【東方SS】遊ぼうぜ、霊夢! (五)

東方創想話に投稿したSSの第五回目です。
(各話リンク 1/2/3/4/5/6
 

 
 荒れ狂う風に、絶え間なく窓が揺れ、軋む音が聞こえてくる。
 気がつくと闇の中に立っていた。魔法で灯りをつけると、そこがガラクタに占拠された狭苦しい家の中であることが分かった。

(帰ってきた)

 根拠はないがそう確信し、魔理沙はほっと息を吐く。
 先程までは朝日の中にいたのに今は夜の闇に包まれていた。そういえばこの世界を発ってからどのぐらいの時間が経過しているのだろう、と思って日付付きの時計を引っ張り出したら、今は出発したその日の夜らしかった。時間の感覚が狂いそうになるが、たくさんの平行世界を渡り歩いてきたことに比べれば些細な問題か、と苦笑する。

(出かけるときは小雨だったのに、今は大雨通り越して暴風雨になってるな)

 ちらりと窓の外を見て、ため息を吐く。
 今は調子が悪いからと言い訳してダラダラしていたら、更に状況が悪化する。よくあることと言えばよくあることだ。
 今までは。

「さて」

 魔理沙はポケットからあの珠を取り出し、穏やかに話しかける。

「なあ、出てきてくれないか」

 反応はない。

「頼むよ……もう限界なんだろ? 最後に、お礼ぐらい言わせてくれ」

 そう言いながら微笑みかけると、珠からゆっくりと青白い光が立ち上った。光は闇の中で少しずつ人の形を取り始める。
 そうしてそこに現れたのが予想通りの人物だったので、魔理沙は苦笑した。

「やっぱりあんただったか……霧雨魔理沙」
「おう。長旅お疲れさんだ、霧雨魔理沙」

 その人影……今よりも若干大人びた姿の霧雨魔理沙は、悪戯が成功した子供のようにニヤリと笑う。

「どれ、せっかくだから答え合わせと行こうか。私の正体がなんだか分かるか、魔理沙?」
「要は平行世界のわたしなんだろ……ええと、霧雨さん」

 なんだか相手が年上っぽいので、とりあえずそう呼びかける。
 霧雨は、満更でもなさそうな顔で頷いた。

「よろしい。だがまだ不足だな。具体的に、どんな平行世界の霧雨魔理沙だと思う?」
「……幻想郷が滅亡した世界の霧雨魔理沙、じゃないか?」

 パチュリーはこの珠を「せめて、あり得たかもしれない可能性を見てみたい」という強い想いを中核として形成されているマジックアイテムだ、と説明していた。
 世界の壁を飛び越えるほどの強い想いだ。普通に死んだり、挫折した程度の魔理沙のものだとは到底考えられない。
 案の定当たっていたようで、霧雨はどこか皮肉っぽい仕草で二、三度手を鳴らした。

「正解。ま、正確には霧雨魔理沙『達』と言うべきなんだろうがな」
「……つまり、複数の思念の集合体だってことか?」
「そんな感じだ。無数の、滅亡した幻想郷と運命を共にした霧雨魔理沙達の思念が寄り集まってこの珠が形成され、平行世界を移動する力を宿したってわけだな。我ながら素晴らしい未練がましさだと思わないか?」
「全くだな」

 魔理沙は苦笑する。
 未練がましさというものについては、自分は常人よりよほど強いものを持っている、と今回の旅で確信できた。
 そういう部分が非凡でも、あまり嬉しくないのだが。

「そんな嫌そうな顔するなって。諦めの悪さと言い換えれば立派な武器になるはずだぜ?」
「諦めなくても前に進めなきゃ意味ないけどな……そんなことより、あんた方の幻想郷は何で滅びたんだ?」
「まあ、過程はいろいろだな。外から来た物が原因だったこともあれば、大妖怪や神様同士の戦争で郷が吹っ飛んだこともある。龍神様のお怒りに触れて郷全体が水没したこともあった。細かい違いまで含めると種類が多すぎて一日じゃ説明しきれんぐらいだぜ」
「バリエーション多すぎだろ」

