【東方SS】永遠亭老夫婦

2009/9/26に東方創想話に投稿したSSです。
 


『永遠亭老夫婦』



「倦怠期ってやつのかなー、あれって」
「あん?」

 テーブルに突っ伏した鈴仙のぽつりとした呟きに、てゐが眉をひそめる。
 部屋の隅の柱にもたれかかってみかんをつまんでいた彼女は、最後の果肉を口の中に放り込むと、「おうい」と外に向かって呼びかけた。
 バタバタと足音がして、すっと襖が開く。三つ指ついた妖怪兎の小僧が、「何か御用ですか」と舌足らずな声で言うのへ、

「これ捨てといて」

 と、みかんの皮を放ってやる。その後、掃除や炊事等の日常業務に関する細々とした指示を与えると、小僧はいちいち「はい、はい」と頷いた後、襖を閉めて現れたとき同様バタバタと走り去った。
 それら一連の流れを傍観していた鈴仙は、小僧が去った後感心して頷いた。

「見事なもんねえ」
「なにが」
「我が家の兎は……特に子供の兎なんて、わたしの言うことなんかちっとも聞きやしないのに」
「ま、これが年の功ってやつだあね。わたしほど長生きしてる兎から見れば鈴仙ちゃんなんかお尻の青い子兎ちゃんよ」
「はいはい、さすがは因幡の白兎様ですこと」

 鈴仙が苦笑いすると、てゐはニヤニヤと笑う。
 そういう子供っぽい表情や、今指についたみかんの果汁を舐め取っている仕草などを見ると、とてもてゐがそんな年寄り兎には見えないのだが。

「んで」

 みかんの果汁を舐め終わったあと、てゐは柱にもたれかかったまま足を組み換えた。

「倦怠期がどうしたって」
「ん。いや、姫様と師匠のことよ」
「うわ、なんという不届きな言葉」
「不届きって……確かに言葉は悪いけど」
「後で言いつけてやろ」
「ごめん、それは止めて、ホント止めて」
「まあ冗談だけどさ。で、お二人さんが倦怠期ってこと?」
「そう見えない? 特に最近、なんか前にも増して淡白っていうか」

 昨日はたまたま診療所が休みであり、普段篭りがちな輝夜も珍しく自室から出てきたので、三人揃って同じ部屋で午後を過ごしていたのである。
 ところがその間、輝夜と永琳が交わした会話と言えば、

「ん」
「はい」

 これだけだ。ちなみに、永琳が輝夜にお茶を渡した際の会話である。

「言葉要らずってわけね。さすが、息ぴったり。いいことじゃない」
「いや、そうかもしれないけど。なんていうか」

 鈴仙は眉をひそめながら言った。

「もっとこう、なんかあってもいいと思わない? 『熱いから気をつけてくださいね』とか『美味しいですか』とかなんかさ。いや、そういうのじゃなくても、もっと世間話的なものがあってもいいような」
「はあ。そういうことね」

 納得したように頷きつつ、「でもねえ」とてゐは小さくため息を吐いた。

「案外そんなもんじゃないかね。特に姫様とお師匠様のお二人は、物凄く長くてその上濃密な時間を一緒に過ごしてきたわけだし。今更、わざわざなんか話すこともないんでしょうよ」
「新鮮味がないってこと?」
「まあそうだね。それに、あのぐらいになると何も言わなくたってお互いの考えてることぐらい何となくわかるんだろうし。いちいち言葉にするのもなんかわざとらしい感じがするもんじゃないの」
「そんなもんかなあ」

