【東方SS】あなたと繁殖したい

2008/11/10に東方創想話に投稿したSSです。
 


『あなたと繁殖したい』



 ごうごうと凄まじい唸り声を上げながら吹雪の吹きつける、季節は冬である。
 真っ白に染まった視界の中、厳しい寒さにもめげずに腋を出しながら雪かき中だった霊夢は、積もり積もった境内の雪をあらかた除け終わって、ふーっと長い溜息を吐いた。

「雪かき、終わり……と言っても、午後になったらまたやらなくちゃならないけど」

 吹きすさぶ吹雪の向こうに垣間見える分厚い曇空を恨めしげに睨みながら、霊夢は雪かきの道具を納屋に片付けた。

(さってと。参拝客が来る見込みもないし、こんな吹雪じゃ妖怪も出かけられない。わたしも昼間から熱燗できゅーっと一杯やりますか)

 その後はほろ酔い気分で温泉に入るのもいいなあ、とかのん気に考えながら、霊夢は母屋の戸を開ける。この季節だから当たり前だが、縁側は鎧戸と障子を完全に閉め切っている。春や夏のように、庭から出入りするわけにはいかないのである。

(不便よねえ、いろいろと。まあ冬だから仕方ないけど)

 吹雪によって母屋がガタガタ揺れる音を聞きながら、霊夢は両手を口元に寄せて息を吹きかけた。長い時間外にいたせいで、体が指先まで冷え切ってしまっている。さっさと炬燵に潜り込みたいところだった。
 しかし居間の襖を開けた瞬間、霊夢は硬直した。

「うあー……だるー」
「なんであんたがここにいんのよ」

 家主である自分を差し置いて炬燵に潜り込み、だらけきった顔で座卓に突っ伏している人影がある。くすんだ金髪に泥のような茶色の服を着た、どこかで見たことのある女だ。頭には枯れ葉のような奇妙な髪飾りが乗っかっている。

「……なんていったっけあんた。秋……静葉、だっけ。お芋の神の片割れでしょ」
「ちがうよー、わたしは紅葉の……いいや。もうどうでもいいや」
「なんでそんな暗いのよ」

 文句を言いながら襖を閉め、霊夢は静葉の対面に潜り込む。本当なら今すぐにでも追い出したいところだが、寒さと疲労でとてもそんな気分にはなれないのだった。
 そんな霊夢の現状を知ってか知らずか、炬燵の向こう側の静葉が「へっ」と皮肉っぽい笑みを浮かべる。

「えーえー暗いですとも。暗くもなりますとも。なんせ冬ですからね」
「はあ。そりゃ冬だけど」
「わたしらほら、秋の神様だから。なんか秋が終わったらもう人生終わりっていうか。人じゃないけど」

 そんなことを言って、炬燵の天板に頬をくっつけたままくつくつと肩を揺らす。その雰囲気があまりにも根暗すぎて、霊夢の方は少しも笑う気になれなかったが。
 とは言え、話していることは事実のようだった。茶色い服も茶色い髪飾りも、どうやら枯れ葉を象徴しているものらしいのだ。泥に汚れているかのようなその姿は正直言ってほとんど乞食のようで、物凄くみすぼらしい。

「……まあ、テンション低い理由は分かったけど。それでなんで家の神社で炬燵に収まってるわけ?」

 暗に帰れよと言ったつもりだったのだが、静葉はそれに気付く気配も見せない。相変わらず炬燵に突っ伏したままの気だるげな格好で、じろっと霊夢を睨み上げてくる。

「なによ。あなた巫女でしょ。神様に仕える女でしょ。だったら神であるわたしをもてなしなさいよ、ほら」
「なに堂々と図々しいこと言ってんのよ。わたしあんたを祀った覚えは一度もないんだけど」
「じゃあ今日から祀れ。っていうか存在意義を失った哀れな神をどうか拾ってください」
「なんで急に卑屈になるの」
「いいじゃないの。山に行ってすっかり葉の落ちた紅葉の木を見てると死にたくなってくるんだもの……」
「いや死なないでしょ、神様なんだし。また来年になったら秋は来るんだから、大人しく待ってなさいよ」
「こんな気分じゃとても冬は越せないわ……白狼天狗のもみちゃんをもみもみして心の慰めにしようと思ったけど全然気が晴れないし……代償行為っていつも虚しいものなのね」
「なにやってんの神様」
「もう死にたい……」

 しくしく泣き出す静葉を見て、霊夢はどっと疲れを感じた。

(まあいいか。ちょっと……いや極めて不快に感じるぐらい湿っぽいけど、別に悪さするわけでもなさそうだし)

 霊夢自身湿っぽいのは大嫌いだが、静葉の気持ちも分からないではないのだ。なにせ、寒い。目の前の根暗な神様を叩き出したり無理矢理元気づける気力もないぐらいに、いろいろなものが寒すぎる。

(疲れるなあ、もう。酒温める気力もないし、午後になるまでちょっと寝るか……)

 静葉の啜り泣きが子守唄というのはうんざりするが、なにせ疲れ果てているのだ。贅沢は言っていられない。
 そう思って炬燵に突っ伏したとき、霊夢はふと気がついた。

「あれ。そう言えば妹の方はどうしたの? あっちも秋の神様なんだし、似たような状態なんでしょ?」
「知らない」
「知らないって」
「ここ来る途中で雪女見かけて、『あのふてえ女に一言文句言ってやる』って言って飛んでった……」
「ふてえ女って……」

 霊夢の脳裏に一人の妖怪の姿が浮かぶ。紫の髪に冷めた眼差し、ぎりぎりぽっちゃりと言い張れるふくよかで女性的な体つき、妙に弾が当たりやすい冬の忘れ物。

「あー、レティか……って、まずいんじゃないの?」
「なにが……?」
「あんたら今、力が格段に落ちてるんでしょ。それに比べてあっちは真冬で一番力強い時期だし……どう考えても返り討ちだって」
「へーそうなんだ」
「そうなんだって」
「どうでもいい……」
「ホントにやる気ないわねえ……」

 どうしたもんかな、と霊夢は首を傾げる。なにせ雪かきから戻ってきた直後である。外は未だに凄まじい吹雪の真っただ中だし、できれば出たくはない、が。

(でもなあ、なんか、『放っておくともっと面倒なことになるぞ』という予感がひしひしと……)

 自分の巫女としての勘には全面的な信頼を置いている霊夢である。唇をむずむずさせながらしばらく迷ったあと、溜息混じり立ち上がる。

「仕方ないか……」
「どっか行くの?」
「あんたの妹を探しによ」
「へえ。いってらっしゃい」
「いやあんたもついてきなさいよ」
「なんで」
「なんでって……やっぱりいいわ。とりあえずここで大人しくしてなさい」
「あいよー」

 炬燵に寝そべったままぷらぷらと手を振っておざなりに見送る静葉を残し、霊夢は釈然としないまま神社を出たのだった。



 さて、外は猛吹雪である。視界は白一色、気温は凍えるほどの酷寒だ。そんな中でもあくまで腋を出して飛ぶ自分を、今は素直に褒めてあげたい。そうでもしないといろいろ投げやりになりそうだったので。

(ふふ……見なさいこの雄姿! この腋出し巫女服が博麗の巫女伝統の衣装となる日もそう遠くはないわね!)

 そんなことを考えながら、自分で「ねーよ」と呟いてみたりもする。ちょっとでも気を抜くと吹きまくる風に叩き落とされそうな吹雪なのだ。そうでもしないとやってられない。

(さってと……あの芋はどこかなー?)

