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【東方SS】わきがみ様わきがみ様、おいで下さい

2010/4/4に東方創想話に投稿したSSです。
 


『わきがみ様わきがみ様、おいで下さい』



「わきがみ様わきがみ様、どうかよろしくお願い致します」

 真剣な声で唱えながら、二人の少女が二礼二拍手一礼する。
 彼女らの眼前、守矢神社拝殿の正面に微かな後光を発しながら浮かんだ東風谷早苗は、穏やかに微笑みながら頷いた。

「はい、あなたたちの願いは確かに聞き届けました。きっと素晴らしい大会になることでしょう」

 早苗の声を聞いた二人の少女が、パッと顔を輝かせる。

「ありがとうございます、わきがみ様!」
「絶対優勝してみせます!」
「ええ、吉報を楽しみにしていますよ。くれぐれも、怪我をしないように。気をつけてお帰りなさい」
「はい!」
「それじゃ失礼します、わきがみ様!」

 礼儀正しく一礼して踵を返し、少女たちが歓声を上げながら空へと飛び上がる。彼女らはせいぜい十ぐらいの年にしか見えなかったが、空を飛ぶ姿にぎこちなさは全くない。
 博麗霊夢没後千年を迎えるこの時代、幻想郷の人間であれば、大抵の者が五つか六つを数える頃には空を飛ぶ術と弾幕用の幻術弾を生成する術を身につける。
 昔……それこそ早苗が幻想郷に来てばかりの頃ならともかく、今となっては格別珍しい光景でもない。
 それでも早苗にとっては、わずかな不思議さが拭いきれない光景だ。遠ざかっていく二つの小さな背中を見ながら、つい感慨深いものを覚えてしまう。

「時代も変わったものですねえ」
「やあやあ、調子はいかがですか、わきがみ様」

 しみじみ呟く早苗の声に、からかうような声音が被さった。
 聞き覚えのある声に早苗がムッとしながら振り向くと、案の定拝殿の屋根から黒髪の鴉天狗が飛び降りてくるところだった。
 軽やかに地に降り立つその天狗を、早苗は腕を組みながら睨む。

「文さん。その呼び方は止めてくださいって何度も何度も言ってるじゃないですか」
「今更それはないでしょう、わきがみ様」
「またそうやって……もう」

 軽やかに笑う射命丸文に、早苗は小さくため息を吐く。
 わきがみ様、という早苗のあだ名は、この千年ほどの間一度も変わっていない。
 彼女が人間としての生を終えた後に八百万の神々の一柱となり、初めて友人たちの前に姿を披露した際、

「つまりわきがみ様だな」

 と、霧雨魔理沙がニヤニヤしながら言い出して以来、早苗はずっとそう呼ばれているのだった。

「霊夢さんが素直に神になってくれていたら、あの人がそう呼ばれていたに違いないのに」

 ぶつぶつと文句を言う早苗の前で、文が楽しそうに笑う。

「まあまあ、いいじゃないですか。何せ早苗さんは『腋を司る神』なわけですし」
「そんなものを司った覚えはありません!」
「わきがみ拝めばあら不思議、知らない間に誰かが脇毛の処理を……」
「文さーん、そろそろわたし怒りますよー?」

 早苗が作り笑顔で言うと、文は「おぉ、こわいこわい」と呟きながら肩を竦め、わざとらしく口笛を吹いた。
 相変わらずだなあ、と内心呆れつつ、早苗はちょっとした仕返しをしてやることにした。意識して意地の悪い笑みを浮かべながら、

「ところで本業の方は順調ですか、射命丸編集長?」

 今度は文の方が顔をひきつらせる番だった。

「……編集長は止めてくださいよ」
「あら本当のことじゃないですか、射命丸編集長さん。来週号も楽しみにしてますよー」

 クスクス笑う早苗に、文は「かないませんねえ」と苦笑しながら、

「来週号ならちょうど刷り上がったところですよ。だから一休みにきたんです。読みます?」

 と、どこから取り出したものやら、一冊の雑誌を放ってよこす。早苗が受け取って目を落とすと、雑誌の表紙には今代の博麗の巫女の写真が大写しになっていた。その上には、「週刊弾幕少女」の筆字。表紙の右側には縦書きで、「博麗霊夢昇天千周年記念、大弾幕祭大特集!」の見出しが。

