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【東方SS】ネクロファンタジア2009~ムクロノウエ~

2009/6/15に東方創想話に投稿したSSです。
 


『ネクロファンタジア2009~ムクロノウエ~』



 今朝方遊びに出かけたメディスンが昼になっても戻ってこないので、幽香は久しぶりに幻想郷南部の湿地帯まで足を伸ばした。道すがら通りすがった霧雨魔理沙が、こちらに向かって毒人形が飛んでいくのを見たと教えてくれたからだ。
 空中に浮遊したまま、眼下の崖下にある沼地に目を凝らす。覚えのある微弱な妖気が、この辺りから発せられていた。あまりの無防備さに眉をひそめそうになる。あの毒人形だけに限った話ではなく、最近は妖気の隠し方すら知らない平和ボケした妖怪がずいぶん増えていた。その多くは、博麗大結界構築後に生まれた者たちだ。生まれたそのときから天敵を知らずに育ったのだから、自然なことなのかもしれないが。

「まったく、近頃の若い連中は」

 小さく呟きながら、幽香は地に降り立つ。靴底にぬかるんだ感触があって、つい顔をしかめてしまった。
 いつ来ても陰気な場所だ。視界を悪くする靄が立ち込め、地面はぬかるんで泥だらけ。点在する沼とも呼べない水たまりは、浅いものから深いものまで様々だが、どれもこれも汚らしく濁っているという点では共通している。夏の割に気温は低めだが、それでいて不快な湿っぽさがあるのでとても快適とは言い難い。あまりの陰気さに人間や妖精はおろか妖怪すらも立ち寄らない場所であり、周囲はしんと静まり返っている。
 幽香は少々焦りながら周りを見回した。メディスンはすぐ近くにいるらしいが、正確な位置までは分からない。大妖怪であるから多少こなせるとは言え、元来妖気探知は彼女の得意とする分野ではないのだ。
 おかしなものを見ていなければいいが、と危惧しながら目を細めたとき、前方の少し離れた場所に見知った背中を発見した。きょろきょろと珍しげに首を巡らせている辺り、何も見つけてはいないらしい。ほっと安堵の息を吐きながら、幽香は大きな声で怒鳴る。

「メディスン!」

 小さな背中がびくりと震え、メディスンが目を見開きながら振り返った。怒鳴ったのが幽香だと分かると、途端に笑顔になって、こちらに向かって駆けてくる。

「幽香! どうしたの?」
「どうしたはこっちのセリフよ、このお馬鹿!」

 幽香は手にした傘でメディスンの頭を軽く叩いた。「いたい!」と悲鳴を上げた毒人形が、頭を押さえて蹲る。

「なにすんのよ!」
「お黙り。メディ、わたし前に言ったわよね。この辺は危ないから近づいちゃいけないって」

 幽香が腰に両手を当てて覗きこむと、メディスンは「へ?」と間抜けな声を漏らしながら周囲を見回し、やがて納得したように手を打った。

「あー、そっか、幽香が言ってたのってここのことだったんだ」
「あんたねえ」

 幽香がため息を吐くと、「違うよ!」と、メディスンが大きな手振りと共に弁解を始めた。

「最初からここに来ようとしてたわけじゃなかったんだよ! 珍しい鳥を見つけて追いかけてたらね」
「メディスン」

 幽香がじろりと睨むと、メディスンは途端に口を噤む。
 小さな毒人形を見下ろしながら、花の大妖は腕を組んで言った。

「そういう言い訳をする前に、まずすることがあるでしょう?」
「……約束破ってごめんなさい」
「よろしい」

 メディスンが素直に謝ったので、幽香は頭を撫でてやった。毒人形がはにかんだように笑う。

「お外に出るといろいろ面白いものがあるのは分かるけどね、何も考えずにフラフラ追っかけてばっかりじゃダメでしょ。迷子になって帰れなくなっちゃったらどうするの」
「大丈夫だよ、今みたいに幽香が見つけてくれるし」
「メディスン」
「ごめんなさい」
「ホントにもう、この子は」

 最近以前にも増して口が達者になってきたメディスンに、幽香は苦笑を漏らす。
 花の大妖怪である風見幽香が、小さな毒人形メディスン・メランコリーと一緒に暮らすようになってから、もうすぐ一年になろうとしている。二人は季節の変化に合わせて幻想郷中の別荘を転々とする生活を送っていて、今また夏の訪れと共に、黄金色の向日葵で溢れる太陽の畑へと戻ってきたところだった。
 この一年で、メディスンはずいぶん成長していた。会ったばかりの頃と違って、無分別に毒を撒き散らすようなことはほとんどない。人形を粗末に扱う者に対して強い怒りを示すのは変わらないが、人間全体に対する恨みは完全に解消されたようだ。最近では、幽香と二人揃って人里に買い物に出かけることも多くなっている。
 成長するにつれて行動範囲が広がり、今日のように好奇心の赴くまま、あちこちフラフラするようになったのは困り物だが。
 メディスンには近づいてほしくない場所が、この郷にはいくつかあるのだ。

「でも、幽香」

 ふと、メディスンが不思議そうに首を傾げた。

「危ないって、一体何が危ないの? 危険なものなんて何にもなさそうだけど」

 周りの沼地を見回しながらの、至極もっともな質問。

「えっと、それは」

 幽香はすぐそばにある小さな水たまりに注意を払いつつ、口から出まかせを言う。

「この辺にはね、『妖怪喰い』って呼ばれてる、凄く怖い底なし沼があるのよ」
「なにそれ」
「その沼に落ちると、妖怪は妖気を奪われてね。飛べなくなってずぶずぶ沈んで、もう二度と上がってこれなくなっちゃうの」
「本当?」
「本当。だから絶対、この辺りの水たまりに近づいちゃ駄目よ」

 吃驚したようにこわごわと近くの水たまりを見るメディスンに、幽香は噛んで含めるように言い聞かせる。毒人形はこくこくと何度も頷いた。

「よろしい。じゃあ、帰ってお昼にしましょうか」
「うん。あ、でもでも幽香、ちょっとだけ待って!」
「どうしたの」
「さっきね、見たことないお花を見つけたんだよ!」
「お花?」

 幽香は首を傾げる。

「こんな陰気なところに?」
「うん。すっごく綺麗だからね、幽香にも見せてあげたくって。えっと、どこだったかなー?」

 メディスンは手をかざして、そこら辺を歩き回り始める。

「水に近づいちゃ駄目よ!」
「分かってるー」

 幽香が呼びかけると、生返事を返して寄こした。花を探すのに夢中になっているらしい。

「言ってるそばから、もう……」

 幽香はため息をつき、メディスンから注意をそらさないまま、じっと周囲に視線を巡らせた。辺りは靄が立ち込めていて、すこぶる視界が悪い。遠くのものまでは見えないはずだから、水辺に近づかなければ大丈夫だろう。だが、万一ということもあるから、注意深く探す。

「あっ」

 小さく声を漏らしてから、幽香は慌てて自分の口を塞いだ。しかしメディスンには聞こえなかったようで、こちらを振り向きもしない。
 安堵の息を漏らしながら、幽香はこっそりと近くの水たまりに近づく。その中央辺りからひょっこり頭を出しているものを見て、顔を歪めた。
 それは、水たまりの底にたまった汚泥を被って茶色く汚れた、人間の頭がい骨。しゃれこうべというやつだ。
 とうの昔に目玉を失い、永遠に落ち窪んだままの暗い眼窩が、恨みがましくこちらを見つめている。

「……なによ。なんか文句あるの?」

 小さく呟きながら、幽香は軽く地を蹴った。頭蓋骨の上に着地し、体重をかけてずぶずぶと水底に沈めてやる。水たまりが思ったよりも深かったせいで、足首の辺りまで泥で汚れてしまった。
 舌打ちを漏らしながらふと近くを見て、ぎょっとする。先ほどのものだけでなく、骨と化した骸がいくつも、水たまりの底から顔を出していた。鋭く突き出た人間のあばら骨もあれば、妖怪のものと思しき野太い腕骨もある。幽香は頬を引きつらせながら、それら一つ一つを必死に足で沈めて回った。水たまりの中で動くたび、派手に泥が跳ねる。
 別段、骸というものに対して嫌悪感を持っているわけではない。幽香とて、長く幻想郷で生きてきた大妖怪である。今はもう博麗大結界による制約のために人間を殺さなくなって久しいが、昔はそれこそ両手では数え切れないほどたくさんの人間を殺し、喰らってきたものだ。純粋な力の強さだけでなく、殺した人間の数でも幻想郷で五指に入ると自認している。屍に対して恐怖心や嫌悪感など抱くはずもない。
 それなのに、何故こうも必死に骸を隠そうとしているのかと言うと、

「……幽香、なにやってるの?」

 妖怪のものと思われる巨大な背骨を苦労して沈めようとしていたところ、背後から不思議そうな声がかかった。ぎくりとして振り向くと、水辺にメディスンが立って、目を瞬きながらこちらを見つめている。

「メディスン。どうしたの?」
「お花を見つけたから教えに来たんだけど。幽香、そんなところで一体……」

 毒人形は首を傾げかけ、「あ、分かった!」と不意に顔を輝かせた。

「泥遊びしてるんだ。ずるいずるい、わたしもやるーっ!」
「待った!」

 おおはしゃぎで水たまりに入ろうとした毒人形を、幽香は怒鳴って止めた。あまりの声の大きさに驚いたか、メディスンが目を見開いて立ち止まる。

「ど、どうしたの、幽香」
「いいからそこで止まりなさい。こっちに入ってきちゃ駄目よ、メディ」

 手の平を突き出し、幽香は慎重にメディスンを押し止める。途端に、「えー」と不満げな声が返ってきた。

「なんでー? 幽香ばっかりずるーい」
「駄目だったら。服が汚れちゃうでしょ」
「幽香だって泥だらけじゃん」

 指差されたところを見下ろすと、確かにスカートが泥だらけになっていた。夢中になりすぎて気付いていなかった。洗濯が大変そうだ、などと考えると気が滅入ってくる。

「わたしはいいのよ。自分で洗濯するから」
「じゃあわたしも自分でお洗濯する! それだったらいいよね!」
「駄目だったら!」

 再度水に入ろうとしたメディスンを、幽香は必死に止める。毒人形は小さく地団駄踏んだ。

「なんでさー! ずるい、ずるいー!」
「ずるいとかじゃなくて。ほらさっき言ったでしょ、底なし沼……」
「幽香が入ってるんだから、ここは違うんでしょ?」
「ええと……泥の中に変な病原菌とかがいるかもしれないし」
「毒人形になに言ってんの」
「とにかく、駄目ったら駄目」
「じゃあ幽香は?」
「わたしはいいのよ。真の泥遊びは大人だけの特権だから」
「意味分かんない」
「大人になったら分かるわ」

 会話を続けながら、幽香は全力で足に体重をかけていた。足下にある巨大な背骨が、少しずつ泥の中に沈んでいくのが分かる。そろそろいいかな、と思って軽く飛んでみたが、骨が浮かんでくる気配はない。他のものも同様だ。ほっと息を吐きながら、メディスンのそばまで飛んで戻る。

「ただいま。ほら、この遊びはもうおしまい。ね?」
「えー」
「それよりも、メディスンが見つけたお花を見せてちょうだいよ。綺麗なんでしょ?」
「あ、そうだった、こっちだよ、こっち!」

 泥遊びのことなど忘れたように、メディスンが夢中で幽香の袖を引っ張る。「こらこら、そんなに慌てないの」と苦笑しながら、幽香はちらりと肩越しに振り返る。最初に見つけたあのしゃれこうべが、何故かまた泥の底から頭を出していた。つい、舌打ちを漏らしてしまう。

「沈めても沈めても……」
「え、なに?」
「ああ、なんでもないわ。さ、行きましょ行きましょ」

 メディスンが振り返らないように注意しながら、幽香は急いでその場を離れた。
 幻想郷南部にあるこの沼地は、いわば古戦場とでも言うべき場所である。ぬかるんだ土壌や常に靄が立ち込めているために最悪とすら言える視界は、昔から少しも変わっていない。かつては、ここに追い込まれた人間が泥に足を取られて命を落としたり、逆に傷つけられて逃げてきた妖怪が隠れようとして斬られたりといったことが頻発していた。陰気な雰囲気に誘われるのか、食い終わって骨ばかりになった人間の残骸や、退治された妖怪の腐りかけた骸が無残に投棄されることも多かった。
 大量の人妖が戦によって命を落とし、折り重なった死骸が供養もされないまま野ざらしにされていた時期もある。
 そういう骸が時を経て汚泥や土砂崩れに飲まれ、柔らかすぎる地面の下に埋もれているのだ。先程のように何かの拍子に顔を出すこともあり、妖怪ですら気味悪がる怪談話の類も数多い。妖気もないのにどこからか真冬のような冷気が漂ってきただとか、終始誰かに監視されているような不穏な気配を感じるだとか、「お前はいない」という声が頭の中で響き続けて発狂しかけるだとか、そういった噂だ。
 そういう話を抜きにしても陰気で空気が重く、幽香はもちろん現代ののん気な妖怪たちも、この場所にはあまり近づきたがらない。
 もちろんメディスンにも近づいてほしくなかったし、あの泥に埋もれた骸を見てほしくもない。幽香はメディスンの誘導に従いつつも、泥から突き出している骸を見つけるたび、さり気なく体を動かして、毒人形の視界からそれを隠すのだった。

「あ、あった! ほら、あそこ!」

 メディスンが指さす先を見ると、ある水たまりの水辺に、小さな花が揺れているのが見えた。一瞬どきりとしたが、その水たまりから顔を覗かせているのは草ぐらいのもので、骸などはどこにも見当たらない。ほっと安堵の息を吐きつつ、幽香は急かすメディスンの声に従った。
 近づき、しゃがみこんで見てみると、確かに綺麗な花だった。無垢な清純さを感じさせるほどに真っ白な花弁が、靄の中でしっとりと濡れている。周囲に広がる茶色い汚泥とは、どう考えても相容れない白さだ。
 その花に見覚えがないことに、幽香は少なからぬ驚きを感じた。なにせ花の大妖怪である。幻想郷に咲く花は数多けれど、自分が知らない花など一種もないと思っていたのだが。

「新種、かしらね」
「へえ、幽香も知らないんだ」
「ええ。知らないわね。こんなに綺麗な花は、見たこともないわ」

 同時に、不思議に思う。こんな泥ばかりで、しかも骸が埋もれているような場所に、こんなにも白く美しい花が咲くとは。実際には死骸がいい肥料になることや、蓮などのように泥に根を張る花もあると知っていてなお、どこか不気味に感じる美しさだ。
 そんな感覚など微塵も持っていないらしく、メディスンはただ「きれいだねー」と無邪気に喜んでいる。笑顔でそれに頷きつつも、早々にこの場を離れなければならないと、幽香は妙な焦りを感じていた。

「さ、それじゃ、帰りましょうか」
「えー、もう?」
「そうよ。わたしにこのお花を見せたかっただけなんでしょう」
「そうだけど」

 メディスンは不満げだ。泥のついた幽香のスカートを、恨みがましく見つめている。

「いいから帰るの。お昼にしましょう」
「でも」
「こんなところで遊んだら、泥が跳ねるでしょ。そのせいでこんな白くて綺麗なお花が汚れちゃったら、かわいそうだと思わない?」

 幽香がそう言ってやると、メディスンはまだしばらく不満げに唸っていたが、やがて「そうだね」と頷いて立ち上がった。

「帰ろ、幽香。お腹空いた」
「はいはい。現金なんだからこの子は……」

 苦笑しながら立ち上がりかける。その瞬間、幽香は首筋に強い冷気を感じた。驚いて振り向くが、靄が立ち込めているばかりでおかしなことは何もない。だが、何か引っかかりを感じて意識を集中させると、どこからかほんのかすかな妖気が漂ってくるのが分かった。靄で閉ざされた視界の向こう。切り立った崖の根元辺りに、何かがある。
 何故か、懐かしいと感じる気配だ。

「どうしたの、幽香?」
「ああ、ううん。なんでもないわ」

 妖気のことが気になりはしたが、いつまでもここにいてはメディスンが余計なものを見てしまうかもしれないと思い、幽香はその場を後にすることにした。



 翌日、太陽の畑の出口で、しかつめらしい顔をした幽香とメディスンが向き合っていた。闘志も露わに口元を引き結んだ毒人形は、幽香お手製の肩掛け鞄を提げている。向日葵のアップリケがついた可愛らしい一品である。
 準備万端のメディスンの顔を覗きこみ、幽香は一つ一つ、約束事を確認する。

「忘れ物はないでしょうね?」
「大丈夫」
「永遠亭に着いたらちゃんと挨拶して、靴を揃えて中に上がること。お行儀よくして、帰りの挨拶も忘れないでね」
「うん」
「くれぐれも毒を撒き散らさないように」
「もちろん」
「おやつをごちそうになったときは?」
「『いただきます』と『ごちそうさまでした』を忘れない」
「よろしい。それじゃ、寄り道しないで行ってくるのよ。もちろん、帰ってくるときもね」
「うん。じゃ、いってきまーす!」
「はい、いってらっしゃい」

 小さく手を振りながら、幽香はメディスンを見送った。勢い込んで飛んでいく毒人形の背を見つめて、小さく微笑みを漏らす。どうやら、昨日約束を破った名誉挽回とばかりに張り切っているようだ。今日の夕飯は特製ソースがたっぷりかかったハンバーグにしてやろう、と心に決める。
 メディスンの永遠亭通いは、季節が一巡した今も続けられていた。永遠亭在住の医師である八意永琳は、メディスンが体に抱え持つ毒を分けてもらって薬を作ったり、彼女が体内で種々の毒を生成する仕組みについて研究する傍ら、能力制御の訓練にも協力してくれている。幽香もその辺りには興味を持っているので、メディスンに連絡用のノートを持たせて永琳とやり取りを交わしていた。その内容はというと、



『人間が人形を捨てる理由や経緯などに関連して、どうすればそれを防げるか、捨てられた人形を救うにはどうすればいいか、ということなどについて、二人で話し合いました。彼女は幼いながらもなかなか鋭い視点を持っています。ゆくゆくは今の平和で穏やかな幻想郷に見合った、真の人形解放活動に従事してくれることでしょう。
 日頃メディスンの毒を分けてもらっているお礼と言ってはなんですが、永遠亭の菜園で採れた人参を何本か持たせてやりました。よろしければお召し上がりください。八意永琳』

『昨日の話し合いについて、メディスンが楽しそうに話してくれました。どんな疑問にも丁寧に答えてくれるあなたが大好きなようです。いろいろとご迷惑おかけするとは思いますが、今後ともあの小さな毒人形のことをよろしくお願いします。
 メディスンに持たせて頂いた人参は二人で美味しく頂きました。お返しとして花から抽出した蜜をお贈りします。永遠亭の皆さんのお口に合えばいいのですけど。風見幽香』

