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【東方SS】彼女は胡散臭い大妖

2008/12/9に東方創想話に投稿したSSです。
 


『彼女は胡散臭い大妖』



 一番初めに八雲紫という妖怪を見たのがいつだったのか、わたしはよく覚えておりません。
 確かまだ上手く喋れもしないほんの小さな子供の時分であったかなあ、とおぼろげに思い出せる程度なのです。
 わたしはよく彼女を見かけます。見かけるたびに「ああまたあの人だ」と思うものですから、わたしにとって彼女はほとんど風景の一部なのでした。
 彼女はいつも笑っております。春は舞い散る桜の下で、夏は降り注ぐ日差しの下で、秋は高く晴れた空の下で、冬は全てを閉ざす吹雪の下で。
 いつ見ても、嬉しそうに幸せそうに笑っている人でありました。
 笑うだけでなく、ときには歌ったり踊ったりもしております。小鳥の鳴き声に合わせるようにハミングしていたり、吹き荒れる嵐の中で優雅にステップを踏んでいたり。
 いつもいつも、そこにいることが幸せでたまらないというような風情で、わたしはそれをとても羨ましく思っていました。

 少し前まで、わたしはこの郷があまり好きではありませんでした。
 なぜかというといろいろ理由はあるのですが、一番の理由は息苦しいからです。
 何代か前の博麗の巫女様という方が博麗大結界というものを作られて以来、この郷は外の世界とは行き来ができなくなりました。
 外に出ていけないということは嫌でもこの郷で生きていかなければならないということです。
 幸いにも妖怪が人を食うことはなくなっているので、郷は大変平和です。昔は空気にも血の臭いが混じっているような物騒なところであったということですが、そんなのは昔話だと誰もが笑うぐらい、ここはとても平和なところです。そんなところで生まれ育った人ばかりですから、大人も子供もみんなのん気で大概無邪気です。
 ですがわたしはそうでもないようで、ほんのちょっと嫌なことがあったぐらいで、かりかりしたりぴりぴりしたり、つまりとても怒りっぽいのです。そういう人は普通みんなから嫌われるものだと思うのですが、わたしの周りの人はそんなことはなんでもないのだよというように、

「お前は怒りっぽい奴だなあ」

 なんて、気楽に笑い飛ばしてくれるのです。とてもいい人たちだと思います。
 だからこそ、耐えられない。
 みんなこんなに大らかで優しいのに、わたし一人だけがとても汚いもののように感じられて、どうにもこうにもたまらないのでありました。
 外の世界はみんなが疲れたような顔をしていて、あまり他人に優しくすることもなく、人々はいつも不満を抱えて生きているそうです。多分、わたしは本来そちらにいるべき人で、生まれる場所を間違えたのでしょう。だからこの郷にはいたくないなあと、いつもいつも考えておりました。
 わたしがそういうことを考えているときも、八雲紫はいつも楽しそうでした。道端にしゃがみこんで名もない草花を長い間眺めていたり、小さな童が遊んでいるのを遠くから見つめて微笑んでいたりします。あんまり彼女を頻繁に見かけるものですから、わたしはその内彼女が人里の人であるかのような錯覚を覚え始めたほどでした。
 しかしあるとき、そんな八雲紫の話を両親にしましたら、二人の顔が真っ青になりました。

「お前それは八雲紫という非常に恐ろしい妖怪なのだよ」
「話には聞いたことがあったけれど、本当にいるのだねえ」
「よく見かけるといったが本当かい。ワシらは一度も見たことがないぞ」
「嫌だねえ、この子は恐ろしい妖怪に魅入られてしまったのかねえ」
「慧音様に相談しようか」
「博麗の巫女様の方がいいんじゃないかねえ」

 二人はやけに深刻そうな顔で、そんなことを話しておりました。ちなみにわたしは、八雲紫という名前も、そのとき初めて知ったのです。
 わたしは不思議でした。わたしの知る八雲紫というのは単にいつも楽しそうにしているというそれだけの存在で、別段恐ろしくも怖くも感じたことがなかったからです。
 わたしは両親に尋ねました。八雲紫というのは何がそんなに恐ろしいのか、と。

