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【東方SS】わたしのお茶が飲めねえってのか!

2010/6/24に東方創想話に投稿したSSです。
『わたしのお茶が飲めねえってのか!』



「霊夢ーっ!」
「喉乾いたーっ! なんかちょうだい!」
「あんたらねえ」

 開け放された縁側から転げるように上がり込んできた童どもを見て、霊夢は頬をひきつらせる。
 ぎらつく日差しと共に蝉時雨が降り注ぐ、とある夏の日。境内の掃除が終わって母屋に引き上げてきて、さてお茶でも沸かしてのんびりしようか、などと考えていたときのことであった。
 チルノと橙を先頭に上がり込んできたのは、リグル、ミスティア、ルーミア、大妖精。計六人の童人外ども。大方、みんなで遊んでいる最中に誰かが「そうだ、神社行こう!」とかノリに任せて言い出したのだろう。
 上がり込んできた童たちは、ある者は無遠慮に、ある者は礼儀正しく、またある者は遠慮がちにおずおずと。それぞれ長卓の周囲に座り込み、思い思いにお喋りを始める。
 霊夢は腕を組んでそれを見つめながら渋面を作り、

「なんでこう魑魅魍魎どもの溜まり場になってんのかしら、うちは」
 
 ため息混じりに炊事場へ行ってやかんに水を注ぎ火をかけ、

「大体おかしいってのよね。ここは神社、神域よ。ああいう連中は近づくこともできないのが普通でしょうに」

 戸棚から大きな急須と茶缶を取り出して手際よく茶の用意を済ませ、

「そんな場所にあんな小娘どもが平気な顔でズカズカ上がり込んで、しかもお茶まで要求する。おかしいわ、理不尽だわ」

 七つの湯呑に沸かした茶を注ぎ、盆に載せて居間へと取って返す。

「だからお茶飲んだらさっさと出て行きなさいよ、あんたたち。居座ってると叩き出すわよ」
『はーい!』
「いや、おかしいよね霊夢」

 と、茶を配る霊夢を見ていたリグルが苦笑混じりに言った。その目の前に湯呑を置きながら、霊夢は眉をひそめる。
 
「おかしいって、なにが。まあこの状況そのものが十分おかしいんだけど」
「だったらなんで普通にお茶振る舞ってるのよ」
「だよねー。なんだかんだ言いつつ、霊夢っていっつもお茶出してくれるもんね。誰にでも」

 湯呑に口をつけながら、ミスティアも同意する。その横では「なんで夏に熱いお茶を」とか言いつつ、橙が必死になってお茶に息を吹きかけているところだ。やはり猫舌らしい。

「それはだって、客にはお茶を出すもんでしょ」

 当然のことだと思って霊夢が言うと、リグルとミスティアは顔を見合わせてくすくすと笑う。

「おかしいよね」
「うん、やっぱり変」
「だから、何がよ」
「あの、霊夢さん」

 と、若干遠慮がちに口を挟んできたのは緑の髪の大妖精だ。

「なんで妖怪が、なんて文句言いながらわたしたちをお客扱いしてお茶出して下さるって、ちょっと矛盾してるんじゃ……」
「そうそう。だからわたしたちも『あ、じゃあここにいてもいいんだな』ってつい思っちゃうわけだし」
「普通だったら『ふざけんな闇鍋にすんぞゴルァッ!』って追い出されてるところだよね」

 口々にそう指摘され、そう言えばそうだな、と霊夢は今更ながらに気がつく。
 しかし、腕組みをして数秒ほども考えると、あっさりと結論が出た。

「いや、やっぱりお茶は出すでしょ。出さないのはおかしいって……ちょっとチルノ、息吹きかけて冷ますだけならともかく、直接氷を入れるんじゃないの! 味が薄くなるでしょうが!」