『メディスンは、あなたに会う以前よりもお行儀よく過ごしています。躾が行き届いているわねと私の主も感心しておりました。ですから、何も心配なさる必要はありませんよ。悪戯ばかりしている我が家の悪童兎たちも、少しは見習ってくれるといいのですけど。
 頂いた蜜は人里で売っている物よりも甘くて口当たりがよく、大変美味しかったです。今日、弟子が焼いたおやつのホットケーキにトッピングして振舞ったところ、子兎たちの間で取り合いが起きるほどの大人気。あっという間に無くなってしまいました。さり気なく姫様が一番食べていたのが少しショックでしたが。もしも機会がありましたら、また頂けると嬉しいです。永琳』

『メディスンがお行儀良くしているということで、ほっと胸を撫で下ろしております。躾にお困りとのことでしたが、重要なのは飴と鞭です。厳しくするだけではいけませんし、かと言って優しいだけでもいけません。メディスンは素直で物分かりがいいから、それほど困ってはいないのですけれど。
 お贈りした蜜が好評だったということで、大変嬉しく思っております。メディスンも心なしか得意げにしておりました。頂いたホットケーキも甘くて美味しかったです。お弟子さんにもお礼を言って、もしよろしければレシピなど頂けると幸いです。幽香』

『メディスンは確かに素直で物分かりが良く、してはいけないこととその理由を説明してあげれば、屁理屈を捏ねることもなく納得してくれます。こちらとしても大変助かっております。
 ところで先日教えて頂いた躾の方法を自分なりに試してみたのですが、「この歳で物置に閉じ込められるとかマジあり得ない」と呟いたきり部屋に閉じこもられてしまいました。また、弟子にあなたの言葉をお伝えしたところ、「またまた。師匠ったら四月一日にはまだ早いですよー」と笑ってあしらわれてしまいました。世間とのズレを感じて悲しいです。えーりん』

『メディスンは確かに素直ではあるのですが、ちょっと元気すぎるのと、落ち着きがないのが玉にキズです。そちらで大人しくしているのは、他所行きということで緊張しているせいもあるのかもしれませんね。
 世間とのズレを感じるとのことですが、わたしも最近妖精たちが遊んでいるところを何気なく眺めていたら、「喰われるぞー」と叫んで一斉に逃げられたので、お気持ちはよく分かります。ゆうか』



 概ねこのような感じである。その他、ちょっとした手芸作品を交換することも多かったりする。メディスンの丈に合わせたブラウスとスカートが送られてきたことも一度あり、連絡ノートには

『あの頃の姫には勉強を教えてばかりで、服なんか作ってあげたこともありませんでしたから、つい』

 という小さな一文が、恥ずかしそうに添えられていた。その服は今でもメディスンのお気に入りである。
 そうして何事もなく穏やかに流れていく日々の中、幽香はふと思うことがある。あの生まれたての毒人形よりもむしろ自分の方が、今の生活をより楽しんでいるのではないかと。
 幽香は長く生きてきた大妖怪だが、それ故に今までの生は苛烈にして凄惨、血まみれの道であったと言っても過言ではない。それが当たり前だったし、自分には一番似合っているとも思っていた。手芸や料理なんかも退屈なときの手慰みとして適当にこなすことこそあれ、特に楽しんでやっていたわけではないのだ。
 そんな幽香は今、メディスンと共にのほほんとした生活を送り、ほんの些細なことにもあの子と一緒になって一喜一憂している。そして、そういう状況に嫌悪感など微塵も抱いていない自分に対して、ちょっとした驚きを感じているのだ。
 自分がこういう生活を喜べる存在なのだとは、考えたこともなかった。

「さて、と」

 幽香は別荘に足を向ける。メディスンが帰る前までに、やっておかなければならないことがいくつかある。と言っても、細々とした家事ばかりで、別段危険なことでも大変なことでもない。朝食後の洗い物、窓を開けて空気を入れ換えながらの掃除。布団も干さなければいけないし、人里まで行って夕飯の材料も買って来なければならないだろう。それに、昨日汚してしまった自分の服も洗濯しなければならない。
 幽香はふと足を止めた。燦々と降り注ぐ太陽の下で大きく天を仰ぐ向日葵たちを見つめながら、首筋にそっと手を触れる。
 昨日、夏の最中に感じた冷気が、まだ肌にまとわりついているような気がした。

「気に入らないわね」

 小さく呟くと、早足に別荘に入って愛用の日傘を持ってきた。それを差しかけながら、地を蹴って空に浮かび上がる。
 気になることはさっさと片付けて、何の不安もなくメディスンを迎えてやるつもりだった。



 昨日の場所へ向か途中、「おーい」と背後から声をかけられた。振り返ると、夏だというのに黒白の衣装を纏った魔法使い、霧雨魔理沙が、箒に跨って飛んでくるところだった。

「幽香じゃないか。最近よく会うな」
「最近っていうか、昨日だけだけどね。あんまり近づかないでくれる。暑苦しいのよ、あんたのその格好は」
「お前だって大して変わらないくせに」

 滞空したまま、二人は他愛ない会話を交わす。
 この魔法使いの少女とは、旧知の間柄、ということになるのだろう。少なくとも幽香にとっては、今まで生きてきた中で長く付き合いを持った人間の一人として数えられる相手である。

「どこへ行くんだ?」
「ちょっとね。まあ下らない用事よ。あんたはまた神社で、霊夢に負けに行くのね」

 最近魔理沙が弾幕ごっこで負け続けだという噂を思い出して、ちょっとからかってやる。案の定、魔理沙は不機嫌そうに顔をしかめ、

「勝ちに行くんだよ。そこんとこ間違えてもらっちゃ困るぜ」
「あらそう。ごめんなさいね」
「その嫌味ったらしい顔止めろ、ったく。ああ、そうそう」

 と、魔理沙は何か思い出したように言った。

「さっき、昨日に引き続いてお前んところの毒人形を見かけたぜ」
「そう。ちゃんと永遠亭に向かってた?」
「わたしが見たときはな。なんかやけに真面目な顔してたけど」
「でしょうね」

 どうやら寄り道はしていないらしいと知って、幽香は満足して頷いた。
 少し前、魔理沙を始めとした知り合い連中の何人かに出会ったとき、メディスンのことを軽く頼んであった。太陽の畑の外で何かやらかしていたら注意してやってくれ、というようなことを。驚かれもしたし、魔理沙など大笑いすらしていたが、皆結局は快く請け負ってくれたものである。

「お前も丸くなったもんだよな」
「昔のあんたに比べたら大して変わってないと思うけど。『うふふ』とか『きゃはは』はもう止めたの?」
「そんな弱い自分はもう乗り越えたぜ」
「そう。じゃあ今からボコボコに叩きのめしてそのプライドへし折ってあげようかしら」
「やっぱり変わってないわお前」

 げんなりした様子の魔理沙に、幽香は軽く笑いを漏らす。

「それじゃあね。ま、せいぜい頑張んなさいな」
「言ってろ。あの巫女様め、今日こそ地べたに引きずり落としてやるぜ」

 魔理沙は気合も十分にそう言い切ると、突進するような勢いで真っ直ぐに神社へ向かって飛んでいった。



 魔理沙と出会ったこと以外は特に何事もなく空を飛び続け、幽香は昨日も訪れた沼地に降り立った。今日も今日とて靄が立ち込め、不快な湿っぽさが辺りに充満している。こびりつく汚泥のような陰気さに顔をしかめ、点在する水たまりの底から突き出している骸を腹いせに日傘で沈めながら、幽香は昨日冷気を感じた辺りを目指す。
 水たまりの水辺であの真っ白い花が揺れていたので、場所はすぐに分かった。意識を集中させると、やはり妖気を感じる。その方向へ近づいてみると、崖下の岩陰、回り込まないと見えない場所に、小さな洞穴らしきものが口を開けていた。半ば泥に埋もれているが、一応、身を屈めれば通れる程度の広さはある。元はもっと広い入口だったらしい。冷気はそこから流れ出しているようであった。

「幽霊の正体見たり、ってところかしら」

 一人呟きながら、幽香は躊躇いなく洞穴に足を踏み入れる。漂ってくる妖気はどこか懐かしい感じがして、妙に気になるのだ。
 洞穴の中は、予想通り肌を刺すような冷気に満ちていた。幽香の靴音が木霊する合間に水の滴り落ちる音が聞こえてくる以外、音は一切しない。歩を進めるたび、微弱だった妖気が徐々に強まってくるのが分かる。近づいてはいるらしい、と思いながら、周囲を観察する。夏の日差しもここまでは届かないが、幽香とて闇に生きる妖怪であるから、物が見えないということはない。狭い洞穴だ。岩肌の様子やでこぼこしていて歩きにくい地面を見る限り、人の手は全く入っていないらしい。薄らと堆積している泥に、足跡なども見られない。長い間、ここを通った者は一人もいないということだ。
 レティ・ホワイトロック辺りが隠れ家にしている場所でも発見したのかと思ったが、どうも違うらしい。それでも妖気は感じられるし、こんなところで人間が生活出来るとも思えないから、誰かしら妖怪がいることは間違いなかった。何らかの事情で隠れ住んでいるのなら、不法侵入ということになる。そうだったところで気にするような幽香ではないが。
 ともかく、気になるのだ。この場に満ちる体の芯まで突き刺さるような冷気が、何かを心に訴えかけてくるようで。懐かしい感じすら覚える。
 己が心の命ずるままに歩を進めていくと、不意に視界が開けて、広い空間に出た。広い、と言ってもこの洞穴にしてはであって、実際には奥の壁まで三十歩ほどしかない小さな広間だが。
 その広間はやはりがらんとしていたが、中央部に今まで見られなかったものが鎮座していた。
 それは分厚い氷の塊で、幽香の背丈よりも少々高さがあるようだ。洞穴の中はひんやりしていたものの、水が凍るほどではなかったはず。奇妙に思いながら近づいてみて、幽香は眉をひそめた。
 氷の中に、なにかある。いや、いる、というべきか。姿が隠れるほどに氷が分厚いために見えにくいが、近づけば近づくほど、像がはっきりしてくる。
 男だった。昔幻想郷でよく見かけた軽装鎧を身につけている。背が高くほっそりしている上に鼻筋が通っているという、なかなかの美男だ。氷づけで生気のない顔色だからこそ、なおさらその美貌が引き立てられているように見える。
 幽香は息を詰めて男の顔を見つめた。美男だから見惚れたというわけではない。静かな表情のまま凍りついている男の顔に、見覚えがあったのだ。
 もちろん、親しい仲ではない。誰だったかすぐに思い出せないし、男の恰好を見る限りずいぶん昔の人間のようだ。それこそ、江戸やら明治やらと呼ばれた時代の人間。
 大結界構築後ならいざ知らず、構築前の幻想郷に、人間の知り合いなどいるはずもない。
 だがそれでも、男はやけに幽香の興味を惹きつけるのだった。
 思わず氷に向かって手を伸ばす。なぜ彼はこうも、

「誰!?」

 突然、鋭い叫びが響き渡った。伸ばしかけた手はそのまま、幽香は声の方を振り向く。氷づけの男の向こう、広間の奥の岩陰から、一人の女が出てきたところだった。どうやら、洞穴の入口同様ここからでは見えない道があったらしい。
 女は異様なほどに肌が白かった。身に纏っている古風な着物も、帯まで真っ白い。雪白、という言葉がよく似合う彼女の正体を、幽香は一目で見抜く。
 雪妖。俗に言う雪女である。こちらは氷づけの男と違って、全く見覚えがない。
 常に冷たい気配を纏うはずの女が、今は溶岩のごとく滾る怒りに顔を歪め、微塵の躊躇もなくこちらに近づいてくる。

「誰よあなた!? 彼に何をしているの! 答えなさい!」

 捲し立てる声と共に、洞穴の中に冷風が拭き始めた。身を切るような風が、胸の辺りに掲げられた女の手の平に凝集し、渦を巻く。
 幽香は呆れて、

「あんたこそ誰よ。答えてあげるからちょっとは落ち着い」
「黙れ!」

 無茶苦茶な奴だ、と舌打ちを漏らし、幽香はとりあえず氷づけの男から離れる。入れ代わりに女が氷の前に立ち、嗜虐的で満足げな笑みを浮かべてこちらを見つめた。

「ふうん、素直じゃない。彼を奪いに来たのかと思ったけど、違うのかしら」
「違うわよ。なんて言うか、まあ……迷い込んだってところかしら」
「なにそれ。間抜けな妖怪もいたものね」

 女の浮かべる嘲笑に、幽香は無表情と無言とで答える。その視線に気づいたか、女は妖しく微笑みながら背後の氷塊に視線を流す。

「綺麗でしょう、彼」

 うっとりと囁きながら、氷づけの男に寄り添う。滑らかな表面にふっと息を吹きかけ、自慢げに語った。

「妖怪である私ですら惹きつける、この美貌……でも彼は脆弱な人間だったから、この美しさもいつかは失われてしまう」
「だから氷づけにしてコレクションにしたってわけ?」
「ええそう。雪妖ならば当たり前のことでしょう?」

 愛おしげに氷を撫で、「さて」と女は振り返った。

「今度はこちらの質問に答えてもらうわ。あなたは誰? 何故ここに来たの?」
「だから迷い込んだと言っているでしょう。来たくて来たわけではないわ。誰、と聞かれたら……そうね、花の妖怪、とでも答えたらいいかしら」
「花の妖怪ですって?」

 女が着物の袖で口元を隠し、馬鹿にしたようにくすくすと笑った。

「それであなた、よくこの冷気に耐えられたものね。花の妖怪なんて脆くてひ弱な連中ばかりだと思っていたけれど」
「寒さに強い花もあるということよ。数は少ないけどね」
「ふうん。ま、どうでもいいわ。あんたも花の妖怪なら、冷気を操るこの私に勝てないことぐらいは理解できるでしょう?」
「さて、どうかしら」

 空っとぼけた答えを返すと同時に、女は表情を歪めてさっと手を振った。一瞬で洞穴の冷気が凝集し、無数の鋭い氷柱と化して飛んでくる。幽香は特に動じることもなく、小さく身を捻ってそれを避ける。

「なによ。この程度ならチルノだって」

 言いかけたとき、女の笑みが見えた。眼下から冷気。咄嗟にバックステップを踏む。その瞬間、幽香の体よりも太い巨大な氷柱が、地面から鋭く突き出した。地を踏む間もなく、同じようなものが四方八方から突き出してきて、幽香の視界を覆い尽くす。
 氷の檻だ。最初から、こうやって閉じ込める算段だったらしい。

「この程度なら、なんですって」

 氷柱の隙間から、女が笑顔を覗かせる。幽香が答えずにいると、冷たい顔になって吐き捨てた。

「調子に乗るんじゃないわ、花の妖怪の分際で。最初の陽動を避けたのは褒めてあげるけど、長生きしたければその程度の実力で粋がらないことね」

 また、女がさっと腕を振る。幽香の周囲を取り巻いていた氷柱の群れが、一瞬で音もなく砕け散った。ぱらぱらと宙を舞う氷の欠片の向こうで、雪妖の女がクスクスと笑った。

「まあわたしも鬼じゃないし、彼が目的というわけでもなさそうだから、この場は見逃してあげるわ。次に入り込んだら殺すけどね。それにしても」

 ふと眉をひそめて、女は鼻をひくつかせた。

「あなた、ずいぶん人間臭いわね」
「人間臭いって……ああ」

 さっき魔理沙に会ったせいだな、と思ったが、幽香がそれを言う前に、女が馬鹿にするような笑みを浮かべた。

「花の妖怪風情のこと、人間どもに追われて逃げ込んできたってところでしょう。良かったわね、捕まって手篭めにされたりしないで」

 ずいぶん古臭い発想だな、と幽香は眉をひそめる。そんな彼女の表情に関心を示す素振りもなく、雪妖の女が腕で広間の入口を示した。

「さ、話は終わりよ。早く出て行きなさい。ああ、助けてくれ、なんて言うのはなしよ。自分でどうにかしなさいな」
「そうね、そうするわ」

 どちらにしろ、長居するような用はない。幽香は素直に背を向け、その場を立ち去った。部屋から出る直前、ちらりと肩越しに振り返ると、女がまた広間の奥に向かって歩いて行くのが見えた。
 ふと、魔理沙の言葉を思い出す。確かに自分は丸くなったのかもしれないな、と幽香はかすかに自嘲した。
 洞穴から抜け出る直前、何か覚えのある視線を感じて振り返ったが、そこには誰もいなかった。
 その後は人里に立ち寄り買い物を済ませて別荘に帰り、メディスンの帰宅前にやるべき仕事を片付けた。



 沼地で雪妖に会った日の翌日、幽香はメディスンと共に人里の中を歩いていた。二人で里を歩くのは初めてではないが、そう頻繁に来ているわけでもない。だからメディスンには目に映るもの何もかもが新鮮に見えるようで、幽香に手を引かれて歩く傍ら、口を半開きにしてきょろきょろと周囲を見回している。

「ほら、歩きながら余所見をしないの。危ないでしょう」
「うん」

 生返事。もちろん余所見は止めない。こんなだからあんな場所に迷い込むんだ、と幽香は心の中で溜息を吐く。
 狭いながらも平和な人里は、今日も活気に満ちていた。数人で徒党を組んで他愛ない遊びに興じる童たちの笑い声、頭に手拭いを巻いた女房たちの世間話、建築途中の家屋から聞こえてくる威勢のいい槌音、魚屋や八百屋の呼び込み。
 にぎやかな音が混じり合う喧噪の中で、メディスンがふと足を止める。なんだろうと思って視線を追ってみると、道端に赤子を背負った若い女が立っていて、優しい声音で我が子に子守唄を聞かせてやっているところだった。

 ――ねんねんころりよ おころりよ

 何か心惹かれるものがあるのか、メディスンは呆けたように親子を見つめている。

 ――ぼうやはよい子だ ねんねしな

 ふと悪戯心をくすぐられ、幽香はメディスンの耳元に囁きかけた。

「羨ましいんだったら、今夜歌ってあげましょうか」

 メディスンは吃驚したように振り向いた。顔が見る見る内に赤くなる。

「いらないよ、わたしあんな赤ちゃんじゃないもん!」
「あらそう? わたしには大して変わらないように見えるけど」
「そんなんじゃないったら! もう、幽香の意地悪。ほら、余所見してないで早く行くよ」

