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【東方SS】ふんどしこーりん

2011/9/16に東方創想話に投稿したSSです。
 


『ふんどしこーりん』



 その日、霧雨魔理沙が香霖堂に足を踏み入れると、店の真ん中でふんどし一丁になった森近霖之助が無表情で仁王立ちしていた。
 
「どうした香霖、考えすぎで頭がおかしくなったのか!」
「相変わらず失礼な奴だな、君は」

 霖之助はむっつりとした顔のまま、指で眼鏡を押し上げる。
 ちなみに、格好は何度見てもふんどし一丁だ。由緒正しい白ふんどし姿で、店の真ん中に仁王立ちしている。それ以外は特に変わったこともない、いつもの森近霖之助なのだが。

「……何がなんだかよく分からないが、とりあえず服を着てくれ。いたいけな乙女には刺激が強すぎるんだぜ」

 頬の熱さを自覚しつつ、魔理沙が目をそらしてちらちら見ながら言うと、霖之助は「その前に」と小さくため息を吐いた。

「……勝手に上り込んでくる奴をいたいけな乙女なんて評する基準は、僕の中に存在していないんだが」
「何言ってるんだ、店なのに客を入れないでどう生活していくんだ」
「扉には『休業中』の札をかけてあったはずだが」
「わたしには関係ないだろ?」
「何を当然のように……まあいい」

 霖之助はうんざりした様子で首を振ると、傍らの椅子にかけてあったいつもの装束を着始めた。
 魔理沙は「きゃっ」と小さく悲鳴を上げて背を向けると、また肩越しにちらちらと霖之助を見始める。
 
「……ところでさっきからやってるその気色悪い演技はなんなんだ」
「いたいけな乙女なんだぜ」
「君はいたいけな乙女というものについて、誰かに教えを……ああいや、無理か。いないな、そういうのは」

 霖之助はまた小さくため息を吐き、「もういいぞ」と魔理沙に声をかける。
 彼女が振り向くと、そこにはいつもと変わらぬ無愛想な古道具屋の店主が立っていた。
 
「……なんか、ちょっと残念なんだぜ」
「君は僕をどうしたいんだ、まったく」
「女の子にそんなこと言わせるもんじゃないぜ」

 霖之助が目を細めたので、魔理沙は頬を両手で挟んでいやんいやんと身をくねらせる。
 十秒ほどやっても冷たい目を向けられるだけだったので、さすがに居たたまれなくなって止めた。



「で、さっきのは一体何の真似だったんだよ」
「実験だよ」

 店の中の椅子に座って魔理沙が問うと、霖之助は何やらカウンターの向こうでごそごそやりながら答えた。

「実験? あれが?」
「ああ、実験だ。何かしら変化が起きるかと思ったが、特に何もなかったな」
「そりゃまあ、そもそも香霖がふんどし一丁で仁王立ちしてる時点で既に衝撃的な変化だったからな」
「……そもそも見せるつもりもなかったんだがね。まあいい」

 霖之助はそう言いながら、カウンターの上に何かの紙の束をどさどさと置いてみせる。
 
「なんだそりゃ。その実験とやらの計画書か何かか?」
「見てみれば分かるさ」

 霖之助がそう促したので、魔理沙は身を乗り出して紙束の一番上の一枚を手に取ってみる。
 するとそこには、何故か筋肉ダルマのようになった霖之助が無駄にさわやかな笑みを浮かべて「HAHAHAHA」とポージングを取っている絵が描かれていた。
 
「……これはひどい」
「本人を前にして辛辣な感想だな」
「いや、だって……なんだよこれ……」

 あまりのムキムキさ加減にちょっと気分を悪くしながら、魔理沙は顔をしかめて他の紙も見てみる。
 予想通りというか何と言うか、それらには全て最初のものと似たような絵が描かれていた。
 ふんどし一丁の霖之助。大抵はやたらとさわやかな笑顔を浮かべてポージング。たまに、魔理沙や霊夢らしき少女にしばかれて恍惚としているものや、逆に泣いて逃げ惑う彼女らをハァハァ言いながら追いかけ回している絵も混じっている。
 
