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【東方SS】遊ぼうぜ、霊夢! (一)

東方創想話に投稿したSSの第一回目です。
(各話リンク 1/2/3/4/5/6
 

 
 必死に走っている自分の、ずーっと先を霊夢が飛んでいる。
 呼びかけても追いかけても泣き喚いても、霊夢は振り向いてすらくれない。
 どんどん先へ飛んで行ってしまって、その内背中も見えなくなってしまう。
 そういう夢を見るようになったのは、いつ頃のことだろう。
 あまりにも頻繁に見るものだから、もうすっかり忘れてしまった。

「待って……霊夢……置いてかないでぇ……!」

 自分の情けない涙声で目を覚ますのも、毎度のこと。
 涙に滲む視界の中、最初に見えたものは、窓の向こうの重い曇り空だった。

「……最悪の目覚めだぜ」

 ベッドの上で体を起こし、目元の涙を乱暴に拭って、魔理沙はため息を吐く。
 どうも、体がだるい。
 時間だけなら相当長く眠っていたと思うのだが、疲れが取れた気がしなかった。

「ま、原因は分かってんだけど」

 ちらりと横の方を見ると、見たくもない物が嫌でも目に飛び込んでくる。
 蒐集品で散らかり放題の部屋の中、申し訳程度に片付けられた一角。
 そこに鎮座する実験器具だ。
 正確には、昨日までは実験器具だったもの、だが。
 今はただ、廃棄されるのを待つだけのガラクタの山に過ぎない。
 昨夜、反省材料にすべく二階の寝室に運び込んだまでは良かったが、そこで何だか嫌になって不貞寝してしまったらしい。

「……何度目の失敗だっけかなあ」

 ぼんやり考えたが、回数なんか思い出せるわけがない。
 それほど多くの失敗を、積み重ねてしまった。

「ここらがお前の限界かよ? え、霧雨魔理沙さんよ」

 再びベッドに倒れ込み、自分に向かって悪態を吐く。

(んなわけねーだろ、ナメんじゃねー!)

 と、心が反発してくれるかもしれないと期待したのだが、残念ながら無反応。
 それどころか、

(そうなんじゃねーの?)

 とでも言いたげな投げやりな感情が、じわじわと胸に広がっていく。
 いつもならばこの辺で「やめやめ」と言って起き出すところだが、そんな気力すら湧いてこない。

「……成長が頭打ちになってるって、前々から自覚はあったんだけどな」

 それでも、そんなはずはない、努力すれば成長出来ると無理矢理信じてやってきた。
 ここ最近は他のことをしている余裕もなく、ずっと家に籠りっぱなしだったほど。
 なのにこうも上手くいかない現実を突きつけられては、さすがに気が滅入ってくる。

「……そういや、最近神社にも行ってないや」

 幼馴染の巫女が住む博麗神社に出かけるのは、魔理沙にとってはほとんど日課のようなものだった。
 出会って以降、これほど長い間あの神社へ行かなかったのは初めてなのではないか、と思えるほど。

「ま、だから何だって話だけどな」

 そんなことを気にするのは自分だけであることが、魔理沙にはよく分かっていた。
 顔見知りの人間が長期間来なくなっても、その理由に大して興味を抱いたりはしない。
 来るなら良し、来なくても良し。
 博麗霊夢というのは万事に対してそういう少女だ、と魔理沙は認識している。

「あいつは、いつも通りに過ごしてたんだろうなあ」

 起きて、朝飯を食べて、境内の掃除をして、昼飯を食べて、お茶を飲んで、昼寝をして、夕飯を食べて、風呂に入って、酒飲んで、寝る。
 時々買い物やら妖怪退治やら来客の相手やらが挟まるが、霊夢の日常はそんな感じでずっと変わりがない。
 そこに、急に顔を見せなくなった霧雨魔理沙を気にかけるという工程が挟まることはないのだ。
 逆に言えば、今行ったって余計な詮索はせずにいつも通り相手をしてくれるということでもあるのだが。

「……行けないよなあ」

 自分がこんなに悩み苦しみのた打ち回っているのに、いつもと変わらずお茶なんか飲んでのん気に過ごしている霊夢を想像するだけで首を括りたい気分になってくる。
 そんな風に大した努力もせずに過ごしているにも関わらず、霊夢は反則じゃないかと思うほど霊的な能力の成長が早い。
 ずっと昔は自分が努力でリードしていたように思うが、いつの間にか隣に並ばれ、気がつくと追い越されていた。
 今やすっかり立場が逆転し、霊夢の背中を見失わないように必死に追いかけている始末である。
 スペルカードルール、弾幕ごっこというお遊びの範囲でならまだ工夫次第で何とかなるが、本気の実戦ならもはや手も足も出ないだろうというのが正直な所だ。
 あれがなかったら、もうとっくに絶望して何もかも投げ出していたのではないか、とすら思える。
 そして何より、霊夢自身はそういうことをあまり気にしていない、というのがより一層魔理沙の心を重くするのだ。
 必死に頑張っているのに、どんどん差が開いていく。
 ずっと傍にいたはずの霊夢が、離れて行ってしまう。
 そしてきっと、霊夢自身はそんなこと欠片も気に留めないだろう。
 魔理沙が苦しもうが泣き喚こうが、素知らぬ顔で生きていくに違いない。

