」

 自分でやったこととは言えちょっとショックだ。
 そんな魔理沙の前で、ようやく余裕を取り戻したらしい輝夜が、いつものように泰然とした優雅な笑みを浮かべる。

「まあいいわ。それで、魔理沙。私に何か御用かしら? ちょうど退屈していたところなのよ。あなたの愉快な法螺話でも聞かせてちょうだいな」
「悪いが、やんごとなき御方を満足させられるほど突飛な話は知らないな」
「あら、そんなことはないわ。小難しい文学なんかに慣れ切ってしまうとね、かえって単純明快な小話の方が楽しく感じられるものよ。もっとも」

 と、輝夜は不意に言葉を切り、からかうような目で魔理沙を見ながらクスクスと笑った。

「昨日の一件から考えると、あなたは見ているだけでも退屈しない部類の人間らしいけれど」
「ちぇっ、ほっとけっつーの」

 魔理沙は舌打ち混じりに言ってそっぽを向く。
 しかし輝夜はお構いなしに、含み笑いを漏らしながら語り出す。

「まあ、あなたのことを抜きにしても、昨日はなかなか楽しかったけれど」
「ふうん。そういやお前もなんか、みんなに見せてたよな?」
「ああ、玉の枝? ええそうね、本当はあまり大っぴらに見せるものではないのだけれど、みんなの勢いと場の雰囲気に押し切られて……そもそも、イナバがうっかり口を滑らせるものだから……いえ、多分わざとやったんでしょうけれど。でもそうね、みんなも満足していたようだし、結果的には良かったんじゃないかしら」
「萃香なんか裸になってたよな」
「ああ、そうだったわね。確かにあれには驚いたけれど、彼女らしいと言えば彼女らしいと思ったわ。だけど」

 輝夜は魔理沙の顔を面白がるように見つめて、またからかうように言う。

「最後のあなたの行動で、それも全て霞んでしまったけれどね。本当にもう、あんな恥ずかしいことを堂々と……私にはとても無理だわ」
「ああ、そうかい」

 結局そこに戻るのかよ、と魔理沙は眉間に皺を寄せる。
 自分が何をやらかしたのか未だに分からないとは言え、こうも正面切ってからかわれるのはあまりいい気分ではない。
 どちらにしても、ここで「何をしたのか覚えてないから教えてくれ」などと言おうものなら、もっとからかわれてもっと不愉快なことになるのは間違いない。
 多少情報も得られたしもういいか、と考えた魔理沙は、無言のままに背を向け、この場から飛び去ろうとしたが、

「……本当のことを言うとね」

 不意に、輝夜の声が透き通るような美しい音色へと転じたために、魔理沙は驚きのあまり逃げるのも忘れてしまった。
 たった一言何気ない言葉を聞いただけだというのに、やけに鼓動が速くなっている。

(一体……?)

 呆然と振り返った先に、魔理沙は月の姫君を見た。
 今にも消えてしまいそうなほどに頼りなく儚げで、しかし時の流れすら意に介さぬほど悠然としたその姿。
 たおやかに微笑むその少女は、魔理沙に向かって柔らかく微笑みかけた。

「少しだけ、あなたに共感したの」
「……なにが?」

 魔理沙はようやく、それだけの言葉を絞り出した。
 あまりに頭が熱くてぼんやりとしていたために、長ったらしい科白を組み立てることなど到底不可能だったからだ。輝夜の美貌に浮かんだ無防備な微笑みから、目をそらすことができない。そして見つめれば見つめるほど、頭の芯が熱くなってくるのだった。
 さすが、今や伝説にすらなった月の姫君。同性であるはずの自分ですら魅入られてしまうほど、今の輝夜は美しい。彼女が普段少々砕けた親しみやすい態度を取っているのは、この暴力的な魅力のせいで誰彼構わず惹きつけてしまうのを恐れているが故かもしれない、と。そんな馬鹿馬鹿しい発想すら頭に浮かぶほどだ。

(これは、いくらなんでも……)

 きれいすぎる、と。
 今まで見てきた人間の中で二番目に美しい、とすら思ったほどだ。
 そんな魔理沙に微笑みかけながら、輝夜は歌うように言葉を紡ぐ。

「昨日のあなたの気持ちね、私にも少しだけ理解できるの。だって、私のそばには今も、永琳がいてくれるから」

 輝夜は胸の前でそっと手と手を絡め、ほんの少しだけ気恥ずかしげに首を傾げた。

「だけど、完全には共感できないかもしれないわ。だって、私はああも大勢の人たちの前で、あなたのように自分の気持ちを正直に曝け出すことは出来ないと思うから」

 少しだけ残念そうに言ったあとで、輝夜はふうっと息を吐く。
 その瞬間、彼女から放たれていた神々しい雰囲気は魔法のように溶けて消え、魔理沙もようやく正気に立ち返ることができた。
 とは言え、余韻は残っている。まだ頭がクラクラするほどだ。
 ほんの少し雰囲気を変わるだけで、ああも人を骨抜きにするとは。魔理沙は既に他のものに心を奪われているから良かったようなもので、そうでなければ命令されてもいないのにひれ伏してしまっていたかもしれない、とすら思う。
 先程思い浮かんだ馬鹿馬鹿しい発想も、案外真実なのかもしれなかった。恐らく輝夜は自分が周囲に与える影響を無意識の内に理解し、普段はその化け物じみた魅力が抑制されるような立ち振る舞いをしているのだろう。
 今はともかく昔は隠れ潜んで暮らしていた輝夜のこと、出来る限り目立たないようにと考えている内に、そういった技能が自然と磨かれていったと考えても特におかしくはない。
 魔理沙は輝夜の過去についてよく知らないが、ひょっとしたらかつてその美貌のせいで多くの人間の運命を狂わせたこともあるのかもしれない、という漠然とした想像が浮かんでくる。

(何にしても、輝夜姫様恐るべし、だな……!)

