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【東方SS】子供の遊び、大人の遊び

2009/6/29に東方創想話に投稿したSSです。
 


『子供の遊び、大人の遊び』



「明日いよいよ輝夜との決戦なの。慧音にも是非とも見届けてほしい」

 ある夜、慧音の家を訪れた妹紅が、居間に通されて早々真剣な顔でそんなことを言ってきたので、慧音は非常に驚いた。
 藤原妹紅と蓬莱山輝夜。
 二人は共に不老不死の体を持って、未来永劫終わらぬ殺し合いを延々と続ける、強い憎悪で結ばれた旧敵同士である。
 しかしその争いも、最近ではごく穏やかなものとなりつつある。その理由は、おおよそ環境の変化によるものだ。
 輝夜はずっと以前から迷いの竹林にある永遠亭に隠れ住んでいたが、その存在はつい最近まで知られていなかった。輝夜の従者である八意永琳が、外敵を避けるための結界を張り巡らしていたためである。一方妹紅も仇敵を狙って迷いの竹林の中で暮らしていたので、二人の存在も、彼女らの不毛な殺し合いのことも、幻想郷住人のほとんどが知らなかったのである。
 ところが、ある夜の異変をきっかけとして、永遠亭はその存在を広く認知されるようになった。その後は妹紅も時折人里に顔を出すようになり、それに伴って物騒な殺し合いの回数も減ってきたように思う。少なくとも、爽やかな朝の陽ざしの下、竹林の真ん中で臓物を飛び散らせて呻いている二人を発見するようなことは滅多になくなった。
 おそらく、外界の人々との交流を通じて、真っ当な人間としての感覚が少しずつ戻ってきた結果だろう、と慧音は推測している。
 閉鎖的で変化のない環境に置かれた人間の価値観が偏り、極端に視野の狭い人間になっていくのは当然の帰結である。今回の場合は、それとは逆のことが起きたというわけだ。
 そんな次第だから、ある種の刺激を求める目的もあった二人の殺し合い自体、その内形骸化していくだろうと思っていた。たとえば弾幕ごっこによる割合穏やかな決闘のみになるとか、ともかく勝敗をつけるための何がしかの代案が出されるだろうと予想していたのである。
 だが、今目の前にいる妹紅の真剣な顔はどうだ。輝夜と殺し合いをしていた頃の思いつめた表情と、何ら変わりがないようにすら思える。
 慧音は眉根を寄せながら聞いた。

「妹紅。決戦、というのはどういうことだ。また彼女と凄惨な殺し合いを演ずるつもりなのか」
「ああ、違う違う」

 しかし、妹紅はあっさり首を振って、安心させるように笑った。

「そんな物騒な話じゃあないよ。少なくとも殺し合いではないから、安心して」
「そうなのか? あんな顔をしていたから、わたしはてっきり」
「あれ、わたし、そんな危ない顔してた?」

 妹紅が照れたように頬を掻く。

「まあ、仕方ないかな。何せ、この日のために長い間努力を続けてきたわけだから。輝夜もわたしも」
「ふむ。努力を……ということは、何らかの競技ではあるわけだな?」
「うん。ひょっとしたら、慧音も知ってるんじゃないかな」
「わたしが?」
「ほら、最近流行ってるじゃない」

 言われて、慧音は困惑する。最近流行の遊びと言われて思いつくのは弾幕ごっこだが、それであればわざわざこんな持って回った言い回しをする必要がない。
 答えが分からず唸る慧音の前で、妹紅が首を傾げた。

「あれ、分かんない?」
「そう言われてもな……弾幕ごっこではないんだろう?」
「ああ、違う違う。でも慧音も知ってるはずだよ。ほら、最近子供たちの間で流行ってる……」
「ああ。ぽけもん、とかいうやつか」

 近頃寺子屋の子供たちの間で飛び交っているその単語を口にして、慧音は顔をしかめた。
 ぽけもん、というのは、最近幻想郷に入ってきた言葉で、元々は外の世界における遊戯の一種らしい。数百種類の可愛らしい、あるいは格好いい、さらには一部不気味な怪獣を育て、操り、相手の怪獣と戦わせる遊びなのだそうだ。
 そのぽけもん、というやつのこうりゃくぼんとやらが道端に落ちていて、それを寺子屋に通う子供のうちの一人が拾ったのだ。彼はその中に描かれているたくさんの怪獣と、それを育てて戦わせるという遊びに興奮し、翌日の寺子屋で早速友達に話して回った。この夢溢れる遊戯は当然のごとく大好評で、その日の内に「ぽけもんごっこ」なる遊びが大流行する運びとなった。
 無論、幻想に満ちる郷とは言え、本物のぽけもんとやらがそこらを歩いているわけではない。彼らのしたことはあくまでも「ごっこ遊び」であり、道端で地面を突いている雀を見つけては「あっ、やせいのオニスズメがとびだしてきた!」と騒いだり、親の手伝いで畑の害虫退治をするとき、芋虫をつまみ上げては「やったーっ、キャタピーをゲットしたぞ!」とはしゃいだりする、といったような、実に微笑ましいものであった。
 それでもぽけもんという単語を聞いたときに慧音が顔をしかめてしまったのは、先日里の中を歩いているとき、

「いけっ、イシツブテ!」

 という声と共に凄い勢いで石ころが飛んできて、自慢の石頭にガツンと命中したためであった。もちろん石を投げあっていた子供たちを即刻捕まえて正座させ、三時間ほど説教した上で三発ほど頭突きを喰らわしてから解放してやった。
 去り際、その子供たちが頭を押さえながら

「慧音先生の方がよっぽどモンスターだぜ!」
「ミルタンクだな!」

 だのと話しており、意味は分からないが非常に不愉快であった。
 そんな風に不快な記憶を掘り起こして顔をしかめている慧音の前で、妹紅が興奮したように目を輝かせて、やたらと饒舌に喋りまくっていた。

「……だからさ、つまりあのぽけもんってやつとはちょいと違うわけだけど……慧音?」
「ん。ああすまん、少しぼんやりしていた」

 慧音は慌てて詫びたあと、妹紅に聞いた。

「違う、というのは、どう違うんだ?」
「ほら、さすがに本物のぽけもんってのは用意できないわけじゃない」
「まあ、そうだな」
「だから、代わりの生き物を用意したわけさ」
「代わり?」
「うん。それについては協力者に説明してもらうよ。入ってきて!」

 妹紅が部屋の外に向かって呼びかけると、がらっと襖が開いて、少々頭の足りなさそうな笑みを浮かべた少女が入ってきた。見覚えのある顔だ。

「確か、リグル・ナイトバグだったか」
「うん、そう。虫の王のリグルよ」

 能天気な笑顔を浮かべながら、リグルがやたらと嬉しそうに頷く。

「今回はね、二人のアドバイザーやらせてもらってるのよ」
「アドバイザー、というと」

 慧音はようやく、二人の決戦とやらについて理解した。

「つまり、あれか。リグルが提供した虫を育てて戦わせるというわけだな?」
「そう。名付けてポケット・ムシキング! 将来子供たちの間で大流行すること間違いなしよ!」

 得意げに胸を張るリグルの前で、慧音は小さく苦笑する。この妖怪、画期的な遊びを思い付いたと考えているようだが、虫を捕まえて戦わせるというのは、男の子の間ではごくごく一般的な遊びである。夏になるたび、カブトムシを切り株の上などで対峙させている光景をよく目にすることができる。実際はてんで違う方向に歩いて行ったりするので、結局手で持って無理矢理ぶつかり合わせるという、虫にとってはなんとも迷惑な遊びになりがちなのだが。
 ともかくも、二人が殺し合いをするわけではないと知り、慧音はほっと息を吐く。それから小さく苦笑した。

「しかし、虫を育てて戦わせる、とはな」
「あ、今みみっちいとか思ったね!」

 リグルが怒ったように眉を吊り上げた。

「心外だなあ! 『ポケット・ムシキング』を、そこの辺の子供の遊びと同じにしてもらっちゃ困るよ! 大迫力の大決戦、血湧き肉踊る戦いなんだからね!」

 ぶんぶんと腕を振りながら説明するリグルの言葉に、慧音はまた苦笑しながら詫びた。

「ああ、すまん……しかしリグルよ、お前はいいのか?」
「なにが?」

 きょとんとするリグルに、やや真面目な口調で問いかける。

「虫を育てて戦わせる、という遊びに、虫の王として何か思うところはないのか、という意味だ」
「ああ、それなら大丈夫だよ」

 安心させるように、リグルは笑って頷いた。

「育てられる方の虫たちとも、よく話し合って決めてあるからね。安全な環境で、人間に排除される危険性もなく、確実に子孫を残せるのならむしろ大歓迎だってさ。もちろん決闘自体もわたしが審判になるから、お互い死んじゃう危険はないし」
「なるほど。まあ一応、理解はした」

 それでも少し複雑な感情を覚え、それを表に出さないように注意しながら、慧音は妹紅に聞いた。

「つまり、明日輝夜相手に虫を戦わせると。そういうことでいいんだな?」
「ああ。今日のために強い虫に育ててきたつもりだからね。きっとあいつの虫を倒してくれると思うよ」

 妹紅の顔は自信に満ちている。長い間努力を積み重ねてきた者のみが浮かべる、力強い表情だった。

「それで、慧音にも立ち会いを頼みたいんだよ」
「わたしにか」
「そう」
「虫の戦いなんてみみっちい、とか思わないでさ、是非とも見に来てよ! きっと思いも寄らない大興奮を味わえること間違いなしよ!」

 真剣な目の妹紅と自信満々に胸を叩くリグルを前にしては断ることもできず、慧音は結局立会人を引き受けることとなった。



 翌日、日暮れ時に寺子屋を出て鍵を閉めた慧音は、小さな運動場の片隅で、男の子が二人しゃがみ込んで何やら騒いでいるのを発見した。こっそり近づいてひょいと覗いてみてみると、予想通り例の遊びに興じているようだった。

「いけっ、ピカチュウ!」
「やっちゃえ、ヒトカゲ!」

 声を掛け合う二人の足元には、小さなネズミとトカゲが一匹。どうやって捕まえたものかは知らないが、今から戦わせようとしているところらしかった。
 やれやれ、と苦笑しながら、慧音はおもむろに声をかける。

「お前たち、何をしているんだ?」
「えっ」
「あっ、慧音先生!」

 子供たちが振り返ったその一瞬を突くように、ネズミとトカゲが別々の方向に素早く走り去っていく。自分のぽけもんに逃げられて、子供たちが揃って「あーっ」と悲鳴を上げた。

「俺のピカチュウが!」
「待ってよお、ヒトカゲーッ!」

 バタバタと駆けだしていく子供たちの背中を見つめて、慧音はそっと息を吐く。ふと見ると、夕日はもう山の向こうに沈みかけている。決戦の時が刻一刻と迫っていることを察し、寺子屋を後にした。



 道すがら合流したリグルが灯す妖術の光に包まれながら、慧音は夜の竹林を歩く。相変わらず能天気な妖怪があれこれと話し掛けてくるのに適当に返事をしていると、不意に会話が途切れ、

