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【東方SS】哀愁のエーゴ・ステッキ人形

2010/5/14に東方創想話に投稿したSSです。
 


『哀愁のエーゴ・ステッキ人形』



 ~人形遣いアリス・マーガトロイド、渾身の一品!~

 このたび、魔法の森在住のアリス・マーガトロイド女史(17)が渾身の一品を発表した。
 その名もエーゴ・ステッキ人形。人形と言うよりはぬいぐるみといった方が正しい一品で、「とある経済大国に留学経験のあるセレブなイケメン」をモチーフにしているのだそうな。
 そんなぬいぐるみが、なぜか子供たちに大人気。
 一体、その人気の秘密は何なのか? 気になった記者は、早速調査を開始した。
 品薄の限定商品にも関わらず見事エーゴ・ステッキ人形をゲットした翔君(6、人里在住)に聞いてみたところ、

「いや、この見るだけでムカついてきて殴りたくなるアホ面がなんとも言えねえんですわ。マジパねえッス」

 だそうである。他の持ち主にも聞いて回ってみたが、おおよそが似たような理由のようだ。子供たちの将来が心配である。
 果たしてそんな理由で大人気になっているエーゴ・ステッキ人形のことを、製作者であるアリス・マーガトロイド女史(17)はどう思っているのだろうか。
 文々。新聞名物アポなし突撃取材を敢行したところ、女史はどことなく誇らしげな様子で応じてくれた。

記者:件の人形、サンドバッグみたいな扱いで人里の子供たちを中心に大人気となっている模様ですが。
女史:それはそうでしょう。そういう風に作ったんですもの。
記者:ほう。では計画通りであると?
女史:私のやることに計画外の行動は存在しないわ。
記者:見事なかませフラグをありがとうございます。では、最初から殴られ目的で製作されていると?
女史:もちろん。「いかにして生き物の持つ攻撃衝動を引き出すか」がコンセプトだからね。
記者:つまりサンドバッグみたいなものですか?
女史:間違いではないわね。
記者:耐久性の方はいかほど?
女史:ケブラー繊維なんか紙に思える程度の強度よ。素材は魔界の大学で新開発された超強度の魔法繊維を使用しているし、構造に関しては外の世界のげーむぼーいというものを参考にしたわ。
記者:ということはあれですか、いわゆる『空爆されても大丈夫』というやつですか。
女史:『おくうがフュージョンしても大丈夫』よ。
記者:おー、これは大きく出ましたね!
女史:実際やってもらったからね。
記者:さすがですね。

 以上、自信満々なアリス・マーガトロイド女史(17)であった。
 そんなエーゴ・ステッキ人形、妖怪の間でも注目を集めているらしい。
 妖怪の賢者である八雲紫女史(■■■■■■■)はこうコメントする。

女史:そうね。実際凄い強度らしいし、量産できれば弾幕ごっこ練習用のターゲットにも使用できるのではないかしら。
筆者:なるほど。紫さんらしい意見ですね。
女史:攻撃衝動を引き出すというコンセプトは行き過ぎると幻想郷の秩序に影響を与えかねないから、その辺りは考慮する必要があるでしょうけど。
筆者:紫さんらしい意見ですね。
女史:ええ。だから是非とも一つサンプルが欲しいところね。うん。ほら、我が家の猫ちゃんも喜ぶでしょうし。決してわたしが個人的に欲しいとか、そういうわけではないのよ?
筆者:紫さんらしい意見ですね(笑)。

 そういうわけで、八雲紫女史(■■■■■■■)もこのぬいぐるみには大いに注目している。
 その他にも最近人形妖怪にご執心の某花の大妖であるとか、自己犠牲マニアと噂の厄神様であるとか、味も見ておきたい冥界のお嬢様などもこのぬいぐるみをご所望らしい。
 さらには虫のお姫様、地底の桶入り娘、悪魔の妹、氷精にプレゼントしたい大きな妖精等々、噂を聞きつけたたくさんの少女たちが欲しい欲しいと声を上げている。この辺り、さすが流行に聡い幻想郷の少女たちと言ったところだろうか。
 しかしそういった人気や需要に反して、現在マーガトロイド女史(17)はエーゴ・ステッキ人形の製作を行っていないらしい。
 本人曰く「インスピレーションが降ってこない。パッションが湧かない。ガッツが足りない」とのことだ。何かを勘違いしたテンプレ的な芸術家気取りで苦笑いを誘うことも忘れない、さすがのアリス女史である。(文)



「咲夜、出かけるわよ」
「は」

 急に声をかけられたので、廊下を掃除中だった咲夜は目を丸くして振り返った。
 主であるレミリア・スカーレットが、相変わらず見かけだけは幼い顔に、何やらやる気に満ちた笑みを浮かべて立っている。

「お出かけですか。どちらへでしょう」
「アリスのところよ」
「アリスの?」
「そう……なに咲夜、知らないの?」
「と、仰いますと」
「これよ、これ」

 彼女は少々興奮しているらしく、本日の肌は吸血鬼らしからぬ血色の良さだ。見ると、突き出された小さな右手には射命丸文が発行している文々。新聞が握りしめられている。
 咲夜はその新聞とレミリアを見比べて、小さく首を傾げる。

