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【東方SS】姉妹

2010/6/21に東方創想話に投稿したSSです。
 


『姉妹』



 暖かな春の日差しの下、桜の花びらがそよ風に流されていく。その行く先には博麗神社の母屋があって、花びらは開け放された縁側の奥へと導かれるように吸い込まれていく。
 宙を舞う花びらが安住の地と見定めたのは、口を開けて健康的な寝息を立てている霊夢の顔の上だった。
 花びらが額に張り付くと、霊夢は穏やかな寝顔をかすかにしかめた。誰かの手が優しくそれを払ってやると、また安心したように健やかな寝息を立て始める。

「のん気なものねえ」

 仰向けになって寝ている霊夢の枕元に座りながら、八雲紫は呆れて呟いた。
 この巫女ときたら、大妖怪たる自分がすぐそばにいるというのに少しも起きる気配がない。肝が据わっているというかのん気すぎるというか。

「食べられても文句は言えないわよ、霊夢」

 また呟きながら、紫は何とはなしに霊夢の姿を見つめ始める。
 母屋の畳の上、折り畳んだ座布団を枕にして仰向けに寝そべり、幸せそうに口を半開きにして眠っている。よほどいい夢を見ているのか、締まりのない笑みを浮かべた唇の端からたらりと涎が垂れてきていた。

「百年の恋も冷めるわね、これでは」

 ため息を吐きつつ、紫はハンカチを取り出して霊夢の口元を拭ってやる。気づく素振りも見せずに幸せそうな寝顔を浮かべている霊夢を見ていると、ついつい笑みが零れてしまう。

「相変わらず、小さな子供みたい」

 そっと目を細める。霊夢の姿は、出会った頃とほとんど変わらないように見えた。色気より食い気とでも言おうか。いつまで経っても、少女のままでいるようにすら思える。

「……そう思いたいだけなのかしら」

 ぽつりと呟く。多分、そうなのだろう。
 過ぎてみれば、全てがあっと言う間の出来事に感じられるに違いない。今はこんな風に大鼾を垂れ流している霊夢も、すぐに今よりずっと大人びた顔をするようになって、誰かに熱のこもった視線を注ぐようになるのだろう。それで誰かと結ばれて、子を設けて育て、役目を譲り渡し、何事もなく穏やかに死んでいくのだろう。
 霊夢は博麗の巫女なのだから、それ以外の人生を送る可能性だって大いにある。どちらかと言えば、紫が今想像したような普通の道を歩む可能性の方が低いかもしれない。
 こんな僻地の神社に一人暮らしで、人外の者としか接点がないような生活をしていて、次代の巫女は実子でなくてもいい。その上霊夢自身さほど他人をそばに置きたがらない性格である、とくれば、いよいよ以て生涯孤独という文字が似合いそうなものだ。
 けれども、そうはならないだろうな、という確信めいた想いが、何故だか胸の中にあった。霊夢はきっと、その立場や置かれた環境の特異さにも関わらず、普通の女とそうは変わらぬ人生を送っていくのではないだろうか、と。

「不思議ね」

 妖怪の賢者と呼ばれる紫にも、この確信の正体は今一つ掴めずにいる。正体が掴めないのに、確信として胸の奥に根付いているのだ。全く以て、奇妙なことだった。

「……あなたがあんまり感情豊かだからかしら」

 少し寝息が静かになった霊夢を見て、紫は小さく微笑む。
 そのとき不意に、境内の方から大きな声が聞こえてきた。

「おーい、霊夢ー? いないのかー?」

 紫にとっても聞きなれた声。同時に、足音と気配が近づいてくる。

「魔理沙ね。あの子ったら、また飽きもせずに」

 ちょっと呆れながら、紫は空間の裂け目を作ってその中に隠れる。
 別段隠れる必要などないのだが、ちょっとした悪戯心が湧いたのだった。

(魔理沙のことだから、寝ている霊夢を見たら下らない悪戯をするに違いないわ。それを見つけたらちょっとからかってやりましょう)