「……香霖」

 全て見終わった魔理沙は、紙束をカウンターの上に置いて深いため息を吐いた。
 そして、ありったけの慈しみを込めて旧知の古道具屋店主を見つめ、言った。
 
「永遠亭に行こう、な?」
「君は何か誤解しているぞ、魔理沙」

 霖之助は眼鏡を押し上げながらそう言ったが、魔理沙はうんざりと首を振る。
 
「どこに誤解の余地があるっていうんだ。お前がムキムキマッチョに憧れるあまり自分がそうなった絵を描くことに没頭して、あまつさえ現実と妄想の区別がつかなくなってさっきみたいな凶行に走ったと。もうネタは上がっているんだぜ」
「予想通りの誤解をどうもありがとう。弁解ぐらいはさせてもらえるんだろうね?」
「かつ丼喰いながら聞いてやるぜ」
「言っておくが代金は君持ちだからな」

 霖之助の冷たい言葉にチッと舌打ちを漏らしつつ、魔理沙は不満顔で椅子に座り直す。
 
「で、一体どういうことなんだよ? この絵はなんだ?」
「そうだな。順を追って説明するが」

 と、霖之助は紙束の一枚を手に取り、ぱし、と叩いてみせた。
 
「まず最初に、これらの絵を描いたのは僕じゃない。と言うよりも、作者はそれぞれ別だよ」
「え、それぞれ別って……」
「見れば分かるだろう。確かにこれらの絵は全て、やたらとマッチョになった森近霖之助という共通したモチーフを描いてはいるが、作者はそれぞれ違うよ。タッチの違いで分かるだろう」
「単に書き分けただけなんじゃないのか」
「どういう理由で?」
「それは知らないけど」

 と、魔理沙は頭を掻く。
 
「だって、どう考えたっておかしいぜ。どういう理由で? って聞きたいのはこっちだ。どこの誰が……それも複数人が。一体何の目的で、こんな絵を描いたっていうんだ」
「そう、問題はそこだ」

 霖之助は小さく頷く。
 
「それを説明する前に、まず……魔理沙。僕がこの絵をどうやって手に入れたかわかるかい?」
「どうやって……って、まさか!」

 その問いかけに、魔理沙ははっとした。
 
「お前……絵師に金を払ってまで自分のマッチョ化願望を!」
「違う。僕が描かせたものでもないよ。いいかい、よく聞いてくれ」

 霖之助は絵を持ったまま、きらりと眼鏡を光らせる。

「これらは全て、ここ数日の内に無縁塚で拾ったものだ」
「……無縁塚? ってことは、まさか……!」
「そう。これらは全て、外の世界から流れ着いたものだ」
「外の世界から……!」

 驚く魔理沙の前で、絵の中の霖之助は相変わらずさわやかな笑みを浮かべてポーズを取っていた。
 
 
 
「……最初見たときは、本当に驚いたよ。自分をモデルにした……しかも、明らかに本物とは異なる体型の自分が描かれた絵が、何枚何十枚も散らばっていたのだからね」
「それは確かに驚くな……っていうか、嫌だな……」

 顔をしかめる魔理沙の前で、霖之助はごく淡々と説明する。
 
「最初こそ驚いたが、僕はすぐに冷静さを取り戻した。一枚だけならまだしも、何十枚もだ。性質の悪い悪戯でもない限り、こんなことになっているのには何かしら意味があるに違いないと、そう考えたわけだ」
「そりゃまあ意味もなくこんなのが散らばってたら嫌すぎるよな……いや、意味があっても嫌だけど」
「だからこそその意味を探るために、さっきのようなことをしていたわけだ」
「さっきっていうと……ああ、ふんどし一丁になってたあれか?」
「そうだ。まあ見られるとは思っていなかったがね」
「へん、見られて困るような恰好をしている方が悪いんだぜ」