 長く息を吐きながら顎の汗を拭う魔理沙の前で、輝夜が不思議そうに目を瞬く。

「あら、どうしたの魔理沙。いつの間にそんな汗だくに」
「しかも無自覚か。なんでお前みたいな奴はそう……」
「なに? なにを言っているのか分からないわ」
「いや、なんでもない。わたしにしか分からない話だ」

 手を振って会話の流れを断ち切りながら、魔理沙は素早く思考を進める。
 危うく魅了されかけたが、おかげで有益な情報を手に入れることができた。

(何か恥ずかしいことをしたというよりは、言った、らしいな。わたしは……)

 気持ちを曝け出す、という言葉からすれば、おそらくそういうことになるのだろう。
 しかし。

(つまり、裸になるより恥ずかしいことを言ったってことか……? なんだ。全員の前で昔のポエムでも朗読したか? それは確かに恥ずかしいが、しかしそれだと大妖精の反応が説明できんし……)

 しかも魔理沙が放ったその言葉というのは、普段恐らく無意識に自分の魅力を抑制しながら生きている輝夜に、自然とその緊張を解かせるほどの感銘を与えたらしいのだ。

(どういう行為なんだそれは)

 情報を得れば得るほど、条件が複雑怪奇になっていってかえって分からなくなってくる。
 悩む魔理沙は、ふと目の前を見た。
 輝夜は相変わらずそこに立って、突然黙り込んだ魔理沙を不思議そうに眺めている。
 いっそのこと、彼女に全部聞くのが手っ取り早いかもしれない。
 先程の様子からして、彼女は魔理沙がしたこと、あるいは言ったことを好意的に受け止めているようだ。
 それならば、事情を話せば嘘を吐かず恥ずかしがらず、からかいもせずに答えを教えてくれるかもしれない。

「なあ、輝夜さんよ」
「なにかしら」
「ここまで話しておいてなんなんだが、実は……」

 魔理沙が事情を簡単に説明すると、輝夜は納得した様子で一つ頷いた。

「そう、道理で。何か様子が変だとは思っていたのよね。昨日あんなことをしたにしては、あんまり意識している様子がなかったし」
「そこまで恥ずかしいことを言ったのか、わたしは」
「ええ。裸になるより恥ずかしい、というのは言いえて妙ね。もっとも、考え方によっては、という枕詞がつくけれど」

 含み笑いを漏らす輝夜に、魔理沙は顔をしかめる。

「そういう謎かけみたいなのはもういいよ。で、教えてくれるのか、くれないのか。どっちなんだ?」
「そうね。別に困ることでもないから、教えてあげてもいいけれど」

 そこで輝夜は何か思いついた様子で手を打ち、

「そうだわ。その代わりね、さっきのうふふのことについて教えてくれたら」
「おっと、急用を思い出したぜ! またな!」

 今度こそ振り返らずに、地を蹴って空に飛びあがる。
 さすがに、これ以上恥の上塗りをしたくはない魔理沙であった。



 結局、半ば自業自得で輝夜からも事の真相を聞き出すのに失敗した魔理沙だったが、自分がいよいよ核心に迫りつつあるという予感は感じていた。

(そろそろ、思い出せそうなもんだが……)

 空を飛びながら考えてみるが、やはり具体的な記憶を蘇らせることは出来なかった。
 むしろ何か、「思い出してはいけない」と意識がブロックをかけているような感覚がある。

(そこまで恥ずかしいことを言ったのか……?)

 そう思うと、怖い反面、何をしたのかどうしても知りたくなってくる。
 それでもやはり直接その場面を思い出すことは出来なかったので、魔理沙はまた遠回りすることに決めた。

(さっきの輝夜の話からするに……わたしが恥ずかしいことを言ったのと、あいつが玉の枝を見せびらかしてたのは、どうも萃香が裸になったのと似たような理由だった、らしいが……結局どんな流れだったんだ……?)

 その疑問が鍵となったかのように、また一つの光景が魔理沙の脳裏に浮かび上がる。
 それは、大勢の妖怪に囲まれて、困ったような顔で俯いている妖怪鼠の少女。
 最近幻想郷にやってきた新勢力、命蓮寺に所属するナズーリンだ。

(ああ。そういや昨日はあいつらもいたっけか。あ、そう言えば)

 おぼろげながら、思い出してきた。

(そうだ。確か、飲み比べの後に萃香が星に絡み出して……あの虎娘がべろんべろんに酔っぱらった挙句にナズーリンに抱きついて、それがきっかけで、どうにか……)

 少しずつ、記憶が鮮明になってくる。
 いよいよ大詰めだな、と思いながら、魔理沙は命蓮寺に向かって飛んだ。



「いや、すまない。つい昨日のことを思い出してね。気を悪くしないでくれ」

 普段の冷静さが嘘のように真っ赤に染まった顔を押さえ、ナズーリンが丁重に詫びる。
 命蓮寺の他の連中に会ったら話がややこしくなりそうだ、と危惧した魔理沙がこっそりと無断侵入したところ、運良く真っ先にナズーリンと出会えたのだった。
 不法侵入を咎める彼女を強引になだめながら「昨日のことなんだけど」と切り出したところ、さっきのような反応が返ってきたのだ。

「しかし、なんだな」

 コホン、と気を取り直すように咳払いをした後、ナズーリンはまじまじと魔理沙を見つめ、感心したように言った。

「昨日のあの一件の翌日に、自分からその話を切り出すとは……君もなかなか豪気だな。わたしは酔いが醒めたらさすがの君も恥ずかしかろうと思って、今後顔を合わせても昨日のことは話さないようにしようと決めていたぐらいだったんだが」
「なんかいい奴だな、お前」

 基本自分勝手でマイペースな連中揃いの幻想郷において、こういう礼儀正しい妖怪はなかなか貴重である。
 それで素直に褒めたのだが、当のナズーリンは苦笑と共に「いや、そうではないよ」と首を振った。

「相手の弱みを突くというのは弱者が強者に対抗するための手段の一つではあるが、余程優位に立てでもしない限りは単に相手を怒らせるだけだ。リスクを考えれば、そういうことはしない方が懸命というものだよ」
「その割に前の異変のときには威勢が良かったよな、お前」
「そりゃ、通りすがりの妖精をたたき落としながら向かってくる相手を見たら、警戒するのは当然だろう。それにあのときはこちらも仕事だったからね。可能な限り戦うつもりではあったのさ。そして戦うと決めたら、舌先三寸で少しでも自分を大きく、強く見せるのも当然のことだろう。それでもあのときは、君らと戦ってすぐに敵わないと悟ったから、引き際は誤らなかったつもりだがね」
「なるほどねえ」

 何にしても、真面目で礼儀正しい性分のようである。ますます珍しいことだ。従者には打ってつけだろう。

(こいつは主の紅茶に変な物混ぜたり、突然辻斬りを始めたり、式神を猫かわいがりして不審者扱いされたりはしないんだろうなあ)

 ついついしみじみとしてしまう魔理沙である。
 ともかく、今はそのナズーリンの性分が非常にありがたい。
 仕事中なのだがと渋る彼女を無理に引き止め、手早く事情を説明する。
 すると、ナズーリンは納得したように頷いた。

「そう、か。覚えていないのか。確かにそれなら、君から昨日のことを持ち出したのも理解できる」

 そう呟いたあと、目を伏せて何やら考え始める。
 魔理沙は最初こそ黙って待っていたが、その内我慢できなくなって、

「な、なあ。単刀直入に聞くが、わたしはそんなに恥ずかしいことをしたのか?」
「……まあ、そうだね。客観的に考えて、相当恥ずかしい部類の行動ではあったと思うよ」
「や、やっぱりそうなのか」