 不作法なチルノに向かって怒鳴る霊夢に、リグルが理解しがたいような顔で首を傾げる。

「うーん、やっぱりなんか変……」
「変なのはあんたらでしょ。全く、ここがどこだか分かってんの? 神社よ、神社」
「そりゃ分かってるけど。わたしたちだって、こんなもてなし方されなきゃ神社なんか来ないよ」
「つまりわたしがお茶出すのが悪いって言いたいわけ?」
「悪いっていうか……うん、でもそれも原因の一つじゃないかなって。他にも宴会開くのあっさり承諾したりとか、いろいろあるけど」
「ふむ……」

 言われて、霊夢はもう一度考え直してみる。
 しかし、結論は同じだ。誰かが来ているのにお茶を出していない自分、なんて、想像するだけでも全身がむず痒くなるほどの違和感を感じてしまう。

「つまり、もうすっかり習慣になっちゃってるのね」

 ミスティアが茶を啜りながら、回想するように目を細める。

「わたしの屋台に来るお客さんの中にも結構いるよ。変な習慣持ってる妖怪さん」
「どんなのよ」
「そうねえ……一番面白いのは、わたしが注文聞いたり料理出すたび地面にひれ伏して『ははーっ! 私のような屑妖怪にご慈悲をお恵み下さいますとはなんと素晴らしいお方』だのなんだの拝んでくる妖怪さんかな」
「なにそれ、どういうことなの」
「なんか凄い恐妻家らしくて、厳しく躾けられてるらしいのよ。女性に対して敬意を欠かした言動をすると、そのたび奥さんから殴る蹴る刺す裂く喰う等々多岐に渡る暴行を」
「そ、それって躾っていうか……」

 何やら赤い顔でぶつぶつ言っている大妖精の声を聞きながら、「わたしはそれと同レベルなのか……!」と霊夢は小さく唸る。
 ミスティアはからからと笑いながら、

「まあさすがにこれはちょっと極端だけどね。箸の持ち方とか食器の並べ方とか、結構他の人と違うこだわり持ってる人も多いみたい。しかも大概無意識にやってるから、他の人に指摘されて初めて気がつくのよ」
「へえ。そんなもんなんだねえ」
「そんなもんよー。リグルだってスカート履くと落ち着かない気分になるでしょ。それも習慣よ、習慣」
「そうかな……? いや、確かに足がスースーして変だなって気はするけど」

 半ズボンをつまむリグルの横で、ミスティアはまたお茶を一啜り。ふと顔を上げて霊夢を見て、首を傾げる。

「でも霊夢。こういう類の習慣って、出来上がるのには何かしら理由っていうか、きっかけみたいなものがあると思うよ」
「理由?」
「そう。『これこれこういう理由があって仕方なく』って言って同じ行動を続けている内に、それをしないと落ち着かない、みたいになっていくの。なんか、思い当たることってない?」
「理由ねえ……」

 言われて、霊夢は考えてみる。
 客人にお茶を出す理由。お茶を出さないと落ち着かなくなった理由。
 そもそも客人にお茶を出すという行為は、果たして誰から教えられたものだったろう。今は亡き、顔もよく覚えていない母からだろうか。

(いや、なんか違うような気がするわね……母さんが生きてた頃って、妖怪どころか人間すら神社には寄りついてなかったような気がするし……)

 眉根を寄せておろぼげな記憶を辿っていた霊夢の脳裏に、不意に一人の少女の顔が浮かんだ。癖のある金髪、生意気そうな笑み。

「あ」

 声を漏らし、手を打つ。

「魔理沙だ」
「え、魔理沙?」
「そう言えば今日は珍しくいないね。忙しいのかな?」

 キョロキョロと周囲を見回し始めるリグルたちに、霊夢は首を振る。

「いや、そうじゃなくて。お茶出す習慣のきっかけってやつ。魔理沙だわ」
「魔理沙がそうするように教えたってこと?」
「んー……教えた、っていうか」

 霊夢は首を捻って思い返す。
 魔理沙が博麗神社に遊びに来るようになったのは、母が亡くなった後少し経ってからのこと……だったように思う。いつの頃からか、毎日のように神社に顔を見せるようになったのだ。

