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【東方SS】めーりんねーさん

2009/7/28に東方創想話に投稿したSSです。
 


『めーりんねーさん』



 ああ今日もいいシエスタ日和だなあ。
 青く晴れ渡った空を見上げてそんなことを考えつつ、紅美鈴は紅魔館の門を背に大きく体を伸ばした。
 美鈴はこの紅い館の門番である。外敵の侵入を撃退するのが主な仕事だが、一番最初に来客を相手するのも当然彼女の役目だ。ある意味では紅魔館の顔とも言える。
 だからたまに昼寝したり太極拳の真似事なんかをやったりして、外部の者に対して友好的かつ親しみの持てるイメージを与えるのは当然なのである。主であるレミリアに命令されたわけではないが、その辺りに気を使える自分は大した従者だと自負している。そもそも昼寝していても、誰か不届き者が近づいてくればその気を察知して覚醒することぐらいはできる。
 何問題というやつだ。

「そういうわけで、おやすみなさい」

 一人呟き、門柱に寄り掛かって目を閉じようとしたところで、美鈴はふと、なにかひんやりとした気を感じた。
 ははぁ、これはあの子だな、と思いながら薄目を開けて視線を巡らせると、案の定遠くの木陰から見覚えのある顔がこちらを覗いているのが見えた。
 チルノ、という名前の妖精である。霧の湖一帯を縄張りにしているらしく、たまに空を横切っていくのを見かけることがある。
 会話を交わしたことはないが、以前から霧の湖の中島に建つ紅魔館に興味を持っているらしい。時折こうして近づいてくることがあった。
 だが、いつもとはどうも雰囲気が違うようだ。
 何か、獲物を狙って舌舐めずりしているような、そんな気配がある。

(さてさて、何をする気なのやら)

 いい暇つぶしの種が出来た、と内心笑いながら、表面上はすっかり油断しきって居眠りしている間抜けな門番の体を装う。
 涎を垂らして鼻ちょうちんまで膨らましているのは、美鈴なりのサービスである。
 さてそんな美鈴を見たチルノは、こちらの狙い通り、門番が眠りこんだものと思ってくれたらしい。
 口元に手をやって、ニシシ、と堪え切れないように笑いながら、もう片方の手を掲げて自分の頭を同じぐらいの大きな氷塊を作り出した。
 ほほうあんなこともできるのか、と美鈴が感心していると、チルノはいきなり腕を振りかぶって、その氷塊をこちらに向かって思い切りブン投げてきた。
 かなり適当なフォームに見えたが、狙いは実に正確。何もしなければ美鈴の頭に直撃するのは間違いない。
 だが門番は少しも慌てなかった。氷塊は物凄い勢いで飛んでくるが、それでも彼女から見れば非常にスローな動きなのだ。

(鍛えてやれば面白いことになるかもしれないね、あの妖精)

 そんなことを考える余裕さえある。要するに、危険は全くないのだった。ひょいと首を傾けて避けるなり、拳を固めて砕くなり弾くなりすればいいだけの話だ。
 しかしそれでは芸がないなあ、と美鈴は思う。こちらとしても面白いものを見せてもらったわけだし、おかえしにちょっとサービスしてやろうか、という心づもりである。
 そうして氷塊が今にも頭に命中しようかというとき、美鈴は閉じていた目をかっと見開くと、

「はっ」

 と短く息を吐きつつ、背を反らしながら天に向かって高く右脚を伸ばした。それによって氷塊を受け止め、素早く姿勢を戻しながら、さらに足で二度、三度と軽く蹴り上げる。要するにサッカーのリフティングの要領で氷塊を宙に浮かせているわけだ。
 こうした演技は、美鈴の得意分野である。彼女は自分の妖怪としての特徴のなさを活かし、外の世界では人に混じって暮らしていたこともある。その生活は大概根なし草の放浪者といった感じで、今のように長く一所に留まったことはあまりない。それ故、こういう大道芸の類はいい飯の種になっていたのだ。彼女自身人間そのものよりは人間の作る料理などの方が好きだったので、そういった生活は大層自分に合っていたと思っている。

(それが今じゃあ、吸血鬼のお嬢様が治めるお館の門番だもんねえ。我ながら、変われば変わるもんだ、っと)