「そりゃお前、あの妖怪は世の中をおかしくしちまうようなとても恐ろしい能力を持っているのだよ」
「神出鬼没でいつどこで現れてもおかしくないと聞いているよ」
「それにとても頭が良くて力も強くて、なのにいつも笑っていて何を考えているのか分からないそうだ」
「恐ろしい恐ろしい、そんな頭のいい妖怪が、こんな普通の子供を捕まえて何をしようっていうんだろう」
「分からないなあ、全く分からない」
「あれは胡散臭いものだと稗田のお人も仰っていたけど、本当にその通りだねえ」

 他の人や人里を訪れる妖怪に尋ねてみても、八雲紫は胡散臭いと口を揃えて言うのです。何を考えているのか分からないから、と。
 みんなとは少々意味合いが違うのですが、確かにわたしにも八雲紫の考えていることは分かりません。
 そんなに頭が良くて力が強くていろいろなことを知っているのに、いつもあんな風に幸せそうにしていられるなんて、いったいどういう心の持ち主なのでしょうか。今も両親が心配してくれるのを鬱陶しいと思ってしまって、そんな自分が嫌になっているような卑しいわたしには、いつも幸せで楽しそうな人のことなどさっぱり分かりません。

 わたしが八雲紫と最初で最後に話す機会を得たのは、13か14ぐらいのときだったと記憶しております。
 その頃のわたしはますます怒りっぽくなっていて、ほとんど癇癪持ちと言ってもいいぐらいでした。
 その日も些細なことで両親と言い争いをいたしまして、家の外に飛び出して当てもなく走っておりました。気付くととっぷり日も暮れて、わたしは街道の真ん中で阿呆のように立ち尽くしていたのであります。宵闇迫る道の真ん中、心細さと情けなさで、わたしは泣きそうになっていました。妖怪が人を食うことはもうありませんが、からかわれたり悪戯されたりして、ちょっとした怪我を負うことぐらいはあります。ですからともかく里に帰らなければと焦り始めた折り、不意に声をかけられたのです。

「こんばんは、お嬢さん」

 吃驚して振り返ってみますと、道端の岩に八雲紫が腰かけて、にっこり笑いながらこちらを見つめておりました。ずっと長い間彼女のことを見てきましたが、話しかけられるのは初めてです。わたしはドキドキしながら、しかし声を出すこともできずにただ黙って頭を下げることしかできませんでした。
 八雲紫は別段気分を害した様子もなく、ぽんぽんと自分の隣を叩いてみせました。

「ちょっと、お喋りしましょうか」

 わたしは迷いました。八雲紫は胡散臭い奴だ、という言葉が、頭の中に蘇ります。
 しかし両親と言い争いをして機嫌が悪かったせいもあって、わたしは少々自暴自棄になりました。えい、ここで食われるならそれもいいさと腹を決めまして、八雲紫の隣にどっかり腰を下ろしたのです。
 八雲紫はちょっと驚いたような顔をして、

「あらあらなんだか不機嫌ねえ。なにか嫌なことでもあったのかしら」

 そう尋ねかけてきますので、わたしは感情の赴くままに何もかもをぶちまけました。今日の言い争いのことだけでなく、ずっと感じていた自分だけが汚く思えるという悩みなども、全て。
 八雲紫はただ黙って微笑みながら、わたしの話を聞いてくれました。
 そして聞き終わったあとに、

「そうねえ、わたしは思うのだけど」

 と、こちらの気分を害さない程度のゆったりとした声音、穏やかな論調で、いろいろなことを話してくれました。彼女の話はとても分かりやすく、同時に含蓄があって、何の抵抗もなく心に染み通ってきます。話を聞いているだけでも自分の世界を見る目が変わっていくような心持ちがしました。頭のいい者は話一つだけでこうも相手の心を変えられるのか、と驚嘆してしまったほどです。
 そうして八雲紫の話を聞き終える頃には、わたしはすっかり落ちついて、生まれて初めてと思えるほど上機嫌な気持ちになっていたのです。
 そしてそんな気持ちになってみると、途端に疑問が湧いてきました。
 何故、大妖八雲紫がわたしのようなちっぽけな人間のくだらない悩みのために、こうも時間を費やしてくれるのか。何故、大妖八雲紫が、わたしのようなちっぽけな人間を見るだけで、そんなにも楽しそうな顔をするのかと。
 無礼かもしれない、機嫌を損ねて殺されるかもしれないと思いながらも、わたしは八雲紫に聞いてみました。
 すると八雲紫は、やはりあの幸せそうな微笑みを浮かべて答えるのです。