「ええと。その燃料が、何か?」
「なるほど、いいジョークだ。まあとりあえず読んでみなさい」

 言われて、咲夜はざっと目を通してみる。細かいところまでは読まなかったが、大体の事情は察せられた。居住まいを正し、柔和な笑みを浮かべながら折り目正しく頭を下げる。

「理解いたしましたわ、お嬢様」
「フフン、いい忠犬振りね、咲夜ったら。ご褒美に今夜乳を揉んであげましょう」
「まあ嬉しいですわ。ちょうど魔界通販で買った特注のシルバーナイフが届いたところだったんです」
「そう……あれ、会話の繋がりおかしくない?」
「おかしいのはお嬢様の性癖ですわ」
「フフッ、さすがわたしの子犬ちゃん、小粋なジョークも完璧ね!」

 レミリアの口調はどことなく浮かれ気味で、足取りも速くて軽い。立場相応の威厳も、外見通りの子供っぽさも併せ持っている主のこと、もうすぐにでもあのぬいぐるみが欲しくてたまらなくなっているのだろう。
 楚々とした足取りでレミリアの後ろを歩きながら、やっぱり可愛らしいお方だなあ、と咲夜はかすかに笑う。
 不敬なことではあるのだろうが、主に仕えていて幸せだと思うのは大抵こういうときであった。

「美鈴、出かけてくるわ」
「シェスタはやめなさいよ」
「分かりました、ほどほどにしておきます」

 おどけて敬礼する美鈴に軽く手を振り、二人は紅魔館を後にする。
 初夏の空は気持ちのいい快晴だ。とは言え、吸血鬼であるレミリアには毒だろう。
 主に日傘を差しかけながら、涼しい湖の上を飛ぶ。飛行速度はいつもよりも遅かった。

「お嬢様、今日は随分とのんびりなさっておいでなのですね」
「うん。だってスピード出したら歯止めが利かなくなって、アリスの家ぶっ壊す速度で飛んでっちゃいそうなんだもん」
「さすがお嬢様、自制心がおありですわ」
「そりゃね。なんか新聞読む限り気難しげな感じだったし、アリスにぬいぐるみ作ってもらえなかったら困るもの」

 いつも我がまま放題傍若無人レミリアにしては、随分と殊勝な言葉だった。咲夜は少々驚く。

「それほどいいものでしょうか、あのぬいぐるみは」
「さてね。実物を見てみないと。だけどほら、人間の里の子供でも持っているものをスカーレット家の娘が手に入れられないだなんて、そんな屈辱には耐えられないじゃない。だから絶対手に入れるのよ、咲夜」

 もちろんですわ、と頷きながら、お嬢様らしい言葉だな、と思う。その罪のない子供っぽいプライドに、咲夜はまた微笑ましい気持ちになった。
 いつになってもそういう自分の心情を大事にする主の在り方が、咲夜の人格形成に及ぼした影響は大きい。
 彼女はまだ物心つかない頃に拾われ、吸血鬼の館の娘として育てられてきた。暗い館内が遊び場所であり、同年代の人間の友人など、この郷に来るまで一人もいなかった。
 それでも必要以上に悲観的だったり、あるいは嗜虐的だったり根暗だったりとかそういう性格に育たなかったのは、間違いなくレミリアの茶目っ気溢れる性質のおかげであった。

「もしもアリスが作らないと言ったらどうしましょう」
「もちろん、作るまで粘り強く説得を続けるのよ」
「力づくで?」
「まさかね」

 レミリアは鼻を鳴らす。

「そうやって無理矢理作らせたものは、大した出来にはならないものよ。アリスはあれでいて職人気質なところがあるからね。今回のぬいぐるみが基本的に一品物なら、可能な限りおだてて誉めていい気分にして、良好な環境を用意してやるのが最良の選択というでしょう」
「さすがお嬢様ですわ」
「貴族たるもの、優秀な職人を保護するのは当然のことよ。ノーブレス・オブリージュというやつね」

 得意げなレミリアの声を聞くと、つい抱きしめたい衝動に駆られる咲夜である。実際にやったら十中八九乳を揉まれて微笑ましい気持ちが消し飛ぶので、あくまでも想像の中で済ませるだけだが。
 二人は揃って魔法の森に降り立つと、アリスの家目指して歩き始めた。
 レミリアの足取りは相変わらず控え目だが、拳はぎゅっと握りしめられている。余程気合いが入っているのだろう。こういう下らないことに躊躇も手加減もなく情熱を注ぐのはいつも通りだが、本日は少々空回り気味にも見える。それほどあのぬいぐるみが魅力的に思えたということか。

(あの天狗の文章力もなかなか侮れないものがあるようね。少し認識を改めないと)

 咲夜の中で、文々。新聞が燃料から読み物にランクアップした瞬間であった。
 そうして森の中の道を歩き続けていた二人は、ふと向こう側から一人の女がやってくるのが見えた。
 こちらと同じように、日傘を差している。緑の髪と落ち着きある服装。見た目はお淑やかな良家の令嬢といった雰囲気の女性だが、中身は全くそうではない。

(参ったわね)