「ねえ、先生」
「なんだ」
「なんか、悩み事?」

 不思議そうな声に驚いて横を見ると、リグルがこちらの顔を覗き込んで目を瞬いていた。
 誤魔化そうと口を開きかけ、慧音は首を振る。それから、苦笑気味に問いかけた。

「そんな顔をしていたか、わたしは」
「うん。なんか、むつかしいことかんがえてるみたいな」
「むつかしいこと、か。そうかもしれないな」

 再び歩みを再開しながら、慧音は頭上を仰ぐ。鬱蒼とした竹林の隙間に、大昔と何ら変わらぬ満月の輝きが見えていた。

「どうもな。たとえ本人……いや、本虫、とでも言うべきか。彼ら自身が納得しているとしても、嫌な感じが拭えないんだな」
「『ポケット・ムシキング』のこと?」
「ああ。いや、それに限らず、な」

 空から地上へと視線を戻し、慧音は歩き続ける自分のつま先をじっと見下ろす。

「そもそも、こういった遊戯が行われるのは別段珍しいことでもなければ真新しいことでもない。闘犬に闘鶏……競馬なども、ある意味ではそうか。人間が自分の都合を他の生き物に押しつける、という図式自体には何ら変わりはないんだな」
「押しつける、って」

 リグルが少し不満げに唇を尖らせる。

「もう、説明したじゃない。あのね、今回の勝負は、あの子たちも納得済みで」
「ああいや、大丈夫だ、それは分かっている」

 なだめるように言ったあとで、「だが」と慧音は続ける。

「それでも、今回輝夜や妹紅がそういう勝負をしようと言い出さなければ、彼らは戦うことはなかったわけだ。違うか?」
「んー、まあ、そうかもね」

 リグルが難しい顔をしたので、慧音はちょっと考えてから付け足した。

「自然の中で戦ってお互いを喰い合ったりするとか、そういうのとはもちろん別だぞ? それはちゃんと、彼らなりに戦う理由があって戦っているわけだからな。わたしが言っているのは、人間が自分たちの楽しみのために他の生き物を利用する、ということに関してで」

 滔々と説明する慧音の前で、リグルは癇癪を起こしたように「もーっ!」と地団駄を踏んだ。

「むつかしい話は分かんないよー。みんなが納得済みで得しかしないんだから、それでいいじゃない!」
「しかしだな」

 さらに言葉を重ねようとして、慧音は口を閉じた。苦笑し、首を振る。

「いや、うん。その通りだな。それでいいな」
「そうだよ! むつかしいこと考えないで、みんなハッピーって笑っておけばいいの!」

 にーっと笑いながら、リグルがぱたぱたと駆けていく。その無邪気な背中を見つめながら、慧音は自嘲気味に笑った。
 そもそもそういう人間的な葛藤というか、ある種の感傷を押しつけること自体が身勝手なことなのかもしれない。リグルの言うとおり、彼らは彼らで納得済みなのだから。だというのに、歴史というものを知っていると、ついつい要らないことまで考えてしまう。これは悪癖だな、とため息をつきたくなった。



 そうしてしばらく歩いていると、妹紅の住居にたどり着いた。竹林の真ん中に静かに佇む、二階建てのお洒落なログハウス。外界に出て様々なものと触れ合い始めた妹紅が、大工仕事に興味を持った結果の産物である。
 そんなある種歪んだ光景の中、月明かりの下で妹紅が仁王立ちしていた。

「妹紅」
「ああ、慧音。来てくれたんだ」

 静かな闘志を滾らせて暗闇の向こうを睨んでいた妹紅は、やってきた慧音とリグルを見て穏やかな笑みを浮かべた。慧音は頷き、妹紅のそばに歩み寄る。

「気合は十分のようだな」
「もちろん。あとは輝夜が来るのを待つだけ……っと」

 不意に妹紅が表情を硬くしたので、慧音は彼女の視線を追う。見ると、竹林の奥の暗がりから、長い黒髪の少女がやってきたところだった。蓬莱山輝夜。古くから妹紅と殺し合いを繰り返してきた女は、仇敵のそばに慧音がいるのを見て不敵に笑った。

「あら。妹紅さんったら、わざわざ自分の虫が負けるところを見に来てもらったのね」
「抜かせ。勝つのはわたしが育てた虫に決まっているよ」

 今にも火花が散りそうなほど、二人は激しく視線をぶつかり合わせる。そのあまりの真剣さに驚き、慧音は隣のリグルに耳打ちした。

「なんだか、二人とも遊びとは思えないほど気合が入っているようだな」
「そんなの当然だよ」

 リグルは得意げに胸を張る。

「『ポケット・ムシキング』を、そんじょそこらの遊びと一緒にしてもらっちゃ困る。主と虫とはまさしく一心同体、人虫一体になるほど心を通わせなければ、勝利を得ることなんて到底出来ない。そういう高度な戦いなのよ。ここに至って、もはや人と虫とはパートナーなんて生易しい関係ではなくなるの。言うなればお母さんと子供みたいな関係かしら」
「なるほど。そのぐらい虫と心を通わせなければ勝てないということか」

 感心する一方、慧音は心の中で首を傾げていた。そこまで高度に虫を戦わせる遊戯とは、一体いかなるものなのだろう。そもそも、犬やら馬やらと言った動物ならともかく、虫のように単純な思考しか持たぬ者と人間とが心を通わせることなどできるものなのか? いや、そういうことが可能になっているというのならば、確かに今までにない高度な遊戯ということができるかもしれないが。

「あっ、始まるみたいよ!」

 リグルの声に視線を戻すと、二人がじりじりと動き始めていた。互いを睨みつけ、円を描くようにすり足で移動している。何か、タイミングを見計らうような動き。そこでふと、慧音はもう一つ妙なことに気がついた。

「リグル」
「なに。いいところなんだから話しかけないでよ」
「一つ聞きたいんだが、肝心の虫というのはどこにいるんだ? 虫籠のようなものも見当たらないし」
「えっ、なに言ってるの?」

 リグルがきょとんとした顔でこちらを振り返った。

「そんなの、あるわけないじゃない」
「あるわけない、って」

 慧音は絶句する。

「まさか、何かの合図で現れるとでも言うのか? そんな高度な知能を持った虫など聞いたことも」
「ああ、違う違う。まあでも、一応虫籠に入ってるようなものではあるのかな」

 リグルはにっこり笑って指を立てた。

「『ポケット・ムシキング』の『ポケット』っていうのは――」

 そのとき、何かを決意したかのような表情で、妹紅が突然腕を振り上げた。出遅れた、とでも言いたげに、輝夜も悔しそうな表情で手を振り上げる。
 二人は揃って振り上げた手を、そのまま勢いよく振り下ろす。貫手の形に固められた手が真っ直ぐに向かう先は、己の腹部。

「――つまり、自分の胃とか腸とかのことなんだけど」
「は?」

 慧音がぽかんと間抜けに口を開けた瞬間、ほとんど同時に妹紅と輝夜の手が己の腹に突き刺さった。げふっ、と血を吐きながら、二人は腹に空いた穴に、さらにもう一方の手を突っ込む。そして、限界まで顔を引きつらせながら、それでもやせ我慢の不敵な笑みを浮かべて相手を睨みつつ、メリメリと躊躇なく己の腹を引き裂き始める。
 あまりのことに声も出せない慧音の眼前、二人の腹からぼたりぼたりと何かが垂れ落ちた。暗くてよく見えないが、あれは血か臓物だろうか。そう思った瞬間、それまでとは比べ物にならない凄まじい勢いで、長く野太い何かが引き裂かれた腹部から飛び出した。「キシャアアァァァァァッ!」と不気味な咆哮を上げながら月夜の下に姿を現すそれに向かって、妹紅と輝夜が吐血混じりの叫び声を絞り出す。

「いけぇっ……カイチュウッ……!」
「やっちゃえぇっ……サナダムシィッ……!」

 呆然とする慧音の顔に、べちゃりと何か生臭いものが飛んできた。無言でつかんでみると、それは見慣れない臓器。いや、見慣れている臓器など慧音には一つもないのだが。確かこれは脾臓だったか。今月明かりの下で絡み合って死闘を演じている巨大ミミズのような虫が腹から飛び出した勢いで飛び散ったものらしい。まさかこんなマイナーな臓器を顔にぶつけられる日が来ようとは、思ってもみなかった。

「げふっ……や、やれ、カイチュウ、『まきつく』攻撃だっ……!」
「ごほっ……ま、負けるな、サナダムシ、『たいあたり』よっ……!」

 口から血を噴き、零れた胃腸を手で拾い集めながら、二人は必死に指示を飛ばしている。それに答えるように、二匹の巨大寄生虫が刻一刻と動きを変える。本来ならば存在するはずのない口腔で相手に吸いついたり、通常の百倍は太そうな体躯で相手を締め上げたり。ナメクジやミミズなんかが苦手な人が見たら一瞬で卒倒しそうな光景だ。
 そんな光景を無言で見守る慧音の隣では、リグルが興奮した様子で手に汗握っている。

「ああっ、凄い! まさかあの巻きつきから逃れるなんて! 滅多に見ることのできない芸術的な戦いよこれは」
「おい虫」

 慧音はリグルの頭をつかんで無理矢理こちらを振り向かせた。「痛い痛い」と虫の王が情けない悲鳴を上げる。

「きゅ、急に何するのっ!?」
「何するの、じゃない! 何をやってるんだあの二人はっ!?」
「何って、何度も説明したじゃない。『ポケット・ムシキング』だよ」
「虫とは寄生虫のことだったのか!?」
「そうよ。あ、あんなの虫じゃないとか思ってるでしょ? ひどいなあ、あの子たちだってわたしの可愛い虫仲間よ。ちょっと生育環境が特殊だからって、差別はよくない」
「あれのどこが高度な戦いだ!?」
「高度じゃないの! 自分の健康と虫の健康の兼ね合いを気にしつつ程よい栄養を与えて、普通ならば絶対に実現不可能なサイズにまで寄生虫を育てるブリーダー要素と、死を超える拷問的な激痛に耐えつつ、薄れゆく意識を必死に保ちながら指示を飛ばすトレーナー要素とが奇跡的な高次元で融合しているのよ!? さらに今回の戦いは、自然の食物に頼る妹紅と薬学の力を駆使した輝夜との戦い! まさに野生VS科学とでも称すべき好カードで」
「よし分かった黙れ」

 慧音は一秒もかけずにリグルを絞め落とすと、頭痛をこらえながら勝負の方に目を向ける。
 妹紅と輝夜はとうの昔に意識を失い、破れた腹からどくどくと血を零しながら仰向けになってぴくぴくと痙攣している最中で、激しく戦っていたはずの寄生虫二匹は「あー、今日もいい仕事した、おつかれちゃーん」とばかりに、のそのそ宿主の腹に戻ろうとしているところだった。



「全員、そこに正座!」

 およそ二時間ほどの後、慧音は妹紅と輝夜とリグル、ついでに巨大寄生虫二匹の前で仁王立ちしながら怒鳴っていた。ちなみに、人型の三人の頭には大きなたんこぶがある。正座させる前に一発ずつぶん殴った結果である。輝夜に至っては「あんたお姫様殴ろうっての!?」だのと逆切れしやがったので、追加でさらに三発喰らわせてやったら即座に大人しくなった。やはり悪ガキの教育に体罰は必須だ、と慧音は己の認識を新たにする。
 ちなみに寄生虫の方は全く抵抗せず、「まあ仕方ないよね」とでも言いたげに、己の宿主の横で大人しくうねうねと蠢いている。それにしても、こんな巨大な寄生虫が、二人の細い体のどこに隠れていたのだろう。疑問ではあったが、考えるのは怖かったのでとりあえずそっとしておくことにする。