「……帰ろうかな」

 ふと、そんな考えが頭に浮かんできた。
 魔理沙は今、実家である霧雨道具店から勘当中の身である。
 昔から何故か魔法に関する物を毛嫌いしている父と喧嘩して、家を飛び出してきたのだった。
 それで魔法の森で一人暮らしをして自立した気になっているが、何せ狭い幻想郷でのことだから、実の所帰ろうと思えばいつでも帰れる。
 それは物理的な距離の話だけではなく、現実的にもそうだ。
 母は優しい人だし、父もなんだかんだ言って娘には甘いから、必死で頭を下げて謝れば家に戻ることを許してはくれるだろう。
 家業にはずっと関わっていなかったから後を継がせてはくれないかもしれないが、幸い自分はこんなでも一応女なので、婿でも取れば済む話。
 そうなれば、後は道具屋の妻として適当に大人しくしているだけで、死ぬまで穏やかな人生が約束される。
 魑魅魍魎跋扈する幻想郷と言えども里の中にいれば安全は保障されるし、異変なんかが起きてもどうせ霊夢と愉快な仲間達が問題なく解決するんだろうし。
 そして、霧雨魔理沙という女はすぐに誰からも忘れられていくことだろう。
 そういやそんな奴もいたな、と思い出してくれればいい方か。
 案外、チルノ辺りが一番最後まで覚えていてくれるかもしれない。
 そんな風に考えてみると、別段霊夢だけに限った話ではなかった。
 霧雨魔理沙は、誰にとってもその程度の、心底どうでもいいチンケな存在なのだ。

「あ、やばいな。やばいやつだこれ」

 意識して声に出し、魔理沙はのっそりと身を起こす。
 窓の向こうの曇天からは、小雨がパラパラと降り始めていた。
 もしかしたら、もっと雨足が強まっていくかもしれない。

「……出かけるか」

 焦りにも似た危機感と共に呟き、魔理沙は気だるさを堪えて着替えを始めた。
 今、自分は過去にないぐらいまずい精神状態だと思う。
 先程の姑息で卑屈な計算だって、現実的な選択肢として考えたのはこれが初めてだ。
 魔法の森で生活を始めた頃は、どんなに辛いことがあったって「あんな家、二度と帰るもんか」と断言できたのに。

「なんでこんなになっちゃったんだろうな、わたし」

 人は変わるものだ、なんて陳腐な文言だが、まさにその通りだと思う。
 何故あの頃の自分があんなにがむしゃらになれたのか、今となってはさっぱり分からない。
 そもそも、自分はどうして魔法使いになろうとしたのか。
 そんなことすらよく思い出せない始末だ。

「……行くか」

 散歩でもしている内に思い出せるかもしれない。
 本音を言えば今日は一日中家に籠って不貞寝していたい気分だったが、重い足を引きずって無理矢理外に出た。
 そうでもしないとこのままズルズルどん底まで落ちていきそうな気がして、怖かったのだ。
 それだけは何としても避けなければいけないと、理由も分からないのに心のどこかが叫んでいた。

 ◆

 箒を片手に外に出てみたら、気のせいかさっきよりも雨が強くなっている気がした。

「うへぇ……こりゃ雨避けしないとあっという間にずぶぬれだな」

 雨避けの魔法というのは存在するし、難しくはないから当然使うことも出来る。
 だが、魔理沙は躊躇した。
 もしも、そんな簡単な魔法すら使えなくなっていたら。
 そんな、杞憂としか言いようのない恐れが湧き上がってきたのだ。

「……丸っきりバカだな、わたし」

 自嘲する余裕すらなく、ただため息を吐いて扉に寄りかかる。
 軒下で雨を避けながら、このまま曇天を眺めているのも悪くないかな、と思い始めたとき。
 不意に、視界の隅で何かが光った。

「……なんだ?」

 その方向に目を凝らすと、草の中に何かが埋もれているのが見えた。
 妙に気になったので、雨に濡れながら近づき、拾い上げてみる。
 それは、ちょうど手の平に収まるサイズの丸い球だった。
 宝石か、それともガラス玉か。色はなく透明で、向こう側が透けて見える。

「なんだ、こりゃ。なんでこんなところに……?」

 もちろん自分が落とした物ではないが、かと言って自然に発生するような物でもない。
 一体誰がこんな物をここに落としたのだろう、と考えたとき、魔理沙は不意に誰かの視線を感じた。
 さり気なく周囲を見回してみるが、特に誰の気配もない。
 なのに、確かに視線を感じる。

(……妖怪が姿を隠して、この球を拾った人間の反応を見ている……?)

 魔理沙はそう推測したが、仮にそうだとしても、誰が何の目的でそんなことをするのかは想像もつかなかった。
 ともかく、ただのガラス玉ではなさそうだと判断し、もう一度観察してみる。
 そして、不意に気づいた。
 この球は確かに無色透明のはずなのに、何故か色がついているような印象がある。
 どこまでも透き通っていて、本来なら色とは呼べないはずの色。

(涙の色だ)

 何故だかそんなことを思った瞬間、突如球が強い光を発した。

「うわっ」

 小さく悲鳴を上げて、咄嗟に目を閉じた。
 視界が閉ざされる中、周囲の空気が一変したのを肌で感じる。
 恐る恐る目を開けてみると、実際に周囲の景色が一瞬で変わっていた。
 そこは瘴気に煙る魔法の森ではなく、清澄な空気に包まれた薄明るい森の中。
 いつの間にか雨も上がり、ちぎれ雲がちらほら浮かぶ空から穏やかな日差しが降り注いでいる。
 そして、魔理沙はこの場所に見覚えがあった。

「……神社のそばの鎮守の森じゃないか。何でこんなところに……?」

 よく見てみると、木々に埋もれた斜面の上に、博麗神社の小さな屋根が見えている。
 どういうことだ、と魔理沙は困惑した。
 いかに狭い幻想郷と言えど、魔法の森と博麗神社はほんの一瞬で移動できるほどには近くない。
 天狗辺りなら可能かもしれないが、わざわざ魔理沙を抱えてここまで運ぶ意味もないように思える。

(となると、やっぱりこいつか?)

