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【東方SS】お元気ですか?

2008/9/21に東方創想話に投稿した東方SSです。
 


『お元気ですか?』



 ――拝啓、我ら魔界人の創造主にして偉大なる魔界の神、神綺様。
 風薫る初夏の候、いかがお過ごしでしょうか。私、アリス・マーガトロイドは

 ここまで書いたところで、アリスは便箋をグシャグシャと丸めて後ろに放り捨てた。すぐにフヨフヨと飛んできた一体の人形が、紙屑を両手でつかんでゴミ箱に持っていく。

(なんか違うんだよなあ。もっと、こう)

 ペンを持った右手でこめかみを押さえて黙考すること十数秒、アリスはおもむろに次の便箋を取り出し、顔をしかめながら文を綴り始める。

 ――前略、永遠なる魔界の神にして遍く世界に比類することなき神綺様

 便箋が再び紙屑に化ける。後ろに放り投げると、人形がまたゴミ箱へ捨てに行く。

(だから違うのよね。もっとこう、簡素でありながら文学的かつ詩的に魔界神を称える表現はないものかしら。あんまりゴテゴテしすぎると、いかにも一生懸命難しい言葉使いましたって感じで物凄く格好悪いし)

 そこでふと、ならば逆の発想はどうか、とアリスは考えた。次の便箋を取り出し、ペン先を近づける。

(出来る限り、そう、極限まで簡素に……)

 ――おかあさんへ

 便箋がビリビリと引き裂かれて紙吹雪になった。人形があたふたと飛び回り、懸命に紙切れを回収しようとする。そのそばで、アリスは両腕の間に顔を埋め、机に突っ伏していた。火が出そうなほど、顔が熱い。

(何が『おかあさんへ』よ! あんた馬鹿じゃないの何歳の子供のつもりなのよ、ああ全く恥ずかしい。逆の発想って、逆すぎるわよこれは! この歳で『おかあさんへ』とか!こんなもん誰かに見られた日には、恥ずかしくて死ねるっての!)

 あまりの恥ずかしさに目尻から溢れ出した涙を拭い、頭を上げる。床に散乱した紙片を必死に集めている人形を見つめていると、自然とため息が出た。
 魔法の森にあるマーガトロイド邸の二階、寝室兼書斎にて、アリスはかれこれ二時間ほどもペンを握って机に向かっていた。昼食後から始めたというのに、今やもうすぐ午後のティータイムといった時間である。今頃紅魔館では、吸血鬼のお嬢様が「ふふ、今日もいい香り。アールグレイね」「いえダージリンですお嬢様」だのと優雅にやっているに違いない。だと言うのに自分ときたら。

(なにやってんだろ、もう)

 魔法の森に居を構える人形遣い、アリス・マーガトロイドともあろう者が、たかが手紙一通書くのに便箋を30枚も使ってしまった。しかもそれでいて、3行以上書けたものは一枚もない。

(お母さん……じゃない、神綺様が引き止めるのも聞かずに魔界から幻想郷に移ってきて、早数年。わたしがもう昔みたいな子供じゃなくて、一人の立派な魔法使いなんだってこと、ちゃんと分かってもらわなくちゃいけないのに)

 アリスはちらりと、部屋の隅のベッドに目をやる。その下の一番奥に隠してある大きな箱には、これまで魔界から届いた手紙が大量に収められている。差出人は全て同じ。魔界人であるアリスの創造主にして、魔界という世界全体の神でもある、神綺だ。
 魔界の神から届いた手紙、と聞けば、多くの人は大仰で堅苦しい内容を想像するだろう。

(でも、違うんだなあ)

 アリスは一人苦々しく顔を歪めながら、机の隅に置いてある紙を手に取った。それはつい先日、ある荷物と一緒に送られてきた神綺からの手紙である。その内容はというと、

 ――大好きなアリスちゃんへ。お母さんです。元気にしてますか? 風邪など引いていませんか? アリスちゃんは風邪引きさんだから、夜はちゃんと暖かくして眠るのですよ。歯を磨くのも忘れずに。
 そうそう、アリスちゃんはお人形さんみたいに可愛いから、変な人に狙われないか、お母さんとっても心配です。知らない人が訪ねてきても、簡単にドアを開けてはいけませんよ――

 終始こんな調子で十枚ほど。読み返すと顔の引きつり具合が酷くなるのが、自分でも分かる。
 こういった手紙が届くのは、もちろん今回が初めてではない。それどころかほぼ毎週である。手紙には何かしらの贈り物がくっついてくるときもあって、酷いときには両腕で抱えるサイズの木箱に、甘ったるいお菓子類が満載されていた。
 幻想郷での住所を教えなければ良かったと、今になって半分真剣に後悔している。

(わたしは10歳前後の子供じゃないってのに)

 今も魔界で神をやっているであろう母の、威厳の欠片もない能天気な笑顔を思い出して、アリスは深くため息を吐く。

(そりゃ、お母さん……じゃない、神綺様は魔界を創った張本人で、わたしの何千、何万倍も生きてるんだろうから、わたしが十歳だろうが二十歳だろうが大して違いを感じないのかもしれないけど)

 だからと言って、いつまでも「アリスちゃん、アリスちゃん」と幼児のころと同じように呼びかけられては、自分が客観的に見て全く成長していないのではないか、と不安になってくる。人形遣いとしての目標である、「完全に自律した人形製作」が思うように進展しない現状、不安はなおさら膨らむ。

(その上手紙一通満足に書けないし。ああダメだ、ダメダメだ)

 机に頬をくっつけて、またもため息を吐く。最近殊にため息が多くなったような気がする。
 そのときふと、窓の向こうの空に、黒い小さな点が生じたのに気がついた。

(あれ、ひょっとして)

 窓のそばに歩み寄り、じっと目を凝らす。そうこうしている内に、黒い点はどんどん大きくなり、箒に跨った人の形を取り始めた。

(うわぁ、やっぱり魔理沙だ)

 凄い速度で空を飛びながらこちらに近づいてくるのが、見知った友人であることを確認し、アリスは顔をしかめる。
 霧雨魔理沙。アリスと同じく魔法の森に住んでいる、人間の魔法使いである。口癖は「派手でなければ魔法じゃない、弾幕は火力だぜ」で、技巧派の人形遣いであるアリスとは、タイプが正反対の少女だ。
 そういった信条の違いや、アリスが魔界にいたころのちょっとした諍いのせいもあって、幻想郷に出てきた当初は「犬猿の仲」と評されるほど、互いに毛嫌いしあっていた。
 だが、ある異変の際の弾幕勝負をきっかけとして少しずつ会話するようになり、最近では共に異変解決に乗り出したり、紅茶を片手に魔法に関する雑談や議論を交わしたりと、そこそこ良好と言える関係を築けている。

(だからって、いつ来ても大歓迎! ってほど、仲良しではないのよね)

 アリスは慌てて机の上を片付ける。便せんも母からの手紙も、まとめて引出しの中へ。こんなものを魔理沙に見られた日には、一か月ほどからかわれるのは間違いない。
 ついでバタバタと階段を駆け下り、速やかに一階へ向かう。手すりに手をかけた時点で、家の外から無駄に大きな声が聞こえてきていた。

「おーいアリスー、いないのかー? いないなら勝手に入るぜー?」
(入るな!)

 心の中で突っ込みを入れながら、アリスは階段を駆け下り、入口の扉へ向かう。開いた先には魔理沙が立っていて、手に持ったミニ八卦炉をこちらに向けていた。ニカリと、実に嬉しそうに笑う。

「よう、起きてたか。呼んでも返事がないから、寝てるんじゃないかと思ったぜ」
「あんたは人を起こすのに家の一階部分を吹き飛ばすのかしら?」
「いい目覚ましだろ。わたしの魔法は派手だからな」

 魔理沙は悪びれずに言う。アリスは額を手で押さえて首を振った。この悪友ときたら、いつでもこの調子である。下手をしたら本気で一階部分を吹き飛ばされかねないので、気が抜けない。

「どーしたアリス、頭悪いのか?」
「痛いのか、でしょ?」
「大して変わりないだろ。どうでもいいからさっさと入れてくれよ。立ちっぱなしは疲れるぜ」
「相変わらず態度でかいわね」
「大きいことはいいことだ」
「わたしの方が背は高いけど?」
「そういう場合は人間としての器の大きさで比べるべきだな」
「それならわたしの圧勝じゃない」
「やっぱり頭が悪いらしい」

 いつも通り軽い皮肉の応酬を交わしつつ、二人は連れだって家の中に入る。こういったやり取りもすでに慣れたものだ。魔理沙は全く遠慮せず、客間中央の椅子にどっかりと腰をおろし、目の前のテーブルに頬杖をつく。それから大げさに嘆息した。

「ああなんてことだろう、この店は客に茶の一杯も出さないらしい」
「文句言うの早すぎだってば。ついでに店じゃないし」

 テーブルを挟んで魔理沙の向かい側に座りながら、アリスは人形を操って紅茶の準備をさせる。家事などは訓練も兼ねて人形にやらせるのが彼女のスタイルである。

「おっと、今日のアリスはいつもより気が利いてるな」
「え? なにが」

 言いかけて、「しまった」と思った。笑顔の魔理沙が、テーブルの上に乗っていた大きな缶の蓋を開けている。

「用意がいいじゃないか、茶菓子のクッキー用意してるなんてさ。どれ、早速一枚もらおうか」

 こちらに許可を取る気配すら見せず、魔理沙は缶の中に手を突っ込む。中から取り出した一枚のクッキーを頬張り、ちょっと眉をひそめる。

「こりゃ、いつものとはだいぶ違った味だな。ちょいと甘すぎるぜ。なんだ、失敗作か?」
「別に、どうだっていいでしょ」

 内心焦りつつも表面上は素っ気なく言うアリスを尻目に、魔理沙は次々とクッキーを口の中に放り込んでいく。

「こりゃ本当に甘いな。砂糖使いすぎだろ。こんなの食ってたらあっという間におデブちゃんだぜ」
「文句言う割にはずいぶんとおいしそうに召し上がりますこと」
「おう、この甘さも慣れればなかなかクセになるぜ」
「慣れるの早すぎでしょ」
「微妙に懐かしい味なんだよな」
「え?」
「あー、いや、なんでもない」

 魔理沙が誤魔化すように笑う。
 ティーセットを持って飛んできた人形がカップに紅茶を注いで差し出す頃には、魔理沙の口の周りは食べかすだらけになっていた。

「いやー、甘すぎるけどうまいなこれは。失敗作にしとくには勿体ないぜ」

 満足げな笑顔でティーカップに手を伸ばす魔理沙を見て、アリスはどうしたものかと逡巡する。
 先ほどから失敗作と連呼されているこのクッキー、実はアリスが焼いたものではない。一抱えほどもある大きな缶一杯に詰まっていたそれは、今回の手紙と一緒に神綺が送ってきたものだった。

 ――アリスちゃんが大好きだったクッキーを久しぶりに焼いたので、手紙と一緒に送ります。味が落ちていなければいいのだけど。

 そんな一文が添えられていたクッキーの味は、神綺の心配に反して恐ろしいほどに昔と同じだった。要するに、小さな子供好みの甘さだったのである。

(昔は神綺様がこれ作ってくれるの、楽しみにしてたっけ。『おかあさん、クッキー食べたい! おかあさんのじゃなきゃイヤ!』なんて言って。夢子さんが呆れてた理由、今なら分かるわ。ホント甘すぎ)

 送られてきたクッキーを一枚食べて、アリスは顔をしかめたものである。とても食べられたものではないが、だからと言って食べずに捨てるのは忍びない。どうしたものか、と迷いに迷って、リビングのテーブルの上に放置していたのをすっかり忘れていた。

(まさか、この甘すぎるクッキーが魔理沙のお気に召すとは思わなかったけど)

 目の前で紅茶を啜りつつ、幸せそうにクッキーを頬張っている魔理沙に、アリスは驚きを隠せない。同時に、神綺の焼いたクッキーが悪友の口の中に次々と吸い込まれていくのを見て、少し焦る。自分ではどうにもできなくて困っていたくせに、このまま全部食べられてしまうのはなにか嫌な気がした。
 だから、魔理沙の手を止めるべく、話題もないのに口を開く。

「あんたもさ」
「あん?」
「よく分かんないわね」
「なにが?」
「いや、えーと。ほら、和食派のくせに、クッキーだけはやたらと好きだし。お茶菓子に出すと、いつだって全部食べるじゃない。ケーキとかはあんまり好きじゃないのに」

 実にどうでもいいことを言ってしまった、と少し後悔する。だが意外なことに、魔理沙は何か痛いところを突かれたかのように、クッキーを頬張りながらちょっと目をそらした。

「や、別にそんな好きってわけでも」
「そう? でも今だって凄い早さで食べてるし」
「そんなでもないだろ。大体お前だって、いつもクッキー以外出さないじゃないか」
「そりゃそうでしょ、クッキー以外出すとあんたが難癖つけるし」
「いやまあ」

 会話を続けながらも、魔理沙はクッキーを食べ続ける。と思っていたら、急に顔を輝かせて、身を乗り出してきた。

「あ、そうだ。そんなことよりもさ、聞いてくれよ。大ニュースがあるんだよ」
「なに」
「へへ。なんだと思う?」

 反射的に「知らないわよ」と答えそうになって、アリスは口をつぐんだ。テーブルの向こうの魔理沙の笑顔が、ほとんど無邪気なまでに嬉しそうだ。出会ってからの彼女の仕草や声色、口調等を思い返してみれば、今日は全体的にずいぶんと上機嫌な気がする。

(ってことは、あれね)

 その大ニュースとやらに察しがついたので、アリスは苦笑しながら答えた。

「新しい魔法が出来た。もしくは今まで使ってた魔法の改良が上手くいった」
「残念、外れだぜ!」
「え、違うの?」

 先ほどの答えに確信を持っていたので、アリスは驚いた。魔理沙はニヤニヤと笑いながら、数枚の紙をテーブルの上に広げてみせる。

「なにこれ?」

 アリスは広げられた紙の内、一枚を手に取ってみた。色鮮やかな弾幕が、紙面一杯に広がっている。その中心に、今目の前にいる友人の姿が写し出されていた。

「ああ、あの天狗が撮ってる弾幕の写真じゃない」
「その通り。焼き増ししてもらったんだぜ。よく撮れてるだろ」
「物好きねえ、あんたも」

 呆れつつ、他の写真にも目を通してみる。どれもこれも魔理沙の弾幕を写した写真で、アリスにしてみれば見ているだけで目が痛くなりそうな派手な弾幕ばかりである。というか本当に目がチカチカ痛みだしたので、写真から顔を上げた。だが、テーブルの向こうの魔理沙は、やたらと嬉しそうに笑って写真を眺めていた。

「どーよ、派手だろ、綺麗だろ。妖怪の山はもちろん、人間の里でも大評判って話だぜ!」
「みんな趣味が悪いのね」

 紅茶を啜りながらの嫌味にも、魔理沙は全く動じない。それどころかますます嬉しそうに、

「へへ、これ見たら、どいつもこいつも感動して、『キャー、マリササーン!』『幻想郷最強の魔法使ーい!』『わたしも魔法使いになりたーい!』となること間違いなしだな!」
「そんなことになったら同業者が増えて、ますます森が狭くなるわよ」
「そうだな、増えまくりだな。この素晴らしく美しい弾幕を見たら、どんな奴だって、魔法大好きになること間違いなしだぜ! 良かったなアリス、一人ぼっちのお前にもとうとう生き物の友達ができるぞ」

 気分の高揚を隠そうともせず、無邪気に喋りまくっている魔理沙を見て、アリスは内心苦笑する。普段は憎まれ口を叩いてばかりのひねくれ者のくせに、こういうときに見せる顔は実に無邪気で素直なものだ。あれこれと傍迷惑な騒動を起こしたり、泥棒まがいのことを繰り返しても彼女が完全に嫌われないのは、こういったところに理由があるのだろう。
 それはアリスにしても同じことで、毎度毎度迷惑をかけられてうんざりしても、こういう人懐っこい面を見せられると、ついつい「仕方ないなあ」と溜息一つで許してしまうのだ。

(それはそれとして、そろそろクッキー食べるの止めてほしいんだけど)