 氷塊を右足から左足へと次々に移し替えながら、美鈴はちらっとチルノの方に視線を流す。
 小さな氷精は、間抜けな門番が自分の奇襲を避けたのみならず、突然見たこともない演技を始めたことに随分驚いているようだった。隠れていた木陰から歩み出て、ぽかんと口を半開きにしたまま、食い入るようにこちらを見つめている。
 なかなかいい反応だなあ、と満足しながら、美鈴は最後に一際大きく氷塊を蹴りあげた。
 ぽーん、と山なりに飛んだ氷塊が、太陽の光を浴びてキラキラと輝きながら、氷精の方に向かって落ちていく。

「え? うわっ、わわわっ」

 氷精は目に見えて慌て始めたが、「そこにいて手ぇ出しゃ大丈夫だよ!」と声をかけてやると、ほとんど反射的に従ってくれた。そのおかげで、氷塊は狙い過たず、チルノの両手の中にパシンと収まる。
 結構高い位置から落ちたから手が痺れていやしないかと少々心配したが、呆気に取られて氷塊と美鈴とを交互に見ているチルノの様子からすると、どうやら大丈夫のようだ。
 そんなチルノに向かって、美鈴はにっと笑いながら片手を上げてみせる

「やあやあ、見物ありがとう、妖精のお嬢ちゃん。おひねり代わりに拍手でももらえると嬉しいね」

 片目を瞑りながら気取って一礼してみせると、チルノはようやく正気に立ち返ったようだった。

「すっげー! すっげ、すっっっっげぇぇぇぇぇっっっ!」

 興奮した様子で顔を輝かせながら、氷塊を両手に持ったままこちらに駆け寄ってきて、

「ねえねえ、もっかいやって、もっかいやって!」
「あいよ、お安い御用さ」

 美鈴は気軽に請け負って氷塊を受け取ると、もう一度同じような演技を繰り返してみせた。
 自分では単調な動きだと思っていたのでチルノはすぐに飽きてしまうだろうと考えていたのだが、予想に反して演技が終わるたびに「もっかいもっかい!」とせがんできた。
 こうなると、元々サービス精神が旺盛な美鈴としては気分がいいものである。チルノに頼んでもう二、三個氷塊を作ってもらい、その全てを使ってリフティングを演じてみせた。いつの間にやら地面に体育座りしているチルノが、それを見て手を叩いて喜ぶ。そうすると美鈴もますます調子に乗り、今度はさっきよりも小さめの氷塊を八つほど作ってもらって、お手玉しながらのリフティングへと移行した。長年かけて磨いてきた技である故、この程度でヘマすることはまずない。
 そうしてノリノリで演技している内に、

「チルノちゃーん」
「なにしてるのー?」
「おーみんな、いいとこに来た! こっち来て座りなさい!」

 といった感じで、どんどん見物客が増えてきた。もちろん、全員霧の湖に住む妖精の少女たちである。いつもは他愛ない悪戯してばかりしては喜んでいるお転婆娘揃いだが、このときばかりは一人残らず大人しく地面に座り、誰もが食い入るように美鈴の演技を見つめていた。邪魔してやろうなどと考える者は一人もいないようで、この辺りは人間の子どもとそう変わりないなあ、と美鈴は少し和む。
 そうしてしばらく演技を続け、そろそろいいかな、と思ったので、美鈴はいよいよフィニッシュへと移った。このときのために足と手を使ってさり気なく形を整えた氷塊を、全てまとめて空中へと放り上げる。
 おおっ、とどよめく妖精たちの眼前に、無数の氷塊がキラキラと輝きながら一列に落ちてきて、カコンカコンと快音を鳴らしながら塔のように積み上がった。
 その出来栄えに満足しつつ、美鈴が両手を合わせて、

「謝謝」

 と一礼してみせると、それまで呆気に取られていた妖精たちが、一斉に手を打ち鳴らし始めた。皆一様に興奮したように頬を紅潮させ、万雷の拍手を投げかけてくる。

「いやいや、どーもどーも、はいはいおひねりはこちらですよー」

 帽子を取りながらふざけ半分にそう言うと、緑色の髪をサイドでまとめた妖精がはっとした様子で立ち上がり、慌ててスカートのポケットをまさぐり始めた。
 美鈴は苦笑して、

