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【東方SS】ママまま!

2009/3/7に東方創想話に投稿したSSです。
 


『ママまま!』



 魔界の神である神綺は、今日も自室のベッドでゴロゴロ転がりながら、アホ毛をみよんみよんと揺らしていた。

「うー、退屈ー」

 ごろごろごろごろみよんみよん。
 右へ左へ転がってみても、退屈はちっとも紛れてくれない。
 神綺の日常は概ねこんな感じである。
 魔界を創造した神と言っても、世界創造の日から長い長い年月を経て、自ら種を蒔いた魔法文明が十分に発達した今となっては、神自らが直接手を下すような厄介事は滅多に起こらないのである。
 もちろんそれは自分の世界が今日も平和だということであり、喜ばしいことだ。
 しかし、それとこれとは話が別である。平和は結構だが、退屈なものは退屈なのだ。

(アリスちゃんからもしばらくお手紙が来ないし、夢子ちゃんも仕事で忙しいって構ってくれないし……うー、退屈ー)

 ごろごろごろごろみよんみよん。
 右へ左へ、右へ左へ。
 ごろごろ転がっていた神綺だったが、そんなもので退屈は紛れはしない。
 それに、転がっている内にいろいろなことが気になり始めてきた。

(確かに魔界は全体的には平和みたいだけど……みんなは元気にしてるのかしら。ユキちゃんマイちゃん、ルイズちゃんにサラちゃん、それに、アリスちゃんも)

 神綺が手ずから作りだした自慢の娘たちも、今は成長してそれぞれの道を歩んでいる。このパンデモニウムにもほとんど顔を出さないし、あまり便りも寄越さないので、近況を知る術がないのである。自分から様子を見に行こうにも、

「魔界の神ともあろうお方が大した用事もなく出歩かないでください」

 と、夢子に釘を刺されるし。
 だがしかし、一度気になりだすと止まらない。
 みんなは元気にしているだろうか、自分の目標に向かって楽しく頑張って生きているだろうか、お母さんが恋しくて泣いてはいないだろうか、と。
 退屈だったことも重なって娘たちを案ずる想いはどんどん膨らんでいき、終いには、

「出かけましょう!」

 しゅぴん、とアホ毛で天を指しつつ、神綺はベッドの上でガバッと起き上がった。
 そうと決まれば善は急げ、早速忍び足で扉まで歩み寄り、ほんの少しだけ開いて廊下を確認する。
 人影、なし。誰かの魔力も感知できない。

(ミッション開始ね!)

 一人で盛り上がりながら、神綺はつま先立ちで音もなく移動を始める。
 彼女が居住する神殿パンデモニウムは、魔界でも髄一の広さを誇る建造物である。

「神綺様は魔界の象徴なのですから、住居も雄大かつ神々しいものでなくてはなりません」

 という、メイド長夢子の進言があったからである。
 神綺としてはもっと魔法の国らしいメルヘンチックなドリームハウスにしたかったのだが、「そんなことしたら魔界の住人が全員自殺しますよ」などと言われて渋々引き下がった。
 創造神である神綺にとっては、直接手ずから作った者もそうでない者も、魔界の住人は全て等しく自分の子供のようなものであるからして。

(そう、わたしはお母さんなの。お母さんが子供の様子を見に行くって、別に変なことでもなんでもないわよね!)

 一人力強く頷きながら、神綺は足音を消して移動を続ける。
 と、ある曲がり角まで来たところで、

(む!)

 ピン、と神綺のアホ毛が勢いよく逆立った。

(父さん、妖気です!)

 そう言えば私の父さんっているのかしら、と内心首を傾げつつ、神綺は曲がり角の向こうを覗き込む。
 すると案の定、廊下の向こうから夢子が歩いてくるところであった。
 アホ毛センサー、今日も今日とて絶好調である。

(ふふ。ごめんね夢子ちゃん、ここであなたに見つかるわけにはいかないのよ!)

 神綺は素早く身を翻し、別のルートを使って速やかにパンデモニウムを抜け出した。



 神殿という名の監獄を抜け出して晴れて娑婆に出たような気分で、神綺は魔界の上空に飛び出した。

(さーってと、わたしの可愛い娘たちはどこかしらー?)