「へえ。魔理沙って、そんな小さな頃から魔法使えたの?」
「いや、その頃はまだ、ただの里の子供だったんじゃない? 魔法だって一つも使えなかったはずよ」
「それなのにこんなとこまで遊びに来てたんだ。さすが魔理沙って言うか」
「その頃に食べておけばよかったね」

 のほほんとした顔で物騒なことを呟くルーミアに顔をしかめつつ、霊夢はまた記憶を探る。
 何が気に入ったのかは知らないが、魔理沙は毎日のように遊びに来た。今思い返せば結構上等な仕立てのスカートを翻して石段を駆けあがってくるなり、縁側やら拝殿の階段やらにどすんと腰を下ろしてこう言うのだ。

『お客様にお茶の一つも出さないなんて、ロクな神社じゃないわね!』

「……そうそう。それでその頃は別に好きでもなかったお茶を出してやってたんだわ。んで、毎回言われるのがなんか悔しくなって、その内魔理沙が文句言う前にお茶出してやるって決意するように……なんだ、完璧に魔理沙のせいじゃない。くそー、あいつめ」

 むしろ何故最初言われたとき「ふざけんな、脳味噌腐らせてる暇があったら自分で淹れろ」とか言わなかったのかが不思議である。当時のことはよく覚えていないが、昔の自分は相当に従順な性格だったのかもしれない、と霊夢は思う。
 ともかくも、魔理沙のせいなのだ。あの娘がいなければ、客にお茶を出す習慣など身に付かなかっただろうし、そもそもここまでお茶を好きになっていたかどうかも怪しい。

「出会いって不思議だね」
「魔理沙がいなかったら、わたしたちはここでこんな風にお茶を飲んでなかったかもしれないってわけか」

 しみじみ言いながらお茶を啜るリグルとミスティアの横で、

「で、でも霊夢さん」

 と、大妖精が何やら赤い顔をしながら、困ったように言った。

「なに。どうしたのよ、大助」
「いえあの……そ、それってつまり」

 と、大妖精は真っ赤な顔で生唾飲み込んだかと思うと、

「霊夢さん、魔理沙さんに調教されちゃったってことですよね!」

 ぶっ、とリグルがお茶を噴き出し、ゲホゲホとむせ始める。「大丈夫?」と声をかけるミスティアに口元を拭ってもらいながら、真っ赤な顔で叫ぶ。

「いきなり何言い出すの、大ちゃん!?」
「だ、だって、構図的に『わたし好みの女になれ』『はい』みたいな……ああ、わたしもチルノちゃん色に染められたい!」
「相変わらずの駄目妖精振りにむしろ安心したわ」
「最近拾ったレディコミにハマってるから、大ちゃん……」

 げんなりする霊夢とリグルの周りでは、せっかくちょうどいい温度に冷ましたお茶を悪戯で凍らされた橙が、逃げるチルノを追いかけてドタバタ駆け回っている。氷精は猫娘から逃げるのに夢中で、駄目妖精の駄目発言は聞いていなかったようだ。
 霊夢が無言で拳骨を落としてやったら、二人は悲鳴を上げて蹲った。

「痛い! 何すんのよ霊夢!」
「うっさい。こんなところで暴れるなっての。折角のお茶に埃が入っちゃうでしょうが」
「あ、重要なのはそこなんだ」
「さすが霊夢」

 苦笑するリグルとミスティアを見て、チルノが不思議そうに首を傾げる。

「ところでみんなして、さっきから何話してたの?」
「聞いてなかったの、チルノ」
「仕方ないじゃん、橙のお茶凍らせるタイミング狙わないといけなかったんだから」
「この馬鹿妖精……!」

 フーッと唸った橙がまたチルノに飛びかかろうとしたので、「外でやんなさい」と襟首つかんで庭に放り出してやる。それから霊夢がふと前に顔を戻すと、チルノがにこにこ笑いながらこちらを見上げていた。