 魔理沙がそっぽを向くと、霖之助は「ほう」と言って、少々意地悪く笑った。
 
「じゃあ僕も夜な夜な君の寝室に侵入して、下着姿で寝ている君をじっくり観察してやろうか?」
「バッ……何言って……! い、いや」

 魔理沙は慌てふためいたあとで不意に口をつぐみ、もじもじとスカートの裾を弄りながら、
 
「……べ、別に、どうしてもしたいっていうなら……今のお詫びみたいな意味も兼ねて」
「まあ冗談はさておき、実験の内容だが」
「おい」
「何か?」

 怪訝そうな顔をする霖之助に、魔理沙は「何でもない」と呟き、ぶすっとした顔で先を促す。
 
「……まあいい。それで、実験の内容だが、とりあえずこれらの絵の状況を再現してみることにした」
「なんでとりあえずそうなったんだよ」
「これだけ多くの人間が共通して似たような状況を描いているんだ。何かしら、呪術的な意味があるのではないかと推測したんだよ。もしかしたらふんどし一丁になった瞬間、この絵のようにマッチョになるのではないかと思ったんだが」
「で、実際は?」
「それはどちらかと言えば君に聞きたいね。どう見えた?」
「いつも通りの貧相な香霖だったぜ」
「そうか。やはり推測は外れたようだね」

 貧相と言われて気分を害した様子もなく、霖之助は顎に手をやって考え込む。
 
「さて。となると、どう解釈したものかな。やはり……」
「っていうか、そもそも」

 と、魔理沙はまた絵を一枚摘み上げ、顔をしかめる。
 
「これ、本当に香霖を描いたのか? そっくりさんとかなんじゃ」
「いや、多分それはないだろう。これは確かに……まあ、若干外見の違いはあれど、僕こと森近霖之助を描いたものだよ」
「なんで分かる?」
「何枚かの絵に、君や霊夢も描かれているだろう。それに、君が『香霖』と呼びかけたり、霊夢が『霖之助さん』と呼びかけている絵もある。これで別人だとするのは無理があるよ」
「なるほど。確かにその通りだな」

 納得はして頷きつつも、魔理沙はまた頭を掻く。
 
「しかしそうなると、ますます訳が分からないな」
「ふむ。では訳が分からない点についてまとめてみようか、魔理沙」

 教師のような口調で霖之助が言うので、魔理沙もまた生徒のような口調で答える。
 
「えっと……まず、香霖が描かれているのなら何故マッチョになっているのか。それから、外の世界で描かれたのなら、何故これを描いた連中が香霖やわたしのことを知っていたのか。最後に、どうしてこれらが、今になってこうも大量に幻想郷に入って来たのか。ひとまずはこの三点じゃないか?」
「よく出来ました。大きく分ければその三点だろうね」
「ふふん。ま、わたしにかかれば楽勝だな」

 魔理沙はちょっと得意になってから、「で?」と、頬杖を突いて霖之助を見上げた。
 
「こういう風に話を進めるってことは、香霖にはある程度見当がついてるってことだよな?」
「その通りだ。説明してほしいかい?」
「おう。いつものノリで頼むぜ」

 魔理沙が軽く居住まいを正して聞く姿勢を作ると、霖之助は眼鏡を指で押し上げて「まず」と説明を始めた。
 
「最初の疑問点だ。何故これを描いた者は、僕をこんな風にマッチョに描いたのか」
「いきなり訳が分からんな。香霖は分かったのか?」
「当然だ。おそらく、これは作者の願望を投影した結果だろうと考えられる」
「え、願望……?」

 魔理沙は紙束の方を見て顔をしかめる。
 
「ってことは、絵を描いた奴は香霖にこんな風になってほしかったってことなのか?」
「その答えは半分正解で半分間違いというところだろうね」
「どういうことだよ?」
「そもそも、これらの絵はモデルを正確に模写したものではない。ここまではいいかい?」
「そりゃそうだ。香霖に描かれた覚えがないんだもんな」
「となると、これを描いた作者は僕をモデルとしつつもある程度は想像で補いながら描いたと推測される」
「じゃあ、補った結果がこのムキムキだってことか?」
「そういうことだ」
「……なんか、凄い歪な補い方に思えるんだが」

 魔理沙が眉をひそめると、霖之助は「そこだ」と指を立てた。
 
「この話で重要なのは、何故そんな風に補ったのかということだ。そこで出てくるのが……」
「願望の投影、ってやつか?」
「ご名答。ただしこの場合、僕にこうなって欲しい、というのとは別の願望だと思われる。これはつまり……」