「ああ、いいよいいよ、おひねりってのは冗談だから」
「だけど、こんな凄いもの見せて頂いたのに」

 妖精にしては随分真面目な性格のようだ。美鈴は気楽にぴらぴらと手を振る。

「いいんだって。こっちとしては暇つぶしでやっただけだしね。気にしない気にしない」
「でも」

 戸惑った様子のその妖精の隣で、チルノが勢いよく立ちあがった。
 そして先ほどまでと同じように、

「もっかいやって、もっかいやって!」
「駄目だよチルノちゃん」

 先ほどの緑髪の妖精が、たしなめるようにチルノの服の袖を引く。

「そんなに何度もやったら、お姉さんが疲れちゃうよ」
「あはは、大丈夫大丈夫」

 美鈴は笑いながら軽く手を振った。

「こちとら頑丈さだけが取り柄でね。一日千里走ったってピンピンしてるぐらいなんだから、心配には及ばないよ」
「本当ですか?」

 心配そうに言ってくる妖精の頭を、「本当本当」と言いながら軽く撫でてやる。やんちゃ者揃いの妖精にしてはいい子だなあ、と思ったとき、美鈴はふとあることを思いついて、指を鳴らした。

「そうだ。じゃあ今度はちょっと趣向を変えてみようか。ねえあんた、ちょっとあそこの木の枝、ぽきっと折って持ってきてちょうだいな」
「え? あ、はい」

 不思議そうに頷きながら、緑髪の妖精が言われた通り木の枝を折って持ってくる。
 美鈴はそれを受け取ると、その場にいる妖精みんなに見えるようにしゃがみ込みつつ、いつも持ち歩いているポケットナイフを取り出した。その切っ先で枝にある種の溝をつける。

「ねー、なにやってんのー?」
「しーっ。黙って見てようよ」

 我慢しきれずに騒ぎ出したチルノを、緑髪の妖精が軽くたしなめている。なんだか姉妹みたいで微笑ましいなあと小さく笑いながら、美鈴は簡単な細工を終えた。

「よし、できた」

 呟くと、妖精たちが一層自分に注目した。何をしているのかよく見えるように気を配りつつ、美鈴はそっと木の枝を口元に持っていく。

(そういや、これ作るのも久しぶりね。昔は咲夜ちゃん……いや咲夜さんによく作ってあげたもんだけど)

 果たして上手くいくかどうか? と少々不安になりつつも、美鈴は溝に向かって柔らかく息を吹きこむ。
 ヒューッ、と澄んだ音が空に高く響き渡り、妖精たちが目を丸くした。
 良かった上手くいった、と内心ほっとしながら、美鈴はにっこり笑って口元から笛を離した。他の妖精と同じようにびっくりしている緑髪の妖精の前にしゃがみ込み、作った枝笛を差し出す。

「あげる」
「えっ。いいんですか?」
「そのつもりで作ったもんだからね。受け取ってもらえないと、お姉さんがっかりだなあ」
「じゃあ、えっと。ありがとうございます」

 緑髪の妖精が遠慮がちにおずおずと枝笛を受け取ると、「えーっ!」と、突然チルノが不満げな叫び声を上げた。

「ずるいずるい、大ちゃんばっかりずるいーっ!」

 その声に賛同するように、他の妖精たちも甲高い声で好き勝手喚き始める。大ちゃん、という愛称らしい緑髪の妖精はすっかり困り果ててしまったようだった。
 その様子を見て、美鈴は苦笑しながら妖精たちをなだめる。

「あー、はいはい、落ち着きなよお嬢ちゃん方。木の枝持ってくりゃ、ちゃんと全員分作ってあげるから」
「ホント!?」
「ホントホント。ただまあ、さっきみたいに全員でポキポキ折るのもなんだしね。落ちてる奴でも乾いてりゃ使えるから、適当に持ってきなよ」

 美鈴がそう言ってやると、妖精たちはワッと歓声を上げてバラバラの方向に散らばっていった。
 そんな中、既に笛を作ってもらっていた大ちゃんは一人ぽつんと残っていたが、