「今年もそんな時期、か。もう千年も経つんですもんねえ」

 吐息混じりに呟きながら、早苗はぱらぱらと雑誌をめくる。今週の主要記事は、大弾幕祭のメインイベント、幻想弾幕大会の優勝候補たちへの突撃インタビューだ。その中には、今代の博麗の巫女と守矢の風祝も含まれている。
 この雑誌「週刊弾幕少女」は、まだ博麗霊夢が生きていた時代に、射命丸文が冗談半分に創刊したものである。創刊当初は博麗神社に集まる飲み仲間たちの酒の肴になる同人誌程度の扱いに過ぎなかったが、弾幕ごっこ人口が増加したのに伴って、購読者数が激増。発行部数も天井知らずに伸びていった。
 そして、今。博麗霊夢没後千年を迎え、今や老若男女人妖問わず誰もが楽しむメジャースポーツとなった弾幕ごっこと共に、幻想郷一の発行部数を誇る刊行物として、王者の座に君臨し続けているのである。
 もちろん、射命丸文もそんな「週刊弾幕少女」の編集長として多くの者から尊敬を集めているのであるが、本人としては少々微妙な気持ちもあるらしい。

「……わたしの本業はあくまでも新聞記者なんですがねえ」
「記者は趣味で編集長が本業みたいな感じになっちゃってますよね、文さん」

 早苗が苦笑すると、文は悲嘆に暮れるように顔を手で覆った。

「ああ神よ、わきがみよ! 何故大衆は即物的な快楽ばかりに酔って、真の芸術には目を向けようともしないのでしょうか!」
「需要がないからでしょう」

 早苗がバッサリ切り捨てると、今度は文が苦笑いを浮かべた。

「その科白、早苗さんが言うと説得力ありますね」
「そうですか?」
「そうでしょうよ。あなたほど幻想郷住民の需要を読んで成功した人、他にいませんよ」

 言われて、早苗は何とはなしに境内を見渡す。守矢神社の境内は、今日も今日とて参拝客で一杯だ。大弾幕祭を間近に控えているためか、いつもより多いようにも思える。早苗と文が話し込んでいるのに遠慮してか、今は誰もが手水舎や絵馬掛の辺りに群がっているが。
 早苗の手の中の「週刊弾幕少女」を見つめながら、文は肩を竦める。

「さっきの子たちだって、幻想弾幕大会の優勝祈願に来たんでしょう?」
「ええ。まあもちろん、本当に手を貸したりはできませんけどね。安全で楽しい勝負を約束するだけです。そもそもあの子たちが出るのは子供の部のアート部門ですから、そうそう危険なことにはならないでしょうし」

 現在、スペルカードルールは「美しさを競う」という根本理念はそのままに、より遊びやすく誰もが参加しやすいよう、競技環境も含めた様々な面で洗練されている。
 具体的には、事故や不正防止のために立会神制度が導入されたことや、周囲の環境に被害を及ぼさぬために弾幕ごっこ用の結界が張られた空間が郷の各所に用意されていることなどが挙げられる。そういう場所でやれないときは、呼び出した立会神に結界を張ってもらっても良い。
 競技の形式自体も、様々なバリエーションが生み出されていた。昔ながらの弾幕合戦である「スタンダードルール」、模擬戦や鍛錬としての側面を重視し、近接格闘なども取り入れた「ファイターズルール」、札数無制限の「サバイバルルール」、数名の審査員に弾幕の美しさを評価してもらい、その評点で競う「アーティスティックルール」などである。
 これらの進歩に加えて、弾幕ごっこに参加するためのハードルもかなり低くなっている。もっと競技人口を増やしたいと願った者たちの手によって、空を飛ぶ術や幻術弾を生成する術などを容易に習得出来る訓練法が開発されたからである。
 体内に眠る霊力や妖力、魔力などを自覚するという初歩中の初歩のステップから始めるこの方法に従って訓練すれば、年端のいかぬ子供であっても一月あれば自在に空を飛び回り、小規模なものであれば幻術弾による弾幕を形成することすら出来るようになるのだ。
 この訓練法、通称「ミマーズプログラム」の考案者である霧雨魔理沙は、弾幕狂の魔法使いとしても広く名を知られている。彼女は異能者としての才能に恵まれなかったが故に相当の努力を重ねて種族魔法使いになったことでも有名だが、それ故に効率的な訓練方法について誰よりも良く理解していたというわけだ。
 このように、スペルカードルールに基づいた弾幕ごっこは、創始者たる霊夢が生きていた頃よりも広く、大規模な形でこの郷に根付いている。
 早苗自身も、黎明期からこの遊びに参加している最古参……通称「第一世代弾幕少女」の中の一人として、様々な活動に従事している。具体的には、アート部門の審査員として弾幕を評価したり、毎日郷の至るところで繰り広げられる弾幕勝負の立会神として二十四時間問わず呼び出されたり、といった具合だ。

