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【東方SS】もえもえ蓬莱人

2012/9/21に東方創想話に投稿したSSです。
 


『もえもえ蓬莱人』



 珍しい客が物珍しげにアリスの家の室内を見回している。

「いやー、凄いね。わたしも結構長く生きてるから人形屋敷ってのを見たことぐらいはあるけどさ、日本人形ばっかりだったから。こういう西洋の人形がズラーッと並んでるのって新鮮だわやっぱり。でもこう言っちゃなんだけど日本人形だろうが西洋人形だろうが人形ばっかりだと不気味だってところは変わんないよね。ああ悪い意味じゃないんだよ、こんなたくさんきれいな人形作れるってのはやっぱり凄いと思うし」

 その少女は、目を輝かせてはしゃいでいる様子だった。
 長く生きているからと言って必ずしも好奇心がなくなるわけではないらしい、と。
 心の中に新たな記述を加えながら、アリスは頷いた。

「それで、そろそろ用件を言ってくれないかしら、藤原妹紅さん」
「ああ、うん。ごめんごめん」

 テーブルの向こうに腰掛けた白髪の少女は、ちょっと気まずげに頬を掻いた。

「実は、わたしに人形作りを教えてほしくてさ」
「人形作りを?」
「そう」

 頷く妹紅に、アリスは眉をひそめる。
 世にも珍しい不死人だというこの少女とアリスとは、それほど親しい仲ではない。大体、彼女がこの家に来ること自体が初めてである。
 それがある日突然ふらりとやってきたと思いきや、人形作りを教えてほしいとは。

「駄目かな」
「別にいいけど。ただ一つ答えてくれない?」
「なに」
「誰を呪うの?」
「いや、呪いの人形作るのを前提にされても困るんだけど」

 顔をしかめる妹紅に、アリスは「違うの?」と首を傾げる。

「わたしはてっきり、あなたの特殊な趣味に使うのかと思ってたんだけど」
「特殊な趣味って……ああ、輝夜との殺し合いのこと? 違う違う」

 妹紅はあっさりと手を振る。

「そういう目的じゃないよ。もちろんあんたがやってるみたいに戦闘のサポートとかで使いたいんじゃないし、爆弾とか仕込もうってわけでもない。ただ純粋に、普通に人形が作りたいんだ」
「ふむ」

 アリスはじっと妹紅を観察する。
 基本的に他人のやることに興味を抱かないアリスだが、相手が妹紅ともなれば話は別だ。
 自分が元人間だからというのもあるが、人間から不死人へと変化したというこの少女が考えることには大いに興味がある。

「良ければ、理由を聞かせてもらえないかしら」
「うん、いいよ」

 妹紅は素直に頷いて、話し始める。

「わたしもこの郷に来て随分経つのよね。で、ちょっと前までは代わり映えもなく輝夜と殺し合いばっかりしてたんだけど、最近このままじゃ良くないなあって思い始めてさ。あんたもそう思わない?」
「まあ、殺し合いっていうのはあまりいい趣味とは言えないかもね」
「でしょ。わたしも例の異変のときにあんたたちと弾幕ごっこやったりして、それがきっかけで慧音以外の知り合いも増えて。それでいろいろ考えるようになったわけよ。そろそろちょっと生き方を変えなくちゃいけないなあって」
「どういう風に?」
「んー、こう、社交的っていうか前向きっていうか未来志向? みたいな。そう、未来志向な不死人になりたいのよね、うん」

 妹紅は一人で納得したように頷いているが、アリスとしてはまだ疑問が残る。

「それでどうして人形作りをしようって話になるの?」
「ああ、別に人形作りでなくちゃいけないってわけでもないんだけど」
「趣味っぽいことなら何でも良かった?」
「ん、まあね。まずは何か趣味を持つことから始めようかなと思って」
「隠居生活に入った仕事人間みたいなこと言うのね」
「輝夜の馬鹿にも同じようなこと言われたよ。ムカついたから燃やしてやった。まったくあの女、自分が高貴な生まれで教養深くて美人だからって人を見下しやがって」
「貶してるんだか誉めてるんだか分からないわよ」
「まあともかくそういうわけでさ」