 きょろきょろと周りを見回してみるが、吹雪の中では何も見えない。目印となるものも全て雪の中に沈んでいるほどだ。霊夢だって、巫女としての勘がなければ遭難しているところだったかもしれない。

(……春先になって冷凍芋として発見されるんじゃないのかしら)

 そうなっても不思議ではないなー、と思った途端に、吹雪の壁の向こうからかすかに声が聞こえてきた。

「やめろよー、離れろよーっ!」

 お、あの馬鹿丸出しの声はチルノだな、と霊夢は思う。この寒さの中でも平気ではしゃぎ回るあの氷精が、今だけは少し羨ましい。レティ同様、冬は彼女の季節なのだ。

(はて。だっていうのに、今の声はずいぶん不機嫌そう……というか、怒っていたような)

 首を傾げると同時に、また声が聞こえてきた。

「うるせーっ! こんなことされて黙ってられるかー!」

 芋発見。なにやらヒステリックに怒鳴り散らしているようだ。
 嫌な予感をひしひしと感じながら、霊夢はゆっくりと声の発生源に近づいていく。果たして、吹雪の向こうに三人の人影が見えた。
 一人はレティ・ホワイトロック。吹きすさぶ吹雪の中で、困ったような顔をして浮かんでいる。
 もう一人は氷精チルノ。レティの足にぶら下がっている何かを、必死な顔で引き剥がそうとしている。
 そして最後の一人。これがお目当ての秋穣子だった、と、思う。なにせ、今の彼女はレティの足にへばりつく茶色いゴミ屑かなにかのようだったので。

「冬が来たのはレティのせいじゃないってばーっ!」

 その茶色いゴミ屑を全力でひっぱりながら、チルノが叫ぶ。それに応えてゴミ屑が叫び返す。

「黙れーっ! なんだお前ら、頼んでもいねえのに冬なんか呼びやがって! わたしたちの季節を返せ! この泥棒、泥棒、秋どろぼーっ!」

 うわぁ関わりたくねえ。
 今回だけは自分の勘を無視して帰っちまおうか、と思った矢先、タイミング悪くチルノがこちらに気がついた。

「あ、霊夢! この変なのなんとかしなさいよ!」
「いや、なんとかって言われても……」

 仕方がないので三人に近づいてみる。レティが苦笑して声をかけてきた。

「こんにちは霊夢。今回はいきなり弾撃ってきたりしないのね」
「なに根に持ってんのよ。まあわたしも疲れてるからね……その芋引き取ってさっさと帰ろうかと」
「いやだーっ、帰らないぞーっ! わたしはこの不遇に断固抗議する!」

 なんだか悲壮な決意を漲らせながら穣子が叫んでいる。静葉と同じく泥のように変色したみすぼらしい茶色の服を纏っている彼女は、顔面蒼白で今にも凍りつきそうだった。しかし瞳には異様なまでに危険な光を漲らせており、ちょっとやそっとでは引き離せそうにない。

「なにやってんのあんたは」
「うるせー、巫女はすっこんでろ! わたしは無残にも奪われてしまった全秋を代表して、こいつら冬の糞野郎どもを追い払わねばならんのだ!」
「無茶苦茶言ってないで、さっさと行くわよ。あんたの姉もすっかりだるだるで神社に居座ってんだから」
「いやだー! 秋の力を思い知らせてやるんだー!」

 神様というよりはほとんど単なる駄々っ子か、もしくは困った酔っ払いである。
 どうしたもんかなあ、と思ってレティの顔を見ると、彼女は小さく首を振った。

「いいのよ。毎年のことだから」
「毎年やってんのこれ!?」
「ええそうよ。大体同じ流れでね。そろそろこの困った神様が……」
「大体ねえ、冬なんか来ても誰も喜ばないってのよ! なんで冬なんかあるの!? いらないいらない、冬なんかいらない! 嫌われ者の冬は幻想郷から出ていきなさいよっ!」
「とか言いだして」
「こいつーっ!」
「と、怒ったチルノが神様を蹴り飛ばすわけよ」

 本当にレティの言葉通りになった。思いっきり振りぬかれたチルノの足に蹴り飛ばされて、「へぶぅ」と悲鳴を上げた穣子が一直線に雪の中に突っ込んでいく。積もった雪の中に頭から突っ込んで茶色いぼろきれのようなスカートが思い切り捲れるが、もちろん喜ぶ奴は一人もいなかった。
 もう帰りたいなあ、と思いつつ、霊夢は逆さまに埋まっている穣子に近づき、そのむっちりした足をつんつんと突いた。

「おーい神様、生きてるー?」
「あたぼうよ!」

 ずぼっと体を雪の中から引っこ抜き、穣子が矢のように吹雪の空へ舞い戻る。面倒くさがりつつ、霊夢もそれについて行った。

「いひひひ、氷精のお嬢ちゃん。なかなかやってくれるじゃないの。しかしそんなもので神であるわたしを倒すことは……むうっ!?」

 どう聞いても悪役な台詞をほざいていた穣子が、急にひるんだように身を引いた。どうしたんだ、と思いながらレティの方を見やると、そこには涙目で彼女のスカートにしがみつくチルノの姿が。

「ちくしょう、なんだよ嫌われ者って。冬はいい季節なんだぞ、冬が来ないとレティに会えないんだぞ。なのに、なのに……」

 すんすんと悲しげに鼻を啜りあげるチルノの頭を、穏やかな微笑を浮かべたレティがそっと撫でてやっている。雪女と氷精なのに、後光が差してきそうなほど暖かい光景である。それを見た穣子が、気圧されたようにごくりと唾を飲み込む。なにやらぶつぶつと呟き始めた。

「親子……子作り……繁殖……豊穣……!」

 どういう連想だよ、と霊夢が突っ込む間もなく、穣子はぎりっと歯を噛みしめる。

「行けっ!」
「いいの?」

 別段驚いた風でもないレティに対し、穣子は喚くように叫ぶ。

「いいから行けって言ってんのよ! わたしを信仰している奴に攻撃なんか出来ない!」
「いや別にあんたを信仰してるわけじゃ」
「行けーっ!」

 突っ込む霊夢をよそになんだか一人で盛り上がり始めた穣子の前で、「じゃあね霊夢」と軽く頭を下げて、レティが去る。チルノも憎らしげに舌を出してそれについていった。
 こうして、止む気配も見せずに猛威を振い続ける吹雪の中に、巫女と神様らしき茶色い物体が残された。

「……なによ」

 穣子が肩を震わせる。

「笑いなさいよ。笑えばいいじゃないの! 過ぎ去った季節を忘れられずに喚き散らすこの哀れな神を、思う存分に笑えばいいじゃない!」
「笑えないわよ」

 いろんな意味で、と付け加えなかったのは、霊夢なりの優しさである。哀れみとも言うが。

「どうでもいいからさっさと行くわよ。いや別に来なくてもいいけど」
「いらない! 無礼な巫女の哀れみなんかいらない! 神社になんか行くもんですか!」
「あっそ。じゃあここで氷漬けの芋になれば?」

 実際もうどうでもよかったので、霊夢は帰ることにした。吹雪の壁を押し分けながら、ゆっくりと飛ぶ。
 しばらくしたら、なぜか行く手に茶色い神様がいた。

「なによ、笑えばいいじゃない! 過ぎ去った季節を忘れられずに」

 方向転換。吹雪を抜ける。また現れる茶色い神様。

「なによ、笑えば」
「だーもう、うざったい!」

 ぎりぎり歯軋りしながら、霊夢は穣子に向かって両手を合わせる。

「どうか我が博麗神社にお越しください豊穣の神秋穣子様! ほら、これでいいんでしょ!?」
「……そう。来てほしいの?」

 すん、と鼻を啜りあげながら、穣子が不敵に笑う。

「来てほしいのね? この豊穣を司る秋穣子神様においでいただきたいのね? 仕方がないわね、そこまで頼むんだったら」
「やっぱ氷漬けになれお前」
「あ、待って、ごめん許して」