 幻想郷縁起などの資料を読んだとき、実はこの郷はかなり脆いんじゃないかと不安になったことがあったが、滅亡の原因となるものがそんなに存在するとは。

「これじゃ、今から対策を立てるのは無理そうだな」
「どの道私なんかが頑張って何とかなるもんじゃないさ。それに、今まで見てきた通り滅亡せずに存続してる世界も多いんだ。そういうのは紫辺りに任せとけよ」

 それはそれでなんだか不安なのだが、実際魔理沙などにどうこう出来る問題でないのも事実である。

「ま、お前はお前なりに出来ることをやれってことさ」
「……あんたが私を旅に付き合わせたのは、そういう心構えを教えるためだったのか?」
「……最初は偶然だったんだがな」

 珠となっていくつもの平行世界を旅してきた霧雨は、この世界にやって来たとき偶然魔理沙の家の近くに落ちて、魔理沙に拾われたのだという。

「そういうパターンは初めてだったんでな。お前さんも道に迷っていたようだったし、これも何かの天啓かと思って付き合ってもらうことにしたのさ」
「やっぱそんな感じか……ここまでしてくれる奴なんて自分ぐらいのもんだしな」
「アリスも場合によってはやってくれると思うぜ」
「ああ……アリスがそこまでしてくれるほどダメな奴にはなりたくないもんだな……」

 魔理沙は小さく身震いする。

「私からも、礼を言わせてくれ」

 霧雨が優しい声で言った。

「旅の終わりに、お前みたいな奴と出会えて良かった。死んだ奴も挫折した奴も、それなりに上手くいってる奴も結構見てきたが、ダメになりかけてたのにここまで立ち直った奴を見たのは初めてだった」
「いや、あんたらが旅に付き合わせてくれたからこそさ。多分、あのままだったらやっぱりダメになってたと思う」

 出発前の心境を思い出す。あのまま家に入って気だるさに任せてふて寝でもしていたら、あの挫折した魔理沙と同じ運命を辿っていた気がする。
 それを考えると、結局今の自分は他の世界の自分に比べて格別優れている訳ではないのだな、と思う。
 立ち直るのだって、きっとこれからだ。今は少しだけ気持ちが前向きになっているだけ。これからの日々をどう過ごすかで、良くも悪くも変わっていくのだろう。
 それこそ自分が、何かと迷ってばかりな凡人であることの証明なのだろうから。

「しかし、改めて考えると凄い話だよな。平行世界だなんて……まるで夢でも見てた気分だぜ」

 魔理沙がしみじみそう言うと、霧雨はそっと目を伏せた。

「そう。夢を見ていたかったんだ」

 悼むように、震える息を吐き出す。

「郷も霊夢も楽しい日々も、何もかも失って……それでも、そのまま消えるのは癪だった。何も取り戻せないのは分かってたが、せめて『もしかしたら』って夢に、しがみついていたかったんだ」
「……良い夢は見られたか?」
「今、見てる。ありがとうよ、魔理沙」

 穏やかな微笑を残して、霧雨の姿がふっとかき消える。
 手の中の珠がパキリと音を立ててひび割れた。
 夢の終わりが近づいているのだろう。

「……さて」

 一度珠をポケットに戻し、魔理沙は箒を片手に家の入り口に向かった。
 吹き荒れる風に押されて重くなっている扉を、苦労して押し開ける。途端に荒れ狂う雨風が襲いかかってきて、危うく飛ばされそうになった。

「ふいー……これはこれは」

 夜の闇と雨風の向こうに稲光が走るのを見つめて、魔理沙は苦笑する。
 どう考えても、出かけるのにちょうどいい天候ではないのだが。

(……会いたいなあ)

 神社の方向を見つめて、うっすらと微笑みを浮かべる。
 この凄まじい嵐に加え、今は深夜の時間帯だ。行かない理由は揃いすぎている。
 それでも会いたい。今すぐ会いたい。今すぐ会わなければダメだ。今すぐ会えなければイヤだ。
 だから行こうと思う。
 今の自分の手には、みっともないぐらいに頑張って勝ち取った、何物にも負けない武器があるのだから。

「行くぜ、霊夢!」

 気合を入れて箒に跨がり、魔理沙は迷うことなく飛び出した。

 ◆

 嵐の音を遠くに聞きながら黙々と編み物をしていたアリスは、ふと顔を上げて窓の外を見た。
 夜闇に渦巻く風雨の向こうに、何かきらりと光る物が見える。
 重力にも風にも負けずに上昇していく、小さな光。

