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【東方SS】アホ毛神的おふくろの味

2010/4/4に東方創想話に投稿したSSです。
 


『アホ毛神的おふくろの味』



 みんなで朝食を食べていたら、突然早苗が泣き出した。
 びっくりして箸を止める魔理沙と霊夢を横目に、アリスはそっと早苗の肩に手をかける。負担をかけないよう配慮しながら、そっと、

「どうしたの、早苗。どこか悪いの?」
「すみません、そういうのではなくて……ちょ、ちょっと、失礼します」

 早苗は目元を押さえて、炊事場の方へと走っていく。
 残された三人は、困惑しきりで顔を見合わせた。

「どうしたのかしら、早苗」
「さあ。誰かなんかした?」
「してないと思うが……ああ」

 魔理沙が何か気づいたように、先ほどまで早苗が座っていたところを見る。卓上に、飲みかけの味噌汁のお椀が乗っていた。

「なるほどな」
「なに、どうかしたの?」

 アリスが尋ねると、魔理沙は珍しく物静かな表情で自分の味噌汁を一啜りし、

「いや。多分、故郷を思い出したんじゃないのかな」
「早苗の故郷、っていうと、外の世界?」

 少し前にそう聞いたことがある。
 しかしアリスはよく分からず、眉をひそめた。

「でも、どうしてよ?」
「『味噌汁はお袋の味』なんて言うからな。多分間違いないと思うぜ」
「その根拠、よく分かんないんだけど」
「うるさいなあ、アリスは」

 魔理沙は煩わしげに手を振って、

「いいから、そっとしといてやれよ。わたしらにどうこうできる問題じゃないんだし」
「なによ。あんたにしては珍しく気を遣うじゃない」

 アリスの指摘に、魔理沙は一瞬小さく息を飲み、それからぎこちなく目をそらす。

「別に。まあ、分からないでもないからさ」

 聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟いたあと、その自分の言葉をかき消すかのようにぼやいた。

「それにしても、こんなときに思い出さなくてもいいだろうに。神奈子や諏訪子は味噌汁も作ってやってないのかね」
「あいつらだって一応神様なんだから、そんなことさせるわけにはいかないんでしょ」

 霊夢がそう言いながら味噌汁を啜る隣で、アリスは少々複雑な想いにとらわれる。

『今度帰ってきたとき、アリスちゃんが好きなものなんでも作ってあげるわ! 卵焼き? ハンバーグ? それともケーキかしら?』

 だのと、連絡するたびに騒ぎ立てるアホ毛麗しき魔界の神様のことを思い出したからだ。

「すみません皆さん、お騒がせしちゃって」

 照れ笑いを浮かべながら早苗が戻ってきて、自分の席に座る。また気を遣ったらしく、魔理沙は「おう」と言ったきり、なにも喋らず食事を続けた。霊夢は何事か考えている様子で、アリスは何を言っていいものか分からず黙っているしかない。
 少し規模の大きな宴会の翌日、博麗神社の母屋での出来事である。早苗とアリスは、宴会が終わってみんながてんでバラバラに解散した後も、片付けを手伝っていたのだった。
 終わった頃にはもう明け方になっていて、少し休んだあと、

「どうせだから軽く朝ご飯食べていきなさいよ」

 と霊夢が言ってくれたので、早苗とアリスはお言葉に甘えることにしたのだ。ちなみに魔理沙はいつのまにやら母屋に上がり込んでグースカ寝こけていて、先ほど起き出してきたところ。それでいて自分の分の朝食も要求し、霊夢はぶつぶつ文句を言いながらもそれを了承した。相変わらず変な関係だとアリスは思う。
 そうして四人で座卓を囲んでもそもそと朝食を食べていたところ、味噌汁を啜った早苗が突然ポロポロと涙をこぼしはじめた、というわけだ。

(お袋の味、ね)

 今はもう涙の跡もなく、しかし若干照れくさそうな表情でご飯を食べている早苗を見て、内心アリスは首を傾げていた。
 お袋の味、と言われても、アリスにはよく分からない。魔界にいた頃母に食べさせてもらったのはほとんど洋風の料理ばかりで、味噌汁など一度も食べたことがなかったからだ。
 魔界を出て幻想郷に来てからは宴会などの折にたびたび食す機会があったものの、せいぜいこちらでよく作られている汁物の一種、ぐらいの印象で、特別な思い入れなど全くなかった。実際今啜っていても、色合いや味が少し変わったスープぐらいにしか思えない。

「ねえ、早苗」

 と、今まで何やら考えていたらしい霊夢が、おもむろに顔を上げて呼びかけた。きょとんとした顔で「なんですか」と答えた早苗に、ごくごくあっさりとした口調で、

「この味噌汁、そんなにあんたのお母さんのに似てる?」
「おまっ」

 ぎょっとする魔理沙の横で、早苗の顔が見る見る内に赤くなる。

「やだ、どうして分かったんですか!?」
「まあそれについてはなんでもいいじゃない。で、どうなの?」

 遠慮のない霊夢に、魔理沙が呆れたようにぼやきを入れる。

「お前な、もうちょい気を遣えよな」
「魔理沙にそんなこと言われる日が来るとは思わなかったわ」

 それについては同感だな、とアリスが頷いていると、早苗はまだ若干赤い顔のまま照れ笑いを浮かべた。

「いえ、別にそこまで似てたわけではないんですけど。なんだか、急に思い出しちゃって」

 笑みがふと寂しげなものになり、

「だめですね、こんなんじゃ」

 早苗は小さく息を吐く。
 何とも答えられずに黙ったまま、アリスは早苗の心情を自分なりに推し量ってみる。
 彼女が仕える神である神奈子と諏訪子は、昨日かなりのペースで酒を飲んでいたため、早々に帰ってしまっていたはずだ。今も姿を現していないところを見る限り、二人で積もる話でもしているのか、それとも寝こけているのか。
 そうして不意に二柱の神から離れて一人きりになり、静かな神社で同じ人間の少女たちと食卓を囲んで、味噌汁を啜って。気が緩んで故郷の思い出が蘇ってしまったとしても、何らおかしなことではない。
 その気持ち自体は、アリスもよく分かるつもりだ。

(まあ、わたしの場合は別に、寂しいとかじゃないんだけど)