 誤魔化すように咳をしながら、妹紅は真剣な目でアリスを見る。

「是非ともあんたに人形作りを教えてほしいのよ。仕事の片手間でもいいから、お願い。この通り」

 頭を下げる妹紅の前で、アリスはしばし考えた。
 そして一つ頷き、言う。

「つまり慧音に心配かけないように真人間になりたいっていうことね」
「何故それをっ!?」

 心底びっくりしている妹紅を見て、アリスは心の中で不死人に関する観察記録を追加する。
 長く生きているからと言って、必ずしも頭が良くなるわけではないらしい、と。

「まあ、いいでしょう。そんなに負担でもないと思うし、引き受けてあげるわ」
「本当!? ありがとう! あ、お礼は筍でいいかな?」
「いえ、要らないわ」

 アリスは首を横に振り、愛想のいい笑みを浮かべる。

「多分、何ももらわなくても報酬としては十分だと思うから」



 かくして、妹紅は毎日アリスの家に来るようになった。
 人形作りを教えるのは、アリスにとっても初めての経験だ。少しばかり不安がないでもなかったが、教え始めてすぐに、それが杞憂だったことが判明する。

「じゃあ試しに、その粘土こねて人の形にしてみてくれる?」
「んー……こんな感じかな、どう?」
「ええ。うん、いいと思うわ」
「いや、遠慮しなくていいよ? 駄目なところがあったらビシバシ指摘してくれても」
「そうじゃなくて、本当に指摘するところがないのよ。あなた随分器用ね」

 妹紅が作ってみせた粘土の人形のバランスの良さに、アリスは素直に感心する。

「本当にこういうことするのは初めてなの?」
「人形作るのは初めてだよ。ああでも、幻想郷に来てから暇なとき竹細工やってたからなあ」
「なるほど、それで指先が器用になったのね。だけど、それだったらそのまま竹細工を続けていれば良かったのに。いい趣味じゃない」
「竹細工はもうやだ」
「どうして」
「だって、わたしが竹細工やってると輝夜が自分の作った竹細工持って自慢しに来るんだもん。『あら妹紅さんったら随分素朴な作品作ってらっしゃるのね』か言ってスゲーの見せてくんの。ムカついたから燃やしてやった」
「なるほど」

 ぶすっとしている妹紅を見ながら、アリスは再び記述を追加する。
 長く生きているからと言って、必ずしも大人っぽくなるわけではないらしい、と。

「それはそれとしても、ここまで見事に人の形を作るためには、人体の構造をかなり正確に理解していなくてはならないはずだけど」
「人の中身なんていつも見てるよ。輝夜のばっかりだけど」
「ああなるほど、道理でどこかで見た体型だと思ったわ」

 納得しつつ、アリスは少し拍子抜けする。
 最初は少しばかり面倒くさいことになるかもしれないと思っていたが、これなら自分の指導なんかほとんど必要なさそうだ。

「じゃあ基本的な人形の作り方を一通り教えるから、後は自分で自由に作ってみてちょうだい」
「え、なんか適当じゃない?」
「習うより慣れろって言うでしょ」
「なるほどね。じゃあお願いします」
「分かったわ」

 そうして、アリスは妹紅の前で実演してみせながら、一通り指導してやった。妹紅は案外飲み込みが早く、手先が器用なこともあって大抵の工程は一度やってみせるだけで十分だった。
 服や飾りなんかを作る段階になったらその都度指導が必要だろうが、この調子ならそれほど時間はかからず次の段階に進めるに違いない。
 アリスはそう思っていたのだが。



「むー……アリス、わたしスランプかも」
「スランプなんて言葉、一流の芸術家以外が使ったら鼻で笑われるだけよ」
「そっか。じゃあ単純に向いてないのかなあ」
「そんなことないと思うけど」

 テーブルに肘を突いて頭を抱えている妹紅の前で、アリスは小さく首を傾げる。
 今、テーブルの上には妹紅が気に入らないと言って放り出した人形の素体が無惨に折り重なっている。

「ごめんね、なんかゴミばっかり増やしちゃってるみたいで」
「別にいいわよ。わたしも納得いかなくて途中で捨てることぐらい良くあるし」
「へえ、あんたでもそうなんだ。ちなみにそういうのってどう処分してるの?」
「後でまとめて燃やしてるわ。変なのが取り憑いても困るから、燃やすときまでは封印処理して地下室に安置してあるけど」