 鈴仙は小さく首を傾げる。

「たとえ分かり切ってても、言葉にした方がいいことってあると思わない?」
「だから、そういう段階とっくに通り越してるんでしょ、あの二人は」

 てゐは肩を竦める。

「当人同士で通じてるんだったら、いちいち口に出して周りにアピールする意味もないしね」
「そうかもしれないけどさ」

 鈴仙は拗ねたように唇を尖らせる。
 てゐが頭の後ろに両腕を回しながらちらりとそれを見て、

「っていうか、どしたの鈴仙ちゃんてば。なんか随分心配するじゃないの」
「心配、ね。そうね、心配だわ」

 鈴仙とて、月から幻想郷に逃げ込んで以降、割と長い間二人のことを見てきたのである。
 それ故に、最近の二人のやり取りの淡白さが何となく気になるのだった。
 鈴仙が永遠に来た当時、輝夜と永琳は既にかなり長い時を共に過ごしてきた夫婦のようなものであった。
 だがそれでも、二人のやり取りはのんびりとしたものではあれ、淡白なものではなかったように思う。ちょっとした仕草や言葉のやり取りからも、深い愛情のようなものを感じることが出来たのである。
 どちらかと言えばそういうものとは縁遠い場所で生きてきた鈴仙にとっては、そういうのを見るたび何となく心温まるものがあったのだ。
 そういう二人の姿を知っているからこそ、最近の淡泊さが何となく怖い。
 真実は、多分てゐの言うとおりなのだろう。
 永夜異変を期にいろいろな誤解が解けて、彼女らはもう本当に、逃げ回る必要はないのだと知った。
 竹林に隠れ潜まなくてもよくなり、幻想郷の面々にも迎え入れられて、孤独も多少は癒された。藤原妹紅のことなど、ちょっとした問題があるとはいえ、基本的にはもう何一つ心患うことなく、ただ日々を穏やかに過ごすことを許されたのである。
 長年の苦労が報われたとまでは言えなくても、ある意味で二人の物語は一つの終着点に達したのだと言える。
 だからこそ、もう慰め合ったり励まし合ったりする言葉など一つも必要ないのだろう。
 今の輝夜と永琳は、そういう極まった穏やかさの中にいるのだ。
 だが、鈴仙はそれを今一つ信じ切ることができずにいる。
 二人が共に過ごした長さと比べれば、所詮自分は新参者だ。
 だからこそ、そういう悟りじみた穏やかさというものがよく分からない。
 二人は、本当にそんな心地よいものに包まれているのか?
 単に長くいすぎたせいで、相手に飽きてしまっただけなのではないか?
 もう二人の間には、昔鈴仙が心地よさを感じたような愛情など、風化しきってしまって欠片も残っていないのではないか、と。
 そんなことを、ついつい考えてしまうのだ。

「家族想いだねえ、鈴仙ちゃんは」
「まさか」

 からかうようにニヤニヤ笑うてゐに、鈴仙は苦笑混じりに首を振る。

「わたしは単に、そういう状態が気付かないままどんどん悪化していって、お二人の間がギスギスし始めたら怖いなあと思ってるだけよ。そんなことになったら師匠がイライラして、とばっちり喰らうのは絶対わたしだし。単にそれが嫌なだけ」
「ふうん。ま、いいけど。でも、そんな心配しなくてもいいと思うけどねえ」

 てゐがあくまで気楽に言うので、鈴仙はちょっと面白くなくなって眉根を寄せた。

「なによ。あんたこそ、随分自信ありげじゃないの」
「そりゃね。言ったでしょ、わたしは鈴仙よりずっと長生きしてるもんだからさ。二人の気持ちも大体は」

 言いかけて、ふとてゐは口を噤んだ。
 両腕を枕に柱にもたれかかったまま、どこか遠くを見るように目を細める。
 どうしたのかな、と思っていると、

「いや。分かんないか、うん。やっぱ分かんないや」
「てゐ?」

 呼びかけには答えず、てゐは勢いをつけて立ち上がった。スカートの皺を伸ばすように、尻のところを手で払いながら、

「気が変わった。ちょいと御膳立てしてやろうじゃない」
「どうしたの、急に」

 鈴仙が目を丸くすると、てゐは「いいからいいから」とニヤニヤ笑う。
 だがそのニヤケ面は、さっきとはどことなく違っているように見えた。
 どこが違うのかは、よく分からない。