 メディスンは赤い顔のまま、幽香の手をぐいぐいと引っ張って歩き出す。苦笑してそれについていきながらふと見ると、先ほどの若い女が微笑んでこちらを見ていた。微笑みと共に軽く会釈を返して、幽香は歩き出す。 
 しばらく歩いていくと、道に面して建っている蕎麦屋の中から、「食い逃げだー!」と叫び声が聞こえてきた。思わず立ち止まった瞬間、店の扉をぶち破って一人の男が飛び出してくる。そのまま道に転げ出てあたふた駆け去ろうとしたが、一歩踏み出すよりも早く、細い体に縄が絡みついた。縄は食堂の中から投げられたようで、まるで生きているかのように男の体を這いまわり、特徴的な手順で縛り上げていく。
 そうして数秒後には、男は見事に縛られて道端に転がされ、ジタバタともがいていた。あっという間の早業であるが、幽香は賞賛することもなく、代わりにメディスンの目を手で覆い隠していた。
 相変わらず教育に悪い技だと思いながら店の方を睨むと、勝ち誇るような笑い声が聞こえてきて、中から一人の女性が姿を現した。その手には、男を縛りあげている縄の端が握られている。

「ふふふ……小兎流捕縛術がその六……!」

 カッと目を見開き、

「亀甲縛り!」
「それは捕縛のための技じゃないわよ」

 呆れながら言ってやると、女性はきょとんとしてこちらを向き、縄を持ったまま愛想のいい笑みを浮かべた。赤みがかった長い髪を背中で束ねている、背の高い女である。

「あらー、幽香さんにメディちゃんじゃないの。こんにちは、お買い物かしら?」
「いや、違うわ」
「わたしたちね、あっきゅちゃんのところに行くんだよ!」
「あら、稗田の人のお宅。何か聞きたいことでも?」
「ええまあ、ちょっとね」
「最近ほら、こんな風に物騒だから、気をつけて歩いてね」

 と、女性は縄を持った方の手を持ち上げてみせる。

「物騒って。ただの食い逃げでしょ」
「ところがただの食い逃げじゃないのよこれ。なんと二十六回連続でこの店の蕎麦を食い逃げしたという」
「そんな記録作られる前に捕まえなさいよ、この無能警官」
「いやはや面目ない」

 女性は照れたように笑う。
 彼女の名前は小兎姫と言って、人里の治安維持を担う小兎家の当主である。早い話が里の警察の総元締め。里の守護者と呼ばれる上白沢慧音が外部の敵から里を守るのに対し、小兎姫は内部での問題を解決するのが役目だ。
 とは言っても、基本的にのん気な風土であるから凶悪犯罪など滅多に起こらない。逆に今目の前で取り締まられた軽犯罪の類は割と頻繁に起きるので、ある意味大忙しとのことであるが。
 小兎姫は里に出入りする妖怪たちのチェックも行っており、結構顔が広い。その関係で幽香とも顔見知りだった。偏見を持たず愛想がいいので、メディスンにも好かれている。
 まあ、警官としての能力には少々疑問があるのだが。捜査に際して無意味に変装するのが趣味だったりする紛うことなき変人で、よく昔の姫君みたいな着物姿で歩いているし。現在も、何やら見慣れない服を着ていた。

「どうですかこれ、外の世界の『てーしゃつ』と『じーんず』らしいんですが。守矢の人からご指導賜りまして」
「うんまあ、似合ってはいるんじゃないかしら」
「うふふ、何を隠そうわたしは変装の達人ですから」

 小兎姫は得意げだが、もちろん人里の中ではずいぶん浮いた格好で、悪目立ちしている。これではあまり変装の意味がないのではないかと思ったが、幽香はあえて指摘しなかった。本人が大変満足そうだったので。
 そして、もう一つ。

「ねえ無能警官」
「はいなんですか」
「いいの? 犯人逃げてるけど」
「へ?」

 小兎姫が振り向くと、そこには切られた縄の端と、縛られた格好のままで不格好に飛び跳ねながら必死に逃げていく男の姿が。

「あーっ! ちょ、ちょっと、待ちなさーい! あ、それじゃあね、幽香さんにメディちゃん!」

 小兎姫は慌ただしく駆け去っていく。「こら待ちなさい、その格好で人里歩いたらわいせつ物陳列罪になりますよー!」だのという叫び声が、残響と共に遠ざかっていった。
 その間抜けな姿を見ながら、幽香はなんとも言えない複雑な感慨を抱く。

「あれがあの小兎の人とはね」
「どうしたの、幽香」
「なんでもないわ。行きましょう」

 幽香は再びメディスンの手を取り、稗田の邸宅がある方向に向かって歩みを再開した。



 人間の里に三家あり、という言葉が人間妖怪問わず囁かれ始めたのがいつだったか、幽香は正確には覚えていない。少なくとも、まだ外の世界で戦国大名たちが覇を競い合っていた時代から、その言葉はあった。
 三家、というのは小兎、朝倉、稗田という三つの家のことである。
 妖怪に抗するほどの武力に長けた人間を数多く輩出した小兎家、その小兎家の人間が扱う強力な妖術や魔法を無数に作り出し、独自の技術により発展強化させた朝倉家、妖怪という存在の情報を収集、その弱点を徹底的に解析し、求聞史紀という書物にて伝えることにより彼らの戦いを助けた稗田家。
 それぞれ武の小兎、術の朝倉、知の稗田などと呼ばれており、古い時代には人間勢力の要でもあった。
 平和となった現在でも、三家はそれぞれ有名だ。ただしそれは人里でも有数の名家、という意味においてであり、昔のように妖怪退治の要として重宝されているわけではない。小兎家の当主は先ほど見たような有様だし、朝倉家の当主は外の世界の科学の研究に没頭しているとかで変人扱い、稗田家の当主は今も求聞史紀を著しているが、平和な現代では半ば娯楽的な読み物扱いで、真面目に読む者はあまりいない。
 武の小兎、術の朝倉、知の稗田、などという言葉を語る者も、今では一人もいなくなった。

「たった百何年かで、ね。人間ってやつはずいぶん忘れっぽい生き物だわ」

 稗田家の大きな正門を見ながら、幽香は胸の内で呟く。彼女も、古い時代には幾度も小兎の人間と殺し合いを演ずることになった。もちろん負けたことはない。しかし、相手を逃さず止めを刺せたことは数える程度で、戦うたび厄介になっていくしぶとい連中に対して、ずいぶん苛立たされたことをよく覚えている。
 そんな小兎や朝倉、稗田の勇名を語り継ぐ者は、今ではもうほとんどいない。人間だけでなく、妖怪ですらそうだ。大結界が構築された直後から、まるであんな陰惨な時代はなかったとでも言いたげに、この郷は急激に平和で、のどかな世界となっていった。人間たちは妖怪と戦うどころか怯えて里に篭るばかりで、大結界構築前は人間の勢力に圧倒されていた妖怪たちも、彼らを弱い連中と決めつけて警戒を無にしたのである。
 そのあまりの変化の早さに、当時の幽香はずいぶん戸惑ったものだった。大結界構築の前後で奇妙な出来事にもいくつか遭遇し、強い疑問を感じてもいる。
 長年生きてきた経験から全力で戦うことのリスクの大きさには気づかされていたし、何もせずただ花に囲まれる生活にそこそこ満足していたこともあって、誰かにその疑問をぶつけることもなかったが。
 まあ大結界を巡る戦争では人妖双方に膨大な数の死者が出たし、誰もがあの時代を忘れたがっているのだろうと、少々無理に心を納得させていたのだ。
 だからこそ、尚更あの雪妖のことが気になるのかもしれなかった。

「幽香、どうしたの」

 ふと気づくと、メディスンが不思議そうにこちらを見上げていた。

「入らないの?」
「ええそうね、入りましょうか」

 頷き、門扉に備え付けてある丸い金具で扉を叩く。かつてはこの正門の前にも屈強な門番が立っていたのかもしれないが、今は来訪を告げると慌ただしく飛んでくる使用人がいる程度だ。
 さすが知の稗田と言うべきか、現れた若い女の使用人は幽香が大妖怪であることを知っていたようで、通用門から顔を出してこちらを見るなり凍りついたように固まってしまった。今の時代では、人里を歩いていてもそういう反応をされることはあまりない。少し楽しくなり、幽香はわざと怖い微笑みを浮かべて言った。

「こんにちは。こちらの当主様はご在宅かしら?」
「え、あ、は、はい、書斎におられますが」

 使用人はまだ衝撃が抜けきらない顔で言ったあと、「あの」と躊躇いがちに問いかけてきた。

「風見幽香様……でいらっしゃいますよね」
「そうよ」

 どうもこの使用人はつい最近雇われたばかりらしく、幽香の方では見覚えがない。
 だからだろうか、すっかり怯えきった顔つきで、今にも逃げ出しそうな様子であった。

「その、本日は、どういったご用向で……?」

 今日この屋敷に来るとは伝えていなかったから、この対応は当然のものだろう。さてどう返したものか、と少し考えて、幽香はちょっとした悪戯を思いついた。

「そうね。ほら、あなたのところの当主様が、ちょっと前に自作の本を公開したじゃない」
「本……と仰いますと、ええと、求聞史紀でございますか……?」
「そう。ほら、あの本に散々なこと書かれちゃったじゃない、わたし。危険度極高だの友好度最悪だの。挿絵もずいぶん怖い笑顔で描かれちゃって、もうイメージ最悪」

 そのことを思い出したのか、使用人の顔がみるみる青ざめていく。それを見るのが可笑しくてたまらず、幽香はわざとねっとりした口調で脅しつけるように言う。

「酷いわよねえ。ああいう、たくさんの人が読む本にあんな悪口書くだなんて。わたしとっても傷ついちゃった」
「は、え、と、その……」
「だからね、今日はその仕返しに来たの」

 表情を消してそう言うと、ひ、と短い悲鳴を発して、使用人は今度こそ完全に硬直してしまった。
 ちょっとやりすぎちゃったかしら、と内心首を傾げる幽香のそばでは、メディスンが不思議そうな顔をして使用人を見上げている。

「幽香。このお姉さんどうしちゃったの?」
「さあ。昔の人なんじゃないかしら」
「よく分からない」
「分からない方がいいわ」
「仕返しに来たっていうのは本当?」

 こちらを見上げて尋ねるメディスンの顔があんまり心配そうなものだから、幽香はつい吹き出してしまった。

「まさか。冗談よ、冗談」
「でも本に悪口書かれたって」
「ああ、あれはね」

 幽香が言いかけたとき、

「ちょっと、ずいぶん時間がかかるようですけれど、お客様は」

 不機嫌そうな声がした。聞き覚えがある。もしや、と思って女の使用人越しに通用門の奥を覗き込むと、見覚えのある老女が歩いて来るところだった。昔から稗田家に仕えている使用人で、現在の当主である阿求が生まれるまでは、当主不在の稗田家の管理維持に携わっていたとのこと。新しい使用人の教育ももちろん彼女の役目で、今でもその辺りはあまり変わっていないらしい。

「こんにちは」
「あら、風見様」

 老女は幽香を見るなり一瞬驚いた顔をしたが、すぐに状況を理解したらしい。腰に手を当てて、呆れたようにため息を吐く。

「そういうことですか。風見様、お戯れも程々にして頂きませんと」
「あら、そういうあなたこそ、新人の教育がなってないんじゃないかしら?」
「肝に銘じておきましょう。さ、どうぞ中へお入りください。あなたも早く持ち場へ戻りなさい」

 客人を招きつつ、固まったままの新人使用人を叱りつける。年季の入ったことだな、と思いながら、幽香は正門が開いていくのを立って見守る。隣ではメディスンが不思議そうな顔をしていた。



 門と同じく広い作りの正面玄関に向かうと、ちょうど見慣れぬ二人の男女が出てくるところだった。一人はこれと言って特徴のない穏やかな顔つきの少年で、もう一人は黒い髪を肩の辺りで切り揃えた、赤い目の少女だ。少年の方は人間で少女の方は妖怪だな、とすぐに見抜く幽香の方へ、二人は言い争いながら歩いてくる。言い争うというか、少女の方が顔を赤くして一方的に少年をどやしつけているようだが。

「もう、なんであんなこと聞くの! 恥ずかしかったじゃない!」
「いや、でもさ。やっぱり僕としては是非とも見てみたいわけで」
「昔のわたしの写真があったら見たいっていうのは、まあ分からなくもないよ。大して今と変わらないと思うけど」
「そうだね、今と変わらず綺麗だろうね」
「でも『ねえあっきゅちゃん、この子が人を食べてるところが写ってる写真ない?』ってどういうことなの! そんなもの見てどうする気なの」
「喰われてる方を自分に置き換えて、興奮する」
「するな!」

 ぱしん、と少女が少年の頭を叩く。それからふくれっ面で、少々悲しそうに言い始めた。

「もう、なんで分かってくれないの。わたしはね、君との関係ももっと普通にやっていきたいの。この里にいる普通の夫婦さんと同じようにやっていければ、それで満足なんだから」
「驚いた。僕らの関係が普通じゃないって言うのかい」
「どこの夫婦が夕餉の味噌汁に爪やら手の皮やら入れるっての!」
「あれ、まずかった?」
「……おいしかったけど」

 どうも少女は人喰い妖怪のようだ。少年の問いかけに、若干恥ずかしげに頷いている。会話の内容から察するに二人は夫婦かそれに準ずる関係にあるらしい。

「でもさ、やっぱり僕ら人間と妖怪だし、普通の人間の夫婦と一緒ってわけにはいかないと思うよ。まず間違いなく僕の方が先に死ぬだろうし」
「君は酷いことばっかり言う」
「それが現実じゃないか。だからほら、無理に人間っぽくしようなんて考えないでさ、妖怪としての君が望むこと、多少は言ってくれてもいいんだよ。僕も人間として叶えられる範囲のことは叶えてあげるつもりだし。人間と妖怪の夫婦っていう新しい関係のやり方、僕らで作っていこうよ、ね」
「相変わらず変な方向に前向きだね、君は」
「もちろん。君がいればいつだって人生は明るいともさ。そういうわけで今日の味噌汁の具は僕の髪の毛でいいかな」
「いいわけないでしょ!」

 再度少年を叩いたとき、少女はようやくこちらに気がついた。「あ」と小さく声を漏らしたその顔が、見る見る内に青ざめていく。

「か、風見の……!」
「あら、わたしのことご存じなのね。こんにちは。あなたたちもこちらの当主様にご用だったのかしら」
「ははは、はい、そ、そうです! え、えと、あのあの、あのですね……!」
「僕ら、あっきゅちゃんに昔の話を聞かせてもらいにきたんですよ」

 緊張のためか急に口が回らなくなった少女に代わって、少年が朗らかに答える。

「へえ、昔の話を」
「ええ。なにせ生きてきた時間が違いますから。少しでも彼女のことを理解したいと思いまして」
「どうして?」
「完全には無理でも出来る限り知っておけば、不用意に傷つける機会も減るでしょう?」
「そうなの。素敵な恋人さんをお持ちなのね、あなた」
「あははははいえいえいえいえ、こんなんただの変態ですからもう。そ、それじゃ、失礼します!」

 少女は勢いよく頭を下げるなり、少年の手を取ってあたふたと走り出す。

「どうしたの、何慌ててるの」
「あれは大妖怪の風見幽香さんだよ! 知らないの!?」
「知ってるよ。求聞史紀に書いてあった通り紳士的な妖怪さんだったね」
「それ以外の部分に関する感想は!?」
「君の方が綺麗だった」
「きれ……は、え、や、こ、この、大馬鹿っ!」

 対照的な二つの声が遠ざかっていく。変な連中だな、と幽香は小さな笑いを漏らした。

「びっくりした。仲良しさんだったね、あの人たち。らぶらぶだね」
「そうね」

 メディスンは目をまん丸に見開いて、興味深げに二人の背中を見つめている。

「ね、幽香。あの人たち、人間と妖怪だったよね」
「ええ」
「でも仲良しさんって、凄いね」
「そうね。生きる世界が違っても、お互いに相手のことを理解しようって頑張れば、仲良くしていくのも無理なことではないのかもしれないわ」
「そっかー」

 感心したように頷いたあと、メディスンは満面の笑みを浮かべて言った。

「じゃあわたしも、人形の気持ちを理解してくれる人のお嫁さんになる! それで、二人で真の人形解放を目指して頑張るの!」
「……そう。いい夢が出来たわね」

 にっこり笑って頷き返しながら、「メディスンは絶対嫁にはやらねえ」と幽香は決意を新たにしたのだった。



 そうして二人は稗田阿求の書斎へと通された。広い部屋だが、ぎっしり中身が詰まったいくつもの書棚と、そこにも入りきらず畳の上に山の如く積み重ねられている書物のせいで、ずいぶん狭苦しい印象がある。阿求は書き物の途中だったらしく、座卓を背にして座ったまま、二人を出迎えた。

「申し訳ありませんね、こんなところで」
「そう言うぐらいなら客間に通して茶の一つでも出しなさいよ」
「茶ならその内使用人が持ってきます」

 言った直後に部屋の襖が開き、使用人が湯呑の乗ったお盆を置いて去っていった。それに口をつけて、阿求は説明する。

「客間にお通ししなかったのは、幽香さんのご用向でしたらここでお話した方がいいと判断したからです。資料も豊富ですしね」
「あらわたし、何しに来たのか言ったっけ」
「聞きたいことがあるんでしょう? ここに来る人って、大抵そういう用事ですから」

 阿求の外見は小柄な少女であり、造作にはまだ幼さが残っている。だがその割に、肩をすくめる仕草やどことなく皮肉っぽい口調などは大人びたものだ。そういう意味では、幽香の知る限りもっとも妖怪に近い人間とすら言えるかもしれない。

「それで、何を聞きに……と、その前に、わたしの方から一つお聞きしても?」
「何かしら」
「メディさんは、どうしてそんな風にわたしを睨んでいるんでしょうか」

 聞かれて横を見ると、確かにメディスンが、どこか拗ねたような目つきで阿求を見ていた。人見知り、とかではない。以前、幻想郷にいる人形妖怪のことを聞きにこの家に来たことがあるから、阿求とは顔見知りである。

「どうしたの、メディ。失礼でしょ」
「あっきゅちゃん」

 幽香には答えず、メディスンは阿求に問いかける。

「本にに幽香の悪口書いたって、本当?」

 聞かれた阿求は数瞬目を瞬いたあと、呆れたように幽香を見た。

「幽香さん。説明してなかったんですか? 本って求聞史紀のことでしょ」
「そうね、忘れていたわね」
「そうだろうとは思いましたが」

 阿求は苦笑し、一つ咳払いをして説明し始めた。

「質問の答えですが、確かに本当のことですよ」
「じゃあ悪口書いたの?」
「ええ。危険度極高、人間友好度最悪、好戦的で人の神経を逆撫でするのが大好き……とまあ、こんな感じですかね。あ、笑顔が怖い挿絵は見たまんまです」
「酷い!」

