スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【東方SS】ババァ様、隙間で誰かの手と手を繋ぐ

2008/12/5に東方創想話に投稿したSSです。
 


『ババァ様、隙間で誰かの手と手を繋ぐ』



「紫様、たまには休んでくださいね」

 藍が紫に向かってそう言っているのを聞いたとき、橙は非常に驚いたものだ。
 たまにはもなにも、紫様はいつもダラダラしているじゃないか、と。
 言われた紫も同じことを思ったようで、目をぱちぱちさせながら首を傾げた。

「それは、あなたなりの謎かけか何かかしら」

 藍は笑って、何も答えなかった。
 その後紫が寝始めたので、橙はほらやっぱりだらだらしてる、と思いながら、藍に聞いてみた。

「藍様、さっきのは一体どういう意味だったんですか?」

 すると藍は小さく微笑んで、紙切れに簡単な地図を書いて渡してくれた。

「答えが知りたければ、ここへ行ってみればいい」

 なにがあるんですか、と尋ねたら、

「幸せなお方がいらっしゃるんだよ」

 と、穏やかな声音が返ってきた。



 地図に記された場所に行ったら、そこには小さな家がぽつんと建っていた。造りからして人間の家のようだったが、ここは人里からはだいぶ距離がある小さな木立の中である。はて、こんなところに人間が住んでいるものだろうか、と橙は首を傾げてしまう。
 一応警戒しながら、そろそろと家に近づく。距離が縮まるにつれて、こじんまりとした家の中から随分と賑やかな声が聞こえてくることに気がついた。二人や三人の話声ではない。もっと大勢の人間、あるいは妖怪が、この家の中にひしめき合っているようだ。
 橙は入口の扉から少し離れた場所にある小さな窓に寄って、こっそりと中を覗いてみた。
 見かけ同様、家の中は非常に狭苦しい。そこには予想通りたくさんの生き物がひしめき合っていた。人のようなのもいれば、妖怪のようなのもいる。誰も彼もがてんで好き勝手に喋くっていて、非常に騒がしい。橙は耳をぴくぴくと動かして会話の内容を探ってみたが、妖精が人間に仕掛けた悪戯のことを喋っているかと思えば、妖怪が日々の退屈のことを愚痴っていたりもするし、一方では人間が幻想郷の風景の美しさについて語っていたりする。

(なんの集まりなんだろ、これ)

 橙は困惑したが、やがてあることに気がついた。
 ここにいる全員が全員、同じ人物に向かって喋りかけているらしいのだ。しかも、会話の内容を聞く限りでは、答えもちゃんと全員それぞれに向かって返ってきているらしい。
 要するに、ある人物が、ここにいる全員と、全く同時に別々の話をしている、ということである。
 そんな常識ではあり得ない光景に気付いて愕然とする橙の耳に、不意に誰かの声が届いた。

「あら、そこにいるのは猫さんかしら」

 それは老婆の声らしく、少々甲高くて、かすれ気味だった。だが、この喧騒の中でも、不思議とよく通る声だった。
 その声がどこから聞こえてきたのかはすぐに分かった。一部屋しかない家の一番奥、そこに備え付けられた小さなベッドだ。そこで、声の主と思しき老婆が身を起こし、目を閉じて微笑んでいる。

「そんなところに立っていないで、入っていらっしゃいな」

 老婆の口は動いていないのに、何故だか声が耳の中で響く。老婆の声など聞いたこともないはずなのに、あの人に語りかけられているんだということが何故だかはっきりと分かる。
 橙は困惑しながらも、勧めにしたがって家の中に足を踏み入れた。
 家の中に入ってみると、外で見たときよりもぎゅうぎゅうづめで、それこそ足の踏み場もないほどだった。橙は苦労して、ようやく群衆の隅っこに自分が座れる隙間を見つけて、そこに潜り込んだ。
 誰も、橙が入ってきたことには気づかない様子だった。気付かない、というよりは気にも留めていない、といった方がいいか。

「いらっしゃい、猫さん。何もないところだけれど、くつろいでちょうだいな」

 あの老婆の声がする。橙は困惑した。彼女が座った場所から老婆がいるベッドまでは、かなり距離がある。だというのに、なぜ声が届くのか。それに、仮に答えたとしても、誰も彼もが好き勝手に喋くっているこんな騒がしい場所で、老婆の耳に自分の声が聞こえるのだろうか。
 疑問に思う橙の耳に、また老婆の声が穏やかに響いた。

