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【東方SS】ファンシィ☆ゆかりさま

2009/2/8に東方創想話に投稿したSSです。
 


『ファンシィ☆ゆかりさま』



 何も何も小さきものはみなうつくし

「――というのをご存じかしら」
「はあ」

 きちんとした返事を返すまでに、一拍の間が必要だった。かこん、と、ししおどしの音が間抜けに響く。

「確か、枕草子の一節だったかと。『うつくしきもの』でしたか」
「そう。ちっちゃな指につまんだ塵を嬉しそうに見せる子供とか、か弱く鳴いてる雀の雛とか、ブカブカの着物着せられてる小さな貴族の子供とか、そういうのをひたすら羅列してるあれよ」
「まあ端的に言うとそのような内容だったかとは思いますが……その一節が、何か?」

 眉をひそめる藍の前で、紫が落ち着かなげに身じろぎする。式を見つめる瞳はどことなく非難がましく、「何も言わずとも察するのが優秀な式神というものでしょう」とでも言いたげである。
 何の変哲もない、五月も半ばの昼下がり。ぽかぽかとした陽気に誘われたかのように、藍の主人である紫が珍しく昼間から起き出してきたのだ。で、唐突に主の私室に呼びつけられたかと思ったら、正座させられた挙句にさっきの一文を聞かされた。
 藍とて紫の式神として使役されるようになってから、そこそこ長い時間を過ごしている。主の抽象的な問いかけは既に慣れっこだ。何分、彼女の主人は言葉遊びの類が大好きなものだから。
 そして今も、主が何を言いたいのかは薄々理解していた。

「あのね藍」
「はい、なんでしょうか」

 しかしそれでも、藍は分からぬ振りを装う。今回の場合、「つまりこういうことですね」だのと指摘してみせる方が、かえって主に恥をかかせることになると思っているからだ。「べ、別にそんなこと考えてないし!」とか意地を張ってしまう可能性もなくはない。だから、本人の口から言ってもらった方がいいと判断した。
 そんな式の思惑を理解しているのかどうか、紫はますます焦れた風に問いかけてくる。

「いや……分かるでしょ、ね?」
「そう仰いましても……私には見当も、はい」

 空っとぼけた口調で言ってみせると、紫は薄らと頬を染めてかすかに目をそらした。

「最近少しは成長してきたかと思ったけど、あなたもまだまだのようね」
「未熟な式で申し訳ございません、平にご容赦を」

 平伏しながら薄眼でちらりと見上げてみると、紫はいよいよ耐え切れない風に唇をむずむずさせていた。

「まあ、いいわ」

 ため息一つついて、人差し指を立ててみせる。

「つまるところ、時代の変遷に関わらず変わらぬ価値観もあるということよ。ううん、時代だけではないわ。人種、性別、世代、年齢……ありとあらゆるものを越えて不変の価値というものは確かに存在するの。それは人間妖怪という種族の違いすら超越するのよ」
「なるほど。それで、それが枕草子とどう繋がるのですか?」
「……枕草子が著されたのは平安時代中期……今からおよそ1000年ほど前の時代よ。にも関わらず、『うつくしきもの』は、今を生きる私たちと何ら変わりない感性に基づいて描かれている。小さきものやか弱いものを愛し、慈しむ心……そう、つまり!」

 ぐっ、と拳を固めて鼻息も荒く、

「かわいいは正義、ということよ!」

 片膝立てて力強く宣言する紫に、藍は「おー」と惜しみのない拍手を送る。紫は少々気恥ずかしげに居住まいを正し、こほんと一つ咳払いをした。

「これで、分かっていただけたかしら」
「はい、もちろんです」
「そう。では言ってご覧なさい」
「かわいいは正義……つまり正義は橙にあるから二人で愛でようという」
「違うわ!」

 紫が音高く畳を叩く。藍は大げさに驚いた。

「ええっ、違うのですか!? わたしはてっきり橙のことかと」
「誰も猫の話はしてないでしょう」
「しかしかわいいと言われて真っ先に思い浮かぶのは橙のことでして」
「いや、それはいいから。あなたの猫狂いについて聞きたいわけじゃあ……ああ、そういえば」

 ふと、紫が思い出したように言った。

「橙と聞いて思い出したけど、そろそろあなたたちの記念日じゃなかったかしら」
「覚えていて下さったのですか」
「当たり前じゃない。お祝いはするつもりなのよね?」
「はい、もちろん。いつもよりも豪華な食事と、ちょっとした贈り物をするつもりです」
「そう、いいことね」

 穏やかに目を細める紫につられて、藍もついつい微笑んでしまう。
 記念日、というのは、藍と橙が出会った日のことである。元々野生の猫だった橙は自分が生まれた日を覚えていなかったので、「それじゃあ私と橙が出会った日を誕生日のように祝うことにしよう」と取り決めてあるのだ。
 まるで人間のような習慣だが、藍がこういうお祝いをするのは主である紫の影響だ。藍自身、子供の頃から「二人が出会った記念日」のお祝いを毎年楽しみにしていたので、橙にも同じことをしてあげようと思いたったわけだ。
 紫はこういうことはかなり細かく覚えている方で、親交のある者たちとの記念日などには、必ずと言っていいほど何らかのお祝いをする。幽々子や萃香など特別親しい者たちに対してはそういう意図を明かしているが、それほどでもない者たちに対しては、記念日だということは秘密にしておいて、その都度口実をつけて贈り物をしたり、いつもの如く胡散臭い風を装って一緒にお酒を飲んだりするのである。

「幽々子たちならともかく、あまり親しくない人たちに対しては押しつけがましくなりそうだもの。かと言って何もしないとすぐに忘れてしまいそうだしね」

 いつだか、冗談めかして言っていたのを覚えている。

「それで、どんな贈り物をするつもりなのかしら?」
「それは秘密です」
「あらあら。まさかとは思うけど、勉強道具一式、とかじゃないでしょうね?」
「そんな雰囲気の読めないことはしませんよ」

 からかうような紫の言葉に、藍は苦笑しながら答える。
 実際にはよそ行きの服を贈るつもりで、もう用意も出来ている。藍の美意識と数学的な知識を最大限に活かして手ずから作り上げた、見た目麗しくなおかつ動きやすく、吸湿性抜群でいて可愛らしい服である。あれを着た橙はこの世のものとも思えない可愛らしさだろうなあうふふ。

「……藍? らーん?」

 呼びかけられてはっとすると、紫が呆れ顔でこちらを覗き込んでいた。

「なにニヤニヤ笑ってるの」
「いえあの、別に私は……」
「しょうがない子ねえ。まあいいけど。それで」

 紫はあっさり話を戻す。

「私の言いたいこと、まだ分からないかしら?」
「申し訳ございません」

 藍はなおもとぼけた。紫が苛立たしげに親指の爪を噛む。それからため息混じりに切り出した。

「藍。私も妖怪の賢者なんて呼ばれるようになって、ずいぶん長くなるわ」
「そうですね」
「そういう立場もあるから、多少は意識して振舞ってきたつもりよ。こう、なんていうか、威厳とか恐ろしさとか、そういうものが滲み出るような感じに、ね」
「よく分かります」
「でもね、妖怪の賢者である以前に、私も一人の妖怪……ううん、女なのよ。もっと言うなら少女なの。女の子なの。世間では私のことババァとか年寄りとか言う奴もいるし実際私も多少そうかなーなんて思わないでもないんだけど、とにかく、心は永遠の少女なのよ。分かる?」
「ええ、まあ」
「そういったことを踏まえて、ね」

 紫はどことなく気まずげに身じろぎする。

「……私にも、やっぱりそういう感性はあるの。その……かわいいは正義、っていうか。ちっちゃい子供とか見ると心が和むし、可愛いものを見ると胸がときめかずにはいられない生き物なの」
「そうでしょうね」
「だから、ね」

 紫はもじもじしながら空間に裂け目を作り、その向こう側から何かを取り出した。
 その薄っぺらい紙を胸元に引き寄せて躊躇うように数秒ほど目を閉じたあと、おずおずと差し出してくる。

「……ここ、行ってみたいんだけど……」

 やっぱりこれだったか、と心の中で嘆息しながら、藍は紫の差し出した紙……幻想郷の一部である意味有名な、「文々。新聞」に目を落とす。それはおよそ2週間ほど前の号で、こんな見出しが躍っている。

 ――人里に『かわいいもの専門店』がオープン!

 このたび人間の里の一角にて、「ファンシーショップ」なる店舗が営業を開始した。耳慣れない店名であるが、店主が外の世界について伝え聞いた話からヒントを得て開業したものらしい。この店は幻想郷に存在するありとあらゆる「かわいいもの」を網羅しているとかで、服やアクセサリなどはもちろん、有名な妖怪が手ずから作った手芸品や小物、ぬいぐるみや人形なども扱っているのだとか。かわいければなんでもよし、がコンセプトであるとのこと。
 この記事を読んだとき、藍などは「またえらく奇抜な店がオープンしたものだなあ」とぼんやり考えた程度だった。しかし、紫の言うとおり「かわいいもの」が好きなのは人妖問わずらしく、「こんな店を待っていた!」と言わんばかりに、開店早々幻想郷中の少女たちが殺到しているそうな。絶えず乱れ飛ぶ黄色い声が、男はもちろん年配の人妖もおいそれとは近寄れない華やかで若々しい雰囲気を形成しているらしい。
 ちなみに新聞には写真も記載されていて、そこには「全身をリボンで飾り立てられて真っ赤になっている犬走椛」やら、「子供にかんざしを差し出されて困っている藤原妹紅」やら、「罰ゲームか何かでお姫様のようなドレスを着せられているリグル・ナイトバグ」などが写し出されている。少女たちに大人気、というのは嘘ではないようだ。そんな店に、紫が行ってみたいと言い出したわけだ。いや、行きたがっていること自体は藍も分かっていたのである。なにせこの記事を読んで以来、紫がそわそわしっぱなしだったので。
 藍は一つ頷いて、深々と頭を下げた。

「分かりました。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「ちょっ、待っ……」

 紫が焦って手を伸ばしてくる。藍は顔を上げて、いかにも不思議そうに首を傾げた。

「おや、どうかなさいましたか、紫様」
「いや、あのぅ……」

 紫は伸ばした手を胸元に引き寄せてあちらこちらへと視線を彷徨わせたあと、怯えたように問いかけてきた。

「……いいの?」
「いいの、と仰られましても」

 藍は眉をひそめる。

「私は式で紫様は主。私ごときが紫様の行動をお咎めすることなど出来ようはずもありませんし、そもそも引き止める理由がありません。どうぞ、『ファンシーショップ』をご堪能してきてくださいませ」

 再び平伏。紫は何か言いたげにそんな式を数秒間ほども見つめたあと、おもむろに縁側の方に歩いて行った。すっと障子を引き開けた先の柔らかい日差しに目を細め、上機嫌に振り返ってみせる。

「いい天気ね、藍」
「そうですね」
「こんなにいい天気だもの、久し振りに二人きりで出かけ」
「紫様」

 失礼なことだとは知りつつ、藍はため息交じりに紫の言葉を遮った。主がびくりと肩を震わせる。

「な、なに?」
「……私と二人で行った方が、多分、キツイですよ?」

 式神まで連れて気合たっぷりにかわいいもの専門店に行く大妖怪ってどうよ、と言外に言っているわけである。
 紫の頬が引きつった。非難がましく藍を見つめ、拗ねたように目をそらす。

「やっぱり分かってたんじゃない。そりゃそうよね、あなたは私の趣味をよく知ってるはずだもの」
「それはまあ、知ってますし分かりますけど。分かるからこそ、その……」
「何よ!」

 藍が言い淀んでいると、紫がヤケクソ気味な口調で叫びだした。

「はっきり言えばいいでしょ、『お前みたいなババァがそんな店ではしゃいでいいわけねーだろ』って!」
「いや、そこまでは思ってませんけど」
「ふん、だ。いいもんいいもん、どうせわたしなんてババァだもん」

 ぷりぷり怒りながら、部屋の隅にしゃがみこんで畳を指で弄り出す。この上なく子供っぽい主のいじけ具合に、藍は深々と肩を落とすのだった。

 先ほどやたらと長い前置きの末に告白したとおり、紫はかわいいものが好きである。好きと言うよりは大好きだ。大好きどころか愛していると言っても過言ではない。その上センスが少女趣味ど真ん中だ。そのあまりの少女趣味っぷりには、日々人形を弄り回しているアリスですらドン引きせざるを得ないであろう。
 たとえば初めて霊夢と会ったときの紫の服装が、主の少女趣味を語る上でこの上なくいい例になる。藍は知っている。あれでも主はずいぶん抑えたつもりだったのだ、と。
 紫は紫を基調とした服を着ていることが多いが、その実一番好きな服の色はピンクである。ピンク。なんておぞましい色だろう。幸いなことに主にも自覚はあるようで、人前でそんな色の服を着用したことは今まで一度もない。
 しかし家の中では別である。誰も……最近までは藍ですら知らなかったことだが、八雲邸には秘密の地下室がある。主の能力を無駄にフル活用して形成された、広大な空間である。ここには紫が世界中から収集したありとあらゆる「かわいいもの」が所狭しと収められている。特にお気に入りなのはぬいぐるみらしく、その数は千や万を下らない。正直言って数えるのも馬鹿らしくなるほどの数である。
 地下室はこれも紫の趣味らしく、全面がピンクやクリーム色などの可愛らしいカラーで彩られている。そんな配色の部屋が丸っこいもふもふした可愛らしいぬいぐるみで埋め尽くされ、その中央ではお気に入りのピンクのフリフリドレスを着てご満悦な紫が陶然とした表情でうふふと微笑んでいるのである。人に見られたら自殺しかねない光景だ。
 だがそんな光景を、藍は以前偶然にも目撃してしまった。ふとしたきっかけで地下室への入口を発見し、これは一体何なんだとドキドキしながら長い螺旋階段を下りた先、扉を開けた瞬間主とばっちり目が合ったのだ。大好きな可愛いぬいぐるみに囲まれて油断していたのか、紫は藍の接近に少しも気づかなかったらしい。そんなわけで悲劇が起きたのである。
 二人は硬直したまま見つめ合い、ほとんど同時に悲鳴を上げた。あれ程壮絶な主の悲鳴を聞いたのは藍にしても初めてだったが、残念ながらそのときの彼女には感慨に耽る余裕は全くなかった。あまりの事態に脳の神経が焼き切れる寸前だったのである。無論ずっと紫のそばで暮らしてきた藍だからこそ何とか一命を取り留めることができたのであって、これが他の者だったら一瞬で絶命していたことは想像に難くない。
 この日藍が目にしたことは、二人だけの秘密となった。あんなリーサルウェポンの存在を知ったら山の天狗辺りが何を企むか知れたものではないから、当然の措置である。
 とまあこのように、紫は幻想郷でも類を見ないほどのかわいいもの好きなのだ。誰よりも「うふふ」な趣味の持ち主なのである。だからと言って、「紫ちゃんうふふ」などと口走ってはいけない。そんな忌まわしきカースワードを口に出そうものなら、飛行石握り締めて「バルス」と呟いたときと同程度の大惨事が幻想郷を蹂躙するであろうことは間違いない。
 だからこそ、紫は極限まで自制して、自分の本性をひた隠しにしている。今まで誰にもこの趣味がばれていないのは、大妖怪らしい凄まじいまでの精神力の賜物なのである。八雲紫はこんなところでも幻想郷を守っているのだ。



「紫様」

 ずっと放置しておくわけにもいかないので、藍は未だに部屋の隅でいじけている紫におそるおそる声をかけた。

「別に、そんなに気にしなくてもいいじゃないですか。『珍しい店が出来たみたいだからちょっと覗いてみようかしら』みたいな感じで、気軽に行ってくれば」
「そんなの無理よ」

 藍に背を向けたまま、紫が小さく鼻を啜りあげる。

「だって、かわいいもの専門店よ? 店中がぬいぐるみちゃんとかお人形さんとかで埋め尽くされてるのよ? そんなところに行ったが最後、わたしは間違いなく理性のタガを吹き飛ばしてうふふな人と化してしまうわ」
「そこまで深刻ですかこの話は。大体、それだったらわたしがついていっても特に変わりないんじゃ」
「あなたにはわたしが本性を曝け出してしまう前に止めを刺す役を頼みたいのよ」
「深刻すぎますよ!?」
「わたしだって似合わない趣味持ってるって自覚ぐらいはあるのよ。これを誰かに知られるぐらいなら死んだ方がましだわ」

 小さくなった紫の背中には、分不相応な願望を持っている者特有の、切ない雰囲気が漂っている。無礼なことと知りつつも、藍は主を哀れに思った。
 別に、紫の外見が悪いというわけではないのだ。悪いどころか絶世の美女と言ってもいいし、彼女ぐらいになると自分の外見を幼い少女のように変化させることなど朝飯前である。だから一見、紫とかわいいもの、という組み合わせは特に無理のないものに思える。
 しかし、駄目なのだ。
 八雲紫は言うまでもなく大妖怪であり、幻想郷の創始者とも言える妖怪の賢者たちの中の一人でもある。本人もそういった自覚を持って長いこと生きてきたせいか、紫自身にはどうしようもできないぐらいに、大物っぽい立ち振る舞いが骨の髄まで身についてしまっている。
 要するに、たとえ五歳ぐらいの外見に変化しようとも、「あ、こいつはただ者じゃないな」「外見通りの年齢じゃないな」「むしろババァだな」と誰もが思ってしまうのである。主に挙動とか口調とか、その辺のせいで。
 だから、紫と可愛いものの二者は、どうやっても相容れない。彼女たちを無理なく同時に存在させることは、水と油を混ぜるよりもずっと難しいのである。
 そうと知りつつ、しかし今気落ちしている紫をそのままにしておくわけにはいかなかった。

(そうだ、くじけるな八雲藍! 紫様の式として、ここが踏ん張りどころだぞ……!)

