【東方SS】Re     fantasia

2010/09/13に東方創想話に投稿したSSです。
『Re     fantasia』



「こりゃまた、ご立派な神社だこと」

 目の前にそびえ立つ物体を見上げ、霊夢は呆れ半分に呟いた。
 その物体が何かと言えば、鉄塔である。鬱蒼とした魔法の森の真ん中に、突如として場違いな人工物が出現したのだ。塔の上方には白い中華鍋のようなものが取り付けられていて、底を空に向けている。何のためにそんなものがついているのかは分からない。
 紫に聞いたところによると、これは外の世界で電波塔と呼ばれていたものらしい。原理や使い方は分からないが、遠くにいる人と話をするために使うものなのだそうだ。
 と言っても、今目の前にあるものは最新式ではなく、もう使われていない旧式のものだそうだが。それ故に管理すら放棄されて幻想郷に流れ着いたのだろう、と紫は言っていた。
 とりあえず危険なものではないということだったので、放置しておくことにしたのが数日前のことだ。

「……それがなんでこんなことになってるのよ」

 この電波塔、今となってはすっかり姿が変わってしまっている。最初見たときはペンキが剥がれかけた錆だらけの鉄塔だったのが、今や細い木と蔦に絡みつかれ、飲み込まれてしまっているのだ。
 地肌がほとんど隠れてしまっているため、鉄塔と言うよりは一本の巨木のようにすら見える。

「どうしてこうなったの」
「あいつらの仕業さ」
「あいつら?」

 傍らに立つ魔理沙の視線を辿って電波塔の根本を見ると、最近神社の周辺でよく見かける三人の妖精がいた。
 二つ結いの奴と縦巻きロールの奴と黒髪ストレートの奴と。名前は知らない。
 で、その三人が今何をやっているのかと言えば。

「らっせらーらっせらー!」
「そいや、そいやっ、そいやっ、そいやっ!」
「はらたまきよたまー!」

 などと、適当極まりない呪文を叫びながら、巨木と化した鉄塔の周りをグルグルと回っているところであった。
 何をしているのかはさっぱり分からない。分からないが、

「なるほど。確かにこいつらの仕業だわ」

 三妖精を見ながら、霊夢はうんざりして首を振る。
 妖精というのは自然の歪みから生まれる存在だ。だから、妖精が住み着いた木は健やかに速やかに成長する、と言われている。
 魔理沙の話によれば、あの連中はここを妖精の聖地にするとか神社にするとか言っていたらしい。つまり、今回はこの鉄塔が妖精に取り憑かれてしまったために、こうも短期間で草木に覆い尽くされる事態となったのだろう。

「それにしたって早すぎない?」

 数日前までの電波塔の姿を思い出して霊夢が言うと、隣の魔理沙がニヤニヤと笑った。

「相変わらず世の中の流れに鈍感だねえ、霊夢は。そんなんじゃ流行に乗り遅れちゃうぜ」
「乗りたいとも思わないわよ、そんな流行」

 霊夢がうんざりして言ったとき、鉄塔の周りをぐるぐると回っていた三妖精がふとこちらに気づいて、一斉に顔をひきつらせた。

「げぇっ、霊夢さん!」

 ジャーンジャーンジャーン!

「……すまん、タイミング間違えた」
「なんの話よ」

 どこかから取り出した銅鑼を罰が悪そうな顔でしまい込む魔理沙に眉をひそめつつ、霊夢は腕を組んで三妖精に向き直った。
 小さな鳥居やら藁人形やら注連縄やらを持った妖精たちが、びくりと震えて身を寄せあう。

「どどどど、どーも、霊夢さん」
「はいはいどーも。なんか妖精の神社なんだって、これ?」
「ええまあはい、そうですけど」

 二つ結いの奴がぎこちない笑みを浮かべて答える。ごくりと唾を飲み干しながらおそるおそる霊夢を見上げ、

「あ、あのー、霊夢さん?」
「なに?」
「も、もしかして、退治ですか!」
「オラオラですかーっ!」
「ふむ……」

 怯えている三妖精を前に、霊夢は少し考える。
 彼女らの言う通りにこの鉄塔を破壊するのは、つまり妖精の巣を潰すという作業になる。妖怪退治を生業とする博麗の巫女としては、格別道に外れた行為ではない。
 それに、何より。

「……神社なら、わたしの商売敵になるのよねえ……いっそ今の内に……」
「いや、他に神社があろうがなかろうが、お前のところはいつだってガラガラだろ」
「お黙り」

 にやつく魔理沙を一睨みしてから、霊夢は再び三妖精に向き直った。「ひぃっ」と小さく悲鳴を上げて固まる三人を、じっと見つめる。
 どうしたものだろうか。これを原因とした異変が起こらないとも限らない。今の内に潰しておくのが賢い選択肢ではあるのだろう、が。

(……あんな台詞、聞かなきゃ良かったな)