 咲夜は内心舌打ちする。こんな状況では、出来れば会いたくない相手だった。
 女性の名前は風見幽香と言う。幻想郷でも指折りの大妖怪だ。
 こちらが手を出さない限りは基本的に穏やかな妖怪だが、時折思い出したように嗜虐的な面を覗かせる厄介な女性だ。
 彼女が花の妖怪であることに考慮して、よく言うならば薔薇のようであり、悪く言うならばラフレシアのような性格。
 しかも間の悪いことに、彼女は何やら不機嫌そうな様子だった。普段は少なくとも表面上は穏やかな笑みを浮かべていることが多いのだが、今道の向こうからやってくる幽香は眉根を寄せて口をへの字にしており、今にも舌打ちを漏らしそうだ。

(それに対してお嬢様は興奮気味の上機嫌……一歩間違うと正面衝突だわ)

 危惧する咲夜の前で、幽香との距離が近づいてくる。
 このまま互いに無視して通り過ぎれば良かったのかもしれないが、遊び好きのレミリアのこと、もちろんそういうわけにはいかなかった。

「あら、風見の。ご機嫌麗しゅう」
「あァ?」

 今にもこめかみに青筋立てそうな危険な気配を発しながら、幽香が立ち止まる。
 さぁ予想通り困ったことになったぞ、と思いながら、咲夜はこっそりと、各所に仕込んだ無数のナイフを確かめる。
 レミリアが幽香に遅れを取るとは思っていないが、興が乗りすぎて騒ぎが大きくなれば、この近くに住んでいるアリスの機嫌を損ねる危険性は大いにあった。
 それならば時を止める能力を使ってでも主を幽香から引き離すのが、真の忠誠というものだろう。
 そう咲夜が考える横で、レミリアは今にも爆発しそうな幽香を挑発するように、クスクスと笑う。

「あらごめんなさい、なんだか嫌なことでもあったみたいね。気づかなかったわ」
「白々しいことほざいてんじゃないわ。吸血鬼らしく棺桶の中で寝小便垂れやがれってのよ、クソガキが」
「そんな怖いこと仰らないでほら、空を見上げてご覧なさいよ。輝かしい太陽があなたを祝福しているわ。絶好の光合成日和じゃない。なんなら土に埋めてあげましょうか?」

 地雷源を鼻歌混じりにスキップで駆け抜けるような口調。さすがお嬢様、と咲夜は変に感心する。

「どうやらこの場で小便漏らしたいみたいね、あなた」

 口が裂けたような笑みと共に、幽香が日傘を畳んで先端をこちらに向ける。レミリアもニヤニヤと笑いながら、喧嘩を買う姿勢を取る。
 ああやっぱりこうなったか、と咲夜は内心ため息を吐く。上機嫌なレミリアと不機嫌な幽香が出会ったのだから、ある意味当然の帰結という気がしないでもないわ。

(本当に遊ぶのが好きでいらっしゃる……)

 ともかく、こうなってしまった以上は仕方がない。何とかしてこの場を穏やかに収めなければ。
 そう考えて状況の推移を見守ろうとした咲夜だったが、幸いなことに彼女が何かする必要もなく、事態は収束した。
 ふと笑みを引っ込めた幽香が、ため息混じりにまた日傘を広げたからである。
 これには咲夜だけでなく、レミリアも驚いたらしい。目を瞬きながら幽香を見て、

「なに。どうしたの急に。その日傘でソーラービームの発射準備でもしてるの?」
「なんの話をしてるのよ」

 幽香は呆れたようにため息を吐き、日傘をくるくると回しながらつまらなそうに目をそらした。

「何となくね、面白くないなと思ってね」
「面白くない?」
「だって、そうでしょ? わたしもあなたも、あの芸術家気取りの人形遣いに振り回されているのだと思うとね」

 幽香の言葉に、レミリアが一瞬道の向こう……マーガトロイド邸がある方を見やる。
 幽香に視線を戻してまたにやりと笑いながら、

「ほうほう。つまり幻想郷の大妖怪たる風見幽香殿もあのエーゴ・ステッキ人形をご所望であるというわけね」
「そうよ。ちょっとこの前、使ってたサンドバッグをきらしちゃってね。丁度いいかと思って」

 サンドバッグってきらすようなものだったかな、と疑問に思う咲夜の前で、幽香は深くため息を吐く。

「あの子ったら本当に強情なのよ。殴る真似しようがゴリアテ人形スパークでアフロにすんぞって脅そうが、作れないものは作れないって断固首を縦に振らなくってね」
「へえ。アリスってそんな熱い性格だったっけ?」
「さあ。大方お友達の影響でも受けたんじゃないの。全く、無駄骨折らされたわ」
「もう年なんだから体は大切にね」
「ええ、全く最近腰が痛くて……ちょっと、なに言わせんのよ」

 ぎろりとレミリアを睨みつけたあと、幽香はまた気が抜けたようなため息を吐いた。

「まあでも、逆に良かったかもしれないわね」
「どうして?」
「大人気の人形って聞いてつい飛んできたけど、よく考えたら殴られ用の人形なんかプレゼントしたところで喜ばれるとは思えないし……ちょっと気が急いたかもしれないわ」