 真面目で礼儀正しいナズーリンに言われたからこそ、尚更ショックである。
 しかし彼女は「落ち着きたまえ」と苦笑気味に魔理沙をなだめ、

「誤解しないでほしいのは、恥ずかしいと言っても君がしたことが公共良俗に反していたとか、そういうわけではないということなんだ」
「でも裸になるより恥ずかしいことなんだろ?」
「それは……そうか、その言葉のせいでそういう思い込みをしていたんだな、君は」

 ナズーリンは納得したように頷いたあと、安心させるように言った。

「裸になるより恥ずかしいというのは、あくまでも言葉の上での表現だよ。君のした行為の恥ずかしさは、何というか、そういうのとは方向性が違う」
「そうなのか?」
「ああ。と言うより、昨日あの鬼の……伊吹萃香さんだったか。彼女が裸になっていたのも、別段卑猥な意味合いがあったわけではないし、もっと言うなら特に恥ずかしい行為でもなかったと思う」
「裸になるのが恥ずかしくないって?」
「ああ。むしろ、あの場にいた多くの者は、そんな彼女を見て尊敬したのではないかな。わたしも妖怪の端くれとして、羨ましく思ったものだよ」
「……んん?」

 次々と明かされる新事実に、段々と思考がこんがらがってきた。
 悩む魔理沙を見て、ナズーリンは小さく笑う。

「事実を言ってしまえば実に単純な話なんだがね。そもそも君は、何故伊吹さんが裸になったり、竹林のお姫様が秘宝をみんなに見せるような流れになったか覚えているかい?」
「いや」
「そうか。ならばそこから説明しなければならないな」
「っつーか、単にわたしが何を言ったのか説明してくれりゃいいだけなんだが」
「悪いがそれは出来ない」

 ナズーリンは即答した後、頬を染めて俯いた。

「さすがにあれをこう、具体的に説明するのはちょっとね。君がああ言ったあとの、あの場の空気……正直、思い出すだけで顔が熱くなってくる」
「そうなのか」
「ああ。君はよくもまあ、ああも真っすぐに……いや、いいか。その辺りについては他の者に聞くか、そうでなければ自分で思い出すかしてくれ。それとね」

 と、ナズーリンは若干躊躇いがちに付け加えた。

「昨日恥ずかしい想いをしたのは、何も君だけではないんだよ」
「え?」
「その、なんだな」

 ナズーリンは背中に両手を隠してもじもじと腿を擦り合わせながら、小さく視線をそらしがちに、

「……わたしも、ね。割と、その。恥ずかしい想いを」
「わたしよりも?」
「いや、さすがに君ほどでは。しかし、君がああ言う羽目になった流れを作ってしまった、その原因の一端はわたしにもあるわけで。だから少し、責任を感じてもいるんだよ」
「ふうむ。具体的には?」
「君は昨日、わたしのご主人が……その、少々度が過ぎた乱れ方をしていたのは、覚えているかい?」
「ああ。まあな」

 言われたら、その「度が過ぎた乱れ方」というのが、多少頭に蘇ってきた。

「確か、お前のこと抱きしめて物凄い勢いで周りに自慢してたよな。『この子はね、本当に優秀で真面目でいい子なんですよう!』とかなんとか」
「ああもういい、頼むからそこでやめてくれ」

 ナズーリンは赤くなった顔を左手の平で隠しながら、右手の平を突き出してきた。
 その勢いに魔理沙が黙り込むと、妖怪鼠の娘は顔を隠したままブツブツと何やら呟き始める。

「全く、ご主人ときたら……普段は優秀な方なのに、たまに抜けてるというか何というか……大体、あんな大勢の前でベタベタチュッチュと。あれじゃ、行為自体が嫌じゃなくても嫌がらざるを得なくなるし、それでいて嫌がると泣いて縋りつくし……」
「おい。ナズーリン? もしもーし?」
「ああ、いやいや」

 ナズーリンは魔理沙に声を掛けられてようやく正気に立ち返ると、まだ若干赤い顔のまま、一つ咳払いをして続けた。

「ともかく、君の言うとおり。乱れに乱れたご主人は、わたしをこう、ぎゅっと抱きしめて自慢話を始めたわけだ。性格容姿に仕事に対する姿勢……そして果ては能力について」
「ああ!」

 ナズーリンの説明の途中で、魔理沙は思わず声を上げた。
 能力、と聞いて、思い出したのだ。酔っぱらった星は周囲の面々に向かってナズーリン自慢を始め、その話は彼女の能力にまで及んだ。

「この子の力はね、宝物を探し当てるという素敵でめでたい能力なのですよ」

 と、呂律が回らない口調で喚く星の姿が魔理沙の脳裏に蘇ってくる。

(そうだ。それでみんなが興味持って、『今までどんな宝を見つけてきたんだ?』とか、『そもそも宝ってどういう定義なんだ?』とかいう話になって。そこから『お前の宝って何よ』ってな流れになって輝夜が宝物持ち出して、萃香が服を脱いで……ああそうだ、あいつが裸になってたのにはそういう意味があったんだった!)

 蓋が開いたかのように、次々と昨日の記憶が溢れ出してくる。
 そう。昨日の宴会の終盤、服を脱ぎ捨てて己の宝を誇った萃香を見て、誰もが「ある意味これには勝てんなあ」と納得しかけたところで、魔理沙は大声を上げたのだ。

「ま、確かになかなか大したもんではあるけどな、誰もわたしにゃ勝てないぜ!」

 と、酷く酔っぱらった口調で喚いた後、傍らで一人酒を飲んでいた霊夢の肩を強引に抱き寄せて、何かを叫んだのだ。それで場がしんと静まり返って、

(な、なんだ? あの場面で何を言ったんだ、わたしは……!? ええと、霊夢の肩をこう、抱き寄せて……!)

 そこまでは、何とか思い出せる。
 しかし、その後霊夢の肩に手を回したまま、みんなに向かって何を叫んだかという肝心な部分が、どうしても思い出せない。

(ええと。要するに、自分の宝物をみんなに見せる流れだったんだよな? それで輝夜が秘宝を持ち出して萃香が服を脱いで。わたしはそれ以上のお宝として、霊夢の肩を……?)