「つまり鈴仙ちゃんはさ、二人が相変わらずラブラブだってのが分かればいいんでしょ」
「ラブラブって。まあ、一応そういう感じだけど」

 鈴仙は首を傾げる。

「どうしたのよ急に。あんた、さっきまでは」
「言ったでしょ、気が変わったのよ。まああれよ。ずっと前に閻魔様から『家族を大事にするのがあなたに出来る善行です』とかなんとか言われてたしさ。折角の機会を逃す手はないでしょう。それに」

 ちょっとだけ俯いて、

「わたしも、見てみたくなったしさ」
「てゐ?」

 鈴仙が立ち上がりかけたら、てゐはそれを手で制して、

「いいからいいから。鈴仙ちゃんは何も心配しないでわたしに任せときなって」
「でも」

 戸惑う鈴仙を前に、てゐは頼もしげに胸を叩きながら、「大丈夫だって」とニヤリと笑ってみせる。

「わたしが誰だかお忘れですか? 因幡の白い幸せ兎。他人の幸福作るのなんざ、わたしにとっちゃ朝飯前。黙って見てな子兎ちゃん」

 そんじゃちょいと失礼、と気軽に言い残して、てゐは部屋を出ていった。
 一人ぽつんと残された鈴仙は、何となく釈然としないものを感じながらも、結局はただ時を待つことにしたのである。



 そうして、翌日。
 朝起き出して廊下を歩いていた鈴仙は、曲がり角を曲がったとき前方に見慣れない背中を二つ発見して、眉をひそめた。
 地味な色合いの着物に身を包んだ、二人の女性である。一人は長い黒髪を無造作に束ね、もう一人はやはり長い銀髪を頭の上で結いあげている。
 何の変哲もない近所の女房、と言った感じの二人組の背中に、もちろん見覚えなどないはずなのだが。

(まさか)

 何か信じられないような気分になりながらも、

「あのぅ」

 鈴仙が恐る恐る声をかけると、二人が揃って振り返った。
 案の定、輝夜と永琳だった。だが、いつもと違って地味な服装と落ち着いた髪型のせいで、まるで別人のように見える。
 無論、二人の卓絶した美貌は欠片も損なわれてはいないのだが、不思議と、今の彼女らは絶世の美女と言うほど浮世離れしては見えないのだった。
 よほど間抜けな顔をしていたのだろうか、輝夜と永琳は鈴仙を見た後、顔を見合せてくすくす笑った。

「イナバったら、面白い顔」
「その反応、目上の者に対して失礼なのではなくて?」
「あ。も、申し訳ありません!」

 慌てて頭を下げると、「いいのよ」と輝夜が気さくに笑った。

「でもあなたがそんな反応をするぐらいだったら、里を歩いても大して目立たずに済みそうね」
「里、って」

 唐突に出てきた単語に、鈴仙は目を丸くする。
 永琳が緩やかに微笑んで、

「ちょっと、二人で里まで散歩に出かけようと思ってね」
「え。ど、どうしてですか?」
「別に。何となくよ」
「そう。何となく」

 二人は顔を見合せて微笑み合って、

「そういうわけだから、留守番をよろしくね」
「ああそれと、倦怠期の件に関しては後でじっくり話を聞かせてもらうからね?」
「い」

 絶句する鈴仙の前で、二人が身を翻す。
 彼女らが歩き去って曲がり角の向こうに消えた後、不意に後ろから、

「や。なに固まってんの」
「てゐ」

 振り向くと、小柄な妖怪兎が頭の後ろに両腕を回してニヤニヤと笑っている。

「どうよ、上手くいったっしょ」
「あんた結局わたしが喋ったこと告げ口したんじゃないの」

 じろっと睨みつけると、てゐは肩を竦めた。

「いいじゃんそんぐらい。いっつも怒られてんだしさ。その代わり最近じゃとんと見られなかったもの見られるんだから、安い代償だと思いねえ」
「微妙に納得いかないんだけど」
「それにまあ、お師匠様たちを説得するには必要な材料だったしさ」
「じゃ、あれはやっぱりあんたの差し金か」