「今年の大弾幕祭でも見られるんですかねえ、八雲紫さんと八意永琳さんによる『老人の部は名誉毀損だ』デモ」
「あるでしょうねえ。もう恒例のイベントと化してますし」
「守矢の風祝さんの調子はいかがですか?」

 もちろん早苗のことではなくて、今代の風祝を務めている少女のことである。
 早苗は笑顔で頷いた。

「ええ、頑張ってますよ。今年こそは博麗の巫女に勝つんだって大張り切りで」

 言いかけた瞬間、突如として凄まじい轟音が大気を震わせた。境内が地震のように揺れ動き、早苗と文は顔を見合わせる。

「これは」
「もしかして、また」

 二人が自然と、敷地の奥の本殿の方へ目を向ける。と同時に、その方角から天に向かって巨大な光の柱が立ち昇った。本殿の屋根が木っ端微塵に吹き飛んで空へとまき散らされ、周囲の木々から鳥たちがわらわらと飛び立つ。境内にいた人妖双方の参拝客たちも、一瞬顔を見合わせた後に巻き添えを喰らっては大変だと慌てて逃げ始める。
 そんな混乱の最中、一拍遅れて本殿の方向から一人の少女が走ってきた。早苗が着ているのと同じ、二の腕の部分の袖が切り取られた奇抜なデザインの巫女装束を身に纏っている。
 慌てふためいて半泣きになり、悲鳴を上げながら走ってくるその少女は、先ほど話に出ていた守矢の風祝である。その情けない姿に早苗がため息をこぼし、文がからかうような笑みを浮かべる。

「わ、わきがみ様ーっ!」
「無礼な呼び方は止めなさい!」

 飛びつくように駆けてきた風祝を、早苗は一喝する。少女はほとんど反射的に「し、失礼しました!」と姿勢を正したが、すぐにまた涙目になった。

「で、でもわきがみ様、今はそれどころでは……!」
「だからわきがみ様はおやめなさいと言っているでしょう! 全く……そんな風にいちいち動じるようでは、いつまで経っても博麗の巫女には勝てませんよ?」
「も、申し訳ありません……」

 風祝が俯いて身を縮める。早苗は小さくため息を吐いた。
 目の前の少女に限らず、守矢の風祝は何かと博麗の巫女の後塵を拝することになるのが、ここ千年ほどの伝統であった。
 正確には信仰で勝り弾幕ごっこで劣る、と言った具合であるが。

「で、でもわきがみ様、本当に大変なんです!」
「ねえ、それはひょっとしてわざとやっているのかしら?」
「あっ、す、すみませんわきがみ様! じゃなくって、えっと、わ、わきがみ様!」

 隣で笑い転げている文を一睨みしつつ、早苗は苦々しい表情を浮かべる。前々から思っていたことだが、この風祝はどうも突発的な事態に弱いところがあるようだ。

(普段は真面目で優秀な子なんだけどなあ)

 彼女に限らず、守矢の風祝にはそういった気質を持つ者が伝統的に多い。まさか自分の遺伝ではなかろうな、と少々危惧しつつ、早苗は静かに問いかけた。

「それで、何が大変なのですか。落ち着いて説明なさい」
「は、はい。実は、諏訪子様と神奈子様が……」

 予想通りの名前が出たと同時に、再び本殿の方から爆風と共に光の柱が立ち昇った。それも、今度は立て続けに六つほど。文が口笛を吹き、風祝が悲鳴を上げ、早苗のこめかみがぴきりと脈動する。
 次の瞬間、立ち並ぶ光の柱の隙間から、小さな影が二つ空へと躍り出た。