「ああ、魔理沙だわ」

 根拠もなくそう確信し、呆れてため息を吐く。

「相変わらず馬鹿な奴ね。こんな嵐の夜に……怪我したって知らないわよ」

 一体何をやっているのだか。アリスにはさっぱり分からないが、本人にとっては何かしら意味のある行いなのだろう。明日辺りには馬鹿げた冒険譚を十倍ぐらいに盛って、得意げな顔で話しに来るかもしれない。
 紅茶でも片手に、遠慮なく馬鹿にしながら聞いてやろうと思う。

「……ホント、見てて飽きないわね」

 手を止めて微笑んだまま、アリスはずっとその光を見守り続けた。

 ◆

 外は予想していた以上の凄まじい嵐で、油断すると箒ごと吹き飛ばされてしまいそうだった。夜の闇と容赦なく打ち付ける風雨のせいで、視界もかなり悪い。天地の感覚を見失って地面に突っ込む恐れすらあった。
 それでも魔理沙は怯まずに、己の持てる力を全て振り絞って飛行に集中する。突風の壁の隙間を縫うようにして飛びながら、じりじりと前へ、前へ。
 そうして霧の湖の辺りまで来たとき、嵐の壁の向こうから、途切れ途切れに誰かの声が聞こえてきた。

「うひょーっ! やべーっ! あらしまじやべーっ!」
「きゃーっ! チルノちゃーん! すてきーっ!」

 底抜けにお馬鹿な氷の妖精と、いつでもどこでもそのそばにいる緑の髪の妖精が、木の葉のように翻弄されながら大笑いして飛んでいる。

「なんだ、ありゃ」
「この嵐でテンション上がっちゃったみたいですよ」

 耳元で声がした。振り向く余裕もなく横目で見ると、カメラを構えた射命丸文が飛んでいた。ずぶ濡れではあるが風に流される様子は微塵もない辺り、さすが天狗といったところか。

「こんばんは魔理沙さん、あなたもテンション上がっちゃったクチですか?」
「そういうお前はどうなんだよー!」
「私はご覧の通り取材中です」

 文はカメラをちょっと持ち上げて、愛想良く笑う。
 なにせこの嵐だから魔理沙はほとんど怒鳴っているのだが、文の方は普段と変わりない慇懃な口調だ。それでも声が届く辺り、一体どうやっているのか。
 こういう部分でも、妖怪というのは無駄に凄い。

「こんな夜は何かが起きそうな予感がしますからね。シャッターチャンスを逃す訳にはいかない、と気合入れてたんですが」
「文さーん!」

 と、大妖精の凄まじい絶叫が聞こえてきた。

「撮ってますかー!? ちゃんとチルノちゃん撮ってますかーっ!?」
「はいはーい、ばっちり撮ってますよーっと」

 文が二人の妖精にカメラを向けて、声に似合わず真剣な顔でシャッターを切る。
 何を撮っているのかと思ってよく見てみると、チルノは嵐に翻弄されながらも無数の氷を生み出し、野放図にばらまいていた。嵐の中で粉砕された氷の欠片は激しく渦を巻き、稲光を浴びて儚くも美しく輝く。

「『あたいとあらしの奇跡のコラボ! 今宵幻想郷に伝説が生まれる!』とか言ってましたよ」
「相変わらずバカだなー、あいつ!」
「でも言うだけあってなかなかきれいですよ、ほら」
「まあな!」

 笑って言ったら、雨が凄い勢いで口の中に飛び込んできた。
 見ていたい気もしたが、いつまでもここにいる訳にはいかない。

「じゃ、私はもう行くぜ! しかしお前も大変だな、文!」
「なあに、これもまた楽し、ですよ!」

 文は唇をつり上げながらカメラを構え、弾丸のように飛び出した。
 もっときれいに写せる場所を探しに行ったのだろう。
 写真が出来上がったら見せてもらおう、と思いながら、魔理沙はまた前進する。