 このままでは本当に全部食べつくされてしまう、とアリスが危惧したとき、魔理沙はようやく手を止めた。満ち足りた笑みを浮かべて、唇の周りをぺろりと舐める。

「ふー。満腹だぜ。ごちそうさん」
「はいはい」

 紅茶を啜っている魔理沙を横目に、アリスはさり気なく缶の中身を確認する。

(良かった、まだ半分ぐらいは残ってる。いや、自分で食べるのはちょっと、なんだけど)

 ほっとするべきなのか否か迷っていると、紅茶を飲みほした魔理沙がまたとんでもないことを言い出した。

「しかし、これホントうまいぜ! よし決めた、この失敗作を引き取って、我が『霧雨魔法店』の商品にしてやろう!」
「ええっ!?」

 思わず声を上げてしまった。魔理沙が怪訝そうな顔をする。

「なに驚いてるんだ? 失敗作なんだろ、これ?」
「一言もそんなこと言ってないけど」
「なに言ってんだ、いつもと味が違いすぎるし、こんな甘さのクッキーわざと焼いたってことはないだろ」
「いや、それは……そもそも魔法店にクッキーってどうなのよ」
「いいじゃん、人の店の商品にケチつけるなよ」
「既に自分のものにしてるし……大体ね、その店自体ほとんど開店休業状態でしょ。いい加減閉めなさいよね」

 物が散らかり過ぎていてカウンターすら見えない魔理沙の店を思い出しながらそう言うと、彼女はあからさまに不機嫌そうな顔をした。

「わたしが何やろうがわたしの勝手だろ」
「そりゃそうだけど、どう考えたって店としての体裁すら取り繕えてないじゃない」
「なんだよその言い方、腹立つなー」

 魔理沙の顔が、先ほどとは一転して不機嫌に塗りつぶされる。アリスはなおも文句を言い募ろうと口を開きかけて、閉じた。怒っている悪友の顔に、どこか真剣な色がある。どうやら、いつものような怒っている振りではなくて、本当に不快感を覚えているらしい。

(変ね。そこまでキツいこと言ったかしら、わたし)

 思い返してみても、いつもの皮肉の応酬と大して変わらない会話だったようにしか思えないのだが。
 しかし、魔理沙が機嫌を悪くしているのは事実だ。こんなことで本気の喧嘩をするのも馬鹿らしい、とアリスは思う。

(大体、別にそのクッキーはそんなに大切なものじゃないし。わたしがそこまで執着する理由もないわよね、うん)

 むしろここで黙って引き下がるのが大人の女というものだろう。そう自分を納得させながら、アリスは軽く頭を下げる。

「ごめん。そうね、確かにあんたの自由だわ」
「うお、アリスが妙に素直だぜ。気持ち悪い」

 魔理沙が気味悪そうな顔をする。つくづく失礼なやつだ、とは思ったが、アリスはあえて何も言わなかった。

「まあお前が謝るなら許してやらんでもないが、何がそんなに……あ、さては」

 魔理沙がニヤッと笑いながら、またクッキーを一枚取り出した。

「失敗作なのにわたしが絶賛するもんだから、惜しくなってきたんだな。だが残念、これはもうわたしのだ、お前には一枚もやらん」
「別に、そんなのどうだっていいけど」
「いーや、嘘だね。さっきわたしの魔法店に文句つけてたときのお前の目は、誰かが落とした一円玉を見るときの霊夢と同じだった」
「え、そこまで酷かった!?」

 アリスが驚きのあまり立ち上がると、魔理沙は腕を組んで深々と頷いた。

「ああ、酷かった。さて」

 意地悪げに片目を開けてみせる。

「とっととゲロッてもらおうか。このクッキーにはどんな秘密があるんだ、ん?」
「別に、秘密なんて」

 アリスはため息を吐いた。よく考えてみれば、別に隠す必要もない。というか、ここで隠してあとで真相を知られたりしたら、その方がダメージが大きくなりそうだ。

「そのクッキーはね」
「お、もう白状するのか。また素直なアリスだ」
「わたしはあんたよりはずっと素直なつもりよ。で、それは、その」

 頬が少し熱くなるのを感じながら、アリスは言った。

「……わたしの、お母さんが送ってくれたクッキーなの」
「……お母さん?」

 動きを止めた魔理沙が、食べかけのクッキーを片手に、目を丸くする。アリスは頷いた。

「そう。あんただって一応知ってるでしょ。魔界の創造神、神綺様。まあ別に、お腹を痛めてわたしを産んだってわけじゃないけど、母親みたいなもんだから、お母さん。で、そのクッキー、甘すぎて食べられたもんじゃなかったから、どうしたものかなって思ってたんだけど。さすがに捨てるわけにもいかないし」

 妙な気恥ずかしさに任せて、そこまで一気に喋ってしまってから、アリスはふと気がついた。
 魔理沙の顔が、また不機嫌なものに変わっていた。と言っても、先ほどのような怒りの表情ではない。少し唇を尖らせた、拗ねているような表情だ。

「ふーん。そうか。つまり、大好きなママのクッキーを持ってかれたくなかったってわけね」
「べ、別にそんなんじゃ」
「今更隠すなよ」

 つまらなそうに言いつつ、魔理沙は手に持っていたクッキーを缶に戻して蓋をしたあと、投げやりな仕草で突っ返してきた。

「返す」
「え、でも……っていうか今あんた食べかけの戻したわよね」
「んなことどうでもいいだろ。ほら、返すって」
「なんでよ」
「こんな甘ったるいクッキー、食べられたもんじゃない」
「は? だけどさっきは……っていうか半分以上食べてからそんなこと言われても」
「分かんないかなあ!」

 魔理沙は出し抜けにそう叫びながら、ガン、と音がするほど強く、クッキーの缶を叩きつけるようにテーブルに置いた。

「お前みたいなお子様のもの取ってくほど、わたしは非道じゃないって言ってんの!」
「……はぁっ!?」

 アリスは椅子を蹴って立ち上がった。ティーカップの揺れる耳障りな音をかき消すほどの音量で、怒鳴る。

「誰がお子様よ!?」
「お子様じゃんか、その歳になってママのクッキーなんかで喜んじゃってさぁ!」
「喜んでません!」
「いーや喜んでたね! わーいママのクッキーだ、えへへぇ、アリス一人の物だもん、魔理沙になんかあげないもーん、ってさ!」
「誰のマネよそれは!?」
「お前に決まってんだろー? やだー、魔理沙、ママのクッキー持ってっちゃやだぁ。返してくれないとアリス泣いちゃうぅ、ふえーん、なーんてさぁ!」
「このっ……!」

 アリスはぎりりと奥歯を噛む。さすが、昔は「うふふ」とか「きゃはは」とか言ってた女だ、ブリブリした口調が実に上手くて腹立たしい。
 アリスはまたテーブルを叩いた。

「そんなこと一言も言ってない!」
「いーや、お前の目が言ってた!」
「言ってません!」
「いーや、言ってた! ともかく、こんなもんいらん! せいぜいわたしがいないところで、一人恋しいママの味を噛みしめるんだな! 今度は他の奴に取られないように気をつけろよ、アリスちゃんよぉ」

 心底馬鹿にした口調で言ったあと、魔理沙はアリスに反論する暇さえ与えず、箒を片手に素早く立ち上がる。

「ちょっと、どこ行くのよ!」
「帰るに決まってるだろ。こんなお子様のお家なんかにいたら、わたしにまで乳臭さが移っちまうぜ。あーやだやだ、マーガトロイドはママの味ーってね」

 意味不明ながらもこちらを馬鹿にしているニュアンスは確実に伝わる歌を歌いながら、魔理沙は勢いよく入口の扉を開けて外へ飛び出す。

「待ちなさいっ、この……っ!」

 このまま言われっ放しで帰すものか、と追いすがったアリスは、しかし入口から二、三歩のところで足を止めた。何故か、魔理沙が箒に跨った姿勢のまま、空も飛ばずにじっとこちらを見つめている。

「な、なによ」
「お前さあ」

 少しだけ、目をそらす。

「書いたの」
「なにをよ」
「お礼の手紙に決まってんだろ。ママからクッキーもらったんだからさあ」
「あんたには関係ないでしょ」
「へん、そんなこと言って、わたしが来る前まで書いてたろ。なんか二階でバタバタやってたもんな」
「み、見てたの!?」
「おう見てたとも。で、書きあがったのかよ。どうせ『おかあさんへ』とか書いてたんだろ」
「あんたには関係ないでしょ」
「つまりまだ書いてないんだな」
「う……」

 若干罰の悪い思いで少し目をそらすと、魔理沙はじろっとこちらを睨んで、呟いた。

「恩知らず」
「なんですって!?」
「ママのクッキーで小躍りしてたくせに、お礼の返事も書かないんだ。自分が楽しけりゃそれでいいんだな。あー、これだからお子様は嫌だぜー」
「あ、あんたにだけは言われたく」

 アリスがそこまで言ったとき、魔理沙はもう空に舞いあがっていた。

「んじゃーなアリスちゃん、ちゃんとママに返事書けよー」

 そう言い残して、物凄いスピードで空を飛んでいく。こうなったら、もうアリスに追いつく術はない。言いたい放題言って帰って行った黒白の影を、歯軋りしながら見送るしかない。

「……なによ、あいつ!」

 吐き捨てて、アリスは入口の扉を思い切り閉めた。



 魔理沙に散々バカにされた翌日、アリスはまた二階の書斎兼寝室で机に向かっていた。今日も今日とて筆の進みは悪い。朝から昼過ぎの現在まで、既に100枚以上の便箋が紙屑と化した。ゴミ収集担当の人形は大わらわである。

(どうしよう、なに書いても子供っぽく見える……)

 簡素な表現はもちろん、重厚な表現まで、子供が背伸びして書いた文章のように思えてならない。

(魔理沙のせいだ)

 机に頬を押し付けたまま、アリスは大きくため息をついた。昨日の魔理沙の言動を思い返すたび、腸が煮えくり返るような怒りが湧いてくる。

(お母さんのクッキーで大喜びなんかしてないもん、わたし。むしろ返事書くのは面倒だし贈り物は処理に困るし、迷惑してるもん)

 そんなことを考えたら、神綺の泣きそうな顔が頭に浮かんだ。アリスはまた大きく息をつきながら、身を起こす。

(大体、お母さんが悪いのよ。魔界の神のくせして全く威厳ないし娘にべったりだし髪の毛はたくましいし。本当に、いい加減子離れしてほしいものだわ)

 アリスは机の隅に手を伸ばす。そこには、昨日口論の原因となったクッキーの缶が置いてあった。あのまま一階に置いておくのは何となく嫌だったので、仕方なくここに持ってきたのだ。
 蓋を開けてクッキーを一枚取り出し、食べてみる。思わず顔をしかめてしまうほど、甘い。

(ほら、今のわたしの口には合わないもの。わたしはもうとっくに親離れしてるの。こんなの好き好んで食べるなんて、魔理沙の方がよっぽど子供じゃない)

 昨日そう言ってやればよかったと、今更ながら後悔する。アリスは蓋を閉じたクッキーの缶をまた机の隅に押しやり、ペンを手に取った。

 ――拝啓、魔界の神、神綺様。
 ――お手紙ありがとうございます。こちらは変わりありません。
 ――アリス・マーガトロイド。

「これでよし、と。そうよ、お互い大人なんだし、このぐらい素っ気なくて当然なのよ」

 無理にそう呟いて、ペンを置く。机に頬杖を突いて書きあがった手紙を眺めていると、母の残念そうな笑顔が頭に浮かんできた。そう、きっと母はこの手紙を見て笑うだろう。怒ったり泣いたり、溜息をついたりはしないに違いない。

(……お母さん、何を考えてこのクッキー焼いたのかな)

 きっと、傍らの夢子に呆れられながら、一生懸命焼いたのだろう。「アリスちゃん喜んでくれるかしら」「ウザがられると思いますよ」「そんなことないわ、アリスちゃんいい子だもの」とかなんとか言いながら。

(今更こんなの送られても、困るだけだっていうのに)

 今までの手紙の返事も、すべて今回のような素っ気ないものになってしまっている。神綺は返事が来るたびに、残念そうに笑っただろう。それを思うと、少しだけ胸が痛くなった。

(これでいいのよ。これが普通なんだから)

 無理矢理自分を納得させようとしていたアリスは、ある気配に気がついて体を起こした。

(……誰か近づいてくる?)

 アリスも魔法使いの端くれであるから、当然この家には魔法を利用した様々な防犯措置が施されている。家の周囲に張り巡らしている魔法の糸もその一つで、誰かが接近してくるとその気配を察知できるようになっているのだ。

(まあ、魔理沙みたいな奴相手だとその程度のセキュリティなんてなんの意味もないんだけど)

 アリスは窓際に歩み寄ると、そっと外を窺った。
 森の入口、要は人里がある方向から、誰かが歩いてくるのが見える。ゆっくりとした足取りで、飛ぶ気配は全くないし、アリスが張り巡らせている糸にも、気づいた気配はない。どうやら、普通の人間のようだ。

(お客さん、かな)

 アリスの家は、魔法の森の中では比較的人里に近い区域にある。空気に混じって浮かんでいるキノコの胞子もさほど酷くはないので、たまにこうして人間が迷い込んでくることもあるのだ。大抵は、食用のキノコを採取しに来た人間である。

(変ね。あの人はそういう感じには見えないけど)

 こちらに近づいてくるのは、華奢な体格の女性だった。ゆったりとしたスカートを履いており、少しくすんだ蜂蜜色の髪を緩やかに束ねている。手には小さな鞄が一つきり。とても森を歩く格好には見えない。
 さらに奇妙なのは、迷いなくこちらに向かってくることだろう。まるで、最初からこの家を目指していたかのようだ。

(ひょっとしたら、本当にそうなのかもしれないけど)

 祭りのときに人形劇を披露したりする関係で、アリスは人間の里とも多少交流がある。彼女の人形作りの腕を見込んで、仕事を依頼しに来る人間も少数ではあるがいるのだ。
 果たして女性はアリスの家の前で立ち止まり、暗い森には場違いな、色鮮やかな邸宅を思いつめた表情で見上げ始めた。途中、キノコの胞子を吸い込みでもしたか、口元を手で覆って何度か咳払いをする。
 アリスが一階に下りるのと同時に、入口の扉が遠慮がちにノックされた。

「どなたですか」

 警戒は緩めず、アリスは扉越しに問いかける。いくつかの咳払いのあと、か細い声で返事が返ってくる。

「あの、こちらはアリス・マーガトロイドさんのお宅でしょうか」
「はい、そうですが」
「道に迷ってしまって……少し、休ませていただけませんか」

 道に迷ったはずの人間が「アリス・マーガトロイドさんのお宅でしょうか」ときたものだ。

(怪しいわね)

 アリスは念のため人形たちを周囲に浮かびあがらせながら、ドアノブに手をかける。また、扉の向こうから大きな咳払いが聞こえてきた。
 扉を開けた先には、やはり先ほど見た婦人が立っていた。両手にかばんを持ち、俯き加減に立っている。見た感じ、危険な人物には見えない。

「こんにちは。どうぞ、お入りください」
「すみません」

 小声で詫びながら、女性がゆっくりと家の中に入ってくる。間近で見ると、多少病的ながら静かで上品な雰囲気の持ち主だった。人間の里の中でも上流階級に位置する人間だろう、とアリスは推測する。

(お金持ちの奥様、みたいな感じかしらね)

 だとすると、ますます妙だ。そんな身分の人間が、なぜこんなところまで来ているのか。
 昨日魔理沙が座っていた椅子を婦人に勧め、自分もその対面に座る。そうしながら、アリスは婦人のことを観察し始めた。
 棚に置かれている人形たちの中には、特別製のものもいくつか混じっている。その人形の目に仕込まれた魔法石から、視覚的な情報を得ることができるのだ。
 そうやって相手の全身を観察してみたが、やはり別段変わったところは見られなかった。少なくとも、肉体的には本当にただの人間のように見える。

(いえ、むしろ、ただの人間よりも脆そう、かな)

 そうしている内に、人形が紅茶を運んできた。婦人の前にティーカップが置かれているとき、また咳払いが一つ、二つ。

「お風邪ですか」
「いえ、違います。ごめんなさいね」

 謝りながら、また何度か咳払いをする。アリスの前にも紅茶を置いて、人形がテーブルから離れた頃になって、ようやく咳払いは治まった。

(どうしようかな)

 アリスは迷う。他人の事情には元来あまり興味がない。自分に敵意を持っていないのなら、聞き出す必要も感じなかった。
 テーブルの向こうの婦人は、座ったままぴくりとも動かない。出された紅茶に手をつけることもせず、ただ俯いてじっとしている。
 アリスは内心肩をすくめながら、無言で紅茶を啜る。「少し休ませてもらえませんか」と言われた手前、あまり大げさな歓迎をするのも気が引けた。

(まあいいでしょう。人形に埋め尽くされたこの家の中でわたしに害を及ぼせるほど、危険な存在には思えないし)

 それならば適当に放置すればいい。相手が何を考えていようが知ったことではない。そう結論づけて、アリスは立ち上がる。

「わたしは二階にいますから、何かありましたら言ってください」
「はい。すみません」

 婦人はそれだけ言ってまた黙る。アリスも何も言わず、また二階に戻った。
 机に向い、人形の服を縫いながら、一階にある人形の目を通して婦人を観察する。アリスが去ったあとも、夫人はやはり微動だにしなかった。普通の人間なら、家主の目がなくなった途端に、物珍しげに周囲を見回したりするものだが。

(ホント、何しに来たのかしら?)