「大丈夫よ、気にせず好きに喋ってくれても大丈夫だから」

 本当だろうか、と思いながら、橙はためしに聞いてみた。

「あなたは誰ですか」
「わたしはご覧の通りの無力なお婆さんよ」

 驚いたことに、ちゃんと答えが返ってきた。橙は少しどきどきしながら、老婆と話し始める。

「あなたのお名前は?」
「分からないわ。ひょっとしたら、忘れてしまったのかもしれないわね」
「ここで何をしているんですか?」
「何も。ただ生きて、ここを訪れる皆さんのお話を聞かせてもらっているだけよ」
「何故そんなことをしているんですか?」
「皆さんのお話を聞くのが楽しいからかしら」

 橙は困惑して周囲を見回した。誰も彼もが好き勝手に喋っている。

「あなたは皆と同時に会話をしているんですか」
「そうよ」
「どうしてそんなことができるんですか?」
「分からないわ。でもそうできる能力があるみたいだから、遠慮なく使わせてもらっているのよ」

 たくさんの人の会話を同時に聞いて、同時に答えを返す程度の能力ということか。

(頭のいい人なんだなあ)

 橙は感心しながらさらに問いかける。

「みんな、そんなに楽しいことを話しているんですか?」
「ええ」
「どんなことを?」
「昨日食べたお魚の話とか、お昼寝するのに最適な場所の話とか、前に見かけた間抜けな人間の話とか」
「そんなことを聞いて楽しいんですか?」
「ええ、何もかもが楽しくてたまらないわ。でもわたしの他には誰も聞いてくれないんですって。だから皆さんわたしに話を聞いてもらえると喜ぶし、わたしも皆さんの話を聞くのが嬉しいのよ。ところで、あなたのこともお話していただけるかしら」
「ええと、何を話せばいいんでしょうか」
「なんでもいいわ、なんでも」

 そう言われると逆に困ったが、老婆の微笑みを見ていると本当に何を話してもいいんだな、という気がしてきたので、橙は試しに自分の主である藍のことを話し始めた。多くは藍がどれだけ優しくて格好いいか、自分がどれだけ藍のことを尊敬しているか、という類の話だ。たとえば友達などにこういう話をしようとしても、呆れられるか嫌がられるかのどちらかしかない。だが老婆は嫌な顔一つせず、上手い具合に相槌を打って話を聞いてくれる。だから橙も夢中になって喋りまくった。主のことをこんなに話したのは、初めての経験である。

「そう。猫さんは本当にご主人さまのことが大好きなのねえ」
「はい、わたしもいつか藍様みたいになりたいと思ってます。藍様みたいに紫様のお手伝いをして、幻想郷の平和を守るんです」

 そんなことを言っても普通は鼻で笑われることがほとんどなのだが、老婆は嘲笑う気配など微塵も見せず、ただ黙って橙の決意を聞いてくれる。それが無言の励ましのように思えて、橙はますます嬉しくなった。

「それにしても」

 すっきりした気分で、橙は笑った。

「誰かに思う存分話を聞いてもらえるって、こんなにいいことだったんですね。知りませんでした」

 それに、喋っている内に自分の感情や考えがより深く分かったような気がするのである。一つ大切なことを学んだな、と橙は思う。

「そうだ、次はお婆さんのことを聞かせてください」
「わたしのこと?」
「はい。なんでもいいです。お婆さんも、誰かに話を聞いてもらったら嬉しいと思います」

 橙が素直にそう伝えると、老婆は少し沈黙した後、静かに問いかけてきた。

「ねえ、猫さん。ここは楽園と呼ばれているわねえ」
「え? あ、はい。そうですね」
「猫さんは、楽園ってどんな場所だと思う?」
「どんな場所、ですか」

 改めて問いかけられると、答えに詰まってしまう。

「ええと、平和な場所、とか」
「平和ならばそれだけでいいのかしら」
「うーんと、食べ物に困らない場所、とか」
「食べ物があればそれだけでいいのかしら」
「じゃあ、楽しい場所、とか」
「わたしと同じ答えだわ」

 群衆の向こう、ベッドの上で体を起こしている老婆の笑みが、少し深くなったように思えた。

「平和でも食べるのに困らなくても、楽しくなければ楽園とは言えない。楽しく生きていくためには、一人ぼっちではいけない。一人ぼっちは寂しいことで、寂しいことはこの世で一番辛いこと。きっと、寂しい人がいる場所は、楽園とは言えないのだわ。だからわたしは、こうしてみんなの話を聞いているのかもしれない。話を聞いてくれる人がいるというのが、とても幸せなことに思えるから。ねえ猫さん、楽園ってきっと、誰ものそばに誰かがいる場所のことを言うのねえ」

