【東方SS】来るべき幻想の終わり
東方掌編SSです。
当ブログのみの掲載となります。
『来るべき幻想の終わり』
「これほどの大物が幻想入りするのは、ゆうに千年ぶりのことでありましょう」
八雲紫がそのような声明を発表したこともあって、その夜の幻想郷は稀に見る熱気に包まれていた。
その幻想達が降り立つと予期された小高い丘には、たくさんの人間、妖怪、神々がひしめいている。
『ようこそ幻想郷』などと書かれたたくさんの幟が夜風になびき、便乗商品を売り出す屋台の明かりは昼間のように周囲を照らし出していた。
「全く、この郷の住人ときたら、何でもかんでもお祭り騒ぎにしちゃうんだから。風情ってものがまるでないわ」
「別にいいじゃないか。私は好きだぜ、こういうごちゃごちゃした雰囲気。いかにも幻想郷って感じだしな」
川のようにうねる人々を見下ろしながらのんびりと飛んでいるのは、二人の魔女だ。
霧雨魔理沙とアリス・マーガトロイド。およそ二千年ほど前から幻想郷に住み着いている、今や古株となった少女達である。
「ところであんた、さっきから何をやってるの?」
箒の上に胡座をかいた魔理沙が気難しい顔で弄くり回している物を見て、アリスは眉をひそめる。
「何って、見りゃ分かるだろ。ラジオだよ、ラジオ。調整してんだけど、なかなかつかなくてさ」
「それは分かるけど、何でラジオ? しかも物凄く古い型じゃないの」
「だからこそいいんだよ。こいつには幻想の力がたっぷり詰まってるんだ。きっと外の通信波も拾って、音声に変換してくれるはずだぜ」
魔理沙は悪戯小僧のような顔で笑う。
「せっかくだし、例の連中が降り立つ瞬間に外で何が起きてるのか、同時に知りたいと思ってさ。とびきり古い奴を引っ張り出してきたんだよ」
「相変わらずしょうもないこと考えるわね」
呆れながら、アリスは行く先の丘をじっと眺める。
降り立つ幻想達を出迎えるために、丘の頂上は結界によって円形に区切られていた。その外縁に集まった住人達は、思い思いにさざめきながら、その瞬間を今か今かと待ち望んでいる。
「……まだあんな大物が外に残っていたなんて、思わなかったわね」
「んー……まあ、そうだな。大妖怪やら神様やらはあらかた消えるか、郷に入って来ちまった訳だし」
相変わらずラジオを弄くりながら、魔理沙はため息を吐く。
「考えてみりゃ凄い話だよ。創造神やら破壊神やら絶対神やら、こんな狭い郷にぎゅうぎゅう詰めになってさ」
「この間のラグナロク異変って何回目だったかしら?」
「確か、百四十回目ぐらいだったかな。オーディンの爺さんまたフェンリルに喰われてたけど、あれって絶対必要な儀式かなんかなのか?」
「普段は思慮深くて知的なお爺さまなのにね……何かと首吊りたがるのが玉にきずだけど」
「『首を吊ってるときが一番落ち着いて考え事に集中できるんだ』とか微笑んで言われたときはどう返していいか分かんなかったもんな」
「返答に困るといえば、シヴァ神の持ちネタ」
「あー、『そろそろ世界滅ぼしちゃおっかなー』ってチラチラ見てくるアレな。最初は皆ビビッてたけど最近じゃスルー気味だよな」
「でもアステカとかあの辺の破壊神が『いいねえ一緒にやろうぜ!』とか言い出すと凄い鬱陶しそうな顔するのよね」
「なんかノリが違うらしいからな。何にせよ迷惑な話だぜ」
「迷惑といえばゼウス」
「やめろ思い出したくもない」
魔理沙は顔をしかめて手を振る。
そうした神々が幻想郷に入ってきたのは、もう千年以上も前のことだ。それも、ある時期を境に一斉に流入してきたもので、当時は郷全体が大混乱に陥った。
その頃に外の世界で何があったのか、詳しいことは誰も知らない。紫なら知っているのだろうが、教えてくれないのだ。
もしかしたら神や霊魂の不在が科学的に証明されてしまったのかもしれない、とアリスは考えている。
神々は当初こそ荒れ狂ったが、郷での振る舞い方を自分なりに学ぶにつれて少しずつ馴染んでいった。今では自分の神話や逸話になぞらえた異変を起こしては、弾幕ごっこで巫女に叩きのめされるのが一種の恒例行事と化している。
「そうそう、弾幕と言えば見るだけで妊娠しそうと評判のゼウス」
「やめろ思い出したくもない」
魔理沙がまた顔をしかめるのを見て、アリスは小さく笑う。
そして、眼下の丘を見下ろしてふっと目を細めた。
「……今度の幻想達も、郷に馴染んでくれるかしら」
「さあなあ。そもそも意志疎通出来るかどうかからして謎だからな。でもま、何とかなるだろ」
ラジオを弄くるのに夢中な魔理沙は、また適当な返事を寄越す。
アリスは呆れつつも、実際そんなものだろうな、と思う。