 心に引っかかるものがあるのを自覚して、霊夢は眉をひそめる。
 それは先日、ここで聞いた言葉。胡散臭い妖怪の賢者の横顔と共に、頭に蘇ってくる。

 ーー可哀想に、忘れ去られちゃって

 どことなく寂しそうにも聞こえた、その声音。
 霊夢は大きくため息を吐いた。また目の前の三妖精がびくっとするのを見ながら、わたしも甘くなったなあ、と思う。

「……ま、いいんじゃない?」
「……へ?」
「あんたらにそんな大それたことができるとも思えないし。まあ……見逃しておいてあげるわ」

 ちょっと目をそらし、ぎこちない口調で告げる。
 霊夢のその言葉が信じられなかったらしく、三妖精はしばらく呆気にとられていた。
 だが、やがて事態が飲み込めてきたらしく、彼女らの顔に見る見る喜びが広がっていった。
 お互いに見交わし、諸手を上げて、

「やったーっ!」
「ばんざーい!」
「その代わり、悪さしたら速攻で潰しに来るからね。そこんとこよく覚えときなさいよ」
「はーい!」
「よーし、じゃあ早速儀式再開!」
「はらたまきよたまー!」

 張り切って駆け出していく三つの背中を見ながら、本当に分かっているのか、と霊夢は眉をひそめる。

「ずいぶんと寛大な処置だったな」

 黙って事の経緯を見守っていた魔理沙が、感心したように言った。
 霊夢はちらりと友人の方を見て、

「まずかったかしら」
「わたしに聞かれてもな」

 肩を竦めたあとで眉をひそめ、

「珍しいな、この手のことでお前がわたしに意見を求めるなんて」
「そう? ……そうかもね」

 霊夢は小さく息を吐き、無言のまま電波塔のそばまで歩み寄る。

「妖精の神社、聖地ねえ」
「御利益は『遠くの仲間と会話できること』だってさ。割と当たってるよな」
「……ま、ね」

 木と草に覆いつくされ、妖精たちに御神体として奇天烈な祈りを捧げられている、外の世界の電波塔。
 その姿は、おそらくこの道具本来の在り方ではないだろう。ないのだろうが。

「……どう思う?」

 絡み合う草木の隙間にちらりと見える鉄の地肌にそっと手を触れ、霊夢は小声で問いかける。

「あんた、まだ必要なんだってさ。妖精の聖地なんて変な役目、やったことないと思うけど。やってみる?」

 何故そんな風に声をかけたのかは、自分でもよく分からない。ただ、何かそうした方がいいような気分になったのだ。
 当然、物言わぬ鉄塔からは返事が返ってこない。予想通りなのに、霊夢は何故だかため息を吐きたくなった。

「あら、ごきげんよう」

 と、不意に背後から悠然とした声音が聞こえてきて、霊夢は顔をしかめながら振り返る。
 いつの間にやら、森の中に金髪の美女が佇んでいた。日傘を片手に、たおやかな微笑みを浮かべている。
 妖怪の賢者、八雲紫である。

「相変わらず唐突に現れる奴ね」
「人生にはサプライズが必要ですわ」

 紫は微笑みを崩さず言いながら、霊夢の隣に並び立った。
 そして、どことなく眩しそうに目を細めながら、変わり果てた電波塔をじっと見上げる。

「楽しいことになったようね」
「のんきなもんね」

 霊夢は呆れて言う。

「これがきっかけでなんか変なこと起きるかもしれないじゃない」
「その点に関しては、きっとあなたと同意見ね」

 そう言う紫の視線を辿ると、鉄塔の前で地に伏せている三妖精に行き着いた。何をしているかと思えば突然がばっと身を起こし、両手をピンと伸ばしたまま、またベタリと地に伏せる。

「はらたまきよたまー!」
「んばば、んばば!」
「めらっさめらっさ!」

 また謎の呪文である。どうやら祈りを捧げているらしい。三妖精の背後に立つ魔理沙が身を屈めて笑いを堪えているのを見る限り、彼女が妙な知識を吹き込んだと考えて間違いない。

「ま、確かにこれがきっかけで深刻な事態に……ってのはあり得ないでしょうね」
「そうでしょうねえ」

 隣の紫がくすくすと笑う。霊夢はじろっと彼女を見ながら、

「じゃあ、放置するわけね?」
「さあ、どうかしら」
「どうかしら、って。危険なことはないんでしょ?」

 霊夢が眉をひそめると、紫は少し物憂げな表情で、

「ええ。危険なことはないと思うのだけれどね」

 と言ったきり、何か考えるように黙り込んでしまった。
 何となく居心地の悪さを感じながら霊夢が突っ立っていると、

「あー、笑った笑った……あれ、紫じゃないか」

 三妖精をからかい終えたらしい魔理沙が、戻ってくるなり紫を見つけて眉をひそめた。

「相変わらず暇そうにしてるな。なんか用か?」
「ええ。少し、この子の様子を見にね」
「ああ。妖精の神社にするんだってさ」
「……ふうん。そうなの」

 紫はまた鉄塔を見上げ、すっと目を細める。
 魔理沙は肩を竦めて、

「ま、いいんじゃないのか。変化が少なく忘れ去られていく鉄の塊より、日々形を変えて人を驚かす妖木の方が、幻想郷にはお似合いだろ」
「……そうね。そうかもしれないわね」