 穣子が泣きながらしがみついてきた。薄汚れた帽子にくっついている腐りかけブドウ型のアクセサリが視界一杯に大写しになり、霊夢は頬を引きつらせる。

「お願い連れてって! こんな秋の気配が欠片もない寒いとこに置いてかれたら、わたし死んじゃう!」
「死なないでしょ……まあいいや。じゃあさっさと行くわよ」
「うん……ぐはっ」

 泣きながら頷いた穣子が、突如として体をくの字に折った。なんだなんだとよく見てみると、彼女の腹に一本の矢が突き刺さっている。こりゃ大変だ大怪我だ、と思いきや、矢尻が吸盤になっているただの玩具だった。柄の部分に紙が結び付けられていたので解いて読んでみると、そこには怒りに震える物騒な筆跡で一文が。

『罪もない氷精をいぢめる荒ぶる神に天誅の一矢を。狙撃妖精Die・Chan』

 思わず周囲を見回すと、はるか向こうの高い木の陰に緑の髪の房が隠れた、ような気がした。

(……冬はレティがいるから空気読んで影から見守ってる、のかな)

 毎度毎度奥ゆかしい妖精だなあ、と変に感心する霊夢の横で、無駄に苦悶の表情を浮かべた穣子が「おのれ狙撃妖精Die・Chan! わたしはカモのようにはいかんぞーっ!」と意味不明な叫び声を張り上げていた。



 相変わらず轟々と唸る吹雪の中を、霊夢はやっとのことで神社まで戻ってきた。自分一人ならともかく、役立たずの茶色い神様も一緒だったので酷く手間取った。しかもこの神様、あの後ちょっと飛んだら「あ、もうだめ、秋パワーが」だのと呟いて、ひょろひょろ落下しそうになった。仕方がないのでここまでおぶって運んできたのである。

「なんでわたしがここまで」

 ぶつぶつと呟きながら、霊夢は母屋の戸を開ける。文句言うぐらいなら置いてくれば良かったのだが、それはできなかった。だってなんか祟られそうで怖いじゃん?

「ただいまー」
「おかえりー」

 襖を開けると、気の抜けた声に出迎えられた。出る前と同じく炬燵に収まった静葉が、赤い顔でぴらぴらと手を振る。その前には徳利とお猪口が一組。

「って、あんたなに勝手にわたしのお酒飲んでんのよ!?」
「えー、いいじゃーん、神社のものはすべて神に捧げられたものなんでしょー?」
「いつからそうなった!? っていうかわたしはあんたたちを祀った覚えはないっての!」
「どーでもいいじゃんそんなこと」
「あんたはあんたで断りもせずに炬燵に潜るし」

 姉同様早速炬燵にへばりつく穣子を見て、霊夢は深々と溜息をつく。

(どうでもいいか。もう何言っても聞きそうにないし)

 なにせ雪かきに続いて穣子捜索という重労働をしたせいで、体が限界に近いのだ。どうせもうすぐまた雪かきに出なければいけないし、少しでも体を休めておこう、と自らも炬燵に潜り込んで頬を炬燵にくっつけたところで、

「おい巫女」
「なによ神様」
「酒が足りないわよ」
「もう飲んだの!?」

 がばっと顔を上げると、不満たらたらな顔で逆さにした徳利を振っている穣子の姿が。

「ちょっとは遠慮しなさいよ」
「なによ、こんな力を失った哀れな神様をいじめようっての」
「ひどい巫女だ、鬼巫女だ」
「腋出してるくせに」
「貧相な体つきのくせに」
「あのねえ」
「なんだよー」
「かみさまだぞー」
「えらいんだぞー」

 赤い顔の穣子と静葉が、炬燵の天板をべしべしと叩く。うぜぇ、と顔を歪めながら、霊夢は仕方なく重い腰を上げた。こんなでも一応巫女だ、神様というのが敬うべき存在であるという意識も多少はあるのだ、と自分に言い聞かせながら、台所まで行く。

(適当にもてなしてさっさと帰ってもらおう……このまま冬の間中居座られても困るし)

 そうして一升瓶を持って居間に帰ってみると、縁側の障子と鎧戸が全開になっていた。

「ちょ、なにやってんのーっ!?」

 凄まじい勢いで吹き込む吹雪に、居間中のものが吹き飛ばされて雪まみれになって、そりゃもう酷い有様である。そんな中、茶色い穣子と静葉が縁側に仁王立ちし、吹雪に向かって声を張り上げている。

「かみさまだぞー!」
「えらいんだぞー!」
「そりゃもう分かったっての!」
「いーや、分かってない! あんたは秋の神の凄さをちっとも分かってない!」
「よーし、やってやりましょう穣子! この馬鹿巫女に秋の神の凄さを見せつけてやりましょう!」
「そんなんいいから早く障子閉めてよ!」

 霊夢の悲痛な叫びもなんのその、縁側に立った二人の神様は揃って複雑な印を組む。

「むむむぅ……!」
「かーっ!」

 力強い叫びと共に、二人は勢いよく腕を突き出した。その途端、白一色だった庭の風景の一角に、かすかな緑色が混じる。深い雪の中から、小さな草がぴょこんと芽を出したのだ。

「ふははは、どうだ!」
「これぞ豊穣の神と紅葉の神の神通力よーっ!」

 両腕を腰に当てて高笑いする二人。しかし小さな芽は無情にも吹雪に吹き飛ばされ、

「あ、もうだめ」
「秋パワーが」
「なにがやりたいのよあんたらは!? ええいもう」

 へなへなとへたり込んだ二人を居間の中に引っ張り込み、荒れ狂う風に逆らってなんとか鎧戸と障子を閉める。

(なにやってんだろ、わたし……)

 障子を背にぜいぜいと息をしながら、霊夢はなんだか泣きそうな気分になった。
 しかし、そんな彼女よりも先に泣き出す神様が二人。いつの間にやら元の位置に戻された炬燵に突っ伏し、しくしくと啜り泣いている

「もうやだ……」
「なんで冬とか来るの? ずっと秋のままでいいじゃん……」
「ごめんね巫女ちゃん」
「もう来ないから。来年秋とか来ないから」
「訳の分かんないことばっかり言わないでよ……」

 深々と溜息をつき、霊夢はのろのろと立ち上がる。

「あ、どこ行くの」
「置いてかないで」
「うるさい黙れ。あんたらはずっとそこでウダウダしてりゃいいじゃない。わたしはちょっとお風呂入ってくるから」

 本当ならまた大量に積もったであろう雪をかき出さなければいけない時間帯だが、もうそんな気力も体力も残っていない。こうなったら今日はゆっくり休み、明日全力で遅れを取り戻すまでだ。

「お風呂!」
「わたしたちも行く!」
「……好きにしたら」

 止める気にもなれず、霊夢は疲れ果てた足取りで母屋の外へと向かった。



 地下から間欠泉と一緒に怨霊が湧き出てきた騒動は、博麗の巫女たる霊夢の手によって解決された。以来怨霊が湧き出ることはなくなり、間欠泉は博麗神社の敷地の片隅にて、人妖関わりなく入浴自由の温泉として利用されている。
 露天風呂も当然あるが、壁と天井のある室内の風呂も存在する。露天風呂ほど広くはないが、10人程度なら足を伸ばして浸かれる程度には広い。浴槽は本格檜作り。渋る天子を思いっきり引っ叩いたら、文句を言いつつも実にいい仕事をしてくれた。そういえば建築を終えて天界に帰るときになんだか物欲しそうな顔をしていたが、あれは一体なんだったのか。