「このエロガエル! またわたしの知らない間にイケニエ連れ込んで!」
「あんだよ、いいじゃんそのぐらい! あたしゃ祟り神様だよ!」

 罵声をぶつけ合いながら、二つの影が縦横無尽に空を飛び回り、時折正面から激突しては火花と衝撃波と、ついでに怒声を辺り構わずまき散らす。

「なにが祟り神よ、いい年こいて人間の小娘相手にイケニエごっこしてるだけじゃない! わたしという者がありながら!」
「そのあんたがいちゃいちゃもべたべたもちゅっちゅもさせてくれないから若い娘で代償行為に及ぶしかないんでしょうが!」
「まあいやらしはしたない! 貞淑な日本女性の言うことじゃないわ!」
「柱と注連縄背負った大和撫子がどこにいるってのよ!?」

 怒鳴り声と共に唸りを上げて高速回転する鉄の輪が風を裂き、迸る光条が空を薙ぎ払う。拝殿の屋根が抉られ、境内の石畳が次々と粉砕されていく。
 渦巻く破壊の嵐の中、風祝が涙目できゃーきゃーと喚きながら早苗に抱きついてくる。「落ち着きなさい」と彼女を引きはがしたとき、早苗はふと、別の方向からも悲鳴が聞こえてくるのに気が付いた。

「助けてーっ!」
「死んじゃう、死んじゃうーっ!」

 などと叫びながら、二人の少女が本殿の辺りを転げるように逃げ回っている。
 遠目に見てもなかなか可愛らしい顔立ちをした少女たちだったが、何故か身に纏っているものは薄い布が一枚きりだ。しかもかなり小さい。時折爆風に煽られて、大事なところがちらちらと見えたりしていた。

「あやや、あれが今回のイケニエさんたちですか。さすが洩矢様、きれいどころをひっかけてきたものです」
「撮らない、撮らない」

 すかさずカメラを構える文をため息混じりに止めつつ、早苗は風祝の少女に命ずる。

「あの二人を保護してあげなさい」
「は、はいっ」

 慌てて頷き、風祝がイケニエの少女たちに向かって駆けだしていく。
 彼女にしても少女たちにしても、さすが弾幕ごっこ慣れしている幻想郷の娘と言うべきか。きゃーきゃーと悲鳴を上げながらも、降り注ぐ光の雨や鉄の輪を割合危なげなく回避している。よほどヘマをしない限り、死んでしまうようなことはないだろう。
 もちろん、だからと言って放っておくわけにもいかないが。

「全く、いつもいつも……」
「いやはや、相変わらずお盛んですねえ、洩矢様は」

 ヘラヘラ笑いながら気楽に言う文を、早苗はジロリと睨みつける。

「笑い事じゃありませんよ。そのたびに神社壊される身にもなってください」
「いいじゃないですか、伊吹様やら天子さんやらに頼めばすぐ直るでしょう? あの方々をいくらもてなしたって、ここの財産はびくともしないでしょうし」
「まあそうですけど」
「でしたら、一緒に観戦しようじゃないですか。おっと、今日の鉄の輪はいつもよりも多めですよっと」

 暢気ににやつきながら文が手をかざして見つめる先には、相変わらず怒声と弾幕をばらまいている二柱の神がいる。
 八坂神奈子と洩矢諏訪子。現在守矢神社に祭られている三柱の神の内の二柱である。
 古くから守矢神社に祭られてきた神として、早苗などより余程長い間共にいるはずの二人だったが、最近は何かとこうした喧嘩が絶えないのだった。

「わたしが人間だった頃は、もっと仲がよろしかったと思うんですけど」
「洩矢様の方が自制なさってただけだと思いますけどねえ。基本的に、信仰しなきゃ祟るぞゴルァ! ってスタンスなんでしょ? その上あの人物理的な意味でも性的な意味でも生け贄喰いまくりだったらしいですし」