「さて、と」

 疲れたようにため息を吐き出しながら、慧音は目の前の阿呆どもに問いかける。

「何故わたしがこんなことをしているのか、その理由は分かるか?」
「全然」

 三人が口を揃えて言う。その段階から説明しなくてはならないのか、と慧音は頭を抱えたくなった。

「いいか、妹紅、それに輝夜も。殺し合いという物騒なコミュニケーションの代替案を作ったというのは、わたしとしても素晴らしいことだと思っている。いかに死なない体と言っても、そんな殺伐とした交流をするのは言うまでもなく良くないことだからだ。だがしかし」

 カッ、と目を見開き、蠢いている巨大な寄生虫を指さす。

「その代替案の中身がなんでこれなんだ!? 『腹の中で寄生虫を育てて戦わせる』って、どっから出たんだその超発想は!? これなら殺し合いの方がまだ理解できるぞ!」
「まあまあ、落ち着いてよ慧音」

 妹紅が苦笑気味に慧音をなだめる。

「わたしもね、さすがに最初は問題があるなあと思ったんだよ」
「ほお」
「だって、戦わせるとき尻からひり出すんじゃあいくらなんでも下品だもんね! いやあ、輝夜が『そんなの腹裂いて直接出せばいいじゃない』って言ったときは、やっぱりこいつ頭いいなと思ったものよ」
「ふふふ、そんなに褒めないでちょうだいよ。でもまだ問題があるわよね。戦うたびに服のお腹の部分だけが敗れたんじゃあ、いくらなんでも勿体ないわ」
「だからわたしは全裸でやったらいいって言ったんだよ!」
「何言ってんのよリグル、それじゃ変態じゃない」
「そうそう。蓬莱人たるもの、臓物は見せても肌は見せないという慎みを持たなくちゃね」

 慧音は無言で三発ずつぶん殴った。本当なら百発でも二百発でも殴りたいところだったが、これ以上頭がおかしくなったらどうしようという危惧があったので、一応自重しておいた。
 そうして頭を抱えて蹲る三人に向かって、また疲れた声を吐き出す。

「……ともかく、この遊びは今後一切禁止だ。これなら石でも投げ合っていた方がまだ教育にいい」
「ええーっ!」

 真っ先に非難の声を上げたのはリグルである。

「そんなの酷いよ! 折角みんなハッピーになってるのに!」
「あのな、そもそもそれ以前の問題で……」

 言いかけた慧音の前に、突然二匹の寄生虫が這い寄ってきた。腸液と血が混じり合った液体と竹林の土にまみれてぬらぬらと輝く野太い体躯は、なんとも言えず不気味である。思わず顔を引きつらせて一歩身を引く慧音に、二匹の寄生虫はぺこぺこと頭を下げ始めた……のだと思う。口がついている辺りを上下に蠢かせるという妙な動きは、そうしているようにか見えなかった。

「な、なんだ? 何をしているんだこいつらは?」
「ああ、通訳してあげるよ」

 リグルが一つ頷き、寄生虫たちの声を慧音に伝えてきた。

『申し訳ねえだ人間の先生』
『ワシらもいくらなんでも無茶苦茶すぎるとは思うとったんじゃ』
『しかしお嬢さん方の熱い想いに負けて、ついついこんなイカれた遊びの片棒を担いじまった』
『ワシらはどうなってもええから、どうかこれ以上は怒らねえでやってくだせえ』
「なんで寄生虫の方が常識的なんだ……」

 なんだか泣きたくなってきた慧音の横では、感動した面持ちの妹紅と輝夜が「チャッピー……」「カトリーヌ……」と呟いている。ニックネームらしい。

「……お二方のお考えはよく分かりました」

 自然と敬語になりながら、慧音は二匹の寄生虫に話しかける。

「わたしとしても、怒りたくて怒っているわけではないのです。まあ、二人も一応反省……している? ようですし……今回はこれで不問ということにしておきましょう」
「でもさー、慧音」

 リグルがおずおずと手を上げる。

「この子たちはこれからどうしたらいいの? 二人のお腹の中に戻れないんじゃあ、生きていく場所がないよ」
「ううむ。確かに、哀れだとは思うが……だからと言ってこんなイカれたことをずっと続けさせるわけにも」

 慧音とリグルが悩んでいると、また寄生虫二匹がそばに這い寄って来て、リグルの耳に向かって体を伸ばしてきた。

「えっ、なに? 『どうかお気になさらず』『ワシらとしても、寄生虫の身には不似合いな夢を見せてもらって満足です』『ですが夢はいずれ覚めるもの。ワシらのことは一夜限りの悪夢だったとでも思ってくだせえ』って、ダメだよ、自分の生き様を悪夢だなんて言っちゃ! わたしたちはみんな生きているんだ!」
「……ところで、どうしてこのお二方はこんな知能を身につけておられるんだ?」

 慧音が首を傾げると、妹紅と輝夜が「あー」と揃って気まずげな声を漏らした。

「わたし、輝夜に負けたくないと思って、幻想郷に入ってきてる伝説の草とか食べ物とか、片っ端から探し出して喰いまくったもんなあ」
「わたしも妹紅に負けたくないと思って、永琳の部屋に忍び込んで『持ち出し厳禁』ってドクロマークのラベルが貼ってある薬飲みまくったし」
「それがまさか、こんなことになるなんてねえ」
「人間はいつも身勝手だ!」
「うん。なんというかその……すまん」

 憤慨するリグルに頭を下げてから、慧音はため息混じりに言い渡した。

「ともかく、やはり二人の腹の中に戻らせるわけにはいかない。もちろん他の人間の腹の中もいけない。なんとか、他に生きられる場所を探し出してほしいのだが」
「うー……えっ、なに? 『そこまでしていただかなくても』『ワシらは自然の理から外れた存在。適当に始末して頂ければ』って、ダメだよ! 虫の王として、そんなことは絶対に許さない!」

 決意も新たに一つ頷き、リグルは慧音に向き直る。

「分かったよ、慧音。わたし、この子たちが生きられる場所を探してみる! 大丈夫、ここは全てを受け入れる幻想郷、きっとそういう場所だってあるはずだから」
「そうか。大変だろうが、頑張ってくれ」
「うん。じゃあわたしは早速二人の住処を探しに行くから! っと」

 二匹の寄生虫を抱えて飛び立とうとしたリグルが、地を蹴る寸前でつんのめるように止まった。二匹の寄生虫に顔を寄せて何やら小声で話した後、くるりと振り返ってこちらに歩いてくる。

「どうした?」
「あのね、この子たちが、妹紅と輝夜に話があるって」
「え」
「わたしたちに?」
「うん。通訳するね」

 きょとんとする妹紅と輝夜に、リグルが寄生虫たちの意思を伝える。

「二人はこう言ってるよ。『短い間でしたが、お世話になりました』『先生様はお怒りの御用ですが、ワシらはお二人の腹の中で育てて大変幸福でした』って」
「チャッピー!」
「カトリーヌ!」
「わたしもお前といられて楽しかったよ!」
「もちろんわたしもよ! 新天地に行っても元気に蠢くのよ! さようなら!」

 妹紅と輝夜が涙を流しながら、それぞれの寄生虫に抱きつく。その様は母と子の別れを連想させなくもない。
 そうして別れを告げた後、リグルは今度こそ二匹を抱えて空に飛び立った。遠ざかる人影に寄り添うように、長く太い体躯がうねうねと蠢いているのが見える。

「……考えてみれば」

 残された三人がそろって空を見上げる中、ふと、慧音が呟く。

「なにも、人間ばかりが他の生き物を利用しているわけじゃあないな。彼らは彼らなりに人間を利用して生きているわけだから、両者はある意味では共生の関係にあると言えるかもしれない。科学の進歩に驕ることなく、そういったよい共生関係を維持していくことこそが今後の人類の課題と」
「慧音、なんでそんな必死にまとめようとしてるの?」
「うるさい、物語には何がしかのオチが必要なんだよ」

 ため息を吐いたあと、「さて」と慧音は腕を組んで二人に向きなおる。

「お前たちは何が問題だったのか未だに理解していない様子だが……ともかく、ああいう遊びは今後一切禁止だぞ。いいか?」

 問いかけると、二人は一瞬視線を交わし合って、やれやれとでも言いたげに揃って肩を竦めた。

「仕方ないわね」
「そうね。この遊びはもう止めにしましょう」
「なんだ、ずいぶんと素直だな」

 それはそれで気味が悪い。

「本当に止めてくれるんだろうな?」
「当たり前よ。わたしが慧音に嘘なんかつくはずがないじゃない」
「そうそう。まあその代わりに他の遊びをするけどね」
「ほう」

 楽しそうに言う二人に猛烈に嫌な予感を覚え、慧音は嫌々ながら問いかけた。

「他の遊び、というと、たとえば?」
「えーとね。アリスからもらった人形操作用のメダルを中核にして、自分の肋骨で組み上げた人形を戦わせる『メダロッコツ』とか」
「あと、本来曲がらない方向に腕や足の骨を曲げて、いかに芸術的な人体を作るかを競う『トランスボーンマー』とか」
「なるほど、よく分かった」

 慧音は二人に十発ずつ頭突きを喰らわせた。



「全く、死なない連中というのはロクなことを考えん!」
「まあまあ。そう怒らなくてもいいじゃないの、先生」

 一人憤慨する慧音を、赤みがかった髪の女性がなだめる。
 彼女は人里の治安を守る警察組織の長を務めている小兎姫という女性だ。人里の中を巡回中、休憩がてら慧音の家に立ち寄り、家主と共に家の縁側に座ってお茶を飲んでいるところなのである。その茶飲み話の最中に、慧音が愚痴っぽく先日の一件を語ったのだった。
 本当なら誰にも話すつもりはなかったのだが、そこは普段から様々な人と話をしている小兎姫のこと、人当たりのいい笑顔と巧みな話術とで、ごくごく自然に話を聞き出してしまうのだ。

「でもホント、蓬莱の人たちも面白いこと考えるわねえ」
「笑いごとではないぞ、まったく」

 面白がるようにくすくすと笑う小兎姫の隣で、慧音は疲れ切ったため息を漏らす。

「一応、わざと体を傷つけるような遊びはしないようにと言い聞かせておいたが、何分昔から延々と殺し合いを続けてきたような連中だからな。どれだけ効果があるか」
「延々と殺し合い、ねえ。凄い話だわ」
「うむ。ひょっとしたら、彼女たちはあの不毛な行為に一種の絆のようなものを見出しているのかもしれん。そう考えると、わたしなどが横から口を挟んでいい問題でないとは思うのだが……いや、だからと言って黙って見過ごすことも」
「あー、はいはい、そこまでそこまで」