(まあどうでもいいか)

 リボンや紐を全て解いて細やかな黒髪を流した霊夢は、体を隠すこともなく堂々と湯に浸かる。冷え切った体が芯まで温められていくのを感じながら、長く長く息を吐いた。

「ふいー、ごくらくごくらく……」
「おじさんみたい」
「うるさいっての」

 自分から少し離れた場所に浸かっている秋葉を睨みつける。ちなみにさっきの一言も実にぼそっとしたもので、テンションは少しも回復していないようだった。散々冬という季節に対して文句を言っていたぐらいだから、おそらく冬の間中ずっとこうなのだろう。

(だったら山で大人しくしてろっての)

 霊夢はこっそりとため息をつく。神様だから巫女に頼ろうとかそういう発想なのかもしれないが、それならば守矢神社に行けばいいのに。それともあそこは明らかに自分たちより格の高い神様がいるから肩身が狭いのか。

(ま、どうでもいいか……ああ、それにしても疲れた)

 熱い湯の中で睡魔に襲われる。うとうとしかけた霊夢は、そういややけに静かだな、と思って、穣子がいないことに気がついた。

「ねえ。あんたの妹はどうしたの?」
「んー? ああ、多分服脱ぐのに手間取ってるんだと思うよ」
「テンション低くて服脱ぐ気力もないっての?」

 まさか「脱がせてー」とか言いながら中途半端に服脱いだ格好で入ってこないだろうな、と少し危惧したが、静葉は呆れたように首を振った。

「違うわよ。あの子の場合、引っかかるから」
「引っかかる?」

 なにが、と思ったとき、脱衣所に通じる木の戸がガラガラと開いて、穣子が入ってきた。

「うー……だるー……」

 相変わらずのったりした声である。なんだやっぱり無気力のあまりだらだらしてただけじゃないか……と呆れながらそちらに顔を向けた霊夢は、目を見開いた。
 そこにいたのは穣子である。茶色い服を脱いだおかげでみすぼらしくはなくなったが、やはり目はどんよりしているし動作はひどくのろのろしている。
 だというのに、霊夢の目は彼女に釘付けだった。なぜなら、

(でかっ……!?)

 穣子の胸の辺りで何かが揺れている。あれは西瓜だろうか。鬼が食べるからと大きく育ち過ぎた西瓜だろうか。萃香は自重した方がいい。そんなふざけた大きさの何かである。穣子がぺたんぺたんとだるそうに歩くたび、そのふざけた何かがぶるんぶるんと無闇に柔らかそうに揺れるのだ。しかも実に形がよく、その上遠目に見ても張りがある。一体何が詰まっているんだ……と慄いた霊夢は、はっと気がついた。

(そうか、あれは幻想胸……! 数多の胸薄き女たちが求めに求めてついに掴むこと叶わなかった超ド級の幻想が、幻想入りしてあの中に詰まっているのね……!)

 意味不明である。霊夢自身も相当せっぱつまっていると自分で認めざるを得なかった。
 それにしても、でかい。だがでかいのは胸だけではない。尻も相当なサイズだ。それも、下品でだらしのない大きさではない。胸が西瓜ならこちらは饅頭だ。むっちりと肉がついてはいるが、あくまでも柔らかく引きしまった、それでいて女性的なおおらかさに溢れた見事な尻なのである。思わず尻神様に手を合わせて拝みたくなるような奇跡の尻が今目の前にある。そんな神様がいるのかどうかは知らないが。
 胸と尻ばかりに注目してしまったが、他の場所も相当に肉付きがいい。足も腕もむっちりとしていて実に肉感的でありながら、それでいて太っているとは思わせない絶妙なバランスを保っているのだ。母なる大地の豊かな息吹きに満ち満ちた肉体。豊満という言葉の意味を、霊夢は生まれて初めて実感した。
 極めつけに凄いのは、ここまで色香に溢れた肉体でありながら、そこから欠片もいやらしさを感じないことである。あくまでも健康的で開放的で……ああ、あの小山で走り回れたらどんなに素敵だろう、とか、あの丘陵で寝そべってみたい、とか、そういう牧歌牧歌な気分にさせてくれる、それはそういう体だった。

「……どったの?」

 そんな肉体の神様が、相変わらずぼんやりした顔で不思議そうに首を傾げる。神様って理不尽だ、と霊夢は思う。姉の方はあんな枯れ木みたいな細い体なのに。大体そんなたっぷりな体がどうやってあの服の中に収まっていたというのか。もはや着痩せするタイプとか、そういうレベルではない。

「あー、穣子穣子。巫女ちゃんは驚いてるのよ。あなたのおっぱいが大きいから」

 姉がだるそうな口調でとんでもないことを言い出した。霊夢は思わず静葉を睨みつけるが、時既に遅し。穣子が口を半開きにして面倒くさげに、「あーあー」と何度か頷いた。

「そういうことね。まあ別に驚くべきことじゃないでしょ。わたし豊穣の神様だから。このぐらいの体じゃなけりゃ、豊かな実りの象徴なんてやってられないのよ」
「そういう問題なんだ」
「見かけは田舎少女のごとき親しみやすさを持ちつつ、その内面には温かく命を育む豊かな土壌を備えた神……がコンセプトだからわたし」
「コンセプトってなにさ」

 その疑問に答える気配も見せず、穣子は湯に足をつける。霊夢や静葉が入ったときは比べ物にならないほどの湯が、音を立てて湯船の外に溢れ出した。しかしそれを見て笑う気にはなれない。むしろちょっとうらやましいぐらいだ。

「あー、いい感じ……ふかしイモになりそう……」

 んなわけねえだろ、と突っ込む気にもなれない。今の霊夢は湯に浸かった穣子の顔の前にぷかぷか浮かぶ二つのお肉に夢中なのである。ええい見るな、見るんじゃない、と念じても、どうしても目が離せない。一体何を喰らったらあんな凶悪な代物が、

(毅然としろ博麗霊夢! 何ものにも縛られない、空を飛ぶ程度の能力はどこにいった!? あんたがしっかりしないと、魔理沙が、妖夢が、アリスが……!)

 同志たる友人たちの顔を思い浮かべながら、霊夢は無理矢理首に力を込める。蝶番の錆びたドアを無理矢理開いたようなぎしぎしという音がして、ようやく視界が正面を向く。

(勝った! わたしは神の試練に耐えたんだ!)

 喜んだのも束の間。

「っていうか、あんたさあ」

 横から穣子の声。

「大丈夫なの? そんなちっちゃなおっぱいで」
「あぁ!?」

 反射的に横を向くと、そこには侮蔑的でも冷笑的でもなく、ただただひたすら心配そうな穣子の顔があった。

「ええい、その顔止めろ! 笑われるよりもムカつくわむしろ!」
「そう言われてもねえ。実際心配なんだもの。いくら赤ちゃんができれば多少膨らむとは言えさ……お尻にもあんまりお肉がついてないし、そんなんでちゃんと赤ちゃん産んで育てられるの?」
「なんであんたがそんな心配すんのよ!?」
「かみさまだぞー」
「えらいんだぞー」

 穣子と秋葉がべしゃべしゃと湯を叩いて、激しい水しぶきを上げさせた。

「やめろっつーに!」
「とにかく、神様なのよ。豊穣の神、実りの神。そんであんたは幻想郷の要たる博麗の巫女で、是非とも子宝に恵まれなければならない存在なわけでしょ。やっぱ心配じゃないの、そんな貧相な体じゃ」

