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【東方SS】け

2012/2/14に東方創想話に投稿したSSです。
こんな日に何を書いてたんだろう俺……
 


『け』



(霊夢の鼻から……毛が……!)

 紫は戦慄した。

(え、ちょ、なに、そんな、どういう……っ!?)

 頭がひどく混乱している。今、目に映っているものが信じられない。
 しかし、何度見直しても間違いない。
 隣に座って澄まし顔でお茶を啜っている霊夢の鼻から、一本の毛が飛び出ている。
 なんというかこう、ぴょこん、という感じで。

「馬鹿な……ッ!」
「え、なに?」

 思わず漏らした呟きに、霊夢がきょとんとした顔でこちらに振り向く。

「なにが、馬鹿って?」
「あ、いや……な、なんでもないわ」
「……そう?」

 不思議そうに首を傾げる霊夢から、紫は思わず顔を背ける。下手に見つめていたらいろいろとボロを出してしまいそうだった。

(……霊夢の淹れてくれたお茶が飲みたいなー、なんて気楽な気持ちで来たら、とんでもなく厄介な事態に巻き込まれてしまったようね……!)

 紫はごくりと唾を飲み込み、頬に伝う汗を拭う。
 事態は深刻だ。先程霊夢が振り向いたから分かったことだが、彼女の鼻毛は下に向かって飛び出している。これが前に向かって飛び出していたなら、真正面からは多少見えにくくなったかもしれないのだが。

(いや……そんなことは大した問題ではない、か)

 己の浅慮を、紫は強く軽蔑する。
 見えにくくなったらどうだと言うのだ。目を閉じ視界を塞げば辛い現実が消えてなくなるとでも言うのか。
 答えは否、だ。
 目を閉じ耳を塞いでいかに否定しようとも、現実は変わらない。皮肉にも、超複雑な演算すら瞬時にこなす紫の頭脳が、何度再計算しても揺るがぬ解を弾きだしていた。
 幻覚でもなければ白昼夢でもない。精神攻撃の類でもない。
 鼻毛は今、確かにそこにある。

(そう……ある、のよね。あるのよ、鼻毛は)

 紫は沈んだ気持ちで、自分に言い聞かせる。
 しかし、認めたくないのもまた事実だった。
 まさか、あの霊夢に鼻毛が。暢気で感情豊かで天真爛漫で、何者にも捕らわれない清らかで汚れなき博麗の巫女に、鼻毛などというものが存在していようとは。
 もちろん、紫とて無知ではない。むしろ豊富すぎる知識を持っていると言ってもいいだろう。
 その知識が、理性が告げる。

 ――人間なんだから鼻毛ぐらいあるに決まっているだろう。

 対して、感情が反論する。

 ――やだやだやだ。霊夢に鼻毛があるなんて、そんなのやだ。

 大妖怪の頭の中で、理性と感情とが激しくせめぎ合っている。
 そう、これはどちらかと言えば感情の問題なのだ。
 何故、どうして、霊夢の鼻から毛が飛び出すなどという異常事態が発生して、しかもそこに自分が居合わせなければいけないのか。
 本音を言うなら、何も見なかった振りをして逃げ出してしまいたいところだ。だがこんな状態の霊夢を残したまま去ることなどできるはずもない。
 紫は意志の力を総動員し、手に持った湯飲みを強く握りしめて、なんとかその場に踏みとどまる。
 それは思った以上にきつい作業で、思わずため息を吐き出してしまったほどだった。

「……さっきからどうしたのよ、紫」

 霊夢が眉をひそめて問いかけてきた。

「なんか、変よ。急に焦ったり、ため息吐いたり」
「……なんでもないわ。気にしないでちょうだい」
「……別に、いいけどさ」

 霊夢は拗ねたように唇を尖らせたが、フン、と鼻を鳴らした拍子に鼻毛がぴょろぴょろとかすかに揺れているのが見えて、紫はなんだかもう耐えきれないような気持ちになった。
 これほど、己の無力を実感させられたことはない。月の誰かに土下座をかましたときだって、これほど屈辱的な気分にはならなかった気がする。
 やり場のない怒りが、胸の奥から突き上げてきた。

(そう……憎たらしいのは鼻毛なんて台無しな物体を作り出した輩よ!)