 藍は自分を励ましながら、頬の筋肉に力を込め、無理矢理ぎこちない笑いを作った。

「そ、そんなことないんじゃないですかね!」
「なにが?」
「いや、思いきって本当の自分を曝け出してみれば、案外それが似合ってて皆さんも受け入れてくれなくもないんじゃないかなー、なんて」
「へえ、そう」

 紫は肩越しに振り返り、恨みがましい視線を藍に送ってきた。そのあまりの迫力に、藍は思わず一歩身を引いてしまう。

「本当にそう思うのかしら?」
「え、ええ、もちろんです!」
「じゃあ想像してみなさいな」
「え、何を?」
「わたしが『ファンシーショップ』ではしゃいでるところを」

 藍は数回目を瞬いたあと、腕を組んで瞼を閉じ、暗闇の中にその場面を思い描いてみた。

『キャー、見て見て藍、このぬいぐるみちゃんったらとってもラブリー! ふわふわのもこもこー! あ、あっちのお人形さんもとってもかわいーっ! お目目クリクリー! いやんもう、どの子を買ってあげようかしら、うふふふ、ゆかりん迷っちゃうー!』

 藍は額を押さえて何度か頭を振った。ふらふらと縁側に歩み寄り、開け放された障子に手をかけ、喘ぐように幾度も幾度も呼吸を繰り返す。しばらくしてぴったりと障子を閉め、紫の前に戻って問いかけた。

「紫様。火鉢を出してもよろしいでしょうか」
「そこまで言わなくてもいいんじゃない!?」
「申し訳ございません!」

 涙目で立ち上がった紫の前で、藍はぶるぶる震えながら平伏した。

「ですが、この試練は今の私にはとても耐えがたく……! 全ては私の修行不足によるもの、何なりと罰をお与えください!」
「誠実に謝られると余計腹立つわ! ……っていうかそんなにキツかった?」
「……ご自分で想像なさってはいかがでしょうか」
「ふむ」

 紫は一つ頷くと、目を閉じて数秒ほど黙考する。
 そしてゆっくり目を開き、無言のまま隙間を開くと、おもむろに火鉢を取り出したのだった。



「ようやく暖まってきましたね」
「そうね。おぉ、寒い寒い」

 主と式、二人揃って火鉢に手をかざしながら、ぶるぶると体を震わせる。

「まさか五月の半ばに家の中で凍える羽目になるとは思わなかったわ」
「ええ本当に。世の中何が起きるか分かりませんね」

 しみじみ呟きあったあと、紫が深く肩を落とす。

「やっぱり駄目ね。あの桃源郷は私みたいなのが行っていい場所じゃなかったんだわ」
「そんな。どうかお気を落とさないでください、紫様」
「いいのよ藍。どうせババァだもんわたし。食っちゃ寝して尻をぼりぼり掻いてるのがお似合いなんだわ。弾幕ごっこのあとはこれ見よがしに肩に湿布でも貼ってみようかしら」
「ステレオタイプなババァ像に逃げるのはお止め下さい。大丈夫です、私にいい考えがありますから」
「いい考え?」
「はい。私ではなくて幽々子様とご一緒なさってはいかがでしょうか」
「幽々子!? 駄目駄目、絶対駄目よ!」

 紫は物凄い勢いで首を横に振った。

「幽々子とは俳句やら茶道やらのわびさび的な渋い趣味を楽しむ仲なのよ!? かわいいもの好きなんて嗜好とはギャップがありすぎるわよ! 幽々子に『うわぁ』なんて目で見られたらもう外に出られないわ私!」

 夢中になって捲し立てる紫に、藍は深々と頷いた。

「そうでしょうね。いかにご親友であらせられる幽々子様と言えど、紫様の本物のご趣味を知って全く動揺しないなどということはあり得ないでしょう」
「そうでしょう? だから」
「だから、いいんじゃあないですか」

 藍がにやりと笑うと、紫が怪訝そうに眉をひそめた。

「どういうこと?」
「つまりですね、紫様にとって幽々子様は、世界で一番この趣味がばれてはならない人物なわけです」
「まあ、そうね」
「私が同行する場合に危険なのはそこです。何せ私は紫様のご趣味を知っていますから、紫様だって私の前ではつい気を緩めてしてしまうかもしれません」
「……つまり、幽々子と一緒にいることで心の底まで緊張しろと。そういうことね?」
「そういうことです。自分の足で店の中を見て回りたい、しかし他人に本性をばらしたくない……となれば結局は極力自制するしかありません。そして自制には緊張が欠かせません。だからこそ、あえて」
「言いたいことは分かったわ」

 紫は少しの間迷うように目を閉じていたが、やがて深く息を吐きだして言った。

「そうね。あなたの言うとおりかもしれない。ここはひとつ、幽々子を誘って行ってみましょうか」
「よくぞご決断なさいました、さすが紫様です」
「……でもよく考えたら、幽々子と二人で行ってもやっぱりキツイんじゃないかしら」
「いえいえ、お互い親友である幽々子様と紫様のお二人でしたら、いかにも興味本位の冷やかしという感じに見えますよ、多分」
「そんなものかしら」

 紫は少々納得がいかない風だったが、ともかくもそうと決まれば善は急げ、気力が萎えない内に出発である。
 そうして家から出る直前、藍は少し気になって聞いてみた。

「それにしても、今回はずいぶんとこだわられますね」
「何が?」
「いえ。紫様でしたら直接足を運ばずとも、隙間越しにこっそり店内を眺めるとか、そういう楽しみ方があるのではないかと」
「まあ、確かにね。でも、その」

 ちょっとだけ躊躇うような間のあとに、

「今回は、特別だから」

 そう言った紫の顔は少し赤くなっていた気がしたが、主の背後にいた藍にはよく見えなかったのだった。



 五月も半ばのこの時期、白玉楼に至る長い石段は、穏やかな風に吹き散らされる桜の花びらに薄らと覆われている。今を盛りと咲き誇る薄桃色の花の下を、紫と藍はゆっくりと飛んだ。気合いを入れて家を出たものの、やはりどこか気後れするところがあるらしく、紫の飛び方はどこか硬い感じがした。かと言って「大丈夫ですか」などと声をかけるのも躊躇われたので、藍は少々焦れながらも黙って主の後ろを飛んでいる。
 やがて、石段の向こうに白玉楼の門が見えてきた。と思った途端、紫が空中でぴたりと制止する。

「どうなさいましたか」
「……やっぱり帰ろうかしら」

 どうやらまた弱気がぶり返してきたらしい。藍は内心ため息を吐く。

「大丈夫ですよ、必ず上手くいきます」
「でもねえ、やっぱりほら、私って年寄りだし……こういうのって年甲斐もなくてみっともないっていうか」
「年齢や性別に関わらず、かわいいは正義だって仰ったのは紫様じゃないですか」
「そうだけど……でも……」

 明らかに尻ごみしている紫に「とりあえず私が挨拶してきますので、紫様はここでお待ちください」と言い置いて、藍は門に向かっていった。近づいてみると、門の前に見知った顔が立っているのが分かった。白玉楼専属の庭師、魂魄妖夢である。掃除中らしく、いつものように生真面目な顔で、箒を左右に動かしている。

「こんにちは、妖夢」
「へ? あ、ああ、藍様でしたか。こ、こんにちは」

 何やらやたらとどもりながら、妖夢が挨拶を返してきた。何か様子がおかしいな、と藍は眉をひそめる。近づいてみて分かったことだが、どうも全体的に動きがぎこちないような気がする。妖夢とて庭師をやっていて長いのだし、今更掃除などで緊張するはずもないのだが。

(む……)

 ふと、藍は気がついた。妖夢のカチューシャが、いつもと違う。色は黒だから以前と変わりないが、見た感じ滑らかで、上品な光沢のある生地なのだ。それにデザインも少し違っていて、カチューシャの端には同じ生地で作られていると思しき白い花のワンポイントが添えてある。

(ほう)

 藍は頬を綻ばせた。どうやらこのカチューシャ、妖夢なりのお洒落らしい。他の装いはいつもと全く変わっておらず、変化としては少々地味だ。しかし今までの妖夢がそういったことに無頓着だったことを考えると、かなりの大冒険と言えるかもしれない。
 何より微笑ましい気分にさせてくれるのは、妖夢の仕草である。ぎこちない口調で世間話をしながら、ほんのり頬を染めてちらちらと藍の顔を窺ってくるのだ。明らかに、いつもと違う自分が他人からどう見えているのかを気にしている様子だった。

(なんとも、可愛らしいじゃあないか)

 そうと知っては無視は出来ない。藍は世間話の途中で、何気なく言った。

「ところで、妖夢」
「は、はい?」
「カチューシャ、変えたんだね。よく似合っているよ」

 褒め言葉としては少々直接的すぎるが、彼女に対してはこのぐらい分かりやすい方がいいだろうと思った。案の定、妖夢はますます顔を赤くして、さらにせわしなく箒を動かし始めた。

「あ、ありがとうございます。へ、変じゃありませんか?」
「まさか。なかなかいいセンスだと思うよ」
「いえそんな、みんなには地味だって言われて……でもわたしはこれがいいと思ったので……」

 もごもごと口ごもりながら妖夢が語ったところによると、このカチューシャ、例の「ファンシーショップ」で購入したものらしい。人里で買物をしている途中、騒霊の三姉妹に誘われて入店し、あまりに馴染みのない世界に圧倒されつつも自分の意思で選んだのだそうだ。
 実際なかなか気に入っているらしく、それを褒められたためか妖夢はすっかり上機嫌になったようだった。自分で気付いているのか否か、時折花に手を触れては、嬉しそうに頬を綻ばせる。

「お店の方が仰るには、これ、最近有名なデザイナーさんの作品なんだそうですよ。なんだったかな、フラワー……カザミィ……とかっていう。えへへ、買ったとき凄く恥ずかしかったものですから、忘れてしまいました。駄目ですねこれじゃ」

 箒をぎゅっと握り締めながら、妖夢が照れ笑いを浮かべる。見ているこっちまで幸せになってくるような照れ具合だ。普段の生真面目な妖夢をよく知っているからこそ、尚更可愛らしく思えるのかもしれない。
 そうやっていい感じに和んでいたとき、ふと妖夢が不思議そうに首を傾げた。

「ところで……紫様は何をなさっているんですか?」
「え?」

 妖夢の視線を辿って振り返ってみると、いつの間にやら背後に来ていた紫が「はー、どっこいしょ」とか言いながら隙間に足をかけているところだった。

「ちょ、ちょっと! 何をなさってるんですか紫様!?」
「ん。いや、帰ろうと思って。やっぱりほら、私ババァだから。若い人には敵いませんから。家帰って寝っ転がって尻ぼりぼり掻きながら煎餅かじってワイドショー見てげらげら笑うことにするわ」
「だからステレオタイプなババァ像に逃げるのはお止め下さいってば!」
「あ、あの……?」
「ああ妖夢、はははは、いや別になんでもないんだよ。とりあえずお邪魔させてもらうが幽々子様はいらっしゃるね?」
「はぁ。もちろんいらっしゃいますけど、一体」
「そうかそうかそれは良かった、それじゃあお邪魔させてもらうよ! さあ早く参りましょう紫様!」

 藍は紫の襟首をひっつかむと、ぽかんとしている妖夢を門前に残して猛然と白玉楼の中に走り込んだ。
 前庭で誰もいないことを確認して立ち止まり、ぜいぜいと息をしながら叫ぶ。

「何やってんですかもう!」
「だって……なんだか、現実を見せつけられた気がして」

 どんよりした虚ろな目で、紫が言う。

「見たでしょう、あの妖夢の初々しい可愛らしさ。私には千年かかっても出せないわあの雰囲気。ふふ、それどころか年を取れば取るほどますます遠ざかっていくわねきっと」
「いやいやそんなことは」
「じゃあ私がさっきの妖夢と同じことして可愛く見えると思う?」
「今日はいい天気ですね」
「あからさまに話をそらさない!」
「と、ともかくです」

 ごほん、と一つ咳払いをして、藍は強引に話を変える。

「これはチャンスですよ紫様」
「え、なにが?」
「ほら、妖夢がファンシーショップに行ったことは幽々子様も知っていらっしゃるはずですし、これで『わたしたちもちょっと行ってみない?』みたいな感じで誘いやすくなりましたよ」
「そ、そっか。そうね、うん。よし、頑張って誘わないと」

 胸の前で両手を握り、紫は気合いを入れ直す。少々空回り気味に見える主の姿に、藍は一抹の不安を感じた。



 来訪を告げると、幽々子は紫を誘って縁側に腰掛け、妖夢にお茶と茶菓子の団子を用意させた。藍は彼女らの背後に控え、紫を見守ることにする。
 一礼して歩き去る妖夢を見送りながら、幽々子が嬉しそうに目を細めた。

「本当にねえ、あの妖夢がねえ」

 ずずーっとお茶を啜りながら、ほう、と息を吐く。

「今までお洒落になんか少しも興味を示さなかったのに。今日はあんな風にそわそわしっ放しなのよ」
「幽々子は褒めてあげたの?」
「ええ、もちろん。とっても可愛いわよーって。でも、わたしが言ってもからかってるとしか思ってくれないものね。だから藍に褒められてようやく安心出来たみたいよ、あの子。ありがとうね」
「いえ、勿体ないお言葉です」
「でも、本当」

 幽々子は困ったように笑う。

「あんなちょっとしたお洒落でもドキドキするものなのね。妖夢もやっぱり女の子だったってことかしら」
「そうね。女の子だものね。可愛いのが好きなのは当たり前だし、自分に似合ってるかどうかっていうのも気になって当然なのよ、うん」
「……? 紫、なんだか妙に気合いが入ってない?」
「ん、ううん、別に、そんなことないけど?」

 紫は露骨に顔を背けてお茶を啜り、ゲホゲホとむせた。何やってんですかもう、と藍は頭を抱えたくなる。
 幸い幽々子はそれ以上追及することなく、たおやかに微笑んでみせた。

「でも本当、嬉しいわ。あの子は昔から妖忌の背中ばかり見てきたから、他のところには少しも目を向けてくれなくて。別に剣の道を往くのが悪いとは言わないけれど、最初から最後までそれしか見ないっていうのは勿体ないものね。これをきっかけに、少しは女の子らしいことにも興味を持ってくれればいいのだけれど」
「そうね。女の子なら誰でもかわいいものに興味を持つべきだわ」
「それはちょっと大げさかもしれないけど……うん、でも妖夢にはいい経験だと思うの、こういうのも。あのお店……『ファンシーショップ』だったかしら? なかなか面白いものが出来たものよねえ」

 しみじみとした幽々子の声を聞いて、ここだ、と藍は直感する。紫もそう思ったようで、一瞬交錯した主の瞳には獲物を狙う狼の如き光が宿っていた。敵は喉笛を見せた、後は食い破るのみ……!

「あのね、幽々子……!」
「でもねえ」

 紫の声を遮るように、幽々子が苦笑する。

「あのお店、わたしたちみたいなお年寄りには、ちょっと辛い場所よねえ」
「……はい?」
「少し前妖夢と一緒に人里に行ったとき、あのお店の前通りかかったんだけど……もうね、なんだか雰囲気が凄いのね。華やかっていうか若々しいっていうか……あまりの若さに、近くにいるだけで疲れちゃいそうなぐらい。ふふ、妖夢も『わたしのような武骨者には、あのような場所の魅力はさっぱり分かりません』なんて言ってたけど、あの子案外あのときから気になってたのかもしれないわねえ。誘ってくれた騒霊の子たちにも感謝しなくちゃ」
「えと、あの、幽々子……」
「でもわたしは無理ね。あのお店は生気に溢れているというか、ちょっと落ち着きがなさすぎるのよ。遠目で見るぐらいならまだしも、中に入るのはちょっとね……それよりもお向かいにあるお団子屋さんで店番のお婆さんと世間話でもしながらお茶を啜ってる方が楽しいわ、きっと」
「……」
「まあ若い人たちには若い人たちなりの、お年寄りにはお年寄りの楽しみがあるってことで……ところで紫?」

 散々好きに喋り倒したあとで、幽々子はふと首を傾げた。

「さっき、何か言いかけてた気がするんだけど……なに?」
「え? ああ、ええと」

 ぼんやりしていた紫が、数秒ほどの間を置いて、

「……お茶のお代わり、いただいてもよろしいかしら」



 その後も紫はめげずに何度か話を切り出そうとしたようだったが、残念ながら一度崩れた調子を取り戻すのは出来ず、結局6杯もお茶をお代わりした挙句にただ黙って帰るだけの結果に終わってしまった。

「……私って駄目な妖怪ね」
「紫様、そう気を落とされずに……」

 トボトボと白玉楼前の石段を下りる紫に寄り添って、藍は何とか主をなだめようとする。しかし今の紫はどん底まで気落ちしているらしく、どんな慰めの言葉もそのどんよりとした泥沼のごとき空気の中にずぶずぶと沈みこんでいくばかりである。
 失敗したな、と藍は内心ため息を吐いた。紫には話していなかったが、多少期待していたのである。ひょっとしたら、幽々子ならば今回のことをきっかけに紫の趣味を理解し、ある程度話を合わせてくれるのではないか、と。
 だというのに、結果はさっきの通りだ。まさか幽々子があそこまで落ち着いているとは思いもしなかった。
 いや、もちろん彼女ならば主の趣味も理解してくれるに違いないという認識は変わっていないが、ああも露骨に「わたしたちってお年寄りよね」と同意を求められた以上、もはや紫の方から自分の少女趣味を明かすのは不可能と言ってもいいだろう。いくら親友相手でも、否、親友相手だからこそ、今更そうするのは罰が悪すぎる。
 どうしたものか、と藍が必死に考えていると、不意に紫が吹っ切れたような声で言った。

「帰りましょうか」
「え、ですが」
「いいのよ、気にしなくて」

 戸惑う藍を気遣うように、紫が寂しげな苦笑を見せる。

「本当、幽々子の言うとおりね。若い人には若い人の、年寄りには年寄りの世界があるんだもの。わたしは年寄りも年寄りの大妖怪、あんな場所で若い子たちと一緒になって騒いじゃいけないわよね」

 舞い散る桜の花びらの中を、後ろ手を組んでゆっくりと歩いていく紫の背中は、どこかいつもよりもか弱く儚げで、小さく見える。
 締め付けられるような痛みを覚えて、藍はぎゅっと胸を手で押さえた。
 藍とて、別に主の行動を咎めているわけではないのだ。だからこそ幽々子と一緒に行ってはどうかと提案したのだし、白玉楼まで一緒についてもきたのである。まあさすがにピンクのフリフリドレスはどうよと思わないでもないが、大好きなかわいいものに囲まれて、思う存分買い物を楽しむぐらいは許されてもいいのではなかろうか。
 だと言うのに、大妖怪であるという自覚や自分は年寄りだという意識がそれを許さない。実際紫があんな店に足を踏み入れたらちょっとした騒ぎになりそうではあるし、本人の言うとおり理性のタガが外れて「うふふな人」と化してしまうのはさすがに問題だ。
 だからと言って、こんな風に狂おしいまでにかわいいものを求めている主に「お前はババァだから諦めろ」と言うのは、残酷すぎるのではないだろうか。紫だって好き好んで大妖怪になったわけでもなければ、歳を喰ったわけでもないのだ。
 それなのに、「私はババァだから」と自分の中にある少女の部分を殺してしまうのでは、あまりにも――

「紫様」

 気づくと、藍は静かだが力の篭った声を発していた。先を歩いていた紫が、驚いたように振り返る。

「どうしたの、藍」
「参りましょう」

 手を差し出す。紫はすぐにこちらの意図を察したらしく、戸惑ったように、そして同時に怯えたように胸元に手を引き寄せた。

「でも藍。私は」
「年寄りだからなんですか。大妖怪だからなんですか。そんなことはどうでもいいことです。かわいいものが好きなのでしょう? 愛しているのでしょう? でしたら、今日だけは自分のお気持ちに素直になって下さい。私もお供いたしますから」
「……二人で行った方がキツイって、さっき言ってたじゃない」
「それはまあ、今でもそう思いますが……私とて紫様の式、主一人に恥をかかせるわけには参りません」

 そもそも、「二人で行った方がキツイ」という言葉自体が半分方便のようなものだ。藍としては、紫には式である自分よりも親友である幽々子と一緒にかわいいものショッピングを楽しんでほしかったから、そう言ったのである。
 その目論見が外れしまった以上、自分が覚悟を決めるのは当然のことなのだ。
 そのような決意を秘めて、藍はじっと紫の顔を見据える。

「さあ、参りましょう紫様。何も恐れることはございません」
「だけど」

 紫は差しだされた藍の手を見つめて、まだ躊躇っている様子だった。ここまで怯えきった主の姿を見るのは、藍にとってもほとんど初めてのことである。自分は年寄りだ、似合わないことをしている、という意識はそれほどまでに強いものらしい。
 しかしこうなった以上、藍としても引くことはできない。なんとしてでも紫にかわいいものショッピングを堪能してもらわなければならない。

(どうする……! どうしたら、紫様に最後の一歩を踏み出してもらえるのか……!)