 ◆

 紅魔館のテラスにテーブルを持ち出し、レミリアはワイングラス片手に優雅に嵐を眺めていた。
 本来であれば吹きさらしの場所だからそんなことをすればタダでは済まないが、今のテラスはパチュリーが張った結界に守られているので、雨粒一つ飛び込んでくることはない。

「ククク……結界の構築をカリスマたっぷりに命じた甲斐があったというものよ」
「はい、大変可愛らしゅうございましたわ」
「そうだろうそうだろう……あれ、なんか評価おかしくない?」

 首を傾げるレミリアに無言の微笑を返し、咲夜は結界の向こうの嵐を見つめる。
 確かに、たまにはこういうのも悪くない。レミリアは「万一結界が破れたらっていうこのドキドキ感がたまんないのよねー」と言っていたが、咲夜としては結界に守られながら嵐を間近に見ることによって、安堵出来る感覚が好きだった。
 外では嵐が吹き荒れていても、内は平穏無事に守られていつも通り整然としている。
 こういう環境を自分たちの手で勝ち取り、今なお保っていられるというのは誇らしいことである。
 もちろん、まだまだ理想には程遠いのだが。

「ところで、先程美鈴が『中に入ってもいいですか』と泣きながら尋ねて来たのですが」
「却下。『根性見せろ』って伝えて」
「はあ。よろしいのですか?」
「だってー、夕方ぐらいに雨強くなってきたから『中入ったら』って言ってやったら『はははこの程度の雨で紅魔館の門番が怯むことなどありませんよ!』とか自信満々に言ってたしー。従者のプライド踏みにじるのは主としてどうかと思いますしー?」
「つまり親切をはねつけられて癪に触ったということですね」
「そんな子供じゃありませんしー!」

 テーブルに伏せてふてくされたように頬を膨らませるレミリアに、咲夜は苦笑するしかない。

「……ま、別に美鈴が避難してきても怒ったりはしないけどね?」
「仕事中の居眠りさぼりはいつものことですものね」
「そういうこと」

 二人が微笑み合ったとき、吹き荒れる嵐の中を小さな光が横切った。
 何だろう、と咲夜が目を細めると、レミリアが楽しげに言う。

「おやおや。こんな嵐の中を飛んでいく馬鹿な奴がいるね」
「……もしかして、魔理沙ですか? こんな時にどこへ行くのでしょうか」
「さあね。余程楽しいことでもあるんだろうさ。嵐でテンション上がるなんてお子様よねー」

 馬鹿にするように言いながらも、レミリアはどこか羨ましそうに見える。

「お嬢様もお出かけされるのでしたら、お供いたしますが」
「ん? んー……」

 レミリアはちょっと迷う様子だったが、やがて鼻を鳴らして首を振った。

「やめとくわ。もう、そんな子供じゃないしね……」
「……失礼いたしました」

 静かに頭を下げる咲夜に、レミリアは何も言わない。
 二人は黙ったまま、遠ざかっていく小さな光を見つめ続けた。

 ◆

 レミリアに呼ばれてはいたのだが、嵐の中で読むのにふさわしいのはどんな本だろう、と悩んでいる内にずいぶん時間がかかってしまった。
 そうして選び抜いたこだわりの本を片手に館の廊下を歩いていたパチュリーは、角を曲がったところで足を止めた。
 少し先、紅魔館にある数少ない窓にしがみついて、食い入るように外を見上げている少女がいる。七色の宝石のような翼が目を引く、幼い吸血鬼。
 あどけない横顔には憂いの表情が浮かんでいたが、わずかながら何かを期待するような色も見え隠れしている。

「フラン」

 静かに声をかけたつもりだったが、フランドールはびくりと肩を震わせて振り返った。

「あ、パチュリー……」
「何を見ていたの?」

 声をかけながら隣に並び、同じように窓の外を見上げる。
 ずっと向こうの嵐の夜空を、小さな光が駆け上っていくのが見えた。

(……魔理沙ね)

 何となく、そう思う。常日頃から読書の邪魔をされまくっているせいか、ほとんど無根拠にそう確信できるのが我ながら嫌だった。

「……どこ行くのかなあ」
「さあ……少なくとも」

 ここでないことだけは確かね、という言葉を、寸でのところで飲み込む。
 本当は「こっち来てくれないかなあ」と言いたかったのだろう、というのが、フランドールの横顔を見たら分かってしまったからだ。
 そうして、かすかな期待を込めて二人が見つめる中、小さな光はゆっくりと視界の外に消えていった。
 フランドールがしょんぼりと肩を落とす。
 パチュリーは舌打ちをしそうになった。