 さすがに少し感心した。

「なに言ったの?」
「なんでもいいじゃん。重要なのはそんなことじゃないでしょ?」
「まあそうだけど」
「っつーわけで、さっそく尾行を開始しましょうか」
「って、ちょっと」

 足取りも軽く歩き始めたてゐを、鈴仙は慌てて呼び止める。

「さっき留守番頼まれたばっかりで」
「んなもん他の兎どもに任せときゃいいよ」
「あの師匠相手に尾行なんて、すぐにばれるに決まってるわよ」
「そのぐらいあっちは折り込み済みでしょうよ。それに、こっちのことなんか全然気にしないっつーか気にならないはずだし」
「どうしてよ」
「だって、久し振りのデートなわけだしさ」
「デート」

 思わず鸚鵡返しに繰り返したら、少し顔が熱くなった。
 デート。デートか。うん、確かにデートだ。
 しかし、なんてこっ恥ずかしい言葉だろう。そもそも、あの二人がデートだなんて。

「や、やっぱり物蔭に隠れて愛を語らったりするのかしら。それともあれかしら、茶屋の前に座って『はい、あーん』的な」
「鈴仙ちゃんって案外発想が古臭いよね」
「古臭いとかあんたに言われたくないんですけど!?」

 さっきよりも顔が熱くなった。
 いや、だって、仕方ないじゃないか。こちとら銃が恋人の軍人稼業人生で、そこから逃げたと思ったらずっと竹林に引きこもりの生活が待っていたわけだし。

「まあ鈴仙ちゃんのドリームは置いておくとしても」

 てゐはまたニヤニヤと笑いながら、

「とりあえず、安心してもいいと思うよ」
「え、なにが?」
「この話したときさ、二人とも似たようなこと言ったんだよ」
「どんな?」
「あの服装のこと」
「ああ、あの地味で目立たない感じの」
「あれ、二人のお願いでわたしが用意したんだけどさ。お互いなんて言ってたと思う?」

 てゐは笑いを噛み殺しながら、

「お師匠様は『姫様が目立たないように地味な服を用意してちょうだい』で、姫様は『永琳が注目浴びないように地味な服を用意してちょうだい』って」
「うわ」

 また顔が熱くなる。

「なにそれ。凄いね」
「でしょ。いや、やっぱ熱々だよあの二人。今も変わらず」
「そうみたいだけど。うわぁ、それじゃあ、やっぱり散歩の間も凄いことになりそうね」

 鈴仙が期待半分困惑半分でそう言うと、てゐはあっさりと首を振った。

「残念だけど、今回は絶対そういうことにはならないよ」
「え、どうして?」

 鈴仙は目を丸くする。
 昨日の話の流れからして、二人に昔のような雰囲気に戻ってもらうために今回の散歩を勧めたのだと思っていたのだが。

「そりゃまあ確かに、あの二人が今更そこまでべたべたするとは思えないけど」
「んー。ま、説明が面倒くさいから結論を言っちゃうとさ。デートを面白くするために、条件つけたのよ」
「条件?」
「そう」

 てゐは頷いて、

「散歩の間中、お互い一言も喋っちゃいけません、って」



 輝夜はその提案を「面白そう」と言って承諾し、永琳もまた何の意味があるのかと首を傾げつつ、しかし姫が承諾したことを知ると特に反論せずに従ったらしい。

「本当だ。一言も喋ってない」

 歩いて行く二人のはるか後方で竹の間に身を潜めながら、鈴仙は感心して呟いた。その背後ではてゐが得意げにニヤニヤと笑っている。

「ほらね、なかなか面白いでしょ」
「いや、面白いっていうか」

 そりゃ確かに、旧知の二人が並んで歩いていて、別に喧嘩しているわけでもないのに一言も喋らないというのは、なかなか珍奇な光景ではあるかもしれないが。

「……これじゃ、いつも通りっていうかいつも以上に淡白じゃないの」
「ま、今のうちはね」
「今のうち? それってどういう」

 鈴仙が言いかけたとき、不意に笛のような音が高々と響き渡った。
 頭上を見上げれば、折り重なった竹の間に垣間見える青空を、一羽の鳥が高く高く飛んでいる。
 別段、珍しくもない光景。特に注視することもなく目を地上へと戻したが、