 一瞬間があって、

「え、サンドバッグ用なのでは……」

 咲夜が眉をひそめると、幽香は突然頬を赤くして誤魔化すように咳払いをし、

「と、とにかく、無駄骨だったのよ。あんたたちもあの人形を欲しがってるんでしょうけど、行っても無駄だと思うわよ。諦めてさっさと帰った方がいいわ。じゃあね」

 そう言い残して、幽香はそそくさと去っていった。
 なんだったんだろう、とポカンとしてその背を見送った咲夜は、ふと先ほどからレミリアが何も言わないことに気が付く。
 見ると主は顎に手をやって、何やら考え込んでいる様子だった。

「お嬢様?」
「ん。え、なに?」
「いえ、急に黙り込んでしまわれたので、どうなさったのかと」
「ああ。いや、別に……」

 レミリアはちょっと目をそらしてから苦笑し、

「ちょっとね。状況が思った以上に面倒くさそうだから。どうやってアリスのやる気を引き出そうかと考えていたの」
「なるほど。それで、何かいいお考えが?」
「いや、全然。そもそもわたし、人を誉めるよりもけなしたりからかったりするほうが得意だし」
「ええ。それはよく存じておりますわ」
「ふうむ。どうしたものか」

 レミリアはまたちょっと考え、チラッと咲夜の方を見て意味ありげに笑う。

「いっそあれね。操っちゃいましょうか、運命」
「ああ。お嬢様の能力で?」

 咲夜はかすかに苦笑する。
 レミリア・スカーレットは「運命を操る程度の能力」を持っていると自ら公言しており、「咲夜と出会えたのもこの力のおかげのような気がしなくもないような気がするよ?」と、よく自信なさげに話しているのだ。

「そこまで自由な使い方が出来るのですか?」
「フフン、愚問だね咲夜ちゃん。そんなことができるならば、今頃紅魔館には里中の処女たちが大挙して押し掛けていると思わない? 『キャーッ、レミリア様、わたしの血を吸ってーっ!』『ちょっと、わたしが先よ!』『なによ、ババァは引っ込んでなさいよ!』ああ止めたまえ君たち、わたしの体は一つしかないのだよ……あとババァは帰れ」
「真っ先に思いつく使い道がそれですか」

 要するにそんな便利な使い方ができるわけではないということだった。

「まあ頑張ればちょっとした未来を見ることぐらいは出来るけどね。それだって結構変わりやすくて曖昧だし……」
「そうなのですか」
「うん。具体的には朝見た明日の天気が雨だったのに、夜には晴れに変わってるってぐらい」
「使えないですねえ」

 思わずそう漏らしてしまってから、さすがに不敬だったかと後悔する。
 しかしレミリアは肩を竦めて、

「うん。ホント、使えない能力なのよ」

 と苦い笑みを浮かべただけだった。



 ともかくまずはアリスに会ってみよう、ということで、二人は予定通りマーガトロイド邸にやってきた。
 陰鬱な雰囲気の魔法の森に似合わぬ、カラフルな色合いの建物である。咲夜としてはさほど嫌いな趣味でもないが、やはりこういう場所に建っているのは少々場違いだ。しかも最近では巨大人形収容用の地下格納庫まで備えたとかで、いよいよアリスの明日はどっちだという気がしてくる。

「では、よろしいですか」
「うん。ああ、そうそう」

 レミリアがふと思いついたように笑って、

「わたしじゃなくて咲夜が欲しがってるってことにするから。そういうつもりでいなさいね?」
「……はい?」

 目を丸くする咲夜に、レミリアはクスクスと笑う。

「いいじゃないの、別に。主に恥をかかせたくないでしょう? 『記事を見てどうしても欲しくなっちゃったの。ほら、メイド長ってストレス溜まるから……べ、別に、他の子供が持ってるから羨ましくなったとか、そういうわけじゃないんだからねっ』と、こういう感じで」

 咲夜は返答に窮する。
 主の命令なら従うのが当然だが、咲夜にも「どんなキツい仕事を命ぜられても顔色一つ変えずにこなす瀟洒なメイド」という評価を築き上げてきたプライドがある。
 だから、ほんのわずかだけ躊躇した。
 それは本当にわずかな間で、お嬢様のためなら、と咲夜が決意するまでには瞬きほどの時間もかからなかったのだが、

「はい、時間切れ」

 と、レミリアは澄まし顔で言う。さらにニヤニヤと笑いながら、

「まだまだ甘いねえ、咲夜ちゃん」
「う……も、申し訳ございません」

 頭を下げる咲夜に、レミリアはカラカラと笑う。

「冗談よ。気持ちは分かるもの。実際わたしだってちょっと恥ずかしいしね」
「そうなのですか?」
「そりゃね。でも仕方ないわ。欲しいものは欲しいんだから」

 ふっと笑って呟き、

「さ、お願いね、咲夜」
「はい」

 促すレミリアに従って、咲夜はマーガトロイド邸のドアを控え目にノックする。
 やや時間を置いて、「はい」という返事と共に扉が少し開かれた。まず浮遊する人形が顔を覗かせてこちらを視界に収め、そうしてからようやく、扉が完全に開いてアリスが姿を見せた。