 腕組みをして唸り続ける魔理沙を見て、ナズーリンは若干ほっとした様子で頷いた。

「どうやら、思い出せたようだね」
「ああ。まあ、ある程度は」
「そうか、それは良かった。これでわたしも、昨日君がみんなの前で言った科白をここで再現せずに済むというわけだ」
「いや、それなんだけどな」

 肝心のその科白というのがどうしても思い出せないんだ、と魔理沙は言おうとしたが、ナズーリンはもう話は終わったものと解釈したらしい。
 しきりに良かった良かったと頷きながら、

「まあ、なんだな。あそこまで堂々とあんなことを言ってしまった君に対して、わたしが言えることはただ一つ」

 と、魔理沙の肩を叩き、

「君はあの彼女……博麗霊夢と、末永く仲良くするといい」

 愛想のいい笑顔と共に放たれたその言葉を聞いた瞬間、魔理沙は目を見開く。
 何を言ってしまったのか、思い出せたわけではない。
 ただ、今まで必死に集めてきた情報が今のナズーリンの言葉によって結びつき、一つの結論を導き出したのだ。

(まさか、わたしは昨日……!)

 博麗霊夢に愛の告白をしてしまったのではないか、と。



 流星のような勢いで命蓮寺を飛び出した魔理沙は、博麗神社に向かって真っすぐに空を飛んでいた。
 かなりの速度で飛んでいるために物凄い勢いで風が吹きつけてくるが、顔の熱はちっとも冷めてくれない。というより、時が経つにつれて際限なく熱くなっていくようだった。

(ああああ、アホ、わたしのアホ!)

 胸中で自分を罵り、箒を握る両手にはじっとりと汗が滲む。

(まさかよりにもよって霊夢相手に愛の告白だなんて……!)

 今すぐ奇声を発しながら森に突っ込んで自分の頭で藁人形に五寸釘打ち込みたくなってきたが、そうもいかない。そんなことをしたところで、昨日の宴会がなかったことになるわけもない。
 そう、やってしまったものは仕方がない。もう、どうにもならない。
 どうにもならないのなら、せめて、確かめなければならない。
 果たしてこの霧雨魔理沙に愛の告白などされてしまった霊夢が、今どんな気持ちでいるのか、ということを。

「あらあら、随分お急ぎねえ」

 無我夢中で空を飛ぶ魔理沙の耳元に、からかうような声音が届く。
 しかし魔理沙はわき目も振らずに飛び続け、横を向く代わりに怒鳴り声を上げた。

「なんだババァ、今忙しいんだ、すっこんでやがれ!」
「ええ、ええ、よく知っていますとも。だって朝から見ていましたものね」
「相変わらず悪趣味だなこの妖怪覗きババァめ! いいから黙ってろや!」
「そういうわけにもいきませんわ。だって、ねえ」

 くすくすと笑う声が、さらに間近で囁きかけてくる。

「昨日のあなたったら、あんなことを言った挙句に霊夢の反応を見もせずにぐっすり眠り込んでしまうんですものね。さすがにあれはないと思ったわ」

 そう言われると、また一つの光景が頭を通り過ぎた。
 それは、無表情の霊夢に何かを必死で言い聞かせている八雲紫の姿だ。
 泥酔の果てに意識を失う直前、昨日最後に見た光景だ。

「……だから、なんだってんだ!」
「なんだ、じゃないでしょう」

 声を振り絞って叫ぶと、若干責め立てるような声音が耳を刺す。

「あれだけのことを言っておいて、あの子の反応も確認せずにぐっすりだものね。あなたって凄く失礼だと思うわ」
「分かってるっつーの!」

 たまらず、魔理沙は横を見た。こちらを責めるような、あるいはどことなく拗ねているようにも見える紫が、空間の裂け目から身を乗り出したままこちらを見つめている。
 魔理沙は怒鳴り声を上げた。

「だからこうして急いでんだろうが! 邪魔すんじゃねえよ!」
「邪魔なんかしてませんわ。だって、結果は分かりきってますもの」

 開いた扇で口元を覆い隠し、紫は哀れむように魔理沙を見る。

「あなたが何を言おうが、霊夢は微動だにしないに決まってますわ、ええ」
「いちいち嫌味な……!」
「ところで、いいの?」
「何が!?」
「前見なくて」

 言われて前を見たら、眼前に博麗神社の鳥居が迫っていた。
 慌てて急制動をかけて身を捻り、正面衝突こそ防いだが、バランスを崩した魔理沙は空に投げ出された。
 クルクルと回転する視界の中、一瞬捉えた神社の境内にはいつも通り霊夢がいて、箒で石畳を掃き清めていた。
 それを見て奇妙なほどの安堵感を覚えた自分が少しだけ可笑しく思えて、魔理沙は地面に向かって落下しながらかすかに笑ってしまった。



 出かけていた主がぶすっとした不機嫌顔のまま帰ってきて、そのまま炬燵に潜りこんだ。
 それを横で見ていた藍は、これみよがしに深々とため息を吐く。

「なによ」

 紫が刺々しい声で言ったので、藍は再度ため息を吐いた。

「どこへ出かけていらしたんですか?」
「主の行動を詮索するもんじゃありません」
「そうですか、魔理沙のところに嫌味を言いに」

 ギロッと睨みつけてくる紫を、冷めた目で見つめ返す。
 主はほんの少しだけ決まり悪そうに目をそらした。

「……まさかとは思いますが、直接手出しは……」
「無礼なことを言わないの。ちょっとからかっただけだし、最後だってあの子が怪我しないように結界張ってあげたし」
「でも嫌味を言わずにはいられなかったわけですか」
「だって」

 拗ねた子供のように唇を尖らせた紫が、ぽつりと、

「だって、羨ましかったんだもん」
「そうですか」
「ええそうよ。羨ましかったのよ。羨ましくて羨ましくて……!」

 紫は突然炬燵に突っ伏すと、物凄い勢いでべしべしと天板をぶっ叩き、癇癪を起したように喚き始めた。

「ずるいずるい、魔理沙ばっかりずーるーいー! わたしだって霊夢にあんなこと言ってみたいのにぃー!」
「はあ。ええと、わたし相手にならいくら言ってくださっても結構ですが」
「駄目よ! 可愛いあなたをそんな代償行為の相手にすることは出来ないわ!」
「なんでそこのところの気遣いはまともなんですか」

 ぼやきつつも、藍は内心でほっと息を吐いていた。
 昨日の宴会の終盤、魔理沙があんなことを言った直後に眠りこけてしまってからというもの、紫は露骨に不機嫌になったのだった。もちろん他の面々の前では特に何事もないかのように振る舞っていたが、その分藍の前では酷かったのである。
 今日など珍しく朝から起きだしてきたかと思ったら、炬燵に潜ったまま空間の裂け目を開いて魔理沙の監視を開始。「まだ起きないわ。のん気な娘ね」だの、「まあ藍、あの子ったら昨日のことちっとも覚えてないみたいよ、ホントにおバカさんなんだから」だの、「なんで思い出せないのかしら、血の巡りが悪い子ね」だのと、ぷりぷり怒って散々好き勝手に酷評した挙句、ついさっき魔理沙がようやく事の真相に辿り着いたと見るや、