 メディスンは激昂して立ち上がった。顔を真っ赤にして、手を振り回しながら夢中で叫ぶ。

「幽香そんな妖怪じゃないもん、確かに怒ると怖いけど、いつもは凄く優しいもん! たくさん遊んでくれるし、おいしいご飯作ってくれるし、夜は一緒に寝てくれるし、お洋服とか作ってくれるし! 確かに笑顔はたまに怖いけど」
「メディ、もういいから」

 幽香はメディスンスカートの裾を引っ張って彼女を止めた。悪口を言われるのは慣れているから平気だが、その逆はなんというか、妙に気恥ずかしい。顔が少し熱くなっているのが分かる。まあ、笑顔がたまに怖いと言われたのはちょっとショックだが。小さな鏡を一つ買って、微笑む練習でもしてみようか
 そんな二人の様子を、阿求は面白がるように見つめていた。

「なによその目は」
「いえいえ。求聞史紀の記述を書き直さなきゃならないかな、と思いまして。『お母さん妖怪』とか」
「要らないわよ。むしろそんな風に書いたら頭蓋骨陥没するまで殴るわよあんた」
「相変わらず怖いなあ、幽香さんは」

 からかうような老獪な笑みを漏らしたあと、「さて」と阿求は仕切り直すように呟き、メディスンに向きなおる。

「それじゃあ種明かししましょうか、メディさん」
「種明かし?」

 首を傾げるメディスンに、阿求は一つ頷く。

「ええそうです。さっきメディさんが言ったことですが、わたしはもちろん存じ上げております。幽香さんは大変お優しいお方ですよ。それはもう、あの霊夢さんがデレデレになって『幽香お母さん』とか切なげに呟いちゃったりする、聖母様並の優しさと母性とを兼ね備えたお方で」
「それ以上言ったら拷問するわよ」
「せめて殴る程度に抑えてください。それでもわたし死にますけど」
「えっと、それじゃあ、それじゃあ」

 メディスンは戸惑った様子で、交互に二人の顔を見比べた。

「なんで、あっきゅちゃんは悪口書いたの?」
「それはですね。幽香さんに、そういう風に書くよう頼まれたからです」

 楽しそうな阿求の答えに、メディスンは目を丸くした。

「幽香が? どうして?」
「幽香さんだけじゃなくて他にも何人かいらっしゃいましたよ、同じような方が」

 以前阿求が幽香に語ったところによると、ミスティア・ローレライやレミリア・スカーレットがそうであるとのことだ。ミスティアの方は自分の友好度を悪にするように、レミリアの方は妹であるフランドールの危険度をより高めに書くようにと依頼してきたのだとか。
 前者は経営する屋台で酔い潰れる人間があまりに多く、店主の責任として人里に送っていくのが面倒なために、あまり人が来ないようにしたかったからで、後者は妹の危険性を知らしめることによって、興味本位で他者が彼女に近づかないよう牽制したかったため、とのこと。
 レミリアの理由は少し酷い。しかし、フランドールはあらゆるものを破壊する危険極まりない能力と、たまに狂気の発露を見せる情緒不安定さとを併せ持っている反面、根は繊細で傷つきやすい少女なのだそうだ。力の弱い他者が迂闊に近づいて、能力で怪我をさせたり死なせてしまったりしたら、彼女の心には深刻な傷が残るだろう。それを心配しての処置、いわば姉心というやつだ……と、阿求は推測していた。

「幽香さんの場合は、自分の周囲が騒がしくなるのが鬱陶しかったからだそうですよ。だからわざと物凄く危険な存在として描いてもらうことで、誰かが近づいてこないようにしたかったからだとか」
「そうだったんだ」

 納得したように頷いたあと、メディスンはふと心配そうに顔を曇らせて、幽香を見た。

「でも幽香、それでみんなから悪く言われて、かなしくないの?」
「大丈夫よ。慣れてるから」
「そう? あと、あとね……」

 と、何か不安げにもじもじと指を絡めながら、恐れるような目で、

「わたしも、鬱陶しい?」
「何言ってるの、この子は」

 幽香は苦笑しながら、メディスンの頭を撫でてやった。

「鬱陶しかったらとっくに追い出してるわ。あとね、わたしのことはあんたが分かっててくれていればいいの。だから平気なのよ」
「そう? そうなんだ」

 メディスンはほっとしたように笑顔を見せてくれる。幽香も胸を撫で下ろしたが、メディスン越しに阿求のにやけ面が見えたので途端に不機嫌になった。

「なによ」
「いえ別に。とまあ、このようにですね」

 講義するような口調で、阿求はメディスンに語りかける。

「情報というのは、使いようによっては大変便利なものなのです。自分の都合に合わせて開示すべき情報としないべき情報を選別すれば、相手の行動を思うままに操ることも可能となります。覚えておいて損はないですよ」
「なに教えてんのよあんたは」

 幽香は歯噛みする。小兎姫と言いさっきの人妖カップルと言いこの阿求と言い、今日はやたらと子供の教育に悪い連中と遭遇するものだ。あと、阿求の言葉を聞いて感心したように頷いているメディスンはちょっと素直すぎると思う。

「とまあ、前置きが終わったところで、用件を伺いしましょうか」

 着物の袖に腕を差し入れながら、阿求が言う。幽香は再びメディスンを座らせると、単刀直入に切り出した。

「この家に、昔の人妖の情報はどのぐらい残っているのかしら」
「昔の、ですか」

 阿求が目を細める。

「というと、どの程度?」
「大結界が構築されるよりも前。正確な年代は分からないわ」
「また漠然とした要求ですね」

 苦笑し、ふむ、と小さく唸る。

「ですが、その問いに答えるのはおそらく難しいでしょう。求聞史紀はわたしが転生するたび書き著していますが、現代のものと同じく、ありとあらゆる人間、妖怪について記録していたわけではありません。お知りになりたいのは、有名な妖怪や人間のことですか?」
「いいえ。人間の男と雪妖の女で……多分、無名ね。ああ、男の方はある程度の実力者だったかもしれないけど、英雄と呼ばれるほど強くはなかったでしょうし、そういうのに値する功績も残していないはずよ」
「じゃあ、無理です」

 阿求はあっさりと言った。幽香は顔をしかめる。

「ちょっと。もう少し、探す努力とかがあってもいいんじゃないの?」
「努力したって無理なことは無理ですよ」
「ここにだってこれだけ本があるじゃない」
「あのですね、幽香さん」

 阿求は呆れたように言う。

「幻想郷の歴史がどれだけ長く、複雑だと思っていらっしゃいますか? たとえば小さな事件一つにしても、その経緯を正確に記すのには多大な労力がかかるんです。そこへ来て、はるか昔のある時代に生きた無名の人妖の記録はないか、と聞かれましてもね。そんなものまで逐一書物にしていたら、紅魔館の図書館よりずっと広い書庫が必要になりますよ」
「じゃああんたが覚えてないかどうか聞くわ。転生を繰り返してるから昔のことも覚えてるんでしょ」
「覚えてませんよ。求聞史紀の『独白』にも書いたじゃないですか。わたしは転生に際して、一度見聞きしたことを決して忘れない『求聞持』の能力を受け継ぐだけで、記憶の方はほとんど受け継がないんです」
「役に立たないわね」
「立った時代もあったんですよ」

 阿求は少し遠い目をしたあと、「とは言え」と少々申し訳なさそうに頭を下げた。

「すみませんね、わざわざお越し頂いたのに何のお役にも立てず」
「まあ、仕方ないわね。もともとあまり当てにはしてなかったわ。許してあげましょう」
「いやあ寛大なお言葉だ、さすが紳士的な幽香さんですね」
「あんたも相当いい度胸してるわよねえ」

 底知れぬ笑みを交わし合ったあと、幽香はため息を吐いた。

「でも、そう。知の稗田に聞いても分からないんじゃ、いよいよ紫にでも聞くしかなさそうね」

 あいつに借りは作りたくないのだが、と唸った幽香は、ふと、阿求が虚を突かれたような顔でこちらを見つめているのに気がついた。

「なに、どうしたの」
「いえ。懐かしい呼び名を聞いたものですから」

 阿求はどこかぼんやり呟き、何かを探すように懐を探った。目当ての物がなかったようで、小さく舌打ちを漏らす。

「そうか。今のわたしは阿求だった」
「は? なんですって?」
「いえ、なんでも。しかし、懐かしい。本当に懐かしい……」

 一人でぶつぶつ漏らしたあと、阿求は不意に笑みを浮かべた。

「ところで幽香さん。お子さんがずいぶん退屈していらっしゃるようですが」
「お子さんって」

 横を見ると、メディスンがこっくりこっくりと船を漕いでいた。呆れて軽く肩をゆすってやる。

「ちょっと、メディ、メディ」
「ん。ああ幽香、お話終わったの」
「あのね、退屈なのは分かるけど、もうちょっとお行儀よく」
「構いませんよ」

 なだめるように言ったあと、阿求は「誰か」と言いながら手を打ち鳴らした。すぐに滑るような足音が近づいてきて、襖の向こうから女の使用人が姿を見せる。

「メディさんが退屈なさっておいでのようですから、人形部屋にご案内して差し上げなさい」
「人形部屋?」

 メディスンが吃驚したように目を丸くするのへ、阿求は愛想良く言った。

「ええそう。稗田の情報収集の一環で、いろいろと面白い人形を集めた部屋がありましてね。アリスさんが見に来て、感心していたこともあるぐらいですよ」
「わぁ、ホント!? 見たい、見たい!」
「こら、はしゃがないの」

 すっかり興奮した様子のメディを軽く叱りつけ、幽香は強く言い聞かせる。

「それじゃ、折角だから見せてもらいなさい。でもはしゃぎすぎて人様の物を壊したり、毒を撒き散らしたりしないように。お行儀よくするのよ。いいわね」
「分かってる分かってる。ね、ね、早く行こっ!」

 幽香の注意も上の空で聞き流し、メディスンは使用人の服を引っ張るように駆け去っていった。

「まったくもう、あの子は」

 頭を押さえてため息を吐き、「それで」と阿求に向き直る。

「わざわざあの子を追い払ってまで、わたしと話したいことは何かしら」
「話が早くて助かりますね」

 阿求が何か、底知れぬ笑みを浮かべてこちらを見ていた。今までと同じように愛想がいいが、どこか得体の知れない微笑み。
 ぞくり、と背筋が震えた。

「あんた、一体」
「ああ、お話の前に、ちょっと失礼」

 阿求は幽香に背を向け、座卓の下で何やらごそごそやっていたが、やがて細長い箱を取り出してきた。蓋を開けると、入っていたのは銀煙管と、付属の道具一式。相当古い物ののようだが、よく手入れされていて今でも使えるようだった。何をするつもりかと警戒する幽香の眼前、阿求は実に手慣れた様子で刻みタバコを丸め、火皿に詰めて火打ち石で火をつけた。吸い口に唇を寄せ、一息吸ってすぐに口を離す。不味そうに顔をしかめた。

「あまり旨くないですね。体が慣れていないせいかな」

 独り言のように呟いたあと、「さて」と言いながらこちらを見る。口元には微笑みが浮かんでいるが、瞳はどんよりと暗く濁っている。その目で見つめられた瞬間、幽香の全身が急激に強張った。とても覚えのある、古臭い感覚だ。

「やだなあ、そんなに警戒しなくてもいいじゃないですか」

 嗤う阿求の視線を辿ると、傍らに置いた日傘を握り締める自分の手に行きつく。幽香が黙って手を離すと、阿求は「怖い怖い」と笑った。

「メディさんの前でこういうことするのは教育に悪いかと思いましてね」
「毒人形相手に何言ってるの」
「ふむ。それもそうですか」
「あんた、煙草なんて吸ってたのね」
「ええ。もっとも、阿求としては初めてですがね。昔はよく止められたものですよ、『お体に触りますから』なんてね。人より短い人生なんだから、こういう嗜好品ぐらい存分に味わわせてくれてもいいと思いませんか?」

 皮肉っぽく言いながら、もう一度吸い口に唇を寄せて、不味そうに顔をしかめる。それでもどこか嬉しそうに見えるのは、幽香の気のせいだろうか。

「さて、本題に入りましょうか」

 特注らしい小さな煙草盆に灰を落としながら、阿求があの澱んだ瞳でこちらを見た。底なし沼のような目だ、と思い、幽香は顔をしかめる。

「幽香さん。あなたは変わられましたね」
「何よ、急に」

 眉をひそめる幽香の前で、遠い時代を思い返すように、阿求が目を細めた。

「わたしの知る限り、あなたほど残酷に……そして美しく優雅に、人間を殺す妖怪は他にいなかった。鬼のような力強さではなく、隙間妖怪のような底知れぬ不気味さでもなく……酷薄なまでの美しさにより、あなたは我々の恐怖の対象となっていたのですよ」

 懐かしそうに語ったあと、くつくつと低い笑い声を漏らす。

「そのあなたが、生まれたての幼い毒人形相手にお母さんをやってらっしゃるとはね。いやはや、変わったものです。あなたも、この郷も」
「何が言いたいの」
「ああ、そんなに苛立たないで頂きたいですね。これは一種の儀式のようなものです。たとえ馬鹿馬鹿しくても必要なことなのですよ、今の幻想郷にはね」

 幽香にはとんと分からぬことを言いながら、阿求は煙管を置いて立ち上がった。座卓を脇にどかしたあと、困ったようにこちらを振り返る。

「幽香さん。申し訳ないんですが、ここの畳を持ち上げて頂けませんか」
「自分でやりなさいよ」
「こんな虚弱児に、酷なことを仰る」

 仕方がないので言われた通りにしてやると、驚いたことに畳の下から頑強そうな鋼鉄の板が姿を現した。扉のようだが、取っ手はついていない。

「これは?」
「備忘録、とでも言ったところでしょうかね。今開けます」

 阿求は板の前に膝を突くと、目を閉じてそっと手を添えた。一瞬、眩い光が瞬き、次の瞬間には板が跡形もなく消え失せていた。その向こうにあったのは石の階段だった。覗き込んでみたが、階段の先は闇に沈んでいて、どこまで続いているのかもよく分からない。

「さて、行きましょうか」

 気づくと、傍らに立った阿求がランプを持って笑っていた。

「暗いですから足下に気をつけてください……なんて、妖怪のあなたに言うべき台詞じゃあありませんか」



 ランプを灯して先を行く阿求に、幽香は黙って着いていった。入口の板は自分たちが階段を下り始めると同時に元通りになってしまったため、周囲は完全に真っ暗闇だ。

「どのぐらい深くまで続いてるのよ、これ」
「幻想郷の歴史の長さと同じぐらいですかね。帰りのことを考えると、この虚弱児はうんざりしてしまいます」

 二人の交わす会話も、やたらと反響して聞こえてくる。阿求の言うとおり、ずっと奥まで続いているようだった。
 そんな長い階段にも、やがて終わりがきた。ずっと下の方に、ぼんやりとした灯りが見え始めたのだ。

「着きましたよ」

 ランプを消しながら言う阿求に続いて、幽香もその灯りの向こうへ足を踏み入れる。
 そして、目の前に広がる光景に息を飲んだ。狭苦しい幻想郷の地下とは到底信じられないほどに広大な空間。洋風の部屋で、空ぐらい高いところに天井があった。そこにぶつからんばかりの高さで伸びているのは、四角い塔のような書棚の列だ。列はずっと奥の方まで続いており、端が見えないほどである。光源はどこにも見当たらないのだが、部屋全体が薄ぼんやりとした灯りに浮かび上がっていた。

「稗田の地下書庫へようこそ、風見幽香さん」

 案内人のように優雅に腕を振りながら、阿求が書庫を指し示す。

「ここには幻想郷の誕生以来、稗田家が集めに集めたありとあらゆる知識が全て収められています。あなたの求める情報も、必ず見つかることと思いますよ」
「ありとあらゆる知識?」
「ええ。人間妖怪妖獣といった生き物から、郷で起きた小さな事件の詳細に至るまで、ね」
「そんな馬鹿な」

 目の前の冗談みたいな光景を見つめながら、幽香は笑った。

「あんた、さっき自分で言ってたでしょうに。そんなことまで記録するには多大な労力が必要だって」
「ええ言いました。だから実際に多大な労力をかけて収集し、記録したのですよ。我々はね」
「我々?」
「お忘れですか? さっき自分で呼んで下さったじゃないですか」

 阿求が目を細める。

「知の稗田、と」

 その言葉を聞いて、幽香は口元を引き結ぶ。
 人里に三家あり、という言葉がある。武の小兎、術の朝倉、知の稗田。中でも稗田は情報戦に特化した家柄であり、気狂いの如く幻想郷に関連するありとあらゆる情報を収集していた。天狗以上の隠密性を誇る諜報員を無数に抱え、朝倉の技術も利用して常軌を逸した量の知識を保有していたと言われている。
 何のために? もちろん、妖怪を殺すために、である。

「何もかも、忘れ去られてしまったのかと思っていたけれど」

 幽香は息を吐き、阿求を睨みつける。

「実際には、そうではなかったというわけね。あの時代は、やはり確かに存在していたと」
「ええ。隠されているだけでね」

 そもそも幻想郷が妖怪の楽園と呼ばれたのは、妖怪の賢者である八雲紫が提案した『妖怪拡張計画』により、世界中の妖怪がこの地に流入したためだ。だがこの計画は、誰もが予想だにしなかった流れを生み出した。
 その流れとは、当時外の世界で活躍していた、凄腕の妖怪退治屋たちの幻想郷移住である。外の世界の妖怪が次々と幻想郷に流れていけば、当然退治屋たちの仕事も無くなっていく。外の世界での食い扶ち、あるいは自分の生きる意味を失った彼らは、自分たちが生きられる世界を求めて続々と幻想郷に移住した。大結界構築前の幻想郷は、山奥とは言えまだ陸続きであり、人間の足でも入り込むのは容易だったのである。
 そうした妖怪退治屋たちは、そこに集った世界中の妖怪たち相手に血で血を争う闘争を繰り広げながら、自分たちの持つ妖怪殺しの血と技術と知識とを融合、発展させ、いつしか世界最強の妖怪殺し集団と化していった。
 元から幻想郷に住まっていたと言われる稗田家はともかく、小兎と朝倉はそういった流れの中で生み出された異能者たちの一族である。妖怪を殺すためだけに己を鍛え、作りかえ、ただその一点にのみ生きる意味を注ぎ込んだ、気の狂った人間たち。
 博麗大結界構築直前、古い幻想郷の末期における彼らは、素手で鬼とすら渡り合い、名高い神をも強制的に使役する領域にまで至った。
 そういった意味で、幻想郷の人間はもはや人間ではなく、妖怪殺しという名前の別の生き物になっていたと言っても過言ではない。