「なによ」
「霊夢、魔理沙に躾けられたんでしょ? ルーミアが言ってた」

 どういう説明してんだ、と思ってルーミアを睨みつけたが、本人は相変わらず何を考えているんだか分からない顔で笑っているだけである。
 いちいち訂正するのも面倒くさいので「だからなに」とだけ言ってやると、チルノは満面の笑みで手の平を差し出し、

「霊夢、お手!」

 庭にブン投げてやったら、チルノと橙はまた元気に駆け回り始めた。



 そうして一時間ほど好き勝手に遊んだ後、童どもはまた騒ぎながら帰っていった。霊夢にしてみればいい迷惑だったが、大妖精とリグルは片付けを手伝ったし、ミスティアも帰り際に「急に上がり込んじゃってごめんね。今度屋台に来たら一品サービスするから」と言っていたので、まあ割には合うかなという感じもする。
 しかし今、一人になった霊夢は、少々不機嫌というか釈然としない気分で縁側に腰掛けている。
 むすっとしながら思い浮かべるのは、歯を見せて笑う魔理沙の顔である。

(……そう言えば最近、あいつが『お茶頼む』とか言うのを聞いてない気がする……)

 理由は当然、魔理沙がそう言う前に霊夢がお茶を出しているからだ。
 今まではあまりにも自然にそうしていたために気がつかなかったが、先ほどリグルたちとあんな会話をしたあとでは、さすがの霊夢もちょっと引っかかるものがある。
 別段、金を払えとか賽銭入れろとか一杯奢れとか要求したいわけではない。しかし何となく、また今までと同じようにやるのはなんか嫌だな、とは思うのだ。

(よし。今度魔理沙が来たら、あいつが『お茶くれ』って言うまでは出してやらないことにしましょう)

 一人そう決めて顔を上げたとき、周囲を囲む木々の向こう、遠い夏の青空に小さな影が見えた。噂をすれば何とやら、徐々に近づくその影は、夏でも挫けず黒白衣装の霧雨魔理沙その人だった。

(来たわね……!)

 内心不敵に笑いつつ、顔には澄ました笑みを浮かべる。
 別に、身構える必要などない。ただちょっと、魔理沙に言われるまではお茶を出してやらないというだけだ。
 そうして待つ霊夢の眼前に、魔理沙がゆっくりと降りてきた。しかし近くで見てみると、その様子はいつもとは若干違っている。
 箒に跨った魔理沙は、両手で大きな本を開いていたのだ。すっかり没頭しているらしく、片時もそこから目を離さない。着地してから片手だけで器用に箒を担ぎ、スタスタと歩いてきて霊夢の右隣に座るまで、ただの一度もだ。
 もちろん霊夢の方などちらとも見ないし、挨拶の一つもなし。「お茶くれ」などと言うこともない。ただひたすら、黙々と読書に集中している。

(……なによ)

 霊夢は少しムッとした。いつもは手土産の一つも持ってこないくせに、今日に限ってなんで本なんか読んでるんだ。

「……何読んでんの?」
「本」

 短い答え。もちろんこちらの方は見ない。霊夢は顔をしかめる。

「それは見れば分かるわよ。なに、また盗んできたの?」
「ああ。借りてきた」
「なんでここで読んでるのよ」
「飛んでる途中に何となく読みだしたら止まんなくなってさ。いや、面白いわこれ……」

 答える間も本から目を離さず、魔理沙は夢中で頁を捲る。忘我の表情とでも言うのか、口が半開きになったままだ。そんなことにも気付かぬぐらい、本が面白いらしい。
 一体何の本なのかしらと思ってひょいと覗いてみたが、霊夢には読めない字で書いてある上に訳の分からない図形ばかりが見えるだけで、さっぱり内容が理解できない。多分、魔導書とかいう類の本なのだろう。専門外である霊夢には全く理解できない。
 神社に来た魔理沙が、こんな風に読書に没頭しているというのはとても珍しいことだった。彼女は、そういう姿をあまり霊夢には見せたがらないのだ。理由はよく知らないが。