 魔界の住人でもまず上がってこないであろう高度を保ちながら、手をかざして地上を見据える。
 一応、自分が創造神であり、そういう存在が白昼堂々町のど真ん中に降りたりしたら偉い騒ぎになる、ということぐらいは理解しているのである。
 とは言え、広大な魔界全土からお目当ての娘だけを探す、というのは何とも骨の折れる作業。神綺は眼で探すのを早々に諦めて、別の手段で娘たちを探し当てることにした。
 両手で印を組みながら目を閉じ、暗闇の中に二人の少女の姿を思い描く。

「神力集中……!!」

 強く念じた瞬間、頭頂部に向かって熱いものが駆けあがっていき、

 みよん。

 立った、立った、アホ毛が立った!
 絶好調のアホ毛センサーがグルグルと回転し、しばらくしてピンと一方向を指し示した。

(そっちね! ふふ、待っててね、お母さんが今会いに行きますよー)

 張り切って6枚の翼を展開し、神綺は勢いよく地上に向かって飛び出す。
 そして少しの時間を経て、神綺は二人の小柄な少女たちの前に降り立っていた。

「あ、神綺様?」
「……」

 驚いたように目を見開いている金髪の少女と、傍目からは感情の変化が窺えない、無表情な青い髪の少女。
 いつも一緒に行動している仲良し二人組、ユキとマイである。
 彼女らもまた、夢子やアリス同様神綺が手ずから作り出した娘たちであった。
 昔はよく二人で神綺の膝を取り合っていたものだが、最近ではパンデモニウムにもめっきり寄り付かなくなっていたのである。
 懐かしい娘たちの顔を見つめながら、神綺はにっこりと微笑んだ。

「久しぶりね、二人とも。元気にしてたかしら? 風邪とか引いてない?」

 お母さんらしい優しい声で語りかけたつもりだったのだが、二人はどことなく迷惑そうな顔で目をそらしつつ、

「ええ、まあ」
「……」

 と、つれない反応である。「あら?」と神綺は首を傾げた。

「ど、どうしたのかなー、二人とも?」
「別に、どうもしてませんけど」
「……」
「え、だって。なんか『しつけーんだよ、うぜぇババァだな』みたいな顔してるし」
「気のせいじゃないですか? っていうか、魔界の神であらせられる神綺様に対して、そんな恐れ多いこと考えるはずないじゃないですか」
「……」
「そ、そう?」

 しかし二人の顔には、「早くどっか行ってくんねーかなこの人」と言わんばかりの、心底鬱陶しそうな表情が浮かんでいるのである。
 挙句の果てに、

「すみません神綺様、そろそろご用件を窺ってもよろしいですか?」
「う……ユキちゃん、どうしてさっきからそんなよそよそしい口調使うの? お母さん寂しいわ……」
「よそよそしいも何も、恐れ多くも創造主であらせられる神綺様に対して口を利くのですから、この程度は当然です。それで、ご用件は?」

 どこまでも素っ気ないユキの口調にちょっと泣きそうになりつつも、神綺は無理に笑顔を作った。

「あ、あのね、良かったらこれから一緒にお茶でもどうかしら? ほら、昔二人が好きだったふわふわケーキ作ったげるから」
「申し訳ありませんが遠慮させていただきます」

 即答である。

「ど、どうして?」
「いろいろと忙しいもので。わたしたちももう子供ではないのです。昔のようにはいきませんよ」
「……」

 マイが無言でユキの袖をくいくいと引っ張る。金髪の少女は相方に向かって一つ頷いたあと、深々と神綺に頭を下げた。

「それではこれで失礼いたします。神綺様もお早く神殿にお戻りくださいますよう」
「う、うん……あ、ま、待って、二人とも」
「……まだ、何か?」

 うんざりしたような表情で振り返るユキにショックを受けつつも、神綺は頑張って笑いかけた。

「お仕事頑張ってね、二人とも。ユキちゃんは頑張り屋さんだけど、張り切り過ぎて無理しすぎちゃ駄目よ。マイちゃんも、調子が悪いときは無理せずユキちゃんに言うのよ。風邪を引かないように気をつけてね。あとそれから、ご飯はちゃんと三食」
「……神綺様」