 心の中でアリスが呟いたとき、霊夢がどことなく残念そうに言った。

「そう。別に、似てたわけじゃないのね」
「なんだよ霊夢、珍しく引っ張るじゃないか」

 呟く霊夢に、魔理沙がからかうように言う。
 霊夢はどことなく納得のいかないような顔で、

「いや。なんか、よく分かんなくて」
「何が?」
「わたし、母さんのことなんて顔も覚えてないし」

 霊夢は味噌汁の入ったお椀を不思議そうに見つめながら、

「そのわたしが作った味噌汁が、早苗にお母さんのことを思い出させたって。なんか、変な感じ。母さんの味噌汁なんか、飲んだこともないのに」
「わたしと同じね」

 かすかな共感を感じたアリスがぽつりと言うと、魔理沙がぎょっとしたようにこちらを振り向いて、

「え、アリス、お前の母さんって亡くなってたっけ……? 魔界崩壊……?」
「ああいや、そういうことじゃなくて」

 アリスが慌てて首を振ったとき、何事か考え込んでいた早苗がふと顔を上げて、

「霊夢さん」
「ん。なに?」
「霊夢さんは、お母様が作ってくださったお味噌汁を食べたことがないんですよね?」
「そうだけど」

 それが何か、と眉をひそめる霊夢に、早苗はお椀に入った味噌汁を指さしてみせる。

「だったら、これはどなたに教わったんですか?」

 問われた霊夢は軽く目を見張ってお椀を見下ろした。

「あー、そっか」

 合点がいったように呟く。

「なんか、誰にも教わらずに自然と作ってた感じだったけど」

 コトリとお椀を置き、ぽつりと呟く。

「母さん、か。ぜんぜん覚えてないけど、そっか」

 そっと目を伏せた霊夢の口元には、心なしか嬉しそうな微笑が浮かんでいる。早苗がそれを見て穏やかに笑い、アリスは黙ったまま無表情になる。どういう表情をしたらいいのかよく分からなかった。

「まあ、なんだな」

 不意に訪れた静けさの中で、魔理沙が言う。

「別に、悪いことじゃないよな」

 物憂げな表情で味噌汁を啜りながら、

「帰りたいと思える故郷があるってさ。悪いことじゃないよ、うん」

 誰に言うでもない口調で、そう呟く。
 すると霊夢が即座に箸を置き、

「魔理沙、こっち」

 と、魔理沙を手招きした。

「なんだよ」
「いいから、こっち来て」

 怪訝顔の魔理沙をなおも手招きし、彼女が座ったまますり寄ってきたところで、何も言わずに両腕を広げて抱きしめた。
 早苗とアリスが目を丸くし、「ちょ、おいっ」と魔理沙が慌てる前で、霊夢は平然と、

「よしよし、いい子いい子」

 と棒読みで言いながら魔理沙の頭を撫でる。霊夢の腕の中の魔理沙がじたばたともがきながら、

「おいこら、やめろっ。なんのつもりだよいきなり!?」
「あれ、違った?」

 霊夢が魔理沙を抱きしめたまま、きょとんとした顔で言う。

「なんか、あんたがこうして欲しそうに思えたんだけど」
「なっ」
「あらそうなんですか。じゃあわたしも」

 早苗が悪戯を思いついたような顔で二人に近づき、霊夢の反対側から一緒に魔理沙を抱き締める。そうして同じように頭を撫でながら、優しい声で、

「よしよし、いい子いい子」
「ふざけるなお前ら! 特に早苗! 息苦しいんだよ!」
「ちょっと、なんで早苗限定なのよ」

 少し不満げな霊夢に、早苗はきらりと目を光らせながら得意げに、

「フフフ、これが包容力というものですよ霊夢さん。ほーら魔理沙ちゃん、お母さんですよー」
「やーめーろーっ!」

 包容力とかではなくて主にある種のお肉による圧迫感で顔を赤くしていると思しき魔理沙が、霊夢と早苗の間でじたばたと手を振り回す。
 そんな騒ぎの中、アリスは一人でちびちびと残りの味噌汁を啜っては首を傾げていた。
 やはり、よく分からない。

「ああ、酷い目にあった」

 ようやく解放された魔理沙が、自分の席に戻りながらまだ少し赤い顔でぼやく。「あら失礼ですね」と早苗が冗談めかして言う。

「現人神の抱擁ですよ? 御利益がありますよ、御利益が。今のはサービス、今度からは一回千円で手を打ちましょう」
「霊感商法ならよそでやってくれ」
「しかも明らかにボッタクリ価格よね」
「霊夢さんのは十円ぐらいですか?」
「殴るわよ?」

 こめかみに青筋立てて和やかに談笑した後、「それにしても」としみじみした声で呟きながら、早苗がまた味噌汁を啜る。

「これが、霊夢さんのお母様の味なんですね」
「だな。どんな人だったんだろうな、実際」
「きっと途轍もなく大らかな方だったんですよ。だって娘さんがこれですし」
「ちょっと」

 そうやって三人が冗談を言い合って笑っている横で、一人静かに味噌汁を飲み終えたアリスは、面白くない心地で箸を置く。
 味噌汁の具やら出汁やらの話題で大いに盛り上がっている三人を見つめながら、

(馬鹿みたい)

 と、心の中で唇を尖らせる。

(何がお袋の味よ。いつまで経ってもお母さんお母さんって)

 子供じゃないんだから、と思いながら、アリスは箸を置いた。



「まあアリスちゃん、魔界に帰ってきてくれるの!?」
「ただの一時帰省よ、そんな大げさな」

 水晶玉の向こうで顔を輝かせる母に、アリスは目をそらしながらぼそぼそと答える。
 幻想郷は魔法の森、現在アリスが生活の場としているマーガトロイド邸の二階。寝室であり書斎でもあるこの部屋には、故郷である魔界と通信するための水晶玉が置かれている。
 今アリスは、それを机に置いて、母……魔界神である神綺と久方ぶりに会話している最中であった。
 水晶玉に映る母は、当たり前の話だが数年前と全く変わらぬ姿である。相変わらず魔界の神とは思えぬ親しみやすいというか幼げと言うか馬鹿っぽい雰囲気で、頭の上で結ばれた銀のアホ毛が今日もたくましくみよんみよんと揺れている。アリスが帰省すると聞いたせいか、いつも以上に揺れているようであった。
 相変わらず分かりやすい人だなあと内心呆れつつ、アリスは気のない調子で言う。

「別に、そんな騒ぐようなことじゃないでしょ。たまには手紙だって書いてるじゃない」
「そうだけど、やっぱり直接会えるっていうのは特別だわ。ああ、いつ以来かしら……そうだわ、夢子ちゃん」