(いつもは呼んでもいないのに来る癖に)

 頭が文句で埋まりそうになって、小さく首を振る。
 魔理沙に何か期待するだなんて、我ながらどうかしていると思う。
 これは自分の、自分たちがやるべきことだ。

「……私、今からレミィの所に行くのだけど」
「え?」
「フランも来る? 嵐を見ながら優雅にティータイムとか馬鹿なこと言って」
「いい。私行かない」

 パチュリーの言葉を途中で遮り、フランドールは背中を向けて駆け出す。

「待って」

 心中でため息を吐きながら、パチュリーはフランドールを呼び止めた。

「だから、行かないって」
「そうじゃなくて。もうすぐ、嵐に負けた情けない門番が逃げ帰って来ると思うから、タオルでも持って出迎えてあげたらいいんじゃないかしら?」

 フランドールは一瞬きょとんとしたが、やがて顔を輝かせて「うん!」と頷くと、打って変わって弾むような足取りで廊下を駆けていった。
 その背を見送り、もう一度窓の向こうを見上げかけて、止める。

「……自分達で何とかしないで、どうするの」

 言い聞かせるように呟き、来た道を戻り出す。
 気分が変わってしまったので、また本を選び直そうと思った。

 ◆

 さすがにこんな嵐の夜に出かけている馬鹿などほとんどおらず、文と別れてからは誰にも会うことがなかった。
 何度も押し戻されそうになりながら、そのたび気合を入れて暴風の中の抜け道を探し、魔理沙はとうとう夜空の向こうに神社の鳥居を見つけた。

(もうすぐだ……!)

 魔理沙が笑ったとき、ポケットの中からゆっくりとあの珠が浮き上がってきた。嵐のことなど知らぬげにたゆたいながら、少しずつひび割れが広がっていく。

「……ここまで付き合ってくれて、ありがとうな」

 静かに語りかける魔理沙の目の前で、珠はもうかすかにも光ることはなく、静かに砕け始めた。
 暴風に流され消えていくその欠片一つ一つに、渡り歩いてきた世界が見える気がした。
 魔理沙の墓の前で手を合わせながら、少しだけ元気になって微笑む霊夢がいる。
 決意も新たに歯を食いしばってやり直そうともがいているマリサがいる。それを黙って見守るアリスと、神社で静かに待ち続ける霊夢も見える。
 手をつないで歩いていくマリィとれーちゃんがいる。向かう先には紅魔館があって、苦笑したり警戒したり、微笑んだり笑ったり、あるいは無表情のままで彼女たちを出迎える。
 魔理沙が去った後も、それぞれの世界はそれぞれの時間を刻んでいた。あの愛おしい者たちは、今もなお自分達の道を懸命に歩き続けている。
 全ての世界が、たくさんの願いで満ちていた。その願いが、絶え間なく世界を変え続けていく。悪い方向にも、良い方向にも。
 最後にたどり着く場所がどこであったとしても、それは変わらない。きっと、滅んでしまった世界にも願いは満ちていたのだ。
 今なお続く、全ての世界と同じように。

「あんたたちの世界だってそうさ。きっと、悪い世界なんか一つもなかった。それを知りたかったんだろう?」

 最後に強い輝きを放ち、珠は粉々に砕け散った。
 無数の欠片が涙のように光り輝きながら、世界へと還っていく。
 今や一人になって嵐の中を飛びながら、魔理沙はいつしか笑みを浮かべていた。
 自分がこれから目指す場所は、一体どこにあるのだろう。そこは昔からよく知っている場所であり、全く知らない場所でもある。そこへ至るための道を、切り開いていく。
 世界と人生をより良くするため、より面白くするために、一体どうしたらいいだろう。あの場所をもっと素敵にするため、自分に何が出来るだろう。
 答えはいつも、遊びの中にあった。だからこれからも、楽しく遊ぶために努力する。弾幕の輪を広げ続けて、その場所に来る奴をもっとたくさん増やしてやる。
 もっとたくさん霊夢をうんざりさせて、もっともっと笑わせてやる。
 そしたらきっと、今よりずっと気分良く、霊夢の隣でお茶が飲めるだろう。
 果たしてこんなちっぽけな自分に、どこまでやれるのかは分からない。自分がやるべきことなのかも分からない。
 だけどやりたいと思う。やってやろうと思う。
 だって、それは霊夢の願いでもあるから。
 スペルカードルールは、弱い奴でも強い奴と、強い奴でも弱い奴と、一緒に楽しく遊べるようにと創り出されたルールだ。
 こんな弱くてみっともなくて、どうしようもないぐらい情けない奴とでも、一緒に遊びたいと言ってくれたのだから!