 親身な口調なのが余計に腹立たしい。霊夢は「ケッ」と吐き捨てつつそっぽを向く。

「悪いけどね、わたしゃ子供持つどころか結婚する気もさらさらありませんね」
「えぇ!?」

 穣子がのけぞって驚きを露わにする。その拍子に、またあれがぶるんと揺れてばしゃんと水しぶきが上がって、霊夢の顔にびしゃびしゃかかった。なぜか非常に屈辱的な気分になる。

「あ、あんたなに言ってんの!? その感覚は生き物としておかしいわよ!?」
「いや、そうでもないでしょ? 知らない男と二人で生活するとか、考えるだけでもうんざりするし。子供育てるのも大変そうだし面倒くさそうだし……。博麗の巫女が幻想郷に必要だったら、紫辺りがその内才能のあるどっかの誰かを適当に見繕って連れてくるでしょ? だったら別に一生独りでもいいかなあって。これでも生活力はあるつもりだしさ」
「ああ、そんな、なんてこと……お姉ちゃん、ここにわたしの理解の範疇を超えた異常な生命体がいるわ」

 理解の範疇を超えてるのはお前の体だよ、と言ってやりかったが、何故か悔しかったので言わなかった。そんな霊夢をよそに、穣子は魂が抜けたような虚ろな目で「嘘よ……あり得ない……」とぶつぶつ呟いていたが、やがて、

「分かった!」

 と叫び、あれをぶるんと揺らしながらこちらに指を突き付けてきた。

「あんた、赤ちゃん産む自信がないんでしょ! そんな貧相な体つきだから!」
「うるさいよ!」
「まあまあ。なーんだ、可愛いとこあるじゃない。照れちゃってまあ」
「そういうんじゃないったら。わたしは本気でね」
「いいからいいから。そういうことならこの神様に任せておきなさい。異変解決のために働いてるあんたにご褒美をあげるわ。ふふ、ここってなんか大地の力が満ち満ちてる感じだし、テンション大幅アップでさっきよりも強力な力が出せそうな気がする……!」

 そう言って、穣子は目を瞑って何やら複雑な印を組んだ。「ふむむむむ……」と唸り、霊夢が止める間もなく、

「かーっ!」

 と目を見開く。その瞬間、ぼよんばゆんと変な音がして、霊夢の体の一部が妙に重くなった。具体的には胸と尻が。
 霊夢は無言で下を見る。見慣れない大きさの乳らしき物体が、胸のところにくっついていた。尻のところに手をやってみると、いつもよりも一回りほど大きなお肉がついていて、揉むとぷにぷに柔らかい。
 沈黙のままに穣子を睨みつけると、何かをやりとげたような満足感に溢れた顔で、額の汗を拭っている。

「増量、完了!」
「完了じゃないわよ!」
「えぇっ、なにか不満なの? さすがにそれ以上大きくするのはバランスが……その体でも、もう繁殖力は十分アップしてるのよ?」
「違うっつーに!」
「……搾ればちゃんと出るのに?」
「なおさら悪いわ!」
「いいじゃないの。そうねえ、まずはそれ使ってあの子を育てて、生の喜びを実感しなさいよ。性の悦びを」
「変態かわたしは!? っつーか誰を育てろって!?」
「魔理沙」

 ぶっ、と霊夢は吹き出した。ほとんど自然に、魔理沙が自分のこの乳に吸いついている絵が思い浮かぶ。魔理沙の方が自分より多少小柄な分妙にしっくりくる感じすらして、頭がクラクラする。

「いや、だからってなんで魔理沙なのよ!?」
「え、だってあの子ってマザコンでしょ?」

 事もなげに穣子が言ったので、

「ほへぇ!?」

 変な声が声が出た。そんなバカな、と思うのだが、背後で静葉も頷いている気配が。

「そうよねえ。あの傍若無人な振る舞いは、誰かに構ってほしいっていうサインよねえ」
「ついでに叱ってほしい子供的な感じ? でもだーれも自分のこと本気で叱ってくれないから、ますますひねくれて行動がエスカレートして。ホントはお母ちゃんに『めっ』って言ってもらって、その後慰めてもらいたいのよ」

 わたしには分かるわ、と言わんばかりに、穣子が何度も頷く。顔をひきつらせるばかりで何も言えない霊夢の前で、豊穣の神はぐっと親指を立てた。

「そういうわけだから、がんばって繁殖しろ!」
「するかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 霊夢は飛びあがりながら回し蹴りをかまそうとしたが、胸と尻に余計な肉がついているせいでうまく決まらず、湯に落ちて盛大な飛沫を上げてしまった。



「まったく……」

 ぶつぶつと呟きながら、霊夢は冷酒を煽っている。相変わらず無駄に膨らんだままの胸が、腕を動かすごとにぷよぷよぷよぷよ、実に邪魔くさくてしょうがない。さらしはいつもよりゆったり巻かなければならなかったし、服もだいぶきつくなっている。悪いことばかりである。
 このように、あの温泉での騒ぎ以降も、霊夢の体はあのままだった。「残念だけどお試し版だからね、一日もすれば元に戻るよ」と穣子が言っていたので、少しの間我慢するしかない。
 その穣子と姉の静葉姉妹は、炬燵に入りこんだ霊夢の対面でくだを巻いている。穣子曰く「大地の力が満ち満ちている」らしい温泉から離れて、またテンションが元通りになってしまったようだ。

「死にたい……」
「紅葉と一緒に腐葉土になればよかった……」

 愚痴と共に酒臭い吐息がここまで届いてくる。物凄く鬱陶しいが、霊夢は断固無視を決めていた。これ以上変なことされてたまるか、という気分である。
 ところがしばらくして、

「おい巫女」
「……」
「巫女ったら」
「……」
「無視するなよー」
「……」
「かみさまだぞー」
「えらいんだぞー」

 べしべし。

「あーもう、うるさいわねえ。今度はなによ」
「あんた、なんか芸しなさいよ」
「はぁ!? なんで?」
「巫女でしょ。神様に仕える女でしょ」
「つまり神様を楽しませるのが義務でしょ」
「だからあんたらを祀った覚えはないっていうのに」
「かみさまだぞー」
「えらいんだぞー」
「一生やってなさい、ったく……大体」

 お猪口に冷酒を注ぎながら、霊夢はじろりとボケ神二人を睨みつける。

「芸って、なにやれってのよ? 豊穣の神に捧げる舞なんて知らないわよ、わたし」
「いやー、実際それやられてもあんまりねえ……」
「じゃあなにしろってのよ」
「子作り」

 霊夢は酒を吹き出した。

「うわぁ勿体ない」
「お酒だってもともとはお米なのに……大地に対する感謝が足りないわね」
「あんたらが変なこと言いだすからでしょうが!?」
「えー、変なことなんて言ってないよー?」
「子作りと出産。すなわち繁殖。豊穣の大地を象徴するがごとき神聖な行為で信仰がっぽがっぽ」
「理屈は分からんでもないけどね」

 幾分か冷静さを取り戻し、霊夢は深々と溜息をつく。

「子作りったって、相手がいないでしょうが。いてもする気ないけど」
「えー、でもさー」
「冬の間家に閉じこもりきりの人間がやることなんて、そのぐらいしかないでしょ?」
「あんたら人類舐めすぎだから」

 うんざりしながら、また酒を注ぎ直す。
 そのとき、誰かが入口の戸を引き開けたような音が聞こえてきた。直前までの話の流れが流れだったので、霊夢は思わずビクリと身を震わせた。

(……まさか、こいつらが神通力で男呼んだんじゃないでしょうね? わたしに本気で子作りさせるつもりで)

 ちょっと心配になってちらりと二人の顔を見たが、両方とも相変わらずこの世の終わりが来たような顔でぶちぶちと聞き取りづらいことを呟いている。その線はなさそうだ。
 それでも一応警戒して、待つ。来訪者はドタドタと足音も荒く廊下を駆けてこちらに向かってくる。