 湯飲みを握りしめたまま、紫はきつく天をにらみつける。
 まったく、この世というのは不条理だ。一体なぜ、少女という生き物と鼻毛なる物体がセットになっているのだろう。
 いや、一応、頭では理解できる。鼻毛にもちゃんと役割はあるのだ。鼻腔に異物が入るのを阻止したりとか、そういう立派な機能が。
 しかし、だからといって何故毛でなくてはいけないのかがどうにも理解できない。なんというかもっとこう、少女にぴったりでかわいらしい造形を持った物体で代用してもよかったのではないか。そうだ、他にも選択肢はたくさんあったはずだ。
 それなのにわざわざその中から毛を選ぶだなんて、何を考えているのか。人間を創ったのが神だか運命だかは知らないが、そいつは超のつくド変態に違いない。

「野郎が……ッ!」
「……紫、本当にどうしたの?」

 霊夢が先程よりも数段は深刻そうな顔で鼻毛を出したまま問いかけてくる。

「やっぱりおかしいって。一体誰に何をされてそんなに怒ってるのよ?」
「何をされたか……そうね、一言で言うなら……生命倫理と美的意識への侮辱、かしら」
「さっぱり分からないわ……」

 霊夢が首を傾げて、その拍子にまた鼻毛がかすかに揺れた。そんな光景を、紫はただ見ていることだけしかできない。
 さっきまでとは一転、ひどく悲しい気分になってきた。

「霊夢……現実って、残酷よね」
「今度は泣いてるし……」

 霊夢は呆れたように呟いたあと、ふと黙り込んだ。
 一瞬、紫は不安を覚える。今の自分の態度を見て、霊夢が己の状態に気づいてしまったのではないか、と。
 固唾を飲んで見守る紫の前で、何事かを考え込んでいた霊夢は、不意に顔を上げて決意を秘めた表情で言った。

「紫。正直に答えてほしいんだけど」
「な、なにを……何も、隠してなんか」
「一体、どんな深刻な事態が起きているの?」

 そう言われて、紫は思わず息を飲む。
 深刻な事態……そう、確かにこの上なく深刻な事態だ。
 そうでもなければ、八雲紫がこれほど追いつめられるはずもないのだから。

「……深刻な事態なんて、何も」
「嘘。だって、今日の紫は明らかにおかしいもの。急に焦ったり、怒ったり、泣いたり……今だって凄く苦しそう。そんな顔、今までわたしの前では見せたことなかったでしょ」
「霊夢……」

 わたしが見せてきた表情を覚えていてくれたのか、と紫の胸が少しときめく。けれども霊夢の鼻からぴょこんと顔を出している鼻毛を見て、ときめきは一気に沈んでしまった。

「ねえ、正直に話して。まさかとは思うけど、紫の手に負えないほどの大異変なの?」
「……そうね、わたしの手には……負えないわね」
「やっぱり……!」

 霊夢の顔がますます真剣味を帯びる。彼女が座ったまま身を乗り出してきたのでますます鼻毛がよく見えるようになり、紫は思わず顔を背けてしまう。

「どうしてそんな辛そうな顔を……紫、こっちを見て、一体何が起きてるのか説明してよ」
「無理……駄目よ、そんなの、無理に決まっているわ」
「何で無理なのよ」
「そんなの……言えるはず、ないじゃない」
「紫……!」

 顔を背けたままの紫に業を煮やしたのか、霊夢が前に回り込んできた。地に膝をつけて、ぐっと顔を近づけてくる。
 そして、見たこともないほど熱のこもった声で言った。

「お願い、紫。何が起きているのか、わたしにも教えて。わたしも協力するから。そりゃ、紫に比べれば力は弱いかもしれないけど……でも、わたしだってこの郷を守る博麗の巫女だもの。昔に比べたら、ちょっとぐらいは自覚があるつもりよ」
「霊夢……」

 必死に訴えてくる霊夢に、紫は驚きと感動とを覚えていた。
 まさか、あのお気楽でのんきでいい加減で怠け者の霊夢が、こんなことを言ってくれるだなんて。ここまで真剣に幻想郷のことを考えてくれていただなんて、紫は想像したこともなかった。
 だが、当然と言えば当然なのかもしれない。彼女だって博麗の巫女なのだ。特に昨今の幻想郷を取り巻く状況は非常に流動的で、異変騒ぎも相当に多い。
 その大半は後から振り返ってみればそこまで深刻な事態ではなかったかもしれないが、それでも霊夢はそれらの異変を通じて様々なことを考え、成長してきたのだろう。
 そう、霊夢は成長した。ずっとそばで見守ってきたはずの、紫ですら気づかない内に。

「だから、紫。少しはわたしにも頼って。お願いだから」

 危険を恐れず己の使命を全うしようとするその姿の、なんと気高いことか。
 強い決意を宿し、まっすぐに前を見るその瞳の、なんと美しいことか。

(でもごめんなさい霊夢、あなた今鼻から毛が出てるの……!)