「でも、どうして?」

 空気にまで血の臭いが入り混じり、悲鳴が絶えることのなかった陰惨な時代を思い返しながら、幽香は眉をひそめる。

「そういう時代のことを、わたしは確かに覚えているわ。小兎の人間に深手を負わされたことも、逆にあの気狂いどもを殺したこともある。でも、そんな記録はどこにも残っていない。いいえ、誰も記憶していなかったのよ。大結界が構築されたあの日以来、幻想郷の人間は、一部を除いてただ妖怪に怯えて暮らしてきた無力な人々ということになっていて、誰もそれを疑いはしなかった」

 大結界の構築に、幽香は直接関わりを持ってはいない。あの時期はちょうど小兎の人間によって深手を負わされていた頃で、隠れ家に潜んで傷の治癒を待っている間に全てが終わっていたのである。
 だが、配下としていた妖怪たちに情報を集めさせていたため、知ってはいた。大結界の構築を巡って幻想郷全域を舞台とした大戦争が巻き起こったこと、その争いの中で強い妖怪や人間たちがほとんど死に絶えてしまったことなども。
 しかし、大結界が構築されてからしばらく経つと、その光景を直接見てきたはずの部下ですら、そんなことは欠片も覚えていなかった。まとめさせた記録も全て消え失せており、何もかもがなかったことになっていたのだ。
 不気味に思いつつも、幽香は結局それらのことについて深くは追究しなかった。真相を知ったところでどうなるものでもないし、全てを忘れたように生まれ変わった新しい幻想郷は、自分にとっても以前より好ましい環境だったからだ。

「あんたの求聞史紀にも、そんな風に書いてあったわよね。幻想郷の歴史はただ妖怪の歴史であり、人間は怯えるばかりでそこにほとんど関わりも持っていなかった、と」
「ええ、確かにそのようなことを書きましたね」
「でも、あんたは覚えているはずだわ。『独白』の、自分が受け継ぐのは能力だけだっていうのは……いいえ、そもそもあの本に書いてあること……特に過去に関する記述はほとんどがでたらめなのね?」
「でたらめ、とは人聞きの悪い」

 阿求は苦笑し、肩を竦める。

「開示すべきでないと判断した情報は載せなかっただけですよ」
「どうやって……いえ、なぜ、そんなことを?」
「そうですね。一つ一つお答えしましょうか」

 阿求は書庫に並ぶ書棚の列を眺めながら、滔々と語り始めた。

「まず、どうやって、ということですが、あの陰惨な時代がなかったことにされているのは、当時妖怪の賢者だった白澤の能力によるものです」
「白澤……あの、上白沢慧音みたいな?」

 人里の守護者である半人半妖の女性の名を挙げると、阿求は首を横に振った。

「彼女はワーハクタク。侮蔑的な言い方をすれば混じりものということになりますから、白澤としての能力はさほど高くありません。それでも人間の里の歴史をなかったことにし、外部の人妖から隠すぐらいの真似は容易くやってのける」

 そう言ったあとで、生徒に質問する教師のような調子で問いかけてくる。

「さて、これが本物の白澤だったら、どこまでのことが可能になるでしょうね?」
「なるほど、よく分かったわ」

 つまり、その賢者とやらが陰惨な歴史を隠し、代わりに強い妖怪たちとそれに怯えるばかりだった人間たち、という歴史を作り上げたということだろう。人妖問わず多くの者はそれに気付かず、信じ込まされたまま新しい平和な幻想郷を生きている。

「もっとも、幽香さんのように極端に力が強い妖怪にはその力も及ばないようですが。慧音さんの力も、永夜異変の空を飛んでいた紫さんには通用していなかったようですし」
「なるほど。どれだけ効果範囲が広くても、根本的にはまやかしに過ぎないということね」

 幽香はあの沼地に沈んでいた骸たちを思い出す。もしも本当に歴史を「なかったこと」に出来るのであれば、あれらも消えていて然るべきだろう。記録が無くなっていたことに関しては、紫辺りが回収して回ったのか。

「それで? あんたたちは何故わざわざそんな大げさなことをやったのかしら」
「大げさ、ではありませんよ」

 重々しい声で、阿求が呟いた。

「我々が過去の陰惨な歴史をなかったことにしたのはね、あの時代を誰も思い出さないようにするためです」
「だから、なぜ思い出さないようにしたのかと聞いているのよ」
「誰もがあなたのようには生きられないということですよ、風見幽香さん。ここに集められた知識をご覧なさい。妖怪の山を百回吹き飛ばしてなお余りある小兎の奥義、人間の体を作りかえ、妖怪にも劣らぬ化け物へと転じさせる朝倉の技術……どれもこれも、この平和な郷には不必要なものです。こんなものが残っていると知ったら、人間は些細なことで妖怪に対する憎しみを取り戻し、また彼らを打ち滅ぼそうとして昔に逆戻りするでしょう。また、妖怪も人間の底力を恐れて無駄な警戒心を抱きかねない。それならばいっそ、最初から牙など持っていないと思わせた方がいい。大結界戦争などはなく、あったのは大結界騒動だけだったと。人間は妖怪に脅かされるだけの存在であったと、そう思ってもらっていた方がいい。絶対に開示すべきではない情報なのですよ、ここに詰まっている知識はね」
「では何故、持ち続けているの」

 幽香は鋭く問いかけた。

「ここにある知識が本当に不必要なら、いっそのこと捨ててしまえばいいでしょう。なのにこんな風に大仰な仕掛けを作ってまで維持し続けているのは……いつかまた人間と妖怪との間で争いが起きたとき、その戦争を人間優位に進めるためではないの? そのための備えをしているんでしょう、あんたは」
「嫌な見方をなさいますね、風見幽香さん」

 阿求の顔から表情が消えた。あのどろりと澱んだ目が、虚ろに幽香を見つめる。

「本当に懐かしいですよ、そういう発想は。やはりあなたもあの時代に生きた、あの時代の記憶を持ち続けている妖怪ということですか」
「それはそうでしょう。どれだけここが平和になろうが、わたしは力ある妖怪で、あんたは小賢しい人間。そこのところは何も変わりないわ」
「そうですね。ところで幽香さん」

 不意に、阿求が老獪な笑みを浮かべた。嫌な笑い方だ、と幽香は顔をしかめる。

「メディさんとは、本当に親しくなられたのですね」
「なにを」
「驚きですよ。あなたのような妖怪が、ああまで優しい顔を見せる対象を持つに至ったというのはね。昔のあなたを知るわたしにとっては、とても信じがたいことです」
「だから、なに?」

 幽香が苛々して靴を踏み鳴らすと、阿求は踊るように手を広げて、こちらに背を向けた。

「昔と言えば、思い出すことがありますね」
「あのね、回りくどいこと言ってないで、さっさと」
「怨念が宿った道具が妖怪化。昔からよくありましたね。毒はともかく人形が妖怪化した物の怪なら、わたしも何体か知っています」
「だから」
「ええ、本当によく知っていますよ。その効率的な壊し方までね」

 肩越しに振り向いた阿求が凄絶な笑みを浮かべるのと同時に、幽香は手にした日傘を全力で振り抜いた。手加減は一切していない。並の人間なら感知すらできない速度。一瞬後にはぐちゃぐちゃに頭を潰された阿求の死骸が床に転がっているはずだった。
 しかし、

「いやだなあ、幽香さん」

 阿求はまだそこにいた。にこやかな笑みを浮かべて、幽香の前に立っている。振るった日傘は空中で縫い止められたように、ぴくりとも動かない。いや、傘だけではない。幽香の体自体、指先に至るまで少しも動かせないのだ。

「こんな虚弱児相手に、そこまでするのは大げさというものですよ。わたしなんか、あなたが指で捻るだけで死んでしまうぐらいに弱っちいんですから」
「何をしたの……!」

 かろうじて声は出せるようだ。いや、阿求がわざとそうしているのか。
 睨む幽香の視線など物ともせず、阿求は立ち並ぶ書棚の方を腕で示す。

「言ったでしょう? ここには幻想郷に関するありとあらゆる知識が集まっていると。それならば、幻想人類が最強の妖怪殺し集団であったあの時代、朝倉の狂った学者たちが生み出した技術も保管されていて当然ではないですか? 少なくともこの空間において、わたしに勝てる者は誰一人としていません」

 天を突く書棚を背に振り返り、阿求が悠然と微笑んだ。

「あまり舐めないで頂きたいものですね。わたしとて人の理から外れた転生を繰り返し、『知の稗田』を率いてあなたがたと戦い続けてきた気狂いどもの一員です。そう簡単に殺されはしませんよ」

 阿求の声は別段誇るでもなく、むしろどこか自嘲しているようにすら感じられるものであった。
 だが、

「わたしが聞いてるのは、そんなことじゃないわよ……!」

 全力を込めて体を動かそうと必死で試みながら、幽香は声を絞り出す。阿求は眉をひそめた。

「では、何を?」
「わたしが聞いてるのはね、あの子に何をしたのかっていうことよ!」
「は……?」

 ぽかんとしている阿求に向かって、幽香は怒声を叩きつける。

「答えなさい! あの子に、何をしたの!?」

 阿求はしばらく呆けたように立ち尽くしていたが、やがてその顔にじわじわと笑みが広がっていった。裂けるように開いた唇から、笑い声が零れ落ちる。

「これは、驚きだ。本当に驚きですよ、幽香さん。まさかあなたのような妖怪が、自分の身よりも先に他者を案ずるとはね」

 少しずつ、阿求がこちらに歩み寄ってくる。硬直したままの幽香の顔を、下からじっと覗きこむ。

「そんなにもあの毒人形のことが大事ですか? あんなにも無知で、自分の能力一つ満足に制御できない、何の役にも立たない未熟な妖怪が」
「あの子が役に立たないかどうかなんて、お前に判断してもらう必要はない。それよりも」
「彼女でしたら、そうですね。今頃は人形部屋に飾ってある人形達のお仲間になっている頃じゃあないですか?」

 持って回った言い回し。幽香は獣じみた唸り声を上げながら、自分の体を捕らえている得体の知れない力を振りほどこうと必死にもがく。だが、やはりぴくりとも動かない。今すぐ目の前にいる人間をバラバラに引き裂いてやりたいのに。昔からずっと、容易くそうしてきたというのに。
 そんな幽香を、阿求はどこか陶然とした顔で見つめていた。震える手がゆっくりと、幽香の顔に向かって伸びてくる。

「ああ、幽香さん」

 小さな指先が、幽香の顎筋を愛おしげに撫でる。背筋に震えが走った。

「本当に、お変わりになられましたね。聞きましたよ、最近はよくメディさんを連れて人里まで買い物に来られるそうですね。彼女が一人で出かけるとき問題を起こさないよう、知人たちにいろいろお願いしているとも。ねえ幽香さん、想像しなかったんですか? そんな風に他人に弱点を曝け出すことで、今のように自分が窮地に陥るかもしれないと」

 反論できずに、幽香は歯を噛み締める。
 確かに、阿求の言うとおりだ。最近の自分がどれだけ迂闊な行動をしているのかなど、少しも気にしていなかった。知人連中にメディスンのことを頼んで回るときだって、そういう行為に違和感すら抱かなかった。
 つまり、自分は周りの連中を信用していたということだろうか。誰も寄せ付けず、ただ物言わぬ花のみに心を許してきた、大妖怪風見幽香が?
 それでこんな窮地に陥っているなどと。いくらなんでも腑抜けすぎだ。過去の自分が聞いたら大笑いするに違いない。
 だが。

「だから、何だって言うの……!」

 幽香は声を絞り出す。動かない体の代わりに目玉だけを動かし、出来る限りの威圧を込めて、眼下の阿求を睨みつけた。

「どれだけわたしが腑抜けていようが、そんなことは関係ないわ。このクソ人間、一度見聞きしたことは忘れないっていうそのご大層な耳の穴かっぽじってよく聞きなさい。メディスンに何かあったら、殺すわよ。あんただけじゃない、この屋敷、ううん、この郷にいる人間という人間を全員殺し尽くして、その死骸をあの子の墓に供えるための花の肥料にしてやるわ」
「ははは、幽香さんらしいですね」

 阿求は肩を竦めた。

「でも、昔に比べると全然勢いが足りませんよ。そんなんじゃ子供だって怖がりはしません。メディさんに優しい言葉をかけすぎて、脅し文句の作り方を忘れたんじゃありませんか?」
「黙れ。余裕ぶってる暇があったらさっさと逃げる算段でもしなさい。こんな訳の分からない術なんか今にぶち破って、あんたの体をグチャグチャに捻り潰してやる」
「無理でしょう。見たところ、あなたの力はあの頃よりもずっと落ちているようだ。昔のあなたなら、ご自分の仰る通りに出来たんでしょうがね。こういった弱体化も、環境に対する適応と呼ぶに値するものでしょうか。考察として求聞史紀に記載するべきですね」

 のん気な口調で語ったあと、阿求はまた愛おしげに幽香を見上げた。

「ねえ幽香さん。こうして間近で見ると、改めて思いますよ」
「何をよ」
「あなたはやはり誰よりも美しい妖怪だ。気高くも酷薄で、残虐で……ですが、以前のあなたはわたしから見れば花の妖怪としては中途半端だった。なぜだか分かりますか? あの頃のあなたには、花というものが持つ柔らかさが欠けていたからです。だから今、それを手に入れられたあなたを見て、思わずにはいられないんです」
「無様だって?」
「いえ。とても喜ばしいことだ、と」

 阿求が穏やかに微笑みながら言った瞬間、突然体が動くようになった。今まで動こうとして必死に力を込めていたものだから、つんのめって転びそうになる。幽香は慌てて足に力を込め、踏み止まった。
 呆然とする幽香に背を向けて、阿求は柔らかい口調で言う。

「メディさんのことは心配しないでください。今頃は人形部屋でたくさんの人形に囲まれて、幸せ一杯にはしゃいでいる頃でしょう。写真機で写真を撮るように頼んでおきました。後で見るのが楽しみですね」

 楽しげに語る口調には、先ほどと違って敵意のようなものが欠片も含まれていない。急展開についていけないまま、幽香はぼんやりと問いかける。

「……お仲間がどうの、っていうのは?」
「そりゃ、人形達はお仲間でしょう? メディさんは毒人形なわけですから」
「ああ、そういうことね……!」

 ようやく思考が追いついてくると、胸の底からふつふつと怒りが湧き上がってきた。まさかこんな虚弱児に手玉に取られるとは。先ほどまでの自分の迂闊さも相まって、何もかもぶち壊す勢いで暴れたくなってくる。

「あ、止めておいた方がいいですよ」
「なにを!?」
「だって、楽しい人形部屋を見せてくれた優しいあっきゅちゃんに、幽香さんが怪我を負わせたりしようものなら、ねえ? メディさんの心に深刻な傷が残っちゃうと思いますけど」
「ぐ」

 幽香は言葉に詰まった。確かにその通りで、そんなことになったらメディスンは泣いてしまうだろう。あの子の泣き顔を想像すると、胸が締め付けられるように痛む。

「じゃあ、わたしのこの怒りをどうしろと……!?」
「写真焼き増しでいかがですか」
「……保存用と鑑賞用と布教用。三枚で手を打つわ」
「了解しました」
「ただし」

 計画通り、とほくそ笑む阿求の頭を、幽香は軽く小突く。「いたっ」と、阿求は大げさに頭を押さえた。

「何をなさるんですか」
「お黙り。わたしの怒りは写真でチャラにしてあげてもいいけど、あの子を役立たず呼ばわりした件に関してはしっかりと謝罪してもらうわよ」
「あー……それは、その」

 気まずげに目をそらす阿求に、幽香は断固とした口調で告げる。

「あの子はしっかりと役に立っているわ。今のわたしになくてはならない存在としてね。ううん、わたしだけじゃない。将来的にはもっと成長して、たくさんの人形たちと人間とを繋ぐ、友好の懸け橋にもなるかもしれない。そういう大した妖怪なのよ、あの子は」
「はあ、そうですか」

 一人納得して頷く幽香の前で、阿求が呆れた様子で生返事を返す。

「で、どうすんの。謝るの、謝らないの」

 両手を腰に当てて見下ろしながら言うと、阿求は「えーっと、その」と言い辛そうに呟いたあと、結局は素直に頭を下げた。

「ごめんなさい」
「よろしい」

 幽香は満足げに頷き、とりあえずこの場は阿求のことを許してやることにした。
 本当のことを言うと怒りはまだほとんど解消されていないのだが、「自分が悪いことをしたと理解したのならちゃんと謝ること」と常日頃からメディスンに言い聞かせている手前、これ以上引きずるわけにはいかないのだった。

「それで」

 気を取り直すために息を整えながら、幽香は問いかける。

「今の小芝居は、結局なんだったのよ」
「降りてくる前に言ったじゃないですか。必要な儀式だって」
「儀式? 今のが?」
「ええ。あえて昔のように幽香さんと対立しつつ、最後の結末だけを変えることによって、自分は平和な幻想郷に生きる稗田阿求であってそれ以外の何者でもないんだと、そう言い聞かせて確認するための儀式です」
「意味が分からないわ」
「そうでしょうね。あなたは自分というものをしっかり持っている、強い妖怪ですから」

 苦笑したあと、阿求は広大な地下書庫を見つめて目を細めた。

「ここにいるとね、飲まれそうになるんですよ。妖怪を殺すためだけに蓄えられた稗田の知識、あの陰惨な時代の残りカスにね。だから、誰かから見て馬鹿馬鹿しく思えても、わたしのような弱い人間には必要なことなんです。それに」

 と、軽く笑って幽香を振り返る。

「今の小芝居で、あの陰惨な歴史が隠されている理由も概ね理解できたのではありませんか?」
「一応ね。あんたの気持ちは全然理解できないけど」
「そうですか」

 阿求は少し寂しげに呟き、眩しそうに幽香を見上げた。

「やっぱり、あなたは強いな。でも、誰もがあなたのようには生きられないのだと、そのことだけは理解して頂きたいんです」
「まあ、努力はするわ」
「ありがとうございます。さて、行きましょうか」

 至極当然のように言って、阿求は身を翻して書棚の方に歩き出す。幽香は慌てて後を追った。

「ちょっと、行くって、どこによ?」
「やだなあ幽香さん、お忘れですか? ご自分で仰ったんじゃないですか、知りたいことがあるって」
「あ、ああ、そうだったわね」

 先ほどまでの展開が急すぎて、すっかり忘れていた。

「でも、本当にそんな些細な記録が存在するの?」
「言ったはずですよ。ここには、幻想郷のありとあらゆる情報を気狂いのように収集した稗田の知識が全て収められているんです。幻想郷に関係するものなら、蝿一匹の一生だって見過ごしてはおりません」