 と、神綺は、自分の背後に控えていた魔界のメイド長……神綺の娘でありアリスの姉でもある夢子に、さも名案を思いついたと言いたげな顔で声をかける。

「折角アリスちゃんが帰ってきてくれるんですもの、魔界総出でお出迎えのための記念式典を」
「鬱陶しいわ」
「落ち着けアホ毛」

 娘二人から厳しい突っ込みが入る。「アホ毛!? お母さんに向かってなんて口を」と騒ぐ神綺を適度に無視しつつ、夢子はアリスに向かって軽く笑いかけた。

「騒々しくて悪いわね、アリス」
「ううん。……相変わらずなのね、お母さんは」
「魔界が平和な証拠よ。……個人的にはもう少し何とかして欲しいものだけれど」

 いじけて床にアホ毛でのの字を書いている神綺を見つつ、夢子は小さくため息を一つ。昔と変わらず苦労しているらしい姉を見て、アリスもまたため息を吐くしかない。
 このアホ毛神と来たら、たまに連絡を入れようものならすぐこれだ。普段はこちらの邪魔をしないようにと手紙だけで我慢してくれているが、その手紙だって毎度毎度かなりの量が届く。
 遠くにいる娘を心配する母の心情、というのが、アリスにも多少は分かるつもりだが。

(だからって、これはねえ。いくらなんでも騒ぎすぎよ。いい加減子離れしてほしいもんだわ)

 アリスが机を指で叩いて苛立ちを紛らわしていると、ひとしきりいじけて満足したらしい神綺がまた水晶玉の正面に戻ってきて、

「ところでアリスちゃん」

 と、首を傾げた。

「今回はまた、どうして帰ってこようと思ったの? 幻想郷で何かあった?」
「え? あ、いや、それは」

 やや唐突に問われたために、用意していた科白を忘れてしまった。
 上手いこと舌が回らず、アリスはそっぽを向いて髪なんかいじりながら、

「えっと。ちょっとね。研究に行き詰まったっていうか」
「あら、アリス」

 夢子がどこからか何枚かの紙を取り出し、

「あなた、この間の手紙には研究は順調だって書いてるわよ? なんか巨大人形の製作に成功したとかなんとか」
「そうよねえ。お母さん絶対見に行くんだって言って夢子ちゃんに髪の毛引っ張って止められたから、よく覚えてるわ」
「う……」

 墓穴を掘ってしまったことに気づき、アリスは呻きながら口ごもる。
 本当のところを言ってしまえば、大した用事などない。ただ、何となく帰ろうかな、と思っただけで。
 博麗神社で味噌汁を飲んだあの日から二日ほど経過しているが、そのこととは特に関係ない。ないのだ。
 さて何をどう言ったものかとアリスが悩んでいると、

「あ、ひょっとして」

 不意に神綺が何か思いついたような嬉しげな顔で手を打ち、

「アリスちゃん、お母さんに会えなくて寂しく」
「そ、そんなわけないでしょっ!?」

 神綺の声を遮りつつ、アリスは椅子を蹴って立ち上がる。顔が熱いのは気のせいだと自分に言い聞かせながら、ぽかんとした顔の神綺に向かってまくし立てる。

「寂しいとかなんとか、そういうのじゃぜんっぜん、ありませんからっ! わたしだってほら、もう子供じゃなくって自立した一人の大人なんだし、お母さんに会えなくて寂しいとかそういう理由で帰るわけないのよ、分かる!?」
「そ、そうなの?」

 神綺は残念そうに眉尻を下げる。

「お母さんはアリスちゃんがいないと凄く寂しいわ」
「ッ……またそういう恥ずかしい科白を恥ずかしげもなく……!」

 呻くアリスに、神綺はにっこりと微笑みかける。

「でもねアリスちゃん、お母さんアリスちゃんが元気なら平気だから、心配しなくてもいいのよ」
「別に心配なんかしてません。そもそも研究が忙しくてお母さんのことなんか思い出してる暇もないし」

 そっぽを向いてぶちぶち言っていると、神綺の背後、水晶玉の片隅で夢子がプルプル震えて笑いを堪えているのが見えた。
 アリスはムッとして、

「ともかく」

 と、咳払いしながら椅子に座り直す。

「一週間後ぐらいには帰省するから。滞在はまあ、二、三日ぐらいになると思うけど」
「あらそうなの、残念だわ。でもそう。一週間後ね」

 急にそわそわし始めた。アホ毛がたくましくみよんみよんと揺れる。神綺は頬を手で挟み体をくねらせながら夢子に向き直り、

「ああどうしましょう夢子ちゃん、一週間後だなんて、待ちきれないわ!」
「落ち着いてください、神綺様」

 先ほどまで笑いを堪えていたのが嘘のように、夢子はきりっとした表情で神綺をなだめる。
 そうしつつも、どこか面白がるような含み笑いを浮かべながらアリスを見て、

「その分、アリスをもてなす準備ができると思えばよろしいではありませんか」
「ちょっと、姉さん」

 アリスが咎めるように言う。そんなことを母に言ったらどうなるか、娘である彼女らはよく理解しているのだ。
 案の定、神綺は目を輝かせてアホ毛を震わせながら立ち上がった。

「それよ! ナイスアイディアだわ、夢子ちゃん! そうと決まれば早速魔界総出で歓迎パレードの準備を」
「ウザい」
「落ち着けアホ毛」

 再び容赦のない突っ込み。神綺はヨヨヨと泣き崩れる。夢子はため息を吐きながら、

「そういった意味で言ったのではありませんよ。と言うか、娘が帰ってくるだけでパレードなんかしてたら、年中旅行に出かけてるルイズなんかどうなるんですか」
「あら、わたしはルイズちゃんにだって本当は同じことを」
「実行するのだけは本当に止めてくださいね。引っこ抜きますよそのアホ毛」

 冷たい声で釘を刺したあと、「わたしが言っているのはですね」と夢子は指を立てる。

「あくまでも母親として……家族としてアリスをもてなしてあげましょう、ということです」
「そうよお母さん。ああいえ、別に母親としてもてなしてほしいってことじゃなくてね」

 忘れずに前置きつつ、アリスは言った。

「お母さんにとってどうでも、わたしはあくまでも一魔界人のアリス・マーガトロイドなんだから。そんなお姫様みたいな出迎えられ方しても困るわ」
「そう? 残念ね」

 神綺はしょんぼりとアホ毛を垂れさせたが、「だけど」とまたすぐに持ち直して張り切った様子で両手を握ってみせた。

「それならますます気合いを入れなくちゃね。アリスちゃんのために、腕によりをかけた料理を用意しておくわ」
「……料理?」

 来たか、と内心身構えるアリスの前で、神綺は頼もしげな笑みを浮かべて頷いた。

「ええ。アリスちゃんが好きな料理、たっくさん作ってあげる。何がいい? ハンバーグ? クリームシチュー? グラタン? それともピッツァとかステーキとか……ああそうだわ、今度ルイズちゃんが戻ってくるとき、お土産にミラクルフルーツっていうのを買ってきてくれるって言ってたから、それもカットして……」
「あの、お母さん」