 もういい、と紫は思う。
 これほどまでの決意を見せてくれた霊夢に対して、いつまでも鼻毛のことを黙っているなどあまりにも不誠実ではないか。
 言ってしまおう。「あなた今鼻から毛が出てるのよそれはもうぴょこーんって感じで」と。それで、笑い話にしてしまおう。
 そうだ、それがいい。
 そもそも、よく考えてみればそこまで深刻な話でもないのだから。

「分かった。じゃあ、言うわね」
「う、うん」
「あのね霊夢、あなた今」

 言い掛けて、紫はふと口を噤む。怪訝そうな顔をする霊夢の前で、己の心に問いかけてみた。
 それほど深刻な話でもない。
 本当に、そうなのだろうか。

(いや、違う……! これはもしかしたら、霊夢の死に直結するほど深刻な問題かもしれない……!)

 推論が凄まじい速度で紫の脳を駆けめぐる。
 紫は今まで、霊夢と鼻毛の話をしたことがない。当然と言えば当然の話だが、だからこそ、霊夢の反応が全く予想できなかった。
 単に恥ずかしがるだけならいい。怒らせてしまったとしても、まあさほど問題ではないだろう。
 だがもしも。
 もしも霊夢が、二度と人前に出られなくなるほどの強烈な恥辱を感じてしまったとしたら……?

(馬鹿げている……とは言い切れない。これはわたしにとって初めて直面する事態……ありとあらゆる可能性を考慮して動くべきだわ……!)

 そうだ。いかに霊夢が天真爛漫な汚れなき少女だったとしても、彼女はあくまでも人間なのだ。
 普段から鼻毛のことを神経質なぐらい気にかけている可能性だって、ゼロではない。

(そう、たとえば、霊夢が異常に鼻毛が伸びやすい体質だったとしたら……)

 そうだとしたら、霊夢は当然、日常的に鼻毛の処理をしていることだろう。毎朝起きては憂鬱な表情で鏡をのぞき込み、ため息混じりにぶちんぶちんと鼻毛を引き抜いては「ヘックショイ、ヘックショイ!」とくしゃみをかまし、唾の飛び散った鏡を拭き取りながらため息を吐いて「どうしてわたしってこんなんなんだろ」と呟いたりしているに違いない。特に気分が落ち込んでいる日にはちょっと泣いちゃったりもするかもしれない。
 そして魔理沙やアリス辺りが遊びに来るたびこう思うだろう。どうしてわたしだけが鼻毛のことで悩まなくてはいけないんだろう。わたしは何か、そんなに悪いことをしたのだろうか。
 しかしそんな悩みを他人に打ち明けるわけにもいかず、霊夢は一人その苦しみを胸に押し込んで気丈に笑うのだ。鼻毛が伸びやすいのは彼女のせいではないにも関わらず、そんなに苦しまなくてはならないなんて。

(なんてかわいそうな霊夢……!)

 紫の目からぶわっと涙があふれ出した。目の前で彼女の言葉を待っていた霊夢が、ぎょっとして目を見開く。

「ちょ、紫……!?」
「……ッ! やっぱり駄目よ、あなたに教えるわけにはいかない……! この事実、あなたには重すぎる!」
「そんな……!」

 霊夢はショックを受けたようだったが、それでも必死に食い下がってきた。

「わたしだって博麗の巫女よ、必ず耐えてみせるわ!」
「あなたは現実を知らないからそんなことが言えるのよ!」
「紫……」

 厳しく断ずる紫に、霊夢は今度こそ言葉をなくしたようだった。その瞳がかすかに潤むのを見て、紫は胸を痛める。
 だが、これでいいのだと自分に言い聞かせた。
 もしも霊夢が日常的に鼻毛の処理をしているにも関わらず、今日だけ一本見落として処理に失敗した、と仮定した場合、それを告げるのはあまりにも残酷すぎるのだ。
 他人には絶対に隠しておかなければならない秘密を知られてしまったら、霊夢はどう思うだろう。きっとひどい恥ずかしさを味わうことだろう。汚されたような気分になってしまって他人と会うのが怖くなり、引きこもってしまうかもしれない。
 そうして暗い部屋で毛布を引き被って一日中鏡をのぞき込み、ひたすらぶちぶち鼻毛を引き抜いては「ヘックショイ! ヘックショイ!」とくしゃみをかます日々を過ごすのだ。全ての鼻毛を引き抜いてしまっても、またいつ伸びてくるかという恐怖に苛まれて、人前に出て行くことなどできるはずもない。
 そんな絶望の日々の果てに、何が待っているのか。
 答えは考えるまでもなかった。
 すなわち、死、だ。