新たに流れ着いた異物を受け入れるのにセオリーもパターンもない。それぞれに合わせたやり方をそのときそのときで考えながら受け入れていく、というのが幻想郷の流儀なのだ。
「彼らは、外に残された最後の幻想なのかしら?」
「最後ってことはないだろ。人間ってのは未知の領域を求めずにはいられない生き物だからな。人間がいる限り、幻想も尽きることはない。今日来る連中が幻想入りして外からいなくなったとしても、またどこかしらに未知の領域を見出して、そこに当てはめるための新たな幻想を創り出すさ。だけど」
魔理沙は少し寂しそうに微笑む。
「だけど、その領域に住まう者として、妖怪やら神様やらが当てはめられることはもうない。だから、外の世界に私達の居場所はもう存在しないけどな」
「……そうね。その通りだわ」
アリスが頷いたとき、魔理沙の抱えるラジオから、途切れ途切れに雑音が漏れ聞こえ始めた。
「お、ついたついた! この寝坊助め、やっと目を覚ましやがったな」
「魔理沙、見て!」
アリスの指さす先、幻想郷の夜空から、何か巨大な物が溶け出すように現れ始めた。
二人と眼下の群衆が息を潜めて見守る中、それらは少しずつはっきりとした形を持ち始める。
円盤型、葉巻型、皿型、半球型、あるいはアダムスキー型。
『ご覧下さい皆様、これこそまさに未知との遭遇、人類が夢見た瞬間です!』
かつて、未確認飛行物体と呼ばれたそれらの乗り物から、グレイやプレアデス星人、フラットウッズ・モンスターなどが次々に降りてくる。
『我ら地球人の代表と、本物の宇宙人……銀河連邦の代表が、今まさに手を取り合いました!』
かつて宇宙人として思い描かれていた幻想達がじっと立ち尽くす中、魔女が抱えるラジオから、新時代を祝福する声が高らかに響き渡った。
<終>
当ブログのみの掲載となります。
『来るべき幻想の終わり』
「これほどの大物が幻想入りするのは、ゆうに千年ぶりのことでありましょう」
八雲紫がそのような声明を発表したこともあって、その夜の幻想郷は稀に見る熱気に包まれていた。
その幻想達が降り立つと予期された小高い丘には、たくさんの人間、妖怪、神々がひしめいている。
『ようこそ幻想郷』などと書かれたたくさんの幟が夜風になびき、便乗商品を売り出す屋台の明かりは昼間のように周囲を照らし出していた。
「全く、この郷の住人ときたら、何でもかんでもお祭り騒ぎにしちゃうんだから。風情ってものがまるでないわ」
「別にいいじゃないか。私は好きだぜ、こういうごちゃごちゃした雰囲気。いかにも幻想郷って感じだしな」
川のようにうねる人々を見下ろしながらのんびりと飛んでいるのは、二人の魔女だ。
霧雨魔理沙とアリス・マーガトロイド。およそ二千年ほど前から幻想郷に住み着いている、今や古株となった少女達である。
「ところであんた、さっきから何をやってるの?」
箒の上に胡座をかいた魔理沙が気難しい顔で弄くり回している物を見て、アリスは眉をひそめる。
「何って、見りゃ分かるだろ。ラジオだよ、ラジオ。調整してんだけど、なかなかつかなくてさ」
「それは分かるけど、何でラジオ? しかも物凄く古い型じゃないの」
「だからこそいいんだよ。こいつには幻想の力がたっぷり詰まってるんだ。きっと外の通信波も拾って、音声に変換してくれるはずだぜ」
魔理沙は悪戯小僧のような顔で笑う。
「せっかくだし、例の連中が降り立つ瞬間に外で何が起きてるのか、同時に知りたいと思ってさ。とびきり古い奴を引っ張り出してきたんだよ」
「相変わらずしょうもないこと考えるわね」
呆れながら、アリスは行く先の丘をじっと眺める。
降り立つ幻想達を出迎えるために、丘の頂上は結界によって円形に区切られていた。その外縁に集まった住人達は、思い思いにさざめきながら、その瞬間を今か今かと待ち望んでいる。
「……まだあんな大物が外に残っていたなんて、思わなかったわね」
「んー……まあ、そうだな。大妖怪やら神様やらはあらかた消えるか、郷に入って来ちまった訳だし」
相変わらずラジオを弄くりながら、魔理沙はため息を吐く。
「考えてみりゃ凄い話だよ。創造神やら破壊神やら絶対神やら、こんな狭い郷にぎゅうぎゅう詰めになってさ」
「この間のラグナロク異変って何回目だったかしら?」
「確か、百四十回目ぐらいだったかな。オーディンの爺さんまたフェンリルに喰われてたけど、あれって絶対必要な儀式かなんかなのか?」
「普段は思慮深くて知的なお爺さまなのにね……何かと首吊りたがるのが玉にきずだけど」
「『首を吊ってるときが一番落ち着いて考え事に集中できるんだ』とか微笑んで言われたときはどう返していいか分かんなかったもんな」