(あ、この足音は……)

 聞き覚えがあるな、と思うのと同時に、襖が勢いよく開け放たれた。

「いやー、酷い目に遭ったぜーっ!」

 雪まみれで叫ぶのは、魔理沙である。帽子を脱いで雪を払い落しつつ、盛大なくしゃみを一発。

「なにやってんのあんたは」
「いやほら、朝から凄い吹雪だったじゃんか。それでテンションあがっちゃって、箒に乗って飛び出したのは良かったんだけど、予想以上に風が酷かったんであっちこっち飛ばされちゃってさー」
「バカねえ」
「バカだろ」

 むしろ誇らしげにガハハと笑いながら、「とりあえず温まらせてもらうぜ」と、勝手に霊夢の隣に潜り込んでくる。

「ちょっと、狭いわよ」
「いいじゃんか、人肌が恋しいんだ、よっ!?」

 冗談めかした科白の途中で、魔理沙の目がぎょっと見開かれた。その視線を追ってみると、そこには今や無残なほどに膨らんだ霊夢の胸が。

「お、おい霊夢、なんだそりゃ!? 詰めものにしてもやりすぎだろ!?」
「違うっての。あいつらの仕業よ」
「あいつら?」

 と、魔理沙が霊夢の指さす先に目を向けると、そこには炬燵にへばりついている茶色い神様が二人。

「冬なんてなくなればいいのに」
「むしろずっと秋だったらいいのに」

 そんな、たわけたことをほざいている。

「どうしたんだこいつら?」
「冬が来たからこうなってるんだって」
「へえ。難儀な連中だな。それにしても」

 霊夢の胸を見て、魔理沙がごくりと唾を飲み込む。

「なんていうか……凄いな」

 食い入るような表情である。さすがに少し恥ずかしい。

「あんまり見ないでよ」
「いやあの……えと、さ、触ってもいい?」
「なに言ってんの!?」
「だってさ、こんなでかいの間近で見るの初めてだし……いやなに言ってんだろうなわたし」

 恥ずかしそうにもじもじと指を絡ませる。霊夢はため息をついた。

「……なんにしても、触るのは止めてね。搾ると出るらしいから」
「出るの!? なに考えてんだこの神様!?」
「知りたくもないわね。なんか、それ使って育てろとかほざいてたけど」
「育てろって……何をだよ」
「そりゃ」

 あんたをよ、とはさすがに言えない。きょとんとした魔理沙から、霊夢は顔を背けた。

「どうした霊夢、顔が赤いぜ」
「いや、別に……」
「なんだよ、気になるじゃないか」
「いや、いいじゃないのそんなことは。っていうか、魔理沙さ」
「なに」
「あーっ、と」

 何か話題を探そうとして、霊夢は先ほど温泉で穣子と交わした会話を思い出す。魔理沙がマザコンだ、とかいうあれだ。

「そうそう、ねえ魔理沙、あんたのさ」
「おう」

 ――お母さんってどんな人?

 口から出かかったその言葉を、霊夢は寸でのところで飲みこんだ。
 何故だかわからないが、それは言ってはいけないことのような気がしたのだ。

「なんだよ」
「いやいや……まあ飲みねえ」

 こういうときは強引に飲ませて黙らせるに限る。霊夢がお猪口に酒を注ぐと、「お、悪いな、どうも冷えてねえ」と、魔理沙は意外なほど素直に受け取った。
 良かった話が逸れた、と安心したとき、霊夢はふと妙な気配を感じて二人の神様の方を見る。一瞬、炬燵に突っ伏している二人の目が怪しく光ったような気がしたのだ。
 しかし、

「なにが冬将軍だー。こっちは秋のかみさまだぞー」
「えらいんだぞー」

 そんなことを言いながらべしべし炬燵を叩いている二人を見ると気のせいだったとしか思えず、すぐにそのことを忘れてしまった。



 そんなこんなで、一刻ほどの時間が過ぎた。

「だからさー、お前らはこう、アピールとかが足りないんだよ。神奈子を見てみろ、あのたくましいオンバシラを。やっぱああいうインパクトが必要だよ、神様にはさ」
「そーかー。魔界の神様もたくましいって聞いてるしなー」
「やっぱりかみさまはたくましくなきゃいけないのかー」
「うん……いや、そうなんじゃないかな」

 馬鹿話で盛り上がっている魔理沙と穣子と静葉を横目に、霊夢はほっと息をつく。一時はどうなることかと思ったが、どうやら今日も酔っ払っている内に無事終了しそうである。

(結局、雪かきサボっちゃったなあ)

 障子と鎧戸を挟んでいても、母屋の外で轟々と吹雪が吹き荒れているのが分かる。この分では積雪が酷いことになっていそうだ。明日家の外に出られるといいけど、と霊夢は少し心配になる。
 そのとき、右手に妙な感じを覚えた。

「ん?」

 隣を見る。相変わらず、酔っ払いらしい赤い顔のまま、神様二人と馬鹿話を続けている魔理沙がいる。
 下を見る。炬燵の中に入っているので見えないが、どうも、魔理沙がこちらに手を伸ばしてきているようなのだ。それで、こちらの手とあちらの手が触れ合っている。

(なんだろ)

 偶然かな、と首を傾げてみるのだが、どうも偶然ではないらしい。なにせ、今度は魔理沙が、こちらの手に自分の手を重ねてきたのだから。酒のおかげか妙に温かく、柔らかい感触が手の甲を覆い、霊夢は少し驚く。

「魔理沙?」
「ん、なに?」

 魔理沙がこちらを向いてきょとんと目を瞬く。その表情は心底不思議そうで、こちらをからかう意図など微塵も感じられない。
 それ故にどう対応したものかと少し迷っていると、魔理沙はさらに大胆になった。霊夢の手に自分の手を絡め、ぎゅっと握り締める。

「ちょ、魔理沙ってば」
「えへ」

 魔理沙がはにかんだ微笑みを浮かべながら、ちょっと首を傾げる。

「霊夢の手、柔らかいね」

 背筋に悪寒が広がった。見たこともない顔で聞いたこともない科白を言われたのだから当然である。

「ちょ、ちょっと、どうしたのよ魔理沙!?」
「どうもしてないよう。えへ、やあらかいなあ。霊夢はあんなに強いのに、どうしておててはこんなにやあらかいの?」

 霊夢は慌てて魔理沙の手を解こうとしたが、舌足らずな声音の割に力はずいぶん強く、どうやっても解けない。それどころかますます深く手と手を絡め、ぎゅっ、ぎゅっと何度も握り締めてくる。

「ま、魔理沙、酔っ払いすぎだってば」
「酔っ払ってないもん」

 ちょっと怒ったように、魔理沙は頬を膨らませる。何やら非常に子供っぽい仕草である。

「わたしはいっつもそう考えてるの。霊夢は強くて格好良くて、わたしの憧れなんだ。なのに可愛くて女の子っぽいところもあってさ……すごいよ」

 なんだこのべた褒め具合は。いくら酔っ払っていてもここまでひどかったことはかつてない。霊夢は全身がむずむずするのを感じた。しかし魔理沙がぎゅっと手を握っているせいで、逃げることはできない。

「霊夢ぅ」

 甘えるような声を漏らしながら、魔理沙がさらに接近してきた。こちらの腕に……もっと言うなら規格外に大きくなってしまった胸にしなだれかかり、鼻にかかったような声で切なげに呼びかけてくる。