 藍は鍛え上げられた頭脳を極限まで研ぎ澄まし、必死にこの難題の解を追い求めた。
 そして、数刻前に聞いたある言葉に行き当たる。

「……わたしにはよく分かりませんが」

 そう前置いて、慎重に問いかける。

「何か、特別な事情がおありなのでしょう? だからこそ、こんなにもこだわっていらっしゃるのでしょう?」

 紫の目が大きく見開かれる。藍の推測は当たっていたらしい。

「特別な……そう。そうだったわ。今日は、特別な日だもの……」

 紫は熱に浮かされたように呟きながら、立ち並ぶ桜の木々を見上げた。見計らったように強い風が吹き、藍の視界を薄桃色の花弁が覆い隠す。
 桜吹雪は一息の後に去り、再び視界が晴れた先にはいつも以上に怜悧な眼差しの紫が厳かに佇んでいる。

「藍」
「はっ」

 静かな声で呼びかけられて、藍は即座に片膝を突く。
 そんな式をじっと見下ろし、紫は気迫の篭った声で命令を下した。

「私の供を命じます。もしも私が自分を抑えきれず禁忌を発動させそうになったら……即座にこの喉を噛み千切りなさい。いいわね?」
「御意……!」

 紫は一つ頷いて、ゆっくりと手をかざす。緩やかな弧を描いたその腕が小さく震えているように見えたのは、果たして藍の見間違いだったのかどうか。
 かくして、冥界の宙に隙間が開かれた。人間の里へと続いているのであろうその空隙が、今の藍には化け物の顎か地獄への入口のように見えるのであった。



 敵陣のど真ん中に突撃するが如くの覚悟で空間の裂け目を潜った藍だったが、抜け出た先はファンシーショップとやらの店先ではなかった。どこかの民家と民家の隙間にある薄暗くて狭い路地である。当然のごとく、彼女たち以外に人影は見当たらない。

「……あれ?」

 首を傾げながら横を見ると、紫が通りの方を見据えていた。張りつめた気配がこちらにも伝わってくる、緊張しきった面持ちであった。

「……最初からファンシーショップの目の前に出るのは得策ではないわ。わたしの精神がいかなる影響を受けるのかが未知数である以上、事は慎重に運ぶべきなのよ」
「はあ。つまり心の準備をしたいということですか」
「なんでもかんでも分かりやすくすればいいというものではないのよ、藍」
「はっ、肝に命じておきます。ともかく、様子を見ながらゆっくりと接近するわけですね」
「ええ、そういうこと」

 そこまで言いかけたとき、紫ははっとして顔を上げた。主の突然の反応に驚いて藍もそれに倣うが、別段、異常は感じ取れなかった。

「どうなさいました、紫様」
「ああ……!」

 紫は熱に浮かされたような悩ましい吐息を漏らしながら、全身を細かく震わせ始めた。ぎょっとする藍の前で、胸を押さえて切なげに喘ぐ。

「ゆ、紫様?」
「ああ、藍。あなたは感じないの? この全身をとろけさせんばかりの、壮絶なファンシーオーラを……!」

 変な造語が出た。
 どうも、紫はファンシーショップの華やかな雰囲気を敏感に感じ取っているらしい。藍は少々頬を引きつらせながらも、我慢して主に問いかけた。

「ふぁ、ファンシーオーラ、ですか?」
「ええ、そうよ。ああ、なんてらぶりぃな空気なのかしら……! この素晴らしき雰囲気に包まれているだけで、私はもう! ああっ!」

 己の身を抱きしめてくねくねと身悶えし始めた紫を見て、真っ先にファンシーショップの店先に飛び込まなくて本当に良かったなあ、と藍は心底から安堵した。
 そうして5分ほどくねくねしたあと、紫はようやく落ち着きを取り戻した。顎を伝う汗を拭いながら、ほう、と息を吐く。

「ふふ、こうも短時間でここまで立ち直れるなんて、私の大妖怪としての精神力の賜物よね」
「そうすね」

 投げやりに答えながら、藍は不安な心地で紫を見つめる。

「本当に大丈夫ですか紫様? その精神力、店の前まで行っても持ちますか? 増してや中に入るんですよ今回?」
「大丈夫よ藍、私だって対策は考えてきているもの」

 自信満々に呟きながら、紫は胸元から一枚の手鏡を取り出した。

「特別な呪具か何かですか?」
「いいえ、ただの手鏡よ。でもこれが、私の理性を守る上で最良の武器となるわ」
「ただの手鏡が、ですか?」
「そう。これを使った自己暗示によって自分の立場を強く心に刻みつけるの」
「具体的にはどう使われるのですか?」

 尋ねた藍の前で、紫は手鏡を持ち上げた。滑らかな鏡面を真剣な面持ちでじっと見つめながら、

「私はババァ私はババァ私はババァ私はババァ私はババァ私はババァ私はババァ……」

 自分の顔に向かって一心不乱に唱え続ける紫を見て、藍はいよいよ泣きたくなってきた。



「これで準備OK! 私はババァ!」

 爽やかな笑顔で路地から飛び出した紫に続いて、藍も肩を落としながら通りへと歩み出る。
 噂のファンシーショップは人間の里の中心、繁華街の中にある。二人が歩いていくにつれて周囲の建物に近代的なものが見え始め、それに伴って少しずつ人の姿も増えていく。中には妖怪の姿も多く見られ、大抵の者は紫と藍に気づくと慌てて目をそらしたり、露骨に不審そうな表情を浮かべたりする。「あれは八雲紫だぜ」「こんな真昼間から人間の里へ現れるなんて、いったい何を企んでるんだ?」などというひそひそ話も、藍の耳は敏感に捉えていた。
 だがさすがに、大妖怪たる八雲紫が最近話題のファンシーショップに胸を高鳴らせているなどと正確に予想している者はいないようだった。

(当たり前か)

 藍は心の中で嘆息する。そもそも自分とて、紫の少女趣味を実際に目撃していなければ絶対に信じられなかっただろうから、と。
 そうこうしている内に、弾むような明るい音楽がかすかに流れてきた。心なしか、周囲の人ごみにも、お洒落に可愛らしく着飾った少女たちの姿が目立ち始めているようである。藍は頭の中に文々。新聞の記事を思い浮かべる。そこに記されていた住所から考えると、目的の店はこの先にある交差点を左に折れたところだったはずである。
 そのとき、藍の少し前を歩いていた紫がぴたりと足を止めた。大妖怪たる八雲紫が白昼の人里に現れ、しかも唐突に足を止める。そこに何か危険な気配を感じ取ったのか、人ごみに混じっていた幾人かの妖怪たちの顔にさっと緊張が走った。
 藍は慌てて紫に駆け寄った。

「どうなさいました、紫さ」

 言いかけて、息を飲む。紫の頬が紅潮し、わずかに開いた唇の隙間からは絶え間なく短い呼気が出入りしている。額には珠のような汗がいくつか浮かんでいた。
 愕然とする藍の前で、紫は引きつった笑みを浮かべてみせる。

「心配しないで。なんともないわ」
「いやいやどこからどう見ても不味い状態ですよそれ!? そんなに厳しいですかここ!?」
「厳しいも何も」

 紫は顔から笑みを消し、代わりに眉間に皺を寄せた。

「まさか、ここまでとは予想外だったわ……! 自らも多量のファンシー線を放出し、なおかつ道行く少女たちをもここまで強力な放射源へと変貌させるとは。侮りがたし、ファンシーショップ……!」

 呟きながら、紫は顎を滴り落ちる汗を拭う。藍としてはもはや突っ込む気も起きなかった。

「ともかく、ここで立ち止まっていては人目を引きます。どこか建物の中へ避難いたしましょう」
「ええそうね、ファンシー線が建材を通過しないことを祈るとしましょ」
「あれっ、藍様?」

 藍の耳がピンと立った。できる限り動揺が外に出ないように注意しながら振り向くと、見覚えのありすぎる化け猫が、驚きの表情で人ごみの中に立ち止まっていた。

「橙……!」
「藍様、こんなところで何をなさってるんですか? 紫様もご一緒に……」

 橙は不思議そうに目を瞬きながら、とことことこちらに歩み寄ってくる。
 まずいな、と藍は思った。まさか橙がこんなところにいるとは予想外であった。式がここまで近づいたというのに感知できなかったとは。どうやら藍自身、思った以上に動揺しているようだ。
 しかし、まだ最悪の事態になったわけではない。今自分がここにいる理由や、紫の少女趣味がばれてしまったわけではないのだ。藍は特にどうということもない穏やかな笑みを繕った。

「ん。まあ、少々見回りをな。橙こそ、こんなところで何をしているんだい?」
「ええと、わたしは」
「ちぇーん! なにしてるのー?」

 人込みから誰かが高い声で呼ばわった。見るとそこに数人の少女たちが立ち止まってこちらを見ている。声を上げたのは蟲の妖怪、リグルのようであった。彼女のそばにはチルノ、大妖精、ルーミア、ミスティアもいる。少女たちは突然自分たちから離れた橙を不審そうに見ていたが、紫と藍の存在に気がつくと慌てて駆け寄ってきた。

「こんにちは、藍さん。こんなところで何してるんですか?」

 リグルが触覚を揺らしながら訪ねてくる。藍は彼女らを橙の友人としてもてなしたことがあるため、既に顔見知りである。

「いやなに、少々見回りをね。君たちこそ、ここで何を?」
「わたしたちはねー、ファンシーショップに行くところー」

 ミスティアがいつもの如く歌うような調子で答える。彼女の口から出た例の単語に、藍は頬の筋肉がぴくりと動くのを感じた。

「ふぁ、ファンシーショップ、ね」
「駄目だよミスティアちゃん、藍様みたいな偉い妖怪さんが、あの店のことなんか知ってるはずないよ」

 大妖精が控え目にミスティアの袖を引いて、説明を始めた。

「わたしたち、ちょっと前にこの先にオープンしたお店に行くんです。ファンシーショップって言って、かわいいものがたっくさん置いてある素敵なお店なんですよ」
「ほう。かわいいものが、ね」
「はい。ぬいぐるみとか人形とか。あとですね、なんと貸衣装のサービスまでやってるんですよ!」

 大妖精がどこか興奮したように目を輝かせる。藍は背後にいる紫の体がびくりと震えたのを感じた。背中を冷たい汗が滑り落ちる中、首を傾げて問いかける。

「貸衣装、と言うと」
「お姫様が着るみたいな可愛い服もたくさん売ってるんですけど、やっぱりそういうのって高いじゃないですか。だからあんまりお金のない子向けに、そういう服を貸してくれるサービスもやってるんです。お店の外までは持ち出せないんですけど、その代わり備え付けの写真機で撮った写真をその場で現像してくれるんですよ!」

 いつもは控えめな大妖精が物凄い勢いで捲し立てるので、藍は少々驚いた。同時に、新聞に載っていた写真の内の一枚を思い出す。

「そう言えば、そういう服を着たリグルの写真をどこかで見かけたような」
「す、好きでやったんじゃないんですよ!」

 リグルが頬を朱に染めて、あたふたと腕を振り回した。

「わたしはそんなの似合わないから嫌だって言ったのに、みんなが罰ゲームだから大人しく着ろって」
「いや、なかなか似合っていたと思うけどね」

 藍が何気ない口調でそう言ってやると、リグルが目を見開いて真っ赤になり、恥ずかしそうに俯いて沈黙した。その様を見ながら、藍はごくりと唾を飲み込んで問いかける。

「そ、それで、今日もそういうことをしに行くのかな? 誰が着るんだい? まさか、ちぇ」
「今日はですね、なんとチルノちゃんの番なんですよ!」

 藍の期待になど気づく素振りも見せず、大妖精が両手でチルノを示してみせる。一方、いつも馬鹿がつくほど元気な氷の妖精は、何やらつまらなそうな表情で唇を尖らせていた。

「なんであたいがそんなことしなくちゃなんないのさ」
「まだそんなこと言ってる。駄目だよー、チルノはトランプで負けたんだからー」
「そうだよ。わたしのときはあんなに大笑いしてたくせに、自分のときは着ないなんて我が侭は通らないからね!」
「だって、あんなぞろっとした服嫌なんだもん」
「そんなことないよきっと素敵な着心地だと思うしこの世のものとも思えないぐらいとっても似合うと思うよチルノちゃんハァハァ」
「大ちゃん息荒いよ!」
「なんか今日必死にチルノを負かそうとしてたよね大ちゃん」
「だねー。あの最終局面、チルノの札から最期の一枚引き抜くときは、背後にギャンブルの神が見えたよマジで」
「そーなのかー」

 きゃあきゃあと騒いでいる少女たちの前で、藍は背筋が泡立つのを感じていた。背後で不気味な沈黙を保っている紫から、レッドゾーンを軽く突破するデンジャーな気配が漂ってくる。このまま放置していたら少女たちの中に飛び込んで「はいはーい、だったら今日は代わりにゆかりんが着まーす!」だのと言い出しかねない、爆発寸前の危険極まりない雰囲気である。
 そんな絶体絶命の危機を阻止すべく、藍は声を張り上げた。

「ところで! そのトランプ遊び、内容はなんだったのかな?」

 先ほどの会話から、そのゲームの種類はおおよそ予測がついていた。
 案の定、少女たちはきょとんとして顔を見合わせ、ある者は不思議そうに、ある者は元気に、声を揃えて答えた。

「ババ抜き!」

 餓えた獣のごとく、今まさに少女たちの中にダイブしようとしていた紫の動きが、ピタリと停止した。
 振り返ることもなくそれを確認した藍は、内心安堵の息を吐きつつ穏やかな笑みを浮かべて一つ頷く。

「そうかそうか。皆仲良く遊んでいるようで、安心した。これからもうちの橙をよろしく頼むよ」

 そして願わくば次は橙に罰ゲームをやらせてあげてくれ、と考えつつ、藍はふと首を傾げた。

「しかし、貸衣装と言ってもいくらかはお金がかかるものなんじゃないのかい?」

 橙が人里に遊びに行くようになってからは小遣いぐらいは渡しているものの、さほど多い額ではなかったはずである。
 するとミスティアが得意げに胸を叩いた。

「大丈夫! これは全部わたしの奢りだから!」
「というと、まさか屋台の売上の一部を?」
「ちんちん!」

 仰々しく深々と頷く。藍は難色を示した。

「しかしね、友達同士で金銭のやり取りというのは、どうも」
「ああ、そこのところなら心配いりませんよ」

 大妖精が安心させるように言った。

「わたしたち、最近は毎日ミスティアちゃんの屋台のお手伝いをしてるんです」
「ほう。それは初耳だな」
「最近ね、新聞の影響だかなんだかで、なんかお客さん凄い増えててねー。屋台の外にも席作らなきゃいけないぐらいなのね。わたしおかんじょ苦手だから、助かってるんだー」
「大ちゃんとルーミアが給仕やって、リグルとわたしで焼くの手伝って、チルノが飲み物に氷入れてるんですよ」

 橙の口調は少し誇らしげだった。要するにアルバイトのようなことをしているらしい。なるほど、それなら労働の対価ということで、納得できなくもない、が。

「しかし、そうやって得た報酬を使って罰ゲームとは、なんというか気合が入ってるね」

 苦笑気味にそう言うと、橙は少し気まずそうな顔をし、他の少女たちは顔を見合せてくすくすと笑った。

「違いますよ、藍様」
「というと?」
「罰ゲームはオマケ。今日あのお店に行く本当の目的はですね」
「わっ! た、大変みんな、もうこんな時間だよ! 早くいかないとお店が閉まっちゃう!」

 突然そう叫んだ橙が、藍に向かって誤魔かすような笑みを浮かべてみせた。

「それじゃあ藍様、失礼します!」

 あたふたと叫びながら、他の少女たちの背中を押して道の向こうへ走っていく。藍は少々ぽかんとした顔でそれを見送りつつ、他の少女たちに向かって赤い顔で何かを怒鳴っている橙を見て、くすりと笑った。

(なんでも話したがる子供だと思っていたが。いつの間にか、私にも話せない秘密を持つようになっていたか)

 それがなんだかはよく分からないが、まああまり危険なことを隠している様子もないから、いちいち探る必要もないだろう、と思う。
 そんな和やかな気分になりながらふと振り返ると、どんよりと顔を曇らせた紫が猫背気味に佇んでいた。

「ゆ、紫様?」
「……ありがとうね藍、あなたのおかげで自分の立場ってものを嫌ってほど思い出せたわ。ババ抜きババ抜きババァ抜き。ふふふそうよね、わたしには立ち入れない世界だわ」

 そう言って微笑みつつも、穏やかな顔には隠しきれない傷痕が見えるような気がした。藍は慌てて取り繕う。

「いえいえ、あの子たちはそういう意味で言ったわけでは」
「分かっているわ」

 長く息をつき、紫は表情を改める。

「そう、分かっているの。私はあの子たちとは違う年寄りの大妖怪。小人さんたちを引きつれた白雪姫気分でハイホーハイホー浮かれて歌いながらファンシーショップに突入するわけにはいかないのよ」
「その歌を歌うのは姫じゃなくて小人の方だったと思いますが」
「ともかく、これで気が引き締まったわ。もう大丈夫、大妖怪としての威厳を保ちつつ件の店を見て回ることができるでしょう。そして必ずや目標を達成するのよ」

 そう言って背筋を伸ばす紫の顔には、いつものような絶対的な余裕が戻ってきているように思えた。気楽なお子様妖怪、妖精たちと相対することで、自分の立場をより明確に意識したようである。
 これは本当にいけるのではないか、と期待を抱きつつ、藍も深々と頷いた。

「それでは参りましょう。ファンシーショップはこの先の角を曲がったところのはずです」
「ええ。私はババァ私はババァ」

 合い言葉の如く呟きながら、紫は迷いのない足取りで歩き始める。藍もそんな主の背中を頼もしく、少し悲しく思いながら後についていく。
 が、角を曲がってその先の通りに出た途端、紫はまたしても足を止めてしまった。

「今度はなんですか」
「あ、あれ……!」

 紫の震える声に導かれるようにして、藍は通りの向こうに目を凝らす。そして、眉間に皺を寄せた。
 予想通り、ファンシーショップはそこにあった。その大きな通りの中心に、水色や黄色やピンクなど、やたらと明るい色で塗られた大きな店舗が存在しているのだ。
 広い道は可愛らしく着飾った少女たちと明るいテンポのポップなメロディで満ち満ちている。音の出所はどこかと探してみれば、店先に設置されている高い台の上にlたくさんの人形達が楽器を手に手に立っており、本物の楽団のごとく一生懸命に音楽を演奏していた。ご丁寧に指揮者の人形までいて、やたらと張り切ってびゅんびゅんと指揮棒を振り回していた。ときどき音を外してしまう人形もいて、照れたように頭を掻きながら演奏を再開する仕草がこれまた可愛らしい。
 店先にいるのは人形の楽団だけではない。四角錐の四面を階段状にした形の大きな台の上には、たくさんのぬいぐるみが座りこんで愛嬌を振り撒いている。その周辺には大小様々な動物たちの着ぐるみが立ち、来店する少女や子供たちに手を振ったり、頭を撫でたり抱きかかえたりしてあげている。ほんの小さな子供がクマの着ぐる
みに抱かれて怯えたように泣き始めると、そのクマは困ったようにあたふたしてなんとか子供をなだめようとし始めた。これまた、なんとも愛くるしい様であった。
 そんな、夢見る女の子の幻想をそのまま現実化したような空間を遠目に見て、藍はごくりと唾を飲み込んだ。

(これは、思った以上にキツイな……!)