(そうだ、私はお前が好きなんだ! お前のそばにいたいんだ! たとえ世界の果てに捨てられたって、お前めがけて一直線に飛んでいくぞ!)

 声を上げて笑い、箒をぎゅっと握りしめ。

「霊夢うううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっっ!!」

 魔理沙は愛しい友の名前を叫びながら、締め切られた木戸を突き破って母屋の中に転がり込んだ。

 ◆

 ゴロゴロと転がって壁にぶつかり、「ぐえっ」と声を漏らす。
 木屑と埃が舞い、吹き込んできた雨風に叩き落とされる中、懐かしい声が「なに、なんなの、カチコミ!?」と叫ぶのが聞こえた。

「……霊夢!」

 勢い良く身を起こすと、目の前に霊夢が立っていた。
 目を丸くしてポカンと口を開け、魔理沙を見下ろしている。

「……魔理沙? あんた一体」
「霊夢!」

 魔理沙は跳ねるように立ち上がって飛びつくと、びしょ濡れになった手でべちゃべちゃと遠慮なく霊夢の顔を触りまくった。

「ははは、霊夢だ、霊夢だ! 霊夢だ、ははは!」
「ちょ、ぶっ……冷たっ、気持ち悪っ、魔理沙、ちょっ、やめて、やめてって、やめ……やめろっつってんだろうが!」

 マジ切れした霊夢に思いっきりブン殴られる。魔理沙は悲鳴を上げてその場にうずくまった。
 涙目で見上げると、霊夢は拳を震わせながら怒鳴りつけてきた。

「一体何なのよ、何のつもりなのよ!?」
「あー、いや、悪い、テンション上がっちまって……って霊夢、雨、雨! なんかで穴塞がないと!」
「あんたがやったんでしょうが!?」

 いつものようにぎゃーぎゃーと喚き合いながら、ばたばた走り回って木戸の応急修理をする。
 なんとか雨風が入ってこない程度に穴を塞いだ頃には、二人とも無駄に疲れてぜいぜい言いながら卓に突っ伏していた。

「……なんなのよ一体……」
「……だから悪かったって……あー……」

 今までの疲労のせいか、それとも神社に来たためか、やたらと喉が乾いていた。

「霊夢、お茶くれ、お茶」
「……どんだけ図々しいの、あんたは」

 霊夢が唇をひくひくさせる。

「えー……ダメか?」
「……まあ、いいけどね。客にお茶も出さないってのもなんだし」
「よっしゃ! さすが霊夢! 最高!」
「調子良いんだから」

 苦笑混じりにぶつぶつ言いながらも、霊夢はちゃんと盆に載せてお茶を持ってきてくれる。
 そうして二人、隣に座って熱いお茶を飲みながら、嵐の音にじっと耳を傾ける。

「はー……」
「なによ」
「いや。この一杯のために生きてるなーと思ってさ」
「さっきから大袈裟ねえ……ま、私が淹れたお茶なんだから美味しいのは当たり前だけど」
「いや、まったくだ。さすが霊夢、世界一!」
「……あんたさっきから微妙にノリが気持ち悪いんだけど」

 気味悪そうに言ったあと、「で?」と霊夢は少し真面目な顔をした。

「いくらお馬鹿なあんたでも、こんな夜中に人の家の戸を突き破って入ってくるぐらいだもの。よっぽど大事な用事なんでしょうね?」
「お? おーおー、そうそう、実はそうなんだよ」