 言ったあと、照れたように笑う。

「なんていうのはさすがに大袈裟ですがね。でも少なくとも、妖怪や、それに関わった人々に関する情報は全て揃っているはずです。そうでもしなければあなた方には対抗できなかったわけですから」
「そうでしょうね」

 幽香は頷きながら、ずっと奥の方まで立ち並んでいる書棚の列を見つめる。この嘘のような光景を見ていると、阿求の冗談もあながち冗談とは言い切れないような気がするのだった。

「では行きましょうか。しっかりついてきてください。稗田の知の海で溺れたくなければ」



 そうして阿求についていく道すがら、幽香はいろいろなことを質問した。

「そもそも、これだけの記録を誰がどうやって作ったの?」
「脳に刻まれた情報を、直接紙に転写する技術を朝倉が開発したんですよ。ちなみに紙は一握りの土から百万枚ほど作ることができました」
「イカれてるわね」
「イカれてたんです」
「それで、あんたはそれだけ大量の本の、何がどこにあるのかきっちり把握してるっていうの?」
「もちろん。わたしはいわば目録なんですよ。御阿礼の子の魂に、その情報が刻まれているのです」
「その技術も朝倉の?」
「言うまでもないですね。妖怪と戦うためならなんだって作り上げる変態の集まりでしたから、あの家は」
「わたしから見ればあんたも十分変態だわ」
「酷いなあ。おっと、着きましたよ」

 ある書棚の前で、阿求は不意に足を止めた。幽香もそれに倣ったが、棚にはナンバーなど目印になるものは一つもない。

「本当にここなんでしょうね?」
「ええ。試しにその辺の本を一冊開いてご覧なさい。懐かしい知識が刻まれていることと思いますよ」

 言われた通りに、棚の本を一冊引っ張り出してみる。表紙に見覚えのある派手な女が描かれていた。

「げっ、ババァじゃないのこれ」
「ああ、紫さんの本ですか。確か彼女のことは、年代ごとに数百冊組ずつまとめられているはずですよ。まあそれでも彼女の全てを把握するには至らなかったわけですが。ちなみに幽香さんの情報は数十冊組ぐらいですかね」
「やっぱり変態だわあんたたち」

 げんなりしながら、本を書棚に戻す。隣で阿求が肩をすくめた。

「まあ、これでここの恐ろしさが分かって頂けたと思いますが」
「ええ、よく分かったわ」

 確かに、こんな場所で何の目印もなく目的の情報を探し当てるのはおおよそ不可能だろう。知の海で溺れる、というのは別段大げさな表現でもなんでもなかったわけだ。

「それで、ええと。確か、大結界構築以前に関わりのあった、雪妖の女と妖怪退治屋の男、でしたか? 男の方は恐らく女の手で氷づけになっている、と」
「ええ。分かる?」
「その程度まで条件が絞れていれば、ある程度は。候補となる何冊かをご自分の目でご覧になっていただくことになりますが、よろしいですね?」
「ま、仕方ないわね。何の当てもなく探すよりはマシだわ」

 そうして阿求の誘導に従いながら、幽香はその書棚を上下に行ったり来たりすることになった。
 目当ての本を探す過程で、見覚えのあるいくつかの名前が記された背表紙のそばを通り過ぎることもある。
 隙間斬りの雲散権左、天狗殺しの鳥撃ち与平、歩く結界博麗幻夜、幻想破りの堂島雷蔵。
 皆、今では名前すらも聞けなくなった人間の英雄たちだ。

「この辺りの連中も、白澤によって隠された歴史の一部ってわけね」
「ええ。彼らの技を真似しようとする人間が現れたら危険ですからね。さすがに大結界を作った博麗さんのことぐらいは、多少は表の記録として残っていますが。あちらの書棚には先代蟲の王とか、最後の鬼長なんかの記録もありますよ。あとでご覧になりますか?」
「あの阿呆どものことはよく覚えてるから、別にいらないわ」
「そうですか」

 そうして探し回ること数十分ほど後、幽香はようやく目当ての本を探し当てた。『皇紀二千五百十年之人妖伝・第三十四巻』と、表紙に題字が刻まれている。
 その本の中ほどのページに、あの雪妖に関するものと思われる記述があった。

「本当にこんな細かいことまで書いてあるのね」
「それはね。あの時代の稗田の諜報員は、隠れることと見ることと記録することに特化した人間ばかりでしたから。御阿礼の子がいない間も、代理人がついてその活動は続けられていたのです」
「今も?」
「まさか。今の時代にそんなイカれた活動は必要ありませんよ。そもそも、そういう人間というのも私ぐらいしか残っていませんしね」

 やや自嘲気味に漏らす阿求のそばで、幽香は紙面の文字を追い始める。文体が古めかしい故に少し読みづらいが、内容は概ね理解できた。

 ――雪に紛れて姿や妖気を隠す能力に長ける以外は、取り立てて特徴なし。一時人里付近にも出没――

「こんなことまで分かってるのに、この妖怪を殺したりはしていないのね」
「稗田の諜報員はあくまでも情報の収集を目的としていましたから。ある妖怪の生態を知ることができるのなら、たとえば人間が襲われたり喰われたりしていても助けたりはしなかったですよ。人命よりも、それを犠牲にして得られる情報の方が大事でしたから」
「酷い連中ね」
「指示したのはわたしです」
「変態」
「うーん、否定できませんねえ」

 ――里の付近でゴミを拾い集めては住処へと持ち帰っていた。意図は不明――

「あの頃はね、わたしも必死だったんですよ。ただ妖怪を殺そう、滅ぼそうと……そうすることで郷が平和になると。幸せな未来が訪れると、信じて疑わなかった。それ以外に幻想郷の人間が生き残る手段はないと、心の底から信じ込んでいました」

 ――人里の中に入り込んできたこともあり。破壊活動等は一切行わず、小兎の者に発見されると逃走――

「今考えるとお笑い草ですがね。たとえ妖怪を滅ぼしたとしても、外の世界は幻想そのものを否定する未来へと向かっていた。そんな場所で、幻想と戦うことのみに特化した人間の居場所なんかあるはずがなかったのに」

 ――人間。小兎家の血に連なる分家の出身。幼い頃より卓越した才を示す――

「だから大結界の計画を持ちかけられたときも、最初は興味すら抱かなかった。でもすぐに、紫さんや博麗さんの見識が正しいことを悟りました。大結界は、われわれ幻想郷の人間にとっても必要不可欠なものであると」

 ――最後は雪妖に氷づけにされて命を落とす。しかし不可解な点が――

「それ以降は、大結界構築に向けて心血を注いできました。阿弥としての命はすでに尽きかけていましたが、大結界の完成を見るまでは死ねない、と。何もかもを犠牲にした。今まで協力し合ってきた小兎や朝倉の人間たちを切り捨てた先にしか平和な未来はあり得なかったから、彼らすら欺いて。罪悪感はありませんでしたね。幻想人類の保全を考えれば、それが一番正しい道でしたから」
「ねえ」

 幽香はため息交じりに本を閉じ、横目で阿求を睨んだ。

「さっきから、うるさいんだけど」
「いいじゃないですか、時には昔の話をしたくもなりますよ」
「わたしはしたくないわ」
「へえ。どうしてです?」
「うんざりするからよ」
「またまた。そうじゃないでしょう?」

 阿求は見透かすような目で言った。

「あの頃のご自分のことを、メディさんに知られるのが怖いんでしょう? 優しい幽香お母さん以外のものなりたくないんだ、あなたは」
「うるさいわね。どうでもいいでしょう」
「まあ確かに、今のメディさんに教えても、理解は得られないかもしれませんね。彼女は新しい幻想郷に生まれた命だ。あの頃の空気を吸って生きたことのない者に、あの歴史の重みを背負うことはできない」

 それでも、いつかは。
 そう呟いたきり、阿求は何も言わなくなった。
 耳が痛くなるほどの沈黙に満たされた地下書庫の中で、二人は何も言わずに黙り込んでいた。その内幽香は手に持った本を捲り直し、先ほど読んだ箇所をもう一度読み始める。
 ここに書かれていることが正しいのなら。
 そういうことに、なるのだろうか。

「ねえ、阿求」
「なんです」

 紙面の一文に目を落としたまま、幽香は淡々と問いかける。

「あの頃の人間にとって、わたしたち妖怪ってどんな存在だったの?」
「憎むべき敵、滅ぼすべき悪。それ以外の何者でもありませんでしたね」

 阿求はため息交じりに笑いを零した。

「たとえば阿弥だった頃のわたしに今の幽香さんのことを教えても、決して信じようとはしないでしょう。そもそも、妖怪と人間っていうのは絶対に相容れない存在だと思われていたんです。だって、そうでしょう? 自分たちを喰らおうとする連中が、欠片でも自分たちと同じ感覚を持っているだなんて、誰も想像しませんよ。他人への愛やら優しさやら、そういったものは人間特有のもので、妖怪には存在し得ないと思い込んでいたんです」
「それは、わたしも同じね」

 幽香はぎこちなく笑う。

「メディスンと暮らしていると、毎日が驚きの連続だもの。何に一番驚くかって、自分自身によ。毎朝鏡に向かうたび、自分の表情が日に日に柔らかくなっていくのが分かるの。ううん、表情だけじゃない。先に眠ったあの子に毛布をかけてあげるとき、いってらっしゃい、おかえりなさいって声をかけるとき。その仕草や声音が、自分でも知らなかった柔らかいものばかりで……そういう風に振舞えることを、素直に嬉しいと思える自分に、心底驚きを感じるのよ」

 穏やかに声を紡ぎながら、幽香はふと思う。
 ひょっとしたら自分だけでなく、この郷に生きる妖怪の大半が、同じような感覚を覚えて戸惑っている最中なのではないかと。
 自分のように毒人形と暮らしている妖怪は他にはいないが、昼間見た二人のように、人間と親しい仲になっている者たちは数多く存在する。
 殺し合い以外で人間と接したことのある妖怪など、大結界構築以前は数えるほどしかいなかったのだ。人妖間の関係にそれ以外の形などあり得ないと、誰もが思っていた。
 それが今、長い道の果てに様々な要因を巻き込んで変わりつつある。
 人間と接していく中で、彼ら特有のものであったはずの愛情や優しさを学び取ろうとしているのだ。そして、そういう感情を心地よいものと感じられる自分にも気づきつつある。

「変わっていきますね、この郷は」

 阿求が穏やかに、だがどこか寂しげに呟き、広大な地下書庫を見渡した。

「そんな世界では、やはりこの知識たちは邪魔にしかなりません。誰もがこんな重い物を背負って歩けるほどには強くない。分かって頂けましたか?」
「そうね。そうかもしれないわね」
「ありがとう、幽香さん」

 阿求は満足げに微笑んだ。

「だから今日、わたしはあなたをここへと誘ったのです。あの失われた歴史を心に留めつつ、今の平和な幻想郷に合わせて変わりかけているあなただからこそ。さて、それではそろそろ帰りましょうか。お目当ての知識は得られたんでしょう?」
「ええ。おかげ様でね」

 幽香は黙って手に持っていた本を書棚に戻す。失われたはずの歴史が、幻想郷の片隅で生き永らえていたことの意味を考えながら。



 息が詰まりそうなほどに長い階段を上り切ると、そこは相変わらず散らかり放題の書斎だった。

「いやあ、良かった。一生抜けられないかと思いましたよ」
「自分の家で何言ってんの、あんたは」
「仕方ないでしょう。あそこにいると自分が阿求だったか阿弥だったか、それとも阿礼だったのかすら分からなくなるときがあるんですから。あ、畳戻して頂けますか」

 地下書庫に行くときに外して壁に立てかけていた畳は、まだそこにあった。手に取って戻そうとすると、もうすでに鋼鉄の板は元通りになっていた。

「どういう仕組みなの、これ?」
「御阿礼の子の魂だけに、開くことが許された扉なんです」
「これも朝倉の技術?」
「ええ。あの地下の広大な空間も、朝倉の技術で作り出したものです。紅魔館のメイド長さんも似たようなことができるそうですね」
「便利なものよね」
「そうですね。使いようによっては生活が楽になる技術も多々ありますが……今はまだ早い。危険な技術と一緒に根こそぎ封印しておくのが一番です。さ、畳を戻してください」

 そうして幽香が畳を戻し、座卓や煙管の箱も元に戻し終えると、阿求は何かを仕切り直すように手を叩いた。

「さ、これにて全て元通り。ごっこ遊びはお終いです」
「ごっこ遊び?」
「ええ。今までやってたじゃないですか。『わたしがかんがえたさいきょうのあっきゅちゃんごっこ』です。転生前の記憶も能力も全部引き継いで、限定された空間内においては大妖怪すらも圧倒する超パワー! うひょー、最高に興奮もんだぜ、こっちだけ強くてニューゲームだもんなー! みたいな」

 白々しい阿求の言葉を聞いて、幽香は目を眇める。

「つまり、そうしておいた方がお互い幸せだと?」
「意地の悪い言い方をしないでくださいよ」

 苦笑いを浮かべたあと、阿求はふと真面目な顔つきになった。

「生きていく上で、忘れた方がいいことってたくさんありますよ。去っていった人、相容れなかった人、どうにもできなかったこと……そういう記憶を一つ残らず携えて歩いていくなんてね。それは、傷つくだけの生き方です」
「でもあんたは覚えてるじゃない」
「責任という言葉をご存知ですか」
「誰かに押し付けられるもの、だったかしら」
「自分で背負っていくもの、ですよ。さて」

 阿求はもう一度手を叩き、廊下に通じる襖を開いた。差しこんでくる夏の日差しに、幽香は目を細める。ずいぶん長い間あの地下書庫にいたような気がするのだが、実際には大した時間は経っていなかったようだ。

「やあ、いい天気だ。今日も幻想郷は平和ですね」
「そうね」

 ぽつりと答えたとき、廊下の向こうから慌ただしい足音が聞こえてきた。何かと思って見てみると、興奮した様子のメディスンが物凄い勢いで走って来るところだった。またあの子は、と幽香は眉を吊り上げる。

「こらメディスン、お行儀よくしなさいって」
「幽香、幽香、幽香、ゆーかーっ!」

 何度も叫びながら、メディスンが突進するような勢いで抱きついてきた。危なげなく受け止めると、幽香はしゃがみ込んでメディスンと視線を合わせる。

「ゆーか、ゆーか、ゆーか! 凄いんだよゆーか、聞いて聞いて、あのね」
「分かった。分かったから落ち着きなさい、もう。はい、深呼吸」

 メディスンの肩に手を置き、一緒になって何度か深呼吸したあと、幽香は改めて問いかける。

「で、なにがどうしたって?」
「あのね、人形部屋って見せてもらったんだけど、本当に凄いんだよ! たくさん、たっくさんいろんな人形が置いてあってね、みんな幸せそうにしてるの! それで、どうしてって聞いたらね、あっきゅちゃんが頻繁に会いに来て、お掃除したり磨いたり、話しかけたりしてくれるからだって!」
「へえ」

 阿求の方を見ると、澄まし顔で見返された。

「言ったでしょう、人形の妖怪のことはよく知ってるって。もちろん、どうすれば喜んでくれるかもある程度は知っています。とまあこのように、情報というのは使い方次第で相手を喜ばせることもできるわけで」

 阿求の得意げな講釈を、メディスンが途中で遮った。彼女の袖を引っ張りながら捲し立てる。

「あっきゅちゃんあっきゅちゃん、一緒に行こうよ! みんながあっきゅちゃんにお礼言いたがってんの! わたしが翻訳して伝えてあげるよ!」
「おお、それはいいことです。また新たな知識が一つ増えますね。分かりました、一緒に行きましょう。でもわたしは幽香さんとお話することがまだありますので、ちょっと先に行って待っていてくださいますか」
「うん、早く来てね!」

 言うなり、メディスンは空を飛びそうな勢いで廊下を走っていく。

「お行儀よくしなさいって言ってんのに、あの子は……」

 幽香が頭を抱えると、阿求が陽気に笑った。

「いいじゃないですか。子供は元気が一番です」
「あんたも見かけだけなら子供なんだけどねえ」
「やだなあ、中身もまだまだ子供ですよ。幽香お母さーん」
「やめろ気持ち悪い」

 猫撫で声と共に抱きついてきた阿求を引き剥がしながら、「で」と幽香は話を切り出す。

「まだ何か言いたいことがあるっての?」
「ああいえ、ちょっとしたことなんですがね」

 阿求は一つ咳払いをすると、居住まいを正して言った。

「わたしがあの書庫を未だに維持し続けている理由、まだ説明していなかったと思いまして」
「ああ、そう言えば」
「もちろん、いつか人間と妖怪との間にまた争いが起きることを危惧して……とかではありません。そもそも、そんなことになったら幻想郷は水底に沈みますよ。大結界構築のとき、龍神様に永遠の平和を誓ったわけですから」
「あれは本当のことなのね?」
「ええ。これは逆に、開示しなくてはならない情報ですから、求聞史紀にも記載してあります。で、本題ですが」

 阿求は自信に満ちた微笑みを浮かべた。

「幽香さん。わたしはいつか、あの書庫の情報をかいつまんでまとめ直して、公開するつもりでいます」
「え? でも」
「ええ、もちろんわたし……阿求の代では叶わないことでしょう。この郷で生きている者は、人間にしろ妖怪にしろ、外にいた頃とは全く違った生き物です。幻想人類も幻想妖怪も、まだまだ成長の途中。いわばよちよち歩きの赤ん坊のようなもの。ですが赤子はいつか成長して大人になる。その頃には、あの陰惨な歴史を背負ったまま未来へ歩いていけるようになっていることでしょう」

 阿求はあの鋼鉄の扉の方を、じっと見つめた。

「だから、あそこは残しておかないといけません。いつかこの郷が、己の真の歴史を受け入れられるようになる、そのときまでは」
「そんな日が来るのかしら」
「あなた方を滅ぼし尽くすより、はるかに難しいことかもしれませんがね。まあ、やってのけるでしょう。意志を持った人間というのは、そういうものです」

 そう結ぶと、阿求は励ますような目で幽香を見上げた。

「幽香さんも、お子さんのことを信用してあげてくださいね。今は無理でも、いつかは話してあげてください」
「でも」
「あなたのような大妖怪でも、その辺りに関してはあまりご存じではないのですね。いつまでも子供だと思って、守ってあげるばかりが愛情ではありませんよ。そういう態度が、逆に相手を傷つけることもあります」
「どうして?」
「それは自分で学んでいくべきことです。さて、それではわたしはお暇しますね。メディさんが待っているでしょうから。では」