 ぶつぶつ呟きながら一人悩み始めた慧音の横で、小兎姫が小さく手を打ち鳴らす。そうしてから、いい具合に力の抜けた、気楽な調子で言った。

「そうやって糞真面目に考えるの、先生の悪い癖よ? もっと、わたしみたいにお気楽に生きればいいのに」
「む。すまん、何分そういう性分で……いや」

 一瞬頷きかけてから小兎姫の装束を見て、慧音は眉をひそめた。

「そういうお前は立場から考えると少々気楽過ぎると思うぞ。いつものことながら、なんだそのふざけた恰好は」
「え、これ?」

 彼女が今身に纏っているのは、平安時代の女性貴族の装束、通称十二単と呼ばれるものを動きやすいように少し改良した服である。
 その広い袖を腕ごと持ち上げながら、小兎姫が小さく首を傾げる。

「似合わない?」
「似合っているから尚更言いたくなるんだろうが。そんな恰好で仕事をする奴など聞いたこともないぞ」
「いやねえ、先生ったら。変装って言葉を知らないの?」
「知っているとも。子供の頃のお前に物を教えたのは誰だと思ってる。そもそも変装になってないから言っているんだ」
「んー、まあ、半分趣味みたいなものではあるけど」
「正直に言うんじゃない、全く」

 慧音はがっくりと肩を落とす。この小兎姫、幼い頃は慧音が開いている寺子屋に通っていたのである。その頃からこういう変装というか扮装が大好きで、ありあわせの材料やただ同然の古着を利用して、いろんな自作の服を着ていたものだった。揃いも揃って奇抜な衣装ばかりだったので、ずいぶん人目を引いたものである。

「どんなに凝っていようが所詮は子供の遊び、大きくなれば落ち着くだろうと思って放っておいたが……まさかあの頃より酷くなるとは思ってもみなかった」
「あ。その言い方はないわ、先生。子供の頃から努力してきたからこそ、今のレベルに至ることが出来たのよ。つまりわたしは、先生の教えの一つである『継続は力なり』を実践してみせたわけよ」
「どうせならもっと別の形で実践してほしかったがな。まったく、あいつらといいお前といい、大人が本気で遊ぶとロクなことにならん」

 ため息をついた慧音は、ふと誰かの慌ただしい足音が家の方に近づいてくるのに気がついた。小兎姫も気がついたらしく、何も言わずにじっと耳を澄ましている。その顔は真剣そのもの。妙な趣味を持っているとはいえやはりこいつも大人になったんだなあと、慧音は場違いな感慨を覚える。
 そんな二人の下に、数人の子供たちがずいぶん慌てた様子で姿を現した。揃いも揃って息を切らして敷地内に駆け込んでくると、キョロキョロと辺りを見回して「あっ、いたぞ!」「先生ーっ!」などと叫びながら、こちらに向かって走ってくる。慧音は立ち上がると、腕を組んで子供たちを怒鳴りつけた。

「こらっ! お前たち、他人の家に無断で入ってきた挙句に挨拶の一つもなしとはどういうことだ! どんなときでも礼節を軽んじてはならんといつもあれほど」
「そんなこと言ってる場合じゃないんだよ!」
「大変だよ先生!」
「あ、小兎の姉ちゃんもいるぞ! 人里が大ピンチなんだよ姉ちゃん!」

 いつもなら怒鳴りつければ一旦は黙る子供たちが、止まる気配すら見せずに駆け寄ってきた。中には明らかに怯えきって、慧音や小兎姫にしがみつく者までいる。恐ろしい妖怪が跋扈する幻想郷で生まれ育った子供たちが、これほどまでに怯えるのは珍しい。慧音と小兎姫は一瞬視線を交わし合い、慎重に問いかけた。

「お前たち、とりあえず落ち着きなさい」
「一体何があったの?」

 冷静な口調で問いかけられて多少は落ち着いたらしい。
 子供たちの内、体格の大きなリーダー格の男の子が、ごくりと唾を飲み込み、答えた。

「か、怪獣が出たんだよ!」
「怪獣?」
「妖怪じゃなくて?」

 眉をひそめた小兎姫が問いかけると、子供たちはぶんぶんと一斉に首を振った。

「そんな生易しいもんじゃないよ、あれは!」
「凄かったよな!」
「人なんか丸呑みにしちゃいそうだよ!」

 口々に喚く子供たちを見て、ああそういうことか、と慧音は小さく笑った。それを見た小兎姫が首を傾げる。

「何か心当たりがあるの、先生?」
「なに、他愛ないごっこ遊びだよ。最近、この子らの間でぽけもんごっこというのが流行っていてな」
「あ、それならわたしも知ってる。近頃通りでも子供たちがそれで遊んで……って」

 そこまで言って合点したらしく、小兎姫が苦笑した。

「なんだ、そういうことなんだ」
「そういうことなんだろうよ」
「どうするの、先生?」
「ふむ。ここまで気合いを入れて演技しているんだ、付き合ってやるのが大人の義務というものだろう」

 のんびりと話す二人に焦れたように、子供たちが一斉に叫びだした。

「何やってんのさ、二人とも!」
「早くしないと里が、いや、幻想郷が!」

 子供の遊びはいつもこうだな、と慧音は微笑ましく思う。大人と違って発想が枠にはまっていないから、空想の話がどんどん大きくなる。そういうのを聞くのも、教育者の喜びの一つである。慧音は近くにいた子供の頭を撫でてやった。

「ははは、そうかそうか。まあ安心しろ、そんな怪獣ぐらい、人里の守護者たるわたしにかかれば一捻りだからな」
「本当!?」
「さっすが先生!」
「頼れるー!」
「ふふ。まあ、任せておけ」
「おっと先生、わたしも忘れてもらっちゃ困るわよ」

 振り向くと、腕まくりした小兎姫が悪戯っぽく笑っている。相変わらずノリのいい奴だと苦笑しながら、慧音は子供たちに向き直る。

「さて、それじゃあその怪獣とやらのところに案内してもらえるか?」
「案内する必要なんかないよ!」
「もう、すぐそこまで来てるんだ!」

 子供たちが何かを気にするようにちらちらと塀の向こうを見ながら、焦った声で叫ぶ。迫真の演技だな、と内心笑いながら、慧音は問いかける。

「ほう。すぐそこまでというと、今はどこにいるんだ?」
「見れば分かるじゃないか!」
「ああっ! ほら、あそこに!」
「あそこ?」

 子供の一人が上を指さしたので、慧音はそれにつられて空を見る。そして、絶句した。
 晴れ渡った青い空を背景に、何か巨大な長い生き物が飛んでいた。幻想郷の空を覆い尽くさんばかりの凄まじい大きさと長さを持つそれは、たとえて言うなら龍のような姿をしている。しかし長い首は胴の先から五本ほど伸びており、それぞれの口から何か澱んだ色のガスのようなものやら青黒い炎やらを吐き出していた。腕や脚は二本と言わず三本と言わず、体のところどころからだらりと無数にぶら下がっている。その体を覆うのは緑の鱗ではなくて、薄汚い茶色をした鎧のような外殻であり、確かに生物でありながらも無機質な兵器のような印象を与えてくる。そんな生き物が、「アンギャァァァァァァァァァッ!」と凄まじい鳴き声を上げながら空中でのたうっているのである。何で今まで気がつかなかったのかと不思議になるほどだ。
 まあつまるところ、一言でまとめるならば、

「……なんだ、あれは」
「だから、怪獣だよ!」
「早くやっつけてよ、先生!」
「このままじゃ幻想郷がピンチだよ!」

 口々に喚き立てる子供たちの前で、慧音は頬を引きつらせた。さすがの守護者も、あんな異様な生き物を相手に戦ったことなど一度もない。そもそもあれはなんなのだろう。様々な歴史を知る自分の記憶の中にも、ああいった怪獣の姿は一欠片も、

「……知らなくて……当然よ……」

 不意に、息も絶え絶えの苦しげな声が慧音の耳に届いた。はっとして声の方向を振り向くと、そこには傷だらけの銀髪の女性が一人いて、慧音の家の壁に寄りかかるようにして荒い息をしていた。その姿には、もちろん見覚えがある。

「永遠亭の八意医師か! どうしたんだ、酷い怪我を」
「あれにやられたのよ……永遠亭も半壊状態……結界を張ったおかげで、幸いにも死者は出ていないけど、くっ……」

 顔を歪めて呻きながら、永琳がその場に倒れこむ。「しっかりしろ」と声をかけながら、慧音は彼女のそばにしゃがみ込み、彼女を抱え起こした。

「一体どういうことなのか説明を……いや、その前に手当てをしなければ」
「大丈夫、わたしも医者の端くれ。自分の状態は分かっている……この程度の傷で死にはしないわ」
「そういう問題ではないだろう。小兎、悪いが家の中から薬箱を持ってきてくれ。居間の奥にある箪笥の、一番下に入ってるから」
「合点!」

 威勢のいい声を上げながら、小兎姫が縁側から家の中に駆け込んでいく。その背を見送ることもなく、慧音は永琳に話しかける。

「喋るのも苦しいだろうあなたに聞くのは心苦しいが、教えてくれ。あれはいったい?」

 慧音が問いかけると、永琳はうっすらと目を開き、荒い呼吸の合間に声を絞り出した。

「……あの寄生虫を、覚えているかしら?」
「寄生虫……というと、あの、妹紅と輝夜が腹の中に飼っていた?」
「そう。数日前、あれの飼育先を探していたリグルと、偶然出会ってね……引き取る相手がいないって、困っていたから……わたしが、引き取ったのよ」
「あなたが?」

 驚きと共に永琳を見ると、彼女は小さく頷いた。

「永遠亭のわたしの研究室にある設備ならば、ほとんど突然変異を起こしていたあの生き物を生かすことができると思って」

 青ざめた顔に自嘲気味の微笑みが浮かぶ。

「片方を見たときすぐに、わたしの薬による影響だってことは見当がついたから。事情を聞き出したら案の定。罪滅ぼしのつもりでもあったんだけど、ね」
「そうだったのか……すまない、わたしがもっと早く気づいていれば」
「それはわたしとて同じ。ううん、姫様たちだって、まさかこんなことになるとは予想もしていなかったでしょう。二人のことを責めないであげてちょうだい」

 慧音をなだめたあと、永琳は辛そうに目を細めた。

「……わたしはまずあの二匹の生態を調べ、彼らが生きていくに相応しい環境を作り出したわ。成分を調整した培養液に満たされた、大型の培養管。元々人間の腹の中のような閉ざされた環境で生きる生物だもの、間違いなく理想的な環境のはずだったわ。わたしは出来る限りの努力を注いで、あの二匹を生かそうとしたの。だけど……!」

 永琳は強く唇を噛んだ。

「まさか、あんなことになるだなんて……! 全部、わたしのせいだわ!」
「それは違う」

 目を閉じて己の行為を悔やんでいる永琳の手を、慧音はそっと握ってやった。

「あなたは罪滅ぼしのために、自分に出来ることをしただけじゃないか。あの二匹はあなたのところへ来たときには、もう既に手遅れだったんだ。本来であれば得るはずのない高い知能を獲得していたし、伝説の秘薬や正体の分からぬ劇薬などを大量に摂取していた。突然変異であんな風になってもおかしくはない状態だったんだよ、きっと」

 落ち着かせるように語る慧音の前で、永琳は激しく首を振る。

「違うわ、そうじゃない! わたしのせいなのよ!」
「いいんだよ、そんな風に自分を責めなくても」
「わたしが、わたしが……!」
「違うと言っているだろう。あなたのせいじゃない」
「わたしが更なる投薬を試みたり、妖怪の山の奥深くで発見された『カッパー線』を休みなく照射し続けたりしなければ!」
「だから違うと……って、それホントにあんたのせいじゃないか!?」