 文の言葉は正しい。実際、諏訪子は宴会で酔っぱらうと大抵そういう残虐な昔話を披露しては周囲の顰蹙を買ったり喝采を浴びたりしている。諏訪子の外見が幼いと言ってもいいほど可愛らしい少女であることを考えれば、信じられないことだ。本人曰く「この方がいろいろと興奮するから」だそうな。
 昔は「あの子の教育に悪いから」と神奈子に頼まれたとかで、諏訪子はそういう面を早苗にはあまり見せていなかった。ところが彼女が神としての道を歩きだして以降は、まるで反動のごとく自重しない放蕩生活を送っている。
 人里でのナンパ、連日のごとく神様連中とどんちゃん騒ぎをしての朝帰り、イケニエと称して人妖問わず美少女を連れ込んでは触ったり舐めたり揉んだりなどなど、やりたい放題である。
 そしてそのたび神奈子が怒って、今回のような喧嘩へと発展するわけだ。

「わたしとしては八坂様側にも原因があると思うんですがねえ」
「それはまあ、少しはそう思いますが」

 文の呟きに早苗が苦笑したとき、イケニエの少女二人を抱えた風祝が、息も絶え絶えに転がり込んできた。

「た、ただいま、戻りました……」
「遅い。動きに無駄が多すぎます。あと三十二秒は早く戻れたはずですよ」
「も、申し訳ありません」

 うなだれる風祝の前で、早苗は「全く」と腕を組む。隣の文が「うわー」と嫌そうに顔をしかめた。

「相変わらずスパルタですねえ。人間としてはかなり上等だと思いますが」
「それじゃ駄目なんですよ。博麗の巫女に勝てません」
「別にいいじゃないですか。信仰だったら圧倒的にこっちなわけですし」
「駄目ですね。信仰で勝ち弾幕で勝ち、守矢が完全勝利を収めるのです」

 言って、早苗はにやりと笑う。

「そうすれば、幻想郷の信仰は全てわたしたちのもの……」
「あややや、懐かしいフレーズですねえ」

 ニヤニヤ笑う文に、早苗は照れ笑いを浮かべる。

「まああの頃は若かったですから」
「今でも十分お若いと思いますがね」

 文の言葉と同時に、

「今日という今日は許さないわよ、この浮気者!」
「おーおー、やったろうじゃん! 第二次諏訪大戦の勃発じゃあ!」

 元気な二柱の言葉が光の矢と共に降り注いでくる。それを危なげなく避けながら、文が苦笑した。

「……まあ、若いって言ってもあの方たちほどじゃありませんが」
「あのお二方は若すぎるんですよ、いろんな意味で……」

 早苗はぼやき、「さて」と息を吐いた。

「とりあえず、そろそろ止めてきます」
「あや、そうですか」
「文さんも手伝ってくださいますか?」
「ご冗談でしょ」

 空の激戦を見上げて、文は苦笑した。

「あの神様たちの間に割って入ろうだなんて。幻想郷で二番目と三番目に信仰を集めていらっしゃる方々ですよ? 一瞬で焼き鳥になっちゃいますよ」
「大丈夫、諏訪子様ならおいしく召し上がってくださいます」
「遠慮しておきますよ。まだ清いままでいたいのでね。ま、ここでベストショットを狙うとしますよ」

 文はニッと笑ってカメラを持ち上げてみせる。早苗はかぶりを振った。

「あなたって人は、またそうやって傍観者を気取って」
「頑張れわきがみ様、あなたがナンバーワンだ」
「あとで殴りますからね。……あなたはイケニエの人たちをしっかり守るように。いいですね?」
「は、はい!」

 風祝に命じると、早苗は地を蹴って空へと飛び立った。渦巻く風を纏いながら、遙か上空の二柱を見据えて矢のように飛ぶ。

「全く、お二人とも」

 降り注ぐ光の雨をかいくぐりながら、早苗はふと苦笑した。

「仲がよろしいのは結構なことですけれど、いい加減もう少し落ち着いてくださいよっ、と」

 上空に飛び出した早苗は、躊躇なく二柱の間に割って入った。ぎょっとする彼女らの目の前で、飛来する鉄の輪を全てたたき落とし、光の矢弾を残らず結界で弾き飛ばす。ついでに蛇のように蠢く結界を放って、諏訪子と神奈子の体を一瞬で縛り上げた。
 そうして先ほどまでの激戦が嘘だったかのように晴れ渡った青空に、三柱の神だけが取り残される。