 阿求は一礼すると、もう振り返らずに歩いていった。幽香は無言でそれを見送り、ため息を吐く。

「この年になっても、まだまだ分からないことばかりか」

 そんなものなのかもしれないな、と幽香は思う。
 どれだけ長く生きようと、どれだけ経験を積もうと、何も変わりはしない。
 何か新しいことというのは、意識して学ぼうとしない限り、分かった振りしかできないものなのだ。



 何となくメディスンのところへ行く気にはなれず、幽香は阿求の書斎のそばの縁側に座り込んで一人思考に沈んでいた。
 目を閉じ耳を澄ましても、悲鳴はどこからも聞こえてこない。怒号も剣戟も咆哮も爆音も、肉が裂かれ骨が砕かれ、溢れ出した血が飛び散る音すらも。
 聞こえてくるのは、遠くかすかな里の喧騒だけだ。
 今の幽香は、そこに違和感など微塵も感じない。いつの間にか自分がそうなっていたことに、今更ながら気付かされた。

「こんにちは」

 隣から柔らかな声がする。瞼を上げて横目で見ると、そこに八雲紫が座っていた。

「こんにちは。そろそろ来るころだと思ってたわ」
「そう。どうして?」
「とぼけない。見てたんでしょ、ずっと」
「あら、ばれてたのね。わたしの腕も鈍ったかしら」

 苦笑したあと、紫は何か回顧するような目で周りを見回した。

「ここへ来ると、昔を思い出すわね」
「あんたは思い出がたくさんありすぎて大変そうね」
「ええ。わたしたちみたいなお年寄りは、悲しい思い出も楽しい思い出も、たくさん持っているものだわ」
「嘘つき。悲しい思い出ばっかりだったじゃない」
「そうかもしれないわね。だから今、楽しい思い出をたくさん作っている最中なの。あなたもそうでしょう?」
「……知らないわ」

 それきり、二人はしばらく黙りこむ。塀一枚隔てた向こう側を、童たちの楽しそうな笑い声が通りすぎていくが、ここからではまるで別世界のことのようだった。

「紫」
「なに」
「あの雪妖のことだけど」

 おもむろに切り出すと、紫は幽香が聞きたいことを全て分かっているかのように、ひとつ頷いて語り出した。

「彼女はね、郷の歴史から切り離された存在なのよ」
「どういうこと?」
「あの子が彼を得たのは、大結界構築よりも少し前のこと。彼女があの洞穴に隠れ潜むようになったころ、ちょうどあの辺りで激しい戦闘があったの。そのせいで、洞穴は土砂と泥に埋もれて完全に閉ざされてしまったわ。でも彼女は雪の妖怪だったから、一年中冷気に満たされたあの洞穴の中でなら、何の問題もなく生きていけた。そうして幻想郷から完全に隔離されたあの環境で、彼女は自分だけの歴史を紡ぐようになった」
「だからあの子は、あの時代のことを記憶に留めていたのね?」
「ええ。彼女にとって人間は今でも恐ろしい敵であり、それ以外の何物でもないわ。そうして逃げてきたのが、彼女の歴史だったのだから」
「そう。ではあの子はこの百数十年間、あの洞穴の中で、ずっと変わらずに彼を愛で続けていたということね。氷づけにした自分好みの人間を、雪妖らしい愛し方で」
「違うわ」

 紫が鋭く否定した。

「違うの。そうではないのよ。そうじゃないってことぐらい、今のあなたになら分かっているはずよ。そうでしょう?」
「……そうね」

 少し間を置いて、幽香は認めた。
 認めるしか、なかった。

「それで、どうするの?」
「どうするって?」
「あの雪妖のことよ。まさか、このまま放っておくんじゃないでしょう?」
「いいえ、放っておくつもりよ」
「なによそれ」

 内心の苛立ちを隠しながら、幽香は鼻を鳴らして紫を笑った。

「日頃全てを受け入れると標榜していらっしゃる賢者様とは思えないお言葉ね。お得意のお節介で、あの子も救ってあげたらいいじゃない」
「あの子がそれを望むなら、いつだってそうするわ。あの洞穴から出て来て、今の幻想郷で生きたいと言ってくれるのなら、いつだって受け入れる」

 紫がゆっくりと首を振った。

「でもおそらく、あの子はそれを望まないでしょう。最良の選択肢と呼べるものは、とうの昔に失われてしまったのよ。あの暗い洞穴に残されているのは、人間と妖怪が決して分かり合うことができなかった、悲しい時代の残滓だけ。あの子の歴史に未来はないわ」
「だから放っておくと? 見る者すらいない滑稽な一人芝居を、あの子にずっと演じさせ続けようって? そんなの、そんなのはね」
「生きる意志を」

 突然、紫が強い声を上げた。彼女らしからぬ剣幕に、幽香は気圧されて黙り込んでしまう。
 紫は震える息を吐き、何かを抑え込んでいるような、やけに平坦な声で言う。

「生きる意志を持たない者にとっては、どんな場所も楽園にはなり得ないわ。そうでしょう?」

 静かな問いかけ。幽香は肯定することも否定することもできず、ただ黙って唇を噛む。

「わたしはね、幽香」

 紫が自嘲するように言う。

「わたしは境界に潜む妖怪であって、それ以上のものではないの。誰かの手を引っ張ったところで、どこでもない場所へ引きずり込むことしかできない。もしもわたしが誰かを助けているように見えるのなら、それはその人がわずかでも前を向いていたおかげなのよ。隙間からでも、背中を押すことぐらいは出来るから。だから、今回の場合はどうしようもないの。あの子はもう、過去しか見ていないから」
「そう。あんたの考えはよく分かったわ」

 それでも、と自分の足に鞭打つように、幽香は無理矢理立ち上がった。紫が沈んだ声で問いかけてくる。

「行くのね」
「ええ」
「どうして?」
「知ってしまったから。いろいろなことを」

 だからこそ、放っておくことなどできない。
 幽香はふと思いついて、紫に問いかけた。

「ねえ紫、責任って言葉、ご存じかしら?」
「わたしの半身のようなものよ」

 紫は即座に答える。幽香は満足げに頷いた。

「それならきっと、わたしにとってもそうなんでしょう。わたしは今ここにいて、あの子のことを知っている。あの子が選べる道が、まだあるってことを知っている。たとえ最良でなかったとしても、自分に与えられた選択肢を知る権利ぐらいは、あるはずだわ」

 幽香は強く言い切る。紫は寂しげに微笑んで、何も言わなかった。



 翌日の朝、幽香は別荘の中で不満げな顔をしたメディスンと向かい合っていた。

「だから、お留守番しててちょうだいって言ってるでしょう」
「やだ! わたしも一緒に行く!」
「どうして今日に限ってそんなに聞きわけが悪いの」

 苛々して、幽香はため息を零す。今朝からずっと、こんなやり取りを繰り返している。
 今日幽香はあの洞穴に行って、するべきことをするつもりだった。もちろん、メディスンを連れていくつもりはない。そこで起きることを見せたくないからだ。
 だから「ちょっと出かけてくるからお留守番してて」と言い置いて出かけるつもりだったのだが、なぜかメディスンは自分も行くと言って聞かない。余程のことがない限り、素直に言うことを聞いてくれる娘だ。こんなことは初めてだった。

「いい、メディスン」

 仕方がないので、脅しつけるように言う。

「わたしはあんたが近づいてくれば、妖気ですぐに分かるんだからね。こっそり後を追いかけてきたって無駄よ。分かるでしょう?」
「うー」

 メディスンは頬を膨らまして唸っていたが、実際そうだということをすぐに理解したらしかった。

「分かった。お留守番してる……」
「そう。いい子ね」

 小さな声で答えるメディスンの頭を軽く撫でてやりながら、幽香は出来る限り優しい顔で微笑みかける。

「帰ってきたらハンバーグ作ってあげるわ。好きでしょ、あんた」
「いらない。そんなのいらないから、ねえ幽香」

 メディスンは心細そうな顔で幽香を見上げた。

「幽香、ちゃんと帰ってきてね。無事にお家に帰ってきてね」

 予想もしなかったことを言われて、幽香は大いに戸惑う。笑みがぎこちなくなっていくのが自分でも分かったが、どうしても、いつもの顔が作れない。

「何を言うの、あんたは。無事に、だなんて、そんな大げさな」
「だって、今日の幽香怖い顔してるもん。何か、危ないことしに行くんじゃないの?」

 真っ直ぐにこちらを見上げるメディスンの目を直視できず、とうとう幽香は顔を背けた。外出の準備をする振りをして毒人形に背を向けながら、早口に言う。

「馬鹿ね。今の幻想郷で危ないことなんかあるわけないでしょ。じゃあ、お留守番頼むわね、ついてきちゃ駄目よ」

 日傘を引っつかみ、急いで別荘の扉を開け放つ。「あ、幽香」とメディスンが背後で何か言いかけたが、とてもこれ以上は聞いていられず、振り切るように空へと飛び立った。
 しばらくの間飛び続けてからようやく、幽香は「いってきます」と言わなかったことに気がついた。



 再び、あの沼地に降り立つ。今日も靄が立ち込めていて、辺りはじめじめとした不快な湿気に満ちている。いつ来ても、全く変わらないようだ。
 無言で湿地の中を歩き、目印代わりの水辺に辿りつく。
 あの真っ白い花が、今まで以上に目についた。
 体が強張っているのが分かる。柄にもなく緊張しているのだ。気を落ち着かせるために目を閉じ、深呼吸を一回。
 そうしてもう一度目を開けたとき、幽香は息を飲んだ。
 真っ白い花の背後に存在する小さな水たまりの底から、無数の骸が浮かび上がってきていた。巨大な鬼の背骨、天狗のものと思われる羽の骨、恨みがましく天に向かって突き出した、野太い腕骨。
 その中央に、人間のしゃれこうべがあった。とうの昔に目玉を失った虚ろな眼窩が、誘うように幽香を見つめている。こっちへ来い、お前の場所はここだ、と、誰かが囁いているような錯覚すら覚える。

(お前はいない)

 不意に、頭の中で声が響き始めた。こちらを呪い殺そうとするかのような、深い憎しみの篭った声。

(お前はいない、お前はいない、お前はいない、お前はいない、お前はいない、お前はいない、お前はいないお前はいないお前はいないお前はいないお前はいないお前はいないお前はいないおまえはいないおまえはいないおまえはいないおまえはいないおまえはいないオマエハイナイオマエハイナイオマエハイナイオマエハイナイ)

 お前は、どこにもいない。

「違う!」

 幽香は大声で怒鳴った。頭の中で響き渡る不吉な声を吹き飛ばすように、全身の力を振り絞って叫ぶ。

「わたしはここにいる、確かに存在している! あの頃と在り方は変わってしまったかもしれないけど、それでもちゃんと風見幽香として、この幻想郷で生きている! 誰もが互いに理解し合おうと努力する、この新しい歴史の中で!」

 答える者は誰一人としておらず、骸が水底へ沈むこともない。
 だが、声は止んだ。あの、自分の存在すら脅かされるような呪わしい声は、もうどこからも聞こえてこない。
 汗を拭い息を吐いたとき、またあの純白の花が目に入った。
 周囲の汚泥に塗れた骸のことなど何一つ知らぬげに、ただ美しく咲いている無垢な花。

 ――ネクロファンタジア。

 不意に、そんな言葉が頭に浮かんできた。
 ネクロファンタジア。骸の上の楽園で、汚れなき純白の花が風に揺れる。
 幽香は顔を上げ、洞穴に向かって歩き出した。水たまりに浮かぶたくさんの骸たちを、もはや沈めようとすらせずに。



 洞穴の中は、時が止まっているかのように以前と変わりない。肌を刺すような、足を止めたくなるような冷気に満ちて、誰かが入ってくるのを拒んでいる。
 それでも、二日前につけたばかりの幽香の足跡がまだ残っていた。入りこんだときと帰ってくるとき、二つの足跡の間を、幽香は静かに進む。
 やがて、あの広間が見えてきた。中央に鎮座している氷の塊もまた。

「ああ、やっぱり」

 氷に近づき、閉じ込められている男の顔を見て、幽香は小さく声を漏らした。
 やはり自分の推測は間違っていないのだと、やりきれない想いでそう認めたとき、不意に怒鳴り声が響いた。

「お前……!」

 見ると、また洞穴の奥の岩陰から女が歩み出てきたところだった。前のとき以上の怒りに顔を歪め、突進するような勢いでこちらに駆けてくる。幽香は一度身を引き、氷の塊から離れた。女がその前に立ちはだかり、大きく両手を広げて叫ぶ。

「また入り込んだのね! やっぱりわたしの人を奪いに来たってわけ! 今度は殺す!」

 もはや問答は無用とばかりに、女は洞穴中の冷気を一瞬で両手に凝縮させた。視界を埋め尽くすような猛吹雪が吹き荒れ、幽香の体が見る間に氷で覆い尽くされていく。
 その吹雪の中で、幽香は震えを感じていた。胸の奥で、何かが激しく震えている。

「ああ、やっぱり」

 幽香は嘆くように声を漏らし、目を見開いて妖気を放出した。途端に猛吹雪が一瞬で消え失せ、その向こうから呆然とした女の顔が現れる。

「は……え、な、なんで……!?」

 混乱しているらしい女に向かって、幽香は淡々とした声で言ってやる。

「やっぱり弱いわね、あんた」
「な……!」

 女の白い肌が朱に染まった。「ふざけるな!」という怒声と共に、鋭い氷柱が無数に飛んでくる。幽香はそれを避けることもなく、すべて拳で叩き落とす。自然と、口からため息が漏れた。

「弱い。弱すぎるわ。そんなんでよく、あの時代に生きていられたものね。ああ、隠れるのだけは得意なんだっけ。それで生き延びてこられたってわけ。でもね」

 ぎろり、と睨みつける。女が小さく悲鳴を漏らした。

「だからこんな様になるのよ。分かる?」
「うるさい! こっちに来るな!」

 女が必死の形相で怒鳴りながら、奥の手らしい術を放つ。二日前も幽香を閉じ込めた、太い氷柱の檻だ。が、

「これがなんだっての」

 幽香はつまらなそうに呟いて手を突き出し、その全てを一瞬で粉砕してみせた。暗い大気に弾け飛んだ氷の欠片の向こうで、蒼白になった女がガタガタと身を震わせている。
 何も言わずに、幽香はつかつかと女に近づいていく。ついさっきまで余裕の表情を浮かべていた女が、恐怖に顔を凍りつかせて叫んだ。

「なによ、なんなのよあんた、なんで花の妖怪風情に、そんな力が」
「言ったでしょ、寒さに強い花もあるって。ああそうそう、まだわたし、名前を言ってなかったわよね」

 女の鼻先に顔を突きつけ、淡々とした声で自己紹介。

「風見幽香っていうの。よろしくね」
「かざっ……」

 中途半端なところで悲鳴が途切れ、代わりに今にも消え入りそうな声が漏れ出した。

「うそでしょ、なんであんな大妖怪がこんなところに……!」
「いろいろあってね。ま、そんなのはどうでもいいことだわ」

 女から少し体を離し、幽香は軽く手を振り上げる。雪妖が大げさすぎるほどの悲鳴を上げ、その場に蹲って自分の頭を庇った。

「ごめんなさい、ごめんなさい! まさか、あなたがあの風見幽香だなんて知らなくて……! こ、殺さないでください!」
「ああ、いいわよそういうのは」

 必死で命乞いする女の前で、幽香はため息を漏らす。
 別段メディスンと出会ったから変化したというわけではなく、幽香は昔から弱い者イジメが嫌いだった。変に恨まれても面倒くさいし、何よりそういうことをしていると妙に情けない気分になるからだ。そういう土台があって今メディスンに優しくしてやれているのかもしれないから、それ程悪い気はしないのだが。

「さて、と」

 幽香は小さく呟く。足元で蹲る女がびくりと震えた。
 本題は、ここからだった。

「ねえ、あなた」
「は、はい」

 蹲ったまま、女が恐る恐る顔を上げる。幽香は彼女を見下ろしながら、平坦な声で言う。

「そんなに恐がらなくていいわよ。別に、あんたへの恨みを晴らすためにここに来たとか、そういうんじゃないから。あんたを殺したりはしないし、向かってこないんならこれ以上傷つけることもしないわ」
「ほ、本当ですか? ありがとうございます!」
「ただ、その代わりに」

 希望に顔を輝かせる女から目を離し、幽香は男が閉じ込められている氷の塊にそっと手を這わせた。

「これ、壊させてもらうわね」

 女は最初、何を言われているのか分からないようだった。だがすぐに理解したらしい。驚きを通り越して呆然とした表情で、目を見開いている。

「な、なんで」
「別に理由なんかどうでもいいでしょ。強いて言うなら、そうね、こいつの顔が物凄く気に入らないから」

 それは幽香の本心だった。この男の静かな表情が、今は酷く心を苛立たせる。

「そ、そんな勝手な……!」
「いいから黙って見てなさい。せーの」

 幽香が日傘を振り上げた瞬間、「やめて!」と叫んだ女が、足にしがみついてきた。舌打ちを漏らして傘を下ろし、幽香は女を見下ろした。

「離しなさい」
「やめて、お願い、やめてください! わたしから彼を奪わないで!」
「何言ってんの、どうせただのコレクションの一つなんでしょ? あっちにはまだまだたくさんあるみたいだし、これ一個ぶっ壊しても大したことないでしょ」
「それは……!」

 女はちらりと、広間の奥の岩陰を振り返る。それを見て、幽香は微笑んだ。

「ね? わたしはこれぶっ壊したらここを出て行って、もう二度と来ないから。それならあんたも安心でしょ」
「だ、だめです。それだけはやめてください。他のことだったら何でもしますから」
「じゃあ今すぐその手を離して、大人しくわたしにこれぶっ壊させなさい。ね?」

 幽香は再度傘を振り上げる。女は金切り声を上げながら立ち上がると、無我夢中で幽香を突き飛ばした。その程度でふらつくほどやわではないが、幽香は黙って、後ろに退く。
 女は氷の塊の前に立ちはだかり、しゃくり上げながら大きく手を広げていた。まるで、彼を庇うように。

「なんで? どうしてこんなことするの? あなたみたいな大妖怪が、どうしてこんなことにこだわるの?」
「それはこっちのセリフよ」

 幽香は睨むように目を細める。

「あなただって、本当は気が付いているんでしょう? 自分がどれだけ滑稽なことをしているか」

 その言葉を聞いて、女は明らかに怯んだようだった。落ちつかなげに目をそらし、ふるふると首を振る。

「なに、なにを言ってるのか、分からないわ」
「分からないのはわたしの方。なんでそんなに執着するの? たかが氷の塊に」
「違う、彼は氷の塊なんかじゃ!」
「じゃあ、なによ」
「それは」