(……いつもは頼んでもいないのに掃除の邪魔したりするくせに)

 今日の魔理沙と来たら、話しかけることはおろか視線の一つ寄越しやしない。本の虫になりきっているらしい。
 霊夢はまた元の位置に座り直し、横目で魔理沙の方をちらちら伺いながら、ブラブラと足を揺らし始めた。

(まあ、ちょっと待てばいいだけよ。わたしがいっつもお茶出してるのと同じで、魔理沙だってここに来ればいっつもお茶飲んでるんだもの。習慣ってやつ。すぐに落ち着かなくなって、『おい、お茶はどうしたんだ』だの、勝手なこと言い出すに決まってるわ)

 そしたら何と言ってお茶を出してやろうか、と霊夢は少し楽しい気持ちで想像する。「あら、いらないのかと思ったわ」とちょっと嫌味を言ってやるのもいいし「どう、これでわたしの出すお茶の有り難みが分かった?」と得意になってやるのもいい。
 ともかく霊夢としては、魔理沙の方から「お茶をくれ」と一言言ってくれさえすればそれで満足なのである。

(すぐよ、すぐ。ほらどう、魔理沙、落ち着かないでしょ。わたしのお茶が飲みたくなってきたでしょ)

 本を読み続ける魔理沙の隣に座りながら、霊夢はちらちらそわそわ、落ち着かない気持ちで友人を観察し続ける。
 しかし、いくら待っても魔理沙は一言も口を利かなかった。相変わらず口を半開きにしたまま本に夢中になっている。
 降り注ぐ夏の日差しの下、霊夢はだんだんイライラしてきた。

(ちょっと。なに意地張ってんのよ、魔理沙。素直に『お茶くれ』って言いなさいよ……!)

 そのとき、魔理沙がおもむろに右手を本から離した。「来たか!」と思って、霊夢は思わず腰を浮かしかける。だが、魔法使いの痩せた手は、帽子を脱いで傍らに置いただけで、また本に戻ってしまう。

(……なによ)

 霊夢はまたぶすっとして、腿の上で頬杖を突く。隣でそんな仕草をしていても、魔理沙は全くの無関心で本を読み続けている。
 真夏の空は青く晴れ渡り、鳴き交わす蝉の声は耳障りなほど大きく、遠くまで響いている。けれども今の霊夢には、そんな大音声よりも隣で魔理沙が本の頁をめくる音の方が大きく感じられるのだった。
 せわしなく体を揺すり、絶え間なく隣を窺う。歯軋りしたり、音高く舌打ちをしたり。どうしようもなく落ち着かない気分だった。

(あー……お茶出したい……!)

 この縁側に座り、隣に客がいるというのにお茶の一杯も出していないというこの状況。
 落ち着かない。ひどく落ち着かない。髪をかきむしりながら奇声を発して暴れたくなるほどに、体の内側から際限なく苛立ちが沸き上がってくる。
 まさか、客人にお茶を振る舞わないというのがこれほどまでに精神を蝕む苦行だとは知らなかった。以前永遠亭に行ったとき、忙しかったのかお茶が出てこないときがあったが、あの連中はよく平気でいられたものだ。やはり妖怪と人間では精神構造が違うのだろうか。

(今度、白蓮にお勧めの苦行があるとか言って情報を売りつけてやろうかしら……)

 そんなことを考えてみたが、ちっとも気が紛れない。今霊夢が望むのは、魔理沙の「お茶くれ」という一言のみである。

(なに真面目くさった顔で本なんか読んでんのよ。わたしのお茶より本の方が美味しいっての?)