 主が老人だとすれば自分は初老だ、と藍は思っている。ここまで完璧な配置で可愛らしさを演出している空間に入り込むのは、さすがに少々勇気がいる。しかし、周囲を歩く人妖の少女たちはそんな躊躇など微塵も感じさせることなく、きゃいきゃいと無邪気に騒ぎながら吸い込まれるようにファンシーショップの中に入っていく。
 その溢れんばかりの若さというか幼さというか、とにかくそういったものに感嘆する藍の前で、紫が不意に足を踏み出した。その足取りが夢遊病者のごとくふらついていることに気がついて、藍は慌てて主の背中に飛びついた。

「駄目です、紫様!」

 反応がない。と思いきや、虚ろな呟きが耳に入ってきた

「……クマさん、クマさん、うふふふ、かわいいクマさん……」

 まずい、脳をやられている。
 さすがに言い付け通り喉を噛み千切るわけにもいかず、藍は瞬時に周囲を見回して、ファンシーショップの道を挟んだ向かい側に渋い構えの店を見つけた。看板に踊る筆字を見るに、ここが幽々子の言っていた「お向かいのお団子屋さん」らしい。藍は「失礼します!」と叫びつつ、四肢に力を込めて紫を抱きかかえ、突風の如く店内に侵入した。店の中は客の姿もなくがらんとしていたので、藍はこれ幸いとばかりに一番奥にある外からでは見えない小さな座敷席に飛び込み、叫ぶように注文した。

「店主、お茶を持ってきてくれ! 出来る限り渋い、ババァが好んで飲みそうなやつだ!」
「へ、へい、分かりやした!」

 突然大妖怪が飛び込んできて目を白黒させていた中年の店主が、あたふたと店の奥に飛び込んでいく。割と切り替えが早い辺り、さすが幻想郷の住人といったところか。
 ともかくこれで、人目から遠ざかることができた。しかし緊張を解くのはまだ早い。藍は先ほどから自分の腕の中で激しく暴れている紫を、全力で押さえつけながら怒鳴った。

「落ち着いてください、紫様!」
「いやっ、離して藍っ! クマさんが、クマさんが私を待ってるの!」
「待ってませんから! 思い出して下さいよあのいやらしい面構えを! 『俺の胸は幼女専門だ、ババァなんかお断りだぜ』って言わんばかりだったじゃないですか!」
「違うもん! 『ヘイ紫ベイベー、俺の胸に飛び込んでおいで!』って言ってくれてたもん!」
「なにその性格!? ともかく行っちゃダメです、ここで踏みとどまらないと幻想郷が大変なことになりますよ!」
「イヤーッ! クマさんにハグハグするの、モフモフするのーっ!」
「やめろって言ってんでしょうが!」

 藍は叫びつつ、紫の胸元に手を差し入れて先ほどの手鏡を取り出した。それを主の正面に突きつけながら、言い聞かせるように、

「ほら、あなたはババァですよ、ババァ」

 しかし紫はそっぽを向いて、

「ババァじゃないもん少女だもん、女の子だもん!」

 いかん、暗示が切れかかっている。藍は歯噛みしながら店の奥に向かって叫んだ。

「おい店主、お茶はまだか!」
「はい、持ってきたよ」

 すぐ近くからしわがれた声がしたので驚いて見ると、丸い盆の上に湯気立つ湯呑を載せた老婆が、座敷のそばにひっそりと立っていた。顔じゅう皺だらけで腰が限界まで曲がりきった、存在感のない老婆である。

「あ、ありがとう」

 藍は少々驚きつつも急いで湯呑を受取り、今も「クマさん、クマさん」とぶつぶつ呟き続けている紫の口元にあてがった。

「ほら紫様お茶ですよ、ババァが好んで飲みそうな渋い渋い緑茶ですよ」
「う……?」

 お茶の落ち着いた香りを顔いっぱいに浴びた紫の瞳に、理性の光が戻ってきた。軽く二三度頭を振り、藍から緑茶を受け取ると、ズズーッと啜って一息つく。

「……ギリギリセーフ、か」
「いや思いっきりアウトでしたけどね」

 ため息を吐くと、店の奥から愛想笑いを浮かべた店主がこわごわと顔を出した。

「お待たせいたしました、お茶を」
「ああ、それならもうこちらのご老人に頂いたが」
「へ?」

 お茶を乗せた盆を持ってきた店主は、座敷の傍らにいる老婆を見て目を丸くした。

「あ、母ちゃん、また店ん中に……!」
「ご母堂か?」
「へえ。最近すっかりボケちまって、まともに話も出来ねえんですがね。たまにこうやってふらふら出てきて店番の真似なんかしてもう、参っちまいますよ」
「ふむ。ああ、お茶はそこに置いてもらえるかな」
「へえ」

 お茶を座敷の中の卓に置いた後、店主は所在なさげに立ち尽くし、困惑した様子でこちらをちらちらと盗み見始めた。彼とても八雲紫と八雲藍がいかなる存在であるか、ある程度は知っているのだろう。まずいな、と藍は思う。とりあえずはここを前線基地にするつもりだったが、人がいては込み入った話がしにくい。

「店主」
「へ、へえ」
「すまんが、少し店を空けてはもらえないだろうか」
「は……」

 目を白黒させる店主に、藍は財布から取り出した紙幣を何枚か握らせた。

「君も日々店を切りまわして忙しい身だろう。たまには何も考えずに気楽に一杯やってきたまえ、な」
「いや、まだ昼間で……」
「頼む」

 藍は悪いと思いつつも少々威圧感を込めて店主の目を覗き込んだ。ひっ、と短く悲鳴を上げる彼に、

「詳しくは言えんが、君の行動に全幻想郷の未来が関わっているのだ。生まれ故郷を守ると思って、どうか何も言わずに店を空けてほしい」

 嘘は言っていないつもりである。
 真剣な表情と口調で言ったおかげか、店主は確かに何か大変な事態らしいと察してくれたらしかった。ごくりと唾を飲み込み、決死の覚悟を固めたような顔で藍を見つめ返してきた。

「……あっしに何か手伝えることは?」
「ない。強いて言うなら、このことを口外しないことだ」
「分かりやした。墓まで持っていきやしょう」
「うむ。ところで」

 藍は閑古鳥の鳴き声が聞こえそうな、寂しい店内を見回した。

「……向かいの店はずいぶんと繁盛しているようだが」
「へえ。そうですね」

 急に話が変わったことに少し困惑したような表情を見せつつも、店主はどこか皮肉っぽい笑みを浮かべた。

「なのにこっちにはちっとも客が来やしねえ」
「何故かな」
「あそこに行くような娘っ子に云わせますと、『団子とお茶なんて可愛くなくてダサい』とか。ふぁんしぃな娘っ子は『すいーつ』とやらが好きなんだそうで、へえ。そんな風評に踊らされて、娘っ子以外も寄り付かなくなっちまって」
「『すいーつ』とはなんだね」
「洋菓子のことらしいですがね」
「なら素直に洋菓子とかデザートとか言えばいいじゃあないか」
「まったくでさあ。いや、若い娘っ子の考えることはちいとも理解できやせんねえ」

 肩をすくめる店主に、藍は小さく頭を下げた。

「ともかく、迷惑をかけてすまんな。後で謝礼は弾ませてもらう」
「いやいやお気になさらず。あっしも賢者様のお役に立てるんでしたら光栄でさあ。それに、向かいの店のせいでちょいと苛々してたところですからね。久し振りに気晴らしさせてもらいますよ。ほら母ちゃん、母ちゃんも出かけんぞ、邪魔になるだろ」

 店主は老婆に声をかけたが、彼女は惚けたように微笑みながら首を傾げ、

「芋の煮っ転がし、食うかい?」

 唐突な提案である。目を瞬く藍の前で、店主はうんざりと首を振った。

「食わねえよ。なんで脈絡なく煮っ転がしだよ。自分が好きだからって他人にまで食わせようとするんじゃねえよ」

 そう言いつつ、気まずそうな笑みをこちらに向けてくる。

「すみませんねホント、すっかりボケちまって。すぐに出て行かせますんで」

 藍は少し考えて、首を振った。

「いや、いい。大丈夫だ、ご母堂はこちらに置いてもらっても構わんぞ」
「は、いやしかし」
「なに、心配せずとも危険なことは何もないよ。むしろご母堂には協力していただきたいことがあるぐらいでね。いてもらった方が都合がいいんだ」

 惚けているとは言え老人相手にお喋りでもすれば、紫の発作も抑えられるかもしれない、という魂胆である。
 店主はしばらく迷っていたようだったが、やがて決意したように一つ頷いてくれた。

「分かりやした、全てお任せいたしやしょう」
「本当に申し訳ないね」
「いやいやいいんですよ、先生にはいつもお世話になっておりやすからね。そいでは、どうぞご無事で……!」

 店主は大きく頭を下げると、そそくさと店の外に出て行った。意外なほど素直に従ってくれたものである。藍のことを先生、などと呼んでいたし、普段結界の管理や修復などを行っている姿を見かけていたものらしい。

(信用されている、ということか。紫様もご一緒だしな)

 まさかあの店主は、妖怪の賢者様が商売敵とも言えるファンシーショップに入店しようと四苦八苦しているとは思いもしまい。それを考えると実に悲しい気分になってくるが、藍は首を振って無理矢理その思考を追い払った。

「芋の煮っ転がし、食うかい?」

 ふと気がつくと、藍のすぐそばで老婆が笑っていた。藍は苦笑気味に首を振る。

「いや、遠慮させていただこう。その代わり、お茶のお代わりを持ってきてもらえるかな?」
「はい、はい」

 老婆は曲がりきった腰でゆっくりと歩き、店の奥へ消える。
 ここへきてようやく二人きりになれたことにほっとしながら、藍は紫に向きなおった。

「紫様、ご気分はいかがですか?」
「ええ、なんとか落ち着いたわ。私はババァ私はババァ」

 手鏡を覗いて呟きながら、紫はため息を吐く。

「参ったわね。まさかあそこまで高濃度のファンシーオーラが充満していようとは夢にも思わなかったわ」
「まあ確かに凄まじい徹底ぶりではあったと思いますが」
「ふふ。あそこまでレベルの高いファンシー結界を展開できる者は外の世界にもそうは存在しないわ。やるわね、あの店の店主」
「はあ」
「ともかく、これであなたにも事の深刻さが把握できたでしょう」
「ええまあ。どちらかと言えば紫様のご病気の深刻具合が、ですけど。というか」

 藍は少し疑問に思ったことを聞いてみた。

「クマさん見ただけでああも取り乱される紫様が、どうやって世界中のかわいいものを収集できたんですか?」

 ひょっとして外の世界では思う存分少女としてはしゃいでいるんだろうか、と思って聞いたのだが、紫の答えは全く違うものだった。

「それはもちろん、深夜のおもちゃ屋さんに空間の裂け目作って、隙間から手だけ出して目当てのぬいぐるみちゃんをゲットして」
「凄い怪奇現象ですね」
「だって直接店の中に入ろうものなら朝まで惚けてしまいそうなんだもの。もちろん何を持っていったかっていう書き置きと代金はちゃんとレジに残しておいてるわよ。タダで盗み出したのではかわいいもの職人に失礼だものね」

 聞いたこともない職人であるが、紫の脳内にはちゃんと存在しているのだろう、多分。何にしてもやっぱり凄い怪奇現象だと、藍は思う。

「さて、そんなこんなでようやく気持ちが落ち着いたところで」

 紫は湯のみを握り締めたままフーッと息をついた。

「どうしましょうか」
「どう、と仰られましても」

 藍は首を傾げる。

「とりあえず、鏡に向かって例のワードを呟いたり、その渋いお茶を飲んだりすれば、ある程度正気を保ってはいられるわけですよね?」
「ええ。自分がババァだという理性が心の中に蘇ってくるのよ。そして私の少女的本能と大戦争を始めるの。阿鼻叫喚の地獄絵図に、私の胸は張り裂けんばかりだわ」
「さいですか。でも、まさか鏡に向かって『私はババァ』なんて呟いてお茶啜りながら店内を見回るわけにもいきませんよねえ」
「そうね。さすがにそれは不審すぎ……そうだわ」

 湯呑を見つめながら、紫がさも名案を思い付いたかのような口調で言った。

「このお茶を点滴のパックに入れて静脈注射したらどうかしら。高濃度の老成された渋みが必ずや正気を保ってくれると」
「いやそれも十分不審ですから」
「ではいっそのこと何も見えないように目を潰して」
「そこまでやる必要がありますか!?」
「大丈夫よ、私ならば視覚に頼らずともかわいいものを探し出すことができる……!」

 目を潰した紫がファンシーショップ内を徘徊する姿を想像して、藍は身震いした。

「いやいや、やっぱり駄目ですよ紫様。ちゃんと目で見て選ばないと。特別な日なんでしょう?」

 そう言うと、紫は声を詰まらせた。ため息を吐きながら、言う。

「そうね、あなたの言うとおりだわ。藍、とりあえず外に出て見張りをしてくれないかしら?」
「見張りですか」
「ええ。何とかして、わたしが理性を保ったまま店の中に侵入できる手段を探し出してちょうだい」



 藍は団子屋の外に出ると、店先に置いてある長椅子に腰かけて道の向こうのファンシーショップを観察し始めた。

『藍、状況はどうかしら』
『特に変わりありません。相変わらず人形の楽団は大張り切りで、クマさんも可愛らしく愛嬌をふりまいて』
『ああその辺の具体的な説明は止して。私の中の少女が暴れ出すから』

 主と感覚を共有する式としての能力を利用して、頭の中で紫と会話する。感覚共有と言っても視覚を繋げるとまたクマさんを目にして発狂しかねないので、とりあえず聴覚だけ繋げている。
 主はまたお茶を啜ったようだった。定期的に渋みを摂取しないといけないらしい。なんとも難儀なことである。

(そう言えば、橙はどうしているだろうか)

 藍は少し迷ったあと、橙の視覚に意識を接続した。普段は彼女自身の人格やプライバシーを尊重してあまりこういうことはやらないのだが、今は少しでも情報が欲しいから、と心の中で言い訳する。
 橙はまだファンシーショップの店内にいるようだった。静かな湖のごとき清澄な水色のドレスを身に纏ったチルノを写真機で撮りまくっている大妖精を、他の友人たちと共に苦笑しながら眺めているところのようだ。
 そうしながらも、時折ちらちらと店内のあちらこちらに目を向けている。人形やぬいぐるみが収められた棚に、指輪や首飾り等の装身具が収められたショーケース、バッグに化粧品や宝石箱などなど。興味津々にじっと見つ
めるものもあれば、値札を見て慌てて目をそらすものもある。どうも、何かを買いたいと思っているらしいが、具体的に何を買うのか、まだ決めてはいないらしい。
 少々気にはなったが、今は橙自身の目的はさほど重要でもないので、忘れておくことにする。
 橙があちらこちらを眺めているおかげで、店内の様子を詳しく知ることが出来たのは僥倖だった。こうやってこっそり覗き見をするのもあまり良くなかろうと思い、さっさと視界の接続を断ち切る。
 一息吐いて、実感する。

(想像以上に厳しいな、これは)

 店内は、店先よりもさらに少女趣味が強かった。並べられた商品はもちろん、天井から壁まで一切余すことなく、無駄なく可愛らしさの演出に利用されているのである。天使を象った人形が可愛らしい鳥のぬいぐるみと共に宙を踊り、気取った紳士の人形が化粧品や装身具などをあれやこれやと身振りで勧めてくる。本当に、西洋のお伽話の世界を体現したかのような空間であった。
 あんなところで紫が正気を保つのは極めて難しいことと思われる。店先のファンシーオーラ濃度がレベル10だとすると、店内のそれはレベル30といったところか。
 いずれにしても、このままでは勝機はない。かと言って、名案が思いつくわけでもない。
 久々の超難題に頭を抱えたい気持ちになりながら、藍はぼんやりと店先を眺める。先ほど紫を発狂させかけたクマの着ぐるみは、相も変わらず通りかかる者に愛想を振りまいている。と思いきや、ファンシーショップとは縁のなさそうな通りすがりの悪ガキどもに目をつけられて、引っ張られたり蹴飛ばされたりし始めた。着ぐるみとは言えあまりに哀れな虐められぶりである。紫が見ていなくて本当に良かったなあ、と藍はしみじみ思う。
 クマはしつこく虐められていたが、怒る気配も見せずにひたすら哀れっぽく逃げ回っている。驚いたことに、その仕草ですらもクマの愛くるしさを強めるのに一役買っているようだった。相当の訓練を経なければ、あの挙動を体得することは不可能だろう。
 藍は感心して呟いた。