 何か耐えられなくなったかのように顔をしかめながら、ユキが神綺の言葉を遮った。

「時間がありませんので」
「ご、ごめんね、引きとめちゃって。また時間のあるときにゆっくりお話しましょうね」
「ええ。それでは」

 ぷいっと顔を背け、ユキが空に飛び上がる。マイもちょっとの間神綺の顔を見つめたあと、軽く一礼して相方について行った。
 二人の小さな背を、神綺はしょんぼりながら見送る。
 しかし彼女らの姿が小さくなっていくにつれて、その表情は徐々に微笑みへと変わっていった。

(あのお転婆だったユキちゃんが、あんな立派な受け答えを。いつの間にか大きくなったのね。マイちゃんも相変わらずしっかりしてるみたいだし。二人が一緒なら安心ね)

 そう思いつつも、胸を過ぎるのは一抹の寂しさである。神綺はみよんみよんとアホ毛を揺らしつつ、ぷんぷんと首を振った。

(しっかりなさい、神綺。あなたはお母さんなんだから、娘の成長を喜ばなくてはならないのよ)

 自分にそう言い聞かせ、神綺はアホ毛センサーを活用しつつ次の娘のところへ向かって飛び立った。



「あ、神綺様? ども、お久しぶりです。これお供え物。そういうわけでさよなら」
「ちょ、ちょっと待ってルイズちゃん!」

 幻想郷へのゲート付近、自分に四角い包みを放ってさっさと去ろうとしたルイズを、神綺は慌てて引き止めた。ルイズが顔をしかめて振り返る。

「なんスか。わたし忙しいんですけど」
「い、忙しいって……ルイズちゃん年中気ままに旅行なんかしちゃってる身分じゃないの!」
「ええ。ですから旅行するのに忙しいんですよ。ああ、早く行かないと第七カカロット界行きのバスが来ちゃう!」
「どこの世界行ってるのあなた!? 治安とか大丈夫そこ!?」
「いや大丈夫ですって。民間でも指折りの旅行会社が組んでるツアーなんですから」
「ほ、本当? うー、でも不安だわ……」

 どうにも落ち着かない神綺の前で、ルイズはいらだった表情で腕時計を見た。

「あのー、どうでもいいんですけどもう行ってもいいスか? マジ時間ないんで」
「あ、ご、ごめんね。じゃあ今度ゆっくりお土産話でも」
「無理ッス。向こう百年ぐらい先まで旅行計画手帳が一杯なんで」
「そ、そうなの……」
「それじゃ、今度こそ」
「あ、ま、待ってルイズちゃん!」
「まだ何か?」
「旅先では事故に気をつけてね。ちゃんとガイドさんに危険な場所がないか確認して、あったとしても興味本位で近づいたりしないように。それと生水と食べ物にも十分」

 さらに細々とした注意をしようとしたら、ルイズは鬱陶しそうに顔をしかめた。

「んなこと言われなくても分かりますって。わたしだってもう子供じゃないんですから」
「そ、そうね、ごめんなさい」
「……それじゃ、時間が空いたらまたご挨拶に伺いますんで」

 慌ただしく去っていくルイズの背を見送り、神綺はしょぼんと肩を落とす。気落ちしたせいでアホ毛もみよん……ってな感じである。

「うう。確かに昔、ルイズちゃんには外の世界を見て見聞を広げるのも大事よ、とは言ったけれど」

 しかしすぐに、「いやいや」と首を横に振る。

「あの子はあの子なりに自分の生を謳歌しているのだもの。実に結構なことじゃないの、うん。私はお母さんなんだから、娘の成長を喜んであげなくちゃ、ね」

 なんとか気を取り直した神綺は、再びアホ毛を立ち上げつつ、次の娘のところへ向かって飛び立った。



「歩いてお帰りください」
「い、いきなりそれは酷くない!?」

 魔界と幻想郷を繋ぐゲートの管理を任されている少女、サラは、やってきた神綺の姿を見るなり素っ気ない口調でそう言った。
 いや、素っ気ない口調というよりはほとんど侮蔑している口調である。視線もまるで虫けらを見るかのような嫌悪感の滲んだものだ。