「……霊夢、よく聞いてちょうだい」

 紫は敢えて心を鬼にして、厳しい声で切り出した。

「わたしは、あなたを死なせたくないの。それが、今の正直な気持ちよ」

 霊夢をまっすぐに見つめて、努めて平坦な声で告げる。
 もう、目をそらさない。
 霊夢からも、鼻毛からも。

「分かって……くれるわよね」

 紫の言葉に、霊夢は長いこと俯いていた。
 そうして、どれぐらい経っただろう。
 霊夢は不意に顔を上げた。目に涙をためたまま、震える声で、

「……分からないわ」
「霊夢……!」
「分からないわよ、紫の言っていることなんて!」

 紫の呼びかけをかき消すように、霊夢は叫ぶ。目の端から涙の珠が千切れ飛んだ。ついでに鼻毛も揺れた。

「今更何を他人行儀な……! あんたとわたしは、一緒に幻想郷を守っていくパートナーのはずでしょ! そりゃ、わたしはあんたから見ればほんの一瞬しか生きてないような小娘かもしれない。でも、気持ちではあんたに負けてないつもりよ!」
「霊夢……!」

 今まで聞いたことがないほど熱のこもった声に、紫の息が詰まる。
 霊夢はそんな紫をまっすぐに見つめて、力強い声で言った。

「全部話して、紫。わたし、必ず受け止めてみせるから……!」
「霊夢……」

 紫は己を恥じた。
 先程あれだけの決意を見て、霊夢の成長を認めていながら、まだ心のどこかで彼女を見くびっていたのだ。
 今度こそ、本当に認めなければならない。
 霊夢は、強い。強い少女に成長した。
 そんな彼女が、鼻から毛が飛び出しているという程度の難事を受け止めきれないはずがない。
 たとえそれが彼女にとってどれほどの恥辱であろうとも、しっかりと受け入れて、また一回り成長してくれるはずだ。
 紫は、そう信じた。

「……分かったわ。霊夢。では、言うわね」
「う、うん」

 霊夢の顔に緊張が走る。紫は最後に、一縷の望みと祈りを込めて、彼女の鼻を見た。
 毛は、やはり飛び出している。
 むしろ、さっきよりも長くなったようにすら見えた。

(もはや退けない、か……)

 遂に、紫は覚悟を決めた。
 深く息を吸い込み、口を開く。

「霊夢、あなた今、はな……!」
「ちぃーっす」

 不意に、気の抜けた挨拶が紫の声に割って入った。揃って腰砕けになりながら、二人は声の方をみる。
 ちょうど、母屋の陰から一人の少女が顔を出したところだった。
 黒白の魔女服を着込んだ彼女の名は、霧雨魔理沙。霊夢の腐れ縁の友人であり、ずっと昔から博麗神社の常連でもある魔女だ。

「って、なんだ。紫も来てたのか」

 ちょっと顔をしかめながら、魔理沙が言う。それ自体は特に珍しいことではなかった。どうもこの少女は、霊夢の指導役のような立場に収まっている紫の存在が、あまり面白くないようだから。
 しかし、今はそんなことに構ってもいられない。

「……こんにちは、魔理沙。でも今ちょっと大事な話をしていたところだから……」
「お、なんだなんだ、異変でも起きたのか?」

 魔理沙が目を輝かせて近寄ってくる。しまった逆効果だった、と紫は少し後悔する。

「ええそうね、異変よ。しかもかなり深刻なやつ。今回ばかりはあなた普通に邪魔だから、ぶっちゃけどっかに行ってなさい」
「へん、そんな風に言われて引き下がる魔理沙さんだと思ったかよ。お前が絡んでるなら尚更首を突っ込みたくなってきたぜ」