 婦人はたまに咳払いをする以外特に何もせず、日が落ち始めるころになって勝手に出て行ってしまった。最後まで、紅茶には手も触れなかった。
 この妙な婦人が来たのはこのときだけではなく、それからも二、三日ごとに、鞄を一つだけ持って、アリスの家を訪ねるようになった。そのたびに「道に迷ってしまったので、少し休ませもらえませんか」と、バレバレの嘘をつく。アリスはやはり、その嘘について特に何も聞かない。
 家の中での婦人は、いつも同じ様子だった。出された紅茶に手をつけようともせず、ただただじっと座っている。することと言えば、たまの咳払いぐらいのものだ。
 そうして、日が落ち始めるより少し前になると、無言で家を出て行く。

(人間なのに、人間じゃないみたい)

 それこそ、動きの定められた人形のような。自分以外の人形遣いが、己の研究成果を誇示するために送ってきたのではないか、という馬鹿げた推測を、半ば本気で信じたくなるような存在だった。
 アリスがその仮説を完全に否定する気になったのは、婦人が数回目に来訪したときだった。
 そのときはたまたま一階で人形の手入れをしており、いつもと違ってずっと婦人とともに客間にいたのである。
 その日の婦人は、いつも以上に咳払いが多かった。その咳がじょじょに激しくなり、やがて椅子の上で体をくの字に折って苦しげに咳きこみ始めたので、さすがのアリスも放っておくわけにはいかなくなった。
 だが、「大丈夫ですか」と慌てて駆け寄ったアリスを、婦人は腕を振って追い払った。

「触らないで!」

 今までの人形めいた雰囲気からはとても想像できないような、激しい動作だった。あまりのことに硬直するアリスに、婦人ははっとした顔で頭を下げる。

「ごめんなさい、失礼なことを」
「いえ。大丈夫ですか?」
「ええ。ごめんなさい、風邪がうつるといけませんから、少し、離れていていただけないでしょうか」
「分かりました」

 アリスが離れた場所に立って見守っている間も、夫人はしばらく苦しげな咳払いを繰り返していた。何か持病でもあるのだろうか、と思ったが、薬を飲む様子もない。そもそも、彼女は最初来たとき、風邪ではないと言っていた気がする。
 その内咳が止んで、彼女は鞄を手にゆっくりと立ち上がった。「大丈夫ですか」とまた近寄ろうとしたアリスに、手の平を向けてくる。

「大丈夫ですから。近づくと、風邪をうつしてしまいます」

 風邪、というのは明らかに嘘だ。なにか、アリスに近寄られたくない理由があるように見える。ともかく、近寄れない以上はその場に立ち尽くすしかない。
 婦人は少し危なっかしい足取りで、入口の扉の前に立った。ドアノブに手をかけてから、不意にゆっくりとこちらを振り返る。
 整ってはいるが、病的な疲労ばかりが目立つ顔に、安堵したような微笑みが浮かんだ。

「ありがとうございます、アリスさん。あなた、とてもお優しい方なのね」

 まるで、それが非常に喜ばしいことであるかのような微笑みだった。
 どう答えたものか、アリスには分からなかった。無言で婦人を見つめ続けていると、彼女は一つ、穏やかな会釈を残して、家を出て行った。
 窓越しに彼女の背中を見送り、奇妙なことに気がつく。なにか、家から遠ざかるほど、その足取りが確かなものになっていくような気がする。本当に、感覚的なものに過ぎなかったが。

(なんなんだろう、あの人)

 考えれば考えるほど、わけが分からなかった。腕で追い払われたときは嫌われているのかと思ったが、先ほどの微笑みは、そんな相手に向けられるものではない。大体にして、こちらを嫌っているのなら、バレバレの嘘をついてまでここに通い詰める理由が分からない。
 さらにもう一つ、奇妙な感覚がある。まるで、あの婦人をずっと前から知っているかのような。

(でも確かに見覚えのない人だったし……似た雰囲気の知り合いでもいたかしら)

 首を捻ってみるが、思い浮かぶのは必要以上にたくましい連中ばかりで、あんな病的で儚げな雰囲気の持ち主は一人もいない。
 結局、何も分からないままだった。



 翌日、アリスはまだ日が高い内に家を出た。行く先は人間の里である。近々行われる祭りにて、恒例の人形劇を披露することになっており、祭りの実行委員とその打ち合わせをしなければならないのだ。
 人形に細かな動作を行わせてそれを人に見てもらうことは、人形遣いとしてのいい訓練にもなる。何よりもアリス自身人形劇は好きだったので、人里に出かけることも苦にはならなかった。

(人形劇か。昔、お母さんがやってくれたっけ)

 人形劇と言っても、神綺がアリスに披露したのは、手に布製のぬいぐるみをかぶせて行うタイプのものだった。カッコいい魔界神神綺とその娘アリスが、力を合わせて悪い魔王をやっつける、といった非常に陳腐なストーリー。だが、それでもアリスは手を叩いて喜んだし、神綺はもちろん悪役として劇に付き合わされる夢子やマイ、ユキといった面々も、割と楽しく演技していた。

(でもたまにお母さんが暴走しちゃって、本人に突っ込みが入ってたりしたっけ)

 入口の扉を閉めて鍵をかけながら、アリスはくすりと笑う。思えば、ああいった経験が、人形遣いとしての自分の礎となっているような気がする。

(懐かしいな。いつからだっけ、ああいうの、面白いと思えなくなったのって)

 魔法の勉強を始めてからだったような気がするし、もっと前だったような気もする。一つだけはっきりと覚えているのは、「もうそういうのはやらなくていい」と告げたときの、神綺の残念そうな笑顔。
 アリスの胸が、ちくりと痛んだ。

(そう言えば、最近魔理沙を見てないわね)

 母の記憶がきっかけとなったのか、悪友の不機嫌な顔が頭に浮かんだ。最近、来客はあの婦人だけで、魔理沙はこの半月ほど姿を見せていない。

(この前のこと、まだ怒ってるのかしら。いや、客観的に見て、怒るのはどう考えてもわたしの方なんだけど)

 ――その歳になってママのクッキーなんかで喜んじゃってさぁ!

「喜んでない!」

 反射的に叫んでしまってから、アリスは慌てて周囲を見回す。昼なお暗い魔法の森には、誰の影も見えない。隙間妖怪がからかいに来る様子もない。それを確認して、ほっと息をつく。

(……わたしは、もうそんな子供じゃないもの。お母さんにベッタリの、お子様魔法使いじゃない。人形劇だって、見る側じゃなくて見せる側なんだし)

 心の中で誰かに言い訳しながら、アリスはふわりと空に舞い上がる。
 別に弾幕勝負をしに行くわけでもないので、装備は必要最低限だ。人形も上海と蓬莱のみ。

(いい天気ね)

 キノコの胞子漂う魔法の森ではあるが、鬱蒼とした木々の上に浮上すれば、そこには快晴の青空が広がっている。
 基本的にインドアなアリスだが、吸血鬼のように太陽の光を忌々しく感じるほど、悲惨な感性はしていない。別段急ぐわけでもないし、ちょっと空の散歩でも楽しもうか。そんなことを考えたとき、ふと、眼下に誰かがいるのに気がついた。

(魔理沙?)

 ずっと下にある、一本の木に隠れるようにして、魔理沙がいる。そこはちょうど、アリスが家の中にいたら気配を察知できない程度の場所だった。

(なにやってるのかしら)

 首を傾げつつ、アリスは魔理沙の後ろに降り立つ。この悪友とて魔法使いだから気配ぐらいは察知できるはずだが、振り向く様子はない。どうやら、他のことで頭がいっぱいになっているようだ。木の裏から顔を出し、しきりに何かを窺っている。

(隙だらけね)

 呆れつつ、アリスは声をかけた。

「魔理沙」
「きゃあっ」

 意外に可愛らしい悲鳴を上げながら、魔理沙が飛びあがる。凄い速さでこちらに振り向き、唾を飛ばして非難してきた。

「バカかお前、ビックリするだろうが!」
「いや、どっちかというと気付かないあんたが間抜けなんだと思うけど」
「お前の存在感がなさすぎなんだよ。さすがは幻想郷一友達のいない女だぜ」
「お生憎様、これから人間の里の知り合いに会いに行くところよ」
「そりゃまずい、早いとこ永琳に連絡を取らないと」
「いや妄想の友達とかじゃないから」

 軽い皮肉の応酬を交わしながら、アリスは少し安堵していた。魔理沙は前に別れたときの険悪さを引きずっている様子はなく、至っていつもどおりに見える。

(まあそもそも、なんであんなに怒ったんだか未だに分からないんだけど)

 最近分からないことばかりだなあ、と内心ぼやきながら、アリスは問いかける。

「で、こんなところでなにしてたの」
「え? あ、いや……別に、いつも通りだよ」
「キノコ採集?」
「ん。まあ、そんなとこ」

 魔理沙は歯切れ悪く言う。

(怪しいわね)

 この辺りは魔法の森の中でも浅い区域で、極端な話、人間の里の親子連れがハイキングに来るぐらいだ。そんなところに、さほど希少なキノコは生えていない。大体にして、先ほどの魔理沙の姿勢は、どう考えてもキノコを探している人間のものではなかった。

「あんた、なんか嘘ついてない?」
「幻想郷一正直者の魔理沙さんに対して、なんて無礼な娘だろう」
「その台詞がそもそも嘘じゃないの」
「うるさいな。わたしのことなんかどうでもいいだろ。それよりさ、あー、その、あれだ」

 またも魔理沙は歯切れ悪く、両手を後ろに回してもじもじと身じろぎし始めた。心なしか、帽子の下の顔も少し赤い気がする。気味が悪いな、と内心寒気を感じていると、魔理沙はちらりとこちらを見て、小声で言い出した。

「ちゃんと、書いたんだろうな」
「え? なにを?」
「返事に決まってんだろ」

 またその話か、とアリスは少しうんざりした。

(なんでそんなことにこだわるのかしら。変な魔理沙)

 そう思いつつも、少し罰が悪い気分になる。この間書きあげた、いつものように素っ気ない文面の返事は、まだ魔界に送っていない。なんとなく、送れないまま机の上に放置してある。
 また変な口論になるんだろうな、と半ば諦めつつ、アリスは首を横に振った。

「まだよ」
「はぁっ!?」

 案の定、魔理沙は食いついてきた。柳眉を逆立て、こちらに詰め寄る。

「バカかお前、あれからどれだけ経ってると思ってるんだ!?」
「な、なによ。別に、あんたには関係ないでしょ」
「うるさい、いいからさっさと家に帰って机に向って、返事を書け。いや、書きなさい」
「なんなのよ一体」

 そもそも上手く返事が書けないから困っているというのに。そう思うと、目の前の悪友の言葉に俄然腹が立ってきた。

「大体ねえ、あんた」
「なんだよ」
「なんだってそんなに、わたしに返事を書かせたがるのよ」
「お前が恩知らずなことばっか言うからだろ」
「仮にそうだったとしても、いつものあんたならそんなこと気にしないでしょ。おかしいわよどう考えても。一体どういうつもりなの?」
「い、いや、別に、わたしは」

 都合悪そうに口ごもったあと、魔理沙は少し目をそらして、馬鹿にするように唇を尖らせる。

「あ、アリスちゃんは、まだママが恋しいお子様だからな」
「またそういうこと言うし……!」
「事実でしょうが。ほーらアリスちゃーん、ちゃんと返事書いてあげないと、ママが心配しちゃいまちゅよー。寝る前には歯を磨いて、飴玉もらっても知らないおじちゃんについていっちゃだめでちゅよー」
「あのねえ……!」

 幼児言葉まで使って思う存分アリスを馬鹿にしたあと、魔理沙は逃げるように箒に跨った。

「まあそういうわけだからな。早く返事書けよ」
「だから、なんでそこまで」
「そんなことはどうだっていいの。早く返事書かないと、マスタースパークでお前の家吹き飛ばすぜ。じゃあな」

 言い捨てて、素早く空中に飛び上がる。アリスは特に追いかけもせず、黙って悪友を見送った。
 前のときほど、怒りは湧いてこない。腹が立ったには立ったが、どちらかと言えば魔理沙の態度に対する疑問の方が大きい。

(なんであんなに、わたしが返事を書くことにこだわるんだろう……?)

 魔理沙は確かに図々しい少女だが、こんな風に他人の行動にあれこれ干渉してくることなど、今まで一度もなかったと思う。

(自分のお母さんと何かあったのかしら)

 ぼんやりそんなことを考えてみるが、それ以上のことはよく分からなかった。そもそもアリスは、魔理沙のことをそれほどよく知っているわけではない。
 せいぜい、人間のくせに魔法を使い、図々しくてひねくれ者で意地っ張りで自分勝手で、それでいて影では結構努力している頑張り屋さんらしい、というぐらいのものだ。

(……意外に知ってるかも)

 なんだかんだ言っても、彼女と関わった時間はそれなりに長いのだ。アリスはちょっと苦笑してから、また空に舞い上がった。

(ま、これきり会えないわけでもないし、その内分かるでしょう。分からなくても別にいいけど)

 二人は、その程度の気楽な関係なのだった。



 昼前には人間の里についた。飛んでいると警戒されるかもしれない、と思ったので、少し離れたところで地面に降り立ち、道を歩いて里へと向かう
 妖怪が跳梁跋扈する幻想郷とは言え、いろいろな制約のせいで、人が襲われたり取って食われたりすることなど、ほぼあり得ない。だから、人間の里はせいぜい獣避け程度にしかならないであろう、低い柵に囲まれているだけだ。門は開きっぱなしで、見張り櫓の上に立っている男など退屈そうに欠伸をしている。
 その男が、不意にこちらに気がついて身を乗り出してきた。目を細めてこちらの姿を確認し、愛想のいい笑みを浮かべる。

「おー、人形遣いのお姉ちゃんかい」
「こんにちは」
「おう、こんにちは。今日は祭りの打ち合わせかい?」
「ええ。通ってもいいですか?」
「おうおう、通りな通りな。嬢ちゃんの人形劇は可愛いってんで、俺の娘も楽しみにしてっからな。この間なんか、『あたいもああいうお人形欲しいよぅ』なんて言って、ぶきっちょな母ちゃん困らせてたしよぉ」
「まあ」

 くすっと笑ったあと、アリスは見張りの男に軽く会釈をして里の中に入る。

(わたしも、変わったかな)

 幻想郷に来た当初こそ、気負いや警戒心などで頑なな態度を貫いていたが、里の人間と交流するようになってからは、そういう緊張感もすっかり抜けてしまった。
 魔界だって創造神からしてあれだし、名前の割には平和な世界だった。だがこの幻想郷はそれ以上にのん気である。人間など指先一つで捻り殺せるような妖怪がたくさんいるというのに、どこよりものどかで、平和だ。

(考えれば考えるほど、凄いところよねえ)

 そもそも里の中からして、昼間から妖怪が歩いていても、悲鳴を上げるどころかジロジロ見る人間すらいない。それぐらい、妖怪というものが日常風景に溶け込んでしまっているのだ。