「ちょっと出かけてくるわ」

 といそいそ炬燵から抜け出していったのである。
 出かけた先で何をしたのか見たわけではないが、藍にはおおよそ察しがつく。
 多分、というか間違いなく魔理沙のところへ出かけて行って、

「あんたに何を言われたって霊夢は何とも思わないに決まってるもんねバーヤバーヤ!」

 という類のことを嫌味ったらしく言ったに違いない。

(霊夢絡みだとたまに物凄く子供っぽくなられるからなあ、この方は)

 主のそういう面を幾度となく見せられている藍としては、もう半ば諦観の境地に至っている。
 無論、紫がそういった面を見せる相手は自分ぐらいのもので、なおかつそのために暴走して妖怪の賢者としての活動に支障をきたしたり、体面が保てなくなるほど取り乱すこともないから、さほど問題はないだろうと思ってはいるのだが。
 紫自身妖怪の賢者であるという立場の問題もあり、博麗の巫女たる霊夢への愛情をそう大っぴらに表現するわけにもいかないという事情を考えれば、多少同情の余地はあるし。

(それに、今回ばかりは仕方がないとも思えるしな)

 昨日のことを思い出して、藍は一人微苦笑する。
 彼女もまたあの場で魔理沙のあの言葉を聞いていたが、躊躇なくあんなことを言える魔理沙と、あんなことを言ってもらえる霊夢とが、少し羨ましくなったのも事実なのだ。
 たとえば自分が橙に同じことを言われたら、と考えると、それだけで身悶えしそうになってしまうほど。

(紫様が嫉妬なさるのも無理はない。霊夢も霊夢で、満更でもなさそうだったからな。今頃魔理沙とどんな会話をしていることやら)

 相変わらず炬燵の天板をぶっ叩いて何やら喚いている主の傍らで、藍はそっと微笑んだ。



 空中に放り出されて受け止めるものもなく落下した魔理沙は、境内の石畳に叩きつけられる直前、何か柔らかいものに受け止められた。そのおかげで、あの高さから落ちたにも関わらず怪我一つせずに済んだのだ。
 だが同時に、そのせいで何らかのリアクションを取ることも出来なかった。魔理沙はただ呆然と地べたに尻もちを突いたまま、驚きに目を丸くしている霊夢と真正面から見つめ合うことになったのである。
 お互い、何も言わないまま、あるいは言えないまま、数秒ほどの時が過ぎる。
 先に口を開いたのは、霊夢だった。呆けたような表情のまま、

「魔理沙」

 小さく呟いたかと思うと、かすかに頬を赤らめながら両手で箒を握りしめ、表情を隠すように慌てて後ろを向いてしまう。
 そんな霊夢の挙動に、魔理沙は酷く驚いた。この巫女様とは子供の頃に出会って以来かなり長い付き合いになるが、こんな反応を見たことは一度もなかった。

(異常事態だぞ、これは……!)

 そもそも自分を見た霊夢がこんな反応を示すなど、魔理沙には想像すらできなかったことだ。そう思うと嬉しいやら悲しいやらおっかないやら、何とも複雑な気分である。
 しかし、そんな気分に浸っている時間などない。
 早いところ、霊夢の気持ちを確かめなければ。
 魔理沙はまず気息を整え、それから尻の汚れを手で払い落すと、小さく咳払いしてぎこちなく声をかけた。

「よ、よう、霊夢」

 霊夢の肩がぴくりと震える。振り返らないまま、

「ええ」
「ああ」
「うん」

 よく分からないやり取りを交わしてしまった。
 魔理沙は腕を腰の後ろで組み、つま先で石畳を掻き始めた。ちらちらと霊夢を見るが、彼女はこちらに背を向けたまま掃き掃除を続けている。ただずっと同じ場所ばかり掃いていて、動く気配が全くない。
 身悶えして奇声を発したくなるような居心地の悪い沈黙が、延々と流れる。魔理沙はもう何もかも放り出して逃げだしたい気分だった。博麗神社でこんな気持ちになることなど、ほとんど初めての経験だ。

(ええい、このままじゃ埒が明かん! 思い切って……!)

 と、魔理沙が息を吸い込んだとき、

「あんた」

 霊夢が小さく、声を発した。

「お、おう。なんだ」
「いや。具合とか、大丈夫? 昨日運んだとき、なんか気持ち悪そうに呻いていたけど」

 あの霊夢がわたしの体調を心配している! と死ぬほど驚愕しながら、魔理沙はあたふたと返事をする。

「あ、ああ。まあ大分飲んだから、起き抜けはちょっと頭が痛かったが……って」

 ふと魔理沙は、またも驚くべき事実に気がついた。

「運んだとき、ってことは。昨日寝ちまったわたしを家まで運んでくれたの、お前か?」
「そう、だけど。なに?」
「いや、別にその」

 それ以上続けられずに、魔理沙は口ごもる。
 あの霊夢が、わざわざ自分を運んでくれたなど。信じられないことだった。
 神社の宴会で泥酔して眠り込んでしまったときは、大抵他の連中と一緒にその辺に放置されるのが常なのだが。

「あーっと。その、ありがとうな、わざわざ」
「別に。あんた、思ったより軽かったし。キノコばっかり食べて栄養が偏ってるんじゃないの?」
「そうだな。昔はお互い今よりぽっちゃりしてたのにな、わたしたち」
「またそういう」
「え?」
「いや、別に」

 霊夢が急に黙り込んでしまったので、魔理沙は少々焦る。
 何を言っていいのか分からず、とりあえず話を少し戻した。

「でも、あれだ。わざわざ運んでもらわなくてもさ。ここの母屋の隅っこにでも転がしててくれりゃ良かったのに」
「そんなこと、できるわけないじゃない」
「え、なんで?」
「なんで、って」

 霊夢はゆっくりと振り返り、かすかに非難するような目で魔理沙を見た。
 やはり若干、頬が赤い。信じ難いことだ。

「あんた、昨日あんなこと言っておいて。何とも思ってないの?」
「あ、いや。それはさ」
「あのね、魔理沙。はっきり言うけど」

 霊夢はぎゅっと箒を握りしめながら眉を吊り上げ、努めて抑えているような淡々とした口調で、

「そりゃ、確かにわたしとあんたは長い付き合いだけど。ああいうのは……なんていうの。困る。そう、困るのよ。みんなの前であんなこと言われても、困るわけ。いや、二人きりのときだったらいいとかそういうわけじゃないのよ? だってなんか、そういうのって、わたしたちのノリと違うじゃない、ねえ。そもそも、あんた以外の奴がわたしにあんなこと言うわけないし。何をどう返したらいいか分かんないじゃない。そうでしょ?」
「あ。ええと。まあ、そう、かな」