「さ、早苗……」
「いやあの、これは……」

 縛り上げられたまましどろもどろになって何事か言い訳しようとする二人に、早苗はにっこり笑いかけ、

「二人とも、下で正座!」

 と、眉をつり上げて怒鳴りつけた。



「いい加減にしてくださいよ、二人とも」

 縛り上げられたまま正座した二柱の前で、早苗は深々とため息を吐いた。周囲の境内はあちこちが抉られていて、見るも無惨な有様だ。
 とは言え、最近の守矢神社ではさほど珍しい光景でもないのだが。

「もうこれで何度目ですか。わたしそのたびに言ってますよね。喧嘩するなとは言わないけどせめて口論の範囲に収めるなり、周りに被害が出ないように結界張ってその中でやるなりしてくださいって。わたしたちはともかく、ここには参拝客だってたくさん来るし風祝の家族は人間なんですよ? 万一のことがあったらどうするんですか」
「ご、ごめんよ、早苗。つい」

 と、しおらしく謝る神奈子の横で、「へん」とそっぽを向くのは諏訪子である。

「なんだいなんだい、この間までおしめしてたくせに偉そうに」
「ちょっと、諏訪子」

 咎める神奈子の言葉もなんのその、諏訪子は蛙のように頬を膨らませて喚き散らす。

「あたし悪いことなんてしてないもんね! 祟り神としての本能に従っただけだもんね! 文句があんならイケニエもってこい、イケニエ! 信仰しなきゃ祟るぞコラ!」
「無茶苦茶言わないでくださいよ。駄々っ子ですかあなたは」

 好き勝手喚く諏訪子に、早苗はまたもため息一つ。
 本当にこの神様と来たら、早苗教育という煩わしい制約から解放されて以来、以前にも増して好き放題である。
 まあ「背伸びしてる子供みたいで可愛い」と一部から大人気で信仰ガッポガッポであるから、悪いことばかりでもないのだが。

「ともかく」

 と咳払いして、早苗はじろりと二人を睨む。

「今度こそ、これっきりにしてくださいね。いくらわたしたちが幻想郷一の信仰を誇ると言っても、財源は無尽蔵じゃないんですから」
「でも早苗」

 と、今度は神奈子が不満げに言う。

「わたしの言い分も聞いてちょうだいよ。諏訪子ったら酷いのよ、わたしというものがありながら、イケニエとか言って若い娘と昼間っからいちゃいちゃネチョネチョ」
「だからそれはあんたが未だに接吻の一つも許してくれないからでしょうが!?」

 諏訪子が唾飛ばして怒鳴りながら立ち上がる。

「いっつもいっつも迫るたびにはぐらかされてさぁ! 一体あと何百万年待たされんのよあたし!? いい加減もう我慢の限界だっつーの!」
「だって恥ずかしいんだもの!」

 神奈子も顔を真っ赤にして立ち上がり、いやんいやんと首を振る。

「接吻だなんてそんな、はしたないやらしい……貞淑な日本女性のやることじゃないわ!」
「だったらせめてお手手繋いでその辺散歩するぐらいはしてくれてもいいじゃん!」
「そんなことしてみんなに噂されたら恥ずかしいし……」
「いい年こいたあんたのその科白の方がよっぽど恥ずかしいわ!」
「それにほら諏訪子、物事には段階ってものがあるじゃない? 接吻とか手を繋ぐとか、わたしたちにはまだ早いと思うの」
「何千万年言ってんのそれ!? 枯れるを通りこして化石になって発掘されちまうよあたしゃ!」 

 諏訪子は目を剥きながら金髪を振り乱して叫ぶ。

「うあーっ、もう嫌だ、こんなお預け生活はもう一秒たりともごめんだ! あたしゃ祟り神様だよっ、我慢なんて言葉、オタマジャクシだった頃から一回も使ったことないんだからね!」