「あー、お人形のおねえちゃんだーっ!」

 不意に、道の真ん中で女の子の叫び声を聞いた。少し驚いてそちらを見ると、小さな女の子が目を輝かせてこちらに駆け寄ってくるところだった。

(あれ、この子って……)

 確か、前の祭りのとき、最前列で人形劇を見ていた女の子だ。やたらと目を輝かせて劇に見入っており、上演を終えたアリスが片づけに入ってからもその場を離れなかったので、強く記憶に残っている。

「こんにちは」
「こんにちはー! ね、ね、おねえちゃん、今日もお人形さんと一緒なの?」

 こちらを見上げる瞳には、以前と変わらぬ輝きがある。アリスは口元を緩ませながら、上海と蓬莱を女の子の目の前まで下ろし、会釈させた。

「シャンハーイ」
「ホウラーイ」

 ついでに喋らせてみたのは、アリスなりのサービスである。女の子はいよいよ興奮して、歓声を上げながらその場でぴょんぴょん飛び始めた。

「ね、ね、おねえちゃん、劇見せて、劇!」
「え? えーと」
「こらこら、お祭りのときまで待ちなって」

 苦笑しながら女の子の肩に手を置いたのは、母親と思しき人物だった。あまり美人とは言えないが、親しみやすい顔立ちのおばさんだ。

「お姉さんだって忙しいんだから」
「えー、そんなあ」
「わがまま言わないの。すみませんね、家の子が……」

 恐縮しているおばさんと、残念そうな女の子の顔を交互に見て、アリスは笑った。

「別に構いませんよ、それほど急いでいるわけでもありませんし」
「ほんと!? やったー!」
「いいんですか? すみませんねえ」
「準備もしていませんから、大したものは見せられませんけど」

 手を上げて喜ぶ女の子と、その後ろで困ったように頭を下げる母親。アリスは微笑みながら、即興の人形劇を開始する。

「さあ、楽しい人形劇の始まり、始まり」

 お決まりの台詞を喋りながら、アリスは人形を操り始める。たった二体の人形劇などさほど面白くもなかろう、と思っていたが、女の子は前の祭りのときのように目を輝かせて劇を見つめている。台本などないし、ストーリーも単純極まりないのだが。

(なにがそんなに面白いのかしらねえ)

 内心苦笑しつつも、人形劇の展開に合わせて目の前の女の子の表情がくるくると変わるのを見ると、自然と気持ちがこもってくる。上海と蓬莱はたった二体で空を飛び回り、見えない敵と戦い、力を合わせて危機を乗り越えていく。
 女の子の視線の先で二体の人形を操り、拙い物語を紡ぎ出しながら、アリスはふと、懐かしい感覚に抱かれる。

(……わたしとお母さんも、こんな感じだったのかな)

 思い出してみた。

 ――神綺様は言いました。『さあアリスちゃん、今こそ放つのよ! 超必殺、魔界最強ラブラブ親子アターック!』。魔王夢子とその部下二人は次元の彼方まで吹っ飛びます。
 ――って、それどんな無茶振りですか神綺様!
 ――どないせーっちゅーんですかこのアホ毛神!
 ――いくらなんでもたくましすぎ!
 ――ふはははは、愛の力に不可能はないのだぁーっ!

 脱力しそうになった。今の自分以上に酷い内容の人形劇だ。
 だが、人形劇を展開する面々は、一人盛り上がりまくる神綺に呆れつつも楽しそうだったし、幼いアリスも腹を抱えて笑っている。
 だからきっと、本当に楽しかったのだろうと、アリスは思う。

「……こうして、上海と蓬莱は、いつまでも楽しく暮らしたのでした。おしまい」

 優しい気持ちで微笑みながら、アリスは人形劇の幕を閉じた。数少ない観客である女の子が、お辞儀をする二体の人形に向かって、惜しむことなく拍手を送る。

「すごいすごーい!」
「ほら、ちゃんとお姉さんにお礼言いなさい」
「うん! ありがとう、おねえちゃん!」
「はい、どういたしまして」

 アリスはにっこりと笑って、人形を定位置に戻らせる。その間に、女の子の方は道を通りすがった友達を捕まえて、先ほどの人形劇の素晴らしさを力説し始めた。

(……そんな、凄いものでもなかったと思うんだけど)

 苦笑するアリスと同じような笑みを浮かべながら、おばさんが女の子を穏やかに見つめている。

「ごめんなさいね、お忙しいところを」
「いえ。本当に、急いではいませんでしたから」
「そうですか? いや、あの子、あなたの人形劇が本当に好きみたいでねえ。わたしにまで『人形作って』なんてせがむんですよ。でもわたしぶきっちょだから、人形なんて作ったことなくてねえ」

 頬に手を添えて困ったように微笑むおばさんに、アリスは自然とこう言っていた。

「なんだったら、あの子のために一つ作ってあげましょうか」
「えぇっ、そんな。悪いですよ」
「いいんですよ。そんなに高価なものじゃありませんし、あの子は一生懸命人形劇を見てくれますから、サービスです。でも」

 アリスは悪戯心を起こして、唇に人差し指を当てた。

「祭りの人形劇が終わったあとに渡してあげるつもりですから、それまでは黙っておいてくださいね。驚かしてあげたいんです」

 人形劇で使った人形を、そのまま女の子のところへ飛ばしてあげるつもりだった。どれだけ喜んでくれるだろう、と想像すると、自然と頬が緩む。
 おばさんはまだ躊躇っているようだったが、やがて諦めたように笑った。

「それじゃ、悪いけど、お言葉に甘えさせてもらいますね。いつか何かの形でお礼をします」
「いえ、お気になさらず。わたしも楽しんでやってることですから」
「ねえねえ、二人でなに話してるの?」

 気がつくと、女の子が戻ってきて、母親の服の裾を引っ張っていた。アリスはそんな女の子の前にしゃがみこみ、頭を撫でながら語りかける。

「ね。いいこと教えてあげようか」
「なに?」
「あなたがお祭りの日までいい子にしてたらね、きっといいことがあるわ」
「本当? いいことってなに?」
「それは内緒。でも、とっても嬉しいことよ。だから、お祭りの日までいい子にしてるのよ。お姉ちゃんとの約束、ね?」
「うん、約束!」

 アリスは女の子の小指に自分の小指を絡めて、指切りをした。さあ、これで人形を作らないわけにはいかなくなったぞ、と、心の中で自分を鼓舞する。

「おねえちゃん、ばいばーい! お祭り、たのしみにしてるからねーっ!」

 大きく手を振って、女の子と母親が道の向こうへ歩いていく。

(なんだかなあ)

 アリスは一人、苦笑する。

(こんなに人間に好かれてる魔法使いなんて、わたしぐらいのものじゃないかしら)

 知り合いの一人である、紅魔館の魔法使いを思い出す。自分以上にインドアな彼女が、自分と同じように子供に好かれている姿など、到底想像できなかった。

(ま、本来ならそれが普通の魔法使いってものなんだけどね)

 自分は特殊なのだろう、とアリスは思う。そもそも、研究分野が人形でなければ、彼女とてああも人間に好かれることはなかったに違いない。

「さて、と。そろそろ行かなくちゃ」

 歩きだそうとして、アリスは目を見開いた。さっきの親子とすれ違うようにして、見覚えのある人影が歩いてくる。
 緩やかに束ねた蜂蜜色の髪、華奢な体格と両手に持った鞄。間違いなく、あの婦人だった。

(どうして)

 アリスは慌てて、近くにあった家と家の間に隠れる。幸い、夫人は俯き加減だったので、そばを通り過ぎてもこちらに気づかれることはなかった。

「ふーっ、危ない危ない」
「こんなところでなにをしてるんだ」
「うひゃぁっ!?」

 魔理沙に比べれば若干可愛くない悲鳴を上げて、アリスは後ろを振り返る。そこに、妙な形の帽子を被った、長い髪の美人が立っていた。
 人間の里の守護者と名高い、上白沢慧音。一応、アリスとも顔見知りである。
 慧音は眉をひそめながらも、厳かに頭を下げる。

「こんにちは、魔法の森の人形遣い殿」
「こ、こんにちは。ああ、びっくりした。驚かさないでよ、もう」
「と、言われてもな。あんな挙動不審じゃ、声をかけたくもなるさ。で、何をしてたんだ?」
「え、ええと。そうだ、あの人、誰だかわかる?」
「こらこら、質問を質問で返すな。全く……で、誰だ?」
「あそこを歩いてく人」
「どれ……ん?」

 アリスの指示に従って道の向こうを見やった慧音は、眉根を寄せた。

「お前、あれは……あの人のことを知らないのか?」
「え? そんな、有名な人なの?」
「有名もなにも……霧雨の奥方だぞ、あれは」
「霧雨? 霧雨って……ええぇっ!?」

 思わず大声を上げてしまってから、慌てて口を閉じる。幸い、距離が離れていたこともあって、婦人……いや、霧雨夫人には気づかれなかったようだ。

「え、じゃあなに、魔理沙のお母さんってこと?」
「そうなるな。その様子だと、本当に知らなかったらしいな」
「そ、そりゃあ……っていうか、魔理沙の家って人間の里にあったんだ」
「それすら知らなかったのか、おい」
「うん。っていうか、魔理沙が元から幻想郷の人間だっていうこと自体、今初めて知ったわ」
「お前な、森の奥に引き籠ってるからそういうことに……まあいいか」

 溜息をついたあと、慧音は簡単に説明してくれた。
 魔理沙の実家が、この里にある大手道具店「霧雨店」であることと、彼女が今、実家とは絶縁状態にあることなどを。

「全然知らなかったわ」
「里じゃ有名な話だよ。お前だって、ここに来たことがないわけじゃないだろうに」
「祭りのときぐらいしか来ないし、あまり興味もなかったし」
「……まあ、そこのところにはもう何も言わんがな。今度はわたしから質問してもいいか?」
「え、ええ、いいけど、なに?」

 不意に、慧音の目が鋭く細められる。元々凛々しい顔立ちをしている彼女がそんな表情をすると、妙な威圧感があった。

「アリス。お前、あの人とどこで知り合ったんだ? あの人とお前が知りあうなんて、絶対にあり得ないはずだ」
「そ、そこまで言う? そりゃわたしはほとんど森の外には出ないけど」
「違う、そういう意味じゃないんだ。いいから、とにかく答えてくれ。とても大切なことなんだ」

 慧音の表情が妙に真剣だったので、アリスは素直に事情を話すことにした。
 話し終えたあと、慧音は眉間に皺をよせて、何事かを考えている様子だった。一体どうしたんだろう、とアリスが少し不安になったとき、おもむろに口を開く。

「アリス。今日は、祭りの打ち合わせで来たんだな?」
「ええ、そうよ」
「そのあと、わたしの家に寄ってくれないか? 場所は教えるから」
「いいけど、どうして?」
「話がある。魔理沙に関する、とても大事なことだ。来てくれるな?」

 問いかけの形式ではあるが、声音には有無を言わさない何かがある。アリスは頷くしかなかった。

「すまんな、本当に」

 慧音はそう言って、その場を立ち去った。



 上白沢慧音の家は、人間の里の中にある。普段はここから寺子屋に通って、子供たちに勉学を教えたり、歴史の編纂に励んでいるという。半獣という種族ありながら、そこまで人間の里に受け入れられているのも、ひとえに彼女の真面目で誠実な人格ゆえだろう。

「よく来てくれた。悪かったな、急な話で」
「いいえ。わたしも、あの人のことは気になってはいたから。いろいろと、教えてもらえるんでしょうね?」
「そのつもりさ。入ってくれ」

 人間の里での立場の高さに反して、慧音の家はこじんまりとしたものだ。アリスが通されたのは、彼女の家に比べるとずいぶんと狭苦しい客間だった。

「すまんが、狭さに関しては我慢してもらいたい」
「別に、構わないわ」

 慧音は囲炉裏の前に座ったアリスに緑茶の入った湯のみを差し出したあと、しばし、迷うように沈黙する。

「さて、どこから話したものかな。霧雨魔理沙が、霧雨店の一人娘であることは、昼間話したな?」
「ええ。絶縁状態、とか?」
「そう。勘当されている、というのかな。数年前に里を出て行って以来、あの子を見たのは永夜異変のときが初めてだ。お前と顔を会わせたのも、あのときが初めてだったか」
「そうね……って、ちょっと待って。じゃあ、あなたたちって以前から知り合いだったわけ?」
「いや、会話をしたことはほとんどなかったな。あの子は商家の娘らしく、家の中で教育を受けていたんだ。だから寺子屋には来なかったし、たった数年であまりにも変わり過ぎていたから、私の方も気づかなかった」
「ああ、それはなんかわかる気がする」

 アリスとて、魔界で戦った時と幻想郷で再会したときとで、魔理沙があまりに変わっていたために、最初は同一人物だとは思えなかったほどである。

「なにかしらね。キャラを変える癖でもあるのかしら、あいつ」
「どうだろうな。まあそんなことはどうでもいいことさ。問題は、なぜあの子が実家から勘当されているか、だ」
「どうして?」
「そうだな。まずは、このことから話しておこうか。霧雨店は、十数年前から、魔法に関する品を一切扱っていない」
「十数年前……つまり、魔理沙が生まれてから?」
「いや。あの店のご主人が、奥方と結婚なさってから、だ。さらに、財力に物を言わせて、周辺から魔法に関する品を扱っている店を移転させたりもした。ついでに言えば、あの店は今でも魔法使い、及びマジックアイテムを持っている人間は入店禁止だ。お前だって、行けば追い返されるはずだぞ」
「そ、そこまで徹底してるの!? どれだけ魔法嫌いなのよ、魔理沙のお父さん」

 アリスは呆れたが、同時に納得もした。

「なるほど。つまり魔法嫌いのお父さんと、魔法使いを志した魔理沙が大喧嘩して、その結果勘当されたってわけね」

 いかにもありそうな話だ。たとえ親に反対されたところで、あの魔理沙が自分の希望する道を諦めるはずもないし。

(となると)

 アリスは顎に手をやって、さらに思考を推し進める。

「……お母さんはそんなに魔法嫌いでもないけど、お父さんが怖くて逆らえない。だから出て行った娘のことが心配で、旦那さんには内緒でたまに魔法の森に様子を見に来てる、とか? わたしの家に来てたのも、ひょっとして娘の知り合いがどんなだったか確かめるためだったのかしら」

 天狗の新聞や異変解決の噂話など、娘の近況を知る機会はいくらでもあったはずだ。
 そう考えると、最近の奇妙な事態が全て説明できるような気がする。さらに、魔理沙が神綺お手製のクッキーがらみであんなに感情的になっていたのも、何となく理解できる。

(なーんだ、要するに、自分がなかなかお母さんに会えないもんだから、嫉妬してたんじゃない。意外に可愛いところあるわね、あいつも)

 アリスはくすくす笑いながら、このネタで向こう一か月はからかってやろう、と決意する。この半月ほど胸にわだかまっていた疑問が解けて、気分も晴れ晴れとしてきた。
 だが、囲炉裏の向こうに座っている慧音の表情を見たとき、そんな気分の高揚など霧散してしまった。

「……慧音?」
「ん。ああ、すまん、すまんな……」

 呟くような声で詫びながらも、慧音の表情は変わらない。
 何かを強く後悔しているような、悲しんでいるような、苦しんでいるような。見ているだけで胸が締め付けられるように痛む、そんな表情だった。

「アリス。お前の推測、な。いい線いってた、と言いたいところなんだが……

 慧音は重苦しい溜息と共に、首を横に振った。

「ほとんど、間違いだ。そんな気楽な話だったらどんなに良かっただろうと、わたしは思う」
「……どういうこと? 話を聞く限りじゃ、こういうパターン以外はありえないようにしか」
「現実はそこまで単純じゃない、ということだ」

 慧音は静かに言ったあと、何かを考えるように目を閉じた。
 耳が痛くなるほどの沈黙に、アリスは身じろぎする。気付くと喉がカラカラに乾いていたが、茶に手をつけることもできないほど、空気が重い。

(なに、なんなの? あの子に、いったい何があったっていうの?)