「ねえ、霊夢」
「な、なに?」
「あのね、わたしね」

 魔理沙が顔を上げ、熱っぽく潤んだ瞳でこちらを見上げる。何かを懇願するような、切ない表情だ。そこに潜む魔力に捕われたかのように、霊夢は顔をそらすことができなくなった。

「わたしね」
「う、うん」
「霊夢の」
「わたしの?」

 何を言われるんだろう、と生唾を飲み込む霊夢の前で、魔理沙は恥ずかしそうに、小さな声で言った。

「霊夢の赤ちゃん、欲しいな」

 一拍の間を置いて。

「できねえよ!」

 霊夢は魔理沙の手を無理やり解きつつ、絶叫しながら立ち上がった。

「あ、赤ちゃんってあんた……!」

 いくら酔っ払っているといってもぶっ飛びすぎだ。何を言ってるんだこいつは……そう思って魔理沙を見下ろすが、彼女は悲しげに俯くばかり。

「……いや?」
「いやとかそういう問題じゃないから! できないんだってば!」
「どうして?」
「どうしてって……そもそもわたしたち女同士だしって、なんでこんなこと説明しなきゃならないのよ!?」
「愛があればどうにかなるよ」
「ならないから。そもそもないから、愛とか」
「そんな、ひどい」

 魔理沙がわっと泣き崩れる。そのとき、炬燵の対面から舌打ちが聞こえてきた。ここまで来て、ようやく霊夢はこの変な事態を引き起こした犯人に気がつく。

「あんたの仕業かこのボケ神!」
「いかにもその通り!」
「まんまと罠に引っ掛かったわね!」

 さっきまでへばっていたとは思えない不敵な笑みを浮かべながら、秋姉妹が揃って立ち上がる。

「ふふふ、霊夢、あんた、気が付いていなかったようね?」
「なにによ」
「お風呂上がりでいい感じに大地のパワーをため込んだこのわたしの体から、絶え間なく豊穣オーラが放出されていたことに!」
「豊穣オーラって……なにそれ」
「植物の生育を促し、その時の豊作を約束する、わたしが豊穣の神たる証でもある素晴らしきオーラよ。このオーラを浴びた人間は……」

 くいっ、と不遜に顎を上げる。

「一人残らず、子作りがしたくてたまらなくなるのよ!」
「あなたと繁殖したい、的な気分になるということね!」
「なんだその変態的な神通力!?」
「あら変態的とはご挨拶ね。子孫繁栄は全人類……いや、生きとし生けるもの全ての願い。そうでしょ?」
「くそっ、微妙に正しくなくもない理屈を……!」
「まあともかく、その子の様子を見ていれば、わたしの言葉が正しいことは分かるはず!」

 穣子が自信満々に指さす先では、妙に顔を赤くした魔理沙が、切なげに身をよじりながら服をはだけ始めているところだった。霊夢は慌てて屈みこみ、魔理沙の手をつかみ止める。

「はしたない真似はやめなさい魔理沙! 本来のあんたはぶっきらぼうな口調の割に実は結構乙女ちっくな女の子のはずでしょ!?」
「うんそう、乙女なの。だから霊夢の赤ちゃんほしいの」
「できねえっつってるだろうが!」

 顔を歪める霊夢に、馬鹿神二人の高笑いが降り注ぐ。

「さあ、観念して次代の博麗の巫女作りに励むがよい!」
「神様がここで見守っていてあげるわ! 遠慮なくネチョネチョのグチョグチョになれ!」
「なるか!」
「いいからいいから。さあ張り切ってどうぞ! はんしょーく!」
「あ、それ」
「はんしょーく!」
「あ、それ」
「はんしょーく!」
「あ、それ」
「はんしょーく!」

 こいつらマジぶち殺してえ。霊夢は握りしめた拳を震わせるが、やたらと服を脱ぎたがっている魔理沙を止めるのに必死でどうあっても手が出せない。

(クッ、このままではいつか体力と気力負けしてしまう……!)

 博麗霊夢、絶体絶命の危機である。
 だがそのとき、居間に一つの声が降り注いだ。

「その繁殖、ちょっと待った!」
「その声は!」

 霊夢は顔を輝かせる。この声を聞いて心が躍ったことなど正直一度もないが、今初めてありがたいと感じる。
 唐突に響き渡るその声こそ、妖怪スキマババァ来訪の予兆なのである。

「紫、どこにいるの!? 早く来てちょうだい!」
「わたしはここよ、霊夢!」

 がらっ、と廊下に続く襖が開け放たれる。一瞬、霊夢はそこから救いの光が差し込んでくる錯覚すら覚えた、が。

「……紫。その格好、なに?」
「分かるでしょう?」

 雪のように真っ白な寝衣を一枚だけ纏った紫は、なにやら覚悟を決めたような表情で霊夢のそばに膝をつくと、胸の部分をがばっとはだけさせ、

「抱いて」
「お前もかババァ!」

 霊夢が怒鳴って唾が飛ぶ。それを顔一杯に浴びた紫が、陶然とした、それでいて悲しげな表情で呟く。

「霊夢……あなたにババァって言われるたび、わたしがどれだけ傷ついてきたか、知ってる?」
「知らないわよ。っつーか今のわたしの方がよっぽど傷ついてるっつーの」
「でもいいの。わたし、あなたが愛を持って呼びかけてくれるのなら、ババァっていう呼び名も受け入れるつもりよ」
「呼びかけないから。愛なんてないから」
「それでもいい! 霊夢、抱いて!」
「抱かねーっての!」
「あ、でもね霊夢」

 照れたように頬を染めた紫が、少し目をそらしながらそっと囁く。

「わたし、初めてだから……優しくしてね?」

 思わずグーで殴ってしまった。

「……ごめん。さすがに今の一言はいろんな意味で許せなかったわ……」
「い、痛い! なんで殴るの、霊夢!?」
「殴るわ! 散々男たぶらかしたような胡散臭い顔してなにが初めてだ、ふざけんなババァ!」
「ほ、本当に初めてだもん! わたしったら汚れなき永遠の少女だもん!」
「死ねよ処女ババァ」
「ひどいわぁぁぁぁぁ……」

 よよよ、と紫が泣き崩れる。隣では魔理沙も熱っぽい吐息を漏らしているし、もうなんか放心してしまいたい惨状である。
 そんな地獄絵図もなんのその、神様二人は元気にブーイングを上げている。

「なんだよー」
「早く繁殖しろよー。せっかくおっぱいとお尻でっかくしてあげたのにー」
「うっさいっての! っていうか、あんたらねえ!」

 怒鳴っても無駄だと知りつつ、霊夢は声を張り上げずにはいられない。

「女同士で子作りさせようとか、いったいなに考えてんのよ!?」
「は?」

 神様二人は、揃って顔を見合わせた。

「なに言ってんの?」
「何が問題なの?」
「だーかーらー!」

 地団駄踏みながら、霊夢は手を振り回して叫ぶ。

「女同士で、子作りなんか、できるわけないでしょうが!」

 沈黙が訪れた。聞こえるのは轟々唸る吹雪の音と、魔理沙の吐息と紫の泣き声と、霊夢の荒い呼吸だけ。
 その中でしばし考え込んでいた豊穣の神は、やがて何かに気づいたようにポンと手を打った。

「あー、そっか。そういやそうだった」
「……なにがよ?」
「人間って、有性生殖だったっけ! 無性生殖かと思ってた!」

 無言になる霊夢の前で、静葉が穣子の頬をつつく。

「いやあねもう。穣子ったらうっかりさん!」
「ごめんごめん、カタツムリか何かと勘違いしてたみたい。似たような生き物だからさー」

 全然似てねえよ、と突っ込む気力は、もはや一欠片も残されていない。
 こんなでも神様だから、とか、神社が壊れたら困るし、とか思って我慢していた霊夢の怒りは、もはや耐えきれる限度を超えていた。