「あら、珍しいわね」

 レミリアを見て一瞬意外そうな顔をしたあと、アリスはふと思い当たったように眉をひそめた。

「……ひょっとして、あなたたちも?」
「多分そうね」

 咲夜が苦笑気味に言うと、アリスは額を押さえてため息を吐いた。

「……これでもう何人目かしら。とりあえず、入ってもらえる?」
「ええ。お嬢様、こちらへ」
「ああ。邪魔するよ、人形遣い殿」

 二人は応接兼リビングに通された。咲夜は席に着いたレミリアの背後に控え、テーブルの向こうを見やる。
 アリスは気難しげな顔をして、人形が運んできた紅茶を一啜りした。

「面倒くさいんで結論から言うけど」

 疲れたような口調で、

「エーゴ・ステッキ人形なら、作らないわよ」
「新聞に書いてあった理由で?」
「ええ。分かっているのに来たのね、あなたたちは」
「事情を聞かせてもらいたいんだけれど。何か支援が出来るかもしれないわ」

 やはり今日のお嬢様は気合いが違うな、と咲夜は驚く。アリスも同じことを考えたようで、少なからず興味を惹かれた様子だった。

「……まあ、そこまで求めてもらえるっていうの、悪い気はしないんだけど」

 アリスは困ったように言ってテーブルに視線を落とし、

「……正確に言うと、作らないんじゃくて作れないのよね。最初に作ったときの……なんていうのかしら。情熱。パッション? そういうものが、この胸から去ってしまったような感じなの。どうやったらそれを取り戻せるか分からず、ぽっかり穴が空いているというか……ああ、言葉では上手く表現できないわ」

 嘆くような調子で言いながら、アリスが額を押さえてため息を吐く。
 その、もどかしいような苛立っているような様子を見て、どうやらこれは演技とかではなくて本当に苦悩しているらしいな、と咲夜は思う。
 もっとも、やりたくないという自分の怠情な本心に合わせてさも苦悩しているかのように己の心まで偽るのがこういった人種であるから、果たしてどこまで本当なのかは判断のしようもないが。

「何とかならないの、アリス」

 レミリアが辛抱強く言った。

「良かったら、最初にインスピレーションを感じたときの状況だとか心情だとかを話してもらえないかしら? あなたが情熱を取り戻す助けになれるかもしれないし」
「そこまでしてもらうのは悪いわ」
「いいから。別に、あなたのためじゃないの。わたしはどうしても例のぬいぐるみを見て、この手に収めたいのよ。可能な限り最高の状態でね。だから遠慮なく利用してもいいのよ」

 レミリアが優しさすら感じるほど穏やかな口調でそう言うと、アリスは数瞬躊躇ったあと、ぽつりぽつりと話を始めた。
 時折相槌を打ちながら親身になって話を聞いているレミリアに、咲夜はまた意外な想いを抱く。
 こうまで優しいレミリアを見るのは、実に久しぶりだ。初めてのことではないが。

(夜眠れなかったとき、こんな声でいろんなおとぎ話を聞かせて下さったっけ)

 幼い頃の、今となっては少しくすぐったい思い出が、心の奥から浮き上がってくる。
 その暖かさを感じながら、咲夜はアリスの話を聞いているレミリアの背をじっと見つめる。
 ここは主に話をさせて自分は見守るのが真の忠誠というものだろうと思ったので、何も言わずに黙っていることにした。



 結論を言ってしまえば、その日は全く収穫がなかった。
 アリスはレミリアに話を聞いてもらった上でいろいろとアドバイスを受け、

「申し訳ないんだけど、ちょっと考えを整理させてもらえるかしら」

 と、答えたのである。少なくとも、パッションとやらはすぐには蘇らなかったらしい。

「ま、仕方ないわね」

 すっかり日も暮れた帰り道、レミリアはそう言って苦笑したものだった。

「本人がああ言っているのだもの。こちらは待つしかないわ」
「では、アリスがやる気を出すまで通われるということで?」
「もちろん。そうでなければ意味がないもの。どれだけ時間がかかっても必ずやり遂げるわよ」

 レミリアは拳を握ってそう言う。今日だけでも相当振り回された感があったが、やる気はまだまだ衰えていないようだ。
 だから咲夜も微笑んで、

「分かりました。この咲夜も、及ばずながらお供させて頂きたく思いますわ」
「ええ。頼りにしてるわよ、わたしの子犬ちゃん」

 レミリアはおどけたようにそう言った。



 そんなこんなで、レミリアと咲夜のマーガトロイド邸通いが始まった。
 当初咲夜は、「まあアリスだって優秀なんだし、せいぜい一週間ぐらいしかかからないだろう」と予想していたのだが、その見立ては甘かった。
 なんと、一週間を過ぎて一ヶ月を越え、半年以上経っても、アリスは一向にぬいぐるみを作る様子を見せなかったのである。

「やはりまだ駄目かしら、アリス」
「ええ……ごめんなさい、どうしてもあの頃の何かを取り戻せないのよ」

 アリスが言うことと言えば大概そういったことばかりだった。
 それでも時折はこちらに悪いという気がするらしく、ぎこちない手つきで型紙を切って針糸を持つのだが、縫っている途中で必ず顔を歪めて作りかけのぬいぐるみを放り出しては、