 沈黙に耐えかねてアリスが何か言おうとしたとき、慧音がおもむろに瞼を上げた。鋭い瞳に、何かを決意した色がある。

「アリス。これからわたしが話すことは、絶対に口外しないでくれ。里の人間はもちろん、知人、友人……そしてなにより、霧雨魔理沙本人にだけは、絶対に、話してはいけない。約束してもらえるだろうか」
「……約束するのは構わないけど。なに、そんなに重要な話なの?」
「ああ。このことを知っている者は数少ない。霧雨夫妻と、わたしと……あとはおそらく、八雲紫ぐらいのものだろう」
「紫も……?」

 幻想郷の管理者にして、妖怪の賢者でもある大妖怪の名前を聞いて、アリスは身を硬くした。
 あの妖怪が関わっていて、なおかつここまで秘密にされていることとなれば、本当に重大な事実に違いない。

「……一つ、聞いてもいい?」
「なんだ?」
「何故、そんな大切なことを、わたしに話そうとするの?」
「そう、だな。上手く説明はできないが……強いて言うなら、お前が優しい奴だから、だろうか」

 霧雨夫人の儚げな微笑みが、一瞬脳裏を過ぎった。

「だからおそらく、話しても構わないだろうと思うんだ。隙間妖怪が止めに来ない辺り、彼女もそう判断したんだろう。ただ」

 慧音は唇を噛み、辛そうにアリスを見つめた。

「これを聞けば、お前は多分とても傷つくだろうと思う。もしかしたら、今後魔理沙と話すたびに、その傷が深くなるかもしれない。それでも、いいか?」

 いいか、と問われたところで、即座に答えられるはずもない。こんな風に脅すような前置きをされたら尚更だ。
 だが、それでもアリスは迷いなく頷いた。

「構わないわ。このまま聞かずに帰るなんて、ありえないもの」
「そうか。すまない。本当に、すまないな。そして、ありがとう」

 慧音は覚悟を決めたように姿勢を正し、語り始めた。

「これから、霧雨魔理沙とその周囲の人々に関してわたしが知ることを、全て話す。事の起こりは、今から二十年ほど前だ……」



 日が落ちかけ、夜の闇が迫りつつある魔法の森の中を、アリスは一人とぼとぼと歩いていた。いつもならば空を飛んで通りすぎる道だが、今はとても飛べる気にならない。
 それほどまでに、慧音から教えられた事実は、重苦しいものだった。

(……わたしは、どうすればいいんだろう。あの人は……魔理沙のお母さんは、わたしに何を求めていたんだろう。どうして、わたしに会いに来たんだろう)

 考えれば考えるほどに、分からなくなる。前は情報が足りなさすぎたが、慧音からいろいろなことを聞いた今でも、事の全容は見えてこない。

(やっぱり、本人から直接聞くしかないのかしら)

 だが、一体何から聞けばいいのか。アリスには分からない。口から出るのはため息ばかりだ。
 そのときふと、アリスは道の向こうに誰かがいることに気がついた。闇に溶け込んでしまいそうな、黒白の影。

(……魔理沙?)

 大きな木の前に立ち尽くし、こちらに背を向けているその人影は、間違いなく魔理沙だった。だが、こんなところで何をしているのか。昼間と同じで、何か他のことに意識を囚われているらしく、アリスが近づいても気付く気配すら見せない。
 何をしているんだろう、と思ったとき、闇に紛れて押し殺した声が聞こえてきた。

「……なんだよ……今頃になって……!」

 怒りに満ちたその声を聞いたとき、アリスの背筋に悪寒が走った。

(まさか……会ったの!? 会ってしまったの!?)

 迂闊だった。昼間見たとき、霧雨夫人はどこかに向かっているようだった。その行く先がアリスの家であることなど、考えずとも分かるだろうに。あまりに重い事実を聞かされて、思考が麻痺していたのかもしれない。

「魔理沙!」

 たまらず、アリスは魔理沙に駆け寄っていた。驚くように振り返った彼女の目が、闇の中でも分かるほどに赤い。泣いていたのかもしれない。

「な、なんだよ、アリス」

 魔理沙は目元を隠すように顔を伏せる。
 アリスは、どう問いかけたものか迷った。実際に二人が会ってしまったのならともかく、そうでなかった場合、余計なことまで魔理沙に知らせてしまうかもしれない。

(秘密にしておかなくちゃならないことが多すぎる……!)

 アリスはもどかしさを感じながらも、口を開いた。

「こんなところで、何をしてるの?」
「別に」
「そう。ねえ魔理沙、今日、誰か、ここを通らなかった?」

 魔理沙の体がびくりと震えた。それを見て、アリスは確信を抱く。やはり、彼女は母親と会った……仮に言葉を交わさなかったとしても、その姿を見てしまったことは間違いない。

「し、知らないな」

 だが、魔理沙は首を振る。声が震えているから、嘘を吐いているのは明白だ。
 アリスは、話していい範囲がどこまでか、素早く計算しながら問いかけた。

「ねえ魔理沙、正直に答えてくれない?」
「わたしはいつだって正直だぜ。っていうか、なんでそんなことにこだわってるんだよ」
「それは……実は最近、わたしの家に通ってるお客さんがいてね」
「なんだって!? そんなバカな……い、いや」

 魔理沙は途中で驚きを引っ込めて、無理に目をそらした。

「ふ、ふーん、そうなのか。どんな人なんだ?」
「わたしも詳しくは……それこそ名前すら知らないんだけど、人間の里の人なんだって聞いてる。最近、よくいらっしゃるの。女のひとよ。そういえば、ちょうどあんたと同じ髪の色ね」

 今初めて気づいた、という風を装って言うと、魔理沙は恥じるように帽子を引き下げた。

「何をしに来てるんだ、その人は?」
「知らない」
「知らないってお前」
「わたしが道に迷った人を拒まないことは、あなただって知ってるでしょう? あの人は何も話さなかったから、わたしもなにも聞かなかったのよ」
「……そうかい」

 魔理沙は小さく呟いた。自分とその人の関係をアリスが知らなくてほっとしているような、もしくは、その人がなんのために魔法の森に来ていたのか分からなくて残念がっているような、複雑な顔だった。

「その反応……やっぱり、あの人に会ったのね?」

 問い詰めるように言うと、魔理沙ははっとした表情で首を横に振りかけて、止めた。

「……ああ。会ったっていうか、遠くから見ただけだけどな」
「どこに行ったか分かる?」
「知らない。でも少なくとも、アリスの家の方じゃないぜ。なにせ、わたしの顔見て逃げちまったからな」
「なっ」

 アリスは絶句する。つまり、道を外れてしまったということか。

「まずいじゃないの、それ!」
「なにがだよ。大丈夫だろ、今更取って食われる人間がいるわけもないし」
「だからって絶対に安全とは言い切れないでしょう!?」

 幻想郷は平和な世界である。
 博麗大結界による制約などで妖怪が人間を襲えなくなっているため、妖怪に食われて命を落とす人間など、もはや伝承の中だけの存在と言っても過言ではない。
 だからと言って、全く危険がないというわけでもない。妖怪がからかい半分に人間にちょっかいを出してやりすぎることだってあるし、妖精に道を迷わされて、危険なところに足を踏み入れる可能性もある。
 そもそもこの魔法の森自体、幻覚作用のあるキノコの胞子が空気の中を漂っている、力のない者にとっては相当に危険な場所なのだ。
 魔理沙が霧雨夫人に遭遇したのがいつなのかは分からないが、森の奥まで迷い込んでしまっているとしたら、かなりまずい事態である。
 アリスは慌てて魔理沙の服の袖を引っ張った。

「来て。一緒にあの人を探しましょう」
「なんだよ、引っ張るなよ」

 魔理沙は苛立たしげに腕を振り、アリスの手を振りほどく。

「大丈夫だって。どうせ今頃は人間の里に帰ってるさ」
「そんなの分からないでしょう!?」
「うるさいなあ。何をそんな必死になってるんだよ」
「あなたこそ、なんでそんなに落ち着いていられるの!?」

 ――あの人は、あなたのお母さんなんでしょ!?

 アリスは喉から出かかったその言葉を、寸でのところで飲みこんだ。いま、言っていいことではない。

「……よく分かんないけど」

 黙り込んだアリスを見て、魔理沙はおもむろに木々の向こうを指さす。

「その人なら、あっちの方へ行ったぜ。わたしらと違って完全に歩きだから、足跡ぐらいは残ってるんじゃないの」
「あなたは一緒に探してくれないのね」
「だからそう言ってるだろ。わたしはお前と違って暇じゃないんだよ」

 そっぽを向く魔理沙を数秒間も見つめたあと、アリスは一人で指差された方向へと走り出した。

(……馬鹿! 魔理沙の意地っ張り!)

 アリスは胸中で友人を罵りながら、魔法で灯りを出現させて足下を照らした。
 幸い、魔法の森のぬかるんだ地面には、人間のものと思しき足跡が一つだけ、はっきりと残っていた。これならば、見つけること自体は難しいことではないかもしれない。

(妙なことになっていなければいいけど)

 もしも万一のことがあったら、あまりにも後味が悪い。どんなことになっても必ずあの人を連れ帰らなければならない、と、アリスは強く決意を固める。
 足跡は、森の奥深くまで続いていた。目立つから見失うことこそなかったが、奥へ奥へと進むごとに不安が大きくなってくる。

(この辺りまで来ると、キノコの胞子も相当な量だわ)

 それが森に慣れていない人間にどれだけの負担をかけるのか。考えれば考えるほど想像が悪い方向へと向かい、アリスは強く唇を噛む。
 そのとき、夕闇に沈みかけた木々の向こうから、獣たちの唸り声が聞こえてきた。

(もしかして……!)

 アリスは足を速める。果たして、少し先の開けた場所に、霧雨夫人が倒れていた。いつも彼女が持っていた鞄も、近くの地面に投げ出されている。まさか、と青くなったのは一瞬のこと。倒れている彼女から、弱々しいながらも確かな生命の鼓動を感じ取る。どうやら、気を失っているだけらしい。
 ほっとしたのも束の間だった。よく見ると、さほど安心できる状況でもない。彼女の周囲を、数匹の妖獣が唸りながら取り囲んでいる。スペルカードの行使などできるはずもない、知能の低い連中だ。

(まずいわね、かなり興奮しているみたい……早く追い払わないと)

 焦りながらさらに足を速めたとき、不意に森の闇を貫いて、眩い閃光が走った。
 木々を派手に吹き飛ばしながらアリスの横を通り過ぎたその光は、獣たちの一部を消し飛ばしながら夕闇の空へと消える。難を逃れた他の獣も、悲鳴を上げて散り散りになった。

(マスタースパーク)

 友人が得意とする必殺の魔法である。アリスが後ろを振り返ると、夕闇の空を逃げるように飛び去る黒白の影が見えた、気がした。

(……ひねくれ者)

 少しだけ悲しい気持ちで笑いながら、アリスは霧雨夫人に駆け寄る。幸い、夫人の体に外傷は見当たらなかった。
 ふと気がついて、近くに落ちていた鞄を拾い上げる。そして何気なく中を覗き込んで、目を見開いた。



 少し迷ったが、アリスは夫人を自分の家に運び込んだ。一階の一室を片付けて、できる限り魔法関連の物を除いた後、ベッドに寝かせる。
 あのまま人間の里に運ぶことも考えたが、あそこからでは少し遠いし、気絶したまま運んではあらぬ誤解を招くかもしれない、と思ったのだ。なにより、アリスは夫人にあまり長い間手を触れていることはできない。
 今、アリスは一人、夫人が寝ている部屋の隣の部屋で、彼女が起きてくるのを待っている。紅茶を準備することもせず、ただじっと椅子に座っていた。
 やがて静かに扉が開き、夫人が恐る恐るといった感じで姿を現した。

「目が覚めたんですね。良かった」

 駆け寄ろうとして、アリスは足を止めた。それを見た夫人が、悲しげに目を細める。

「ごめんなさいね」
「いえ……そちらへどうぞ。このぐらい距離があれば大丈夫ですか?」
「ええ。本当に、ごめんなさいね」

 夫人は恐縮しながら、アリスが示した椅子に座る。二人で向かい合って話すには少々離れすぎているが、今は仕方がない。
 アリスは念のため、ぐるりと部屋を見回した。この部屋からも、魔法関連の品は片付けられている。今の彼女はほぼ完全に身一つで、人形の一つも持っていない。

「ありがとうございます。ここまで気を使っていただかなくてもよろしかったのに」
「いえ。ご気分はいかがですか」
「大丈夫です。動転して、森の奥に入り込んでしまったんですね。しばらく闇雲に走って、それ以降の記憶が全くありませんもの」

 そう言って、霧雨夫人は少し首を傾げた。

「あなたが、助けて下さったのよね」

 言葉とは裏腹に、夫人の瞳には否定を期待するような色がわずかに含まれている。アリスは微笑んで、首を横に振った。

「運び込んだのはわたしですけど、助けたのは魔理沙です。妖獣に囲まれているあなたを見て……自分で『危険はない』って断言してたのに、こっそりわたしの後をつけてきて、あなたが妖獣に囲まれてるのを見た途端に魔法を撃って」
「そう、ですか。あの子が」

 霧雨夫人は俯いてじっとしたあと、そっと目元を拭った。

「ごめんなさいね」
「いえ」

 短く言葉を交わす。霧雨夫人は、顔を上げてまっすぐこちらを見つめてきた。

「そのご様子ですと、わたしのことを誰かに聞かれたのですね」
「はい。慧音……上白沢慧音さんに」
「そう、慧音様に……あの方も、あなたのことを信頼されているのね」
「あなたのことで、とても後悔しているみたいでした」
「真面目で、責任感のある方ですからね。本当は、あの方が自分を責めることなど何もないのだけれど」

 霧雨夫人は少しの間目を閉じたあと、おもむろに問いかけてきた。

「それで、あなたはどこまでご存じなのかしら」

 アリスは、少し前に慧音に聞かされた内容を反芻した。



「事の起こりは、今から二十年ほど前だ」

 慧音はゆっくりと語り出した。

「人間の里のある一家が、行方不明になった」
「行方不明?」
「ああ。里の中でも特に貧しい一家でな。それを恥じてか、少し周囲との付き合いが薄いところがあったから、いなくなったことが知れるまでに時間がかかってしまった。必死の捜索……それこそ天狗たちに頼み込んで、幻想郷全域に捜索願いを出したぐらいだったが、それでも一家の行方は杳として知れなかった。一週間も経つころになると、誰もが諦めかけていたよ。きっと、知能の低い妖怪なんかに食われてしまったに違いない、とな」
「だけど」
「ああ、あり得ないことだ。どれだけ知能の低い妖怪だって、八雲紫の恐ろしさは本能で知っているはずだからな。だから私は他の連中の言葉を肯定せず、必死で探しまわった。それでもやはり、一家は探しだせなかった」

 妙な話だな、とアリスは思った。
 幻想郷のバランスを維持しなければならない関係上、里の人間は八雲紫によって保護されている。物事の境界を操る程度の能力で、ありとあらゆる場所に出現できるはずの彼女に、探し出せない人間がいるとは思えない。
 アリスの表情から考えていることを察したのか、慧音は小さく頷いた。

「ああ。八雲紫ならば何か知っているのではないか、と私も考えた。だがな、彼女ですら、あの一家がどこに行ってしまったのかは分からなかったんだ」
「そんなことって」
「あり得ない、と思うだろう。わたしも当時そう思った。もしかして、この女が何かの目的で一家を隠したのではないか、と疑ったぐらいだ。だがそれこそあり得ない話だった。里のどんな人間よりも、八雲紫が一番混乱し、焦っていたんだからな」
「あの紫が?」
「そうだ。信じられんことにな。八雲のあんな表情を見たのは、あとにも先にもあのときだけだったよ。ほぼ全能と言っていい彼女だけに、自分にも把握できない事態というのは経験したことがなかったんだろうな」

 慧音は小さく息を吐く。

「ともかくも、捜索は完全に暗礁に乗り上げた。一家の行方が分かったのは、彼らがいなくなってから実に三か月の月日が経過してからだった」

 逆に言えばそれだけ長い間紫にも探し出せなかったということだ。事態の異常さを、アリスは改めて認識する。

「それで、その人たちはどこにいたの?」
「……魔法の森だ。正確には、その奥深くにある、とある魔法使いの家の中だった」
「え……? じゃ、じゃあ」
「そう。犯人は、魔法使いだった」