 魔理沙は歯切れ悪く答え、頭を掻く。
 何をどう答えたらいいか分からないのは、今の魔理沙も同じである。
 そもそも、これはどういう反応なのだろう。怒っているようにも見えるが、そうでもないようにも見える。
 いや、そんなことよりもまず、どんな愛の告白をしたらこんな答えが返ってくるのか。見当もつかない。
 それでとうとう我慢できなくなり、怒らせてしまうかもしれないと思いつつ、魔理沙はおそるおそる聞いてみた。

「あのさ、霊夢」
「なによ」
「いや。わたし昨日、お前にどんなこと言ったんだっけ?」
「はぁ?」

 霊夢は一瞬怪訝そうに眉をひそめたが、やがて魔理沙の言っていることを理解したと見え、大きく頬をひきつらせた。

「……魔理沙。あんた、まさかとは思うけど」
「お、おう」
「覚えてないの。昨日言ったこと」
「いや、あの、ええと、その……」

 引きつった笑顔を浮かべている霊夢の前で、魔理沙は叱られている子供のようにもじもじと指を絡めたあと、小さく、

「うん」
「うん、って」

 霊夢が呆れた様子で呟く。
 だがすぐに、眉間に皺を寄せて肩を震わせ始めた。

「覚えてない。覚えてないとか……!」
「い、いや、落ち着いてくれよ霊夢」
「あんたねえ、わたしがあのあとどんだけからかわれたと……!」

 霊夢が怒鳴り声と共に箒を振り上げかける。だが、魔理沙が「ごめん!」と悲鳴のように叫んで顔を両腕で庇うと、ふっと体の力を抜いて、肩を落とした。
 それから力なく笑い、

「全く、もう。何なのよ、あんた」
「いや、悪い。いくら酔っぱらってたとは言え、忘れてるとかないよな。いや何言ったか分からんけど」
「分からないならその方が……」

 呻くように呟いた後、霊夢はふと「うん」と頷き、先ほどとは打って変わって明るい表情になった。

「うん。そうね、分からないならその方がいいじゃない」
「え、なに?」
「別に思い出さなくてもいいってことよ。あんな恥ずかしいこと」
「は、恥ずかしい、か」

 霊夢本人に面と向かって言われると、余計に気になってくる。

「なあ霊夢。わたしが言ったことって、そんなに恥ずかしいことだったのか?」
「ええ。それはもう」
「昨日の萃香みたいに裸になるよりも?」
「そりゃそうでしょ。裸になって奇声を上げて走りまわるか、さもなければあんたに向かって同じこと言えって言われたら、わたしは間違いなく裸になるわ」
「そ、そこまでか……!」

 慄く魔理沙の前で、霊夢は苦笑する。

「いや。でもまあ、もういいわよ」
「え、もういいって」
「思い出せないならそれに越したことはないし。うん、ずっと忘れててくれたほうがいいわ。それに」
「それに?」

 霊夢はほんの少しだけ嬉しそうに目を細めると、

「本当のこと言うと、さ。そんなに嫌な気分じゃなかったから。あんたがああ言ってくれたこと」
「……そうなのか? なあ霊夢。それって、つまり」

 と、魔理沙がさらに聞こうとしたら、「さってと!」と霊夢は顔を赤くしながら、思い切り両手を打ち鳴らした。

「これでこの話はおしまい! 昨日のあんたはおかしかったし、さっきまでのわたしもおかしかった! そういうことにしときましょう」
「え、ちょ」
「だからまあ、これからも今まで通りよろしくね、魔理沙!」

 今まで通り、という部分を殊更強調しながら勢いよく捲し立てて魔理沙の肩を叩くと、霊夢は何も言えずにいる友人の横を通り抜けて、

「さー、そろそろ夕方だし、妖怪どもが悪さしてないか見回りに行かなくちゃ」

 いつもそんなことしてないだろお前、と口に出すこともできない魔理沙の後ろで、霊夢が振り返る気配がした。

「あんたもあんまりうろうろしてないで、早く家に帰りなさいよ。じゃあまた明日ね、魔理沙」

 そうして霊夢は音もなく飛び立った、らしい。
 しばらく経ってからぎこちなく振り返った魔理沙の目に見えたのは、遠い夕闇の空に向かって飛んでいく、小さな紅白の影だけだった。



 吹っ飛ばされた箒を回収したものの何となく飛ぶ気にはならず、魔理沙はとぼとぼと街道を歩いていた。
 頭の中を、先程霊夢と交わしたやり取りがぐるぐると駆け巡っている。
 結局自分が何をどう言ったのかは分からずじまいだ。
 しかし、先程の会話の流れから察するに、はっきりしていることが一つ。

「……振られたんだよなあ、わたし」

 小さく自嘲する。
 あんな大勢の前で裸になるよりも恥ずかしい愛の告白をした挙句、振られてしまうとは。

「格好悪いっつーかみっともないっつーか……いや、もうそんなレベルじゃないな」

 呟き、大きくため息を吐く。
 なんだか体から全ての力が抜けてしまったようで、今すぐ地べたに座り込みたいような気分だった。
 同時にふと、疑問に思う。
 何故わたしはこれほどまでにショックを受けているのだろう、と。

(いや、振られたから当たり前だよな)

 そう考えたが、少し違和感もあった。
 そもそも、何かおかしい気がする。
 いくら酒の席での話とは言え、わたしは霊夢に愛の告白なんかしたがるような人間だろうか、と。

(それ以前に、わたしはそういう意味で霊夢のことが好きなのか?)

 今更ながら浮かんできた疑問に、魔理沙は一人で首を捻る。
 それはもちろん、霊夢のことは好きだ。霧雨魔理沙は、博麗霊夢がいなかったら退屈で死んでしまうぐらい、あの巫女様のことを好いている。
 そもそもにして、魔理沙は連日連夜博麗神社に通っているのだ。周りからすれば、気色悪いぐらい霊夢にべったりに見えるだろう。
 だがそれでも、自分が霊夢に対して抱いている感情が同性愛的な意味での愛情なのだと思うのは、物凄く違和感がある。

「そういうんじゃないんだよな。なんていうか、もっとこう」

 呟き、魔理沙はふと空を見る。
 別に、何かの予感を感じたわけではない。ただ何となく、上を向いただけだ。
 だが見上げてみたら、霊夢がそこにいた。
 今や宵闇に押しやられそうになっている夕闇の中を、紅白の影が飛んでいく。
 地べたから見上げるこちらのことになど気づく素振りも見せず、空を横切っていくその姿。
 鳥のように風に乗るでもなく、術や何かで無理矢理体を浮かせているでもなく。
 何の理屈も根拠もなしに重力から解き放たれて、ただ気の向くままに空を行く、無重力の巫女。
 あれほど美しく空を飛ぶ生き物を、魔理沙は他に知らない。