 霖之助はまた眼鏡を指で押し上げ、
 
「作者の、理想の投影だよ」
「……えぇー……?」

 今度ばかりは納得できず、魔理沙は思いっきり顔を歪める。
 
「理想って……こんな、筋肉ムキムキで明らかに変態チックで、しかも絵によっては本当に変態的な行動をしてる香霖の姿が、作者の理想だっていうのか……?」
「では、次はその点について説明していくとしようか」

 霖之助はどことなく得意げに言う。
 
「まず最初、この絵の僕がやたらとマッチョであるという点だ。これについてはそのままの解釈でいいだろう。単に作者がこういう肉体美に憧れていたというだけの話だ」
「……これにか? どう考えたって筋肉つきすぎで気持ち悪いぜ」
「だが、男性の中にはこういった過剰なほどの肉体美に憧れを持つ者が多いこともまた事実だよ。少なくとも、全く筋肉がない貧相な体よりは、多少鍛えられている体の方がいいと答える者が大半だろう」
「そんなもんかな。どうも、ピンと来ないんだが」
「まあ、こういった感性には個人差もあるだろうが……だが、これ以外にしっくり来る解釈がないのも事実だ」
「単に面白がってやったんじゃないのか?」
「魔理沙」

 と、霖之助は呆れたように首を振る。
 
「仮にも自分の内面を絵画という形で表そうという者が、そんなふざけた覚悟で筆を取ると思うのかい?」
「いや、少なくとも真面目に描いてるようには思えないが……」
「それは浅はかな物の見方というものだよ。現によく見てみたまえ。確かにモチーフは異様だが、ここに描かれている人体……まあこの場合は筋肉か。これらの筋肉は、並大抵の技術で描けるものではない。そうは思わないか?」
「うーん……まあ確かに、言われてみれば」
「彼らはこれらの絵を描くために血の滲むような努力を重ねたものだと僕は推測する。それだけ肉体美への憧れが強かったのだろう。芸術家というものの大半が華奢な体つきであることを考えれば、ますます納得できる見方だろう」
「そう言われれば、そんな気もしてきた、が……」

 魔理沙は他の絵を取り上げ、霖之助に突き付ける。
 
「じゃあ、こっちはどう説明する? マッチョになった香霖がわたしや霊夢を追いかけ回したり、逆にしばかれてあふんあふん喘いでるような絵は」
「それについても納得させられる自信はあるよ」
「言ってみてくれ」
「これらもやはり願望の投影ということで説明できると思うね」
「……つまり、こんな変態みたいな恰好でいたいけな乙女を追いかけ回したり、逆にしばかれたりしてみたいっていう願望ってことか? 変態じゃないか……」

 魔理沙がげんなりして言うと、霖之助は「そうストレートに解釈してもいいが」と前置きした上で答えた。
 
「可能性はもう一つあると思うね」
「え、単なる変態以外に?」
「ああ。それは、こんな風に女性と接してみたい、という願望さ」
「やっぱり変態じゃないか」
「違う。それらの絵をよく見てみたまえ、魔理沙」
「あまり見たくないんだが」
「じゃあ見なくてもいいが」

 霖之助は小さく咳払いして、
 
「これらの絵に描かれている僕は、女性……つまり君らに拒絶されても嫌がったり、傷ついたりしている様子を見せていないだろう」
「むしろ喜んでいるように見えるな」
「そう、つまり重要なのはそこだよ。普通、女性に悲鳴を上げて逃げられたり、こんな風に激しい拒絶を示されれば、男性というのはひどく傷つくものだ」
「そうなのか?」
「意外に繊細なものだよ、男性というのは。特に女性に誇りや面子を傷つけられる……要は公衆の面前で笑われたり引っ叩かれたり、そんなことをされたら到底我慢ならないほどの屈辱を感じるものなんだ。それこそ、自分が死ぬか相手を殺してやりたいと思うほどにね」
「そりゃなんというか、激しいな」
「それだけ男性にとって面子というのが重要だということだよ。そして同時に、そういう自分の性質を疎ましく思っている面もある」
「っていうと……プライドが邪魔だってことか?」
「そう。プライドが邪魔して、好意を寄せている異性に上手く話しかけられない。照れのせいで開けっぴろげに好意を表現できない……そういう悩みだね」
「不器用だなあ」
「元来そういう生き物だよ、男というのは。だから」