「あ、ん、た、らぁぁぁぁぁ……っ!」

 へらへら笑っている茶色い神様二人をぎりっと睨みつけ、

「いい加減に、しろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 発動、全力全開夢想封印。
 博麗神社は倒壊して雪に埋まった。



 いろんな意味で長くつらかった冬が終わり、季節は春。桜舞い散る博麗神社の境内に、悲痛な絶叫が響いた。

「申し訳ございませんでしたぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 若葉を模しているらしい緑色の服を着た神様二人が、揃って地に頭をつける。
 巫女に向かって土下座する神様ってのもなんだかなあ、と頭を掻きながら、霊夢はにっこり笑って言った。

「帰れ」
「ま、待って!」
「せめて弁解の機会を!」

 足に縋りついてくる神様二人を「ええい鬱陶しい」と適当に蹴り落としながら、霊夢は舌打ち混じりに言う。

「なら言ってみなさいよ。聞いたあとに殴るから」
「う……ま、まあそれもしょうがないか……」
「本当に迷惑かけちゃったしね……」

 しょんぼりと肩を丸めて、二人がため息をついた。

「わたしたち、秋が終わるとなんかもうどうでもいいや、みたいな根暗な気分になっちゃって」
「しばらくの間、記憶を無くす勢いで奇行に走っちゃうのよね……」
「ってことは、あれだけ迷惑かけておきながら何も覚えてませんってことか……!」

 歯噛みする霊夢の前で、二人が再び「申し訳ございませんでしたぁぁぁっ!」と地に頭を擦りつける。

「お詫びの印として、あっちに春の七草とかおいしい大根とか苺とかたくさん用意してあるから!」
「何発殴られても仕方ないと思ってるから、思う存分やっちゃってください!」

 どうやら本当に心底反省している様子である。そこまで言われては、逆に怒りにくい。

(なんだかなあ、もう)

 溜息をつきながら、霊夢は仕方なく拳を収めることにした。

「分かった。もういいわ、許してあげる」
「えっ」
「ほ、本当?」

 二人が信じられないといった表情で顔を上げる。霊夢は苦笑した。

「本当よ。まあ確かに許し難いことではあるけど……結局、季節のせいであってあんたたちのせいじゃないんでしょ? それにあのとき思い切り夢想封印かましてそこそこ気は晴れたし、ね」

 ちなみに、母屋と神社もとっくに直っている。事情を知らずに遊びに来た天子に直すよう依頼したのだ。最初は渋っていたが、地震騒動のときの件などを引き合いに出してねちねちと責め立てたら、赤い顔で「仕方ないわねえ」と言いつつ直してくれた。帰るときも赤い顔で何かを期待するようにこちらを見ていたが、あれはいったいなんだったのだろう。

(まあともかく、もう怒る理由もあんまりないのよねえ)

 そもそも、博麗霊夢は過去のことをいちいち引きずったりする人間ではない。だから、本当のことを言えば怒りはもうとっくに冷めていた。

「ああでも、魔理沙や紫には後で謝りに行きなさいよ? あいつらもだいぶ醜態晒してたし……」

 ちなみにあの後、魔理沙は膨らんだままの霊夢の胸に縋りついて思う存分眠りこけ、起きた後は妙にすっきりした顔をしていた。紫の方も泣いていた割にはすぐにケロッとしていたし、どこまで演技だったか分かったものではない。
 だから、二人も多分怒ってはいないだろう、と思うのだが。

「そ、それはもちろん!」
「あの子たちにもちゃんとお詫びの品を持っていくわ!」

 冬のときとは比べ物にならないぐらい善人オーラ全開の二人を見て、霊夢は少し哀れに思う。あの二人に対して頭なんか下げにいったら、一体どれだけ搾り取られることか。まあ自業自得だから仕方がないが。

(今年の秋の収穫は、あんまり期待できないかもね)

 そんな霊夢の内心を知ってか知らずか、二人の神様はすっかり安堵した様子で顔を見合わせている。

「いやー、許してもらえて良かったね、お姉ちゃん」
「本当ねえ。ここ来るまで物凄く怖かったものね」
「今年は冬が来ても家に閉じこもっていようね」
「そうねえ。迷惑かけちゃいけないもんねえ」

 それにしても腰の低い神様だなあ、と苦笑しながら眺めていると、突然「そうだ!」と叫びながら、穣子が立ち上がった。

「あのね霊夢、今回のお詫びと言ってはなんなんだけど」
「春の野菜のことならさっき聞いたわよ?」
「違う違う、そういうんじゃなくてね、あんたが絶対に喜ぶ贈り物をしようと思って。受け取ってくれる?」
「へえ。わたしが絶対に喜ぶ、ね」

 いったいなんだろう、と霊夢は首を傾げる。参拝客とお賽銭でも増やしてくれるのだろうか。しかし、この神様にそこまでの神通力があるとは思い難い。

「へっへー、ま、期待してよ。絶対に喜ばせてあげるからさ!」
「ふうん、そう。じゃ、受け取ってあげようかしら」
「よしきた。それじゃやるわよー」

 張り切ってそう言った穣子が、微妙に見覚えのある複雑な形の印を組む。

「ちょ、それ……!」
「かーっ!」

 霊夢が止めるよりも先に、穣子が腕を突き出した。
 途端にぼいんばいんと間抜けな音がして、霊夢の服の中で胸と尻が大きく膨らんだ。千切れるさらし、はちきれそうになるドロワーズ、ミシミシと悲鳴を上げる巫女服。
 巫女の全力右ストレートが、豊穣の神を10メートルほども吹き飛ばした。鳥居に衝突した妹を見て、「穣子ーっ!?」と、静葉が悲鳴を上げる。

「……やっぱり殴るわ」
「殴ったあとに言わないでよ! っていうか、え、なに、なんでわたし殴られたの!?」

 鳥居の足に寄りかかり、赤くなった頬を押さえた穣子が目を白黒させている。霊夢は自分の胸を指さしながら怒鳴った。

「誰がこんな化け物みたいな胸にしてくれって頼んだのよ!?」
「えぇっ!? だ、だって、子孫繁栄は全人類、いや生きとし生ける者全ての願いで……」
「なんでおかしくなってたときと同じこと言ってるわけ!?」
「おお、そのときも言ってたんだ! おかしくなっても使命を忘れないなんて、さすがわたし!」

 近づいてもう一発殴った。

「痛い! な、なんで殴るのよぅ」
「だから誰もそんなこと望んでないって言ってるでしょ!?」
「ええっ、嘘でしょ!? そんなの生物として異常……あ、分かった、さては照れてるのね、今まで貧相な体だったから!」
「あ、そっか。そういうことだったの。もう、霊夢ちゃんたら照れ屋さん!」
「でも大丈夫よ、その体だったら男バンバン子宝ボンボンだから! そういうわけで」

 無言の巫女の前で、いい笑顔を浮かべた豊穣の神が爽やかに親指を立てる。

「頑張って繁殖しな、霊夢!」

 3発殴った。

「……お前ボコるわ。夢想天生でボコるわ」
「や、止めてってば!」
「うるさいっての! なにが絶対喜ばせてあげる、だ!? むしろ凹んだわ!」
「ええー……そんな、いったいなにが不満……」
「あ、分かった!」

 静葉がポンと手を打った。

「あなたってどっちかと言うと惚れられるタイプだし、結構漢気あるし、女側じゃ物足りないってことね!」
「あー、そういうことか!」

 穣子もまた、納得した様子で深く頷く。

「つまりあれね、あんたの真の望みは生や」
「夢想天生!」

 問答無用であった。



 <了>
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