 神綺が楽しげに喋っている途中、アリスはごく遠慮がちに、小さな声を出す。別に気づいてくれなくても良かったのだが、母はめざとく気がついて、

「なあに、アリスちゃん?」

 と、嬉しそうに首を傾げた。昔と変わらぬその笑顔に、アリスは言葉を詰まらせる。
 神綺はそんなアリスの顔を不思議そうに見ていたが、やがて何か気がついた様子で、

「ああ、なにか食べたいものがあるのなら、遠慮なく」
「なんでもない」

 アリスはぎこちなく笑って首を振った。神綺がきょとんと瞬きをする。

「でもアリスちゃん、さっき」
「いいの。なんでもなかった。それにほら、ええと……ああ、そうだ」

 アリスは両手を合わせて首を傾げ、

「わたし、お母さんが作ったものならなんでもいいかなー、なんて……あの……」

 こういう風に言えば大喜びするかと思いきや、神綺はますます不思議そうな顔でこちらを見つめるばかりだ。

「ねえ、アリスちゃん」

 おもむろに呼びかけられて、アリスはドキリとする。

「やっぱり何か、食べたいものが」
「と、とにかく、一週間後に帰るから! よろしくね、お母さん!」

 アリスは慌てふためき、一方的に通信を切る。そうしてしまってから、大きくため息を吐いて机に突っ伏す。

「……やっちゃったなあ……」

 水晶玉を指先で軽く弾きながら、

「こんなつもりじゃなかったのに」

 ならばどういうつもりだったのか、と問われても、どうにも答えようがないのだが。

「……だって。言えない、わよね。この歳にもなって……あんなことがあったぐらいで……」

 一人ぶつぶつと呟きながら、アリスはしばらくの間自己嫌悪に浸る。
 その内気を取り直して起きあがり、ため息混じりに頭を掻きながら、

「ま、いいか。一応隠せたのは隠せたんだし、普通に里帰りを楽しめばいいわよね、うん」

 自分に言い聞かせるように呟いて、アリスは一つ頷いた。



 そうしてアリスがくよくよと後悔している間に、あっという間に時は過ぎ。
 あれから一週間の後、アリスは予定通り博麗神社の裏山にある魔界へのゲートに向かっていた。
 短い滞在の予定だし行き先が生家で大した用事でもないし、ということで、荷物はバッグに一つきりだ。それも中身はほとんどなく、スカスカと言ってもいいぐらいに軽い。
 しかしアリスの胸は大玉でも飲み込んだかのように重かった。

「行きたくないなあ……」

 そんな呟きまで口から漏れてしまう。母や姉に会いたくない、というわけではないが、先日の連絡がああした結果になってしまった以上、気が重くなるのは当然のことだ。
 こんなことなら連絡なんかしなければ良かった、とか考えている内に、目的地に到着する。
 魔界へのゲートは、洞窟の中だ。山の中腹の崖下、木々に覆われて周囲からは見えない場所にある。その上隠蔽用の結界が張られているので、何も知らない者にはまず発見できないはずである。
 このゲートを巡っては、かつて魔界と幻想郷双方を巻き込んだちょっとした騒動が起きている。
 だが今は洞窟の周囲には誰の姿も見えず、静かなものだった。

(魔界の幻想郷旅行ブームもとっくの昔に終わったし、最近はサラ姉さんも暇だって言ってたっけ。マイ姉さんとユキ姉さんは『ブームが過ぎた今だからこそ!』とか張り切ってたけど、結局一回も来てないなあ)

 現実逃避気味にそんなことを考えながら、アリスは洞窟の中へと足を踏み入れる。中は魔法による空間拡張処理がなされている上に侵入者対策として結構入り組んだ構造になっているが、アリスはもちろん道を知っているので、迷うことなく奥へと歩いていく。
 そうして真っ暗な洞窟を暗視の魔法を使いながら歩くこと数分。少し先の方から、青い光が漏れだしているのが見えた。魔界に通じるゲートが発光しているのだ。

(サラ姉さんに会うのも久しぶりだなあ)

 少々気が重いながら、それを嬉しいと思う気持ちはもちろんある。
 アリスはほんの少しだけ歩調を速めたが、ゲートに近づくにつれて眉をひそめた。
 何か、違和感がある。
 そうしてゲートのそばまで来たとき、そこにあった光景を見てアリスは首を傾げてしまった。

「……魔理沙?」
「よう。どうした、変な顔して」

 そこにいたのは、間違いなく悪友の黒白であった。ゲートのそばの小岩に座り、読んでいた本をパタンと閉じながら、指で帽子のつばを弾いてニヤリと笑う。

「遅いお着きだな、お姫様。悪いがエスコート役はやってやれないんで、ここから先は一人で行ってくれ」
「あんたにそんな期待をするわけないでしょうが。いや、そうじゃなくて」

 状況が全く理解出来ず、アリスはじろっと魔理沙を睨みつける。悪友は素知らぬ顔で口笛を吹いた。

「おいおいなんだよ、折角故郷に帰るってのに、その顔はないんじゃないの?」
「半分はあんたのせいでしょ」
「へえ。半分、ね」

 意味深な笑みを浮かべ、魔理沙がアリスを見つめる。何故か妙な居心地の悪さを感じて、アリスは目をそらした。

「なによ」
「いや、別に」

 魔理沙は肩を竦めて立ち上がって、のんびりとした足取りで歩み寄ってきた。

「まあ、わたしのことはあんま気にするなよ。単にお前の姉さんに頼まれて代役やってただけだし」
「……どういうことよ、それは」
「大体はわかってるんじゃないかと思うがな。ま、なんだな」

 魔理沙はアリスの肩に手を乗せると、どこか苦い笑みを浮かべて言った。

「帰れる内に帰っとけよ。この間も言ったけど、帰りたいと思える故郷があるって、悪いことじゃないと思うぜ? ま、わたしが言えた義理じゃないけどさ」
「魔理沙、あんた一体」
「まあまあ、わたしのことはいいじゃないか。ほら、行った行った」

 魔理沙はやけに陽気な声で言いながら、アリスの抗議も無視してぐいぐいと背中を押す。やけに強いその力に、アリスは立ち止まることもできない。青く発行するゲートが、見る見る内に近づいてくる。

「ちょっと、魔理沙……!」
「いいから。お前もちょっとは素直になれよ」
「あんたにだけは言われたくないわよ!」

 アリスの叫び声が洞窟に響く。
 魔理沙は少し寂しそうに笑って、

「そうだな。いや、全く以てその通りだよっ、と」

 と、思い切りアリスの尻を蹴飛ばした。その勢いに踏みとどまることも出来ず、アリスは転げるようにゲートへと突っ込む。
 魔界への転送が始まる直前、魔理沙の陽気な声が耳に届いだ。