 絶句する慧音の腕の中で、永琳は恥ずかしそうに頬を染めながら呟いた。

「ごめんね?」
「なに可愛らしく謝ってんだあんた!? ああ小兎、その薬箱はちょっと待て。どうやらこのアホに聞かなければならないことが増えたようだ……!」

 薬箱を片手に戻ってきた小兎姫を止め、永琳の頭に頭突きを喰らわせたいという衝動を全力で堪えながら、慧音は絞り出すような声で問いかけた。

「……詳しく説明しろ」
「んーと、だからね? あの二匹は物凄く興味深い変異を見せていたわけよ。なにせ蓬莱人の腹の中で育ったんですものね。その上あなたの言うとおり、伝説の秘薬やらわたしが封印していた薬やらを大量に取り込んでいて……しかもそれが、なんだか奇跡的なバランスだったみたいで。ほら、ちょっと想像してみて? 出会った時にはせいぜい巨大なだけだった寄生虫が、その翌日にはガラス越しに人語で話しかけてきたら……つい、やっちゃっても仕方がないと思わない?」
「具体的には何をやっちゃったんだ、あんたは」
「月の頭脳八意永琳による計画的かつ指向性のある投薬と、妖怪の山の河童が偶然発見、わたしに解析を依頼してきていた謎の放射線『カッパー線』の連続照射による人為的な進化の促進。実験は大成功で、二匹は最終的に融合して膨張を繰り返した挙句今のような姿に」
「簡単に言うと?」
「後先考えない生体改造っていうか」
「医者ァーッ!」

 慧音は怒りの咆哮を上げながら、永琳の体を地面に叩きつけた。「いたっ」と呻きながら、永琳が慌てて弁解する。

「だって、仕方ないじゃない! わたしは医者である前に一人の学者なの! 何かに興味を抱いたら、己の心の命ずるままになりふり構わず突き進むことこそ、科学を志す者の本懐!」
「本懐の前に倫理を学べ!」
「そんなものにこだわっていたら前へは進めないのよ! 後のことは後で考える、これ!」
「おいお前ら、このアホ医者好きにしてもいいぞ」
「うっひょー!」
「マジすか!」
「さっすがー、先生は話が分かる!」

 背を向けた慧音の言葉に従って、子供たちが歓声を上げながら永琳に群がった。背後から聞こえてくる。「あっ、ひゃあんっ、だめぇっ、そこはっ!」だのという嬌声にちらりと振り返ってみると、くすぐったり髪の毛を引っ張ったりしている無邪気な子供たちの中に、一人息を荒げながら凄い勢いで永琳の胸を揉みしだいている坊主が一人いた。あいつは今後要注意だな、と一人頷きながら、慧音はため息を吐く。

「さて、とりあえず元凶たるアホの始末は終わったと考えていいわけだが」

 呟きながら、ぼんやりと空を見上げる。例の寄生虫が進化したらしい生物は当然ながら今も健在であり、「アンギャアアアアァァァァァァッ!」と元気に叫び声を上げていた。
 その姿を見上げながら、慧音は頭を掻く。

「……このまま夢だったということにして寝たら駄目だろうか。とりあえずオチはつくと思うんだが」
「いやいや。人生に夢オチはないわよ、先生」

 やけに悟ったようなことを言いながら、小兎姫が慧音の肩を叩く。

「認めましょうよ、先生。どんなに馬鹿げていたって、わたしたちの立っている場所はいつだって現実だわ」
「……お前もずいぶん立派なことを言うようになったな」

 慧音はため息をつく。

「しかし、実際どうするというんだ? どう見てもわたしたちの手に負える相手じゃないぞ、あれは」
「それはやってみないと分からないわ。『何事も挑戦だ』『成せば成る』『諦めたらそこで試合終了だよ』ってわたしに教えてくれたの、先生じゃない」
「……そうだったな。いや、そうだったか? 最後のは明らかに覚えがないんだが……」
「気にしない気にしない。というわけで」

 不意に小兎姫が力強い笑顔を浮かべて、慧音の腰の辺りに目をやった。

「安心していいわよ。約束通り、あんな怪物はわたしたちがやっつけちゃうから」

 驚いて小兎姫の視線の先を見ると、そこに小さな男の子がいて、泣きそうな目でこちらを見上げていた。

「……本当? 先生、あの怪獣やっつけられるの?」
「……それは……」

 一瞬考え込みそうになって、慧音は強く首を振った。そうしてから、安心させるような笑みを浮かべて、小さな子供の頭を撫でてやる。

「もちろんだ。任せておけ」
「でも、あいつあんなに大きいし、強そうだよ?」
「大丈夫。あんな奴はな、わたしの頭突きで一発だ! あの威力はお前だって覚えてるはずだろう? なんたって遅刻の常習犯だもんな。全く、規則正しい生活を心がけていればあんなことには」
「うえぇ、こんなときまで説教しないでよぉ」

 顔をしかめる子供にもう一度笑いかけながら、慧音は強い決意と共に小兎姫を振り返る。

「そうと決まれば善は急げだ。わたしは人里の守護者として、出来る限りのことをやろう。小兎、お前は子供たちを連れて避難……」
「それには及ばないわ」
「なに?」

 予想外の返事に戸惑う慧音を尻目に、小兎姫は何か小型の機械を着物の袖口から取り出した。それについているボタンを何度か押したあとで機械を耳に押し当て、小さな声で喋り始める。

「……そう、わたし。状況はもう分かってるわね? そう、以前から用意していた、あれを……」
「……小兎? お前一体、誰と話して」
「私よ」

 突然、背後から声がした。驚いて振り向くと、そこに見覚えのある赤い髪の女性が立っている。

「岡崎さんじゃないか。どうしてこんなところに」
「もちろん、あれに対処するためよ」

 岡崎夢美。少し前から人里の片隅に鉄の建物を作り、日夜怪しげな研究をして暮らしている風変りな外来人は、空でのたうつ巨大な怪獣を見上げて、楽しそうに微笑んだ。

「ふふ。遊びのつもりで作っていたけど、まさか実際に使うときが来るとは思わなかったわ」
「そうねえ。ところで性能は当てにしてもいいのよね、岡崎さん?」
「もちろん。『一千年先を行く女』と学会で賞賛され、誰にも理解できなかった天才であるこの私を舐めないでもらいたいわね。あんな醜悪な蛇の化け物なんか、私の発明品で一発よ」
「なあ、すまんが」

 自分には分からぬことを話している二人に、慧音は恐る恐る割り込んだ。

「わたしにも分かるように説明してもらえないか? 正直、あなたの登場は唐突すぎて何がなんだか」
「すぐに分かるわよ。でもその前に、民間人には退避してもらわないと……ちゆり」
「アイアイサー! ほーら、行くぜ子供たちー」

 夢美同様唐突に現れた金髪の少女が、今だに永琳弄りを続けていた子供たちを次々抱きかかえて、いつの間にか慧音の家のそばに止まっていた大きな戦車の中に放り込んでいく。そうして一分もしない内に収容は完了し、戦車は子供たちを乗せて何処かへと走り去った。後に残されたのは慧音と小兎姫と夢美、それから乱れた衣服に赤い顔で切なげに指を噛みながら、「てくにしゃん」と虚ろに呟いている永琳だけである。
 展開の早さについていけずに呆然とする慧音に、「じゃ、行きましょうか」と夢美は気楽な調子で声をかけた。



 そうして二人に誘導されるまま慧音がやってきたのは、彼女にとっては実に馴染み深い建物である。

「わたしの寺子屋じゃないか。こんなところに一体何が?」
「まあまあ。黙って見ててよ、先生。それじゃよろしく、教授さん」
「ええ……ポチッとな」

 呟いた夢美が、手に持っていた小型の機械のボタンとポチッと押す。と同時に、突然周囲一体の地面がぐらぐらと揺れ動き始めた。

「な、なんだ、地震……っ!?」

 慧音は絶句した。地面が激しく揺れ動く中で、寺子屋に大きな変化が起きていたのである。何かというと、真ん中から二つに割れ始めたのだ。割れているのは建物だけではない。基盤となっている地面までもが二つに分かれ、断面に何か機械のような構造物が見えている。

「な、なんだこれは!? わたしは聞いてないぞ!?」
「そりゃ、話してないしね」
「やっぱこういうのは無断でやって後で驚かせないと」
「いや、驚かせるとかそういう問題では……!」
「いいから見なさいな、センセ。これがこの私、岡崎夢美が持てる限りの力を注いで作り上げた――!」

 夢美の言葉に呼応するようにして、何か巨大な物体が地下から上って来た。それはどこかで見たような気がする、二つの立派な角を持つ機械巨人の頭だった。角の一方に赤いリボンをつけたそれは、呆然とする慧音の前で見る間にせり上がっていき、緑色のボディや、鞭のような形の白い尻尾などを太陽の下に晒していく。
 そうして一分も経つ頃には、明らかに場違いな巨大ロボットが幻想郷の大地の上に力強く立っていたわけで。
 唖然として口も利けない慧音の横で、夢美が自信満々に断言する。

「――『機甲獣人ワーハクタク』よ!」
「人の寺子屋に何仕込んでんだあんたは!?」

 なんとか正気に戻って怒鳴りつける慧音に、夢美は不敵な笑みを浮かべてみせる。

「ふふっ、驚いたようね、センセ?」
「驚かない方がどうかしてるぞこれは」
「さあ乗り込むのよ、パイロットの上白沢センセ。この機体の中には満月光線が満ちていて、常時ワーハクタクの姿を保つことができる。あなたの『歴史を創る程度の能力』をハクタクコンバータで動力に変換、それを利用して無敵のパゥワを発揮するのよ、このロボットは」
「なんだその超理論は! 大体なんでこんなもの作ったんだあんたは!?」
「ふふ……それはもちろん! 『こんなこともあろうかと』よ!」

 言ったあとで、夢美はぞくぞくと体を震わせる。

「ああ、この台詞、一度でいいから言ってみたかった……!」
「まあ実際は霧雨のお嬢さんが拾った『すぱろぼのこうりゃくぼん』でみんなが盛り上がりに盛り上がって、巨大ロボット製作が一部の知識人の間で大流行してる結果なんだけどね」
「子供と同レベルかあの連中は……!」

 小兎姫の説明にぎりぎりと歯軋りした慧音は、背後から聞こえてくる「アンギャアアアアァァァァァァッ!」という唸り声に、はっとして振り返った。
 見ると、あの巨大怪獣の周りを小さな人影が無数に飛び交って、必死に攻撃を仕掛けているようだった。

『げ、幻想郷の皆さん、ご覧下さい! 怪獣です、見たこともない怪獣が、我がもの顔で幻想郷を蹂躙しております! 我ら妖怪の山の精鋭たる天狗部隊が現在必死に妖獣つによる攻撃を仕掛けておりますが、見たところさして効果がなく……あーっと、怪獣がこちらに気付きました! わたしに向かって首を伸ばして参ります! 皆さん、さようなら、さようなら! わたしが死んでも文々。新聞をどうぞよろしくーっ!』

 拡声器で解説を続けていた文の声が、悲鳴と共に途切れる。同時に怪獣の頭の内の一つが口から炎を吹き出し、群がる天狗たちを一気に焼き払った。黒焦げになった無数の影が、ボトボトと地上に向かって落ちていく。