 まだ手の中にあるガラス玉をじっと見つめる。
 どうやら、これは何かしらのマジックアイテムだったらしい。
 状況から察するに、生物を空間転移させる類のものだろうか。それが誤って起動してしまったのか。
 いずれにしても、来たくもなかった場所に来てしまったことだけは間違いない。

(……このテンションで霊夢の顔は見たくないんだけどな……)

 少しの間悩んだが、結局、球をスカートのポケットに突っ込み、神社に向かって斜面を登り始めた。

(あれ、そう言えば……)

 魔理沙はふと違和感を覚えて立ち止まり、周囲を見回した。
 先程、ここに来る前確かに感じていた何者かの視線が、いつの間にかなくなっている。

(……どういうことだ? わたしの反応を観察しているとか、そういうのじゃなかったのか?)

 少し悩んだが、答えが出るはずもない。結局、肩を竦めてまた斜面を登り始める。
 何せ妖怪に溢れている幻想郷でのこと、あまり警戒し過ぎてもストレスが溜まるだけだ。
 それに、偶然とは言えここまで来て引き返すというのもそれはそれで癪だ。
 何日か振りの来訪でも、どうせ霊夢は気にはすまい。

(そうだ。どうせ気にしないんだったらあいつに八つ当たりしてそのまま弾幕ごっこでもやってやるさ)

 それは非常に迷惑な思いつきだったが、魔理沙は特に気にもしない。
 自分がそんな風に勝手な思いつきで霊夢にちょっかい出すのも、いつも通りのことだったからだ。

 ◆

 しかし数分後、魔理沙は全くいつも通りでない事態に直面していた。

「お、おい、霊夢! 待てって! なんだか知らないけど落ち着けって……!」
「待つわけないでしょ……!」

 言葉と共に飛んでくる無数の退魔針を、寸での所で横っ跳びに避ける。
 それら全てが社の壁に勢い良く突き刺さり、魔理沙は顔から血の気が引くのを感じた。

「ば、バカかお前! 当たったらどうすんだ!」
「地獄に逆戻りに決まってんでしょうが!」

 叫びつつ、霊夢が再度針を投擲。いちいち確認するまでもなく、正確にこちらを狙っている。

「っ、わけ分かんないっての……!」

 舌打ちと共に魔法障壁を展開。弾かれた針がバラバラと地面に落ちる。
 それを見た霊夢が、魔理沙と同じように舌打ちしつつ、今度はお札を取り出した。

「わたしとしたことが、つい手加減しちゃったみたいね」
「……そりゃ有り難いこった」

 手加減されなかったら障壁を突き破られていたかもしれない、と思うと複雑な気分だ。
 同時に、障壁をいつも通りに展開できたことに少しばかり安堵する。

(さすがにそこまでダメにはなってなかったか……って、喜んでいられる状況じゃないが)

 目の前にいる霊夢が、お札を手に鋭い眼でこちらを睨んでいる。
 本当に、理解できない状況だ。
 先程斜面を登ってきて、境内を覗きこんだら霊夢がいなかった。
 それで母屋の方かなと思ってそちらに向かいかけたところ、ちょうど社の陰から霊夢が出てきたのだが、そこから先が予想外の展開だった。

「よ、よう、霊夢」

 少しばかり気まずかったが、出来る限りいつも通りの笑顔を作って挨拶したつもりだった。
 しかし霊夢は何か非常に驚いたように、目を見開いたまま硬直していた。
 かと思いきや、急に目を鋭くして袂から針を取り出し、

「未練がましい奴だとは思ってたけど、まさか化けて出るとはね……!」
「は? 何言って」
「せめてわたしの手で地獄に送り返してやるわ!」

 それから先はもう息を吐く暇もない。
 本気で攻撃してくる霊夢から、境内中を必死に逃げ回るばかりだった。

(……もっとも、わたしがこんだけ持ち堪えられてるんだから本当の本気ではないんだろうが)

 油断なく障壁を展開したまま、面白くない気分でそんなことを考える。

(にしても、霊夢の奴は何でこんなに怒ってるんだ……? 最近顔出してないし、悪戯もつまみ食いもしてないはずなんだが)

 大体、実際にそれで怒っていたとしてもさすがに針まで投げてきたことはない。
 子供の頃からの長い付き合いだから、霊夢がどんなときにどんな怒り方をするかぐらいは把握しているつもりだ。
 にも関わらず、今みたいな霊夢の怒り方は見たことがない。
 そもそもが、からっとした気質の能天気な少女だから、前に会ったときの怒りを次のときまで引きずっていること自体が珍しいほどだ。

(……そして、妙なことがあるとすれば、もう一つ……)