 藍辺りが聞いたら呆れそうなほど子供じみた考えだったが、やりたくなったのだからしょうがない。
 なに、誰かに咎められても「少女だから仕方がない」と言えばいいだけのことだ。何の問題もない。
 そんな風に考えながら、紫は空間の裂け目の奥で状況を見守る。
 少し経ったら、予想通り魔理沙が縁側から上がり込んできた。

「よう、霊夢……なんだ、寝てるのか」

 拍子抜けしたような声と共に、魔理沙が無言で霊夢の隣に座り込む。そして、寝ている友人の顔をじっと見つめ始めた。
 さて、どんな下らない悪戯をするつもりだろう。落書きか、それともくすぐりでもするのか。その後の霊夢の反応も含めて、紫はワクワクしながら状況を見守る。
 しかし、魔理沙はいつまで経っても何もしようとしなかった。ただ黙ったまま、霊夢の隣に座ったままでいる。

(どうしたのかしら……?)

 奇妙に思う紫の前で、魔理沙は何も言わずに霊夢を見つめている。とても穏やかで、満ち足りた顔だった。ただ、そうしているだけで満足だとでも言うような。
 差し込む日差しと柔らかなそよ風、吹き込んでくる桜の花びらに包まれて、寝ている霊夢の横に黙ったまま座っているというこの時間を、この上もない喜びと共に噛みしめている。
 それは、そんな顔だった。

「……ふあ……」

 その内、魔理沙もまた大きな欠伸をした。しょぼつく目をこすり、ちらっと霊夢を見てから緩やかな微笑を浮かべる。とんがり帽子を脱いでちゃぶ台の上に置くと、友人の隣にごろんと横になった。彼女もまた、静かな寝息を立てて眠り始める。
 そうして、いつまで経っても二人が起き出す気配を見せないので、紫はそっと空間の裂け目を抜け出して畳の上に立った。
 霊夢と魔理沙は、並んで眠っている。霊夢は相変わらずの高鼾だし、魔理沙の方もいつもの騒々しさからは考えられないほど穏やかな寝顔だ。魔法の研究に打ち込んで疲れていたのかもしれない。
 霊夢の寝姿を見ていて睡魔に誘われたのだろう。陰で必死の努力を重ねている魔理沙にとって、博麗神社に……と言うより霊夢のところへ遊びに来るのは、彼女なりの息抜きなのだろうから。
 そうして静かに、穏やかに眠り続ける二人を見ていると、ふと、

(……なんだか、姉妹みたいね)

 という感想が頭に浮かんできて、紫は不意に一つの考えに思い至った。
 それは、あの不思議な確信についてだ。霊夢が案外普通の女と大差ない人生を送るのではないか、という。その確信の根本にあるのは、案外、今目の前で寝こけている二人の姿なのかもしれない。
 聞くところによると、霊夢と魔理沙はかなり昔からずっと一緒に遊んできたのだそうだ。こんな僻地にある神社に、今と同じように毎日欠かさず魔理沙が通いつめるという形で。
 それは、ずっと変わらなかった習慣だ。無論、二人の成長過程で内面外面共にある程度の変化はあったのだろうが、結局のところ今も変わらず魔理沙は神社通いを続けているし、霊夢もそれを拒んではいない。
 その結果として、今目の前で仲良く眠っている二人の少女という現実がある。多分、これからもそう大きくは変わらないのではないかと予感させる、彼女たちの姿。

(……霊夢は魔理沙から学んだのかしら。誰かと一緒にいるということの楽しさを)

 だから、信じられるのかもしれない。
 今こんな僻地で一人暮らしている霊夢が、それでも将来人間的な幸せの中にあるのではないか、ということを。
 楽観的で都合のいい見方なのかもしれないが、今、紫は確かにそう信じていた。

「……のん気すぎるわね。この子たちの性格が感染ったのかしら」

 かすかに自嘲しつつ、「さて」と呟きながら、押入に歩み寄った。
 音を立てないように気をつけながら襖を開き、大きめの毛布を取り出す。
 それを二人にかけてやろうとしたとき、不意にちょっとした悪戯を思いついて、紫は小さくほくそ笑んだ。



 一時間ほど経った後、二人はほとんど同時に目を覚ました。
 そうして何故か毛布の下で互いに手と手を握り合っていたことに気がつき、なんだかやけにぎこちない感じになった。

 <了>
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