「くっ、なんということだ……!」
「幻想郷の最大勢力とも言える天狗勢でも歯が立たないなんてね」
「いよいよあなたの出番よ、センセ」

 肩を叩く夢美には答えず、慧音は鋼の機械巨人をじっと見上げる。
 正直言って、何がなんだかさっぱり分からない。分からないが、幻想郷に危機が迫っていることだけは確実だ。そして自分は人里の守護者。であれば、この場でやるべきことはただ一つ。

「……分かった、乗ろう」
「おお、やった!」
「それでこそ、だわ、センセ。コックピット……要するに操縦席は、頭部にあるから」
「うむ。だが岡崎さん、本当にこの『ろぼっと』とやらで、あの怪獣に勝てるのか?」
「もちろんよ。と、言いたいところだけど」

 夢美は素っ気なく首を振った。

「正直言って、分からないわね。さっきも言ったとおり、このロボットはあなたの『歴史を創る程度の能力』を原動力として動くの。つまるところ、どれだけの力が出せるかはあなた次第」
「具体的には?」
「至って簡単な話。あなたの幻想郷への愛が力となります、ということよ」
「それはまた、分かりやすいな」

 苦笑したあと、「では、行ってくる」と慧音は佇む巨人に向かって歩を進め、その途中でふと振り返った。小兎姫と夢美はすっかり見送りモードに入っているらしく、何か感慨深げに目を細めてこちらを見つめている。

「どうしたの、センセ?」
「いや……一緒に乗ってサポートしてくれる、とかはないのか?」

 問いかけてみると、二人は顔を見合せて、それからぎこちなく笑みを浮かべた。

「悪いけどこれ、一人用なのよ」
「一緒に乗って友達に噂とかされたら恥ずかしいし」
「お前ら殴るからな、あとで絶対殴るからな!」

 慧音はやけくそになって喚きながら、ロボットのコックピットに向かって飛んでいく。途中、無駄に膨らんだ胸部にぶつかりそうになったのがやたらと腹立たしいやら恥ずかしいやらだった。



 コックピットは球形になっていた。夢美によると「お約束の全天周囲モニター」だそうで、今、慧音の周囲には一面の青空が投影されている。ずっと向こうの方には、のたうちながらガスや炎を噴き出している巨大な怪獣の姿が見えた。

「聞こえるかしら、センセ?」

 どこからか夢美の声が聞こえてくる。理屈に関してはどうせ理解できないだろうから気にしないことにする。

『この機体には、数々の武装が搭載されているわ。頭部バルカン砲「ブレインエイジア」、腕部連装ビームキャノン「エフェメラリティ137」、背部大口径砲「GHQクライシス」、大太刀「高天原」、必殺技は頭部の二本角に歴史創造パゥワを込めて相手に突進する捨て身の大技「ケイブド・キモ・ケーネ」。大体こんな感じかしら』
「最後のだけ方向性が違うように思うのは気のせいだろうか」
『気のせいね。ああ、あと、当然ながらおっぱいミサイルも装備されているわ。おっぱいミサイル』
「二度も言わんでいい。で、動かし方は?」
『まあ大体、念じれば動くって感じかしら』
「呆れるほど簡単だな」
『半獣の方でも操縦できる便利設計でございます』
「差別発言は止めなさい」

 一応叱ってから、慧音は静かに目を閉じた。そうしてみると、周囲に慣れ親しんだ気配が満ちていることが感じ取れる。紛うことなき満月の夜の空気。この機体の中が満月光線に満ちている、というのはどうやら本当らしい。
 ふっ、と息を吐いて軽く気合を入れ、慧音は己の体を獣人へと変化させる。途端に――妙な話ではあるが――機体に力が満ちていくのが感じ取れた。これが夢美の言う「歴史創造パゥワ」というやつだろうか。確かにこれなら戦えそうではある、が。

「岡崎さん」
『何かしら』
「どうやら今のわたしは、ほとんどこの機体と意識を共有しているような状態にあるらしい。だから言うが……これでは勝てん」

 一瞬の間を置いて、

『あっさり言うのね』
「彼我の戦力差から推測した結果だ。捨て身でかかれば頭の一つぐらいは潰せるかもしれんが、それが限界だろう」
『逃げる?』
「まさか。とりあえず、小兎に言って人里の人間と妖怪を一人残らず退避させておいてくれ。あなたのことだ、絶対安全な避難場所ぐらいは確保できているんだろう?」
『ええ。今回の流行に乗じて八雲の人と共同で作った核シェルターがあるわ』
「ならばそこへ。わたしは奴の相手をする。なに、みんなが逃げるぐらいの時間は稼いでみせるさ」
『死すら厭わぬその覚悟……一体どこから?』
「この郷から」

 眼下、モニター越しに広がる大地を見下ろしながら、慧音は笑った。

「なに、心配するな。幻想郷への愛が機体の動力となるのだろう? ならばこの上白沢慧音、そう簡単に死にはせん。行くぞ!」

 背部のピラミッドブースターが火を噴き、「機甲獣人ワーハクタク」の機体が弾丸のように空を飛ぶ。

『それは死亡フラグって言うのよ』

 夢美の小さな呟きが耳を掠めたが、慧音は敢えて聞かないことにした。



 遠目に見ても巨大な怪物だったが、間近に見ると尚更大きい。このワーハクタクだって見上げるぐらいの大きさがあったが、それに比べても圧倒的な大きさだ。下手をすれば、大結界構築のとき降臨し、幻想郷の空を覆い隠したと言われる竜神よりも大きいのではないだろうか。

「だから大人が本気で遊ぶとロクなことにならんというのだ、まったく」

 一人ぼやいたとき、慧音は怪獣の外殻の一部から何か危険な気配を感じた。「見える!」と無意識に呟きながら、ブースターのノズルを微調整、機体を滑るように左方へ移動させる。一瞬後、先ほどまで機体があった空間を、巨大な棘状の物体が貫いていった。怪獣の外殻から発射されたものらしいそれに、夢美が驚愕の叫びを上げる。

『生体ミサイル! まさか、こんなものまで装備しているだなんて』
「そのようだな。ところで岡崎さん、さっき、敵が攻撃してくるのが事前に分かったような気がしたんだが」
『ああ、そう言えば説明していなかったわね。このワーハクタクには、防御に関する機構もいくつか搭載されているの。さっき未来を予知して、一種の直感としてあなたに伝えた未来予知機構『ネクストヒストリー』がまず一つ。そしてもう一つ』

 夢美の説明の途中、慧音はまた怪獣の外殻の一部に危険な気配を感ずる。だが、今度はかなり広範囲かつ高密度に発射されるようで、ワーハクタクの速度では避けられそうもない。

「被弾する!?」

 そのとき、頭の中に一種のイメージのようなものが閃いた。それに従い、慧音はワーハクタクの両腕を前方に向けて突き出す。次の瞬間、怪獣の外殻から無数の棘が飛来した。慧音が知覚できないほどの高速で飛んできたはずのそれは、しかしワーハクタクの機体に掠ることすらなく、直前の空間で跡形もなく消え去った。

「これは……?」

 呆然と呟いた慧音は、突き出された機体の両腕の前に、半透明の黒い幕のようなものが形成されているのに気がつく。

『防御機構その2、歴史破壊障壁「オールドヒストリー」。触れたものを全て歴史の闇に葬り去る無敵の盾よ』
「ほとんど反則だな」
『でも欠点もあるわ。これを形成するためには、機体に満ちる歴史創造パゥワをほぼ全て回す必要があるの』
「要するに、展開中は動けないと?」
『ええ。だからこれを敵にぶつけるような使い方は出来ないし、展開しながら攻撃するというのも不可能。ついでに言うと、長時間展開しているとエネルギー切れを起こして動けなくなるわ』
「いざという時のための保険というわけか。なんとも、扱いにくいことだ」
『大丈夫、あなたならやれるわ、センセ』
「岡崎さんは気休めがお上手で」

 ともかく、こちらが持っている手札は理解した。あとは出来る限り、時間を稼ぐだけだ。

「岡崎さん。さっきの攻撃の流れ弾による被害は?」
『人里の家が何件か吹き飛んだみたいだけど、人的な被害は皆無。でもまだ、避難は完全には終了してないみたい』
「そうか。了解した……!」

 ピラミッドブースターが激しく炎を噴射する。飛んでくる生体ミサイルの弾道を予測しながら、慧音は機体を縦横無尽に滑らせた。腕部連装ビームキャノン「エフェメラリティ137」から絶え間なく光の矢が放たれ、怪獣に命中しては次々に外殻を飛び散らせ、炎の花を咲かせていく。攻撃が命中するたび、怪獣は激しく身を捩った。

『効いてるわよ、センセ!』
「分かっている!」

 まともに答える余裕もなく、慧音はビームキャノンを連射しながら機体を怪獣に接近させた。距離が近ければ当然攻撃の密度も激しくなり、止まって障壁を展開している暇もないためにどんどん機体が傷ついていく。それでもあくまで掠める程度で、致命的な部位への直撃を免れているのは、最近流行の弾幕ごっこによって弾道を見切る目が鍛えられているせいだろうか。自分を形作る歴史がこんなところでも役に立っていると思うと、慧音はなんだか嬉しくなった。

『ああっ、センセ、正面! 当たっちゃう!』
「うるさい、耳元で怒鳴るな!」

 喚く夢美よりもよっぽどうるさい声で怒鳴り返しながら、慧音は背部大口径砲「GHQクライシス」を前方に向けて展開。これだけ的がでかければ狙いをつける必要もなく、発射された砲弾は真っ直ぐに怪獣の体へ向かっていき、次の瞬間敵の外殻を派手に突き破った。粉砕されて飛び散った外殻が青空を汚す中に、怪獣の悲鳴が大きく響き渡る。その一瞬、敵の巨体から発せられる攻撃が完全に停止した。
 好機を逃さず、慧音は即座に背部の砲をパージ。身軽になった機体の背部ブースターに火を灯し、全速力で怪獣の頭部を目指す。狙いは五本ある首の内、一番近いところにある一本。そこに向けて機体を飛ばしながら、腰部の大太刀「高天原」を引き抜く。ようやく気付いたらしい頭部が、巨大なガラス玉のように無機質な瞳に怒りを滾らせてこちらを向いた。だが、遅い。ワーハクタクは敵が吐き出した炎を急上昇によって避け、天に向かってブースターを噴射しながら裂帛の気合いを共に大太刀を振り下ろす。万物を切り裂く巨大な真空刃が、幻想郷の空を駆け抜けた。
 一瞬の静寂の後、怪獣の巨大な首が切断されて赤黒い体液が迸った。残った四本の首が、地面に向かって落ちていく己の頭部を悼むような凄まじい悲鳴を上げる。

「やったか!?」
『油断しちゃだめよ、センセ!』

 慧音が喜んだのも束の間、夢美の絶叫がコックピットに響いた。同時に、頭の隅で警鐘が鳴る。はっとして顔を上げた瞬間、怪獣の巨大な口腔から吐き出された黒いガスのようなものが、ワーハクタクの機体を大きく包み込んだ。