「あんたももう一本持って来なよ。溝の付け方でずいぶん音が変わるからね。二つ持ってても損はしないだろうし」
「でも」

 大ちゃんは、何か迷っている様子だった。
 どうしたんだろう、と首を傾げて、美鈴はすぐ答えに思い至る。
 安心させるように笑いかけながら、

「心配しなくても、ちゃんと全員同じ数になるように作ってあげるから」
「それってみんなに二つずつってことですか? それだとお姉さんが大変なんじゃ」
「大丈夫だって。簡単な細工だからね。さっきは何やってるか分かりやすいようにナイフ使ったけど、本当は指先で出来ちゃうんだな、これが」
「え、本当ですか?」
「本当本当。これでも長生きしてる妖怪だもんでね、いろいろと芸を身につけてんのよ。あの手の簡単な玩具だったら、十個でも二十個でもあっという間に作ってあげられるよ」
「凄いなあ」

 感嘆のため息を吐いたあと、大ちゃんは嬉しそうに微笑んだ。妖精らしい、無邪気な笑みだった。

「あの。じゃあ、わたしももう一個作ってもらってもいいですか」
「もちろん。お望みなら二個でも三個でも作ってあげるわ。さ、行って来な」
「はい!」

 軽やかに駆けだしていく大ちゃんの背を見送り、美鈴は満足して頷いた。



「……どうなってるの、これは」

 夕暮れ時、紅魔館内の窓辺から遠い正門を見つめ、咲夜はこめかみを指で押さえた。
 休憩がてらの軽い仮眠から目覚めてみると、何やら遠くの方からぴぃぴぃとえらくやかましいお囃子が聞こえてきたのだ。
 はてこの辺りで祭りなんかやるものだろうか、と首を傾げながら部屋の外に出てみると、正門がえらい騒ぎになっていたのである。
 そりゃもう、集まった妖精たちが竹トンボを飛ばしたり笛を吹いたり、いったいどこの児童公園だと言いたくなるほどだ。ちなみにその中央には美鈴がいて、ボール状の氷塊に片手で逆立ちしながら手と足を使ってお手玉をやりつつ笛を吹き、周囲に座った妖精たちから拍手喝采を浴びている。

「……あの馬鹿……ッ!」

 咲夜は額を押さえて呻いた。いつもならばこんな騒ぎになる前に自分が止めているところなのだが。いろんな事情が重なってほぼ不眠不休で働きづめだったところへ、レミリア直々に「今日は休め。いいから休め」と強く念を押されたものだから、こんなことになってしまった。

(いやいや、これだとお嬢様を責めているみたいだわ。悪いのはしっかりと体調管理が出来ていなかったわたしなんだから)

 これではとても完全で瀟洒などと言えたものではない。今後は前にも増して計画的に動かなければ、と咲夜は密かに決意する。
 だがまあそれはそれとして、今は正門前の馬鹿騒ぎをどうするか、である。
 今から目をつり上げて怒鳴りこんでやってもいいのだが、それはどうも間抜けで気が進まないのだ。
 美鈴も一応仕事は忘れていないらしく、混乱に乗じてこっそり門を乗り越えようとする妖精を一人残らず捕まえては、芸を続けつつじゃれるようなお仕置きを加えてやっているようだ。
 無論、ならいいか、と簡単に放置しておける問題ではないのだが。

(まったく。美鈴ときたら相変わらず……)

 息をついたとき、甲高い枝笛の音がかすかに咲夜の耳に届いた。
 ふと、懐かしい想いに囚われる。

「昔を思い出すねえ」

 急に隣から耳慣れた声がしたので、咲夜はびくりと肩を震わせながら慌てて振り返った。
 見ると、隣の窓枠に肘を突いたレミリアが、何やら懐かしげに目を細めて正門の方を見つめている。

「お嬢様」

 駆け寄りながら、遠慮がちに進言する。

「そんなところにいらしては、日光を浴びてしまいますわ」
「この程度なら平気よ。もう日も落ちつかけてるし」

 レミリアは黄昏に染まりつつある外の景色を指で示してみせる。「それならよろしいのですが」と咲夜は不承不承頷いた。
 そんな従者を見て、小さな主がにやりと口角を上げる。

「で、しっかり休んだか?」
「もちろんです。一時間ほど仮眠を取らせて頂きました」

 姿勢を正しながら澄まし顔で答えると、「一時間ねえ」と、レミリアは不満げに眉をひそめた。

「出来れば一日ぐらい休んでほしいところなんだけど」
「あら、そんなことをしては館の中が滅茶苦茶になってしまいますわ」
「そこまで無能か我が家の妖精メイドどもは」
「ええ。ご心配なさらずとも、倒れるような失態はお見せしませんので」
「ならいいけどね」