 苛立ちと暑さとでじっとりと汗が滲んだ拳を、ぎゅっと握りしめる。そうしてまた隣を見たとき、霊夢はふと驚くべきことに気がついた。
 今も本に夢中になっている魔理沙の額に、じっとりと汗が滲んでいた。当然といえば当然だ。こんな炎天下にこんな黒白の服でいたら、暑いに決まっている。

(……そろそろ、のはず……!)

 霊夢は内心ほくそ笑みながら、何気ない口調で魔理沙に話しかける。

「魔理沙」
「んー?」
「今日、暑くない?」
「ああ」
「こんだけ暑いと、あれよね。なんか、あるわよね」
「……んん」
「ほら、欲しくなるでしょ。なにかが」
「……ああ」

 全く気持ちの入っていない返事だった。そもそもこちらが話しかけていることを認識しているのかどうかも怪しい。

(……なによ)

 なんだか急に空しくなってきて、霊夢は一人拗ねたように唇を尖らせる。

(あんたが飲みたいっていうから淹れてあげたのが始まりだったのに。要らないんだったら、別にいいわよ。あんたなんか紙でも食べてればいいんだわ。黒山羊さんだか白山羊さんだか知らないけど)

 心の中でぶちぶち呟きながら、またちらっと横を見る。魔理沙の横顔はこの上なく真剣で、まっすぐに本の頁を見つめている。
 その横顔を見ていると、霊夢はなんだか不思議な気持ちになった。
 こんな風に魔理沙が本を読んでいるのを見るのは、ほとんど初めてのことである。昔は神社の境内で魔法の練習をしたり、霊夢にも修行しろ修行しろと口うるさく勧めてきたりした魔理沙だったが、いつの頃からか霊夢の前ではそういうことを全く口に出さなくなっていたし、魔法の練習をしているところも見せなくなっていた。
 なにがきっかけだったのかは知らないし、理由も分からない。アリスだったか萃香だったかが「あいつは陰で相当努力してる」と漏らしたのをいつか聞いたことがあったが、霊夢の前ではヘラヘラ笑ってばかりいる魔理沙の顔から、そういう姿を想像することは難しかった。

(……そういう顔、するんだ)

 異変のときや弾幕ごっこのときなどともまた違う、真っ直ぐな瞳。
 何を見つめているのだろう。どこを目指しているのだろう。
 そんなことすら、霊夢には分からないけれど。

(ああ、そう言えば)

 霊夢はふと、遠い昔のことを思い出した。
 それは、まだ魔理沙が努力している姿を霊夢にも見せていた頃。
 境内で魔法の練習を終えた魔理沙が、額の汗を拭いながらふらふらと縁側に座り込む。黙ってお茶を出してやると、待ちこがれたように湯呑みに口をつけて、「あつつ」と呟きながらもゆっくり飲み干し、ほう、と一息。
 そして、霊夢の方をちらっと見て、しみじみした口調でこう言うのだ。

『この一杯のために生きてるのよねえ』

(……ジジくさっ)

 そのときの魔理沙の声を思い出し、霊夢は小さく笑う。昔の魔理沙は今と比べて随分はすっぱで女っぽい口調を使っていたが、和食好みだったりお茶が好きだったりと、変なところでジジむさい少女でもあった。
 そして魔理沙のそういう部分が、霊夢は割と嫌いではなかった……のだと思う。習慣と言えるほど自然な行為になっていて、忘れていた。
 自分の淹れたお茶を美味そうに啜る魔理沙の顔を見るのは、霊夢自身にとっても楽しいことだったのだ。

(そりゃそっか。楽しいことでなけりゃこんなに長く続いてるはずないもんね、わたしの場合)

 だからこそ尚更、今魔理沙が「お茶くれ」と一言言ってくれないのが残念だ。
 それとも、彼女はもう霊夢が淹れるお茶には飽きてしまったのだろうか。

(……わたしと同じで、魔理沙も知り合い増えたもんね。アリスのとこでは紅茶だのお菓子だのご馳走になってるんだろうし、飽きられても仕方ないか)