「あれ?」

 鈴仙は首を傾げた。
 何故か、輝夜と永琳が揃って立ち止まり、じっと頭上の鳥を見上げている。
 鈴仙にとって何でもない光景であれば、二人にとってはもっとそうだろう。
 なのに、どうして。

「あっ」

 鈴仙は小さく声を漏らした。
 二人が不意に地上へと視線を戻したかと思うと、まるで示し合わせたかのように互いに手を差し出し、繋ぎ合ったのである。
 言葉どころか視線すら交わしていないのに。
 しかも二人とも、それに対して欠片の驚きも示さぬまま、また黙って歩きはじめる。

「テレパシー?」
「なわけないでしょ。馬鹿なこと言ってないで、さっさと行くよ」

 そっと駆け出すてゐについて、鈴仙も慌てて早足で歩き出した。



 奇妙な無言のデートは、竹林を抜け出してからもずっと続けられた。
 二人はただ手をつないで歩いているだけで、やはり言葉を交わすこともなければお互いの顔を見ることもない。
 だがそれでも、先ほどのようなことは何度も何度も繰り返された。
 人里へ続く街道で、人里外れの農道沿いで、人里中心の繁華街で。
 二人は唐突かつ全く同時に、まるで示し合わせたかのように立ち止まると、揃ってそこにある何かをじっと見つめ始めるのだった。
 二人の穏やかな視線の先にあるものは実に様々で、人であることもあれば物であることもあった。鈴仙が見たところでは、共通点は何もない。人であれば老若男女に親子に恋人兄弟姉妹、物であれば店に農具に食べ物置き物、果ては古びた家屋の壁の染みを、飽きずにずっと眺めていることもあった。
 一体その行為にどんな意味があるのか。
 考えても考えても、鈴仙にはさっぱり分からない。

「想起、さ」
「想起?」

 民家の屋根の上に隠れて遠い二人を観察しているとき、寝ころんだてゐがぽつりと言った。

「鈴仙ちゃんもさ、体験したことあるでしょ? 何か自分にとっていわくのある物を見たとき、それに関係ある記憶が呼び覚まされること」
「ああ。ポニーテールの人を見ると思わず直立不動になったり、体の節々が痛みだしたりとか」
「うん。いや、よく分かんないけど多分そんな感じ」

 屋根の陰から身を乗り出して輝夜と永琳を見つめる鈴仙の背後で、てゐが寝転んだまま鼻を擦る。

「つまるところさ、思い出って奴は大概何かに関連づけられているわけですよ。だから拾った石ころが宝物になったり、分かりやすいところで言うと古くて色あせた写真を大事に取っておいたりするわけね。逆に、辛い記憶にまつわるものだと、他人にとっては何でもないものでも、ある人にとっては見ただけで吐き気を催すほど汚らしい物になっちまったりもするわけで。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、と」

 そこへ行くと、とてゐは続ける。

「あのお二人さんは、それはもう長くて濃密な時間を一緒に過ごしてきたわけですよ。もちろんわたしはお二人さんの過去を全部把握しているわけじゃないけどね、凄く過酷なものだったってことぐらいは一応知ってる。その辺のことは、鈴仙ちゃんの方が詳しいんじゃない?」
「ん。まあね」