 若干納得いかない様子ながらも引き下がったレミリアは、また窓の向こうに目を移して「おー」と感心したように呟いた。

「美鈴の奴、どうやら新芸を仕込んだようね。見たことない奴がある」
「……そうですか」

 毎日門番やってるはずなのにいつの間に仕込みやがったんだあの女、と咲夜はかすかに頬を引きつらせる。それを見たレミリアが面白がるようにニヤニヤと笑った。

「まあいいじゃないの。咲夜だって昔は随分楽しませてもらったんだから」
「それはまあ、昔は、そうですが」

 あまりその話はしたくない咲夜である。
 そういった心情を的確に見抜いているらしいレミリアが、ますます楽しそうににやける。

「懐かしいねえ。あの頃の咲夜ときたら番犬猟犬ってよりは子犬みたいで」
「そうでしたか」
「そうでしたよ。なんだっけ、『大きくなったら美鈴のお嫁さんになる!』だっけ? ねえいつ式挙げんの?」
「知りません」
「あらそう? わたし一回十字架の下で神父役やってみたいんだけど」
「天罰が下りますよ」
「可愛い咲夜のためならばどんな試練にも耐えてみせよう! 痛みに震えながら銀のエンゲージリング渡してやるよ」
「いいですから。そういうの、ホント、いいですから」
「そう? ああそう言えば、あれは覚えてる? ほら咲夜、雷が鳴ってる夜に美鈴に抱えられて泣きながらわたしの部屋に入ってきてさあ、ぐずりながら『二人と一緒に寝たい』って言うもんだから、仕方なくベッドの中で三人川の字になって仲良くおねんね」
「もう、止めてくださいったら!」

 咲夜は両手で顔を覆って身をよじった。顔面から火が出そうだった。
 特に最後のは永遠に記憶から消し去りたい思い出である。門番と館の主を一緒のベッドに寝かせようとは。幼い自分のあまりの無配慮に、時間を遡って首を締めてやりたい気分だ。
 そんな咲夜を見て、レミリアがニヤニヤと笑う。

「咲夜、顔真っ赤」
「誰のせいだと思っていらっしゃるんですか」

 指の間からじろっと睨むと、レミリアは舌を出してそっぽを向いた。まったく、と咲夜は内心舌打ちする。
 レミリアにしろ美鈴にしろ、こっちの立場を尊重してそれらしく接してはくれる。美鈴なんか過去のことを持ち出してこちらをからかったことなど一度もない。そういう気づかいは徹底している女性なのだ。
 ところが、レミリアの方は他人のいない場所となると、たまにこうしてニヤニヤ笑いながらからかってきたりするのだ。それはもうニヤニヤと。こうして、後々からかうためにいろんなネタを仕込んでおいたのではないかと思えるほどだ。染みのついたシーツの前で大泣きしている咲夜の写真など、フィルムの場所が分かり次第速攻で燃やしたくなるブツも大量に保持しているし。

「そんな咲夜が今やメイド長! 時の流れは早いもんだ」
「そうですね。その割にお嬢様は未だにピーマンとニンジンを食べて下さいませんが」
「わたしは納豆が食べられるからいいんだよ」
「理屈がさっぱり分かりません」

 きっぱり言ってやると、レミリアはわざとらしい嘆きの声を漏らした。

「ああ、これだもんな! 咲夜ちゃんは美しく成長した代わりにさっぱり可愛くなくなってしまいました!」
「お嬢様にお仕えするためには不必要な要素かと」
「あらそう。ねえ、もう一回呼んでみない? わたしのこと『お母さん』って」
「絶対嫌ですわ、お嬢様」

 にっこり笑って言うと、レミリアはチッと音高く舌打ちした。

「まあいいけどね。ああでもあれだ、美鈴をお父さん呼ばわりしたりパチュリーをお婆ちゃん呼ばわりしたり小悪魔をポチ呼ばわりしたりはどうかと思ったよ」
「そちらももうしませんからご安心ください」
「ふむ。つまらん」