 魔理沙は何とも言えない気持ちで、お札を構える霊夢を見つめる。
 正確には、今の霊夢の格好を。

「……なあ、霊夢。一ついいか」
「命乞いは死ぬ前に済ませておくべきだったわね」
「だから意味分からんこと言うなって。それよりお前、その服……」
「服……?」

 霊夢が怪訝そうに、ちらりと自分の服を見下ろす。
 白い小袖に緋袴という、標準的かつ一般的な巫女装束。

「別に、いつも通りじゃない」
「いつも通りじゃないだろ!」

 思わず指を突きつけてしまう。

「お前なあ、博麗霊夢って言ったらあの和洋折衷の奇妙奇天烈摩訶不思議な紅白の巫女装束だろうが! 何でそんな面白みもない普通の服着てんだよ! 大体その服腋が空いてないだろ、腋が!」
「はぁ!? 巫女装束の腋が空いてるわけないでしょ、バカじゃないの!?」
「幻想郷の巫女装束は腋が空いてるのが普通なんだよ!」
「何の意味があるのよそれは!?」
「意味は……知らん!」
「大体寒いでしょ冬とか!」
「それは確かにその通りだと思うが!」

 そんな風にギャーギャー言い合いをしていたら、なんだか妙だなと思い始めてきた。
 霊夢があの肘から先の袖だけが分離している妙なデザインの巫女装束を着始めたのは、確かに最近のことではある。
 だがあれを着始めてからは普通の巫女装束を着たところなど一度も見かけたことがない。
 なのに今目の前にいる霊夢ときたら、そんな妙な巫女装束なんて見たことも聞いたこともない、と言わんばかりだ。

(どういうことだ……?)

 魔理沙が不意に黙りこんだこともあって、霊夢もようやく奇妙に思い始めたらしい。

「……確認したいんだけど」

 眉をひそめて、まじまじと魔理沙の顔を見つめる。

「あんた、霧雨魔理沙よね」
「それ以外の誰かに見えるのか」
「見えないから確認してんでしょ……あんたさ、もしかして」

 と、自分の頭を指差して、

「死んだときに頭ぶつけたから、それでちょっとおかしくなっちゃったわけ?」
「……は? お、おい、ちょっと待てよ」

 魔理沙は慌てて手を突き出し、

「今、何て言った? 誰が、どうなったって?」
「だからあんたがちょっと……いや、凄くおかしく」
「いや、おかしさの度合いを問題にしたわけじゃない。そうじゃなくて……」

 ごくりと唾を飲み込み、

「誰が、死んだって?」
「あんた。霧雨魔理沙」

 霊夢があまりにもあっさりとそう答えたものだから、魔理沙は呆然としてしまった。

 ◆

「ふーむ……確かにこれは生きてるわねえ」

 あれから数分後、とりあえず話ぐらいは聞いてやるということで、魔理沙は母屋の縁側に案内された。
 そこでいつものようにお茶を淹れてもらい、話を始めたところだ。
 とりあえず自分が死んだという記憶は全くないと説明したら、霊夢はおもむろに手を伸ばして魔理沙の頬を好き勝手につねり回し始めた。

「……納得できたなら手を離せ」

 と言ったつもりだったが上手く発音出来なかったので、仕方なくさせるがままにさせておく。
 もっとも、発音出来た所で霊夢が素直に聞くとも思えなかったが。

「死んだはずの魔理沙が生きている……ということは」

 霊夢は頬から離した両手をポン、と打つ。

「キョンシー?」
「あの邪仙に好き勝手された記憶もないぜ。腕だってちゃんと曲がるし」
「そうみたいね……」

 腕組みして考え込む霊夢の隣で、頬の痛みを感じながらお茶を啜る。
 お茶の味だけはいつもの通りで、魔理沙は自分でも意外なほどほっとした。

「でも、幽霊じゃないとしたら、あんた一体なんなわけ?」
「知るか……の前に、本当に死んだのか、わたしは?」
「死んだわよ本当に。死体だって焼いたし」
「うえぇ、焼いたのかよ。酷いことするなあ」
「別に酷くはないでしょ」
「まあ確かにそうだが」

 むしろ自分のような与太者の死体を、ちゃんと焼いてもらえただけ有り難いと思うべきなのかもしれない。

「でもなぁ……ううん……やっぱり死んだ記憶なんかないぞ、わたし……」
「じゃあ話してみなさいよ、覚えてる限りのこと」
「あ、ああ」

 そう言われはしたものの、自分が焦っていたことやら実験が上手くいかずに家に閉じこもっていたことなどは話づらい。
 仕方がないのでその辺は適当に誤魔化しつつ、かいつまんで事情を説明した。
 数日ほど諸事情で神社に来られず、ようやく顔を出そうかと思ったその日、妙な球を拾ってそれが光ったと思ったら鎮守の森にいた、と。

「それは妙ね」
「だよな。やっぱりこの球がなにか」
「いや、わたしが言ってるのはそのことじゃなくて」

 霊夢は魔理沙の話を遮り、

「あんた、わたしが覚えてる限りだと死ぬまでほぼ毎日うちに来てたけど」
「え、本当か?」
「ええ。少なくとも何日も来なかったっていうのは、この数年ではなかった気がするわね」
「……お前、そういうの覚えてるんだな」
「は? 当たり前でしょそんなの」