 無論、そのことに対して文句を言う気はない。魔理沙は魔理沙なのだから、自分があれこれ口出しするのは筋違いというものだろう。
 客にお茶を出すのは習慣でも、無理矢理飲ませるのは霊夢の趣味ではないのだ。

(……変わってくって、こういうことなのかしら)

 本を読み続ける魔理沙の横で、霊夢は一人考える。
 男みたいな口調で話すようになった魔理沙、努力する姿を見せなくなった魔理沙、霊夢のお茶を飲まなくなった魔理沙。
 次はどんな魔理沙になるのだろう。神社に来ない魔理沙になるのだろうか。

(想像つかないなあ)

 想像できない、というのが本当のところかもしれない。
 昔に比べて、変わったことはたくさんある。けれども、魔理沙が神社に遊びに来る、という日常だけは、ずっと変わっていない。遊びに来る魔理沙にお茶を出してやるという日常と同じように、ずっと。
 それが変わってしまったら、どうなるのだろう。自分は何を思い、どう行動するのだろう。
 自分もまた、何かしら変わっていくのだろうか。

(分かんないな。分かんないや)

 晴れた空とは正反対の気分になって、霊夢は小さく息を吐く。
 そうして何となくぼんやりしたまま、ちらりと隣を見た。
 魔理沙は相変わらず読書に没頭していたが、霊夢が視線を向けたのとほとんど同時に、何気ない仕草で左手を本から離した。
 今度は何をするのだろう。帽子を被り直すのだろうか。被り直して、お茶を飲まないまま帰ってしまうのだろうか。

(あれ。でも、帽子置いたのは右手の方……?)

 霊夢が眉をひそめたとき、魔理沙の左手が縁側の床板に伸びた。
 そして、何かを探すように、二、三度空を切ったかと思うと、

「あれ?」
「なに?」

 魔理沙が漏らした驚き混じりの呟きに、霊夢は即座に反応した。
 もちろん、待っていましたと言わんばかりの表情を見せるつもりなどない。魔理沙のことなど見てもいなかったという澄まし顔で前を見たまま、いかにも興味なさげな声で尋ねる。

「どうかした?」
「え。あ、いや」

 魔理沙は戸惑ったように言いながらちらちらこちらを見ていたが、やがて何でもなさそうな顔で本に視線を戻し、

「別に、なんでもない」
「そう」

 霊夢は短く答え、ただ前だけを見る。魔理沙もまた、黙々と読書を始める。
 蝉が元気に大合唱する中、霊夢はただ前だけを見る。前だけを見つめて、待つ。
 途中、我慢しきれなくなってちらっと横を見たら、同じくちらっとこちらを見ていた魔理沙と一瞬だけ目が合って、二人同時に慌てて目をそらした。
 ややあって、

「なあ」
「なに」

 声を出した魔理沙に、訳もなくドキドキしながら言い返す。
 魔理沙は何か言いたげな、しかし努めてそれを我慢しているような声で、

「あー……その、なんだ。今日は、暑いな」
「そうね、暑いわね」
「これだけ暑いとさ……な。ほら」
「なによ」
「いや……なんだ。あれだよ」
「……なによ」
「……暑いよな」
「暑いわね」
「……なあ」
「なに」
「……いや、別に」
「……そう」

 じりじりと照りつける日差しの中、二人はそれきり黙り込む。
 魔理沙の頬を汗が伝い、霊夢の喉がカラカラに乾く。
 しかし、永遠とも思える茹だるような時間を終わらせたのは、二人のどちらでもなく。

「こんにちは、お二人さん」

 と、眼前の空間に裂け目を作ってすっと姿を現した、金髪の美女であった。この暑い中、相変わらずのゆったりした衣装で、しかし汗一つかかずに涼しい顔をしている。
 いつものように胡散臭い妖怪の賢者、八雲紫。縁側に座った二人の姿を見て、さも驚いたようにわざとらしく目を丸くする。