「じゃあお聞きしますけどね、魔界神ともあろうお方が、何の御用でわざわざこんな僻地に出向かれたんですか?」
「う……え、ええと、その、サラちゃんが元気にお仕事してるかなー、と思って」

 言った瞬間、物凄い勢いで盛大にため息を吐かれた。

「神綺様」
「は、はい。なんでしょうか」

 ゲートキーパーとしての威厳に満ちたサラの口調に、思わず敬語が出る。アホ毛も緊張したように真っ直ぐ逆立った。

「あのですね。神綺様は魔界の創造神であらせられますよね」
「そ、そうね」
「そんなお方がこんなところまで大した用もないのにふらふら飛んできていいと思ってるんですか。大体、このことを夢子様はご存じなんですか?」
「いやまあ、その」
「秘密で抜け出してきたんですね? それでどれだけの混乱が起きるかも考えずに」
「うう……だ、だって、みんなに会いたかったんだもの……それに退屈だったし」
「軽率ですね」
「ごめんなさい」

 返す言葉もなく、神綺は素直に謝る。サラはまた一つため息をつき、ゲートの方を見ながら、

「……とりあえず、ここのところ異常らしい異常は起きておりません。前みたいに幻想郷の住人が殴りこんでくるってこともありませんし」
「そう。じゃあサラちゃんも怪我なんかはしてないわね?」
「ええ。全く問題ありません。ですからさっさとお戻りください。神綺様がこんなところにいたら、あとで夢子様に叱られますので」
「うう、つれないわ……ね、サラちゃん、ちょっと休憩して一緒に」

 言いかけて、神綺はぷんぷんと首を横に振った。サラが怪訝そうに眉をひそめる。

「いかがなさいました?」
「う、ううん、なんでもないわ」

 神綺は無理に笑顔を作る。
 本当は、「一緒にお茶でも飲まない?」と誘おうとしたのだが、真面目に仕事をしている娘の邪魔をするのは立派なお母さんのすることではない、と思ったのだ。

(そう、今私がここにいても、サラちゃんの邪魔になるだけだわ)

 と、心に言い聞かせても、やはり寂しさは胸を締め付けるものである。
 それでも神綺は一度「それじゃあ帰るわね」と身を翻して去りかけたのだが、やっぱり後ろ髪を引かれてしまって、気付けばサラの手を握り締めていた。

「な、なんですか?」
「あのね、サラちゃん。お母さん、サラちゃんはとっても真面目に働いてくれてると思うし、それはとても偉いことだと思ってるの。でも、無理しちゃダメよ。前みたいに凄く強い侵入者とかが来て、自分じゃとても敵わないって状況になったら、逃げるなり降参するなりしてなんとか生き延びてね。仕事に誇りを持つのはいいことだけれど、それで死んでしまったら悲しむ人がいるんだってことを絶対に忘れないで。ね、お母さんと約束」

 サラの瞳を覗き込みながら真剣に言い聞かせると、ゲートキーパーの少女はどこか拗ねたように、ちょっと目をそらした。

「……それはつまり、私が門の守護者としては頼りなく見えるってことですか」
「ああ、違う、違うのよ。なんて言ったらいいのかしら。えーと」

 神綺が悩んでいるのをじっと見ていたサラが、ふと柔らかく微笑んだ。

「冗談ですよ。神綺様の仰ることは、ちゃんと理解できています」
「本当?」
「もちろんです。私だって、いつまでも子供ではありませんから」

 少し胸を張って、どこか誇らしげにサラが言う。その顔を見て、神綺はちょっと嬉しくなった。

(みんな、同じことを言うのねえ)