 絶句するアリスに、慧音は淡々と説明する。

「後で発見されたその魔法使いのレポートによると、奴の研究には幻想郷の人間が必要不可欠だった、らしい。この地で生まれ育った人間の血肉と魂に、何か特殊な要素が宿っている、とかでな。まあ、八雲は一笑に伏していたが。だがその男は暗い森の中で一人研究を続けてその結論に至り、とうとう八雲紫すら出し抜いてみせたんだ」
「ど、どうやって!?」
「分からん。だが、奴が恐ろしいほどの執念でそれを成し遂げたのは間違いない。私などには到底理解できない手段で、八雲の『境界を操る程度の能力』はもちろん、幻想郷のありとあらゆる強者の目からも逃れてみせたんだ、奴は。八雲ですら驚愕していたよ、『まさか、こんな手があったなんて』とな」

 アリスは薄ら寒いものを覚えた。八雲紫の能力すら凌駕してみせた、その魔法使いの執着心の源になったもの。その正体が、理解できるような気がしたからだ。
 それはつまり、自分ですらもその領域に踏み込んでしまう可能性がある、ということで。

「……どうした、顔が青いぞ?」

 慧音が心配そうにこちらを見つめている。アリスは慌てて首を振った。

「いえ……あまりにも、異様な話だから」
「異様、か。そうだな。実際に事に関わっていた私ですら、未だに信じられないぐらいだ。あんなことができる奴が、この世に存在したことがな」

 数瞬、沈黙が訪れる。アリスは唾を飲み込んで、話の続きを促した。

「それで、その人たちは……?」
「……見つかったよ。その魔法使いの家の地下室でな」

 慧音の顔が歪んだ。怒りや苦しみや悲しみ、そして何よりも強い後悔が、入り混じった表情だった。

「酷いものだった。いや、そんな言葉で言い表せるようなものじゃない。忘れたくても忘れられない。今でも、あの地下室にあったもの全てを鮮明に思い出せるぐらいだよ」
「一体何が……?」
「それを説明することだけは、どうか許してほしい。話すどころか、思いだすだけでも吐き気がこみ上げてくるんだ。それに、奴の狂った研究の内容など、話の本筋には大して関係がないからな。ともかくも、魔法使いは八雲の怒りにより存在の欠片すら残さずこの世界から消滅し、一家は発見された」
「発見された、ね」
「そうだ。そのときまでかろうじて人の形を保っていたのは、一人だけだったからな。ある程度元の形に戻すのには、八雲ですら苦労しただろう。生きてはいたが、とても、救出などと呼べるものではなかったよ」
「それ以外の人たちは……」
「説明しなければいけないだろうか」
「いえ、いいわ。じゃあ、紫ですら、その人たちを元には……」
「ああ。だから、生き残ったのは一人だけだ」

 またも沈黙。アリスは躊躇を覚えながらも、静かに問いかけた。

「その人が、魔理沙のお母さんなのね」
「そうだ。前置きが長くなって悪かったな」
「いいえ。魔理沙が実家から勘当されている本当の理由って、今の話を知らなければ理解できない類のものなんでしょう?」
「まあな」
「続きをお願い」
「ああ。それで、救出されたその少女は、事の真相を隠して里に戻されることになった」
「混乱を起こさないために?」
「それもある。魔法使いに対する反感が高まって人心が乱れるのは、幻想郷にとっても良くないことだからな。だが、それよりもまず、彼女自身がそれを望んだ、ということの方が大きい」
「じゃあ、記憶を封印したの?」

 歴史食いの慧音や紫の力なら、それも不可能ではないように思える。だが慧音は首を振った。

「いや。彼女はそれを望まなかった。あくまでも、今までの記憶を保ったまま、今後も幻想郷で一人の人間として生きていくことを望んだんだ」
「それは……なんていうか、強い人なのね」
「ああ。案外、魔理沙のあの図々しさは遺伝かもしれんな。まあ、素直な形では伝わっていないようだが」

 アリスは少しだけ笑った。慧音の今の説明が、ひねくれ者の魔理沙によく似合っているように思えたからだ。
 慧音もそれに応えるように、寂しそうに笑った。

「彼女は、平穏な幻想郷を愛していると言っていた。だからこそ、全てを背負って生きていたいと。それでも消えていた期間のことを周囲に説明するのは難しかったから、表向き、その三ヶ月間のことは何も覚えていない、ということにしたがな。怪しむ輩も多かったが、八雲が関わっていることを仄めかしたら、全員大人しく黙り込んだよ」
「でしょうね」
「里に戻った彼女は、元の家で一人で生活し始めた。辛い思い出もあっただろうにな。わたしもあれこれ気を遣ったし、八雲も何かと世話を焼こうとしていたようだが、根本的には何も出来なかった。彼女を本当の意味で救ってやれたのは、霧雨一人だっただろうな」
「霧雨、っていうと……魔理沙のお父さん?」
「ああ。当時代替わりしたばかりの、大手道具屋、霧雨店の店主さ。昔から豪放磊落というか空気が読めないというか、ともかく自分の情熱に任せて突っ走る男でな。周囲の者が不気味がって霧雨夫人に近づかない中、奴だけは構わず連日のように彼女の家に通い詰めたんだ。魔理沙の押しの強さというか意志の強さは、間違いなく遺伝だな」
「やっぱり素直には伝わってないみたいだけど」
「世の中というのは、ままならんものなのさ」

 もっともらしく頷く慧音に、アリスはまた少し笑った。

「奴が彼女の魅力にすっかり参ってしまっていることは誰の目にも明らかだった。なにせ、会って十分も経たない内に結婚すると言い出したぐらいでな」
「早すぎない!?」
「うむ。魔理沙の行動力は間違いなく遺伝……いやそれはもういいか。まあともかく、二人の間にどういうやり取りがあったかは分からんが、最終的には彼女も奴を受け入れた」
「それは、どういうレベルで?」
「結婚したとき、奴は彼女の過去を全て知っていた……と言えば分かるか?」
「ええ」
「周囲の人間も、あまりに幸せそうな霧雨に呆れ返ったらしい。それ以後夫人を妙な目で見る輩は一人もいなくなった。彼女は真の意味で、人間の里に帰ってきたんだ」
「良かった」

 なかなか幸せな顛末に、アリスはほっと息を吐く。だがもちろん、話がこのままハッピーエンドで終わるとは微塵も考えていなかった。案の定、慧音の表情もまた厳しいものに戻る。

「……そうして一年もしない内に魔理沙が生まれた。霧雨店の経営も相変わらず順調だったし、少なくとも先の心配は何もいらないだろう、と、誰もが胸を撫で下ろした」
「でも、問題が起きたのね」
「ああ。とは言え、兆候はあった。霧雨が結婚してから急に、あの店は魔法関連の品を一切扱わなくなった」
「それは……別に、おかしなことじゃないと思うけど。奥さんの過去を知ってれば、旦那さんだってそうしたくもなるでしょう?」
「わたしも当初はそう考えていたよ。辛い記憶を連想させる物を、彼女の周囲から遠ざけているんだろうと。だが、よくよく考えてみればそれはおかしい」
「どうして」
「彼女自身が、そんな風に周囲に迷惑をかけることを望むはずがない。そもそも、全てを背負って生きていこうと決意した彼女に対してそんな気遣いを見せること自体、彼女の生き方を侮辱する行為だとは思わないか?」
「それは、そうかもしれないけど。じゃあ一体どうして?」

 不意に、慧音の瞳が細められた。真っ直ぐに、こちらを見つめてくる。

「ここから先が、お前にとって辛い話だ。心して聞いてほしい」

 戸惑いながらも頷くアリスに、慧音は重々しい口調で語り始めた――。



 そこまでアリスが話し終えたとき、霧雨夫人は静かに言った。

「……では、わたしの体のことも、もうご存じなのですね」

 アリスは頷いた。

「そう」

 霧雨夫人は寂しげに目を閉じる。
 彼女を襲った忌まわしい出来事……魔法使いの狂った実験の影響は、八雲紫が完全に取り除いたはずだった。だが、ほぼ全能である彼女にも除去できない後遺症が、霧雨夫人の体に呪いのように刻みつけられていたのだ。

「……事が発覚したのは、わたしが結婚して、霧雨店を手伝うようになってからです。それまでは何の問題もなかったのに、急に具合が悪くなることがあって……頭痛や目眩や嘔吐感……ときには、苦しさのあまり気を失ってしまうことさえありました。いったい何が原因なのだろうと皆が訝っていたとき、主人が原因に気がついたのです。わたしの体調が悪くなるとき、必ず周囲に魔法関連の品が存在していた、と」

 アリスは膝の上でぎゅっと手を握った。

「つまり……」
「そう。わたしの体は、魔法というものに対して極端なまでの拒否反応を示すようになっていたのです」

 それは本当に極端な反応で、直接魔法を行使する魔法使いと接することはもちろん、たとえわずかでも魔法の影響がある物品が周囲に存在するだけで、たちまち体調がおかしくなってしまうほどらしい。
 それこそ、魔法使いが淹れた紅茶になど、口をつけることすらできないのだ。

「原因は不明でした。あの忌まわしい実験のせいかもしれませんし、単純に私の深層意識が、魔法というものを忌避しているせいなのかもしれません。八雲様にも相談してみましたが、あの方ですら、この症状を取り除くことは不可能でした」

 紫によると、魔法に対する拒否反応を誘発する要素は、すでに霧雨夫人の魂と密接に絡みついていて、除去しようとすると魂ごと消し飛ばさざるを得ないような、極めて厄介なものだという。
 アリスが慧音から聞き及んでいたのも、大体この辺りまでだ。この後……なぜ魔理沙が勘当されるようになったのか、その辺りはこれから聞くことになるだろう。

「結局、わたしたちは諦めるしかありませんでした。わたしは迷いました。このままでは主人や店の皆にも迷惑をかけてしまう、と。本当なら店から出て行くべきだったのかもしれませんが、それは出来なかった。主人に言われたんです、『生まれてくる子供を母なし子にするつもりなのか』と」

 その症状が発覚した当時、夫人は既に魔理沙を身ごもっていたらしい。

「……わたしは結局、主人のすることを見守るしかありませんでした。あの人は店に損害を与え、取引のあった人々や立ち退きを強制された人々の非難を一身に受けながら、わたしを守ってくれたのです」

 こうして、霧雨店は魔法に関する品を扱わなくなった。もちろん事の真相を正確に把握している者はほとんどおらず、周囲の者は「霧雨の親父が急に魔法嫌いになったらしい」程度の認識を抱くに留まる。
 今から、十数年前の話だ。

「主人には申し訳ないと思いつつも、そこまでわたしのことを想ってくれることが、素直に嬉しくもありました。だから、わたしは改めて決意したのです。良き妻としてこの人に一生尽くし、良き母として生まれてくる子供を立派に育て上げよう、と」

 やがて魔理沙が生まれ、一年、二年と時が過ぎた。幸い、主人の商才は確かなものだったらしく、魔法に関する品を扱わなくなってからも、霧雨店は大手と呼ばれるだけの規模を保ち続けた。自分の体質が娘に悪い影響を及ぼすのではないか、という夫人の心配も杞憂に終わり、魔理沙は他の子供たちよりも余程元気に育っていったという。

「本当に、元気な子でね」

 霧雨夫人の顔に、穏やかな笑みが浮かぶ。

「店の中を走り回っては悪戯ばかり繰り返して……それでいて、自分が犯人だとバレないようなことは絶対にしないんですよ。謝りもしなかったけど、ちゃんと最後にはバレて、父親にお尻を叩かれるように計算して悪戯しているみたいでした」
「その頃からひねくれてたんですねえ……あ、ごめんなさい」

 ついしみじみと呟いてしまってから、アリスは口を押さえた。夫人がおかしそうに笑う。

「いえ、いいんですよ。実際、素直じゃない子でしたからね。でも気持ちは真っ直ぐで、誰にでも分け隔たりなく接して……本当に、みんなの人気者でしたよ、あの子は」

 懐かしむ夫人の表情に、ふと、影が差す。

「……何かがおかしくなり始めたのは、あの子が9つぐらいになった頃からでしょうか。あの子が周りにいるとき、不意に体調が悪くなることがあって……いったいなんだろうと、疑問には思ってはいました。いえ、本当は、薄々勘付いていたのかもしれません。ただ、目をそらしていただけなのかも」

 魔理沙はその頃になると、時折店から姿を消して、どこかへ行ってしまうようになったという。きっと狭い店の中が退屈になって、秘密の遊び場へでも行っているんだろう、と、多くの者は気にも留めなかった。

「それでも心配でしたから、それとなく周囲の人たちに聞いてみたりしたんですけどね。そしたら、どうやら博麗神社に遊びに行っているらしいって言われて。それを聞いてわたしは安心しましたよ。あそこならば特に危険なこともないだろう、と。むしろあの子が悪戯をして巫女様に迷惑をかけていないか、その方が心配だったぐらいです」

 魔理沙は夜になる前にはちゃんと帰ってきていたので、他の者もさして心配はしなかったらしい。ただ霧雨夫人だけが、たまに悪化する自分の体調に、漠然とした不安を抱いていた。
 そして、魔理沙の10の誕生日のとき、夫人はついに目をそらしていた真実に直面することになる。

「……誕生日のお祝いも終って、みんなが寝静まった頃……寝室に入ってきたあの子が、わたしを揺すって起こしたんです。物怖じしない子供で、夜一人で厠へ行くのも怖がりませんでしたから、いったい何だろうと思いました」

 夫人は咳を堪えながら、何かウキウキした様子の娘に黙ってついて行った。そして店の裏手まで来て、誰もいないことを確認した魔理沙は、顔を輝かせて「母さん、見て見て!」と手を差し上げたという。

「……呆然としましたよ。あの子が掌から出してみせたのは、明らかに魔法の光だったのですから」

 それでも、その当時の魔理沙は魔法使いとしては駆け出し以下だったため、夫人の体調もさほど悪化することはなかった。
 夫人はそのとき少し咳きこんだが、「大丈夫?」と心配そうに声をかけてくる娘に、笑いかける程度の余裕はあったそうだ。

「『大丈夫よ。凄いわね、とても綺麗だわ』と言ったら、あの子は本当に嬉しそうに笑って、『みまさまの魔法はもっと凄いんだよ! わたしもいつか、あのぐらい綺麗な魔法を使えるようになって、母さんに見せてあげるから!』ってはしゃいでいました」

 魅魔、という名前に、アリスは聞き覚えがあった。数年前、魔理沙や霊夢と共に魔界を訪れ……というか襲撃して、滅茶苦茶に荒らしまわった挙句に神綺すら倒して意気揚々と帰っていった悪霊……いや、崇り神だった、ように思う。

(そっか。じゃあ、その頃から魔法を習い始めたのね、魔理沙は)

 魔理沙の魔法の腕は、日に日に上達していった。今までのように悪戯をすることもなくなり、ただひたすらそれだけに打ち込んでいる様子だったという。

「あの子が魔法を使うようになったことは、もちろんわたし以外には秘密にしていました。『父さんは魔法が嫌いみたいだから、母さんとあなただけの秘密にしておきましょうね』と言ったら、あの子も渋々ながら納得してくれたようです」

 そして魔理沙はますます魔法に打ち込み、夫人の体調は日に日に悪化していった。それでも、一年間ほどは周囲にばれることもなく、なんとか耐えられていた。破綻が訪れたのは、魔理沙の十一歳の誕生日の直前だった。

「……いつものように新しい魔法を見せてくれたあの子と別れてから、わたしは血を吐いて倒れてしまったんです。幸い、発見してくれたのは主人だったので、あの子にも店の人たちにも、知られることはありませんでした」

 だが、もはや隠し通すことは不可能となった。問い詰めることもなくただじっと自分を見つめてくる夫に、夫人は何もかもを話したという。

「そしてわたしたち二人は、夜まで話し合った末に、あの子を勘当することにしたのです」
「どうしてですか?」

 アリスは困惑する。今までの話からすると、夫人は魔理沙が魔法を使っていること自体には特に悪感情を持っていないようだった。それどころか、娘の成長を喜び、応援しているようにすら思える。
 たとえ魔理沙と一緒にいられなくても、離れて暮らすだけでいいのではないか。縁まで切る必要はないのではないか。アリスにはそう思えてならない。
 その疑問に答えるように、夫人は静かに言った。