「中の人も大変だな」
「中の人なんていないわよ」

 すぐ近くから声をかけられて、藍は飛び上がりそうになった。慌てて横を見ると、そこに旧知の人形遣いが立っていた。
 アリス・マーガトロイドは、そんな藍を不思議そうに見下ろしながら言った。

「こんにちは。こんなところで何をしてるの?」
「こんにちは、アリス。いや、別に何をしているということもないが」
「それにしては、ずいぶん興味津津にファンシーショップを眺めていたようだったけど」
「あ、ああ、まあね。どうも、見慣れない店だったからちょっと気になってね」
「そんなものかしら」

 アリスが少々不審そうだったので、藍は慌てて話題を変えた。

「それより、さっきの言葉はどういう意味かな? 中の人なんていない、とか」
「言葉通りの意味よ。あれは指定された通りの動きだから」
「指定……というと、まさか」

 藍は驚愕とともにクマの着ぐるみに目を向ける。悪ガキどもの虐めはようやく終わったらしく、クマは小さな女の子に頭を撫でられて泣くような仕草をしているところだった。

「あれもあらかじめ組み込まれている動きだと?」
「ええ。あのクマだけでなくて他の着ぐるみにも、私が予測し得る限りの状況設定と、それに応じた反応がインプットされているわ。客に手を振るのも頭を撫でるのも、さっきみたいに悪戯小僧に追いかけられて逃げ回るのも、全てはあらかじめプログラミングされた動作に過ぎない。もっとも、単調な動きだと飽きられてしまうから、同じ動作にも数十通りほどのバリエーションを持たせてあるわ。さっきのあなたの独り言を聞く限り、少しは人間らしく見えるみたいね」
「いや、正直な話、中に人が入っているとしか思えなかったよ。今聞いても信じられないぐらいだ。凄いものだね」

 藍は素直に賞賛したが、アリスは不満そうに首を振った。

「全然駄目よ。どんなにパターンを増やしたところで、所詮は決められた通りの動きしかできないんだもの。私の目指す自律人形の完成形には程遠いわ」
「そんなことはないと思うけど……ちなみに、あれはあなたが糸で操っているのではないの?」
「まさか。動力源は体の中心部に埋め込まれている魔法石……魔力の篭った石、ね。あれらを作るために魔界から取り寄せたものでね。交換や魔力の補充なしでも十年ぐらいは持つかしら。戦闘用だともっと消耗が激しくなるけど、あの程度の運動量なら割と長持ちするの」
「ずいぶん効率がいいね」
「それでも、魔界で精製された魔法石の中ではかなり安価な素材よ。魔法石自体のサイズとかエネルギー効率とかの問題で、時代遅れになった在庫品を知り合いから安く譲ってもらったの。今回みたいな用途ならちょうどいいかと思って」

 藍は心の中で感嘆の声を上げた。魔界というのは魔法による文明がかなり発達した世界と伝え聞いてはいたが、ここまでとは。外の世界の科学技術はもちろん、幻想郷の河童と比べても遜色のない技術力である。

「ということは、あの着ぐるみとかは全部あなたが作ったものなわけだ」
「店の中にある人形とかもね。店主に頼まれて、他にも手芸品とかいろいろ納品してるわよ」
「ほう。魔法使いアリス・マーガトロイドお手製とはね。人気が出るわけだ」

 アリスは首を傾げた。

「お手製って言ってもいいのかしらね」
「何が?」
「ここに納品してる手芸品、わたしが自分の手で作ったものじゃなくて、全部人形に作らせたものだから」
「人形にそこまで細かい動作が出来るの?」

 アリスの周囲に滞空している上海人形の丸っこい手を見ながら問うと、人形遣いは淡々と説明した。

「たとえばぬいぐるみなら一体丸々作らせるのは難しいかもしれないけど、腕だけを作る人形、足だけを作る人形、それらを縫い合わせる人形、みたいに用途を細分化してそれぞれの作業に特化させれば、それほど難しいことじゃないわ。わたしはそれらの用途に適した人形を作ればいいだけだから。ま、人形によるマニュファクチュアってところかしら」
「そこまで大規模にやっているのは何故?」
「人形操作の訓練のため。それ以上の意味はまあ、ないわね」

 素っ気ない口調で夢も幻想もない答えを返すアリスに、藍は小さく唸ってしまった。服装やら人形のデザインとかからしてもっと少女的な感性の持ち主かと思っていたが、考えていた以上に現実的な少女である。というかもはや女性と言った方がいいかもしれない。

『何かしら、遊園地の裏側とかミュージカルの楽屋裏とかを見てしまった気分だわ……頭ではこんなものだって分かっていたはずなのに』

 紫が苦しげに唸る声も聞こえてくる。ある種の幻滅のようなものがあったらしいと思われるが、まあ今回の場合はその方がいいのかもしれない、と藍は思う。多少そういう裏側を知っていた方が、ある程度は冷静な目で見られるかもしれないから、と。

「それで」

 不意に、アリスが首を傾げた。

「結局、あなたはなんでこんなところに」
「ところで、今日は新しい商品の納品とか人形の動作チェックとかに来たのかな?」

 藍は絶妙なタイミングで口を挟み、強引に話題を変える。一瞬アリスが嫌そうな顔をした。

「ううん、そういうんじゃないわ。なんていうか、観光案内で来たのよ」
「観光案内?」
「そう。ちょっと、魔界から知り合いが来てて……お土産買うって言ってたからちょっと前に別れたんだけど。遅いなあ、何やってんのよあのアホ毛は……」

 アリスが苛立たしげに毒づいた瞬間、

「キャーッ! かわいーっ!」

 そんな素っ頓狂な声が聞こえてきたかと思うと、誰かが通りの向こうから走ってきて思いっきりクマの胸にダイビングした。藍はもちろん、アリスもぎょっとしてクマの方を見る。
 クマの胸に抱きついて頬ずりしているのは、一言で言えばたくましい女性であった。
 いや、たくましいと言っても、体格は多少背が高いものの全体的にほっそりしたシルエットである。だが、問題は彼女の頭だ。頭と言うより髪型と言った方がいいか。彼女がクマの胸に頬ずりするたび、頭の上で一房に束ねられた銀髪が、みよんみよんといい具合に揺れ動くのである。その見事に気の抜けた動きを見ていると、

(……たくましいな)

 という感想が、何の脈絡もなく頭の中に浮かんでくるのであった。何がたくましいのかは藍自身もよく分からない。

「ちょっと、何やってんのよ!」

 と、先ほどまでの冷静さもどこへやら、顔を真っ赤にしたアリスが、そのたくましい女性に駆け寄ってクマから引きずり離した。「ああっ、クマさーん!」と、女性が髪の毛をたくましくみよんみよんさせながら悲鳴を上げる。

「ひどいわアリスちゃん!」
「ひどいのはあんたの頭でしょうが! あれは単なる人形に過ぎないって、ここに来るまで何度も何度も何度も何度も説明したでしょこのアホ毛神!」
「アホ毛神!? それにお母さんに向かってあんたって……! ひどいわアリスちゃん、いつからそんな悪い子になってしまったのぉーっ!」

 女性が路上に突っ伏してわっと泣き始める。頭を抱えているアリスの横を通り抜けて、クマが躊躇いがちに女性の傍らにしゃがみこみ、そっと手を差し出した。相変わらずあらかじめ指定されているだけの動きとは思えない、滑らかで温かみのある挙動である。
 女性は鼻を啜りあげながら微笑んでその手を取り、

「ありがとうクマさん、優しいのね」
「いやだから、それ単にプログラミングされた動きだから」
「まあいけないわアリスちゃん、そんなことを言っては。女の子はいつも心に甘い夢を持たなくてはならないのよ。めっ」

 女性はアリスの額を人差し指で軽く突く。うんざりしたようにため息をつく人形遣いを微笑みながら見つめたあと、女性はおもむろにファンシーショップの店先に目を移した。

「でも本当、凄いわねえ。あそこで一生懸命演奏してる人形さんたちも、アリスちゃんが作ったんでしょう?」
「……別に、凄くないわよ。何度も言ってるけど、所詮はあらかじめ定められた動きで」
「でも、それを教えてあげたのはアリスちゃんなんでしょう? だったらやっぱり凄いと思うわ。あ、ほら見てあの人形さん、今音を外しちゃったみたい。ふふ、ばれてないかって心配そうにきょろきょろしてる。可愛いわねえ」
「だからねお母さん、あれはあらかじめ……はぁ」

 アリスは諦めたようにため息を吐いて、お母さんと呼んだその女性をじっと見つめた。
 女性はアリスがしつこく説明しているにも関わらず、目の前の光景に欠片の幻滅も感じていないようで、ただただ楽しそうに、幸せそうに微笑んで人形やぬいぐるみたちを眺めている。

「まったく、いつまで経っても」

 アリスはぶつぶつと呟いていたが、かすかに染まった頬を見る限り、単に照れているだけのようだった。口元に微笑みが浮かんでいるように見えるのは、藍の気のせいだろうか。
 何にしろ大人ぶって冷めた振りをしていても、やはりアリスも少女らしい、と藍はいささかほっとしたような気分になった。

「ところで」

 不意に、女性がくるりと振り返り、こちらを見てちょっと首を傾げながら微笑んだ。

「さっきお話していたみたいだったけれど、こちらの狐さんはアリスちゃんのお友達かしら」

 藍は立ちあがって居住まいを正すと、女性に向かって深く頭を下げた。

「はじめまして、私この幻想郷の妖怪の賢者である八雲紫様の式で、八雲藍と申します。以後お見知り置きを、魔界の神神綺様」

 神綺はちょっと驚いた風に、口元に手を当てた。

「あら、紫ちゃんのところの狐さんだったのね。紫ちゃんからいろいろ話は聞いてるわ。ふふ、本当にモフモフなのねえ」
「ゆ、紫ちゃん……!」

 耳慣れない呼び方に非常な衝撃を受けつつ、どういう話を聞いてるんだろう、と藍は若干不安になった。
 紫と神綺は旧知の間柄である。以前幻想郷が魔界の住人で溢れかえった騒動の際、神綺が紫のところにお詫びも兼ねて挨拶に来たのだそうだ。藍自身は神綺と会ったことはなかったが、アリスとの会話の内容から「この方だろうな」と察したのである。

「お母さん」

 アリスがじろりと母を睨む。

「モフモフだからっていきなり抱きついたりしないでよ? これ以上恥掻きたくないんだからわたし」
「ま、ひどいわアリスちゃんったら、お母さんがいつあなたに恥を掻かせたっていうの」
「せめて自覚してくれないかなー、なんて思うのは、やっぱり過ぎた願いなのよね……」

 肩を落とすアリスを尻目に、神綺は藍に近寄って楽しそうに耳打ちしてきた。

「アリスちゃんあんなこと言ってるけど、今日私が来るからって随分張り切ってたみたいなの」
「そうですか」

 藍はちょっと返答に困ったが、神綺の言葉は嘘ではなかろう、とも思った。母を前にしたアリスはいつもの冷たさすら感じさせる彼女ではなく、感情豊かでどこか子供っぽくすらある少女だ。どちらかと言えばこちらの方が素なのだろうな、とすら思える。
 納品という用事があるわけでもないのにこの店に母を案内したのも、結局は自分の製作物を見てほしかったからだろうし。

「自慢の娘さんですね」
「ええ、もちろん」

 えっへん、と神綺は誇らしげに胸を張る。藍としては苦笑するしかない。

「ちょっとお母さん、何こそこそ喋ってるのよ。また何か恥ずかしいこと言ってるんじゃないでしょうね」
「恥ずかしいことなんか言ってないわ。ちょっと藍ちゃんにアピールしてたのよ。アリスちゃんはとってもいい子なんですよーって」

 アリスの顔が真っ赤になった。

「それが恥ずかしいことだってのよ! あーもう、さっさと行くわよ、ほら」
「あ、ちょっと待って。ねえ藍ちゃん、せっかくだからわたしたちと一緒にお買いものしない?」
「は、私ですか?」
「ええそう。何だったら紫ちゃんも一緒に」

 思わぬ提案であった。ひょっとすると好機かもしれない。

『いかがいたしますか、紫様』
『ど、どうしましょうか。確かにこれなら誘われたからって口実にはなるけど、神綺ちゃんと一緒だとついつい一緒になってはしゃいでしまいそうだし……!』

 迷う紫がなかなか決断を下せずにいるうちに、アリスが呆れたように肩をすくめた。

「なに言ってんのよ」

 じろりと母を睨みつける。

「お母さんみたいなお気楽能天気なアホ毛神じゃあるまいし、紫みたいな大妖怪がこんな俗っぽい店に来るわけないでしょう。ちょっとは考えて物を言ってよね」

 あ、釘刺された。
 頬を引きつらせる藍の前で、神綺が腰に両手を当てて髪の毛をみよんみよんと揺らしながら唇を尖らせた。

「ま、アリスちゃんったらまたそんなこと言って。紫ちゃんだって女の子なんだから、かわいいものを見たら胸がときめくに決まってるわ」
「あれのどこが女の子だってのよ。むしろ失礼でしょそんなこと言ったら。下手すりゃ侮辱されたって言って幻想郷と魔界の外交問題になりかねないわよ」

 ――ああアリス、それ以上紫様の胸を抉るのは止めてくれ。
 すっかり沈黙した主のことを気遣いつつ、藍は慌てて二人を止めに入った。

「ま、まあまあ、落ち着いて。神綺様、申し訳ないのですが、私も仕事の途中でして」
「あらそうなの、残念ねえ。藍ちゃんにもアリスちゃんの作品を自慢したかったんだけど」
「だからそういうのが恥ずかしいって言ってるんでしょうが! さっさと行くわよほら!」

 アリスが真っ赤な顔で怒鳴りながら、母の髪の毛を引っ掴んで大股に歩き出す。神綺が引きずられながら悲鳴を上げた。

「ちょ、痛い痛い! アリスちゃん、お母さんの髪の毛引っ張っちゃダメェ!」
「こんな引っ張りやすいアホ毛をみよんみよんさせてる方が悪いんでしょうが」
「ああ、そう言えばアリスちゃんちっちゃいころからお母さんの髪の毛で遊ぶのが大好きだったもんねえ。変わってないわあうふふ」

 神綺が引きずられながらも懐かしそうにそう言うと、アリスは慌てて手を離した。支えるもののなくなった神綺が地面に尻もちをつき、小さく悲鳴を上げる。

「恥ずかしいって何回言わせんのよもう! ほら、早く立つ!」

 アリスが怒鳴りながら手を差し出すと、神綺は嬉しそうにその手を取って立ち上がった。娘は母が立ち上がるとすぐに手を離そうとしたようだったが、相手がちっとも離してくれなかったようで、その内赤い顔でぶすっとして、手を繋いだまま店の方に歩き出した。
 一瞬、並んで歩く二人の背中に自分と主の姿が重なったような気がして、藍は目を瞬く。
 神綺が肩越しに小さく手を振ったので、藍は頭を下げて母娘を見送った。

(何と言うか、調子の狂うお方だな)

 藍は心の中で苦笑する。魔界の神と言えば自分どころか紫よりもずっと長生きで、力も強いはずである。にも関わらず彼女の挙動は総じて子供っぽいというか無邪気で、驚いたことにこの場の若々しすぎる雰囲気にも完全に溶け込んでいる。下手をすれば娘のアリスよりも幼く見えかねない母親である。
 ところで。

『えーと、紫様。その、ご無事ですか』
『……ええ、大丈夫よ。何とかね』

 憔悴しきった乾いた声が、藍の頭の中に響く。

『まあいいわ。どちらにしても神綺ちゃんと一緒にいるとノリが少女になりそうだったし、今回は見送るしかなかったもの』
『まあ、そうですね』

 藍は生返事を返す。ちゃん付けで呼び合ってるんですか、というのはいろいろ怖かったので聞けなかった。

『それにしても、相変わらず若いわねえ、神綺ちゃんは』

 悔しげな声。

『どうやったらあんな風になれるのかしら』
『なりたいんですか』

 先ほどの神綺のように振舞う紫の姿が脳裏を過ぎり、藍の背筋に震えが走った。

『藍。今日のあなたって本当に失礼よね』
『も、申し訳ございません』
『冗談よ、冗談。私だって彼女が特別だってことぐらいは分かっているつもりだから』

 紫の声には諦観が篭っていた。咄嗟にそれを否定することもできず、藍は黙り込んでしまう。
 そのときふと姦しい声が聞こえてきて、藍は顔をしかめながらそちらの方向を見た。三人の天狗少女が、通りの角を折れて歩いて来るところだった。スカート丈の短い黒っぽいドレスを身に纏った少女たちで、頭に胸に腰に太ももに、と、全身至るところに大小様々なコサージュを散りばめている。天狗の翼を出すためかドレスは背中の部分が大きく切り取られていた。
 三人ともなかなか可愛らしくはあるが、藍の感性から見ると少々装飾過剰に見える出で立ちである。彼女たちは先生がどうの新作がどうのと楽しそうにお喋りしながら、ごく自然な足取りでファンシーショップの中に入っていく。

(やれやれ、やはり私などとは縁のなさそうな場所だな)

 ため息をついた藍は、何とはなしに少女たちが歩いてきたのとは反対側の方向を見た。そして、そこを歩いている人物に気がつき、慌てて目をそらす。どうか気付かず通りすぎてくれますように、と祈りながら、何気ない風を装って椅子に座り続ける、が。

「あら、紫のところの狐じゃない」

 ああ、見つかった。
 藍は無理矢理愛想笑いを浮かべて、声の方向に顔を向ける。そこには予想通り、皮肉っぽい笑みを浮かべた風見幽香が立っていた。いつも通り外見だけは落ち着いた服装で、右手に日傘を持ち左腕には小さなバッグを提げていた。

「これはこれは風見様」

 藍は立ち上がり、かしこまって頭を下げる。一応彼女も大妖怪ではあるし、目上の存在として認識しているのである。下手に相手を侮った態度を取って変に絡まれるのも面倒だ、と思っている故でもあるのだが。