 霊夢は何言ってんだ、と言いたげな顔だったが、魔理沙の方はついにやけてしまうぐらい嬉しかった。
 霧雨魔理沙が毎日神社に来ていた、という些事を、博麗霊夢が覚えてくれていたのが嬉しかった。

「……ちょっと。何にやけてんのよ」
「べ、別ににやけてないよ。っていうかいいだろ、にやけてても」
「駄目よ。なんかよく分かんないけど、今未練が晴れて地獄に戻られたらわけ分かんなくてモヤモヤするでしょ」
「戻るかよ……っつか、地獄確定かよ」
「自分が天国に行けると思ってたわけ?」
「行けるんじゃないか? 天子でも大丈夫なんだし」
「……そう言われると行ける気がしてきたわ……」
「まあ、そんなことはどうでもいいんだが」

 話を戻し、

「わたしが数日間神社に来なかったってことが、お前の知る限りない、ってのは確かなんだな」
「ええ。間違いないわ」
「ふむ。そうなると……」

 この記憶の食い違い、霊夢の巫女装束、そして突如光を発した謎の球。
 これが幻術やら夢やらの類でなく、霊夢が悪ふざけをしているのでもないとすれば、可能性はかなり絞られる。

(……そう言えば、球が光る前と後で変わったことがもう一つ……)

 魔理沙はちらりと空を見上げる。
 からりと気持ちよく晴れ渡った青空だ。まるで、起きた時の曇天が嘘だったかのように。
 いや、実際、嘘のようなものなのだろう。
 この世界では。

「霊夢、わたしは多分……」
「なによ」
「こことは別の世界の、霧雨魔理沙なんだと思う」
「……何言ってんのあんた?」

 霊夢は怪訝そうな顔をしていたが、魔理沙の考えは変わらない。
 未来に飛ばされた、という可能性も考えたが、それでは巫女装束の件が矛盾する。
 突飛な思いつきではあったが、おそらく間違いないだろう。
 ここは、いわゆる平行世界なのだ。

「前に図書館の本で読んだことがあるんだ。世界ってのは無数の可能性に溢れていて、たとえば、ある時点でAっていう選択肢を選んだ場合の世界と、Bっていう選択肢を選んだ場合の世界って感じに、いくつも枝分かれしてるって。パラレルワールドとか、平行世界とか言うらしいが」
「よく分かんないんだけど」
「要するに、お前が昨日お茶受けに饅頭食べた世界と、煎餅食べた世界とが別々に存在してるってことだよ」
「昨日だったら両方食べたわよ」
「物の例えを本気にするなよ」
「……いや、お団子と羊羹も食べたかな……?」
「どんだけ食うんだ……っていうか昨日何食ったかぐらい覚えとけよ。ボケたババァかお前は」
「失礼ね、ボケてないわよ。死ぬ前のあんたが毎日神社に来てたことはちゃんと覚えてたでしょ」
「……」
「なにニヤニヤしてんの」
「に、ニヤニヤなんかしてないし」

 口元を隠して顔を背けること数秒の後、魔理沙は咳払いして霊夢に向き直る。

「ま、ともかくだ……簡単に言えば、わたしはお前が知ってる霧雨魔理沙じゃないってことだ」
「……そうなの?」
「ああ。だから死んだ記憶なんかなくて当然なんだ。実際死んでないんだし」
「……そう」

 霊夢はふっと魔理沙から顔を背け、何かを考え始めた。
 彼女がどんなことを考えているのか、その無表情な横顔からは窺い知ることができない。
 そう思っていたら、不意にまたこちらを向いた。

「ところで、あんたが別世界の魔理沙だとして、どうしてこの世界に?」
「多分、こいつのせいだな」

 と、魔理沙はポケットから例の球を取り出して見せた。

「ああ、それがさっき言ってた、拾ったっていうやつ?」
「そうだ。多分、平行世界間を移動するためのマジックアイテムなんだろうな」
「へえ……そんなのがあるのね」
「あったみたいだな。誰が作ったのかも、どうやって使うのかも分からないが」

 そして、これがどうして魔理沙の家の前に落ちていたのかも。
 とりあえず、下手に弄り回してまた勝手に起動したら困るので、元通りポケットに突っ込んでおいた。

「で?」

 と、不意に霊夢が訊いてくる。

「あんた、どうすんのこれから。あんたの世界に帰るの?」
「と言っても、帰り方が分からんからな」

 魔理沙は肩を竦める。

「この世界にもアリスやらパチュリーやらがいるなら、この球持って行って相談してみるかな」
「そりゃいるけど……それでもダメだったら?」
「にとりやら紫やら……まあ連中でもダメなら、帰り方が分かるまでこの世界に留まるしかないかな?」
「……あんたはそれでいいわけ?」
「いいも悪いも……ま、わたし一人生きてようが死んでようが大した影響ないだろ」

 そう言ったら、ふと、どうでもいいことが気になった。

「ちなみに、わたしが死んで何か変わったことは?」
「別に、ないんじゃない?」
「……そりゃ、そうか」
「そりゃそうよ」

 霊夢が素っ気なくそう言ったきり、不意に会話が途切れる。
 二人はいつものように縁側に並んで座ったまま、遠く広がる幻想郷の景色を眺めるでもなく眺めた。
 よく晴れていて、自然豊かすぎて、静かだけれどもどこかしらざわついている、密やかな活気に満ちた幻想の郷。