 と、霖之助は手品の種明かしでもするような手つきで、件の絵を持ち上げてみせる。
 
「こういう極端な表現に走ることもある、ということだ」
「……ああ、なるほど」

 ようやく納得して、魔理沙は手を打った。
 
「つまり、女に対してわだかまりなく素直に接したい、拒絶されたりプライドを傷つけられたりすることを恐れずに接してみたい、という願望が極端な形で現れた結果がこういう絵だと。そう言いたいんだな?」
「そういうことさ。だから言っただろう、結局はこれも理想や願望の投影だ、と」
「なるほどなあ」

 感心する魔理沙の前で、霖之助は小さく肩を竦めてみせる。

「もちろん、全員がそうだとは言わないがね。中には例外もいるだろうし、君が言うとおり単に面白がっているだけの不届き者もいるだろう。ただ、そういう者たちが主流ではなかろうと僕は思うよ。これだけの絵を描くための努力は、並大抵のものではないだろうからね」

 そう「さて、次だ」と霖之助は指を立てた。
 
「どうして彼らが僕や君たちを知っていたのか。どうしてこれらの絵が、今になって一斉に幻想郷に流れてきたのか、について」
「……二つ一緒に取り上げたってことは、一緒に解決できるってことか?」
「少し違うな。まず彼らが僕や君たちを知っている理由だが、正直言ってこれはどうも推測できない。たとえば隙間妖怪辺りが外の世界で幻想郷の情報を流布しているだとか、手段はいくつか挙げられるが……そうしたところで何のメリットがあるか、と言われるとね」
「メリットねえ……確かに得はしないよな」

 そう言ったあと、魔理沙はちょっと冗談交じりに、
 
「案外、深酒してぐでんぐでんに酔っ払ったおっさんか何かが幻想郷に迷い込んで、見聞きしたことを法螺混じりに広めてる……とかだったりしてな」
「魔理沙」

 霖之助は呆れたようにため息を吐く。

「なんだその荒唐無稽な想像は。そんなことが可能な人物がいたら、なんだってありになってしまうじゃないか」
「んー、やっぱそうか?」
「ああ。そんなことができる人物がいたとしたら、これから先もずっと、幻想郷で起きた事件が外の世界で知られることになってしまうだろうね」
「だなあ。さすがにあり得ないよな。悪い、話戻してくれよ」
「ああ。そうしようか」

 霖之助は頷き、仕切り直すように一つ咳払いをする。
 
「さて。僕らのことがどうして外の世界の者たちに知られているのかは分からないとしても、これらの絵が一斉に幻想郷に流れ着いた理由は大体想像できる」
「へえ。どんな理由だ?」
「それを話す前に……魔理沙、そもそも外の世界からこの郷に流れ着く物品というのは、どういう特徴を持っているものか。覚えているかい?」
「は? そりゃ覚えてるさ。常識だろそんなのは」

 ちょっと馬鹿にされたような気分になって、魔理沙は小さく唇を尖らせる。
 
「外の世界で使われなくなったり、忘れられたりしたものが……ちょっと待て」

 言いかけて、魔理沙ははっとした。霖之助の絵が描かれた紙の束を見つめて、数秒ほど考え込む。
 
「……ということは、こういう絵が忘れられて……? まさか、描いてた連中の身に何か……? いや、まさか焚書めいた言論統制が……」
「そういう可能性も考えられるが……もう少し説得力のある説もある」
「と言うと、どんな?」
「広まっているイメージが、正確になったという可能性だ」