「あら。どうしたのあなたたち、そんな暑苦しそうな顔して。我慢大会でもやっていらしたのかしら」
「……紫」

 脱力感にへばりそうになりつつ、霊夢はため息混じりに言う。

「……なんか用? このクソ暑い中あんたの顔なんか見たくないんだけど」
「まあ失礼ね、こんなクールビューティを捕まえて」
「うぜぇな。さっさと日干しになっちまえ」

 霊夢の隣で、魔理沙も苛立ったように言う。
 しかし紫は気にした風もなく「あらあら酷いわねえ」と微笑んだ後、柔らかな手でぱたぱたと自分の顔を仰ぎ、

「それにしても、今日は暑いわねえ」

 その一言に、霊夢は少しどきりとする。
 思わず顔を上げて紫を見たら、彼女はにっこり微笑んで、

「霊夢。お茶、頂けるかしら」

 両手を上げて叫びたくなる衝動とにやけそうになる頬を必死に抑えながら、霊夢は努めて落ち着いた所作で立ち上がった。

「お茶。お茶ね。まあ、仕方ないわね、お客さんにはお茶を出さなきゃだもんね」
「あら、頂けるのね。ありがとう霊夢、嬉しいわ」
「うん。まあね。感謝しなさいよね、うはは」

 口を開けてカラカラと笑いながら、霊夢は台所に向かって歩き出す。
 二、三歩歩いたところで不意に立ち止まり、ちらりと肩越しに振り返りながら何気ない口調で聞いた。

「魔理沙も、飲む?」
「え。あ、ああ」
「……要らないの?」

 問うと、魔理沙は手に持った本を顔が隠れる位置まで上げ、ぼそぼそした声で、

「……いや、飲む。頼む」

 霊夢は堪えきれずに歯を見せて笑いながら、台所に向かってパタパタと小走りに駆け出した。



 そうして二人で残されたあと、紫はゆっくりと縁側に歩み寄り、霊夢一人分ぐらいのスペースを空けて魔理沙の左隣に座った。
 魔理沙は相変わらず本を読んでいたが、むっつりと唇を引き結んでいていかにも不機嫌そうな顔だった。
 そんな魔理沙の横で澄ました微笑みを浮かべながら、紫はぽつりと、

「素直さって美徳だと思いません?」
「なんだよ!」

 魔理沙は本を置いて真っ赤な顔で怒鳴った。紫はくすくすと笑って、

「あらあらどうしたの魔理沙ったら、急に怒鳴って。怖いわ、わたし」
「言っとくけどな、わたしなんかずーっと前から、飽きるぐらい霊夢のお茶飲んでんだからな!」
「あら、それは羨ましいですこと。で、飽きたの?」
「飽きるわけないだろっ!」
「今日は暑いわねえ」

 紫がわざとらしくパタパタと顔を仰いでみせると、魔理沙はぎりぎりと歯噛みして、またムスッとした顔で本に視線を戻した。
 そうしながら憎々しげな顔で、

「おいババァ。老婆心って言うんだぜ、そういうの」
「そうねえ。それじゃあもう一つオマケしてあげましょう」
「あ?」
「未熟でお馬鹿な若い方って、どんどん成長していろんなことを学んでいく分、本当に大事なことを見失いがちなの。それでよく空回って失敗しますのよ。お婆ちゃんの知恵袋ですわ」
「……ああそうかい。よーく肝に銘じておくよ!」
「ええ。あなたは特にそうした方がいいでしょう」

 くすくす笑う紫と、舌打ちする魔理沙。
 そこへ三つの湯呑みを盆に乗せた霊夢がにこにこ笑いながら戻ってきて、二人の様子を見るなり、

「なに、どうかしたの?」
「別に。ババァがババァなだけだぜ」
「そうね。魔理沙が魔理沙なだけね」

 不機嫌そうに、楽しそうに。
 それぞれの口調で言う二人に、霊夢はきょとんとした顔で目を瞬いた。

 <了>


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