 諏訪子は顔を真っ赤にして全身を震わせ、

「ケロォォォォォォォッグッッッ! もう我慢できなーいっ!」

 叫びながら早苗の結界を引きちぎり、小さな体で蛙のように神奈子に飛びかかる。

「はい、そこまで」
「ゲコォッ!?」

 早苗は諏訪子の顔面に容赦なく平手を叩きつけ、境内に張り倒した。石畳にめり込んでぴくぴくと痙攣する諏訪子を見下ろしながら、パンパンと手を払う。

「落ち着いてください、諏訪子様」
「あんた最近ホント容赦ないよね……」

 石畳から体を引っこ抜きつつ、諏訪子が苦々しく言う。その鼻からタラリと鼻血が垂れたのを見て、いつの間にか結界を解いた神奈子が慌てて駆け寄った。

「諏訪子、大丈夫?」
「おー、平気平気、こんなの膜が破れたときに比べりゃ」
「諏訪子様」
「うっさいなあ、もう」

 早苗が低い声で遮ると、諏訪子はまたぶすっとしてそっぽを向いた。

「ともかくですね」

 早苗は咳払いをして二柱に向き直る。

「お二方はこの神社の神様なんですから、もう少し威厳と落ち着きを持ってください。と言うか取り戻してください」
「でも早苗」

 何か言おうとした神奈子に、早苗は特大のため息と共に答える。

「神奈子様も神奈子様です。子供じゃないんですから、せめてもうちょっとぐらい積極的になれませんか?」
「だ、だって、恥ずかしいんだもの……」

 神奈子は長身を縮めてもごもごと口ごもる。

「それにわたし戦神だしそういうの苦手だしよく分かんないし……」
「……諏訪子様も、もうちょっとお上品というか、優しく迫れないんですか」
「だって我慢できないんだもん」

 諏訪子が子供っぽく唇を尖らせる。

「それにわたし祟り神だし、上品とか下品とかよく分かんないし」
「……あーもう、ホントにこの人たちは……」

 ぼやいたとき、早苗はふと顔を上げた。その仕草に気づいた神奈子と諏訪子も、きょとんとして早苗を見る。

「早苗?」
「どうしたの?」
「ああ、いえ」

 早苗は少し考え、わざとらしい口調で言う。

「ちょっと、お呼びがかかったみたいで」
「ああ、お役目?」
「わきがみ様の?」
「わきがみは止めてください」

 きつい声で言ったあと、早苗は二柱に背を向ける。

「まあそういうわけですので、ちょっと行ってきますから。お二人で片づけておいてくださいね」
「えー」
「返事」
「はい」

 不承不承返事をする二人にまたため息一つ吐いて、早苗は山の麓に向かって飛び立った。



「……お役目、なんて言っちゃってさ」

 飛んでいく早苗の背中を見ながら、諏訪子が苦笑する。

「そんなの自分で飛んで行かなくても、分霊降ろせばそれで事足りるっていうのに」
「わたしたちが仲直りできるようにって、気を使ってくれたんでしょ?」

 諏訪子に並んで空を見つめつつ、神奈子はしみじみと頷いた。

「強くなったねえ。成長したよ、早苗も」
「中身も力もね」

 少し苦々しく、諏訪子がぼやく。

「まさかあんなルーキーに信仰で追い越されるとは思わなかったよ、あたしゃ」
「それはわたしもよ、諏訪子」

 早苗が神になった日のことを思い出して、神奈子が苦笑する。

「だって、まさかねえ。あんなものを司る神になろうだなんて、誰も思いつかないって」
「だよねえ。その発想はなかったっていうか。コロンブスの卵っていうの? 言われてみれば確かにそれが一番だって思ったけど」
「実際今やこの幻想郷中見渡しても、早苗の信仰量がぶっちぎりのナンバーワンだからね」
「おかげでロクに遊べやしないよ、ちくしょうめっ」
「あんだけやっててまだ遊び足りないっての、あんたは」

 悔しげに石ころを蹴飛ばす諏訪子に、神奈子が呆れてため息を吐く。
 そして、半ば瓦礫の山と化している境内を見回しながら小さく笑い、

「ね、諏訪子」
「ん。なに、神奈子?」

 見上げてくる諏訪子に顔を近づけ、こっそりと耳打ちするように、

「弾幕ごっこ、しよっか?」
「あん?」

 諏訪子は一瞬怪訝そうに眉をひそめたが、すぐに悪戯小僧のような笑みを浮かべてぴょんと立ち上がり、

「いいの? また早苗に怒られるよ?」
「ここまで壊しちゃったんだ、一緒でしょ。さ、やろうよ。仲直りの印にね」
「オッケー。じゃ、わたしが勝ったらカナちゃんのチューね!」