「そうしなければ、あの子が傷ついてしまうと思ったからです」
「傷つく……魔理沙が?」
「そう」

 夫人は目を細め、厳しい表情を作った。

「たとえ何も知らなかったにせよ、あの子が魔法を使ったことが原因で、わたしが一年間も苦しんでいたのは紛れもない事実なのです。もしもそれを知ってしまったら、あの子はどれだけ傷つくでしょう。どれだけ自分を責めるでしょう。もしかしたら、この母のことを想って、魔法の道を諦めてしまうかもしれません。あの真っ直ぐな子に、そんな風になってほしくはなかった」
「じゃあ、まさか……!?」
「そう……わたしたちは、『魔法に理解を示さない愚かな両親』として振舞うことで、あの子の心を守ってやろうと考えたのです」

 演技は速やかに実行に移された。魔理沙の父は、娘が母に魔法を披露している現場を偶然目撃し、激しく責め立てる。母もそれ以降は父に怯え、昔のように娘の魔法を見ることはしなくなり、むしろ反対するようになった。

「きっと、裏切られたと思ったことでしょう。その後、あの子がどれだけ魔法の素晴らしさを説いても、わたしたちは一切耳を貸さず、『魔法使いになるなど絶対に許さない、諦めないというのなら家から出て行け』の一点張りを押し通しました。きっと、深く傷ついたでしょうね。けれども、あの子が自分で自分を責めるよりは、ずっといいと思った。下らない親の下に生まれついてしまった、と思ってくれた方が、ずっと」

 ……それから程なくして、魔理沙は自ら絶縁を宣言し、霧雨店を出て行った。怒りに肩を震わせ、泣き喚きながら店を破壊して、空の彼方に飛び去ったという。

「その後のことは、昔店で修業されていた森近さんという方にお願いしてありました。魔理沙にいくらかでも理解を示し、助けてやってほしいと」

 そうして、魔理沙は今でも自分に理解を示してくれなかった両親を恨み、魔法使いとして一人立派に頑張っている自分に誇りを持って、何の後ろめたさもなしに幻想郷の空を飛び回っている。
 霧雨夫人は、ついに娘の心を守り抜いたのだった。

「……あなたがわたしのところへ来たのは、魔理沙のことが心配だったからですね?」

 問いかけると、霧雨夫人は何かを恥じるように頷いた。

「ええ。昔の娘は博麗の巫女様以外とはあまり交友関係がなかったけれど、最近魔法の森に住み始めた、アリス・マーガトロイドという魔法使いとは、そこそこ交流があるらしい、と聞きまして。あなたには失礼なことですけれど」
「いえ、いいんです。お気持ちは分かりますから」

 夫人の過去を考えれば、仕方のないことだ。その魔法使いが娘に何か害を及ぼさないかと、心配になったのだろう。それで、自分の体調が悪化するのも厭わずに、アリス・マーガトロイドの人格を見定めに来た。

「……もしもわたしが悪人だった場合」

 アリスは、部屋の片隅に置いてある、夫人の鞄を指さした。

「あれで、殺すつもりだったんですね?」
「はい」

 隠すこともなく、夫人は頷いた。
 あの鞄の中には、一振りの包丁が入っていた。台所で長く使われていたものらしく、ところどころ刃が欠けているような粗末なものだ。大手道具店の夫人が誰にも知られず持ち出せる武器など、それぐらいしかなかったに違いない。
 当たり前の話だが、そんな物で魔法使いを殺すことなど到底不可能である。夫人とて、そのぐらいのことは分かっていたはずだ。

(分かっていてもなお、来ずにはいられなかったのね)

 むしろ、取り乱して騒いだり、興奮して怒鳴りこんだりして来なかっただけ大したものである。ひょっとしたら、今日まで彼女が魔理沙と出会わなかったのも、偶然ではないのかもしれない。
 この夫人は、胸が張り裂けんばかりに娘のことを想いながら、それでも極限まで自分の感情を抑えて冷静に行動してみせたのだ。

(強い人だわ)

 それ故に、アリスの胸は痛んだ。

「それで、わたしはあなたの目に、どんな存在として映りましたか?」
「とてもお優しい方と」

 数日前に聞いたのと同じセリフを、夫人はまたも口にする。
 しかし、アリスは首を横に振った。

「それは誤解です。わたしだって、あなたを苦しめた魔法使いと、それほど大きな差はないんです」

 昼間に会った女の子や、自分を信頼していろいろなことを話してくれた慧音の顔が、頭の中に蘇る。彼女たちだけでなく、魔理沙や霊夢、その他、幻想郷で知り合った者たちの顔も。

「魔法使いというのは、自らの好奇心や探究心を燃料にして心を燃やし、魂を暴走させて、ありとあらゆる障害を飛び越えてしまう存在です。倫理も躊躇も罪悪感も恐怖も、何もかもが自らの目的の前には意味をなさない。わたしたちは、そういった種族なのです」

 夫人の人生を狂わせた魔法使いがいい例だ。彼は八雲紫を恐れなかったばかりか、長い探究の末に、あの大妖怪を出し抜く方法を編み出してしまった。何の罪もない人間に、妖怪ですらやらないほどの非道な実験を施すことを微塵も躊躇わなかった。
 だが、それはアリスとて同じかもしれない。
 もしも、人形の研究に人間の血肉が不可欠だったら?
 もしも、霧雨魔理沙の魂があれば、完全に自律した人形を作ることができる、と言われたら?
 そんな状況で、はたして自分が欲望に抗えるのかどうか。
 今のアリスは、自信を持って断言することが出来ない。

「……わたしが魔理沙とそこそこ仲良くやれているのは、単なる偶然に過ぎません。決して、わたしが優しいからではないんです。ひょっとしたら、これから先、彼女と敵対し合うこともあるかもしれません。その果てに、あなたの娘の命を奪う可能性だって」
「いえ、絶対にそうはならないと思いますわ」

 夫人は即座に断言した。その言葉の静かな力強さに、アリスは数瞬、圧倒される。

「……なぜ、そう言い切れるんですか?」
「あなたが、とてもお優しい方だからです」
「ですから、それは」

 反論しかけて、アリスは口をつぐんだ。真っ直ぐにこちらを見つめてくる夫人の瞳は、微塵も揺るがない。何を言っても自分の意見を変えないだろうと、問答無用で分からせてくれる強さだ。

(……さすが、親子だわ)

 アリスは肩の力を抜いて、笑った。

「分かりました。でしたら、そういうことにしておきましょう」
「ええ。どんなときも忘れずに、心に刻みつけておいてください。そうすればきっと、負けずにいられると思いますわ」

 何に負けないのかは、敢えて聞かなかった。それでもなんとなく、そうかもしれない、と思えた。
 それきり二人は何も言わず、ただ沈黙だけが流れた。
 今日知った、いや、知ってしまった様々な事実が、アリスの中でグルグルと渦を巻く。

(この人は、今も魔理沙のことを愛している。魔理沙だって、きっと心の底ではお母さんと仲直りしたいと思っているはず。だけどそのことを伝えることはできない。伝えてしまったら、隠していた真実が明るみに出て、魔理沙の心を傷つけるから。それに、今更それが分かったところで、あの子はもう戻れないところまで来てしまった。もうどうしようもない。二人は一生寄り添えない。分かり合えない。この人の想いは、絶対に、魔理沙には伝わらない。伝わっては、いけないんだわ)

 頭に浮かんでくるのはどうしようもない現実ばかりで、アリスは強く、唇を噛む。
 こんなにも、何もかもを知ってしまったというのに、彼女に出来ることは何一つなかった。

「写真」

 不意に、霧雨夫人が呟いた。アリスは驚いて顔を上げる。夫人の口元に、何かを誇るような、優しい微笑みが浮かんでいた。

「以前、天狗の撮った写真を見ました。スペルカードルールに基づいた、名誉決闘の写真を」
「それは、もしかして……」

 ――焼き増ししてもらったんだぜ。よく撮れてるだろ。

「あの子の作った……ええと、弾幕、と言うんだったかしら?」
「……はい」
「そう、弾幕。それが、とても綺麗に写っていてねえ。あの子がこれを作り出したんだと思うと、胸が誇らしさで一杯になった」

 ――妖怪の山はもちろん、人間の里でも大評判って話だぜ!

「本当に、綺麗で……この写真を見た人みんなに、これは私の娘が作ったんですよ、こんなにも美しいものを作り出せる人間が、わたしの娘なんですよって、自慢して回りたくなったわ」

 ――これ見たら、どいつもこいつも感動して

「……あの子のそばで弾幕を見上げて、綺麗だよって褒めてあげられないのが、本当に残念。悔しいわ。今すぐにでもあの子を抱きしめて、頭を撫でてあげたいのに」

 ――どんな奴だって、魔法大好きになること間違いなしだぜ!

(……魔理沙!)

 堪え切れず、アリスの目から涙が溢れ出した。

(あんたって子は、本当に、どうしようもないぐらいに不器用で、意地っ張りで、自分勝手で、ひねくれ者で……悲しいぐらいに真っ直ぐで)

 泣いてはいけない、自分に涙を流す資格はない、本当に泣きたいのは、目の前にいる女性のはずだ……心の中で必死に言い聞かせても、どうしても涙が止まらなかった。
 そんなアリスを、不意に、温かいものが包み込む。
 驚いて顔を上げると、優しく微笑む霧雨夫人が、アリスの体をそっと抱きしめていた。
 途端に、夫人の口から、咳が一つ飛び出す。

「だ、ダメです、こんなことをしたら……!」
「大丈夫、です。せめて、このぐらいは、させてください」

 激しい咳の合間に、夫人は申し訳なさそうに囁いた。

「悲しい思いをさせてしまって、本当に、ごめんなさいね」

 謝らないでほしかった。この人は、何も悪いことなんかしていないのに。
 激しく咳き込む夫人の体にしがみつくことも、突き放すこともできず、アリスはしばらくの間泣き続けた。

 アリスが泣き止んだあと、夫人は安堵した様子で椅子に戻った。しばらくすると咳も治まり、幾分か顔色もよくなってきたようだった。

(本当に、魔法に対して拒否反応が起きるのね)

 アリスは寂しい気持ちで分析する。確かに、これでは症状を隠し通すことなど無理だっただろう。魔理沙が魔法の道を志す限り、こうなるのは必然だったのだ。

「アリスさん」

 不意に、夫人が口を開いた。青ざめた顔に、祈るような表情が浮かんでいた。

「私に、こんなことをお願いする資格はありませんけど……どうか、娘のことをよろしくお願いしますね。いろいろとご迷惑をかけているみたいですけれど、根は真っ直ぐな子なんです」
「分かってます、大丈夫ですよ。ただ、わたしだって、してあげられることはあまりありませんけど」
「あなたのようなお優しい方が、そばにいてくださるだけで十分です。ありがとう」

 夫人は疲れたように目を閉じ、だが満足げに、長い息を吐き出した。

(……何か、してあげたい)

 アリスはもどかしさを覚えた。なにか、この人にしてあげられることはないか。自分の全てを犠牲にして娘の心を守ってきたこの人に、ほんの少しでも報いを与えられることはないか。
 少なくとも、魔理沙が実家に対して複雑な想いを抱いていることだけは事実なのだ。ここ数日の妙な態度もそうだし、そもそも「霧雨魔法店」なんて、まるで実家の「霧雨店」に当てつけるような名前を自分の店につけていること自体が、彼女の複雑な心境を証明している。なんの感慨もないのなら、わざわざそんな名前をつけるはずがない。

(……あれ? そう言えば、少し前に魔理沙が……)

 ――微妙に懐かしい味なんだよな。

 その言葉と共に、突然、神綺の嬉しそうな顔が頭に浮かんだ。

「クッキー」
「え?」

 アリスが思わず漏らした呟きに、霧雨夫人が目を瞬く。

「クッキーが、どうかしたんですか?」
「いえ、あの、ええと」

 自分でも何故そんなことを言ったのか分からない、とアリスは思ったが、クッキーという単語を中心として、頭の中にある考えが閃いた。
 それは、なんの根拠もないただの推測に過ぎなかったが。

「あの。もしかして、魔理沙が店にいたころ、クッキーとか作ってあげたりしました?」
「え? ええ、ええ」

 霧雨夫人が、懐かしそうに目を細めて頷いた。

「はい、確かに作ってあげましたよ。家は主人が和食党なので、娘もあまり洋菓子は食べなかったんですけど……一度気まぐれにクッキーを作ったら、妙に気に入っちゃったみたいで」
「かなり、甘いクッキーだったんじゃないですか?」
「ええ。よくご存じですね。砂糖の分量を間違ってしまって、他の人は誰も食べられなかったんですけど……あの子だけはおいしそうに食べてくれました。それから先は、おやつの時間のたびに『ねえ、クッキーは?』なんて、せがまれたものです。懐かしいわ」

 アリスは踊り出したくなるほどの喜びを覚えた。その感情の任せるままに、夫人に駆け寄り、細い手を強く握り締める。

「今でもそうですよ!」
「え?」
「魔理沙、わたしの家に来るたび、物凄い勢いでクッキーを平らげるんですよ! 本当にうれしそうな顔して。それでいて、クッキー以外の洋菓子出すと顔をしかめるんです。ねえ、この意味、分かりますよね!?」
「え、ええと」

 呆然とした様子の霧雨夫人に、アリスはもどかしさを覚えた。まだ混乱しているらしい彼女に、言ってやる。

「魔理沙は、クッキーを嫌ってないんです。実家での記憶に関わるものだからって、自分から遠ざけたりしてない。分かりますか? つまり、お母さんにクッキーを焼いてもらったことは、今でも大切な思い出として、あの子の中に息づいてるんですよ!」

 興奮のままに並びたてた言葉には、誇張と推測が入り混じっていたが、構うものかとアリスは思う。それでこの人の心が少しでも救われるのなら、嘘ぐらいいくらでもついてやる。閻魔が怒ろうが知ったことか、地獄に落としたければ落とすがいい。
 そんな風に一人で盛り上がり、息を弾ませるアリスの前で、霧雨夫人はしばらく無言だった。目を丸くして呆然としたあと、不意に、激しく咳き込み始める。

「あ、ご、ごめんなさい!」

 アリスは慌てて夫人から体を離す。
 夫人は少しの間咳き込んでいたが、やがて、咳に混じってぽろぽろと涙が零れ出した。

「……アリスさん」
「はい」
「ありがとう……本当に、ありがとう……」

 何年分も溜まった涙を一息に絞り出すように、夫人は静かに涙を流し続けた。
 その傍らで彼女を見守りながら、アリスは唇を噛みしめる。
 今、目の前にいる人を抱きしめてあげられないことが、たまらなく悔しかった。



「……取り乱してしまって、ごめんなさいね」
「いいえ、気にしないでください」

 霧雨店の裏口に立ち、二人は小声で話していた。
 あれから数刻、日はすでに山の向こうへと消え、周囲はすっかり暗くなっている。アリスはここまで、十分な距離を置いて夫人を送ってきた。幸い妖怪に出くわすこともなく、穏やかな帰り道であった。

「……あの子、もう眠ったかしら」

 魔法の森の方を見つめながら、霧雨夫人が寂しそうに目を細めた。アリスも同じ方向を見ながら、少し首を傾げる。

「どうでしょうね。まだ寝ないで本でも読んでるかも……人にはそういうとこ見せないけど、物凄い頑張り屋ですから」

 そう答えつつも、アリスは魔理沙がまだ起きているであろうことを確信していた。ベッドの中か、それとも机に向いながらかは分からないが、きっと母のことが気になって眠れずにいるはずだ。

(明日辺り、様子を窺いに来るのは間違いないわね)

 そう思ったとき、アリスの頭の中である考えが閃いた。

「あの。こんなこと、今更確認することじゃないかもしれないですけど」
「はい?」
「魔理沙のこと……ええと」

 その言葉を口にするのが少々気恥ずかしく、アリスは口ごもってしまう。しかし霧雨夫人はそれだけで察してくれたらしく、穏やかな微笑みを浮かべて頷いた。

「ええ、もちろん愛していますよ。世界にたった一人きりの、自慢の娘です」
「そうですか」

 アリスは大きく息を吸い込む。きっと、うまくいくはずだ。

「でしたら、その想いはちゃんと伝えてあげましょう」
「え? でも」
「大丈夫。直接会わなくても、言葉にしなくても……想いを伝える方法は、ありますから。わたしに任せてください」