「違うっ! こんなんじゃない、こんなんじゃないのよ、わたしのエーゴ・ステッキ人形はっ! もっとこう、『まあこんなベリールナティックなラングエッジをユーズできるのはミーぐらいのもんだよね、アーハン?』的な鼻持ちならない感じが出ないと……!」

 などと叫んで頭をかきむしり、地団太を踏むのである。ひょっとしてちょっと頭がおかしいんじゃないかと疑いたくなる光景だった。

「まさかとは思いますけど、からかわれているのでは……」
「それでもいいわ」

 疑う咲夜に、レミリアは静かな声で答える。

「もしかしたら、そういう嗜虐的な感情を満足させた方がいいエーゴ・ステッキ人形ができるのかもしれないし。わたしは信じて待つだけよ」

 本当に、レミリアのものとは思えぬ言葉である。
 一体何が主をそこまで突き動かすのだろう。不思議に思った咲夜は、あるとき思い切って聞いてみた。
 レミリアは少し間を置いて、苦笑混じりに、

「別に。たまにはこういう趣向も悪くないなと思っただけよ」
「そうなのですか」
「ええ。長く生きているとね、飽きないようにといろいろな遊び方を考えるようになるものなの。これもその一環。まあわたしの子犬ちゃんにはまだ分からないかもしれないけれどね」

 そう言って、レミリアはからかうように笑うのだった。

 アリスがどうしてもエーゴ・ステッキ人形を完成させられないまま、驚くべきことに一年近くの月日が流れようとしていた。
 レミリアと咲夜は、まだマーガトロイド邸に通い続けている。主のやる気は少しも衰えていないようだったが、咲夜は少々うんざりしつつあった。主の手前もちろん表面には出さないものの、レミリアが誠実に待ち続ければ待ち続けるほど、アリスに対する怒りが湧いてくる。
 それでも何も言わずにマーガトロイド邸に通い続ける主を見ていると、何かの罰でも受けさせられているような、非常にもどかしい気持ちになるのだった。
 そうして、この報われぬ日々が始まってから、ちょうど一年経った日のこと。



 マーガトロイド邸に足を踏み入れたレミリアと咲夜は、目の前の光景に絶句していた。
 いつも整然と片づけられているリビングが、まるで猛獣の群が通り抜けた後の如く荒らされていたのである。

「返事がないと思ったら……」
「一体、何が……」

 困惑する二人の前では、人形たちが当てもなくフラフラと飛んでいる。いつもならば何かしら仕事をこなしている彼女がたちがそんな様子だと、さすがに少々気味が悪い。
 そしてそんなリビングの中央のテーブルに、アリスらしき少女が突っ伏しているのだった。

「アリス、どうしたの、アリス」
「レミリア……」

 ノロノロと身を起こしたアリスの顔を見て、咲夜は頬がひきつるのを抑えきれなかった。
 そのときのアリスは、髪はボサボサ目の下は隈だらけ、涙と鼻水の跡で顔がぐちゃぐちゃという、なんとも残念で見ていられない様相だったのだ。

「一体何があったの」
「わたし、わたしね、もう駄目かもしれない……」

 魂が抜けたような口調で呟きながら、アリスが自虐的に笑う。

「どうしても、どうしても作れないの。あのエーゴ・ステッキ人形の『やあ諸君、グッモーニン! おっとついエゲレス語が出てしまったよアイムソーリーヒゲソーリーHAHAHAHA!』って感じが出せないの……」
「そう……それは大変だったわね」

 しみじみとした口調で言いながらレミリアが励ますようにアリスの肩を叩く。アリスは腕で目の辺りを擦りながら、

「ごめんねレミリア、こんなに長い間待っててくれてるのに」
「いいのよ。わたしの方こそごめんね、こんな毎日のように通って、かえってあなたにプレッシャーを与えてしまったかもしれないわ」
「そんなことないわ。わたし、あなたが期待して待っててくれるから、今日まで投げ出さずに……それなのにこんな体たらくじゃ」
「いいんだってば」

 相変わらず違和感すら感じるほど優しい口調で言いながら、レミリアはどこか遠くを見るように目を細める。

「わたし、あなたが本当にいい人形を作れるようになるまで、いつまででも待つわ」
「でも、もう一年も経ってしまったのに……」
「一年ぐらいが何よ。わたしたちには時間なんていくらでもあるじゃない。待つだけで叶う願いなら、いくらだって待てるわ。一年でも十年でも百年でも、四百九十五年でも」

 レミリアが断固とした口調でそう言った瞬間、不意にアリスが目を見開いた。
 突如音を立てて立ち上がり、驚くレミリアと咲夜の前で「おお」と声を漏らしながら天に向かって両手を広げ、

「来た」
「え、なに?」
「来たのよ。降りてきたのよ、人形作りの神が……!」

 そんなんいるのか、と疑問に思う咲夜の前で、アリスは唇を引き結んだ。そこら辺をフヨフヨと漂っていた人形たちが、あっと言う間に整然とした動きを取り戻す。
 呆気に取られて見守る二人の前で、アリスは猛然とテーブルに向かった。目を見開いたままひきつった笑みを浮かべ、人形が持ってきた紙に物凄い勢いで何かを書きつけ始める。