 その説に余程自信があるらしく、霖之助の口調はどことなく得意げだった。
 しかし魔理沙はよく分からず、眉根を寄せて問いかける。
 
「つまり、どういうことなんだ?」
「魔理沙。そもそも君は、これらの絵が実際の僕を正しく描いていると思うかい?」
「まさか。こんなマッチョの変態、本物の香霖とは似ても似つかないぜ」
「その通りだ。それなのにこれらが描かれたのは、どうしてだったか」
「さっき自分で説明したろ。作者の理想の投影だろ?」
「そう。つまり森近霖之助という存在の像を、自分の思うまま好き勝手に歪めていたわけだね。では、そういう風に出来ていたのはどうしてか?」
「ん……そうだな。どうしても描きたかったから敢えて本物を無視してたか……もしくは、誤った香霖像が広まってたか、本物の香霖像が曖昧にしか広まっていなかったか、このどれかじゃないか?」
「そう。本物の僕をよく知らないか誤解していたが故に、出来上がった絵がこんな具合になっても誰も気にしなかったわけだ。作者はもちろん、見る者もね」
「まあ、そうなるよな」
「では魔理沙、最後の問いかけだ」

 霖之助は少々勿体つけてから、静かに、
 
「そういう絵が描かれなくなったということは、つまりどういうことかな?」
「……ああ、そういうことか!」

 ようやく霖之助の言わんとしていることが分かり、魔理沙は膝を叩いた。

「つまり、今までよりも正確なイメージが広まったから、こういう間違ったイメージに基づいた絵が描かれなくなって、『忘れられた』ってことなのか!」
「ご名答」

 霖之助は満足げに頷き、
 
「それを裏付ける証拠もある。無縁塚で拾った絵はこういうマッチョな僕の絵ばかりで、本物に似せた絵は一枚もなかったんだ」
「なるほど。つまり、ちゃんと本物っぽい香霖を描いた絵は、今も現役ってわけだ」
「そういうことさ。どうだ、納得できたかい」
「おう、さすが香霖だぜ。しかし……」

 と、魔理沙は腕を組んで考え込む。
 
「……正確なイメージが広まったって、具体的に何があったんだろうな?」
「さあね。そもそも外の世界の者たちが何故僕らのことを知っているのかが分からないのに、その認識が変化した理由が分かるわけもないよ」
「そこを想像するのが香霖だろ」
「……君な、少しは自分で……まあいい。そうだな……」

 霖之助は少し考え込むと、肩を竦めてみせた。
 
「まあ、なんだな。何かしら権威を持っている人間や機関が、『これが正しい森近霖之助だ!』と世に宣言したんじゃないかな」
「……それだけで直るもんか?」
「直るさ。大衆にとって権威というのはそのぐらい強くて揺るぎないものなんだよ。いや、揺るぎなく見えるものと言った方が正しいかな。お上が黒と言えば白いものだって黒くなるのさ」
「よく分からんぜ」
「今の君は社会ってものとはほとんど無縁だからな……実感は湧きにくいかもしれないが、そう、たとえば」

 と、霖之助は少し考えて言う。
 
「……たとえば、外の世界の権威が『霧雨魔理沙はうふふとかきゃははとか言って空を飛び回るぶりっ子な魔女だ』と宣言すれば、今の君を描いた絵が大量に幻想郷に流れ着くかもしれないね」
「……おい、気味の悪いこと言うなよ。なんか薄ら寒くなってきたぜ」

 魔理沙が両腕で肩を抱くと、霖之助は小さく苦笑した。
 
「ま、いずれにしても、あれこれ心配したってしょうがないさ。外の世界で何が起ころうとも、僕らは基本的に介入できないからね。逆もまた然りだ。気にせず生活していけばいい」
「まあ、そうだけどさ……なんだかなあ」
「ともかく、これで説明は終了だ。納得できたかい」
「ん……ああ、まあな。ありがとう」

 魔理沙は椅子の背もたれに身を預け、ぼんやりと天井を見上げた。ぎしぎし音を立てて椅子を揺らしたあと、ふと、
 
「ところで香霖」
「なんだい、魔理沙」
「いや、ちょっと気になったんだが、その絵」

 と、魔理沙は例の紙束を指差し、
 
「……正しいイメージが広まった、って言うけどさ。じゃあ、そういう絵を描く奴はもう一人もいなくなったんだろうか」
「いや、そんなことはないと思うよ」
「え、どうして?」