 女はそこで声を詰まらせる。自分が何を言いかけたのかも、よく分からないようだった。

「分かっているはずよ。その氷の塊が、自分にとってどんな意味を持っているのか」
「知らない。そんなの、知らないわ」
「嘘を吐くのはもう止めなさい。ずっとこうしているつもりなの? いい加減に」
「止めて!」

 幽香の声を遮るように、女が悲鳴を上げた。頭を抱えて首を振り、絶叫する。

「知らない、分からない、分からないわ、そんなの! わたしはこの人が綺麗だったから、氷づけにしてこの美しさを永遠のものにしようと思っただけよ! それの何がいけないの、雪妖だったら当然のことじゃないの! それ以外に意味なんてない、それ以外の意味なんて分からないわ!」

 叫んだきり、女は啜り泣きながら氷の塊に縋りついた。男の骸は分厚い氷の中に閉ざされたまま、ただ静かに黙りこくっている。
 幽香は一歩後ろに退き、強く唇を噛んだ。
 やはり、駄目なのか。自分にはもう、どうすることも。
 そんな風に諦めかけた、そのとき。

「幽香!」

 聞こえるはずのない声を聞き、幽香はぎょっとして広間の入口を振り返る。そんな馬鹿な、と思って慌てて意識を集中させると、暗闇の向こうに愛しい毒人形の妖気を感じた。
 何故あの子がここにいる? あれほどついてくるなと言ったのに。
 いや、違う。問題はそういうことではない。確かに自分は妖気探知が苦手だが、ここに来るまでは絶えず意識を集中させて、メディスンが追ってこないか警戒していたのだ。ついてきていたはずはない。自分がここにいると、分かるはずがない。
 だと言うのに、足音と妖気はどんどん近付いて来るのだった。何かの間違いであってくれ、と願う幽香の前に、とうとう息を弾ませたメディスンが飛び出してくる。

「幽香」
「メディ。あんた、なんでここに」

 駆け寄ってくるメディスンに呆然と問いかけると、彼女は必死な顔で答えた。

「紫がここの入口まで連れて来てくれたの。幽香はこの中にいるからって」

 一瞬、頭に血が上りかけた。あの女、一体何のつもりでこんなことを。

「ごめんなさい、幽香」

 激昂しかけた幽香は、メディスンの泣きそうな声で現実に引き戻された。見ると、毒人形はスカートの裾をぎゅっとつまんで、辛そうに俯いていた。

「ついてきちゃいけないって言われてたのに。でもわたし、幽香のことが心配で、もうどうしようもなくって。危ないことしてるんだとしても役に立てないのは分かってたのに、居ても立ってもいられなかったから。ごめんなさい、ごめんなさい」
「メディスン」

 謝り続けるメディスンに声をかけると、彼女はびくりと震えた。怖がらせないように、幽香はそっと、ぎこちなく小さな体を抱きしめてやる。

「いいのよ、謝らなくて。わたしの方こそごめんね、あんたよりずっと長生きしてるのに、下手くそなやり方しか知らなくて心配かけちゃったわね」
「幽香は悪くないよ」
「うん。ありがとうね」

 そっと頭を撫でてやった後、幽香はメディスンの手を握って立ち上がり、ゆっくりと振り返った。
 雪妖の女は、何か信じられないものを見たかのように、目を見開いてこちらを見ていた。

「……あなた」

 ひどく混乱した声音。

「……その子は、なに? 人形の妖怪でしょう? なんで、一緒にいるの?」

 そう問われたとき、幽香はようやく紫の意図を察した。
 言葉だけではなくて、実際に見せてやれということか。お節介め。

「答えてあげるわ」

 メディスンの手をぎゅっと握り締めて、幽香は強く言い切る。

「わたしがこの子と一緒にいるのはね。この子のことが、大切だからよ」
「幽香」

 びっくりしたように名を呼ぶメディスンに、小さく微笑みかけてやる。
 再び目を戻すと、女はますます理解できなくなった様子で、ぎこちなく笑いながら首を振っていた。

「なに、なんですって? 大切ですって? そんな、あなたとは何の関係もないような、人形の妖怪が?」
「ええ、今のわたしにとっては、何よりも大切なものよ」
「なによそれ。意味分かんない、理解できないわ」
「そう。だったら、もっと分かりやすいように言ってあげるわ。わたしはね」

 小さく息を吸い込み、幽香は今まで生きてきた中で一度も言ったことのない言葉を口にした。

「この子のことを、愛しているの」

 その声は大妖怪のものとは思えないほどに頼りなく、みっともないほどにぎこちない。
 だが確かな強さを持って、広間に響き渡ったのだった。

「愛してる?」

 女が虚ろに呟く。

「愛してるですって?」

 唇が不気味につり上がり、肩が震え出す。

「愛してる、愛してるって言ったの、あなた!? 馬鹿じゃない!?」

 女はけたたましく笑い始めた。狂ったように全身を震わせ、これ以上おかしなことはないと言いたげな嘲り笑いを吐き散らし続ける。

「妖怪のくせに! 愛してるだって、人間じゃあるまいし、馬鹿よ、馬鹿としか言いようがない! 妖怪が愛してるだなんて、そんなのおかしいわ、滑稽よ、滑稽だわ!」

 その哄笑に怯えたらしく、メディスンがぎゅっとしがみついてきた。幽香は安心させるように微笑んで我が子の髪を撫でてやり、未だに笑い続けている女を静かに見据えた。

「そうね。確かにあんたの言うとおり、今のわたしは滑稽かもしれない。でも」

 氷の塊の方など見もせずに笑い続ける女に向かって、ありったけの哀れみを込めて言ってやる。

「今のあんたよりは、ずっとマシだわ」
「黙れ!」

 突如、女の表情が憤怒へと転じた。腕を振り上げて小さな氷の塊の無数に生み出し、こちらに向かって飛ばしてくる。それらの飛礫を、幽香はあえて避けなかった。顔や腕や胴体に当たる物は黙って受け止め、ただメディスンに当たりそうな分だけ、日傘で弾いてやる。

「幽香」
「大丈夫よ」

 悲鳴を上げるメディスンに小さく言い切ったとき、不意に氷の飛礫が止んだ。
 前を見ると、氷の塊の前に膝を突いた女が、肩で大きく息をしてこちらを睨んでいた。

「出てって」

 憎悪の篭った呟き。

「出てって、出ていきなさいよ!」

 幽香が黙って見ていると、女は耐えられなくなったように蹲り、頭を振って絶叫した。

「チクショウ、やめろ、そんな目で見るな、出てけ、早く出ていきなさいよ!」

 幽香は小さく微笑み、女に背を向ける。

「ええ。もう二度と来ないわ。行きましょう、メディ」
「う、うん」

 メディスンは少し迷っていたが、結局は雪妖の女に小さく頭を下げ、幽香と共に広間を出て行った。
 かくして、忘れ去られた洞穴の広間に、女と氷の塊だけが残された。



 二人の変な妖怪が去った後も、雪妖の女はその場に蹲ったまま、しばらく黙りこんでいた。
 やがておもむろに立ち上がり、フラフラと歩き出す。途中、ちらりとあの氷の塊を見たが、長くは目を留めなかった。彼女はこの洞穴に隠れてから一度も、分厚い氷の向こうにある彼の顔を見たことがなかった。
 そうして広間の奥の岩陰まで歩いて行き、その向こう側に続く短い通路を歩いていくと、行き止まりにある小部屋に辿りつく。
 そこには、百数十年前に彼女が拾い集めたものが、ある意図を持って整然と配置されていた。
 もうすっかり腐り果てた畳が何枚か敷きつめられ、その上には夫婦のための大きな布団が広げられている。二つ並べて置かれた枕のそばには赤子をあやすためのでんでん太鼓と、背負うための布が置いてあった。
 全て、遥か昔に人里の周囲で拾い集めてきたものだ。妖怪を殺そうと躍起になっている人間たちに見つからないよう必死になって隠れながら、自分にとってはゴミ以外の何物でもないはずのこれらのものを大事に大事に、拾い集めてきた。、
 壁を背に膝を抱えて座り込みながら、女は小さく唇を開き、震える声で歌を歌う。

 ――ねんねんころりよ おころりよ

 下手くそでぎこちないこの歌も、決死の覚悟で人里に侵入し、偶然耳に入った歌を必死に覚えたものだ。
 歌の意味はよく分からない。ただ、人間の女が赤子に聞かせているのを見たら、どうしても覚えなければならないという気になったのだ。
 歌だけではない。目の前にあるゴミの類も全て、妖怪退治をしているあの男に目を奪われてからというもの、自分でも何故そうするのか分からないままに無我夢中で集めたものだ。

 ――ぼうやはよい子だ ねんねしな

 歌っていると、堪えようもなく涙が溢れて、歌が途切れた。壁に背をつけ力なく体を丸めたまま、女は声を上げて泣き続ける。
 氷づけにしたあの男をここに招き入れたことは、この百数十年間ただの一度もない。



 手を繋ぎながら地上へ向かって暗い洞穴を歩いていく途中、ふとメディスンが立ち止まり、振り返って後ろを見た。

「どうしたの」
「幽香。あのお姉さん、泣いてるよ」

 言われて、耳を澄ます。確かに、洞穴の奥の方から、胸を締め付けるような慟哭が響いてきていた。

「行って、慰めてあげなくていいのかな」

 心配そうなメディスンに、幽香は微笑んで首を振った。

「いいのよ。あのお姉さんはね、まだここから出てきたくないんですって。だから、外にいるわたしたちが行って慰めたりしたら、きっと逆に傷つけてしまうわ」
「そうなんだ。いつか出て来てくれるといいね」
「そうね」

 止むことのない女の泣き声を背に、二人は黙って洞穴の入口へ歩き続ける。

「ね、幽香」
「なに、メディスン」
「幽香、かなしいの?」

 少しの驚きとともに見下ろすと、メディスンが泣きそうな顔でこちらを見上げていた。
 その視線から顔をそらし、前を向いて歩きながら、幽香は小さく頷く。

「そうね、とても悲しいわ。わたしみたいなお年寄りはね、楽しい思い出よりも、悲しい思い出の方をたくさん持っているものなの」
「そんなの、つらいよ」
「ええ。でも大丈夫、あなたが大きくなるころには、きっと楽しい思い出の方が多くなっているはずだから。わたしも、メディもね」
「でも」
「いいのよ。大丈夫、大丈夫だから」

 決してメディスンの方を見ないように歩き続けながら、幽香はぽつぽつと語りかけた。

「わたしね、メディ。あのお姉さんがかわいそうに思えたから、一緒にお外に出ましょうって誘いに来たの。こんな暗いところよりも、お日さまに照らされたお外の方がきっと楽しいからって。でもダメだったわ。お節介だったのね。あのお姉さんはまだ外に出たくなかったから、結局怒らせちゃって……嫌われちゃった。メディよりずっと長生きしてるのにね。駄目ね、わたし」
「そんなことないよ、幽香は悪くないよ」

 一生懸命言ってくれるメディスンの頭を、幽香はそっと撫でた。

「ありがとう。でもね、だからと言ってあのお姉さんが悪いわけでもないの。それだけは、どうか分かってあげてね」
「じゃあ、誰が悪いの? 誰が悪くて、幽香はかなしんでるの?」
「誰も悪くなんてないの。誰も悪くないのにみんなが悲しい想いをすることだって、あるのよ」
「そんなのおかしいよ。ねえ、幽香」

 不意に、メディスンが立ち止まった。「どうしたの」と問いかける幽香の顔を見上げて、突然ぽろぽろと涙を零し始める。
 幽香は驚き、しゃがみこんでメディスンの顔を覗き込んだ。

「メディ、どうしたの、どこか痛いの? まさか、さっきの氷がどこかに当たって」
「ち、違う、違うの、ごめんなさい」
「どうして謝るの。あなただって、何にも悪くないでしょう。勝手についてきたことだったら、今はもう怒ってないから」
「違うの、そうじゃなくて」

 メディスンはしゃくり上げながら必死に言った。

「わ、わたし、何の役にも立てないから。未熟者の、半人前の役立たずで。きょ、今日だって、きっとわたしが邪魔しなかったら、あのお姉さんもここから出て来てくれたのに」
「違うわよ。どうしてそんな風に考えるの」
「違わないよ。幽香はわたしにたくさんのものをくれるのに、わたしは何にもしてあげられない。毒を撒き散らしてフラフラして、幽香を困らせることしかできなくて」
「メディ」

 呼びかけながら、幽香は強くメディスンを抱きしめた。
 迂闊だった。自分のことばかりに必死で、この小さな毒人形が何を考えているかなど、ちっとも想像していなかった。
 自分がこの子のことを想っているように、この子も自分のことを想ってくれているのだと。
 そんな当たり前のことすら、今の今まで忘れてしまっていた。

「ごめんね、メディ。あんたの気持ちに気付いてあげられなくて。でも本当に違うのよ。あんたのせいで何かが悪くなったなんてこと、少しもないから。むしろあんたがいてくれて助けられてばっかりなのよ、わたしは。ね、お願いだから泣かないでちょうだい、メディ」

 泣き続けるメディスンに、自分の言葉はどれだけ届いているのか。
 そんなことすら分からぬまま、幽香はただ必死に言葉を紡ぎ続けた。



 数分ほどしてようやく泣き止んでくれたメディスンと共に、幽香はまた洞穴の中を歩きだしていた。
 毒人形がどれだけ幽香の想いを理解してくれたのかは分からない。それでも今は先ほどのように自分を責めてはいないようで、他愛ないことを喋りながら、ほのかな微笑みを見せてくれていた。

「あ、出口だ!」

 行く先に地上の光を見つけて、メディスンがはしゃいだ声を上げる。
 そうしてから、ふと何かに気がついたように「あ」と声を漏らした。

「どうしたの」
「ん。ううん、ええとね」

 メディスンは口にするべきかどうか少し迷っている様子だったが、やがて思い切ったように言った。

「あの、幽香。さっき、紫に連れてきてもらったとき、お外でね」
「……そう。あれを見たのね」

 メディスンの表情を見て、幽香は全てを察する。それはそうだ、見ていないはずがない。自分は隠していないのだから。

「ねえ幽香、あれは誰のなの? あんなにたくさんの人間や妖怪が、どうしてこんなところで死んじゃったの」「うん、そうね。なんて言ったらいいか」

 幽香は数秒も迷い、結局は首を横に振った。

「今はまだ話せないわ。とても、難しい話だから」
「そうなんだ」

 メディスンがまたしょぼくれたように俯く。幽香は微笑んで、彼女の頭を撫でた。

「ごめんね。でもこれは、メディが半人前だとか未熟だとか、そういうことじゃないのよ。単に、わたしがどう説明したらいいのか分からないだけ。だから、今はまだ考えさせてちょうだい。メディが今よりもう少し大きくなるころには、きっと上手く伝えることもできるはずだから」
「今よりもう少しって、どのぐらい?」
「そうね」

 幽香は少し考えて答えた。

「あの白いお花のこと、覚えてる?」
「うん。すっごく綺麗だったもんね」
「あの綺麗なお花が泥で汚れてしまって、それでも『これはこれで綺麗だ』と言えるようになったら、かしら」

 幽香がそう言うと、メディスンは眉根を寄せて考え込んだ。

「よく分かんない」
「そう。それが分からない内は、まだ駄目ね」
「うー」

 不満げに唸るメディスンに、幽香はそっと微笑みかける。

「でも、いつかは必ずそういうときが来るわ。その日がきたら、一緒に泥遊びでもしながら、昔話を聞かせてあげる」
「二人で泥遊び? わ、それすっごい楽しそうだね!」

 はしゃぎながら、メディスンは両手で握り締めた幽香の手をぶんぶんと振る。
 その仕草に笑い、光溢れる洞穴の入口を見ながら、幽香はふと、今も洞穴の奥で泣き続けているのであろうあの雪妖と、氷づけになった男のことを思った。
 雪妖は、弱かった。それは幽香と比べて、という意味ではない。妖怪全般の戦闘能力の水準から見ても、弱い部類に入る妖怪だった。なにせ、これだけの冷気が満ちている洞穴においても、あの体たらくだったのだから。
 しかし、そうなると疑問が残る。稗田の地下書庫にあったあの本に記してあったのと、同じ疑問だ。
 氷づけにされていた男は、傍流とは言え小兎家の血を受け継いでいたらしい。世界最強の妖怪殺し集団の中にあってすら、武の小兎とまで称えられた気狂いたちの血を。さらに、本の記述によれば、幼い頃から卓越した才を示していたと。
 そんな男があの程度の雪妖に後れを取るなど、あり得ないことだ。
 ではなぜ、今あの男は氷づけになっているのか。
 その答えは、分かり切っていた。誰だって気付くことだ、あの男の静かすぎる表情を見れば。
 気づいていないのは、多分あの雪妖の女だけだろう。

「ね、ね、幽香」

 洞穴の入口付近まで来たとき、不意にメディスンが楽しそうに呼びかけてきた。

「なに、メディ」
「あのね、さっき言ってたことだけど。もしもそのときが来たらさ、今度こそあのお姉さんも誘って、三人で泥遊びしようよ!」

 無邪気な言葉に、幽香はぎこちなく笑みを返した。

「そうね。そうしましょうか。きっと、楽しいでしょうね」
「そうだよ、一緒に遊ぼうよ。だってあのお姉さんも、一人ぼっちだと寂しいもんね!」

 幽香は目を見開いた。楽しそうに笑っているメディスンの顔を見つめ、呆然と問いかける。

「……メディ。あんた、あのお姉さんが、一人ぼっちに見えたの?」
「見えたの、って……あれ、一人だったよね? それとも、他に誰かいたの?」
「あのね」

 首を傾げるメディスンに、幽香は一度、答えを返しかけた。
 だがすぐに口を噤んで首を振り、小さな微笑みを浮かべた。

「……ううん、そうね、そうだったわね。他には誰もいなかったわね」

 呟き、少し汚れた手でメディスンの手を引いて、幽香は地上へと歩み出ていった。



 そうして誰もいなくなった洞穴に、いつまでもいつまでも、女の泣き声が響き続ける。
 身を裂くようなその泣き声に背を向けたまま、氷づけの男が一人で佇んでいた。
 姿が隠れるほどに分厚い氷の向こうには、穏やかに見えるほど静かな顔が隠されている。自分のしたことの正しさを確信している、一片の悔いすら残されていない表情。
 無私の愛情を湛えた瞳が見詰める先に、今はもう、誰もいない。



 <了>
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