「ああ、そうか」

 胸が熱くなった。

「そういうこと、か」

 違和感の正体が分かった。理解できた。
 魔理沙は何も、振られたことにショックを受けているのではないのだ。
 あの巫女様を見てみるがいい。こちらのことになど気づきもせず、実に優雅に飛んでいくではないか。
 そう。最初から分かりきっていたことだ。
 博麗霊夢にとって霧雨魔理沙というのが、取り立てて特別な存在ではないということぐらい。
 良くて昔から付き合いのある腐れ縁の友人、という程度だろう。
 間違っても……仮に霊夢が同性愛者だったとしても、深い愛情で結ばれた恋人同士なんかにはなり得ない。
 そもそも魔理沙は、陰で必死に努力を重ねなければあの背中を見つめ続けることすら難しい非才の身。
 そんなことぐらい、とっくの昔に理解できていた。
 魔理沙がショックを受けたのは、愛の告白をしてしまったという事実そのものに対してだ。
 確かに、魔理沙は霊夢に惹かれている。
 だが、彼女に対して抱いている感情は、客観的に見て好ましいものばかりではない。
 その中には、愛情や尊敬がある半面、嫉妬や憎悪も含まれていると、ある程度は自覚している。
 抱きしめたいほど愛おしくもあり、刺し殺したいほど憎らしくもあるのだ。
 親友、好敵手、仇敵。どんな言葉もしっくりこない。恋人やら片思いの相手などというのも、断じて違う。
 魔理沙が霊夢に対して抱いている深い深い感情は、安易に名前をつけられるほど単純なものではない。
 自分はそれら全てを引きずって霊夢を追っているのだし、己の非才を自覚してなお努力を続けているのは、そんなドロドロとした気色の悪い感情が心の炉で絶えることなく燃え続けているからだ。
 そんな魔理沙だからこそ、安易に愛の告白などをした自分に猛烈な違和感を感じずにはいられない。
 酒の席での話とは言え……否、心の抑制が解かれ本音を漏らしがちな酒の席での話であるからこそ、霊夢への想いを愛の告白などという形で吐き出してしまった自分が信じられず、もっと言うなら腹立たしくすらあるのだ。

「そういうこと、だよな」

 魔理沙は博麗神社の方へ向かって飛んでいく小さな影を見つめながら呟き、踵を返して背を向ける。
 そして箒に跨ると、霧の湖へ向かって飛び立った。



「今日は本を盗みに来たって顔じゃあないのね。入っていいよ。館の方々のご友人であればいつでも大歓迎さ」

 門番がそんなことを言ってすんなり通してくれたので、魔理沙は誰にも邪魔立てされずに紅魔館の中へと足を踏み入れた。
 勝手知ったる他人の家とばかりに廊下を突き進み、いつものごとく大図書館の大扉を開け放つ。
 見上げるほど背の高い本棚の列を通り抜けると、その中央付近に小さなスペースがある。
 そこに置かれた大きな机の上にはたくさんの本が山のように積み重ねられており、それらに埋もれるようにして、細い人影が椅子に腰かけているのだった。
 ゆったりとした装いに、冷めた眼差し。淀みない手つきで本の頁を手繰る彼女の表情は、急な来訪者に対して、ほんのわずかな揺らぎも見せない。
 動かない大図書館パチュリー・ノーレッジは、今日も今日とて紙面の向こうの世界に埋もれているらしかった。

「珍しいのね」

 頁を手繰る指は止めないまま、パチュリーが静かな声で呟く。

「あなたが来たにしては、弾幕ごっこの気配が感じられなかったけど」
「今日のわたしはお客人なんでな」
「おかしなこともあるものだわ」
「その割にはちっとも驚いてないな、お前」
「あなたという存在は、わたしを驚かせるほどに大きくはないわ」
「ちぇっ、相変わらずのドブネズミ扱いか」

 苦笑しつつ、しかし魔理沙は満足もしていた。

「ってことはお前は、昨日のわたしの発言にも驚かなかったわけだな」
「そうね」

 今日出会った誰とも異なる反応。やはりここに来て正解だったな、と魔理沙は小さく微笑む。
 彼女であれば恥ずかしがることも変に誇張したりすることもなく、ただ起こった事実だけをありのままに話してくれるだろう。
 魔理沙は今、パチュリーに昨日起こったことを全て語ってもらって、自分がどんな愚にもつかない愛の告白をしたのかきちんと把握しておくつもりだった。そうして改めて、自分の中にある霊夢への想いを見つめ直そうとしているのである。

「聞きたいことがあるんだが、いいか」
「なに」
「昨日の宴会で起きたことについて、正確に教えてほしいんだ」
「おかしなことを言うのね。あなただって、あの場にいたじゃない」
「情けない話だが、酔っぱらって覚えてなくてな」
「でしょうね。そうでなければ、あなたの口からあんな発言が飛び出すわけもないし」
「ってことは、やっぱり恥ずかしい科白だったのか」
「ええ。客観的に考えて、相当恥ずかしかったのではないかしら」
「そうか。じゃあ、聞くぜ」

 魔理沙は小さく気息を整え、

「わたしは、どんな恥ずかしい愛の告白をしたんだ」

 そう言った瞬間、ぴたりとパチュリーの手が止まった。
 珍しいことに本の頁から顔を上げて、かすかに眉をひそめて魔理沙を見つめる。

「……愛の告白?」
「ああ、そうだが」

 慣れない反応に戸惑いながら、魔理沙が頷く。
 パチュリーは数瞬目を閉じた後、おもむろに問うてきた。

「あなたが、誰に?」
「そりゃ、霊夢だろ。他に誰がいるんだよ?」

 魔理沙が答えると、パチュリーはパタンと本を閉じて机に置き、また数瞬ほど目を閉じた。
 それからまた瞼を上げ、冷めた眼差しで魔理沙を見ながら、

「前言撤回するわ」
「は?」
「正直、驚きね。あなたが同性愛者だったとは思わなかったわ」

 淡々と言いながら、かすかに吐息を漏らす。
 どことなく失望しているようにも見えるのは、魔理沙の気のせいだろうか。

「あなたが霊夢に対して抱いている感情がそこまで単純なものだとは、予想も」
「いや、ちょっと待て」

 魔理沙はパチュリーの声を遮り、眉間を指で揉んだ。
 どうも、話が見えてこない。
 今ここに来て初めて、魔理沙はようやく、自分が何か勘違いをしているのではないかという考えに思い至った。

「なあ、パチュリー。確認したいんだが」
「なに」
「昨日のあの宴会は、みんなで自分の宝物を見せっこしようって流れになって、輝夜が秘宝を持ち出したり萃香が脱いだりしたんだよな。で、わたしはそういうのよりももっと凄いもん持ってるぜって言って霊夢の肩を抱き寄せて。そんで、相当に……それこそ裸になるより恥ずかしいことを言った、と。ここまではいいか」
「ええ。大体当たってるわ」
「だよな。でも、そうすると」