 霖之助がごくあっさりと否定したので、魔理沙は少し驚く。
 霖之助はからかうような笑みを浮かべて、
 
「魔理沙。君はさっきの説明の最中、自分で言っていたじゃないか。『どうしても描きたかったから、本物を無視して書いた可能性もある』と」
「……ああ、なるほど。描きたきゃ描くってことか」
「そういうことだよ」
「権威がどうたらって言うのは?」
「権威に従うのが大衆なら、権威に刃向かうのも大衆というものさ。誰に何を言われようが、『そんな物知ったことか』と叫んで自由に振る舞う者だって数多い」

 そう言ったあと、霖之助は含みのある視線を魔理沙に向ける。
 
「それに、だ。外圧なんかじゃ到底押さえ切れない強い想いというものを、君はとうの昔に知っているはずだろう、霧雨魔理沙」
「……そりゃあ、まあな」

 何となく気恥ずかしくなり、魔理沙はそっぽを向いて頬を掻く。
 それから、その気分を振り払うかのように、努めて明るく笑った。
 
「まあ、なんだ。要は結局、みんな好きにやってるってことか?」
「そういうことだよ。僕だってこの絵の作者たちに向かって文句を言うつもりはさらさらないからね。まあ、彼らがここに押しかけてきて、『俺がこう描いたんだからお前もこの通りに過ごせ』なんて馬鹿げた要求をしてきたら、話は別だが」
「はっはっは、そんな輩が来たら、みんなまとめてわたしが丸焦げにしてやるぜ」
「そうかい。せいぜい頼りにさせてもらおうか」
「うんうん、頼りにしてくれ。そういうことだから……」

 と、会話の最中にさりげなく椅子を立っていた魔理沙が、やはりさりげない足取りでじりじりと壁際に寄り始めた。
 霖之助は眉をひそめて、
 
「……魔理沙。言っておくが……」
「ちょっとこれ、借りてくぜ!」

 叫ぶが早いか、魔理沙は壁際の棚に陳列されていたマジックアイテムの一つを手に取り、霖之助が止める間もなく店の外に向かって駆け出した。
 
「魔理沙、それは貴重な……!」
「今度またなんか持ってくるから、それまでツケにしといてくれ! じゃあなー!」

 一方的に言い置いて、魔理沙は勢いよく地を蹴った。



「……やられた」

 空に向かって飛んでいく魔女の後姿を見送り、霖之助は深々とため息を吐いた。
 どうも、自分はあの少女に甘いのかもしれない、と思う。昔から彼女のことを知っているというのもあるし、実際たまに価値のある物を持ちこんでくれるから、というのもある。
 本気で拒否したいのなら、もう少しやりようもあるのだが。
 
「……まあ、そこまではな。まあ、いいか」

 ぼやくように呟き、店の中に戻る。
 ため息混じりにカウンターに腰かけると、あの紙の束が目に入った。

「……間違ったイメージ、か」

 やたらと筋肉のついた自分の絵を一枚手に取り、小さく苦笑する。
 魔理沙に説明したときは敢えて「間違った」という言葉を使ったが、実際のところ、その表現は正しくないのかもしれない。
 正しくは、「古いイメージ」だ。こういうイメージが古くなったからこそ、この絵は幻想郷に流れ着いたのだろうから。
 
「……本当に僕がこういう風に見えていた人間だって、いないとは限らないものな。そうなると、やはり『間違った』イメージと断じてしまうのは、何というか寂しいことのような気がする」

 柄にもなく感傷的な気分になっていることに気が付いて、霖之助は再び苦笑する。使い道など何も思いつかないが、とりあえずこの絵は取っておこうと思った。いつか何かの拍子に出てきて、そういえばこんなこともあったなと思い出すのも悪くはないだろう。
 
「……いつか」

 ふと、霖之助はそう遠くはない未来のことを想像した。
 もしかしたらいつの日か、今日の魔理沙を描いた絵が幻想郷に流れ着く日が来るのかもしれない。
 その日が来たとき、本物の彼女は果たしてどんな風に変化しているものだろう。
 そう考えると、少しばかり楽しみなような、不安なような、そういう複雑な気分になるのだった。



 <了>
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