 答えつつも、アリスは自分の作品を作る手を休めない。
 今日作っているのは人形ではなく、ワイヤーアートというやつだ。様々な太さの針金を手で折り曲げて物の形を表現する芸術である。
 人形遣いとして有名なアリスだが、製作するのは人形だけではない。手芸というか、手を使う創作物全般が得意分野だと言っても差し支えない腕前である。

「よし、と。こんなところかしら」
「わあ。これ、もしかしてわたし?」
「あら、分かる?」
「そりゃあね。上手だもん」

 妹紅はテーブルの上に直立する己の影絵のようなワイヤーアートを感心した風に見つめている。

「あの異変の日に見たあなたの姿が印象的だったから、思い出しながら作ってみたわ」
「この赤い針金が不死鳥ね。本当、よく出来てるわ」

 妹紅はため息を吐く。

「わたしももうちょっと上手く作れたらなあ。このぐらいとまでは言わなくてもさ」
「別に上手じゃなくてもいいでしょ、趣味なんだし」
「でもどうせなら上手い方がいいじゃない」
「それはまあね。でも、あなたがちゃんと完成させられないのは、別に下手くそだからとか向いてないからとかじゃないと思うけど」
「え、そうなの?」

 驚いたように言う妹紅に、アリスは一つ頷く。

「だって、原因は全く別のことだもの」
「原因って?」
「あなた、何を作るかちゃんとイメージしてないでしょ」
「うっ」

 図星だったらしく、妹紅が小さく呻く。

「なんか、何でもお見通しみたいね。でも、それじゃ駄目なの?」
「そりゃそうよ。漠然とでもイメージを作っておかないと。人形に限らず何でもそうだけど、後から修正出来る部分ってそんなに多くはないのよ」
「なるほど。人生って取り返しのつかないことばっかりだもんねえ」
「そこまでは言ってないけど」

 自分の何十倍も生きてきた不死人にしみじみ言われてしまうと、どう返していいか分からないアリスである。

「まあともかくそういうことだから」
「うーん……一応、アリスが作ってるみたいな人形っぽいのを作ろうかな、ぐらいは考えてたんだけど」
「イメージはもう少ししっかり持った方がいいと思うわ。あなただったら……そう、たとえば慧音の人形なんてどう?」
「それは駄目」

 ほとんど即答に近い形できっぱりとした答えが返ってきたので、アリスは少し驚いた。

「駄目って、どうして?」
「いや、慧音の人形はさあ」

 妹紅は困ったように、あるいは何かを恐れるように顔をしかめる。

「なんか、そういうの作っちゃうといろいろ深刻になりそうで怖いっていうか。なんだろ、代用品みたいなの目指しちゃいそうっていうか。そういうことしたら、慧音は多分悲しむと思うし」
「……そう。分かったわ」

 あまり深く追及しない方がいいなと思いながら、アリスは心の中に追記する。
 長く生きているからと言って、必ずしも感性が鈍麻するわけではないらしい、と。

「じゃあ、次は明確なイメージを作るところから始めてみて。出来るだけ身近な人とかがいいと思うけど」
「身近な人ねえ……そもそもそんなに多くないけど。分かったわ」
「うん。それじゃ、わたしはちょっと出かけるから」
「え、わたしを残して?」

 妹紅は心底驚いた様子だった。
 それが、赤の他人に留守を任せていいのか、という驚きなのか、それともこんなところにわたしを一人で残していくのか、という驚きなのか。
 そのどちらなのかを考えるのは道中の楽しみにしようと思いつつ、アリスは頷いた。

「ちょっと、外せない用事があってね。あなたがここを出るまでには帰ってくるわ」

 まだ何か言いたげな妹紅にそう言いおいて、アリスはさっさと家を出た。



 妹紅の悪戦苦闘はそれから数週間ほども続いた。
 が、どうしても本人の納得がいくものは出来ない様子だった。
 そうして今日もまた、「駄目だー」という声と共に、人形の墓場に新たな一体が加わる。
 今日の人形は今まで作っていた女性の素体ではなく、がっしりとした男性の素体だった。