 不満げに呟いたあと、レミリアはふと窓の向こうに視線を戻し、「おおっ!?」と今まで以上の歓声を上げた。

「こりゃ凄い! 美鈴の奴、そろそろ終わりに差しかかって来たからって気合入れてるわ! 滅多に見られないよこの芸は」

 やたらと興奮した口調だったので、無視するつもりだった咲夜も少々気になった。
 そんなに凄いんだろうか、とちょっと身を乗り出しかけて、はっと気がつく。
 レミリアがニヤニヤしながらこちらを見上げていた。

「ん? なぁに? 見たいの? ねえ、見たいの、咲夜も?」
「……別に。欠片の興味もございません」

 ぷいっと顔を背けると、「ふーん、そう」と素っ気なく言いながら、レミリアはまた「うおおー」だの「すげー」だのとわざとらしい歓声を上げ始める。わざとらしいと分かっているのに、咲夜は胸の奥が疼くのを感じた。とっくに捨てたはずだった幼い部分が、その、美鈴の凄い芸とやらを見たがっているのが分かる。

(そりゃ、確かに昔は楽しみにしてたけど)

 と言うか、今も結構楽しみだ。
 しばらく見ていないというのもあるが、それ以上に美鈴の芸が本当に素晴らしいのだ。本人は「単なる大道芸ですよー」なんて笑っていたが、そんなレベルを遥かに超えている。さすが気を使う程度の能力の持ち主、と見る者全てが唸るほどの、素晴らしい演技なのである。昔、誕生日のときに一度だけ、パチュリーの魔法による演出も組み合わされたものを見せてもらったが、あれはまさしく夢の世界とも言うべき光景だった。
 見たい。正直言って、凄く見たい。

(ああ、でも駄目よ咲夜! 今のあなたは完全で瀟洒なメイドなんだから!)

 門番の芸なんぞに夢中になっていては、面子が保てないのである。
 自分に向かって必死に言い聞かせつつ、咲夜は幼い自分を振り切るように、勢いよく踵を返す。
 くるり、と一片の迷いもない、優雅なターンが決まった。
 勝った、と心の中で拳を握った咲夜の背に、何気ないレミリアの声がかかる。

「いやー、いいなー。わたしも今からあそこに行って見物しようかなー」
「どうぞご自由に。夕食までにはお戻り下さいね」

 その言葉も、実に瀟洒に言い切ることができた。
 ……と、思ったのだが。

「え、何言ってんの?」

 レミリアが不思議そうに言う。

「咲夜はわたしの従者なんだから。当然、一緒に見るのよ?」
「いいんですか!?」

 思わず満面の笑みを浮かべて振り返ってしまったあとで、「あ」と声を漏らす。
 目の前に、ニヤニヤしているレミリアの顔があった。
 その笑みを浮かべたままで、硬直している咲夜の顔を覗き込んでくる。

「んん? なぁに? 今なんて言ったのかなぁ、咲夜ちゃん? わたし、よく聞こえなかったなー?」
「いや、その。別に、わたしは……」
「んー? なにかなー? 聞こえんなぁ?」

 しどろもどろになる咲夜の後ろに、レミリアはさり気ない足取りで回り込むと、

「愛いやつよのう」

 呟きながら、そっと咲夜の尻を一撫でした。

「ひぃやぁっ!?」

 口から変な悲鳴が出た。
 慌てて尻を手で押さえた頃には、レミリアはこちらに背を向けて立ち去りつつある。
 かっかっか、と愉快そうに笑いながら、

「まだまだだねえ咲夜ちゃん。今後も精進せぇよ!」

 と、やたらと軽快な足取りで去っていくのだった。
 その小さいながらも大きな背が廊下の角に消えるのを見送り、咲夜はがくりと膝を突く。

「また負けた……!」

 何に負けたのかはよく分からないが、とにかく敗北である。完全で瀟洒なメイドへの道はまだまだ遠いようだ。
 咲夜は歯噛みしながら窓枠に手をかけて立ち上がり、ふと正門の方を見やった。
 夕暮れを迎えたこともあってか、妖精たちは三々五々散りつつあった。
 背の高い赤毛の門番が、大きく手を振っているのが見える。
 人の気も知らないで、と咲夜は小さく唇を尖らせる。

(……相変わらず、子供に好かれやすい奴)

 そんなことを考えると、嬉しいようなムカつくような、複雑な気分である。
 とりあえず後で一発殴りに行こう、と咲夜は思った。



 <了>
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