 お茶を飲み干し、再度息を吐いたあと、魔理沙はきりっとした顔で正座し、真っ向から霊夢に向き直った。

「じゃあ、言うからな。良く聞いてくれ」
「……え、ええ」

 さすがに霊夢も居住まいを正し、緊張の面持ちで魔理沙の言葉を待つ。
 魔理沙は満面の笑みと共に手を差し出し、元気良く言った。

「遊ぼうぜ、霊夢!」

 霊夢は数秒ほど返事をしなかった。
 やがてカクッと首を傾け、

「は?」
「ん? どうしたんだ?」
「いや……ごめん、よく聞こえなかったんだけど。なに、って?」
「だから、遊ぼうぜって」
「……え、待って、ちょっと待って」

 霊夢は混乱した様子で額に手を当てる。

「……あんた、今遊ぼうって言った?」
「おう」
「こんな夜中に?」
「そうだぜ」
「人の家をぶっ壊して?」
「ごめんな!」
「……遊ぼうって?」
「そうだぜ」
「アホかっ!」

 霊夢は卓上の盆をつかんで、思いっきり魔理沙の頭を叩いた。

「いてぇっ!? 何すんだよ!」
「こっちの台詞よ! なんなのあんた、こんな嵐の夜に一体どんな用事だと思ったら、言うに事欠いて遊ぼうって!? せめて明日にしようとかその程度の気遣いは出来ないの!?」
「だって今すぐ霊夢と遊びたかったんだもん!」
「子供かっ!」

 再び盆で叩かれる。怒りのあまり霊力まで込められているようで、やたらと痛い。

「うう……ご、ごめんってば……」
「今さら謝られてもね」
「今さらじゃなくて今からだぜ!」
「なに訳の分かんないこと言ってんのよ。全く、私がまだ起きてたから良かったようなものの」
「……あれ、そういえば」

 魔理沙はふと気がついて、霊夢の姿をしげしげと眺める。
 よく見たら、巫女装束を着ていた。いつもならこの時間はもう寝ているはずだから、寝間着でないとおかしいのだが。

「お前もどっか出かける用事でもあったのか?」
「え? いや、別にそういうわけじゃないけど」
「じゃあなんで巫女服着てんだ?」
「それは、だからー、その……」

 霊夢はちょっと頬を染めて目をそらし、もじもじしだした。

「なんか、予感がしたっていうか。ほら、こう……来るかなー、とか、来ないかなー、とか……」
「……うん?」
「……別に何だっていいでしょ!?」

 霊夢が更に顔を赤くして誤魔化すように怒鳴ったので、魔理沙は慌てて頭を庇った。

「わぁっ、ま、まだ怒ってるのか? いや、ごめん、ホント悪かったって」
「はぁ……まあ、それはもういいわよ。あんたが滅茶苦茶なのはいつものことだし」
「許してくれるのか! やったあ!」
「喜ぶなっ! ったく……」

 ぼやきながら頭を掻く霊夢に、魔理沙はおそるおそる聞く。

「そんで……どうだ、今から遊んでくれるか?」
「何でそんなに遊びたいのよ」
「お前と遊びたいからだぜ」
「理由になってないし……ま、いいけどね」

 霊夢は苦笑しながら立ち上がった。

「仕方ないから遊んであげるわよ。こんな時間にあんたに付き合うのなんて、私ぐらいのもんだしね」
「マジか! イヤッホゥ!」

 魔理沙は飛び上がって喜ぶ。

「で、何して遊ぶ? けん玉か? 独楽か? おはじきか?」
「何子供みたいなこと言ってんの」

 霊夢は呆れたように言いつつ、袂を探って数枚の札を取り出す。
 博麗の印が刻まれた、スペルカード。

「今の私たちの遊びって言ったら、これでしょ」
「……へへっ。そうだな」

 ニヤリと笑う霊夢に同じように笑い返し、魔理沙もまたスペルカードを取り出す。

「よーし。じゃ、せっかくだから夜通しやりましょうか」
「おう。風に飛ばされんなよ?」
「こっちの台詞だっての。それじゃあ一つ」
「やってやろうぜ!」

 直したばかりの木戸を力一杯開け放つと、荒れ狂う暴風雨が容赦なく襲いかかってくる。
 二人は顔を見合わせて笑い、歓声を上げながら嵐吹き荒れる夜空に飛び出していった。

 <終>

後日談

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