「しまった……!」

 どういう原理によるものか、ガスを浴びた機体が全く動かせなくなった。己は正常なまま意識を保っているというのに、機体だけが全く反応せずに地面に向かって落下していく。気付けばモニターが全て死んで周囲が真っ暗になり、夢美の声も聞こえなくなっていた。ただ、止まることなく落下していく感覚だけが、今の慧音の現実だった。

(終わった、か)

 油断していたらこの様だ。首一本潰せれば上出来、と予測していたが、まさか本当にその通りになるとは。諦観の境地で苦笑したとき、走馬燈の如く、今まで視てきた歴史が頭の中を駆け抜け始めた。

(里のみんなの避難は終わっただろうか。さっきの戦いの流れ弾で、誰かが怪我などしていなければいいが。知り合い連中は……まあ、しぶとい奴らだからみんな無事だろうが)

 今自然と慧音の頭に浮かんでくるのは、ただただ他人の身を案ずる念ばかりである。こんな馬鹿げた状況を作り出したアホ医者に対する恨み事などはほとんど浮かんでこない。そのことが、人里を守り抜いてきた守護者としての自分の歴史を証明してくれているようで、慧音には嬉しく、同時に誇らしかった。
 この後のことは大して心配はしていない。あれだけ時間を稼いだのだから、八雲紫辺りが何かしらいい手を考え出してくれていることだろう。慧音は彼女の幻想郷に対する愛着を理解していたし、信用もしていた。八雲ならば何がしか有効な手を打ってくれるに違いない、と。
 ただ一つ、気がかりなこと。
 白い髪の少女の寂しげな横顔が一瞬脳裏を掠め、慧音はぎゅっと目を閉じる。

「妹紅……すまん!」

 呟いた、まさにその瞬間。
 突如、機体の落下が何の前触れもなくぴたりと停止した。相変わらず映像は見えないが、全身を覆っていた落下の感覚が消失したことで、慧音はそれを悟る。
 何が起きたのか。慧音が戸惑いを覚えたとき、突然機体がガクンと揺れた。何か巨大な物につかまれたかのような衝撃。同時に金属の軋む音が聞こえてきて、やがて前方の暗闇が割れて光が差してきた。
 眩しさに目を細める慧音が目を開いたとき、視界に映ったのは一面の青色である。だがそれは空の色ではなく、もっと金属的な光沢を持つ青だった。つまり、機体の前に何かいる。
 いったい何が、身構える慧音の前で、その青色がのっそりと動いた。どうやらそれは、ワーハクタクと同じような機械巨人の頭部だったらしい。だがデザインは、慧音の機体のそれに比べると随分シンプルというか、はっきり言えば適当極まりない。何せ目は丸、口は四角に黒くペイントされているだけで、モニターは驚くべきことに単なる覗き窓のようだ。その上装甲板接合部のリベットが丸見えで、全体的に手作り感丸出しというか、やる気のなさを隠す気力すら感じさせない作りになっている。
 そんな適当臭いロボットの頭部が、真ん中からパカリと割れた。その中央、レトロ感漂う黒い革張りシートに、見覚えのある妖精が一人で座っていた。妖精は慧音の姿を見つけると、にーっと得意げに微笑んだ。

「良かった! みんなー、けーね、無事だったよ!」
「お前……チルノか!?」
「そーだよ」

 何故かゴーグルを装着したチルノは慧音の言葉に頷いたあと、歯を見せて笑いながら自分の機体を叩いて見せた。がーん、と、いかにも中身が空っぽな感じの残念な音が響く。

「んでもってね、こいつはあたいの相棒、『無敵氷精ダイチルノー』だよ! どーよ、強そうでしょ!」
「強さよりも適当さが先に立つネーミングだな……」

 呆然として呻く慧音の耳に、ざらついた声が届く。

『どうやら間に合ったようね。本来ボスボロット的ポジションのつもりで作ったダイチルノーがおいしい場面をかっさらう……これも王道というものかしら』

 声は、ダイチルノーコックピット内に紐でくくりつけられたオンボロスピーカーから聞こえてきているようだった。ざらついていて酷く聞き取りにくいが、どこまでも淡々と、あるいはぼそぼそとしたその口調には聞き覚えがある。

「紅魔館のパチュリー・ノーレッジか?」
『ご名答。ちなみにそのオンボロは、チルノがあんまり作れ作れと煩いから、わたしが仕方なく作ってやったものよ。唯一の武装はごくわずかな時間だけ対象を空間に縫い止める『パーフェクト・フリーズ』。その能力が、落下するあなたの機体を激突寸前で受け止めたというわけ』
「なんとも、都合のいいことだな」
『なんやかんやと理由をつけて、偶然ロボットに乗り込む素人パイロット。ピンチのときに決まって駆けつける頼もしい仲間。ご都合主義はロボット物のお約束よ』
「さすが、よく勉強していらっしゃることだ」

 助かったという安堵と、助かった理由の馬鹿馬鹿しさによる脱力感とを同時に感じながら、慧音は割れた装甲の隙間から機体の外へと這い出した。前方に静かな湖が広がっている。チルノのオンボロ機体が着水していることを覗けば、よく見慣れた霧の湖の光景。だがそこから見える風景に、慧音は何か拭いがたい違和感を覚えた。

「なんだ……? いや、そんなことよりも、奴はどうなった!?」

 慌てて上空を振り仰ぐと、予想通りあの怪獣は健在だった。だが、何か様子がおかしい。敵である慧音を排除したはずなのに、今もまだ苦しげに悲鳴を上げながら身を捩っているのだ。いったい何が、と思ってよく見てみると、巨大な怪獣の周囲を何か紅い影が凄いスピードで飛び回っているのが見える。さらによく目を凝らしてみると、それが全身血のような紅に塗装された巨大人型兵器であることが分かり、慧音は口を開いて絶句する。

「……なんだあれは」
『私こと「動かない大図書館」パチュリー・ノーレッジが開発した最強の人型機動兵器、その名も「世界吸血コウマカーン」よ。近距離主兵装は全てを貫く魔槍「グングニル」、遠距離主兵装は背部の遠隔操作兵器「スターボウブレイク・ビット」、中距離兵装として連装ビームキャノン「スカーレット・シュート」及び超巨大火炎放射砲「ロイヤルフレア」を装備しているわ。防御面においても根性式物理障壁「メイリンバリア」を装備と充実。ちなみに機体の命名は我らがレミリア・スカーレット、デザインも彼女をモデルにしているわ」
「いや、それは聞かなくても分かるが。なんであんなものが?」
「無論、こんなこともあろうかと開発しておいたものよ。こんなこともあろうかと」
「二回言わんでいい」

 オンボロスピーカーから響くパチュリーの平坦な声にかすかな興奮を感じて、慧音は目眩を覚えた。

「……ひょっとして、あれか。流行だからか」
「ええもちろん。八雲やら妖怪の山の河童やらがこぞってロボットを開発し始めたと聞いて、レミィがわたしにも作れと言ってきたのよ」
「それで素直に作ったわけかお前は。いやむしろお前の方がノリノリだったのか」

 返事はない。どうやら当たっているらしい。
 パチュリーは一つ咳払いをして続けた。

『わたしの作ったコウマカーンはほぼ無敵。攻守共に幻想ロボ群の中でもトップクラスで、機体速度もマッハを超えるわ。唯一の欠点と言えば』

 何か、スピーカーの向こうでカチリと音がする。同時に、騒がしく言い争う声が響き渡った。

『お姉さまばっかりずるいーっ! わたしにもやらせてよーっ!』
『うるさいわね、こういうのは全部お姉さまに任せておきなさい!』
『お、お二人とも落ち着いてくださいーっ!』
『小悪魔は黙ってなさい!』
『そんなぁ! 美鈴さーん、お二人を止めてくださいよぅーっ!』
『こっちだって手一杯なんですよ! っていうかこの根性式物理障壁って、わたしだけに負担集中してませんか!? そろそろ気が尽きそうなんですけど!』
『ぐだぐだ言ってないで根性見せなさい、美鈴!』
『わたしにもやらせてってばーっ!』

 カチリ、と再び音。静寂が戻ってくる。スピーカーの向こうから紅茶を一口啜る音が響き、

『とまあこのように、四人乗り故の操縦権争いその他諸々で時々挙動が混乱することかしら』
「四人乗りにするメリットがいまいち分からんのだが」
『本当は六人乗りなのよ。レミィが是非ともそうしなさいって言ったから。まあわたしが断ったから五人乗り仕様になったわけだけど』
「だが今四人乗りと……そう言えば咲夜の声が聞こえなかったような気がするが?」
『あの子は出撃直前唐突に走り出したかと思うと、コウマカーンの足下から真上を見上げて「エェェェクセレェェェェントッ!」と叫んだ挙句、激しく鼻血を噴いて気絶したので不参加。今はわたしと一緒にいるわ』
「しょうもないな」
『ああそれと、もう一つ欠点。万一撃墜されたらわたしたちの家が無くなるわ。あれ、紅魔館を変形させたものだから。わたしたち、今は紅魔館の跡地にいるのよ』
「ああ、さっきの違和感の正体はそれか。紅魔館がどこにも見当たらなかったんだ」

 呻く慧音の遥か頭上では、「世界吸血コウマカーン」とやらが、あの怪獣と激戦を繰り広げていた。その動きは流星さながらで、パチュリーが自慢していた通り機体性能はワーハクタクよりもよほど上のようだ。だが時折ふらついたり弾が明後日の方向に飛んで行ったりしているのを見る限り、やはり機体内部での連携が上手くいっていないらしい。あれでは宝の持ち腐れだ。

「どうするんだ? あのままではその内操縦ミスで落とされるぞ?」
『大丈夫。欠点をフォローする仲間がいるのもロボット物のお約束だわ』
「と言うと」
「あっ、みんな来たみたいだよ!」

 チルノの興奮した声に、慧音は後ろを振り向く。すると、空の彼方からこちらに向かって、無数の機影が飛んでくるところだった。そのあまりの数に、慧音はぎょっと目を剥く。

「あれは一体……!?」
「わたしが解説してあげるわ!」

 聞き慣れた声。振り向くと、小型の飛行機械に乗った夢美が、回転する無数のプロペラの向こうで不敵な笑みを浮かべていた。

「無事で何よりだわ、センセ。さすがに人間の里を守り抜いてきた守護者さんは格が違うわね」
「岡崎さんも、無事でよかった。里の皆は?」
「小兎の姫さんが全員避難させたわ。これで幻想郷が核の炎に包まれたとしても、みんな元気に『ヒャッハー種もみを寄越せーっ!』と奇声をあげることができるでしょう」
「うむ。よく分からんが、無事ならばそれでいい」

 ほっと胸を撫で下ろしつつ、「それにしても」と慧音は迫りくるロボット軍団に目を向ける。

「いつの間にあんな物があんな大量に……」
「ほぼ全部わたしが作ったわ」
「さらっと言ったな今!?」
「だって、事実だもの。まあ八雲さんのとか守矢さんのところとか、わたしが作ったものじゃないやつも多数あるけど」
「なんのためにそんなことを?」
「幻想郷の弾幕少女が全員ロボットを持っていたら……素敵だと思わない?」