「こんなところでお会いするとは奇遇ですね」
「ん、まあ、わたしは花屋に行った帰りでね。ホントはこんなとこ素通りする予定だったんだけど」

 だったら素直に通り過ぎてくれればいいのに、と藍は思う。
 幽香は何かを気にするようにファンシーショップをちらりと見ながら、

「あんたこそ、こんなところで何やってんの?」
「ええと、私は仕事の途中で、少し休憩しているところです」
「そう、ご苦労なことね」
「いえいえ。風見様もご機嫌麗しゅう」
「あらあら、相変わらず見え透いたおべんちゃら使ってくれるじゃないの。むかつくわぁ」

 口元に手を添えてくすくす笑う幽香の言葉に、藍は早速うんざりし始めた。

『うわぁ、このメルヘンババァ相変わらずね。藍、無視よ無視』
『分かっております』
「またこんなところで汗水垂らして働いてんのね、あんた。ところでババァは元気かしら」

 ババァ、という単語に胸が酷くざわつくのを感じながら、藍は何とか頷いた。

「ええ、ご壮健であらせられますが」
「あらそう。残念だわ、さっさと老衰でくたばればいいのに」
『自分もババァのくせに何言ってんのかしらねこいつは。ちゃんちゃらおかしいわ全く』

 紫が幽香をせせら笑う。しかし藍はどうにも落ち着かないものを感じていた。

(どうしたのだろう、一体)

 目の前では幽香が途切れることなく紫に対する嫌味を垂れ流している。この妖怪と会うといつもこんな感じである。別に突然殴りかかってくる、というようなことはないのだが、こちらがそう簡単には問題を起こすことが出来ないと分かっていて、こんな風に延々と、実に楽しそうに嫌味を聞かせてくれるのだ。
 藍としては一応目上であることだし、何よりも自分がこんな安い挑発に乗ったら紫の名前にも傷がつくと承知している。だから、いつもならば適当に愛想笑いで受け流して、相手が飽きて行ってしまうのを待つ戦術を取るのだ。それで何事もなく済ませることができると、経験上よく分かっていた。
 しかし、今日は。

「それにしてもあんたのところのババァときたら」

 なぜか、そんな幽香のそんな安い挑発がいちいち癇に障った。腹の底から熱いものがこみ上げて来て、手の平に汗が滲んでくる。拳を握り締めてどうにか耐え抜こうとするのだが、次第に腕も肩も震えてきて、息が荒くなってくるのを抑えることもできず、とうとう、

「風見様」

 愛想笑いが崩れた。

「ん?」
「それ以上は、こちらとしても冗談で済ませられなくなりますが……?」

 幽香がぴくりと眉を動かし、「へえ」と楽しそうに唇を吊り上げた。

「今日は随分面白い反応返してくれるじゃない。自分の主をババァ呼ばわりされるのがそんなに気に障ったかしら」
「当たり前でしょう」
「そう、ごめんなさいね。でもわたし嘘ついて閻魔様に叱られるの嫌だから、本当のことしか言えないのよねえ」

 嘲笑を浮かべつつも、幽香は傘を畳んでさり気なく距離を取り始めた。藍も油断なく相手の出方を窺う。

『ちょっと、藍? 何やってるのあなた、こんな町中で……!』
「こんな町中で、妖怪の賢者の式が乱闘騒ぎとはねえ。明日の天狗の新聞が楽しみだわ」
『そのババァの言う通りよ。いいから早く頭下げて謝っときなさい。そんなことで私の名に傷はつかないから』

 紫の言葉が正しいことは、藍にも分かっていた。分かっていたが、どうしても引っ込みがつかない。
 自分が何故今日に限ってこんなにも激しい怒りに駆られているのかも、よく分からなかった。

『藍……! 仕方ない、一時的に意識を奪って……!』

 と、紫が緊急措置を取ろうとした瞬間、

「先生ぇーっ!」

 三重に重なった黄色い声援とともに、三つの黒い影が物凄い勢いで幽香に飛びついてきた。「ゲッ」と似合わぬ声を漏らしながら、幽香が顔を引きつらせる。
 何かと思って見てみると、幽香に三人の少女が纏わりついていた。先ほど店に入っていった、天狗の少女たちである。

「あああああんたたち、なんでこんなところに……!」
「わたしたちはショッピングにきたんですよぅー」
「先生の新作が今日発売だって聞いてたんでぇー」
「でもでも、まさかご本人にお会いできるなんて思ってませんでしたぁー。いやぁん、超ラッキー!」
「だーもう、分かったから離しなさい! 離れろっつってんのよ!」

 幽香は大きく腕を振り回して三人の少女たちを弾き飛ばしたが、彼女らは天狗らしい軽やかな動きでくるくると宙返りし、何事もなかったかのように軽やかに地に降り立った。
 そしてまたきゃあきゃあ騒ぎながら幽香に纏わりつき始める。そのあまりの姦しさに、さすがの幽香もかなりうんざりしているようであった。
 一方、取り残された藍は一人呆然とその光景を見守ることしかできない。

『一体何がどうなってるんでしょう』
『どうなってるんでしょう、じゃないでしょ』

 紫がため息交じりに言う。

『藍、あなた一体どういうつもりなの。あんな安っぽい挑発にまんまと乗っちゃって』
『……申し訳ございません』

 言い訳しようもない失態だと自分でも分かっていたので、藍は何の弁解もしなかった。また、紫がため息を吐く。

『まあ、お小言は後にしましょう。それより、状況を報告してちょうだい。なんだか、聞き慣れない声だったけど』
『はい。どうも、彼女の知り合いのようですが。年若い天狗の少女たちが三人です』

 答えつつも、藍は首を傾げる。少女たちは、今も幽香の周りで人目も憚らずに騒ぎまくっている。何やら「先生」やら「新作」やらといった単語が無闇やたらと聞こえてくるが、いったい何のことだろうか。

(先生……この少女たちに物を教えているということか? 花の妖怪が?)

 さっぱり事情が分からないので、藍はとりあえず近づいて声をかけてみた。

「ええと、君たち」
「はいー? なんですかー?」
「あっ、そのモフモフ尻尾、もしかしてあの有名な八雲藍様じゃないですかぁー?」
「いやーん、お会いできるなんて感激ですぅー!」

 少女たちは幽香から離れて、今度は藍に纏わりつき始めた。「握手してくださーい」「サインしてくださーい」「記念に尻尾一本くださーい」だのと、大変な騒ぎようである。そのあまりに無軌道な若さのエネルギーに、さすがの藍もつい一歩引いてしまう。

「いやいや、すまないが私も仕事中でね。あまりのんびりとお喋りしてもいられないのだよ」
「そうなんですかぁー、残念ですぅー」
「今度ぜひその尻尾でモフモフさせてくださぁーい」
「でもでも、藍様って噂どおりとっても男前なんですねぇー」
「お、男前……」

 少々ショックを受けつつも、藍は首を傾げて聞いた。

「ところで君たち、風見様を先生を呼んでいたが、この方から何か物を教わっているのかな?」

 少女たちは顔を見合せて、くすくすと笑い始めた。

「なに言ってるんですかぁー」
「藍様ったら冗談もお上手なんですねぇー」
「先生って言ったら、意味は一つしかないじゃないですかぁー」
「一つ、というと」
「それはもちろん」

 少女たちは示し合わせたように声を揃えて、

「幻想郷が誇るデザイナー、フラワーリン・カザミィナ先生ですぅーっ!」

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

(え、誰?)

 きょろきょろ周囲を見回してみたが、通りの中で立ち止まっているのは藍と三人の少女と風見幽香しかいない。その花の大妖怪は、顔を真っ赤にして顔を背け、必死に他人の振りを貫こうとしているようであった。

『……フラワーリン』
「……カザミィナ先生?」
「その名前でわたしを呼ぶなぁっ!」

 幽香がいつもののっそり感からはとても想像できない、凄まじい速度で距離を詰めてきた。藍の胸倉をつかみ上げて、物凄い勢いでがくがくと揺すぶる。

「いいいいい、いい、こ、このクソギツネ、もう一回その名前を口にしやがったら殺すわよ、全力で消し済み一欠けら残らず吹き飛ばしてやるんだからね、分かった? 分かったらさっさと返事しなさいこのクソギツネ!」
「はははははいはいはいはい、分かりました、分かりましたから離して下さいよ!」

 必死に言うと、幽香はようやく藍から手を離して、深々と溜息をついた。

「全く、なんだってわたしがこんな目に」
「いやぁーん、カザミィナ先生ったらとっても怖いですぅー」
「でもそんなところも素敵ぃー」
「メロメロですわぁー」

 甘ったるい少女たちの声に、幽香ががっくりと肩を落とした。
 聞くところによると、そもそもの切欠は毒人形のメディスン・メランコリーに服を作ってやったことらしい。幽香は最近メディスンと仲良くしているらしく、時折永遠亭に通っている彼女のためによそ行きの服をこさえてやったとか。一年中花に囲まれて暮らしている幽香らしい、花のコサージュをたくさん散りばめた実に素敵なドレスで、出来栄えとそれを着たメディスンの可愛らしさには幽香も大変に満足していたらしい。
 ところがそのドレスに目をつけた人物がいる。持病の相談のためにたまたま永遠亭を訪問していた、ファンシーショップの店主である。彼は一目このドレスを見るなりその素晴らしい出来栄えを誉めたたえ、「これは誰が作ったんだい?」とメディスンに問いかけたのだそうだ。
 無邪気な毒人形は「これを私が作ったってことは内緒よ、大妖怪としての沽券に関わるから」と幽香にしつこく釘を刺されていたにも関わらず、彼女が作ってくれた服を褒めてもらった嬉しさに、ついついこっそり幽香が作ったことを教えてしまったのだ。
 後はまあお決まりの流れで、危険も顧みずやってきた店主の根強い説得に根負けして、幽香は自分の手芸品等をファンシーショップに納品する契約を結んでしまったわけだ。
 幽香自身は説明しなかったが、多分メディスンが「幽香が作ったやつだったらきっとみんなも大喜びだよ!」とか言って説得の手助けをしたのだろう、と藍は予想した。以前紫から聞いたところによると、幽香の毒人形溺愛っぷりはなかなか凄いものだそうなので。

「なのにあの子ったら、せっかく作ってあげた服をすぐ破いたり汚しちゃったりするんだから。本当にもう落ち着きがないったら」

 幽香はぶつぶつと呟いていた。
 まあ、それはともかく。

「風見様の手芸品、ですか」
「ええ。主にコサージュとか……まあわたしも暇だったしね。しばらくの間ならやってもいいかなって」
「それでその、フラワーリ」
「殺すわよ」
「……妙な偽名というか……は、いったいどういった由来で?」
「本来の私のイメージからはかけ離れた、出来る限り馬鹿らしい名前がいいと思ったのよ。まさかあの大妖怪風見幽香がそんなことしてるなんて、想像する奴も出ないような」

 果たしてカザミィナというのが本来の彼女からかけ離れているのかどうかは分からなかったが、まあその名前にした理由は一応理解できた。
 しかし、

「それにしてはこの子たちには知られてしまっているようですが」
「どこかから情報が漏れたらしいのよ。どうせ天狗の誰かが盗み聞きしてたとかなんとかなんでしょう。それでもまさか住所までつきとめられるとは思わなかったけどね。ファンって怖いわ……」

 幽香はため息混じりに言う。彼女のような大妖怪が「怖い」などと口にするのは凄まじいことであるが、藍にも何となくその気持ちは理解できた。何せ、この少女たちときたら物凄いエネルギーの持ち主なのである。初老の自分にはとてもついていけないほどだ。

「力づくで追い払おうとしてもちょこまか逃げ回るし。これだから天狗は嫌なのよ。おまけにこいつら結界後の生まれで頭が春だから、脅しつけても聞きやしないし」

 博麗大結界構築後に幻想郷で生まれた妖怪は、人間との血で血を洗う争いを知らないために、構築以前に生まれた妖怪よりも格段に平和ボケしていると言われている。戦争を知らない子供たち、なんて言葉が外の世界には存在するらしいが、まさにそんな感じである。
 彼らの中には人間を食べるどころか襲ったことすらないような妖怪も多数存在し、そのあまりのボケっぷりに、「結界後の生まれ」と半ば揶揄されるように区別されることも多いのだ。
 藍自身は、別段それを悪いことだとは思っていない。そういう穏やかな精神を持った妖怪が生まれること自体、この郷が主の思い描く楽園に近づいていることだろうから、と。ファンシーショップなるものが流行っているのも、その象徴のようなことにすら思えるほどだ。

「そんなことより」

 幽香は不意に声を低くして、藍を睨みつけた。

「いいあんた、式だかなんだか知らないけど、このことは絶対紫にだけは言うんじゃないわよ」
「はあ。どうしてでしょうか」
「獣らしく愚鈍な頭をしてるようね。私みたいな大妖怪がこんなチャラチャラしたことやってるなんて、あのババァにだけは絶対知られるわけにはいかないのよ。奴に対してこんな致命的な隙を作ってたまるもんですか」

 またババァって言いやがった、と内心ムッとしながらも、藍は同時に苦笑していた。紫はこの幽香の現状を、馬鹿にするどころか心底羨ましがるだろう、と思ったからだ。
 何より、紫もこの会話は全て聞いているはずだから、もはや秘密にしておくもなにもあったものではない。それを明かすつもりはなかったが。

(それにしても)

 藍は束の間、目の前の大妖怪の怖い顔を見つめる。
 割と長い付き合いであるはずのこの妖怪も、紫の本当の趣味には気づいていない様子である。
 それだけ、八雲紫という妖怪が完璧に対外的な自分の役割を演じ切っているということだろう。
 それを再認識して少し俯きながら、藍は言った。

「分かりました、このことは私の胸だけに留めておくことにいたしましょう」
「物分かりがいいわね。長生きするわよ、あんた」

 幽香が満足げに頷くと同時、

「先生ぇー」

 天狗の少女が、幽香の袖を引っ張った。

「お話終わったんでしたら、わたしたちと一緒にお店の中見て回りましょうよぉ」
「はぁ? なんでよ? 大体あんたら、今出てきたところだったんじゃないの?」
「そうですけどぉー、先生と一緒に見てまわったらまた別の楽しみがあると思うんですぅ―」
「先生にもきっといい刺激になりますよぉー」
「新しいデザイン思いつくかもー。ね、ね、一緒に入りましょうよぉー」

 少女たちから口々に甘ったるい声を浴びせられて、幽香はまたため息をついた。

「分かった。付き合ってあげるからもうちょっと距離を置きなさい。鬱陶しいのよあんたたちは」
「この店に入られるんですか?」

 藍が少し驚きながら言うと、幽香は怪訝そうに眉をひそめた。

「ええ。こいつら、断ってもしつこく纏わりついてくるだろうし……こんなの引っ付けて町中歩くよりだったら、適当に付き合ってやった方がマシよ。どうせ暇だったしね。何かおかしい?」
「ああいえ、その」

 藍は相変わらず夢溢れる空間を演出しているファンシーショップの店先を見つめながら、

「何と言うか、私のような年寄りには近づきがたい場所だなあ、と思っておりましたもので」
「は、何を言うかと思えば」

 幽香は馬鹿にするように鼻を鳴らした。

「そんなん意識する時点で、自分がババァだって認めるようなもんじゃない。その調子じゃ、あんたもそう遠くない内に紫みたいになるわね」

 しまった藪蛇だった、と藍は後悔した。

(今の、間違いなく紫様にも聞かれたぞ……!)

 普段自分がババァと呼んでいる相手にこの余裕を見せつけられては、紫も心中穏やかではいられまい。
 そもそも日々幻想郷のことをあれこれ考えている紫と、特に気を患うこともなく花に囲まれてのん気に暮らしている幽香とでは、その辺の意識も違って当然なのだ。
 藍は背後の団子屋内を気にしつつも、滞りなく幽香に別れの挨拶を告げた。



 天狗の少女たちを連れた彼女の姿が完全に店の中に消えるのを見計らって、藍は急いで団子屋の中に取って返した。

「紫様! ……紫様?」

 店内はがらんとしていた。あの老婆がぼんやり突っ立っている以外は、誰の姿も見えない。
 困惑して店の中を見回すと、先ほど紫が座っていた座敷席の隅っこに、見慣れた隙間が開いているのが見えた。
 無言で近づいてその中を覗き込んでみると、ジャージに着替えた紫がこちらに背を向けて寝転がり、ぼりぼり尻を掻きながら、煎餅齧りつつワイドショーを見ているところであった。今にも屁を垂れそうだ。

「紫様ぁっ!」
「ん? ああ藍さんや、飯はまだかい?」
「なにヨボヨボしてんですかもう! ほら、早くいつもの服に着替えて出てきてください!」
「芋の煮っ転がし、食うかい?」
「ちょ、ご母堂ってばなに入ってきてんの!?」

 紫を引っ張り出しつつ老婆を抱きかかえて隙間の外に出し、藍はようやく一息ついた。

「紫様……」

 ジャージのまま座敷の卓に突っ伏している主に声をかけると、暗い声が返ってきた。

「藍……わたしはもうダメ。なんだかもう、なんかね。分かるでしょ?」
「はぁ、まあ。分からないこともないですが」

 曖昧に返事を返すと、紫は突っ伏したまま肩を震わせ、乾いた笑い声を漏らした。

「ホント駄目ね私。ババァとしても中途半端、少女としても中途半端……なんかもう死にたい」
「いやいやそんな、深刻すぎますよ」
「だって、冷静に考えると、今日の私って幻想郷史上最低にみっともない生き物じゃない?」
「そこまで仰らずとも」

 冷静に考えなくても徹頭徹尾ダメダメでしたよ、とはさすがに言えない。
 そうして藍は、慰めの言葉をかけることもできずに黙り込んでしまう。紫も卓に突っ伏したまま何も言わない。

「芋の煮っ転がし、食うかい?」
「いやご母堂、すまないが少しそっとしておいてもらえないだろうか」
「はい、はい」

 老婆が店の奥へと引っ込むのを見届けて、藍はふっとため息を吐く。
 ポップな音楽のせいもあって過剰なまでの明るさに包まれている通りとは裏腹に、こちらの店内は薄暗くて客もおらず、実に寂しいものであった。気のいい店主には悪いが、向い側の店とはまるで別世界のような寂れようだ。
 何歩か歩くだけで辿りつけるはずなのに、今はあの店が酷く遠くに感じられる。自分でもこうなのだから、紫にとってはもっと遠いのだろう、と藍は思った。