(お……誰かが弾幕ごっこやってんな)

 遠い空の一隅にちらちらと瞬く光を見て、魔理沙は目を細める。
 それは、魔理沙がよく知るいつも通りの幻想郷の光景だった。
 弾幕ごっこが行われているということは、ここに至るまでの歴史も大体魔理沙が知るものと同じなのだろう。
 外の世界で妖怪が忘れられそうになって、博麗大結界が構築されて幻想郷が隔離され、その結果人間を喰えなくなった妖怪が堕落したところにレミリアがやってきて吸血鬼異変が起こり、その異変は紫を始めとする力ある妖怪たちの手によって力づくで解決されたけれども、このまま妖怪が堕落しきってはいかんということで、疑似妖怪退治的なシステムとして博麗霊夢考案のスペルカードルールが創設され――
 そんな情勢下、チョロチョロと必死こいて空を飛んでいたちっぽけで間抜けな阿呆が一匹、この世界では死んだ、と。
 それはつまり、客観的に考えて、二つの世界に大した違いはないということである。
 どちらかと言えば霊夢の巫女装束の件の方がよほど気になる違いだ。
 一体いかなる経緯を辿ったらそんな妙な部分に差異が出るのか。
 まあ、考えても分からないことだろうが。

「……お前は」

 ふと、魔理沙は尋ねてみたくなった。

「お前は、何か変わったか。わたしが死んで」
「別に、何も変わらないわよ」

 霊夢はさらりと素っ気なく、そう答える。

「起きてご飯食べて掃除したり出かけたり妖怪ブッ飛ばしたり。この間も迷惑な新参がいつも通りに迷惑な騒ぎ起こしたから適当にしばき倒して紫から小言喰らって。そんな感じ」
「変わらないなあ」
「変わらないわよ」

 また、会話が途切れる。

(まあ、こんなもんだよな)

 自分が全くと言っていいほど幻想郷という世界に影響を与えていなかった、という現実を突きつけられたわけだが、魔理沙は思ったほどショックを受けていなかった。
 本当に、自分でも驚くほどあっさりと、その事実を受け止めている。
 ここに来る前に、そういうことを考えたり想像したりしていたためだろうか。
 どうも違うというか、何か別の理由があるような気がするのだが、考えてもよく分からないので少しばかりモヤモヤする。

「まあ、なんだ。変わりなさそうで何よりだよ」

 そういう感じを誤魔化すため、意味もなく呟く。
 霊夢は特に何も返さなかった。

「そういや、わたしはどんな風に死んだんだ?」
「飛んでるときよそ見してて木にぶつかった」
「ダサすぎだろ!」
「わたしも同じこと言ったわよ、最初にそれ知ったとき」
「えー……なんかこう、わたしに恨みを持つ妖怪と宿命の対決をして命を落とした、とかそういうのじゃないの?」
「あんたにそこまで執着する妖怪がいたとは意外だわ」
「うんそうだよな、いるわけないよな。分かってた」

 しかしまあ、木にぶつかって死んだ、などとは。
 あまりに間抜けすぎて自分に呆れてしまうが、同時に酷く納得もしていた。
 自分はいかにもそんな間抜けな死に方をしそうだ、と。

(せっかく別の世界なんだし、その辺はもうちょっとマシになってくれててもいいと思うんだがなあ)

 ちょっとだけ拗ねたくなったが、まあ我がままというものだろう。
 そもそもにして、この世界の魔理沙がどういう人間だったところで自分がダメなことに変わりはないわけだし。

「……ねえ、あんた」

 ふと、霊夢が驚いたように言った。

「ん、どうした?」
「いや……なんか、光ってない?」
「へ? ……ああっ!?」

 霊夢が指差す先、ポケットの中で何かが光を発していた。
 慌てて取り出してみると、予想通りあの奇妙な球が光を発している。
 先程と違って即座に別世界に飛ばされはしないようだが、いつそうなるか分かったものではない。

(ヤバい……! 万一この霊夢を巻き込んじまったら……!)

 魔理沙は咄嗟に立ち上がって箒をひっつかむと、飛び退くように霊夢から距離を取る。

「ちょっと……!」
「来るな!」

 警告すると、霊夢は一歩踏み出しかけたところで立ち止まった。
 さっきまで隣に座っていた二人が、少しばかりの距離を置いて対峙する。
 しかし、それはほんのごくわずかに見えて、とても大きな隔たりだった。

「……行くの?」
「そうみたいだな」

 確認するような霊夢の問いかけに、魔理沙は困りつつも頷いた。
 霊夢は一瞬何か言いかけて口を噤み、深くため息を吐く。

「なんつーか、忙しないわね」
「本当だな」
「そもそも何しに来たわけ、あんた?」
「何しに来たんだろうなあ、わたし?」

 本当に、分からない。
 来た理由も、去る理由も、そのタイミングも。

(一体何なんだ、こいつは?)