 対抗心も露わに、魔理沙はますます近寄ってくる。
 そんな彼女に、霊夢の方も少しばかり苛立った口調で、

「あのね魔理沙、今本当に大事な話をしてるところだから、ちょっと後にしてほしいんだけど」
「な、なんだよ霊夢まで……わたしのことのけ者にするつもりかよ」

 魔理沙はさすがにちょっと怯んだ様子だったが、それもほんの一瞬のこと。きっと眉をつり上げ、退くことなく霊夢の前に立つ。

「ちょっと、魔理沙……!」
「冗談じゃない、こんな露骨に追い払われて引き下がれるもんか。こうなったら意地でも……」

 そこまで言って、魔理沙は不意に黙り込んだ。何か、信じられないものを見たような表情で目を丸くしている。

「……なによ?」

 怪訝そうな霊夢の声にも、魔理沙は答えない。
 だが数秒経ったとき、不意に「ぶっ」と奇妙な声で吹き出した。

(あ、やばい)

 そう思った紫が、止める間もない。
 魔理沙は霊夢の前に立ったまま、腹を抱えてけたたましい笑い声を上げ始めた。

「……え。ちょ、なに……」

 突然笑い出した友人に、霊夢は非常に驚いた様子だった。
 だが、魔理沙があまりにも長い時間馬鹿笑いを続けているので、段々不快になってきたらしい。

「ちょっと魔理沙、一体何がおかしくてそんなに笑ってるのよ!?」
「な、なにがって、だってお前……!」

 魔理沙は目の端に涙をためて笑い続けながら、震える手で霊夢の顔の辺りを指さす。
 そして、実にあっさりこう言ってのけた。

「霊夢。お前、鼻から思いっきり毛が出てるぞ」

 一拍ほどの間を置いて、

「……えぇっ!?」

 と、霊夢が慌てて鼻の辺りを押さえた。
 その顔が、見る間に赤くなっていく。

「う、嘘でしょ?」
「いや、本当だって。マジで鼻毛がこう、ぴょーん……ぶははははっ!」

 思い出したらまたおかしくなったらしく、魔理沙の馬鹿笑いが再開される。
 霊夢はますます顔を赤くして、

「っ……そ、そんなに笑うことないでしょ!?」
「だ、だってお前今の傑作だったぜ! ぴょーんって! あんな真面目な顔して、ぴょーんってお前! ぶはははははっ!」

 魔理沙は体をくの字にして笑い続けている。
 そんな不届きな友人を睨みつけながらも、霊夢は真っ赤な顔で鼻を押さえたまま紫に近寄ってきた。
 鼻を押さえた手のひらの下から、くぐもった声を震わせる。

「ゆ、紫、悪いんだけど、ちょっと待っててくれる……? は、話を聞く準備をしてくるから……!」
「え、ええ……」

 戸惑う紫に一方的に言いおいて、霊夢は母屋の中へ駆け込んでいく。
 その背中が見えなくなって数秒もしたあと、紫はようやく息を吐き出した。

(……良かった)

 なんとも、不思議な心地である。
 やっぱりそんなに深刻な話ではなかったな、という安堵感、あの霊夢でもやっぱり鼻毛は恥ずかしいんだな、というおかしみ、そして恥ずかしがる霊夢かわいすぎという愛おしさ。
 それらと一緒に妙な虚脱感が全身を包んでいて、座り込みたくなってくる。
 実際、そうした。さっきまで霊夢と一緒にお茶を飲んでいた縁側に座って、ただ彼女を待つことにする。
 そうしてふと隣を見ると、にやにや笑いを浮かべた魔理沙が座って、じっとこちらを見ていた。

(これは……)

 何か、とんでもなく不快なことを考えている顔だ、と。
 紫はそう思ったが、見てしまった以上、無視するのは逃げになるような気がしてしまう。
 だから敢えて余裕ぶった態度で、腕組みなんかしながら問いかけてみた。

「何か、言いたいことがありそうね」
「んんー? いやいや、言いたいことってほどでもないけどさー」

 魔理沙はにやにや笑いを崩さないまま聞いてくる。

「紫。お前さ、結構長くここにいたんだろ」
「まあ、そうね。30分ほどかしら」

 意図が読めないながらもそう答えると、魔理沙は「そうかそうか」とますます嬉しそうに呟き、それから紫を指さした。

「お前は30分間、霊夢の鼻毛に気がつかなかった」
「は?」
「あれだけいつもと違ってるのにな。30分も、気づかなかったわけだ」

 一人納得して頷き、「一方」と今度は自分を指さしてみせる。

「わたしは一目見てすぐに気がついた。霊夢の変化に。ま、当然だな。長い付き合いだからな」

 満足げに呟く魔理沙の意図を、紫はようやく察した。
 顔をひきつらせる彼女に、魔理沙は実に嬉しそうな笑みを向けてくる。
 そうして気安く彼女の肩を叩きながら、言った。