「私もね」

 不意に、紫が呟いた。

「分かってはいるのよ。こんなの全然似合わなくってみっともないし、いちいち大騒ぎするほどのことでもないし、ちょっと我慢しておけばそれで済む問題だって」

 突っ伏したままの紫の口から漏れ出すその言葉は、くぐもっていて聞き取りづらく、泣いているようにも聞こえるほどであった。

「でも、今日は特別な日だから。出来ることなら自分で足を運んで自分の目で見て自分の手で触れて、あれこれと考えて選んでみたかったの」
「どうしても、あの店でなくてはならないのですか?」
「ええ。ああいうお店が幻想郷に出来たっていうこと自体が、私にとっては特別なことなの。だから、出来れば……意味もない、子供っぽいこだわりだってことぐらい、分かってはいるのだけれど」

 紫はまた、それきり黙り込んでしまう。藍は何も言わず、再び店の外に目を向けた。
 不意に緩やかな風が吹き込み、何か小さなものがひらひらと空を流れてきた。何気なく手を伸ばすと、藍の掌の上にふわりと舞い落ちる。
 それは小さな、桜の花びらだった。

(……ああ、そう言えば、あの日もこんな具合だったか)

 桜の花びらを見つめていると、紫の言う特別な日というのが何なのか、藍にもようやく思い出すことが出来た。
 こうも必死になっている主の心情も、理解できた気がする。

(何とかして、紫様の願いを叶えて差し上げたいところだが)

 しかしどうしたものか、と藍は小さく唸る。本性を明かさず、大妖怪としての威厳を保ったままあの店を見回る方法が、どうしても思いつかない。幽々子のように紫の緊張を高めてくれる相手がいるなら何の問題もなかったのだが。

(しかし、そんな相手がどこに……)

 藍が苦悩していたとき、ふと、団子屋の店先に人影が現れた。
 今は閉店中だ、と声をかけようとして、藍は口を閉じる。
 そこに立っていたのは、見知った人物だった。長い髪に蛙と蛇を象った髪飾りをつけた、守矢神社の巫女。
 東風谷早苗というその少女は、藍と紫がいることに気付く素振りも見せず、何やら気落ちした様子で深々とため息をつきながら、店先にある長椅子に腰かけたようだった。

「やっぱり、無理だなあ」
「何がだい?」

 近づいて声をかけると、早苗は長椅子の上で悲鳴を上げて飛び上がった。こちらの姿を確認して、あたふたと頭を下げる。

「こ、こんにちは。ああ吃驚した、中にいらっしゃったんですね」
「ああ、まあね。ところで、何が無理なのかな」
「え、ああいいえ、下らないことですから、はい」

 ぎこちなく笑みを浮かべつつも、早苗はちらちらと通りの向かい側に視線を送っている。明らかにファンシーショップを気にしているらしきその仕草に、藍は何か直感めいたものを覚えた。

「いやいや、それは話してみないと分からないよ」
「え、でも」
「まあ、私で役に立てるかどうかは分からないけれどね。話してくれれば、何かいいアイディアが思い浮かぶかもしれないよ」

 早苗は少々迷う様子だったが、やがて躊躇いがちに打ち明け始めた。
 彼女の目当ても、やはりファンシーショップだったらしい。「早苗もたまにはああいうところで買い物を楽しんできたら」「そうそう、女の子らしくお洒落なんかしてみてさ」という二柱の言葉を受けて、一人この店を目指して山から降りてきたのだそうだ。

「でも、わたし、ああいう場所ってどうも慣れないっていうか……なんだか、意味もなく緊張しちゃって」
「ふむ。しかし、外の世界にはああいう店がたくさんあったのではないのかな」
「はい。でもわたし、ずっと修行ばかりでああいう場所とは無縁だったものですから。だけど幻想郷に馴染むためにも、ちょっと勇気を出してみようかなって」
「友達と一緒に来れば良かったんじゃないのかい」
「霊夢さんや魔理沙さんたちとですか? そうかもしれませんけど、なんていうか……」
「からかわれそうで気が進まない、とか?」

 藍の言葉に、早苗は驚いたようだった。

「は、はい。よく……」
「ま、分からなくもないよ。似たような人を知っているものでね」

 ともかく、これはチャンスだと思った。これを逃したら、もう後はないだろう。

「早苗」

 藍はさり気ない風を装って切り出した。

「それなら、君をからかったりしない、信頼に足る大人に付き添ってもらってはどうかな。あれこれとアドバイスもしてくれるだろうし」
「え? ええと、それは確かに頼もしいと思いますけど。信頼に足る大人、っていうのは」

 早苗は怪訝そうに、ちょっと首を傾げて藍を見た。藍は笑って首を振る。

「いやいや、私ではないよ。私もあまりああいった場所とは縁がないからね。頼りにはならないだろう」
「ええと、それじゃあ」
「私の主、紫様さ」

 一瞬の間を置いて、店の奥から「えっ」というかすかな驚きの声が聞こえてきた気がした。だがそれをかき消さんばかりの勢いで、

「えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 と、早苗が物凄い勢いで叫びながら立ち上がり、赤い顔で両手を振り始めた。

「だ、ダメダメ、ダメです、そんなのダメですよ!」
「おや、どうしてかな」
「だ、だって、紫さんって妖怪の賢者って呼ばれてる、幻想郷の中でもかなり高い地位にいる大妖怪なんでしょう!? そんな方にこんな下らないことを頼むなんて、そんな恐れ多い」
「いやいや、そんなことはないよ。君だって今は幻想郷の住人だし、あの守矢神社の風祝なわけだからね。これから長い付き合いになるだろうし、こちらとしても親交を深めていきたいのさ」
「で、でも、だからってこんな」
「……ということで、いかがでしょうか、紫様」
「ふへぇっ!?」

 変な悲鳴を上げる早苗を尻目に、藍はゆっくりと店の奥へ目を向ける。すると座敷席の暗がりで、紫が静かに茶を啜っていた。幸いこちらの狙いがある程度は伝わったようで、服装はジャージからいつものものに変わっている。

「ゆ、紫さん、いらっしゃったんですか!? じゃあ、今の話も……」
「ええ、全て聞かせていただきましたわ」

 紫がちょっと首を傾けて、にっこりと微笑む。早苗が頬を染めて口をぱくぱくさせ始めた。
 主は優雅に立ち上がると、ゆったりとした落ち着きのある足取りでこちらに向って歩いてきた。

「でも藍、私抜きで話を進めようとするのは式としていかがなものかしら」
「は、申し訳ございません。ですが紫様は寛大でお優しくあらせられますから、必ずや承諾していただけるものと愚考いたしまして」
「あらあら、あなたもいつの間にやら世辞がうまくなったものねえ」

 外面ではくすくすと艶っぽい微笑みを浮かべつつも、紫は藍の頭の中で焦った声を響かせていた。

『ちょっと藍、いったいどういうつもりなのよ!?』
『いいから話を合わせてください! 早苗ならばお供としては最適だと判断したのです!』
『どうして!?』
『だって、見て下さいよこの子を』

 藍の言葉に従って、紫が早苗の方に目を向ける。少女はびくりと身を震わせて、赤い顔で落ち着きなく視線をさまよわせ始めた。

「あ、え、えと、あのわたし、こんなこと紫さんにお願いするだなんて恐れ多いことだと思いますしあの」

 しどろもどろになって、若干意味の通じないことを捲し立てている。藍は頭の中で紫に問いかけた。

『……どうですか。紫様がああいったご趣味をお持ちだなんて、微塵も考えていない顔でしょう。威厳ある大妖怪だと信じて疑わない顔でしょう』
『……ええ、そうね』
『もしも彼女にばれてしまったら、と考えると、いかがですか』
『ええ、今想像するだけでも胃がきりきりと痛んでくるわ……! 確かに彼女、緊張を保つための相手としては最適のようね……!』

 紫は数瞬目を閉じて逡巡しているようだったが、やがて覚悟を決めたらしい。相手を安心させるような慈悲深い微笑みを浮かべて、そっと早苗の肩に手をかけた。

「そんなに緊張なさらなくても、大丈夫ですわ」
「は、はいっ」
「私もちょうど退屈していたところでしたの。ですから、何も気を遣わなくてもよろしくてよ」
「で、でも、あんな俗っぽい店、紫さんのご趣味とは、その」
「あらあら、そんなことは関係ございませんわ。いついかなる場所においても、うつくしさというものは変わりなく存在するもの。私に全て委ねてもらえれば、必ずやあなたの魅力を引き立てる品を選びだして差し上げましてよ」

 すげぇ、この人自分でハードル上げてるよ。
 感嘆して見守る藍の前で、紫はそっと腕を差し上げると、早苗の顎に手を添えて優しく上向かせた。びくりと身をすくませる彼女の顔をのぞき込み、妖しげに微笑む。

「さ、いかがかしら。私でお役に立てることはありまして、守矢の風祝さん?」
「あう……えと、その……お、お願いしますぅ……」

 早苗はすっかりゆで上がってしまった様子だった。紫の演技が堂に入っていたおかげもあるのだろうが、なんとも素直な子だなあ、と藍はちょっと微笑ましく思う。

「さて、それじゃあちょっと出かけてきますわ、藍」
「はっ、私はここでお待ちしておりますので」

 束の間、二人の視線が空中で静かに絡み合った。

 ――いざ倒れ逝くその時まで。
 ――グッドラック。

 紫は早苗を連れだって通りの向こうへと歩いて行った。心配になって店先から覗いてみたが、あのクマや人形の楽団の歓迎も、「あらあら可愛らしいですこと」程度で流すことができたようだ。
 そうして藍が見守る中、二人の背中はついにファンシーショップの中へ吸い込まれていった。

(紫様……ここから先、私は何の手助けもできません。どうか、ご無事でお戻りくださいますよう……!)

 この上なく真剣に祈りを捧げたあと、藍は長い溜息をついて、店の中に戻った。
 先ほどまで紫の座っていた座敷に腰を下ろし、卓の上にあるお茶を一口啜る。実に渋い、老人好みの味がした。

(疲れた、な)

 改めて実感する。全身に重しをくくりつけられたかのように、体が酷く重かった。
 どうしてこんなに疲れているのだろう、と考えると、無理をしたからだ、という答えが胸の奥から返ってきた。
 何が、無理のあることなんだろう。
 何故、無理のあることになってしまうのだろう。
 藍はぼんやりと、この席からでは壁に阻まれて見通せない、ファンシーショップの方向に目を向けた。
 紫は今、早苗の買い物に付き合ってやっているのだろう。大妖怪らしい悠然とした態度を崩さず、本当はあの少女などよりも余程はしゃぎたい気持ちでいるのを、誰にも悟らせることなく。

「芋の煮っ転がし、食うかい」

 不意に声をかけられた。あの老婆が傍らに佇んでいて、にっこりと微笑んでいる。
 何と返答したものか、藍は少し迷う。そうしてから、溜息交じりに頷いた。

「では、頂こうか」
「はい、はい」

 老婆は店の奥に引っ込んで、五分もしない内に戻ってきた。盆の上には芋の煮っ転がしとお茶の入った湯呑と、それから団子が載っていた。

「いただきます」

 一声発して、煮っ転がしに口をつける。もそもそとした芋によく醤油がしみ込んだ、なんとも懐かしい味がした。

「うまいね」
「そうかいそうかい」
「でも、若い人が好きそうな味じゃあないね」

 煮っ転がしも、団子も、お茶も。
 紫が帰って来る前に全て片付けてしまおうと、藍は思った。



 そして一時間ほど経った後、ついに紫と早苗が帰還した。大きな紙包みを抱きかかえた早苗は今もどことなく気恥ずかしそうに頬を染めており、紫の方はそんな少女を見守るような、悠然とした微笑みを浮かべている。
 どうやら、主は無事にやり遂げたらしい。全身にじわじわと熱いものが広がっていくのを感じながら、藍は店先に現れた紫に向って大きく頭を下げた。

「お帰りなさいませ、紫様……!」
「ええ、ただいま、藍……!」

 二人の声音には、他の者には絶対に分からぬ深い深い感慨がこもっていた。だが今はまだ何も言うまい。何せ早苗がまだいるのだから。

「それで、どうだったかな、早苗」
「は、はい。たくさんアドバイスしていただいて、とっても楽しかったです」

 早苗は頬を上気させたまま頷く。その表情から見る限り、どうやら本当に楽しい時間を過ごせたようだった。

「そうか、それは何よりだ。それで、何を買ったのかな? 服? それとも指輪とか髪飾りとか、そういう」
「ああいえ、あの」

 早苗は大きな紙包みをぎゅっと抱きしめて、照れたように俯いた。

「ぬいぐるみ、なんですけど」
「ぬいぐるみ?」

 鸚鵡返しに問い返すと、早苗は恥ずかしそうに頷いた。

「はい。紫さんにもあれこれ勧めていただいたんですけど、なんだか、どれもピンと来なくって。それでふっとぬいぐるみの棚の方を見たら、蛇と蛙のぬいぐるみが並んでたから、あ、これがいいな、と思って」
「蛇と蛙のぬいぐるみとは、何と言うか、凄いね」

 どちらかと言えば少女には不気味がられそうな動物だが。

「あ、でもその辺はちゃんと可愛くデフォルメされてますし……それに、その二つが並んでたっていうのも、なんだか特別なことに思えたので」
「ああいや、別に難癖つけているわけじゃあないんだ。早苗がいいと思ったものを買うのが一番だよ。それで、買ったのはその二つだけかい?」
「あ、いえ。それとあと一つ、髪の長い女の子のぬいぐるみも」

 おそらく、紫が勧めたのだろう。藍の胸が温かくなった。

「でも、これで良かったんでしょうか」
「と言うと?」
「いえ、わたし、『たまにはお洒落してきたら』みたいに云われてきたもので……それなのにぬいぐるみなんか買って帰ったら、神奈子様たちをがっかりさせてしまうんじゃないでしょうか」
「そんなことはありませんわ」

 紫が優しい声で言った。

「その子たちを選んだのは、あなたのお二方を想う気持ちの表れですもの。きっと、喜んでくださいますわ」
「そうでしょうか……そうですよね」

 紫の言葉に勇気づけられたように、早苗は何度か頷いた。嬉しそうに笑いながら、丁寧に頭を下げる。

「紫さん、今日はこんな用事にお付き合いいただいてありがとうございました。とっても楽しかったです」
「ええ。こちらこそ、和やかな時間を過ごさせていただきましたわ。あなたの神様たちにもよろしくお伝えしてね」
「はい。とても親切にして頂いたとお伝えします。それでは、今日はこの辺りで失礼させていただきますね」
「ええ。道中お気をつけて」

 早苗は最後にもう一度頭を下げると、大事そうに紙包みを抱いたまま、暮れ始めた空の向こうへ飛んでいった。
 それを黙って微笑んだまま見送ったあと、不意に苦しげな吐息を漏らして、紫がその場に膝を突いた。

「ゆ、紫様、大丈夫ですか!?」

 慌てて声をかけながら、藍は紫を団子屋の奥の座敷席に運び込む。紫は式の腕の中で苦しそうに顔を歪めたまま、何やら呻きながら震える手を伸ばした。

「ああ、藍。藍」
「はい、私はここにおりますよ、紫様」

 藍が主の手を強く握りしめると、苦しげな顔に薄らと微笑みが浮かんだ。

「私、やったわ。やり遂げたのよ」
「ええ、ええ、分かっております、分かっておりますとも」
「ぬいぐるみちゃんにもお人形さんにも屈せず、ジュエリーにもアクセサリにも負けず……ああでも、途中で撮影を嫌がったドレス姿のチルノが逃げてきたり、ぬいぐるみを抱きしめた神綺ちゃんが駆け寄ってきたり、コサージュと麦藁帽子で飾り立てられた幽香が真っ赤な顔で飛び出してきたりしたときは本当にもうどうしようかと」
「よくぞ耐え抜かれました……! 紫様は私の誇りでございます!」

 心の底からの賞賛に、紫も満足げに頷いてくれた。
 数分後、紫は「もう大丈夫、ありがとう」と声をかけながら、ゆっくりと身を起こした。
 ごくりと唾を飲み込みながら、藍はこわごわと主に問いかける。

「そ、それで……そんな苦しい状況の中、紫様ご自身の目的は……」

 紫は穏やかに微笑み、懐から小さな小さな紙包みを取り出してみせた。

「買えたわ」

 震える声で呟きながら、紫は愛おしそうにその紙包みを胸に抱きしめる。

「買えたの。自分で選んで、買ったのよ」
「中身は……」
「リボン。きっと、あの子に似合うと思うわ」

 紫の目には薄らと涙が滲んでいる。口元に浮かぶ微笑みは本当に幸せそうだ。藍は何を言うでもなく、そんな主の姿を黙って見つめ続ける。
 赤み始めた薄暗い日差しの中に浮かび上がる紫は、かすかに震えているようだった。小娘のようにか弱いその姿に、藍の胸が締め付けられるように痛くなる。
 と、

「芋の煮っ転がし、食うかい」

 振り向くと、あの老婆が立っていた。盆の上に芋の煮っ転がしとお茶と団子を乗せて、皺だらけの顔一杯に嬉しそうな笑みを浮かべている。
 なぜか、ひどく腹が立った。

 ――止めろ、そんなババァの食うようなものを持ってくるんじゃない!