 手の中で徐々に光を強めつつあるように見える球を、じっと見下ろす。
 どうやらこの球の正体を確かめない限り、次々と別の平行世界に飛ばされることになりそうだ。
 逆に言えば、この旅の明確な目的が一つ出来たわけでもあるが。

「……ちなみにそれ、捨てるわけには行かないわけ?」

 霊夢が思いついたように言う。
 魔理沙は苦笑した。

「そうしたいのは山々なんだが、わたしも出来れば元の世界に帰りたいからなあ」
「……そりゃ、そうよね」
「そりゃそうさ」

 肩を竦める。
 そしたら不意に、霊夢が、

「二度目ね」
「え、なに――」

 言いかけた瞬間、光が一際大きくなってパッと広がり――
 視界が、真っ白に塗りつぶされた。
 同時に、さっきまで確かに立っていたはずの地面の感覚が消失し、奇妙な浮遊感が体を包む。

(おお……こういう感じなのか、異世界移動)

 だったら最初もそうしてくれればもうちょっと分かりやすかったのに、と若干不満に思う。
 まあ、物言わぬ球に文句を言ってもしょうがないので、とりあえずされるがままに任せたが。

(次はどんな世界に行くんだろうな……元の世界に戻れりゃいいんだが、多分そう上手くはいかんだろうし)

 妖怪たちが大戦争してる世界に落っこちるとか、そういうのは御免被りたいところだ。

(……さっきの霊夢には、悪いことしちまったな)

 死んだはずのバカがいきなり現れて、さすがの霊夢もさぞかし驚いたことだろう。
 もっとも、こっちとしても殺されかけたからお相子だろうし、霊夢のことだから大して気にもせず元の生活に戻っていくだろうが。

(まあでも、なんだな)

 さっきまで隣にいた霊夢の顔を思い出し、魔理沙は微笑む。
 元気そうで良かったな、と思った。

 ◆

 魔理沙が消えた途端、神社は急に静かになった。
 霊夢はそこに立ちつくしたまま、友人が消えていった空間をただじっと見つめる。
 そこにはもう何もない。
 何かがいた形跡すら、残っていない。

「……バカ」

 呟く霊夢の頬を、涙が一筋、音もなく滑り落ちた。

 ◆

 そうしてしばらく真っ白な空間をフワフワしていたと思いきや、急に落下感が襲ってきた。

「おわーっとっとっと」

 慌てて態勢を整え、着地する。
 危ないところだった。下手をすると足を捻っていたかもしれない。

「全く。出るときも入るときも唐突だな」

 ため息混じりにぼやいてから、魔理沙はふと気づく。
 降りた場所は、また神社の境内だった。
 膝を突いた石畳の上に、誰かの影が落ちている。
 背後に、誰かいる。

(もしかして……)

 振り向くと、そこには予想通り博麗霊夢が立っていた。
 今度の霊夢は、魔理沙がよく知る腋の空いた奇天烈な巫女装束を身に纏っている。
 だがどうも、自分の世界の霊夢ではないらしい。
 魔理沙を見て非常に驚いていたかと思いきや、見る見る内に表情が硬くなっていったからだ。

(嫌な予感……)

 それでも一縷の望みにかけて、魔理沙は頬をひきつらせながらも笑って手を上げてみた。

「よ、よう霊夢、久しぶ――」
「地獄に戻りなさい!」
「だーっ、やっぱりこれかよ!」

 針やら御札やらを避けるべく、魔理沙は全力で地を蹴った。

 ◆

 それから先も、魔理沙の平行世界旅行は続いた。
 異世界旅行と行っても、神社に落ちては霊夢に攻撃され、そのたび必死に事情を説明してまた別の平行世界に移動して、の繰り返しだ。
 長い旅路の行く先々でいちいち各駅停車する癖に景色を見る暇もなく出発、というような、忙しない上にじれったいという非常に苛々する行程である。

(一体何がしたいんだこいつは……!)

 もう何度目になるか分からぬ真っ白な空間の中、手の中の球を憎々しげに見つめる。
 正直言うとあまりにも同じことの繰り返しでもううんざりしているが、ここまで来て何もかも放り出して適当な世界で落ちつこう、なんて気分には到底なれなかった。

(こうなったら絶対にこの球の秘密を解き明かして、これを作ったバカ野郎に思いっ切り投げつけてやる……!)

 そんな風に、一人闘志を燃やす魔理沙である。

(……それにしても)

 奇妙な浮遊感の中で次の世界に着くのを待ちながら、魔理沙はふと、今まで転々と移動してきた世界のことを振り返る。

(まさか、死亡率百パーセントとは思わなかったぜ……)

 しみじみと、そう思う。
 行く先々の世界で、霧雨魔理沙という人間は必ず何かしらの理由で死んでいた。
 死亡理由は様々だ。最初の世界のように不注意による事故のときもあれば、魔理沙の望み通り(?)妖怪との対決で命を落としていたこともある。実験事故で焼死していたこともあれば、魔法の森の奥を探索中にガス中毒で死んだというのもあった。急性心不全という運が悪いのか不摂生の結果なのか分からない理由のこともあったし、酷いのになると転んだ拍子に石に頭をぶつけて死んだ、というのもある。
 そんな風にあまりにも自分が死に過ぎているものだから、この数回ほどは霊夢に会うなり、

「で、この世界のわたしはどんな死に方したんだ」

 と聞いて、相手の目を白黒させる始末であった。

「まったく……これじゃスぺランカー先生の方がまだマシだぜ」

 以前早苗から聞いた外の世界の探検家の名前を呟きつつ、ぼやいてみる。
 ちなみに、どの世界でも魔理沙が死んだことによる影響は全くと言っていいほどなかった。
 そこでは相変わらず弾幕ごっこが行われていて、たびたび異変騒ぎが発生し、霊夢と愉快な仲間たちが解決に奔走しているらしい。
 わずかでも影響力が増している世界というのを一つも見かけないものだから、もう少し頑張れと自分に言いたくなるほどだ。

(ま……わたしだって大したこと出来てないんだから、そんなこと言う資格はないわけだけど)

 そう考えて、一人肩を竦める。

(しかし……こうして改めて考えると、わたしって今まで生きてたのが不思議なぐらいだったんだなあ、本当は)

 二十歳にすら満たない人間の小娘が、一人瘴気漂う森に暮らし、空を飛んだり妖怪と渡り合ったりする。
 今更考えるまでもなく、いつ死んでもおかしくない環境である。

(もしかして……この球は、それを実感させるためにわたしを平行世界に連れ出したのか?)