 魔理沙は首を傾げて、

「その相当に恥ずかしいことっていうのは、愛の告白とかじゃなかったと。そういうことになるのか?」
「そうね」

 パチュリーはほんの少しの間目を伏せて黙考したあと、

「愛の告白と解釈できなくもないけれど、少し無理があるでしょうね。というより、個人的には愛の告白よりももっと恥ずかしい科白だと思うわ」
「愛の告白よりも?」

 魔理沙はぎょっと目を見開く。
 いよいよ持って、自分が何を言ったのか分からなくなってきた。

「一体どんな科白なんだ、それは」
「聞かない方がいいかもしれないわ」
「なんで」
「あなたの性格上、聞いたら最後、まともに霊夢の顔も見られなくなるでしょうから」
「へえ、心配してくれんのか」
「そうなったときここに入り浸られたら鬱陶しいもの」
「安心しろ、そうなったらアリスの家に入り浸るから」
「そう。本当に聞きたいのね」
「ああ。このままじゃ気になって夜も眠れん」
「聞いたらもっと眠れなくなると思うけれど。まあいいわ。説明してあげる」

 そしてパチュリーは、淡々とした口調で昨日の宴会の終わり頃に起きたことを説明し始めた。



 魔理沙がはっきりと覚えていた、萃香との飲み比べ以降の流れは、大体彼女が思い出した通りであった。
 萃香に酒を勧められてべろんべろんに酔っぱらった星がナズーリン自慢を始め、さらにそこからそれぞれのお宝自慢へと話題が移った。

「宝と言ったらうちの姫様だよね」

 とてゐが口を滑らせたことから輝夜の持つ秘宝へと話題が移り、結果、永琳に命じられた鈴仙が、宴会の最中に永遠亭までダッシュする羽目になったのである。
 そうして誰もが輝夜が持つ蓬莱の玉の枝に目を奪われたが、そこは負けず嫌いな幻想郷住人のこと、誰もが各々の持つ宝について語り合い始めた。
 その議論に一石投じたのは、鬼の伊吹萃香である。
 彼女は宴会の輪の中心に躍り出ると、服を脱ぎ捨てて恥ずかしげもなく己の裸身を晒したのだ。
 無論、これは裸を見せるのが目的ではなくて、そこに刻まれた無数の傷を見せるのが目的であった。
 鬼である自分にとっては人間との戦いでこの身に受けた傷こそ、何にも勝る宝なのだと。
 萃香は誇らしげにそう語り、根本的に人間を襲うことや人間と戦うことを存在意義とする妖怪たちに、拍手喝采を浴びたのであった。



「そうそう。それでその後はなんか、宝ってよりは単なる自慢合戦みたいな感じになったんだよな。レミリア辺りがやたらと武勇伝語ってた気がするが」
「レミィはそういうの好きだもの。普段から、わたしはツェペシュの末裔だとか大法螺吹いてるし」

 淡々と言うパチュリーに、魔理沙は躊躇いがちに言う。

「それで……わたしはその流れで、『お前ら全然大したことねえな!』とか言っちゃったわけだな?」
「ええ。珍しく静かに飲んでたあなたが急にそんなことを言ったから、他の皆は結構驚いてたわね」

 いよいよ話の核心だ、と魔理沙は表情を引き締める。
 自分がどんな恥ずかしいことを言ったのだとしても、取り乱さず厳粛に受け止める覚悟であった。



「ま、確かになかなか大したもんではあるけどな、誰もわたしにゃ勝てないぜ!」

 突然笑いながら叫び出した魔理沙に、その場の全員の視線が集まった。
 無論、その多くは冷笑的なものだった。
 今は己の偉業や思い出などを語り合う時間である。
 だと言うのに、たかが十数年しか生きていない人間の小娘が「わたしが一番だ」と主張するなどと。

「へえ。随分威勢がいいじゃないの、魔理沙」

 その場の全員の心情を代弁するかのように歩み出たのは、レミリアである。
 自信に溢れた笑みを浮かべている魔理沙を見つめ、腕を組んで冷笑する。

「だったら語ってもらおうじゃないか。お前のごとき小娘が、わたしたち全員の思い出に勝る何を持っていると言うの?」
「いいとも、語ってやるさ。特にレミリア、お前さんは間違いなく地団駄踏んで悔しがるだろうよ」

 かすかに眉をひそめたレミリアの前で、魔理沙がフラフラと立ちあがって身を翻す。
 そして群衆の間を通り抜けて拝殿の前に進むと、そこの階段に腰かけて一人静かに飲んでいた霊夢の傍らに、どっかりと腰を下ろした。
 そして、怪訝そうな顔をする彼女の肩を抱き寄せ、唾を飛ばして叫び出す。

「いいかぁお前ら、聞いて慄け! わたしはなぁ!」

 それこそ宝物を見せびらかす子供のような、自慢げな笑みを浮かべて、

「この中で一番、霊夢と一緒にいた時間が長いんだぜ!」



「……そう言ったきり、あなたは眠ってしまったの。それはもう、幸せそうな寝顔でね」

 パチュリーはそう締めくくると、静かに目を伏せて、その後の光景を回顧した。
 魔理沙が眠り込んでしまった後、神社の境内には何かむず痒くなるような空気が流れたものである。
 霊夢も当初こそ「そりゃそうだけど、それがどうかしたの?」と言わんばかりの怪訝そうな顔をしていたが、紫を始めとする他の連中にあれこれ口うるさく解説されると、ようやく魔理沙の言っていたことの意味が呑み込めてきたようで、彼女には珍しく頬を染めて黙り込んでしまった。
 そんな、普段は見られない霊夢の姿が妙な雰囲気にさらに拍車をかけ、昨日の宴会はなんとも奇妙な空気のまま終わりを告げたものである。
 そうして回想を終えたパチュリーがふと顔を上げると、いつの間にやら、魔理沙の姿が消えていた。
 気づいたときには図書館入口の扉が大きく開け放たれ、騒々しい足音が物凄い勢いで遠ざかっていくところであった。
 無表情のままそれらを見送ったパチュリーは、やがてかすかな微笑みを浮かべ、

「妬けるわね」

 と、小さな吐息混じりに呟いた。



 紅魔館を飛び出した魔理沙は文字通り飛んで帰り、家中の鍵と言う鍵を全て締め切った後で寝室へと飛び込み、頭からベッドにダイブして一晩中奇声を上げながら転げまわったそうである。



 <了>
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霊夢といた時間が最も長いことが蓬莱の宝物や歴戦の傷痕よりも大切な宝物か・・・

素晴らしい関係じゃないか

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