「行ってらっしゃいだぜ、アリス。お前の姉さんたちと、神綺ちゃんによろしくなー」

 神綺ちゃんって。いつの間にそんな仲良くなったんだ。
 しかしすぐに転送が始まったため、アリスは抗議するタイミングを完全に逃してしまったのだった。



 こうして魔界にたどり着いたアリスは、最高に不機嫌なしかめ面でゲートのある施設を抜け出し、最寄りの駅で首都行きの切符を買って魔界列車に乗り込んだ。
 窓際の席で頬杖を突いていると、流れていく景色のそこかしこに、魔界神である神綺を象った石像が見え隠れする。慈愛溢れる聖母じみたその表情が目を掠めると、魔界人には男女問わずマザコンが多いらしいという、いつだか見たレポートが脳裏に浮かぶ。それが気に入らず、アリスは無言で列車のカーテンを引き下げた。
 そうして首都にたどり着き、列車を降りて駅から出た。念のため警戒していたが、記念パレードやら式典やらが行われていそうな気配はない。幻想郷に比べると遥かに近代的な首都の街中は大勢の魔界人たちでごった返していて、こちらに目を向ける者など一人もいない。
 アリスはほっとしながら、人混みに紛れて歩き出す。ふと顔を上げると、街並みの向こうに神綺の住居でもあるパンデモニウム神殿の尖塔が見えていた。



 巨大な神殿の正門では、夢子が出迎えてくれた。細い長身を赤みがかった色のメイド服に包んだ姉は、波打つ長い金髪をかすかに傾けて、アリスに声をかけてきた。

「お帰り、アリス。予定通りの時間だなんて、抜け出しと門限破りの常習犯だとは思えないわね」
「あれから何年経ってると思ってるのよ。わたしはもうそんな子供じゃないわ」

 アリスが不機嫌に言うと、夢子は口元に手を添えてクスクスと笑った。

「あら、そうだったかしら。ごめんね、わたしってあなたよりもずっと年を取ってるから、時間の経過にはちょっと疎いみたい」
「そういうこと言ってると老けるわよ。幻想郷にはそんな連中がたくさんいるんだから」

 アリスの皮肉にも動じた様子を見せず、夢子はゆったりと腕を組む。

「そんな方々に囲まれて、あなたも立派なレディとして成長したっていうわけね」

 どことなく含みのある言い方に、アリスはますます苛立ちが募るのを感じる。ため息混じりに髪を掻きあげながら、

「ともかく、案内するなら早く案内してよ」
「あら、そんなに早く神綺様にお会いしたいの?」
「怒るわよ、姉さん」

 アリスがじろっと睨むと、夢子は堪えきれないようにぷっと吹き出し、「ついてらっしゃい」と身を翻して歩き始めた。
 主の雰囲気を思わせる柔らかな光に満たされた神殿内は、アリスが魔界を出たときと全く変わらぬように見えた。メイド服に身を包んだ少女たちがそこかしこを行き交い、夢子とアリスがそばを通ると立ち止まって恭しく頭を下げてくる。夢子はその都度「ご苦労様」と笑顔で声をかけている。

「変わってないのね」

 姉の背中を見ながらアリスが呟くと、夢子は肩越しに振り返って笑った。

「進歩がないと思うかしら?」
「ううん。変わらないって、悪いことばかりじゃないと思うし」
「あら、姉妹一のせっかちさんからそんな言葉が聞けるとは思わなかったわね」

 夢子は意外そうに言う。

「アリスったら、いつだってもっと強くなるんだもっと勉強するんだって言って聞かなかったのに」
「だからいつの話を」
「はいはい、ごめんなさいね」
「まあでも、そうね」

 ふ、と、アリスの頭に幻想郷の光景が思い浮かんだ。人も神も妖怪もぎゅうぎゅう詰めになった、狭苦しくて騒がしい、けれども暢気で穏やかで、どこか懐かしいあの郷。

「……少しね。考えが変わったのかも。あそこで暮らしてて」
「……そう。いい場所なのね、きっと」

 夢子は穏やかに言って、ふと、

「それにしてもアリス」
「なに」
「あなた、よく素直にわたしについてきてくれてるわね。勝手知ったる我が家だし、案内なんか要らないって言って、一人で勝手に行っちゃうかと思ってたわ」

 また、一人のメイドが壁際に立ってこちらに向かって頭を下げている。アリスはそれをちらっと見て、

「だって、そういうのって良くないでしょ」
「そういうのって?」
「姉さんはお母さ……神綺様を除けばこの神殿の中で一番偉いんだから。そんな人の出迎えを無視して勝手にうろつき回ったりしたら、姉さんの面目丸つぶれじゃない」

 夢子は一瞬立ち止まり、目を丸くしてアリスの顔を見つめる。どうしたんだろう、とアリスが少し怯むと、夢子は口元を手で押さえて肩を震わせ始めた。また笑われていると思ったアリスは、眉根を寄せて文句を言う。

「ちょっと、なによ」
「ご、ごめんなさい、なんでもないわ」

 目尻を指先で拭い、夢子は晴れやかな顔で笑う。
 そうしてまた、無言で歩き出す。本当になんなんだ、と困惑しながら、アリスも無言でついていく。
 そうして、神殿の最奥部……ある小部屋の扉の前で立ち止まり、夢子は振り返った。

「アリス」
「なに、姉さん」

 不意に改まった口調で言われて、アリスは少しドキリとする。
 姉は穏やかな瞳でこちらを見つめ、

「本当に成長したのね、あなた。あんな風に周囲に気を遣えるだなんて。見直したわ、正直」

 飾りのないほめ言葉に、アリスは胸が脈打つのを感じる。頬が熱いのをごまかすように顔を背け、

「な、なによいきなり。別に、このぐらい普通でしょ」
「その普通のことが出来ていなかったのよ、昔のあなたは」
「う」

 声を詰まらせるアリスを見て夢子はまたクスクスと笑ったが、ふとその笑みが苦笑に変わった。

「だからまあ、なんて言うか」

 ドアノブに手をかけて扉を開けながら、

「これから何が起きても、大人の余裕で穏やかに応対してもらいたいんだけど」
「姉さん」

 アリスは憮然として言う。

「悪いけど、それは無理かも」

 これはどうやら自分に予想が的中したらしいな、と感じて、アリスは頬がひきつるのを堪えることが出来なかった。



「お帰りなさい、アリスちゃん!」

 エプロンを身につけた神綺が感極まったようにアホ毛を揺らしながら抱きついてこようとしたので、アリスは「ストップ」と手の平を突き出して止めた。
 神綺は驚いて立ち止まり、困惑したようにアリスを見る。