「あなたのことが好きだからよ」

 背筋がぞくりとしました。この大妖が胡散臭いと言われている理由が、初めて分かったような気がします。
 この大妖怪は、おそらく本当のことを言っているのでしょう。彼女はわたしのことが好きなのです。好きだからこそこんなに時間を割いて、くだらない悩みを延々と聞いてくれたりしたのです。
 ただその愛情はわたしにだけ注がれるものではなくて、この郷の全てのものに注がれているのでしょう。そうやって、自分の愛しいものにいつも囲まれているから、彼女はいつもあんなに幸せそうな顔をしているのです。
 だからこそ、胡散臭い。
 こんなにも頭がよく、こんなにも力の強い存在が自分のようなちっぽけなものを好いているなど、もはや一種の理不尽と言っても過言ではありません。彼女の愛情が真摯であるほど、そこに裏も表も存在しないということを知れば知るほど、人は疑ってしまうのです。
 いったい何を企んでいるのか。その愛情の裏側に、いったいどんなものが隠されているのか、と。
 つまるところ、彼女のことを胡散臭く感じる原因は、彼女を見る人の心が弱々しいからなのかもしれません。ただただ純粋で大きな愛情などというものを信じることが出来ないからこそ、恐れて疑って、彼女の像を捻じ曲げてしまう。彼女と一緒にいればいるほど自分の矮小さが浮き彫りにされていくようで、それが耐えられないから、目をそらして現実を歪めてしまう。
 わたしの心がどうのとかではなくて、あの大妖怪が胡散臭いのが悪いのだ、あれは何を考えているのか分からない、とても悪いものだ、と。
 こんな風に理解してしまった以上、わたしはもう一秒も、この大妖怪のそばにいたくはありませんでした。
 その意思を、はっきりと言葉にして伝えました。もう金輪際、わたしの前に現れるのはやめてほしい、と。そう伝えること自体は、全く怖くありませんでした。この大妖怪がわたしに危害を加えないであろうことは、もう嫌というほど分かっておりましたから。
 八雲紫は、このときも微笑みを崩しませんでした。まるで、こういう場面は慣れっこだとでも言うように。

「そう。分かったわ。でもあと一つだけ聞いていただけるかしら。あなたがわたしをよく見かけていたのは、あなたがわたしを強く求めたからなの。あなたは今まで、この郷と外の世界との境界に身を置く存在だった。肉体的な意味ではなく、精神的な意味でね。だからこそ、境界に潜む妖怪などというものに自然と目が引き寄せられていた。でももう大丈夫、あなたは今日、今まで知らなかった見方を学んだはず。今後は今までほど強烈な違和感を抱くことなく、この郷に身を置けるようになるでしょう。ようこそ、幻想郷へ。わたしはあなたを歓迎するわ」

 そう言い残して優雅に一礼して、彼女の姿は消えました。まるで、最初からそこには何もいなかったかのように。
 さっきまで八雲紫が座っていた岩を見つめていると、自然と涙が溢れてきました。自分が何故泣いているのか、その理由がわたしにはよく分かっていたのですが、たとえ心の中においてでも、その感情を言葉にしたくはありませんでした。

 その後のわたしは、八雲紫の言うとおり、以前ほど居心地の悪さを感じることなく、幻想郷の中に身を置けるようになりました。今でも少々怒りっぽいのですが、そういう自分をさほど嫌だとは思いません。そういう人間でも笑って受け入れられるこののん気な郷が、今ではとても好きです。
 あのとき以来、わたしが八雲紫を見かけることはなくなりました。けれども、彼女は変わらないでしょう。今日もこの郷のどこかで愛しい何かを見つめて、嬉しそうに、幸せそうに微笑んでいることと思います。
 ただ、姿を見ることはないのですが、たまに暖かすぎる視線を感じることはあります。そういうとき、わたしは嫌だなあと思いながらも、彼女はわたしにとって風景の一部のようなものだから仕方がないか、と苦笑いすることにしているのです。

 <了>
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