 あなたもわたしの話を聞いてくれてありがとうね、と老婆がお礼を言った。



 夕方が近くなると、老婆は急に話を止めて、おやすみなさい、と一言だけ言ってベッドに潜り込んでしまった。
 誰も老婆を起こして話を続けようと試みる者はおらず、その場にいた全員が黙って立ち上がり、家の外に出た。

「あのお婆さんは、夕方になると決まって寝ちまうのさ。次の日の明け方まで目を覚まさないから、そうさな、毎日12時間ぐらいは寝ているんじゃあないかな」

 橙の近くに座っていた男に老婆のことを尋ねてみると、そんな答えが返ってきた。

「ここにいる連中は、人間だったら人付き合いが苦手、妖怪だったら格が低くて誰にも相手にしてもらえない、妖精だったら逆に力が強すぎる、みたいに、ちょっとばかしはぐれ者じみた奴が多いんだな。半人半妖ってえ、人妖両方からちょっとばかし嫌われてる奴もいる。だからみんな、寂しくってあのお婆さんに話を聞いてもらいたがるんだろうよ。いっつもは一人ぼっちでも、あのお婆さんに話を聞いてもらってると、不思議と自分が一人じゃあないような気がしてくるのさ。実際、ここに来たのが縁で仲良くなった奴も多いみたいだしな」
「じゃあわたしたちも友達ですね」
「そうだな、これからよろしく頼むよ、猫のお嬢さん。人里に来たら俺の家にも寄ってくれ、お茶ぐらいはご馳走してあげよう」

 そう言って、男は満足げに笑って帰っていった。



 その後紫の邸宅に顔を出してみると、微笑を浮かべた藍に出迎えられた。

「どうだった?」
「はい、藍様の仰る通り、幸せなお方がいらっしゃいました」
「そうか、それは良かったな」
「はい、良かったです」

 二人で笑い合っていると、廊下の向こうから紫がのそのそとやって来た。たった今起きだしてきたところのようで、寝巻きのままごしごしと目元を擦っている。

「紫様、たまには休んでくださいね」

 橙が寝ぼけ顔の紫に向ってそう言うと、隙間に潜む妖怪は拗ねたように唇を尖らせた。

「何を言うの、橙まで……ご主人さまのご主人さまをからかうなんて、悪い猫ちゃんだわね」

 めっ、と紫は人差し指で橙の額を突く。突かれた場所を手で押さえながら、橙は藍と顔を見合せて微笑みあった。



 <了>
関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


非公開コメント

文字を大きく・小さく
    ジャンル(+クリックで展開)
    登場キャラ(■クリックで展開)
    プロフィール

    aho

    Author:aho
    ―――――――――――――
    東方創想話
    イコレート(ゲーム製作)
    pixiv
    SS速報VIPにて活動中
    ―――――――――――――
    pixivID:63347
    twitter
    ―――――――――――――
    SS速報VIPトリップ:
    aho◆Ye3lmuJlrA

    ―――――――――――――
    誤字脱字カテゴリ分類間違い等
    見つけて下さった方はweb拍手、
    コメント、メールフォーム等で
    ご連絡頂けると幸いです

    最新記事
    月別アーカイブ

    2037年 02月 【1件】
    2015年 08月 【1件】
    2015年 03月 【5件】
    2015年 02月 【3件】
    2014年 06月 【1件】
    2014年 02月 【2件】
    2014年 01月 【4件】
    2013年 12月 【4件】
    2013年 10月 【2件】
    2013年 08月 【1件】
    2012年 09月 【5件】
    2012年 02月 【2件】
    2011年 09月 【2件】
    2011年 03月 【3件】
    2011年 02月 【1件】
    2010年 12月 【28件】
    2010年 10月 【3件】
    2010年 09月 【7件】
    2010年 08月 【4件】
    2010年 07月 【5件】
    2010年 06月 【2件】
    2010年 05月 【2件】
    2010年 04月 【3件】
    2010年 03月 【2件】
    2010年 02月 【3件】
    2010年 01月 【1件】
    2009年 12月 【2件】
    2009年 11月 【2件】
    2009年 10月 【1件】
    2009年 09月 【5件】
    2009年 08月 【1件】
    2009年 07月 【4件】
    2009年 06月 【3件】
    2009年 05月 【1件】
    2009年 03月 【4件】
    2009年 02月 【1件】
    2009年 01月 【2件】
    2008年 12月 【4件】
    2008年 11月 【4件】
    2008年 10月 【4件】
    2008年 09月 【2件】

    最新コメント
    最新トラックバック
    カウンター
    メールフォーム

    名前:
    メール:
    件名:
    本文:

    検索フォーム
    リンク
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。