「ど、どうしたの、アリスちゃん」
「どうしたの、はこっちの台詞よ」

 うんざりとため息を吐きながら、アリスは部屋の奥へと目を向ける。
 ここは神綺が食事を取ったり娘たちとの団欒を楽しむための場所で、要するに食堂のような部屋である。
 だから中央には長いテーブルがあって、今そこには神綺が宣言した通り、魔界にいた頃アリスが好んでいた料理が所狭しと並べられている。
 それはいい。いいのだが。

「お母さん。あれ、どういうこと?」

 アリスが指さしたのは、テーブルの中央に鎮座している大きな鍋である。
 それを聞いた神綺は、得意げに笑って胸を張り、

「さあ、なんでしょう? ヒントはね、アリスちゃんが今一番食べたがっているもので」

 神綺の言葉を途中まで聞いたアリスは、ツカツカと鍋に歩み寄ると、無言のまま蓋を開けた。途端に、幻想郷では嗅ぎ慣れた感すらある芳しい香りが鼻孔をくすぐる。
 鍋の中でゆるりと渦を巻いていたのは、薄い茶色に濁った汁物であった。具材のワカメと豆腐がいくつか、プカプカと浮かんでいる。
 アリスは特大のため息を吐きながら蓋をしめ、母に向き直る。
 そして、困惑した表情の彼女をギロッと睨みつけた。

「お母さん。これは、どういうこと?」
「え、どういうことって……えっとね、お母さん、アリスちゃんがお味噌汁を食べたがっているって聞いて、みんなにも手伝ってもらって一生懸命」
「そうじゃないでしょ!」

 声を荒げ、アリスは手の平でテーブルを叩く。料理の皿が耳障りな音を立て、神綺がビクリと肩を竦ませた。

「あ、アリスちゃん、どうしたの?」
「だから、どうしたのはこっちの台詞よ! わたしが聞いてるのはね、お母さん。どうしてここに味噌汁が用意されているのかってことじゃなくて、なんでお母さんがわたしが味噌汁を食べたがっているってことを知っているのかってことよ!」
「え? ええと、それは……」

 しどろもどろに目をそらす神綺を、アリスは容赦なく睨みつけ、

「調べさせたわね?」
「う」
「情報源は魔理沙、実際に調べたのは……サラ姉さんかしら? 道理でゲートのところにいなかったと思ったら……」
「ああ、アリスちゃん、それはちが」
「お母さん!」
「はい!」

 直立不動になる神綺の前で、アリスは再びテーブルを叩く。苛立ち紛れに髪を掻きながら、

「あのね、わたしが食べたいもの作ってくれるお母さんの気持ちはありがたいと思うけど、いくらなんでもこれはないでしょう。わざわざサラ姉さんまで使って」
「ご、ごめんねアリスちゃん、お母さん、どうしてもアリスちゃんが食べたいもの作ってあげたくて」
「だからって立派な成人になった娘の周囲を隠れて探るだなんて。わたしが食べたいものを調べたいのなら直接聞くなり他にも方法が」
「はい、そこまで」

 誰かが強く手を打ち鳴らした。アリスと神綺が驚いてそちらを見ると、呆れ顔の夢子がため息を吐いていた。

「少しは大人になったかと思っていたらこれだものね……アリス、お母さんをいじめるのもほどほどにしておきなさい」
「な、なによ姉さん。姉さんは黙っ」
「アリス」

 夢子は悠然と腕を組み、見透かすようにアリスを見つめる。

「自分の気持ちを隠しておきたかったにしては、随分と迂闊だったわね?」
「え?」

 目を見張るアリスに、夢子は淡々とした表情で告げる。

「だって、そうでしょう? 普段は滅多に手紙も寄越さないあなたが、特に用事もないのに突然こっちに帰ってくるって言い出したり、何か言おうとして中途半端に隠したり。これじゃ探ってくださいって言っているようなものだわ。大体、あなただったらこういう状況になったとき神綺様がどうなさるか、予想ぐらいできたはずでしょう」
「そ、それと実際に探るかどうかは別問題で」
「別問題だとしても。何をしたらどうなるのかが分かっていて、そうなってほしくないと思うのならば。完璧に隠し通してそうならないように配慮するのが大人というものではなくて?」

 アリスは声を詰まらせる。しかし夢子は容赦なく、しなやかな指を突きつけ、

「要するに今までのあなたの行動はね、『友達の話を聞いて羨ましくなって味噌汁を作ってもらいたくなったけど、子供っぽくて恥ずかしいから自分からは言いたくない。でもやっぱり作ってもらいたいから、ワザと思わせぶりな行動を取ってお母さんが自分で勝手に作ってくれるようにし向けて、それを非難することで責任を押しつけて被害者面しつつも、まあ仕方がないから食べてあげるわ感謝してよね、と言ってあげるよくできた娘』……という構図に持ち込むためのものにしか見えないの。お分かりかしら?」
「そ、それはその……」

 アリスは反論もなく黙り込む。ぐうの音も出ないというやつであった。
 一方、神綺は尊敬の念も露わに夢子を見つめ、

「凄いわ夢子ちゃん、お母さん全然気がつかなかった」
「神綺様ももう少し娘の心情を察して上手く立ち回ってください」
「う。す、すみません……」

 アホ毛をしゅんと垂れさせつつも、「だけどね」と神綺はキリリと眉を引き締めた。

「夢子ちゃんも少し言い方が厳しすぎると思うわ。お姉ちゃんは妹に優しくしてあげなければいけません」

 神綺が腰に両手を当てて言うと、夢子は一瞬驚いたように目を見開き、それから目に涙を溜めて顔を背けた。「えっ、ちょっ、夢子ちゃん?」と途端にオロオロし始める神綺に向かって、夢子はかすれた声で、

「ひどいわママ。わたしはママのためを思って……それなのにママはいつでもアリスの味方をするのね。もうわたしのことなんか欠片も愛してないんだわ」
「そ、そんなことないわ、ママは夢子ちゃんのことだって大好きだからね、ね!?」

 神綺があたふたする中、夢子はさりげなくアリスに冷静な視線を送ってきて、

 ――上手い甘え方っていうのはこういうののことを言うのよ。
 ――さすが夢子姉さん。

 アリスは心の中で唸る。いい年こいた娘が親に向かって泣き真似というのは正直どうだろうと思わないでもないが。

「まあ冗談はここまでにして」
「あ、あら?」

 抱きつこうとした神綺をヒラリとかわしつつ、夢子はアリスに労るような笑みを向ける。

「アリス。あなたはここに帰ってくることや、お母さんに会いたいと思うことを恥ずかしいことだと思っているようだけれど、そんなことはないのよ」
「でも、一人立ちした娘がそんなの」