「これは誰をイメージして作ろうとしたの?」
「んーとね、昔凄い好きだった人」

 テーブルに突っ伏した妹紅が投げやりに言う。
 不死人の恋愛模様か、と一瞬興味を引かれかけたが、口調からしてそういうわけではないらしい。

「その人のためなら……いや、その人がわたしを見てくれるのなら何だってしてやろう、ってぐらい好きだった……つもりなんだけど。今となっては顔も良く思い出せないや」
「長い時間のために愛情も薄れた?」
「いや、多分本当はそんなに好きじゃなかったんだと思う。単に認めてほしかっただけで」
「愛情じゃなくて承認欲求だったってこと?」
「むつかしいこと言うのね。よくわかんないけど、多分そうなんでしょ。少なくとも、あれが愛情じゃなかったってことだけは、今ならよく分かる」

 どこか自嘲気味に言ったあと、妹紅は盛大にため息を吐いた。

「ああもう、どうしたらいいのかなあ。何だったら上手くいくんだろう」
「心当たりなら一つあるけど」
「え、なに? 心当たりって」

 妹紅が顔を上げた瞬間、突然入り口のドアが静かに開かれた。
 妹紅が驚き、アリスが無表情に視線をやる。
 ドアが開いた先に、美しい黒髪の少女が立っていた。

「げっ、輝夜」
「げっ、だなんて。下品なご挨拶ね、妹紅」

 輝夜は優雅に微笑み、アリスにそっと会釈して家の中に入ってくる。

「何しに来たのさ」
「あなたを笑いに来たのよ」
「なにおう」
「全く、最近竹林でホームレスを見かけなくなったと思ったら」

 輝夜はテーブルの山に築かれた人形の墓場を見て、呆れたように眉をひそめる。

「こんなところで不気味の谷を掘っていらしたのね。路上販売でも始めるつもりだったの? そんなに生活が苦しいのなら、永琳の治験バイトを紹介してあげたのに」
「拷問の間違いじゃないの、それ。っていうか別に生活に困ってるわけじゃないし」
「あらそうなの。じゃあどうしてここで職業訓練みたいなことやってるの?」
「あんたに教えるわけないし」
「新しい趣味として人形作りを習いに来てるのよ」
「ってちょっと、アリス!?」

 妹紅の抗議の声を無視して、アリスは輝夜に説明する。

「そろそろあなたとの殺し合いは卒業したいんですって」
「へえ」

 輝夜は面白がるように目を細め、妹紅を見てくすくすと笑った。

「なにさ」
「いえね、いつまでグズグズしてるのかしらって思ってたけど、妹紅も少しは大人になったのね」
「ちぇっ、自分がちょっとお姫様だからって偉そうに」
「そういう僻み根性を捨てられないから、あなたはいつまで経ってももこたんなのよ」
「うるさいな! ……えっ、それ悪口?」
「まあいいわ。わたしも暇だし」

 輝夜はそう言うと、近くにあった椅子に行儀良く腰掛けた。
 訝るように眉をひそめる妹紅に向かって、にっこりと魅惑的に微笑みかける。

「モデルにしてもいいのよ?」
「はぁっ!?」

 妹紅は素っ頓狂な声を上げて、それからゲラゲラと笑い出した。

「ばっかじゃないの。誰が好き好んであんたの人形なんか」
「あら。わたしはいいと思うわよ、妹紅」

 アリスは冷静に指摘する。

「やっぱりなんだかんだ言って、あなたが一番よく見てるひとといったら輝夜だもの。慧音でも良かったけど、それが駄目だとしたら一番作りやすいのは彼女じゃないかしら」
「むぐ……でもさー」
「いいのよ、妹紅」

 と、輝夜がやけに優しい声で言った。

「本当は自信がないのでしょ」
「は?」
「まあね、年中筍食って寝っ転がってぼりぼりお尻を掻いてるような粗野なホームレスのもこたんに、そこまで要求するのはかわいそうよね」
「何が言いたいのさ」
「あなたなんかに蓬莱山輝夜の美しさを再現するのは無理だと言ってるのよ」
「てめえ」