 困惑する夫人を励ますように、アリスは自分の胸を叩いた。



 翌日、まだ周囲が薄闇に包まれている時分から、魔法の森のマーガトロイド邸には明かりが灯されていた。
 昨日の夜から、アリスは一睡もしていない。霧雨店から戻ってきて以来、内装を戻したりあれこれと準備をしたりと、人形ともども大わらわである。

(……本当に、睡眠取らなくても大丈夫なのね、わたしの体)

 今更ながら、そんなことに気がつく。魔法使いという種族である以上当然なのだが、昔からの癖で、アリスは未だに睡眠も食事も人間と同じように取る。

(ま、それはお母さんも一緒なんだけど)

 魔界神のくせに煎餅片手にお茶を啜ったりする母の姿を思い出して、アリスはくすりと笑う。「あと一枚、あと一枚だけだから!」「ダメです、我慢してください!」なんて、半泣きで夢子の足に縋りついている母の姿を思い返すと、今後も「人間臭い魔法使い」としてやっていくのも悪くないな、と思ったりするのだ。
 そのとき、アリスは誰かが家に向かってくるのに気がついた。

(……来たわね。っていうか早すぎ)

 まだ午前五時である。予想通り、あっちも一睡もしていないらしい。
 アリスは客間で友人を待つことにした。既に、準備は整っている。あとは中に迎え入れて、上手くやるだけである。
 ところが、友人はいつまで経っても中に入ってこない。どうしたんだろう、と思ってふと窓の方を見ると、見覚えのあるとんがり帽子の先端が、窓枠の辺りに見え隠れしていた。どうやら、壁に張り付いて中の様子を窺っているらしい。

(ひねくれ者)

 アリスは半ば呆れつつ、音も立てずに窓に歩み寄ると、一気に開け放った。

「きゃあっ」

 窓の下から可愛らしい悲鳴が聞こえてくる。覗き込むと、案の定そこに黒白の魔法使いがいた。

「おはよう。なにやってんのそんなところで?」
「べ、別に」

 魔理沙はムスッとしてそう言ったきりだったが、ちらちらとこちらを見て、家の中を気にしている様子だった。
 しかたないなあ、と思いながら、アリスは努めて素っ気なく話す。

「昨日、例のお客さんが来たんだけど」
「お、おう」
「もう帰ったから、いないわ」
「ふ、ふーん。ま、わたしには関係ないけどな」
「そうね」

 二人はしばらく無言だった。アリスがじーっと見つめていると、魔理沙はこちらを見上げて、怒ったように叫ぶ。

「なんだよ!」
「なにがよ」
「い、いや……」

 魔理沙はしばらくもじもじしていたが、やがて勢いよく立ち上がり、こちらを指さしながら赤い顔で叫び出した。

「き、昨日のはな!」
「うん?」
「昨日のは……あれだ、魔法の試し撃ちだったんだからな! 別に、お前らを助けようとか、そういうんじゃなくて」
「誰もそんなこと聞いてないけど」

 アリスが淡々と言うと、魔理沙は口を開けたまま絶句した。彼女の沈黙を数秒も見守ってから、アリスはおもむろに口を開く。

「ところで」
「な、なんだ!? 昨日のことなら本当に」
「そうじゃなくて。上がらないの?」

 家の中を指さして言ってやる。魔理沙はぎりぎりと歯ぎしりをしてから、

「上がるさ、上がるともさ!」

 と、足音も高く家の入口の方へと歩いて行く。

「なに怒ってんの」
「怒ってない!」

 アリスは少しだけ笑った。

 客間に通されて椅子に腰かけてからも、魔理沙は体を小さくして、もじもじと落ちつかなげに身じろぎしていた。まるで何かの痕跡を探すかのように、ちらちらと周囲を見回している。アリスはその対面に座りながら、特に何も言わず、静かに紅茶を啜っていた。

「な、なあ」
「なあに」
「なんか、やたらと準備がいいんだけど……」

 魔理沙が帽子のつばの下から、不安そうな上目づかいでアリスを見つめた。

「今日も、誰か来たりするの……?」
「ううん、別に、誰も来る予定はないけど」
「本当に?」
「本当」
「じゃあなんでこんなに準備いいの?」
「朝のお茶会のつもりだったのよ。人形たちと一緒に」
「あ、そうなんだ……」

 どことなくほっとしたような、それでいて残念そうな声で呟いてから、魔理沙ははっとしたように笑う。

「へ、へん、さすがは幻想郷一友達のいない女の座を今後も死守し続けるであろう、アリス・マーガトロイド様だぜ! お人形さんとお茶会なんて、格が違うよな!」
「あら、友達にならいるわよ」
「な、なに!? 誰だよ?」
「あなた」

 ピッ、と指さしてやると、魔理沙はぽかんとした顔になった。

「お、おま、急に何を」
「まあ、冗談だけど」
「……なんだよ!」
「なにがよ」
「い、いや……」

 魔理沙はまた黙りこむ。何か聞きたいことがあるのに、どうしても聞けない。そんな表情である。

「昨日の人ね」

 不意に、アリスが切り出した。魔理沙はビクリと体を震わせる。

「あ、ああ?」
「家の中に入ってから、人形で観察してたけど、なかなか健康な人ね。持病も特にないみたいだし、太りすぎとかやせ過ぎとかいうこともなかったみたい。長生きするわね、きっと。ま、何の力もない人間のくせにこんなところまで歩いてくる時点で、不健康なはずないんだけど」
「ふ、ふーん」

 ちらりと見ると、魔理沙はどことなくほっとしたような顔をしていた。
 アリスの視線に気づくと、それをごまかすように、そっぽを向く。

「へ、へん、他人の健康状態を気にするなんて、どういう風の吹きまわしだよ」
「あら、知らなかったの?」
「なにが?」
「わたしがお客さんを拒まないのって、人形の目を通して人体の構造を観察して、人形製作の参考にするためなんだけど」
「ま、マジで!?」
「ええ、マジよ。ちなみにあなたの身長と体重、ついでにスリーサイズも把握済み」
「や、やめろ、見るな変態!」

 魔理沙は顔を真っ赤にして、涙目になりながら自分の体を両腕でかばった。アリスはその眼前で紅茶を啜りながら、興味なさげに言う。

「悶えてるところ悪いけど、欲情するほど魅力ないわよあなたの体」
「な」
「まあ腐れ縁のよしみとして医学的な見地から忠告してあげるけど、あなたはもうちょっと規則的な生活を送るべきね。あとキノコならなんでもかんでも口に入れるのはやめること。ついでに人のものを遠慮なく借りていくのもやめる。これでバッチリ健康体よ」
「いや、最後のは明らかに関係ないだろ」

 突っ込みをいれたあと、魔理沙は唇を尖らせる。

「ヘン、なーにが医学的な見地から、だよ。あーやだやだ、お人形さん遊びの次はお医者さんごっこか! お前はあれか、ヤゴコロアーリンか!」
「誰よそれは」
「うるへー、これからはお前のことを、アーリン・ヤーゴコロイドと呼んでやる! アーリンアーリン、助けてアーリン!」
「わけ分かんないこと言わないの」

 アリスはおもむろに、指を鳴らした。一体の人形が大きな袋を抱えて飛んできて、テーブルの上の皿に中身を開ける。
 それを見た魔理沙が、拗ねたように唇を尖らせる。

「なんだ、またママのクッキーかよ。無意味に指鳴らす演出までしやがって」
「違うわよ。これは自分で焼いたやつよ」
「ふーん。ま、せっかくだから食ってやるよ」

 魔理沙は不機嫌そうな顔で、クッキーを一口頬張った。
 その途端、驚いたように目を見開き、食べかけのクッキーを見つめながら呆然と呟く。

「なんで」

 その顔に困惑が広がり、やがて目に涙がせり上がってきた。アリスがそれをじっと見ているのに気がつくと、乱暴に目元を拭った。

「いや、別に」

 魔理沙は慌てて帽子のつばを引き下げて表情を隠し、しばらくポリポリとクッキーを噛みしめた後、どこか躊躇するような上目遣いでアリスを見上げてきた。

「なんか、いつもと味違うな。本当にお前が焼いたのか?」
「ええ、わたしよ。もっとも、レシピは昨日来た人から教えてもらったんだけどね。お味はいかがかしら?」
「お、おいし」

 言いかけて、自分の口を手で押さえる。

「へ、なんだこんなもん、こんなもんはな」

 魔理沙は何か喋ろうとしたらしいが、唇を震わせただけで、結局何も言わなかった。
 また、しばしの沈黙。アリスはクッキーには一切手を触れず、静かに紅茶だけを啜り続ける。
 魔理沙は両手を太ももの間に入れて身じろぎしていたが、やがてごくりと唾を飲み込んでから、問いかけてきた。

「な、なあ、アリス?」
「なに?」
「あの……これ、これさ、このクッキー、なんだけど」

 遠慮がちに、何かを怖がるように、

「これ、もらっていってもいい……?」
「別にいいけど」

 アリスは素っ気なく答えた。

「本当か!?」

 魔理沙の顔がぱっと輝く。それを見つめて、アリスはわざとらしく首を傾げた。

「らしくないのね。こんなことにいちいち許可を取るだなんて」

 魔理沙が何かに気づいたように目を丸くした。慌ててクッキーを一枚残らず袋に詰めこみ、袋の口をぎゅっと閉じる。
 それからガタガタと椅子を鳴らしながら立ち上がり、焦ったように馬鹿笑いし始めた。

「ふはははは、油断したな、アーリン・ヤーゴコロイド!」
「そのネタまだ引っ張ってたんだ」
「この、まず……くはないが、さほどうまくもない、なんとも微妙な味のクッキーは」
「長いわね」
「う、うるさい! とにかく、これは全部わたしのもんだもんね! お前には一枚もやんないもんね! へへん、どーだ、ざまーみろ!」
「そう。それは大変ね」

 アリスは静かに紅茶を啜った。その間に人形が飛んできて、空になった皿に先ほどと同じ形のクッキーを補充する。
 クッキーでぱんぱんに膨らんだ袋を持ったまま硬直している魔理沙に、アリスはそのとき初めて気がついたような顔をした。

「なに。もう一袋欲しいのかしら?」
「ウガァーッ!」

 突然絶叫した魔理沙は、クッキーの袋を持った手で箒もひっつかむと、一目散に入口の扉に向かった。ドアノブに手をかけたところでキッと振り返り、

「覚えてろよ!」
「ええ。そのクッキーのレシピなら完璧に覚えてるから、いつでも作ってあげるわよ」

 こともなげに答えるアリスに真っ赤な顔で歯軋りしたあと、魔理沙は勢いよく外に飛び出した。
 数歩ほどの距離を走って、「ふぎゃっ」と見事にすっ転ぶ。それから、慌てた様子で、クッキーが袋から出ていないことを確認し、大げさに安堵の息をついたあと、今度は箒ごとぎゅっと胸に抱えて走っていく。

(飛びなさいよ)

 戸口に立って苦笑しながら、アリスは友人の背中を見送った。
 じっと見つめていると、その内に視界がぼやけ、遠ざかっていく魔理沙の背中が、周囲の景色と交わって見えなくなった。
 そっと目元を拭いながら、アリスは心の中で友人の背に話しかける。

(そう。そうやって、大切に抱えていきなさいね、魔理沙。躓いて転んで、失くしてしまわないように)

 そうして友人の背が見えなくなったあと、アリスは扉を閉じて家の中に戻った。
 客間に入り、テーブルの上の皿に盛り付けられたクッキーの一つに手を伸ばす。
 一齧りして、顔をしかめた。

(やっぱり、微妙に味が違うわね)

 ふっ、と短く息を吐く。
 一つだけ、嘘をついた。
 今ここにあるクッキーは確かにアリス自身が焼いたものだが、魔理沙が持っていった袋の中身は、霧雨夫人が焼いたものだ。昨日、彼女を店に送っていったあと、焼いてもらったものだった。
 レシピを教えてもらうだけでいい、と言うアリスに対し、霧雨夫人はどうしても自分で焼く、あなたにも作るところを見てもらいたい、と言って聞かなかった。
 音に気づいて起きだしてきた店の人々と、傍らに立つアリスが見守る中、夫人は咳を堪えながら必死にクッキーを焼いた。焼きあがった頃にはもう疲労困憊で、店主と思しき男性に支えられて、どこかへ行ってしまった。
 その内に戻ってきたのは店主一人で、彼は袋に詰められたクッキーを両手で差し出し、頭を下げた。

「これからも、娘のことをよろしくお願いします」

 彼と交わした会話は、それだけだった。
 自分の焼いたクッキーを無言で食べながら、アリスは魔理沙の顔を思い出す。母のクッキーを一齧りし、目を見開いて「なんで」と呟いたときの、泣きそうな表情を。

(きっと、変わらない味だったんだろうな)

 そもそも、霧雨夫人を隣で見ていても、久しぶりに作った、という感じではなかった。
 きっと、あの味を保つために、定期的に焼き続けていたのだろう。
 それを喜んで食べてくれる娘が出て行ってしまったあとも、ずっと。

(ねえ、魔理沙)

 心の中で、友人に話しかける。

(お母さん、あんたの弾幕見て綺麗だって言ってたよ。自慢の娘だって、凄くうれしそうな顔してたよ。あんたのこと愛してるって、優しく微笑んでたよ)

 耳元でそう囁いて、あのひねくれた女の子を抱きしめてあげられたら、どんなに素晴らしいだろう。だが、それは絶対にしてはいけないことだ。自分はこれからも、こんな想いを抱えて、友人を見つめ続けなければならない。霧雨夫人が、ずっとそうしてきたように。
 不意に涙が溢れてきて、アリスは慌てて目元を拭った。

(おかしいな。わたしって、こんなに涙もろかったっけ)

 幻想郷に出てきて、変わったのかもしれない。だが、悪い変化だとは少しも思わなかった。だからこそ、自分は今こんなにも穏やかな気持ちでいられるのだから。

「さて、と」

 アリスは紅茶を飲み終えてから、人形にテーブルの上を片付けさせた。ひとつ、やらなければならないことがあったのを思い出す。
 二階に上がって、書斎兼寝室の机に向かう。素っ気ない文章が書かれた便箋と、母から送られてきたクッキーの缶が、数日前と変わらない場所に放置されている。
 アリスはまず、もう不要になった素っ気ない手紙を片付けると、新しい便箋に一文だけ書き記した。

 ――あなたの想いは、伝わりました。

 それを封筒に収めて、封をする。あとは、誰かに霧雨店まで届けてもらうだけだ。
 残念ながら、今の自分に出来ることはここまでだった。
 長く息をつきながら、一旦その手紙を脇にのけ、また新たな便箋を取り出す。

(……もう、魔界から、次の手紙が二通ぐらい来てたりするのよね)

 どちらも、返事がないことを心配する内容だった。「ねえ夢子ちゃん、アリスちゃん大丈夫かしら悪い人に捕まっちゃったんじゃないかしら」「いや普通にウザがられてるだけだと思いますけど」「アリスちゃんはそんな子じゃないもん!」なんてやり取りが、自然と頭に浮かんでくる。

(いい加減子離れしなよ、お母さん……)

 ――それはわたしも同じか。

 苦笑して机に向い、微笑みを浮かべてペンをとる。今なら、書ける気がする。
 ふと思いつき、机の隅の缶を開けて、母のクッキーを一枚食べてみた。懐かしい甘味が口いっぱいに広がる。今の自分には甘すぎる味だったが、それでもなおおいしいと思えて、胸がじわりと温かくなった。そんな自分が、素直に嬉しい。
 アリスはまた目元を拭って、照れ笑いを浮かべた。缶の蓋を閉じ、再びペンを手に取る。
 今まで素っ気ない返事ばかり出してきた分、今日はたくさん、たくさん書こう。
 何を書くかなんて考えるまでもない。友人のことだ。
 自分勝手で意地っ張りで、口が悪くてひねくれ者で。でも誰よりも頑張り屋で、誰よりも真っ直ぐな、自分の一番の友人のことを。
 ひょっとしたら、今日、母のクッキーを食べながら、一人涙を流すかもしれない少女のことを。

 かくして、筆は軽やかに踊り出す。

 ――大好きなおかあさんへ。

 ――お元気ですか? わたしはとても、元気です。



 <了>
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