 微笑んでいると、サラが眉根を寄せた。

「なんですか」
「ううん。サラちゃんはいい子だなあ、と思って」

 よしよし、と昔のように頭を撫でてやると、サラは一瞬驚いたように目を見開いたあと、ちょっと頬を赤くして神綺の手を振り払った。驚く彼女に向って、小さく頭を下げる。

「……申し訳ありません、恐れ多いことを」
「あ、ううん、いいのよ。私こそごめんね、子供じゃないって言ったそばから子供扱いしちゃって」

 いけないいけない、と神綺は自分の頭をこつんと叩く。

(駄目よ神綺。サラちゃんはもう立派に働いている大人の女性なんだから。子供扱いしないで、ちゃんと娘の成長を喜んであげなくては)

 まだまだ話していたい、という自分の我がままを頑張って胸の奥に押し込め、「それじゃ、お仕事頑張ってね」とだけ言い残すと、神綺はちょっとだけアホ毛を垂らしながらその場を立ち去った。



 そうしてパンデモニウムに帰ってみると、予想通り頭に角を生やした夢子が待っていた。

「神綺様! 一体どこをほっつき歩いていらしたんですか! 魔界の神ともあろうお方がそうホイホイ気軽に出歩かれては支配者としての面目が」
「ごめんなさい!」

 勢いよく頭を下げる。夢子が意外そうな顔をした。

「……今日はいやに素直でいらっしゃいますね?」
「ふふ、みんなに会ってきてね。いろいろと反省したのよ、私も」
「はあ。そうですか。よく分かりませんが」

 どうも釈然としない表情をしている夢子の顔を、神綺はじっと見つめる。

「ね、夢子ちゃん」
「はい」
「思えば、あなたにはずっと苦労をかけ通しね」
「なんですか急に」
「あなたは私が一番初めに作った魔界の住人で、一番優秀な娘でもあったから。ずいぶん早い時期からいろいろなことを任せてしまって、他の子たちみたいに思う存分甘えさせてあげたことって、あまりなかった気がするわ。今日、成長した皆を改めて見ていたら、なんだかそんなことを考えてしまって」

 神綺の言葉に、夢子は大いに戸惑っている様子であった。眉をひそめ、落ち着きなく視線をさまよわせながら、

「いえ、別に、私は……」
「だからね、夢子ちゃん」
「はい?」

 きょとんとした夢子に向かって、神綺は満面の笑みを浮かべた。

「今日はそのお詫びと、普段いろんなこと頑張ってくれてるご褒美を兼ねて、思う存分甘えさせてあげるわ! さあ、お母さんになんでも我がまま言ってちょうだい!」

 ばっと両手を広げ、アホ毛はたくましく天を指す。
 そんな魔界神を前にして、夢子はしばらく俯いて肩を震わせていたが、やがてぽつりと、

「だ」
「だ?」
「だったらちょっとは大人しくしててください、このアホ毛神!」



「うー、耳が痛い……」

 アホ毛を力無く垂らしつつ、神綺は自室のベッドにバタリと倒れこんだ。
 あの後怒り心頭の夢子に正座させられた挙句、魔界神としての心構えと振舞いについて延々と説教を聞かされていたのである。
 ようやく解放された今、時刻は真夜中で窓の向こうには星の夜空が広がっている。
 それをぼんやりと眺めながら、神綺はちょっと微笑んだ。

(元気そうだったわねえ、みんな)

 ユキもマイもルイズもサラも。夢子も、きっとアリスも。
 自分が手ずから作った自慢の娘たちは、もはや母に手を引かれずとも、しっかりと自分の足で立って歩けるようになった。
 そのことが、神綺には何よりも誇らしい。
 誇らしい、のだが。