 妹紅が椅子を蹴って立ち上がった。
 その背に紅い炎が揺れ始める。

「妹紅」

 アリスは冷静に警告した。

「悪いんだけど、燃やすのは失敗作だけにしてくれないかしら」
「む。ご、ごめん、アリス」

 妹紅が炎を引っ込める。
 それから、澄まし顔で状況を見つめている輝夜をじろりと睨みつけた。

「分かった、そこまで言うならやってやろうじゃない。あんたなんかよりよっぽど綺麗な人形作ってやるよ」
「そう。それは楽しみだわ」

 面白がるような口調で言う輝夜をもう一睨みしてから、妹紅はどっかりと椅子に座り直す。
 そして、猛烈な勢いで人形の製作に取りかかった。



 それからまた数週間、妹紅は輝夜の前でひたすら人形の製作に没頭した。
 それは以前よりも数段辛い悪戦苦闘に見えたが、妹紅は以前よりも数段活き活きして見えた。

「ああ、またもこたんの手で産業廃棄物が生み出されてしまったわ」
「うるさいな、モデルは黙って口閉じてろよ」
「だからあなたには無理だって言ってるじゃない」
「何度も言わせんな、あんたなんかよりよっぽどきれいな人形作ってやるってね」
「ふふ、楽しみだわ」

 噛みつくような妹紅と、じゃれるような輝夜と。
 長年殺し合ってきたが故にごくごく自然な二人の会話を横目で見て、これならどうやら上手くいきそうだな、とアリスは密かに満足していた。



 そうして、さらに少しばかりの日数が過ぎた頃。

「……出来た」
「あら、まあ」

 満足そうに自作の人形を見つめる妹紅の前で、輝夜もまた意外そうに目を丸くしていた。
 妹紅の手の中にあるのは、輝夜の人形である。長い黒髪に一部の隙もない美しさを持ち、口元に優雅な微笑を浮かべた人形。
 専門家であるアリスですら感嘆を禁じ得ないほどに見事な出来映えである。

「凄いわ、妹紅」
「へへ、まあね」

 アリスの賞賛を、妹紅は素直に受け取った。

「悪いけど、輝夜の人形だったらアリスよりも上手く作れる自信があるよ。輝夜のことならわたしが一等分かってるからね」
「あらもこたん、あなたよりも永琳の方が良く知ってるはずよ」
「わたしは永琳が知らない輝夜のことだって知ってるのさ」

 妹紅が何か非常な確信を持ってそう言うと、輝夜は薄らと笑みを浮かべて人形を見た。

「でもその人形、残念ながらわたしそっくりとは言えないみたいね」
「そうだろうね、あんたよりも綺麗だもの」
「あら、随分と自信たっぷりね」
「そうでもないよ。これは失敗作だ。本物の美しさには数段劣る」
「えっ?」
「だから、もう要らない」

 そう言うと、妹紅は苦労して作り上げたはずの人形を無造作に放り投げた。くるくると空中を舞った人形は突如激しく燃え上がり、地に落ちる頃には消し炭すら残らない。
 その様を唖然として見守る輝夜に、妹紅はにっこりと微笑みかけた。

「お前ももう要らないや」

 妹紅がそう言った瞬間、輝夜の体が業火に包まれた。
 美しい少女が物も言わずに燃え上がり、膝を突くこともなく灰となる。
 その様を満足げに見守った妹紅は、アリスを振り返って肩を竦めてみせる。

「ムカつくから燃やしてやった」
「そのようね」
「勝手にアリスの人形燃やして悪かったけど、別にいいよね。あれ失敗作だし」
「美しさで本物に数段劣るから?」
「もちろん」

 迷いなく頷かれてしまっては、アリスとしては苦笑する他ない。
 そう、この数週間ほど妹紅と共にアリスの家に通い、人形のモデルを務めていた輝夜は、アリスの作った等身大の人形であった。
 妹紅が失敗昨だというのなら間違いなく失敗作だったのだろうから、燃やされたことには別段腹も立たない。
 とは言え、妹紅が自然と会話していたので、きっとばれていないと思っていたのだが。

「いつから気づいてたの?」
「最初から」

 妹紅が平然と答えたので、さすがにアリスも驚いた。

「じゃあ、なぜ」
「言わなかったのかって? いや、なんか意味があるんだろうなと思ったから、付き合った方がいいんだろうなと思って。結局何のお礼もしてなかったし」

 妹紅はそう言い、少し不快そうに眉をひそめる。

「でも、あいつが『あなたなんかに蓬莱山輝夜の美しさを再現するのは不可能』とか言うもんだから、カチンと来ちゃってさ。おかげで気合い入ったけど」
「どうして、その言葉にそんなに怒りを感じたの?」
「怒って当然じゃないか」