 ほとんど反射的にそう怒鳴りそうになった藍の前で、紫が一つ頷いた。

「ええ、頂こうかしら」
「そうかい、そうかい」

 老婆が差し出す盆を受け取るべきか受け取るまいか、藍は迷う。しかし主が背後から「藍」とたしなめるように言ったので、結局強く唇を噛みながら、盆を卓の上に運び込んだ。

「いただきます」

 静かに手を合わせて、紫が芋の煮っ転がしに箸をつける。

「あら、なかなかおいしいわね」
「そうですか?」

 藍はふてくされたように言った。

「別に、ご無理をなさらなくても」
「無理なんかしてないわよ」

 言いながら、紫はお茶と団子にも口をつける。そして、穏やかに微笑みながら言った。

「好きになれそうな味だわ」

 藍は何も言わなかった。



 そうして紫が出された食事を全て食べ終わった頃に、ちょうど店主が戻ってきた。紫と藍の傍らに佇む老婆を見て、心配そうに声をかけてくる。

「あの、大丈夫でしたかね。お袋が何かご迷惑をおかけしたんじゃ」
「いや、そんなことはないから安心してくれ。ところで、一つ聞きたいんだが」
「へい、なんでございましょう」
「ご母堂は、なぜああも煮っ転がしを食べさせたがるんだね」
「はあ。まあ、自分の好物ですからねえ。ああ、それと」

 店主が何気ない口調で付け足した。

「煮っ転がしは、ずっと昔に死んだあっしの妹の好物でした」
「妹君が?」
「ええ。若いくせに何かってえと年寄り臭いやつでしたがね。年寄りになる前に病でおっ死んじまいやして」
「そう、か」

 藍は店先で何やら楽しそうに話をしている紫と老婆を見つめたあと、かぶりを振って店主に言った。

「すまない、要らぬことを聞いたようだ」
「いえいえそんな。ところで、賢者様の御用は上手くいったんでしょうかね」
「ああ。君のおかげで大成功だ。今日は本当にありがとう。ずいぶん助かったよ」
「いやいや。あっしもお役に立てたんなら光栄でさあ」
「これは謝礼だ、取っておいてくれ。これからもご母堂を大切に、な」

 そうして店主に紙幣の束を握らせると、藍は紫について人里を後にした。



 山の向こうに沈みかける夕陽の光に照らされて、博麗神社に続く石段は静かに燃える炎のような色に染まっていた。
 それを見上げながら、紫は何度か深呼吸を繰り返している。藍は小さく苦笑した。

「大丈夫ですか?」
「え、ええ、大丈夫よ。ああ、なんだかすごく緊張するわ……!」

 言いながら、紫はゆっくり、一段一段石段を上り出す。藍も黙ってそれについて歩き始めた。

「……紫様でも、緊張するものなのですね」
「そりゃあもう。こんなにドキドキするのは、結界張るとき龍神様が降臨なさったとき以来かも」
「そこまでですか」
「そこまでよ。と言うか、藍」

 紫がちらっと肩越しにこちらを振り返りながら、苦笑を閃かせた。

「今更、緊張するものなのですね、はないでしょう」
「どうしてですか」
「どうしてって……だって、今日一日だけでずいぶんみっともないところ見せちゃったし。ふふ、主の威厳がた落ちでがっかりしたかしら」
「でも」

 思わず、声が出た。

「ん、なあに?」
「……いえ、なんでもありません」
「そう。ああでも、本当にドキドキするわ」

 そわそわしながら階段を上っていく紫の後ろで、藍は口を閉じていた。
 そうやって、さっき口から出かけた言葉を飲み込んでいた。

 ――でも、本当は全部冗談なんでしょう?
 ――本当は、ただ私をからかってるだけなんでしょう?
 ――紫様は大妖怪で、弱いところなんか何もなくて。
 ――普通の小娘みたいにかわいいものが好きだなんて、嘘なんでしょう?

 ああ、これだ、と藍は胸の中で嘆息する。
 結局、自分は紫の少女としての部分を上手く受け入れきれていないのだった。あの地下室を見せられても、今日一日あれだけ必死な紫の姿を見せられても、なお。
 幼い頃から、強くて頭が良くて、威厳に満ちた紫の姿ばかり見せられてきたせいかもしれない。だから、主の少女としての部分に、どうしても違和感を抱いてしまう。

 ――似合わないでしょう?
 ――私なんてどうせババァだし。

 自嘲する紫に、「そんなことありませんよ」の一言すら言ってあげることが出来ない。
 それが、泣きたいぐらいに悲しかった。

「藍」

 不意に呼びかけられて顔を上げた瞬間、藍は二段ほど高い場所から、紫に抱きしめられた。
 主の胸の中で驚く彼女の耳元に、紫が優しく囁きかける。

「今日は本当にごめんね、みっともないところばかり見せてしまって。でもそれも今日だけ。明日からはまた元通り。だから、何も気に病む必要なんてないのよ」

 強く抱きしめられて、息が詰まる。目元がじわりと熱くなってきた。

「今日だけ、というのは」

 どうしようもなく、声が震える。

「今日が、特別な日だからですか」
「ええ、そう」
「そんなの、どうせ伝わりっこないですよ」

 拗ねたような、子供っぽい自分の声がたまらなく嫌だった。

「紫様がどんな気持ちでそれを用意したのかも、今日がどれだけ特別で大切な日なのかってことも、あの巫女にはどうせ」
「いいのよ、伝わらなくても」

 紫はそっと体を離し、微笑みと共に藍の顔を見下ろした。

「伝わらなくてもいいの。私だけが分かっていればいいことだから」
「ですが」
「それに、あの子がそういうお祝いを喜ぶとも思えないしね。だからいいの。これはいつも通り、単なる八雲紫の気まぐれ。そういうことにしておけば、ね」

 そう言って労わるように藍の肩を軽く叩き、紫は石段の上で背を向ける。
 今、主の頭は藍よりも一つ高い位置にあった。今までずっとこうして、主の姿を見上げてきたような気がする。体だって大きくなったし、頭だって良くなったつもりだった。心だって、もう子供ではないつもりだ。
 なのに自分は、今も紫を見上げている。昔と何一つ変わることなく。

「さて、と」

 強く拳を握り締める藍の前で、紫が小さく呟いた。見上げると、主の背の向こうに、夕陽よりも赤い鳥居が見えていた。あともう少しで、博麗神社の境内に辿り着く。

「じゃあ、ちょっと行ってくるわね。先に帰ってもいいから」

 そう言って去りかける紫に、藍は声をかけた。

「あの、紫様」
「ん?」

 振り返る主の顔に、必死に言いかける。

「記念日とか、そういう日の贈り物だとか。そういうものを大事にして、大騒ぎするっていうのは、とてもその、少女らしいと、私は」

 いちいち言葉が詰まるのが無性に腹立たしい。なぜこんなこともすんなり言えないのか。
 苛立つ藍の前で、紫はそっと微笑んだ。

「ありがとう、藍」

 そう言い残し、紫は境内に登っていった。



 帰ってもいい、と言われはしたものの、藍はこの大騒ぎの結末を最後まで見届けるつもりだった。このままでは心配で夜も眠れない。

(ああ、どうなるだろう)

 神社の周辺に広がる森、その中の一本の木の陰に身を潜めながら、藍ははらはらと境内の中を見守っている。
 霊夢は先ほど、社の裏手から出てきたところだった。賽銭箱の前で体を伸ばして目をこすっている辺り、ひょっとしたら昼寝していたのかもしれない。

(全くのん気な奴だ!)

 藍は一人勝手に腹を立てながら、隠れている木の幹を強く握りしめる。こうしていると、胸の奥から心配ばかりが溢れ出してくる。
 大丈夫だろうか。気持ちを汲んでくれというのが贅沢なこととは分かっているから、せめて普通に受け取って、お礼ぐらいは言ってほしいものだが。

(間違っても突っ返したりその場で投げ捨てたりしてくれるなよ……!)

 木の幹がミシミシと音を立て始めた頃、賽銭箱の前に座った霊夢の傍らに、見慣れた空間の裂け目が現れた。いよいよだな、と藍は耳を澄まして意識を集中する。

「ごきげんよう、霊夢」

 からかうような声音と共に、紫が隙間から顔を出す。霊夢が呆れたようにため息をついた。

「相変わらず唐突に出てくるババァね」

 テメェこのクソ巫女。
 藍は危うく拳を握って飛び出しかけたが、寸でのところで自制した。落ち着け、落ち着け、と何度も自分に言い聞かせる。

「あらあらご挨拶ねえ。確かに私は年寄りだけれど」
「分かりきったことね。で、何か用?」
「あら、用がなくて出てきてはいけないのかしら」
「そりゃそうでしょ。ここは神社であんたは妖怪だっての」
「そうでしたわねえ」

 紫は軽やかに笑っているが、遠目に見ても藍には分かる。あれはタイミングを計っている顔だ。

(いつだ、いつ……!?)

 不意に、紫が霊夢の膝にぱさりと紙包みを投げ渡した。
 行った、と藍は手に汗を握った。

「なにこれ」
「開けてご覧なさいな」

 紫が素っ気なく言うと、霊夢は怪訝そうに包みを開いた。
 そして、中に入っていた桜色のリボンを、夕陽に透かすようにつまみ上げる。

「なにこれ」
「見て分からないかしら」
「……リボン?」
「そう」
「食べ物じゃないのね」
「食べてもいいのよ」
「遠慮しとくわ。で、なんでリボン?」
「別に、理由なんてございませんわ」

 紫はごくごく何でもなさそうな口調で語る。

「今日人里を覗いてみたら、なんだか面白そうなお店を見つけてね。暇つぶしに覗いて、気まぐれに買ってみたの。せっかくだからあなたにあげようかと思って」
「お店……あー、あのファンなんとかってやつ」
「あら、ご存じなのね」
「アリスが話してたような気がするわ。何の店だかよく知らないけど」
「相変わらずねえ」
「で、これもらってわたしはどうすりゃいいわけ?」
「さあ。せっかくだからつけてみたらいかがかしら?」
「ふむ」

 藍は固唾を飲んで事の成り行きを見守る。霊夢はその内「まあいいか」と呟き、いつも頭につけている赤いリボンを解くと、紫の贈り物のリボンで緩やかに髪を束ね直した。

(よし、よくやった!)

 藍は一人でガッツポーズを決める。一方紫も、さり気ない風を装いつつ嬉しそうに微笑んだ。

「あら、なかなか似合うじゃない」
「そう?」
「ええ。見てみる?」

 紫が手鏡を取り出して、霊夢に差し出した。巫女はそれを覗き込みながら、気難しげに「うーん」と唸って首を傾げる。

「どうしたの? 気に入らないかしら」
「ん。そういうわけじゃないんだけどさ」

 霊夢は手鏡をじーっと見つめたあと、紫の顔を見て一つ頷いた。そして、もらったリボンを無造作に解く。

「あ……」

 一瞬、紫の顔を悲しげな表情が過ぎった。
 藍の手の中で、木の幹がメキメキと物凄い音を立て始める。
 しかし、事態は予想だにしない方向に向かい始めた。霊夢はリボンを手に持ったまま、

「紫。ちょっと、後ろ向いて」
「え、どうして」
「いいから。ほら、帽子も取って」

 困惑する紫を強引に後ろ向かせると、彼女の頭から帽子を取って、髪の端をいくつかに束ねている小さなリボンも全て解く。そうしてから、紫の長い金髪を楽しそうにまとめあげて、先ほど彼女からもらった桜色のリボンで一つに束ねた。

「……出来たっと」
「霊夢? あなた一体」

 こういった髪形にしたことはあまりないのか、紫はしきりに後頭部を気にしている様子だった。そんな彼女の姿をしげしげと眺め、霊夢は満足げに頷く。

「うん、やっぱり。思った通り」
「思った通り、って」
「あんたの方が似合うじゃない」

 夕暮れの境内を一陣の風が吹き抜け、尾のように束ねられた紫の金髪を緩やかに揺らした。

「……そう、かしら」

 呆けたように呟く紫に、霊夢はまた一つ頷いてみせる。

「そうだって。ほら、自分で見てみなさいよ」

 言いつつ、手鏡を差し出す。鏡面を覗き込み、何度か角度を変えて、紫は少し不安げに首を傾げる。

「本当に似合ってる?」
「本当本当。らしくないわねえ。なんか、ずいぶん自信なさげじゃない」
「だってねえ、わたしみたいな年寄りに、こんな髪型」
「ああ、そういうこと。うん、確かにそういう意味では似合ってないかも」
「えっ」
「だってさ」

 霊夢はにっこり笑って言った。

「その髪だと、そこらの小娘みたいに見えるもん。大妖怪の威厳も何もあったもんじゃないわよね、それじゃ」

 またひとつ、風が吹く。
 紫の頬が薄らと赤みを帯びたのが、藍にはよく分かった。一方霊夢はそれに気付く素振りも見せず、風に舞う桜の花びらを見上げて、何かを思い出したようにぽんと手を打った。

「あー、やっぱりそうだ」
「な、なに?」
「いや、桜見て思い出したんだけど、今日ってわたしとあんたが初めて会った日じゃなかったっけ」

 一瞬、紫の返事が遅れる。彼女は赤い顔をぎこちなくそらしながら、

「そうだったかしら」
「そうだって。ほら、こんな風に桜が舞ってる夜で……わたしも正確な日付は覚えてないけど、多分間違いないわ」
「そうなの。だったら、そう、なのかもしれないわね」
「うん。っていうか、そうだって。なーんだ、だったら記念日の贈り物みたいな感じで、ちょうど良かったじゃない」

 気楽に手を振る霊夢の前で、紫がそっと、震える息を吐きだした。

「記念日の贈り物って言ったって、これ、突っ返されちゃったけど」
「えー、だって、それは明らかにあんたの方が似合うし。だからさ」

 霊夢はにっと笑って手を差し出した。

「代わりに何かちょうだい。できれば酒か食べ物がいいんだけど」
「……相変わらず意地汚いわねえ」
「いいじゃない。ほら、お酒、お酒!」
「はいはい」

 紫は穏やかに苦笑しつつ、隙間から日本酒の瓶を取り出した。
 杯を取ってくる、と言い置いて、霊夢が母屋の方に走っていく。
 黙って微笑みながらそれを見送る紫の頭の上で、束ねられた髪が優しく揺れた。



 一連の光景を、藍は黙って見つめ続けていた。
 一人霊夢を待ち続ける主の姿を遠くから見ていると、不自然なほどに胸がざわつく。
 すぐ近くで、バキリと何かが砕ける音がした。驚いて手を開いてみると、砕け散った木っ端がぱらぱらと地面に落ちた。

(ああ、いかんな。これはいかん)

 藍は表面の一部が大きく欠けた木の幹に手を突き、大きく息を吐きだした。
 これは良くない、と思う。本当に、良くない。
 あの紫の表情を見ろ。自分は喜ぶべきなのだ。
 だと言うのに、胸のざわつきは収まるどころか激しくなるばかりで、

「藍様?」

 不意に、背後から声をかけられた。驚いて振り向くと、そこに紙包みを抱えた橙が立っていた。

「あ、ああ、橙か。どうした、なぜこんなところに」

 動揺しながらも、なんとか表情を取り繕って声をかける。先ほどの失態を見られていやしないかと心配になったが、橙の顔を見る限り、見られてはいないようだった。猫はただただ不思議そうな顔で、藍の顔を見つめている。

「わたしは、人里から山に帰る途中で……藍様こそ、こんなところで何をなさってるんですか?」
「ん、いや、私はその、紫様のお供をな」
「あ、そうなんですか。紫様はあんなところにお一人で、巫女を待ってらっしゃるんですよね?」

 橙の視線を辿ってちらりと振り返ると、紫はまだ賽銭箱の前に座って、霊夢を待っているようだった。
 藍は後ろ髪を引かれるような想いで、無理やり紫から視線を引き剥がし、橙に微笑みかける。

「そうだよ。ちょっと用事があるらしいからね。邪魔をしてはいけない」
「じゃあ良かった。みんなにも、邪魔になるかもしれないから出ない方がいいって言っておいたんですよ」
「みんな?」
「あっ、いたいた」

 橙の後方からリグルやチルノらが向かって来た。

「もう、橙ってば一人でどっか行っちゃうんだもん」
「あれ、藍だ。こんなところで何してんの?」

 チルノがきょとんとした顔で首を傾げる。藍は笑って首を振った。

「別に、何もしていないよ。みんなはどうしてこんなところに?」
「えっと、ファンシーショップで写真を撮ってたら、思った以上に帰りが遅くなっちゃったので」
「そうそう。っていうか大ちゃん写真撮り過ぎだから」
「そして興奮しすぎだから」
「そ、そそ、そんなことないよ!?」
「今更遅いよもう」
「今日で大ちゃんの印象百八十度変わったよね」
「『大ちゃんフラーッシュ!』ってなんなの」

 遅れてやってきた大妖精やミスティア、ルーミアも、口々に騒ぎ始める。藍は慌てて、口元に人差し指を当てた。

「しーっ。ちょっと、静かにして、みんな」
「え、どうしたの」
「うん、いや、ちょっとね。紫様は巫女に大事なご用事があるそうだから、お邪魔してはいけないと思ってね」
「えー」

 チルノが不満げな声を上げる。

「あたいたち、霊夢に悪戯しようと思ってここに来たのに」
「なんでそんな」
「だって、今日ほとんど一日中ぞろっとした服着せられて、疲れたんだもん。なんかストレスかいしょーみたいなことしたいのよ」

 頬を膨らませているチルノを前に、藍はもう一度、ちらりと神社の境内の方を振り返った。
 いつの間にか霊夢が戻ってきていて、紫が二つの杯に酒を注ぎ終わったところだった。二人が軽く杯を合わせているのを見届けたあと、藍は微笑んで顔を戻す。

「それじゃあ、今日は八雲家へおいで。みんなでお泊り会といこうじゃないか」
「えっ、いいんですか藍様」

 吃驚している橙に、藍は頷いてみせる。

「もちろんだとも。今日、紫様のお帰りは遅くなるだろうから。何も心配はいらないよ。それじゃ、行こうか」

 藍は子供たちを促して、境内を振り返ることなく夕暮れの空に飛び上がった。
 そうして我が家へ向かう途中、藍はふと、傍らを飛ぶ橙の胸元に目をやる。

「そう言えば橙、先ほどから気になっているんだが」
「は、はい、なんですか?」
「その紙包みはなんだい? あの店で、何か買ってきたのかな」
「え、あ、はい。いえ、ですけど別に藍様には何の関係もないものでして」

 何やらしどろもどろになって説明しながら、橙は紙包みを隠そうとする。すると、にやけた笑みを浮かべたチルノがそばに寄ってきて、

「あたい知ってる! あんね、それは橙が藍との記念日」
「ちょっと、チルノ! それは言わないでってば!」

 橙が赤い顔で怒鳴りながら、チルノと空中で追いかけっこを始めた。

(なるほど、そういうことか)

 藍は少し照れくさい気持ちで微笑みながら、紙包みを大事そうに抱えて飛び回る己の式を眺めやった。
 主と式というのも、他の何かに比べて格別劣った関係ではない。
 単に、相手によって見せる面、見せられる面が違うというだけの話だ。
 それはアリスが母親の前でだけ子供っぽくなるということであり、幽香がメディスンにだけ優しい顔を見せるということでもある。
 本当にただそれだけの話で、逆に言えば自分はそういう当たり前の話すら、受け入れきれていないということなのだった。

(私もまだまだ未熟だな)

 こんな部分は、橙には絶対に見せたくない。そう思うと、紫の心情が少しは理解できるような気がして、藍にはそれがとても嬉しく、誇らしくもあった。

(それにしても、霊夢の奴め)

 藍は内心、苦笑いを浮かべる。

(あれで男だったら相当の女ったらしになれるぞ、あいつは)

 ほんの少し余裕を取り戻した気持ちでそんなことを考えつつ、さていつ頃橙とチルノの間に割って入るべきだろうか、と藍は首を傾げるのだった。



 後日、藍は廊下を通りがかりに、紫の部屋の襖がほんの少しだけ開いているのに気がついた。
 こっそり中を覗いてみると、桜色のリボンであの日のように髪を束ねた紫が、にこにこ笑いながら鏡を見ているところだった。
 藍はそっと微笑み、黙って静かに襖を閉じた。

 <了>
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