 ふと、そんなことを思いつく。
 案外、当たっているのではないかと思えた。
 確かに魔理沙は成長も頭打ちになって焦りまくりで、最近いいことなんて一つもなかったが、それでも死ぬよりは遥かに上等なはずだ。

(つまりわたしは、実際は相当上手くいってるパターンってことで……それなら、この先も生き続けてこの道にしがみつき続ければ、何かいいことがあるんじゃないだろうか)

 そんな風に、ほんのわずかながら希望を抱き始めたとき。
 不意に、落下感が襲ってきた。

 ◆

「よっ……と」

 さすがにもう何十度目ともなると慣れたもので、魔理沙は危なげなく着地する。
 だが、すぐに今回がいつもと違うことに気付いた。

「……魔法の森じゃないか、ここ」

 今までは何度移動しても神社に落っこちて、目をつり上げた霊夢に出迎えられてばかりだったのだが。

「帰って来たのか、もしかして」

 あり得ないことではない、と思える。
 もしもさっきの推測が正しければ、球の役目は果たされたことになるのだから。

(だとしたら、思ったよりはいい奴なのかもしれないな、こいつの製作者も)

 とりあえず球をポケットに突っ込み、立ち上がって周囲を見回す。
 すると、ここがよく見知った地点であることが分かった。

「アリス・マーガトロイド大先生のご自宅じゃないですか、ここは」

 ちょっとばかし皮肉っぽい口調で呟いてみる。
 瘴気漂う鬱蒼とした森の中に、場違いなほどカラフルでメルヘンチックな家が建っている。
 魔理沙にとっては異変解決のパートナーであり同じ道を志すライバルであり、喧嘩友達でもある魔法使いの少女、アリス・マーガトロイドが暮らす家だ。
 念のため見える範囲を観察してみるが、魔理沙のいた世界のアリスの家と、全く違わないように見える。

(まあ神社だって見かけは変わらなかったんだし、これが証拠にはならんだろうが)

 外見に関することで違っていたのは、最初の世界の霊夢の巫女装束ぐらいのものだ。本当に、あれはなんだったのだろう。
 ともあれ、ここに突っ立っていてもしょうがない。
 自分の家に行ってみるか、それともアリスと会って反応を窺ってみるか。
 どちらにしようか、と魔理沙が考え始めたとき、不意にアリスの家の扉が開いた。

「おっ」
「……魔理沙?」

 何か物憂げな顔で出てきたアリスは、魔理沙を見るなり非常に驚いた様子で目を見開いた。
 息をするのも忘れたかのように立ちつくす彼女の手から、いつも持っている本が滑り落ちる。
 その反応を見て、魔理沙の胸に落胆が広がった。

(やっぱりわたしが死んでる世界なのか、ここは)

 しかし、それにしては妙だぞ、と思いもした。
 いくら死んだ人間が目の前に現れたと言っても、ここは不可思議なことが日常的に起きている幻想の郷だ。
 たったそれぐらいのことで、ここまで驚くものだろうか。霊夢だって、割合すぐに次の行動に出たものだが。
 そんな風に魔理沙が訝っていると、

「……魔理沙」

 信じられないように呟いたアリスの目に涙が浮かび、呆然とした表情は見る見る内に泣き笑いに変わっていった。
 え、と思ったとき、アリスがこちらに向かって駆け出した。
 見る見るうちに近づくその泣き顔に浮かんでいるのは、見間違えようもなく歓喜の色で。

「魔理沙ぁっ!」
「うおぉっ!?」

 アリスがそのままの勢いで飛びついて来たので、魔理沙は咄嗟に箒を手放し慌てて彼女を受け止めた。

「お、おい、アリス……?」
「良かった……良かった、本当に……!」

 強く強く魔理沙を抱きしめ、アリスは泣きながら良かったと繰り返すばかり。
 何がどうなっているのかは、もちろん分からなかったが。

(どうやら、まだ終わってなかったらしいな……)

 そのことだけは考えるまでもなく分かってしまって、魔理沙はため息を吐きたくなった。

 <続く

(各話リンク 1/2/3/4/5/6

創想話版
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コメント

何故かあちらにコメントできないので・・・

ahoさんの小説をもう一度読み返そうと思ったら新作来てたー!!

パラレルワールドで魔理沙が自分の存在意義を確かめるって感じかな、読んでて凄く引き込まれました!!最初の世界のレイムが意味深げだったのが気になります・・・

評価はもちろん100点で!

続編も楽しみに待ってます!!

No title

>ひかりさん

読んで下さってありがとうございます!
100点確かに頂戴いたしました。
今後この作品の点数を見るときは心の中で+100しようと思いますw

では、次回もよろしくお願いします!

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