 アリスがごねるように言うと、夢子は穏やかに首を振った。

「自立というのはね、親に保護してもらっていた、子供だった自分を捨てていくことではないの。その思い出の上に、大人としての自分を積み重ねていくことなのよ。そういうものを捨ててしまっては、出来ないことだってたくさんあるもの」
「そうよ、アリスちゃん」

 神綺も胸の前で両手を組み、穏やかな瞳でアリスを見つめる。

「アリスちゃんが頑張っているのはお母さんが一番よく知ってるし、昔よりもずっと大人になったってこともよく分かっているつもり。もう一人でも立派にやっていけるってことも」

 だけどね、と神綺は少し寂しげに笑う。

「そればっかりでは疲れることもあるだろうし、たまには休みたいって思うのも悪いことではないわ。そういうときは遠慮なくここに戻ってきてくれればいいし、昔のアリスちゃんみたいにわがままを言ってもいいと思うの。それでまた元気になって、アリス・マーガトロイドっていう一人の魔界人として頑張っていけばいいのよ」
「でも」
「アリス」

 半ばムキになって反論しようとするアリスに、夢子は穏やかに声を被せる。

「変わらないって、悪いことばかりではないんでしょう?」

 そう言われて、アリスは何も言えなくなった。俯き加減に、上目遣いで母と姉の微笑を見比べ、最後には観念してため息を吐く。

「……もう。分かったわよ」

 アリスがそう言うと、神綺がパッと顔を輝かせ、夢子がやれやれと言いたげに小さく息を吐いた。

「さ、それじゃあ今度こそお食事にしましょうか。ああ、料理がすっかり冷めてしまったわ」

 言いつつ、神綺は軽く指を鳴らす。するとテーブルに並んだ料理が一瞬で温められ、また食欲をそそる香りと共に湯気を漂わせ始めた。
 特に驚くこともなく、アリスは自分のための席に座る。向かい側には神綺が座り、夢子はその背後に控える。

「あーあ」

 と、アリスは苦笑した。神綺がきょとんとする。

「どうしたの、アリスちゃん」
「ううん。なんていうか」

 少し照れくさいものを感じながら、アリスは言う。

「まだ全然ダメだなあと思って。少しは大人になれたつもりだったんだけど」
「大人なら、自分の望みぐらいは素直に認めて伝えられるようになることね」

 夢子が澄まし顔で言い、「それに」と少し意地悪く笑った。

「あなたなんて、わたしから見ればまだまだ子供よ」
「もちろん、お母さんの目から見てもそうよ」
「夢子姉さんはともかく、お母さんに言われるのは納得いかないわ」
「そんな、ひどい」
「いや、仕方ないですよ神綺様」
「夢子ちゃんまでそんなことを! 痛いわ、愛が痛いわ!」
「そうですね、神綺様は痛いお方です」

 相変わらずのやり取りに小さく笑いつつ、アリスは目の前の鍋からお椀に味噌汁をよそう。一口啜ると、子供の頃は知らなかったのになぜか懐かしいと思える塩味が口の中に広がり、アリスはしばし目を閉じて深い安堵感に浸った。

「どうかしら、アリスちゃん」

 ふと目を開けると、神綺が真剣な顔でこちらを見つめていた。
 アリスは思わず「まあまあね」だの「悪くはないんじゃない」だのと言いそうになるのを、寸でのところで堪えた。
 これも大人になるための一歩だ。恥ずかしさや照れくささなんか忘れて、ちゃんと素直な気持ちを伝えなければ。

「そうね。ええと、その」

 それでもどうしても恥ずかしくて少々口ごもり、躊躇いながら、アリスはなんとか穏やかな笑顔で告げた。

「美味しい。美味しいわ。うん、とっても美味しいわよ、お母さん」
「イィィィヤッホォォォォォォウ!!」

 突然複数の奇声が重なりあって響き渡り、アリスはギョッと目を見開く。その途端、天井板やらクローゼットやら床板やらがバタンバタンと勢いよく開き、複数の人影が次々と部屋の中に飛び込んできた。
 突然のことについていけずに目を白黒させるアリスの周囲で、飛び込んできた少女たちはハイテンションに何度もハイタッチを決め、感極まったようにキスやらハグやらを交わしまくる。しまいには「大成功!」「おめでとう!」「ばんざーい、ばんざーい!」と万歳三唱まで始める始末だ。ちなみに、神綺と夢子もその輪の中に加わっている。
 あまりの事態に混乱していたアリスだったが、間抜けで愉快な万歳三唱を見ていて、ようやく頭が追いついてきた。よくよく見てみれば、先ほど飛び出してきたのは全てアリスの姉たちである。赤い髪のゲートキーパー、サラを始めとして、金髪の旅行好き少女ルイズや、いろんな意味で黒白のマイ・ユキコンビもいる。他にも見知った顔の姉たちが多数。皆、神綺自らがその手で創り出した少女たち。
 騒ぎまくる彼女らの前で、ようやく事態を把握したアリスは黙り込んでプルプルと震えた。
 その内、絞り出すような声で、

「だ」
「だ?」
「え、なに、どうしたのアリス?」

 きょとんとする姉妹たちの前で、アリスは顔の熱さを自覚しながら勢いよく立ち上がり、怒鳴りつけた。

「騙したわね、姉さんたち!?」
「えぇっ!?」
「何言ってるの、アリス?」
「ええい、黙りなさい、わざとらしい! ネタは割れてるのよ!」

 驚く姉たちに向かって、アリスは指を突きつけ唾を飛ばしながら喚き散らす。

「要するに全部お芝居だったってことでしょ、全部仕組まれていたってことでしょ!? どこ、カメラはどこよ!? 『ドッキリ大成功!』って看板持ったディレクターはどこからでてくるの!? ええ大丈夫分かってるわ、外の世界にそういう風習があるっていうのは本で読んで知ってるから! ちゃんとみんなに合わせて『ドッキリドキドキ大成功、こりゃあ一本取られたよ、ばんざーい!』って言って笑ってあげるわよ! さあ、煮るなり焼くなり『魔界爆笑ドッキリシリーズ~デレたデレた、アリスがデレた!』って番組を全土配信するなり、好きにするがいいわ!」

 一息に言い切り、アリスはゼイゼイと荒い呼吸を吐き出す。
 姉たちは呆気に取られたようにポカンと妹を見ていたが、やがて誰からともなくクスクスと笑い出した。「聞いた?」「相変わらずねえ、アリスは」という声も、そこかしこから漏れ聞こえてくる。
 何か様子がおかしいことに気づいて、アリスはちょっと冷静さを取り戻す。