「返答に困るといえば、シヴァ神の持ちネタ」
「あー、『そろそろ世界滅ぼしちゃおっかなー』ってチラチラ見てくるアレな。最初は皆ビビッてたけど最近じゃスルー気味だよな」
「でもアステカとかあの辺の破壊神が『いいねえ一緒にやろうぜ!』とか言い出すと凄い鬱陶しそうな顔するのよね」
「なんかノリが違うらしいからな。何にせよ迷惑な話だぜ」
「迷惑といえばゼウス」
「やめろ思い出したくもない」
魔理沙は顔をしかめて手を振る。
そうした神々が幻想郷に入ってきたのは、もう千年以上も前のことだ。それも、ある時期を境に一斉に流入してきたもので、当時は郷全体が大混乱に陥った。
その頃に外の世界で何があったのか、詳しいことは誰も知らない。紫なら知っているのだろうが、教えてくれないのだ。
もしかしたら神や霊魂の不在が科学的に証明されてしまったのかもしれない、とアリスは考えている。
神々は当初こそ荒れ狂ったが、郷での振る舞い方を自分なりに学ぶにつれて少しずつ馴染んでいった。今では自分の神話や逸話になぞらえた異変を起こしては、弾幕ごっこで巫女に叩きのめされるのが一種の恒例行事と化している。
「そうそう、弾幕と言えば見るだけで妊娠しそうと評判のゼウス」
「やめろ思い出したくもない」
魔理沙がまた顔をしかめるのを見て、アリスは小さく笑う。
そして、眼下の丘を見下ろしてふっと目を細めた。
「……今度の幻想達も、郷に馴染んでくれるかしら」
「さあなあ。そもそも意志疎通出来るかどうかからして謎だからな。でもま、何とかなるだろ」
ラジオを弄くるのに夢中な魔理沙は、また適当な返事を寄越す。
アリスは呆れつつも、実際そんなものだろうな、と思う。
新たに流れ着いた異物を受け入れるのにセオリーもパターンもない。それぞれに合わせたやり方をそのときそのときで考えながら受け入れていく、というのが幻想郷の流儀なのだ。
「彼らは、外に残された最後の幻想なのかしら?」
「最後ってことはないだろ。人間ってのは未知の領域を求めずにはいられない生き物だからな。人間がいる限り、幻想も尽きることはない。今日来る連中が幻想入りして外からいなくなったとしても、またどこかしらに未知の領域を見出して、そこに当てはめるための新たな幻想を創り出すさ。だけど」
魔理沙は少し寂しそうに微笑む。
「だけど、その領域に住まう者として、妖怪やら神様やらが当てはめられることはもうない。だから、外の世界に私達の居場所はもう存在しないけどな」
「……そうね。その通りだわ」
アリスが頷いたとき、魔理沙の抱えるラジオから、途切れ途切れに雑音が漏れ聞こえ始めた。
「お、ついたついた! この寝坊助め、やっと目を覚ましやがったな」
「魔理沙、見て!」
アリスの指さす先、幻想郷の夜空から、何か巨大な物が溶け出すように現れ始めた。
二人と眼下の群衆が息を潜めて見守る中、それらは少しずつはっきりとした形を持ち始める。
円盤型、葉巻型、皿型、半球型、あるいはアダムスキー型。
『ご覧下さい皆様、これこそまさに未知との遭遇、人類が夢見た瞬間です!』
かつて、未確認飛行物体と呼ばれたそれらの乗り物から、グレイやプレアデス星人、フラットウッズ・モンスターなどが次々に降りてくる。
『我ら地球人の代表と、本物の宇宙人……銀河連邦の代表が、今まさに手を取り合いました!』
かつて宇宙人として思い描かれていた幻想達がじっと立ち尽くす中、魔女が抱えるラジオから、新時代を祝福する声が高らかに響き渡った。
<終>
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コメント
ahoさんのssってすごい頭にすんなり入ってくる感じでスラスラ読めちゃいます。そして面白い!
ありがとうございました
ありがとうございました
No title
あー、たまーにねahoさんのSSを読みたくなるんですよ。
仕事中とか、ふと手すきになった瞬間に色鮮やかに思い出されるんですよ。あなたの作品はね。
そうして読みに来るんですよ。
そうすると、訳も無く、切なくて苦しくて悲しくてやるせなくて、そして暖かくて楽しい気分になれるんですね。
そうして、よし。明日も頑張ろう。って。
またahoさんの新作が読める日がいつか来る事を願って。
仕事中とか、ふと手すきになった瞬間に色鮮やかに思い出されるんですよ。あなたの作品はね。
そうして読みに来るんですよ。
そうすると、訳も無く、切なくて苦しくて悲しくてやるせなくて、そして暖かくて楽しい気分になれるんですね。
そうして、よし。明日も頑張ろう。って。
またahoさんの新作が読める日がいつか来る事を願って。