「な?」

 うわぁ、どうしよう。
 このガキ、すっげえうぜぇ。

(……いえ、落ち着くのよ紫。こんなガキにしてやられるわけにはいかないわ)

 紫は何とかして苛立ちを抑えると、努力して余裕の笑みを作った。
 そしてまだ得意げな顔をしている魔理沙に、穏やかな声で言ってやる。

「……別に、そんなに不思議なこともないと思わない?」
「なに?」
「ほら、わたしはデリカシーのない誰かさんと違って大人の女性ですからね。霊夢を傷つけないようにと思って、あえて気がつかない振りをしていたのかもしれませんわ」

 その言葉に、魔理沙は少しムッとしたようだった。
 しかし、紫が満足する間もなく、すぐに悪知恵を思いついたような顔で笑う。

「ははあ、なるほど。気を使ったわけか」
「ええ、そうよ」
「なるほどなあ、うんうん」

 紫の肩を、魔理沙はべしべし気安く叩く。

「そんなことで気を使わなくちゃならないなんて大変だな! まあ仕方ないよな、お前はわたしと違って霊夢とそんなに気安い関係じゃないもんな! 付き合いもわたしほど長くないしな! うん、仕方ない仕方ない!」

 最高に嬉しそうな顔だった。

「……」



 ぶちっ。

「ヘックショーイ!」

 鏡を見ながら鼻毛を抜いたら、途端にくしゃみが出た。

「ああもう、最悪……!」

 くしゃみの勢いで鏡に飛び散った唾やら何やらをふき取り、ついでに鼻紙で鼻を一かみ。もう出てないよな、と念入りに確認した後、霊夢は「よし」と呟いて立ち上がった。

「全く、魔理沙と来たら……!」

 ぶつぶつ呟きながら母屋の中を横切る。
 何もあんなに笑うことはないだろうし、指摘するなら後でこっそり指摘してくれればいいものを。
 あれでは、紫にもばれてしまったではないか。

(……まあ、ばれても別に問題ないか。紫がわたしの鼻毛なんか気にするはずないし)

 霊夢はそう考え直す。
 むしろ、今指摘されて逆に良かったという気がする。紫は何か、非常に真面目で深刻な話をしようとしていた。
 もし魔理沙が指摘しなかったら、霊夢は鼻毛を飛び出させたままシリアスな会話に参加する羽目になってしまっていただろう。

(そう考えると、まあ良かったか。さすがのわたしも鼻毛ぴょーんでシリアスやるのは無理だわ)

 ともかくも、鼻毛の問題は解決した。今度こそしっかり真面目な気持ちで話に臨もう、と思う。
 なにせあの紫があんな深刻な顔をするぐらいだ。今までに類を見ない最大級の危機が訪れているのは間違いないだろうから。

「……よし」

 小さく呟き気合いを入れたとき、霊夢はふと、妙な物音を耳にした。
 どたん、ばたん、と、何か大きな獣が暴れているような音だ。

(一体……?)

 戸惑いつつ、霊夢はその音がする方……先程まで紫と話していた部屋をのぞき込む。
 その途端、予想だにしなかったものを見て目を丸くした。

「……!」
「……っ!」

 声にならない声を上げて、魔理沙と紫が縁側で取っ組み合っている。何故かお互いの髪をひっつかんで、お互いの鼻に入れようと躍起になっていた。
 見たこともなければ、想像したこともない光景。
 一体これは何だろう、と霊夢は大いに戸惑い、それでもなんとか推測しようと試みる。
 そして、ようやく出した結論は、

(……魔理沙のおふざけに紫が付き合ってやってる、のかしら?)

 少なくとも、霊夢にはそんな風にしか見えなかった。
 何がどうしてこんなことになったのか、それは全く分からない。
 ただ、霊夢にとって喜ばしいことが一つある。
 顔を真っ赤にして取っ組み合っている紫から、さっきの深刻な気配がきれいさっぱり消えているのだ。
 となれば、問題は解決したということでいいのだろう。
 解決していないのなら、こんなくだらないことをしているはずがないし。

(良かった)

 みっともない喧嘩を前に、霊夢はほっとした気持ちで微笑んだ。



 <了>
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