「でも、やっぱり……」

 ベッドに倒れ伏したまま、神綺はごろごろごろごろみよんみよんと右へ左へ転がった。

「やっぱりお母さんさびしいわあああぁぁぁぁ~~っ! みんな、たまにはお家に帰ってきてお母さんに甘えてちょうだぁぁぁぁぁいっ!」

 ごろごろごろごろみよんみよん。
 静まり返った深夜のパンデモニウムの奥深くで、魔界神のアホ毛の揺れる音はいつまでもいつまでも響き続けたそうである。

 <了>

































「……で、いつまでこっちにいるつもりなの、ルイズ姉さん」

 紅茶を啜りながらアリスが言うと、テーブルの向かい側に座ったルイズがビクリと肩を震わせて、愛想笑いを浮かべて見せた。

「えー、っと……せめてあと一週間ぐらいは置いてほしいかなー、なんて。迷惑?」
「別に、迷惑ってことはないけど」

 ちらっ、と姉を見て、

「姉さんも、わけの分からないことにこだわるのね」
「うう……だって、ああ言って出てきた手前、すぐ魔界に戻るわけにはいかないし……」

 ルイズが小さく肩を丸めて言う。アリスは小さくため息をついた。
 姉が幻想郷は魔界の森にあるマーガトロイド邸を訪れたのは、つい昨日のことである。
 事情を聞くと、「昨日、今日こそお母さんに旅行のお土産を渡そうと思っていたら、当の本人が急に眼の前に現れたものだからいろいろと恥ずかしくなって、意味の分からない嘘を吐いて魔界から出てきたしまった」とのこと。

「何をそんなに恥ずかしがってるんだか」
「だ、だって、子供っぽいじゃない。いい歳こいた女が、旅行に行って帰るたびにお母さんのところに報告しに行くなんて」
「本当はお土産話がしたくてたまらないくせに?」
「うう。相変わらず嫌味な言い方するわね、あなたって」

 恨めしげに言うルイズに、アリスはため息を吐く。

「その、お母さんに『お供え物』なんて言って投げ渡した菓子折りだって、いつだったか幻想郷で買っていったお土産品だったんでしょ?」
「そうだけど。えへ、やっと渡せたのよね」

 にへらっと頬を緩ませるルイズに、アリスは冷たい声で告げる。

「お母さん、絶対旅行土産だって気付いてないわよ。そんな言い方したんじゃ」
「うっ。やっぱりそうかしら」
「そうだって。その辺凄い鈍いんだから。姉さんだって知ってるでしょ?」
「ま、まあ、一応は」
「恥ずかしがってないで、直接言った方がいいわよ。でなきゃ絶対分かんないから、あの人は」
「や、やっぱりそうだよねえ……よ、よし、今から帰ってホントのこと話してくるわ! そういうわけで、またね、アリス!」
「はいはい」

 来たとき同様慌ただしく出ていった姉を見送って、アリスはやれやれと首を振る。

(どうせ姉さんのことだから、また恥ずかしがって言えずじまいになるに決まってるけど)

 そんなことを考えていると、不意に入口のドアがノックされた。「どうぞ」と声をかけると、見覚えのある人物が入ってきた。

「やっほー、アリス。元気ぃ?」

 魔界と幻想郷を繋ぐ門のゲートキーパーをやっているサラである。何やら、非常に上機嫌そうに顔を緩ませている。
 アリスに了解を取る気配すらなく、さっきまでルイズが座っていた椅子にどっかりと腰を下ろす。そうしてからテーブルにぺたりと伏せて、幸せそうににやにやと笑い始めた。

「……なに。どうしたの、サラ姉さん」

 アリスは眉をひそめる。
 サラがこの家に来るのは、これが初めてではない。ある意味近くで働いていることもあってか、非番のときたまに妹であるアリスの様子を見に来るのである。
 だがこんな、今にも溶け出しそうなほど上機嫌な状態で訪問してきたのは初めてのことであった。

「んー? 聞きたいー? 聞きたい―?」

 甘ったるい声でそう言われ、アリスは顔をしかめて「いや、別に」と答えたが、そんなことはどこ吹く風。

「あのねー、昨日いつもみたいに門番やってたらねー、急にお母さんが来てねー。わたしいっぱいお喋りしたかったんだけど、お仕事真面目にやらないとお母さんがっかりすると思ったから、心を鬼にしてねー」