「そう、そうよ、これだったんだわ! 書ける、書けるわ、作れるわよウフフフフフ……」

 不気味に笑い続けながら、アリスはそれこそ狂ったような勢いで人形製作を開始する。
 レミリアと咲夜は作業の邪魔にならないよう、とりあえず家の外で待つことにした。
 そうして扉の外に立ちつつ、時折家の中から漏れてくる掘削機の音やら「ホアッ、ホアッ、ホアーッ!」という類の奇声を聞いていると、少し友人関係を見直した方がいいのかもしれない、と思わずにはいられなかった。



 一年も待たされた割に、エーゴ・ステッキ人形の完成にはせいぜい三時間ほどの時間しかかからなかった。

「できたわ」

 と言って顔を出したアリスは、最初見たとき以上にやつれて憔悴している様子だったが、しかしその顔には満足げな笑みが浮かんでいた。

「ちょっと、アリス。大丈夫なの、あなた」
「わたしのことはいいの。それよりもホラ、見てちょうだい。待たせてしまって、本当にごめんなさいね」

 と、アリスは小さなぬいぐるみを差し出してくる。日本人顔のくせに、妙に鼻持ちならない表情を浮かべたぬいぐるみだ。何も喋っていないのに殴って黙らせたくなるような絶妙な雰囲気が漂っている。

「これがエーゴ・ステッキ人形……!」
「なるほど、これは確かにムカつく面だりゃぁぁぁぁぁっ!」

 と、突然叫んだレミリアがエーゴ・ステッキ人形をひっつかんで空に向かって全力でぶん投げた。
 ギョッとした咲夜は慌てて時を止め、エーゴ・ステッキ人形を回収してくる。

「落ち着いてください、お嬢様」

 自分も人形を投げたくなる衝動を堪えつつ咲夜が言うと、レミリアはハッとした表情で自分の両手を見つめた。

「わたしは一体何を……」
「どうやらこの人形の力は本物のようですね」
「そのようだわ」

 二人が深く納得しながらアリスの方を見ると、彼女は満足げな笑みを浮かべて一つ頷いた。

「どうやら、気に入って頂けたようね」
「ええ。さすがアリス、期待通りの出来だわ」
「フフフ、そう言ってもらえると、わたしも、報わ、れ……」

 言葉の途中で、アリスは白目を剥いてフラリと倒れかけた。慌てて咲夜が支えると、完全に意識を失っている様子だった。

「あのアリスがここまで力を尽くしてくれるなんて……」
「さすがね、人形遣い殿。あなたはこちらの期待以上の働きをしてくれたわ。どうか安らかに眠ってちょうだい」

 厳かに十字を切るレミリアの眼前、咲夜の腕に支えられたアリスの口元には、何かをやりきった者にしか形作れぬ満ち足りた微笑みが浮かんでいた。

「……いや、まだ死んでませんけどね」



 とりあえずアリスをベッドに運んで寝かせた後、レミリアと咲夜は紅魔館への帰途についた。
 このルートを通って帰るのも、おそらく次で最後になるだろう。アリスに改めてお礼を言いに行く日。

(長かったなあ)

 咲夜はついそう思わずにはいられない。
 レミリアの方はと言えば、ついに手には入ったエーゴ・ステッキ人形にご満悦の様子だった。よほど嬉しいらしく、空を飛ぶ彼女の背で、吸血鬼の翼がパタパタと揺れている。

「満足なさいましたか、お嬢様」
「うん。いや、本当にいい出来だね。見れば見るほど殴りたくなって死ねやコラァッ!」

 レミリアが湖に向かってエーゴ・ステッキ人形をぶん投げたので、咲夜はまた時を止めて受け止めに行く。

「お嬢様、気をお静め下さい」
「……うん。いや、本当にいい仕事してくれたわ、アリスは……」

 やや呆れ気味に言いながら、レミリアが人形を受け取る。
 このやりとりも、既に三十回ほど繰り返している。エーゴ・ステッキ人形の力恐るべしと言ったところである。
 そうしてしばらく飛んで紅魔館が見えてきた頃、レミリアは不意に振り返って、咲夜に人形を差し出してきた。

「咲夜。これ、持ってて」
「え、どうしてでしょう?」
「分からない? あなたが欲しがってたってことにしてほしいのよ」
「ああ、そういうことですか」

 一年前、最初にマーガトロイド邸を訪れたときのことを思い出して、咲夜は苦笑する。
 あのときと違って、今度は躊躇わなかった。堂々とエーゴ・ステッキ人形を受け取り、紅魔館を目指す。
 自分が欲しがったのでレミリアが付き合ってくれたのだ、と言えば皆に呆れられるだろうが、それも悪くないかな、と咲夜は思う。
 それでレミリアの恥ずかしさが和らげられて、従者の気持ちを大事にする主であるという評価を打ち立てられるのであれば。
 二人は紅魔館の門前に着地した。同時に、それまで門柱にもたれかかって俯いていた美鈴が顔を上げて、