 唇を伸ばして言う諏訪子に、神奈子があたふたと手を振る。

「だ、だからそういうのはまだ早いったら!」
「いいじゃん! あたしが負けたらお手手繋いで散歩してあげるよ!」
「ちょ、それわたしが勝っても負けても……ちょっと、諏訪子!?」

 慌てふためく神奈子からケラケラと笑って逃げ、諏訪子は拝殿の前にたどり着く。まだそこにいた文と風祝が目を丸くして出迎えた。

「あやや。弾幕ごっこですか、洩矢様」
「まーね。今週の『週刊弾幕少女』に写真載っけてもいいよ?」
「それはありがたい。バッチリ撮らせていただきますよ」
「それではどうぞ、諏訪子様」

 風祝が礼儀正しく頭を下げながら脇にのけ、恭しい仕草で拝殿を示す。
 諏訪子はピョコンと飛んで賽銭箱の前に立ち、追いついてきた神奈子と並んで手を打ちながら、

「わきがみ様わきがみ様、おいでください」



「では、合意とみてよろしいですね?」

 人間の里に程近い街道の途中、守矢神社第371分社に立会神として呼び出された早苗は、目の前の少女二人に対して厳かに確認を取る。
 二人の少女は真剣な顔で頷いた。

「はい、お願いします、わきがみ様」
「ルールはスタンダード、スペルカードは三枚。勝った方が大弾幕祭に妹紅さんを誘えるっていう条件で」
「了承いたしました」

 答えながら、この報酬を提示されるのって何度目だっけなあ、と早苗は内心苦笑する。今も竹林に住んでいる蓬莱人藤原妹紅は、幻想郷一のイケメンとして、少女たちの憧れの的なのだ。ちなみに人気No2はリグル・ナイトバグ、No3はレミリア・スカーレットである。時代も変わったものだ。

「それでは弾幕ごっこを始めますが」

 早苗は弾幕ごっこ用の結界を周囲に広く張りながら、自分が呼び出された小さな分社を手で示す。

「その前に、宣言をどうぞ」
「はい」
「わかりました、わきがみ様」

 二人の少女は互いを牽制しつつも分社の前に立って同時に二礼し、よく通る張りのある声で言った。

「わきがみ様、わきがみ様!」
「どうかわたしたちの弾幕ごっこが正々堂々行われるよう、お見届けください!」
「そしてこの勝負が終わった後、わたしたちがよりよく互いのことを理解しあえるよう、お見守りください!」
「わきがみ様わきがみ様、どうぞよろしくお願いいたします!」

 二度手を打ち、一礼。
 その瞬間、二人の手から光の粒子があふれ出し、風のように流れて早苗の体に吸い込まれた。
 全身に新たな信仰と力が満ちるのを感じながら、早苗はにっこりと微笑む。

「はい、確かに聞き届けました。あなたたちの勝負は、きっと素晴らしいものとなることでしょう」
「ありがとうございます、わきがみ様!」

 早苗に一礼したあと、二人の少女は再び互いに向き合い、視線をぶつかり合わせて火花を散らした。

「よーし、じゃあ早速勝負よ! 勝っても負けても恨みっこなし!」
「あったりまえよ! 妹紅さんともこもこするのはわたしなんだからね!」

 二人の少女がにらみ合いながら空に舞い上がった。地上からそれを見上げつつ、早苗はたおやかに微笑む。
 少し遠方に目を向ければ、その空でも可憐な弾幕の華が咲き乱れている。東風谷早苗の分霊はもちろんそこにもいて、誰かと誰かの弾幕ごっこを見守っているのである。

(これで今日も信仰たっぷり。守矢神社も安泰ですね)

 我ながら本当に上手いことやったものだなあ、と思いながら、

「それでは勝負……始めっ!」

 『弾幕を司る神』東風谷早苗は、厳かな声で宣言した。



 <了>
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