「なによ。この上まだわたしをからかおうと」
「違うのよ、アリス」

 と、姉たちの中から歩み出てきたのは、ゲートキーパーのサラだ。絆創膏を貼り付けた頬を指で掻きながら、

「これ、ドッキリとかそういうんじゃないから。あんたの席、あるから」
「何を、言ってるの?」
「だからね、アリス」

 次に歩み出てきたのはルイズだ。包帯を巻いた腕を持ち上げ、指を立てながら、

「別にわたしたち、あなたへのドッキリが成功したから喜んでるんじゃないってこと」
「そうよ」
「そうよね」

 と追従したのはマイとユキだ。お揃いのガーゼを張り付けた頬に笑みを浮かべながら、

「わたしたちね」
「お母さんの味噌汁作りに協力するために、ここに集まったのよ」

 驚いて神綺を見ると、姉たちの中心に立った彼女がにっこりと笑っていた。

「そういうことなのよ、アリスちゃん。最初はサラちゃんだけに頼んでたんだけど、みんなどこからか聞きつけてきてね」
「わたしたちも協力する、って言って聞かないし、折角だから手伝ってもらったの」

 夢子がそう言うと、他の姉たちが苦笑混じりに言葉を交わした。

「でも、一時はどうなることかと思ったよね」
「そうそう。アリスったら相変わらず素直じゃないんだから」
「そこが可愛いところなんだけど」
「だからわたしたちも協力したんだけど」

 和やかに談笑する姉たちの前で、アリスはようやく本当に事態を把握した。先ほどとは別の意味で、顔が熱くなってくる。

「なんだ。そうだったんだ」
「ええ、そうだったのよ」

 頷く姉たちの前で、アリスは頬を両手で覆って身じろぎする。

「ああ、やだなあもう。わたしったら……でも姉さんたちも酷いわよ、隠れてこっそり見てるだなんて」
「ごめんごめん」
「でも、みんなで出迎えたらアリスがヘソ曲げて帰っちゃうかと思って」
「それは……そうかもしれないけど」
「ホラね」
「でも良かったわよねえ、あのおチビちゃんがこんなに立派になって」
「わたしちょっと涙が出ちゃった」
「わたしも」
「ボクも」

 和気藹々と和やかに談笑する姉たちを見て、アリスは苦笑する。
 確かに少し照れくさいが、こういう空気は嫌いではない。大げさなぐらいアットホームで愛情に溢れていて。我が家に帰ってきたのだなあと実感する。
 そう思えば、みんなが隠れて見ていたことも許せるような気がした。姉たちの絆創膏が張り付いた笑顔や包帯に包まれた手足なども、全てが愛おしく思えて、

「……ん?」

 ふと、アリスは眉をひそめた。何か、違和感がある。
 何だろう、と思ってよく見てみると、姉たちが揃いも揃ってどこかしら怪我を負っているのだった。絆創膏一枚から手足に包帯、ギプスに松葉杖まで、怪我の程度は様々だが。外傷が全くないのは神綺と夢子ぐらいのもの。
 何か、猛烈に嫌な予感を覚えて、アリスはおそるおそる尋ねかける。

「あの、姉さんたち?」
「なあに、アリス?」

 姉たちが一斉に振り向くと、怪我の痛々しさが一層増したような気がする。
 アリスはちょっと怯みながらも、こわごわと問いかけた。

「手伝いって、その……具体的に何をしたの?」
「よくぞ聞いてくれました!」

 と、興奮した様子で立ち上がったのは神綺だ。喋りたくてたまらなかったと言わんばかりに、次々と娘たちを手で示す。

「まず、サラちゃんはアリスちゃんが何を食べたがっているのか、幻想郷で情報収集をしてくれたわ!」
「うっかり紅いお館に踏み込んで血を吸われそうになったり、竹林のお屋敷でとっつかまって解剖されそうになったりしたのよね?」
「いやあ、大したことじゃないよ」
「ルイズちゃんは究極の出汁を得るため、数十回の次元跳躍を繰り返して別次元の宇宙の彼方まで出向いてくれたわ!」
「確か、ニッカボッカ星系ってところで真空ワカメと月面コンブっていうのを取ってきてくれたのよね」
「現地の害獣に追いかけ回されたときは大変だったわ」
「マイちゃんユキちゃんは方々を駆け巡って最高の具材を取りそろえてくれたの!」
「殺人大根人喰いシジミ、徹甲カジキマグロとの大決戦には、わたしも胸が熱くなったわ」
「そんな、姉さん」
「大したことないよ」
「そして夢子ちゃんは至高のお味噌を創り出すために、魔界中の大学や企業に総動員をかけて陣頭指揮を取ってくれたのよ!」
「大したことはありませんわ。まあ見つけだした合成法を試すために、魔界全土のエネルギー機関の六割を一時停止させる羽目になりましたが」
「そして情報を提供してくれた魔理沙ちゃんもとってもいい子で、アリスちゃんが幻想郷でいかにみんなのために頑張っているかを話してくれて……ああ、こんないい子たちに囲まれて、お母さんはもう、もう!」

 感極まったように滝のような涙を流し始める神綺に、姉たちが穏やかな顔でそっと寄り添う。

「そんな、神綺様」
「大げさですよ」
「それにほら、霧雨さんには『黙っておいてくれ』って言われてましたし」
「そういえばあの子ってどこかで見たことない?」
「言われてみれば、前に襲撃かけてきた『うふふ』とか『きゃはは』とか笑う魔女に似てた気もするけど」
「気のせいじゃない? なんかだぜだぜ言ってたし」
「そうよね、凄くいい子だったし」
「やたらと積極的に協力してくれたわよねえ」

 しみじみと語り合っている姉たちの真ん中で、神綺はズビーッと鼻をかみ、少し照れたようにアリスに笑いかけてきた。

「ごめんなさいねアリスちゃん、お母さんちょっと取り乱しちゃって」
「もう、相変わらずよねえマミーは」
「でもそんなところが大好き!」
「アモーレ、アモーレ!」
「ありがとうみんな! お母さんもみんなのこと大好きよ! さあ、そういうわけで、アリスちゃん」

 物も言えない妹に向かって、母と姉たちは大きく腕を広げて声を揃え、

「わたしたちの愛情の結晶、存分に召し上がれ!」

 アリスは額に脂汗が滲むのを感じた。



 そうして、短いながらも何かと濃い滞在を終えて幻想郷に帰ってから、しばらく経った頃のこと。

「そういえば、アリスってなんで魔界を出たんだ?」

 あるとき魔理沙に尋ねかけられたアリスは、紅茶を淹れる手を休めて疲れたようにため息を吐き、

「うん。なんていうか、ちょっと愛が重くて」

 と、苦笑いしながら答えたそうな。



 <了>
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