「お帰りなさいませ、寝てません」
「誰も聞いてないわよ」
「本当にあなたときたら」

 呆れる咲夜の前で、美鈴は大して反省もしていない顔で「たはは」と照れ笑いを浮かべる。そうしてから、ふと咲夜の腕に抱かれたエーゴ・ステッキ人形に気づいて、

「うわ、なんですかその殴り甲斐のありそうな人形」
「ふふ、そうよ。お嬢様に買って頂いたのよ」
「え、咲夜さんが?」

 美鈴は意外そうに言ったあと、ふと気づいたように、

「あ、じゃあひょっとして、ここ一年ほど頻繁に出かけていらしたのは……」
「そう。この人形を作ってもらうためよ」
「へえ。よく分かりませんけど、そんなに欲しかったんですか、それ?」
「ええ、そう」
「プレゼント用なのよね、咲夜」
「はい。……はい?」

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。
 困惑して見ると、主はただ静かに微笑んでいる。
 美鈴はその表情を見て何かを察したようで、「ああ」と納得したように呟き、どこか悲しげな笑みを浮かべて、門の中を示した。

「それなら咲夜さん、早く持っていってあげてください。きっとお喜びになりますよ」
「美鈴、一体何を……」
「行くわよ、咲夜」

 呟くように言って、レミリアが早足に歩き出す。咲夜は慌てて後を追った。

「お嬢様、お嬢様、お待ちください」
「やだ」

 足を速めながら答えて、レミリアは館の大扉を開く。咲夜はそこでようやく追いついた。

「お嬢様、一体……」
「何をしているの、咲夜」

 こちらに背を向けたまま、レミリアが急かすように言う。

「美鈴の言うとおり。早く持っていってあげなさい。もっとも、一年もかかってしまったから、あの子はもう忘れているかもしれないけれど」

 そう言われた瞬間、咲夜はようやく理解した。
 レミリアがあれほど辛抱強く、誠実にアリスを待ち続けた理由。
 そして、自分に何をさせようとしているのか。
 咲夜は居住まいを正し、エーゴ・ステッキ人形を抱き直しながら目を伏せる。

「……分かりました。けれど……」
「なに」
「ご自分で、お渡しにはならないのですか」

 やや間があった。レミリアは取っ手を握りしめ、

「……わたしからだと言ったら、あの子は一瞬でそれを消し飛ばしてしまうだろうよ。それでは長く遊べなくて、かわいそうだろう? だからそれはお前からのプレゼント。お前なら上手くやってくれると思っている。頼りにしているよ、咲夜」

 レミリアはそう言い、扉を開けて館の中に入った。咲夜も黙って後を追う。
 二階に上がる大階段にたどり着いたところで、レミリアはふと立ち止まり、自嘲するようなため息を漏らした。

「……何をやっているんだろうね、わたしは」
「お嬢様?」
「哀れみのつもりか、それとも贖罪のつもりか。あの子を館の外に出してやれるわけでも、あの子の心から狂気を消してやれるわけでもないのに。全く、汚らわしい。何が運命を操る程度の能力だか。本当に使えない。本当に」
「お嬢様……」

 咲夜は息を飲んだ。レミリアはこちらに顔を向けないまま、ゆっくりと階段を上っていく。

「お嬢様」

 その背に向かって、意を決して声をかけた。レミリアは立ち止まったが、やはり振り返りはしない。

「……なに、咲夜」
「やはり、ご自分でお渡しになられた方が」
「やだ」
「お嬢様」
「理由はさっき言ったろ。これ以上説明が必要か? 分かったらさっさと行くんだよ、子犬ちゃん」

 淡々とした声で言い置いて、レミリアは足早に階段を上っていく。
 これ以上は何を言っても無駄だろう。咲夜が俯きかけたとき、

「どれだけ」
「えっ」

 驚いて顔を上げると、階段の途中で立ち止まったレミリアが、ぎゅっと手すりを握りしめているのが見えた。

「わたしがあの子にどれだけのことをしてきたと思ってる。今更、……」

 レミリアは言葉を止めた。疲れたように息を吐き出す。

「……いいのよ、これで。わたしはあの子のことなんか気にかけずに遊び回る悪い姉。あの子の憎しみを一身に受けるの。それでいい。その方がいい」

 それ以上は何も言わず、レミリアは今度こそ立ち止まらずに歩いていった。結局、一度もこちらに表情を見せてくれることなく。
 咲夜はしばらくの間その場に立ち尽くしていたが、やがて顔を上げ、レミリアが去っていった方向とは反対側に向かって歩きだした。
 エーゴ・ステッキ人形を抱いたまま、働いたりサボッたりしている妖精たちの間を通り抜け、廊下を歩いたり階段を下りたりした後、ようやく目的の場所にたどり着く。
 そこは、暗い暗い地下の奥底。
 もう何百年も閉じきられているかのような錯覚すら覚える、厚い厚い鉄扉の前。
 無論、実際にはそんなことはない。
 今、この部屋の主は、館の中ならば自由に出歩いても良いと言われているのだから。
 それでもなおそんな錯覚を覚えずにはいられないぐらい、この鉄扉は耐えがたいほど重々しい存在感を放ちながら閉ざされている。
 咲夜は気息を整え人形を抱え直し、控えめに扉をノックした。

「妹様。いらっしゃいますか」



 <了>
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