 月においても、二人は有名人である。虚実含めた様々な逸話を、いくらかは聞いたことがある。

「そんなお二人さんだと、一緒に抱えてる思い出も物凄く多いわけ。だから」
「だから、何を見ても、共有している思い出が脳裏に蘇ってくる……?」
「そゆこと」

 ニヤニヤ笑って頷くてゐを尻目に、鈴仙は再び遠くにいる輝夜と永琳に視線を転じる。
 二人はまた立ち止まって、何かをじっと見つめている様子だった。
 何を見つめているのかはよく分からない。民家が立ち並ぶ道の片隅。古ぼけた家そのものか、それとも軒先に吊るされている洗濯物か、それとも入口の近くで丸まっている猫か、あるいは家の中にいる誰かか。
 鈴仙にとっては、それが何であっても大して変わりない。家は家にしか見えないし、猫は猫にしか見えない。
 しかし、二人にとっては違うのだろう。
 互いに固く手を握り合って見つめる先には、たくさんの思い出が溢れているに違いない。
 楽しかったことも、辛かったことも。

「てゐ」
「ん」
「あんたが見たかったのは、あれ?」
「そだよ。やっぱ、いいもんだね。鈴仙もそう思うでしょ」
「うん。だけど」

 ちょっと躊躇いながら、

「あんたがああいうの見たがるって、なんか意外」
「んー。ま、なんていうか」

 てゐはニヤニヤ笑って、

「わたしには、ああやっておてて繋ぐ相手なんかいなかったからね。だからかな」

 そう言って深く息を吐き出し、

「いいよねえ、ああいうのって。楽しかったことも辛かったことも、乗り越えちまえばみんな一緒。歓喜もトラウマも超越して、何でもかんでも大事な大事な、自分の、自分たちの一部だ。どこを見ても何か思い出すことがあるってのは、世界中に自分たちの面影が満ちているってことでさ。それはきっと、とても幸せなことなんだなあ」

 寝転んだままのてゐが目を細めて見つめる先には、晴れ渡った空があった。
 小さくも年老いた兎はただ黙って、何もない空を見つめている。
 何かあるのかと思って鈴仙も見てみたが、そこはやはり、何もない空に過ぎない。
 そうして空を見つめる二人から少し離れた里の道を、輝夜と永琳が緩やかに歩いて行く。
 黙ったまま視線も交わさず、ぎゅっと手を握り合ったまま、同じ微笑みを口元に浮かべて。



 それから、少し経った。
 永遠亭は相変わらずだ。ほんのちょっとだけ、前よりも空気が穏やかになった気がするのは、きっと気のせいではないと思う。
 倦怠期のことに関して、永琳は特に鈴仙には何も言ってこなかった。鈴仙も藪蛇になるのは嫌なので、自分からは何も言わないし、言うつもりもない。
 そんなある日の昼下がり、ちょっと休憩してくると言って研究室を出た永琳がいつまで経っても戻らないので、鈴仙は師を探して屋敷の中を歩いた。
 そうして外れの一角に来たとき、向こうの部屋の縁側に、輝夜と永琳が並んで座っているのが見えた。
 手を繋いだまま、黙って庭の石を見つめていた。
 鈴仙は数秒ほどそれを見つめると、黙って踵を返した。
 今日はもうサボろうと思いながら当てもなく歩いていると、ちょっと前の廊下をてゐが一人で歩いていた。
 その小さな背中を見たとき、鈴仙は自然と小走りに駆け出していた。
 隣に並んで、彼女が振り返るよりも早く、半ば無理矢理手を繋ぐ。
 ちょっと目を丸くするてゐの顔を極力見ないようにしながら、

「いい天気ね」
「ん」
「明日も晴れるかな」
「そうかもね」
「ね」
「ん」
「今度の宴会のときにさ、なんか芸でもやらない?」
「お、いいねえ。じゃあ、鈴仙真っ二つ手品をやろう。種はなしで」
「いや死ぬからそれ。そういうんじゃなくてさ。もっとこう可愛らしく。兎の楽団とかどう?」
「乙女チックでついていけないね。鈴仙ストリップショーの方がウケがいいよ」
「なんでそういう方向に走るのよ」

 苦笑する鈴仙を見て、てゐはニヤニヤと笑う。
 手をつないで同じ方向を見ても、彼女と同じものはまだ見えないのだけれど。

(ま、その内ね)

 心の中でだけ呟いて、鈴仙はてゐと連れだって歩いて行った。



 <了>
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