 と、サラは頼んでもいないのに昨日の出来事を語り始めた。

「……で、『サラちゃんは偉いね、いい子だね』って言ってもらって、頭撫で撫でしてもらったの」

 うふふ、と、この上もなく幸せそうに、サラは話を締めくくった。アリスはため息交じりに、

「……サラ姉さん。それ、姉さんが喜んでたっていうの、お母さんの方には全然伝わってないと思うんだけど」
「んー? そうー? えへへ、良かったねえ」

 これはもう手遅れだな、とアリスが思ったとき、今度は二階の書斎兼寝室の方からビィビィとやかましい音が聞こえてきた。この幸せ一杯夢一杯状態のサラをこのまま残しておいていいものかどうか少々迷いつつも、アリスは結局階段を駆け上がった。
 書斎に入ると、部屋の一角に備え付けてある棚の中で、小さな水晶玉が音を発しながら輝いていた。これは魔界との通信に用いるマジックアイテムで、外の世界で言う電話のようなものである。
 アリスは無言で水晶玉を取り、机の上に乗せた。手を触れてある種の操作を行うと、水晶玉の表面に二つの人影が浮かび上がってきた。
 ユキとマイ。今も魔界で暮らしている、アリスと一番歳の近い姉二人である。近いと言っても100歳は離れているはずだが。
 いつもなんだかんだ言って仲のいい二人組なのだが、今は何やら激しく言い争っている様子だった。

「あ、つながったみたいよ、マイ!」
「話をそらさないで」
「うっさいなあ。あ、アリス、聞こえる―?」
「ええ、聞こえるけど。姉さんたち、一体」
「それがさー、聞いてよー。マイったら、お母さんのふわふわケーキ食べ損ねたの、わたしだけのせいにすんのよー。酷いと思わない?」
「実際ユキのせいだもの。ユキがママの前だからって変に大人ぶって、格好つけるから」
「なによ、マイだってあのとき止めなかったじゃないの!」
「ああいう場面ではしゃぐのはわたしのキャラじゃないから」
「へん、なーにがわたしのキャラじゃない、よ。この間寝てるとき『ママァ、お腹すいたぁ』って指しゃぶりながら寝言言ってたくせに!」
「ッ! い、言ってないわよそんなこと!」
「言ってましたー! わたしこの耳ではっきり聞いたもんね」
「フン、ユキの耳なんて信用できるもんですか」
「あ、そういうこと言っちゃう!? 大体あんたって奴は、いっつもわたしのこと馬鹿にして」

 自分を置いてけぼりにして口喧嘩を始めた二人に、アリスはやや大きな声で呼びかけた。

「ちょっと。ちょっと、姉さんたち!」
「なによアリス、今取り込み中よ」
「自分勝手なことばっかり言わないでよ。大体事情は飲み込めたけど、なんだってそれを私に言おうとしたわけ?」

 そう問うと、ユキとマイは顔を見合せて、

「だって、なんか他の姉さんたちがどこにも見当たらなくてさ」
「わたしとユキのどっちが悪いか、冷静な意見を求めるならアリスしかいないと思って」
「はあ。夢子姉さんは?」
「なんかよく分かんないけど凄い落ち込んでて、話してもまともに返事くれないのよね」
「へえ。珍しいわね、夢子姉さんがそこまで落ち込むなんて。原因は何かしら」
「『だっこしてって言えなかった』とかぶつぶつ言ってたけど」
「なにそれ」
「知らない。それよりマイ、さっきのことだけどねえ」

 口喧嘩を再開した二人を見て、アリスは無言で通信を切る。
 しばらくじっと水晶玉を見つめたあと、皮肉げに肩をすくめて、

「みんな、いつまで経っても子供よね。お母さんお母さんって、少しは年相応の落ち着きを持ちなさいっての」

 呟き、いそいそと水晶玉を片付けると、机の引出しを開けてレターセットを取り出した。ペンを手に取り便せんに向かいつつ、言い訳するような口調で、

「別に、そういうんじゃないのよ。これはほら、お母さんのことだから皆に素っ気ない態度取られて年甲斐もなく拗ねてるだろうと思ってね。その辺気遣うのって、成熟した大人の女性としては当然の行動じゃない? だからまあ、そういうんじゃないのよ、うん」

 一人ぶつぶつと呟きながら便せんに文字を書きつけるアリスの背後、ふよふよと浮かんで全てを見つめていた上海人形が、ぽつりと一言呟いた。

「バカジャネーノ?」

 <了>
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