 妹紅はポケットに手を突っ込んで胸を張り、挑戦的な笑みを浮かべる。

「だって、輝夜の美しさを一等よく理解しているのはわたしだからね」
「よく分からないわね」
「お、こればっかりはさすがのアリスも分からなかったか。結構結構」

 妹紅は満足げに頷くと、どこか遠い場所を見るように目を細める。

「アリス、わたしの人生はね、あいつのせいで随分と無茶苦茶にされちゃったんだよ。あいつがいなければ、不死人になんかならずに普通の人間として人生を終えてたはずだ」
「それが輝夜のせいだと?」
「うん。もっと言うなら、輝夜が美しかったせいだ。わたしがこんなになっちゃったのは、輝夜が美しかったせいなんだよ。あいつが美しくなけりゃ、こうはなっていなかったはずなんだ。あいつがあんなに美しくなけりゃ」

 何かに憑かれたようなどろりとした口調で言うと、妹紅はどこか陶然とした薄暗い微笑みを浮かべる。

「だから、蓬莱山輝夜はこの世の何よりも美しくなけりゃいけないんだ。そうでないと困るんだよ、わたしが。あいつが美しいからこそ、わたしがここでこうなっていることにも意味があるんだ。つまりはそういうことなんだよ」
「よく分からないわ」
「分からなくていい。分かるのはわたしだけでいいんだ」

 それ以上、説明する気はないらしい。
 妹紅は立ち上がると、人形の墓場に背を向けた。
 入り口に向かって軽やかな足取りで歩き出す。

「じゃあ、わたしは帰るよ。今度は本物も燃やしたくなってきた」
「そう。あまりお役に立てなくて、悪かったわね」
「いや、こちらこそ……っていうか、やっぱり人形作りってわたしには向いてなかったね」
「そのようね。いえ、人形だけじゃないと思うわ」

 アリスは肩をすくめる。

「人形作りに限らず、絵でも刺繍でも彫刻でも……ともかく、人の形を作ろうとするのは止めた方がいいでしょう。結局同じことになると思うわ」
「そうか……じゃあ歌でも歌おうかな」
「輝夜の美しさを歌うのかしら?」

 アリスがそう言うと、妹紅は気難しげな表情で首を傾げた。

「……おかしいな、気楽にやれそうな趣味が一つもないような気がしてきた」
「難儀なものね」
「まったくだね。ま、ゆっくり考えるよ。時間だけはたっぷりあるからさ。それじゃ、またね」
「ええ、また」

 ぱたんと扉を閉じて、妹紅が去る。
 一人残されたアリスは椅子に腰掛け、人形の墓場をじっと見つめながら思索に耽った。
 果たして、この結果を成功と言うべきなのか、失敗と言うべきなのか。アリスにはよく分からない。不死人についての興味深い知識はいくらか得られたと思えるが、人形遣いとしての腕は否定されたも同然だ。

(いや、果たして本当にそう……?)

 この結果を受けて、アリスは心に引っかかりを覚えている。
 実を言うとあの人形は、本物の蓬莱山輝夜に瓜二つである、と当の輝夜本人はもちろんその従者である永琳にもお墨付きをもらったものであった。
 外見はもちろん実際に操り動かしたときの細かい所作に至るまで、二人の意見を聞いて調整したものだったのだ。

「これなら貴方が失敗しない限り、わたしでも気づけないかもしれないわね」

 本気か世辞かは知らないが、永琳ですらそう言って感心していたほどだった。
 にも関わらず、妹紅はその人形は美しさで本物に数段劣る、と言ってのけた。
 これは一体、どういうことなのか。やはり永琳が世辞を言っていたのか、それとも。
 いずれにせよ、妹紅が輝夜を輝夜として認識している「何か」を、人形に入れ損ねてしまったことだけは確かのようだ。
 果たしてそれが何なのかは、本人の言うとおり妹紅にしか分からないのだろうが。

(つまり、わたしが輝夜の人形で妹紅に負けを認めさせるのは絶対に不可能だということね)

 そう結論づけると、アリスは背中がゾクゾクと震えるのを感じた。
 やはり、面白い。
 これだから止められない、と思う。

(ま、何にせよ、彼女の方でも殺し合いを卒業できる日はまだまだ遠そうだわ)

 それが幸せなことなのか、それとも不幸せなことなのか。
 どちらとも判断できないまま、アリスは小さく息を吐く。
 そして最後に、心の中に一つ記述を付け加えた。

 長く生きているからと言って、必ずしも物事に対する執着が薄くなるわけではないらしい、と。

 <了>
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