 夢美は胸の前でうっとりと手を組む。永琳と言いこの人といい、天才の考えることはさっぱり分からん、と慧音は再認識する。

「まあそんなわけで、各機体の解説をさせてもらうわ。まず先頭を飛んでる紅白の機体。あれは『鬼畜巫女ハクレイムー』。数百発のホーミングミサイルが主兵装の遠距離戦特化機体よ。博麗神社の賽銭箱を真っ二つに割りながら登場するわ」
「止めてやれ、霊夢が泣くぞ」
「続いてその後ろ、『魔導人形ゴッスンアリス』。無数の人形型ビットで敵を錯乱しつつ、音もなく近づいて巨大な五寸釘を相手の胸元に突き刺すの」
「巨大な五寸釘ってなんかおかしくないか?」
「さらに負けじと飛んでくるのは『信仰絶対オンバシラー』。鉄壁のシメナワバリアで攻撃を防ぎつつ、背部に備えたオンバシラキャノンで一気に敵を消し飛ばすの。白と赤のカラーリングがチャーミングね」
『どう見てもガンキャノンです、本当にありがとうございました』
「パチュリー、お前が何を言っているのか、わたしにはさっぱり分からないよ」
「ロボ軍団の中央にいるのは、八雲家が誇る式神ロボ、『永遠少女スッパテンコー』ね。通常時の九連装チャーミングミサイルの威力もさることながら、外装パージしたときの超加速には誰も追いつけないわ」
「機体性能よりも名前が気になってしょうがない」
「他にもたくさんのロボットが目白押しよ。蔦を模した鞭で相手を絡め取りつつコックピットに強制的に毒を注入する『嗜虐母性メランコカザミィ』やら、覚りの能力で読み取った思念から幸せな記憶だけを抽出して操縦者の脳に直接注入、そこから生み出される嫉妬のパゥワを原動力として無限とも言える力を発揮する『嫉妬暴走ネタマシィ』やら」
「後で裏切りそうな連中ばかりに思えるのは気のせいか?」

 そんな風に夢美の解説を聞いている間にも、幻想ロボ軍団は続々と霧の湖上空に集結しつつあった。巨大怪獣を取り囲んだ鋼の機体たちが空を埋め尽くす様を見ていると、ここが幻想郷であることを忘れそうになる。

『お集まりの皆さん』

 不意に、聞き覚えのある澄んだ声が響き渡った。声は機体群の中央、先ほど夢美が「永遠少女スッパテンコー」と呼んでいた機体から発せられている。言うまでもなく、幻想郷の賢者たる八雲紫の声である。

『前方をご覧ください。あの醜悪な怪物は、わたしたちの幻想郷を破壊するために時空の彼方からやって来た外なる神の眷族です』
「いや、むしろアホ医者の愚行で生み出されてしまった被害者なんだが……」

 ぼそっと呟いた慧音の声など当然届くことはなく、紫は朗々と演説を続ける。

『あんなものにわたしたちの愛する大地が蹂躙される様を、黙って見過ごすわけには参りません! 私は宣言します! ここに我ら幻想ロボット連合を作り、愛しき郷の存亡を懸け、団結し、勝利するものであると!』
『総員、突撃ぃーっ!』

 紫の声に呼応するように、式神である藍の声が響き渡る。その場に集ったロボットたちが一斉にブースターに火を灯し、暴風さながら幻想郷の空を飛び始めた。無数に吐き出されるビームの嵐、次々に咲いては散っていく爆炎の花、そして怒りと苦痛に満ちた怪獣の咆哮が青い空を満たす。
 それを見上げながら、慧音は首を捻っていた。

「どうしてみんなあんなにノリノリなんだろう」
「そんなの、当たり前じゃない」
「岡崎さん、まさか愛の力とか言うんじゃなかろうな」
『違うわよ』

 冷静に答えたのは、すっかり忘れ去れた『最強氷精ダイチルノー』のオンボロスピーカーから響く、パチュリーの声である。

『あなたも思い出してみなさい。弾幕ごっこ、サッカー、そして今回のこの騒ぎ。共通するものは、いったい何かしら』
「なるほど」

 慧音は納得して頷いた。

「要するに流行に乗った遊びということか」
「もうちょっと世の中の流れに敏感になった方がいいみたいね、センセ?」
「いやあ、わたしみたいな常識人にはついていけんよ、本当に」

 からかうように頬を突く夢美に、慧音は深々とため息を吐く。
 その隣では、チルノが天を睨んで興奮しきった叫び声を上げていた。

「むむぅっ、みんな頑張ってる! あたいも負けてらんないぞーっ!」

 言いながら、素早く頭部のハッチを閉じる。慧音は眉をひそめた。

「岡崎さん。わたしはこういうのには疎いからよく分からんのだが……このチルノの機体は、飛べるのか?」
「見たところ、空を飛べそうな装備はないみたいだけど?」

 首を傾げる夢美の前、見た感じからして薄っぺらいダイチルノーの装甲板の向こうから、不敵な声が聞こえてきた。

「ふっふっふ。ところが大丈夫だったりすんのよね! なんたってあたいはさいきょーだから! さあ行くよ、大ちゃんブースター、点火!」

 チルノの力強い宣言と共に、本当に機体が持ち上がり始めた。ふらふらじわじわと、非常にトロくさい速度で、しかし確実に上昇していく。

「おお」
「これは凄いわ、どういう仕組みかしら」

 感嘆する二人の前に、水から上がった「最強氷精ダイチルノー」がその全容を露わにする。
 チルノを模して造られたと思しき、全体に青っぽい、しかし塗装が剥げかけた機体。ドラム缶を連結させているかのごとき無骨な腕、単なる鋼の棒と板にしか見えない脚部。胴体はずんぐりとしていて、武装など何一つついていない。もちろん、背中にブースターなどあろうはずがない。
 唯一くっついているものと言えば、ダイチルノーの尻の下に潜り込んでいる大妖精だろうか。
 そりゃもう、必死で羽ばたいていた。顔を真っ赤にして唸り、汗をダラダラ流しながら、全力でダイチルノーの機体を押し上げている。

「ぐ、ぬぬぬ……! あとちょっと、あとちょっと……!」
「いや、全然あとちょっとじゃないぞ!? いくらなんでも無理しすぎだろお前!」

 思わず突っ込む慧音の前で、大妖精は明らかに無理っぽい笑顔を浮かべてみせる。

「ふ、ふふふ……舐めないでください、こんな鉄屑一つ、わたしの力で押し上げてみせます!」
「無茶だよそれは! 止めろ大妖精、大人しいお前が、こんな遊びに付き合うことはないんだ!」
「だから幻想郷に、わたしの愛を見せなけりゃならないんでしょ! 大妖精は伊達じゃない!」

 叫んだ瞬間、大妖精の手が汗でずるっと滑った。「あ」と間抜けな声が漏れ、ダイチルノーの巨体が大妖精を巻き込みながら落下する。大して高度がなかったせいで、一機と一人はすぐに着水し、その結果、

 ぷちっ

「なんてこった、大妖精が殺されちゃった!」
『このひとでなしーっ!』

 なんだかノリノリで叫んでいる夢美とパチュリーの隣で疲れたため息を吐き出しながら、慧音はぼんやりと空を見上げる。
 続く大決戦、飛び交う光の雨霰。

「……なんかもう……勝手にしてくれ」

 降り注ぐ爆音の中、慧音は壊れた機体の上で不貞寝を決め込むことにした。
































 ――かくして、幻想郷全土を巻き込んだ戦いは終わりを告げた。
 後に『特機異変』と呼ばれることになるこの事件は、もちろんそう簡単に終結したわけではない。実に三日三晩に及ぶ激戦の最中で、様々なドラマが生まれては消えていったのである。霊夢の機体が暴走して怪獣を喰い始めたり、アリスが敵に張り付いて自爆したり、パルスィがやっぱり裏切ったり。そりゃもう、語り尽くせばまた日が昇るぐらいにいろいろなことが起こりすぎたのだが、面倒くさいので割愛する。
 そうして、撃墜された機体群が浮かぶ霧の湖の上、弾幕少女たちはみな無言で空を見上げていた。夕暮れの赤に染まる天空の彼方に向かって、あの怪獣が悠然と飛んでいく。
 三日三晩の激戦の末、戦いが終わったのはつい数分ほど前のこと。永遠亭の倒壊に巻き込まれて気を失っていた妹紅と輝夜がようやく意識を取り戻し、慌ててこの場に駆け付けたのである。
 二人の涙ながらの説得と抱擁によって、怪獣はようやく寄生虫だった頃の穏やかな記憶を取り戻したとかなんとか。リグルが通訳したところでは(あんな様でもまだ虫だったらしい。リグル曰く「差別はよくない」とのことだ)、怪獣はこの後、カッパー線の導くまま外宇宙へ向けて旅立つのだそうだ。宇宙的自我に目覚めた己の本能が、そうせよと命ずるのだとかで。

「終わったのね」

 ふと気づくと、慧音の横に紫が佇み、憂いを帯びた瞳で去りゆく怪獣を見つめていた。

「ひょっとしたら、あの怪獣の出現と旅立ちとは、わたしたちに対する大宇宙からのメッセージだったのかもしれないわ。過ぎた力は身を滅ぼす、それは外の世界でもこの幻想郷でも何ら変わりはないのだという」
「うん、まあその辺で適当にまとめておけばいいんじゃないのかもう」

 投げやりに答えて、慧音は日暮れの湖を見渡す。
 この戦いに参加した機体のほとんどが撃墜され、墓標のように並んでいるが、それでも死者はゼロである。暴走の末に時空の彼方に消えたはずの霊夢も、自爆したアリスも、嫉妬パゥワが膨張しすぎて内側から木っ端微塵に吹き飛んだパルスィも、何故か無事で帰って来た。「一体どういう仕組みなんだ」と夢美に聞いたら、「セイフティシャッターの力よ。コックピットを正面から貫かれても生還出来る素晴らしいシステムなの」という答えが返ってきた。突っ込む気力もなかったので放置しておくことにする。
 疲れ切ってため息を吐いていると、また横に誰かが並んだ。今度は誰だと見上げると、妹紅が目に涙を溜めて空の彼方を見つめていた。

「ねえ慧音。チャッピーはあれで幸せなのかな」
「さあ。わたしには分からんよ。うん、なんていうか、何もかもが」
「大丈夫よ妹紅、心配することなんて何もないわ」

 気づくと、輝夜がそっと妹紅に寄り添っている。

「だって、わたしたちは永遠の命を持っているのだもの。去っていったカトリーヌにもきっといつか出会えるわ。いつか、二人で会いに行きましょうよ」
「うん、そうね。必ずまた会いましょう。いつか星の海で」
「いつか星の海で」

 神聖な誓いのように言葉を交わし合う二人の横で、慧音はごろりとふてくされたように寝返りを打った。何だよお前らいつの間にか仲良くなりやがって。もういいよ結婚しちゃえよ。わたしはあぶれ者同士永琳と乳でも揉み合ってるからさ。
 そんなやさぐれたことを考えつつも、やはり慧音は教師であり、人里の守護者である。やるべきことはやらねばならない、と、億劫ながら身を起こす。そして、淡々と呟いた。

「今日は大切なことを学んだ」

 機体の残骸を見つめながら、深々と頷く。

「子供の遊びは時に危険だが、大人の遊びはそれ以上に厄介だ、ということを」

 よしわたしオチつけた、偉い、と自分で自分を褒めてやりながら、さてこの黒歴史どもをどうやって隠してくれようか、と慧音は一人頭を抱えるのだった。



 <了>
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