 紫は鉄塔から目を離さぬまま、小さな声で答える。その横顔は、気のせいか少し複雑そうに見えた。
 魔理沙は少しの間そんな紫を見ていたが、「さて、今度は魔術的な儀式を教えてやるか」だのと呟いて、また三妖精の方に向かって歩いていった。

「妖木、ねえ」

 呟き、霊夢は眉根を寄せて電波塔を見上げる。
 鉄骨に絡みつくように生い茂った草木は、もう鉄塔をほとんど覆い尽くしてしまっている。
 確かにこれなら、人工物と言うよりは変わった形の木に見えないこともないかもしれないが。

「元々は、遠くの人と話すための道具なんでしょ?」
「そうよ」
「どういう仕組みなの?」
「さあ、どういう仕組みかしら」

 そらっとぼけた答えを聞き、霊夢は紫の横顔を睨む。

「なによ、あんた知ってんでしょ。たまには教えてくれてもいいじゃない」
「あなたこそ、たまには自分の頭で考えなさいな」
「ケチ」
「お年寄りですからね」

 ほほほ、と笑ったあと、紫はすっと目を細めて霊夢を見た。

「それに、知らなければ知らない方がいいこともあるのよ」
「……また、ありきたりな台詞ね」

 霊夢は少し声を落とし、

「知らない方がいいこと、ね。こいつの使い方もそうだっていうの?」
「さあ。どうかしらね」

 紫は何やら物憂げな口調で答える。
 また鉄塔を見つめながら、ぽつりと、

「……本当の本当に壊れてしまうまで使ってもらえたのなら、この子もまだ幸福だったのかもしれないけれど」
「……こいつはそうじゃなかったの?」

 聞いてから、なんだか生き物のことを話しているようだな、と思って、霊夢は少し違和感を覚える。
 それに気づいているのか気づいていないのか、紫は低い声音で答えた。

「この子は旧式だと説明したわよね? つまり技術が進歩して、この子よりももっと便利な道具が登場したということなの」
「それで使われなくなったって?」
「そう。働けなくなったわけではないのだけれど、どれだけ一生懸命頑張っても、人間の要求に応えられなくなってしまったのね」

 そう話す紫の口調は、淡々としたものであった。彼女が何か、取り分け外の世界のことを説明するときの喋り方は大抵そんな調子である。
 しかし、いつもと変わらぬはずのその声を聞いたとき、

 ーー可哀想に

 という紫の声が、突然心に浮かび上がってきた。特に思い出そうとして思い出したわけでもなく、本当に唐突に、だ。
 驚きながら、霊夢は思わず隣の紫を見る。彼女はまた何か考え込んでいるようで、畳んだ傘に手を置いたまま、物言わぬ鉄塔を真っ直ぐに見つめている。

(……何か)

 何か言わなければ、と霊夢は思った。けれど、考えても考えても何を言うべきなのかよく分からず、結局口を閉じる。
 紫は電波塔を見上げたまま身じろぎもしなかったが、その内、霊夢に見つめられていることに気づいたらしい。
 何事もなかったかのように優雅に微笑み、からかうように首を傾げてみせる。

「ところで、霊夢。妖精の神社ということは、あなたにとっては商売敵になるわね?」
「……ええ、そうね」

 紫の様子におかしなところがないかと疑いながら、霊夢は肩を竦める。

「ま、参拝客の少なさじゃいい勝負だと思うわ」
「妖精神社対妖怪神社か。あらあら、人間がどこにもいませんわ」
「誰のせいでそんな風に呼ばれてると思ってんのよ」

 霊夢が噛みつくように言うと、紫は扇で口元を隠してくすくすと笑う。

(ああ、いつもの紫だ)

 霊夢は表情に出さないよう気を付けながら、心の中で安堵の息を吐く。
 そしてふと、

「ねえ、紫」
「なにかしら?」
「えっと」

 先ほどの奇妙な感覚が思い出され、果たしてこれを聞いていいものかどうか、と少し迷う。
 迷いつつも、霊夢は結局聞くことにした。

「こいつみたいなのって、これからどんどんこの郷に落っこちてくるようになるのかしら」
「あら、どうしてそう思うの?」
「さっきの話、聞いたから。よく知らないけど、外の世界の人間ってどんどん凄い物作ってるんでしょ? だったらやっぱり、こいつみたいについていけなくなる奴も増えるんじゃないのかなあって」
「……ふうん」

 紫はすっと目を細めて、からかうような口調で言う。

「まるでこの子のこと、友達みたいに呼ぶのね」

 口調の割に、目が笑っていないような気がする。
 霊夢は何となく落ち着かなくなって、「別に」と顔を背ける。あんたのせいよと憎々しげに鉄塔を睨んだが、返事はない。物も言わずに突っ立ったままだ。当然と言えば当然だが。

「そうね。この子みたいに、人間の要求に応えられない物は増えていくでしょう。でも」

 紫は少し思案げに俯いたあと、ふっと口元に微笑みを浮かべた。
 どことなく、寂しそうな顔だった。

「多分、ここに来るものは、そんなには増えないと思うわ」
「どうして?」
「そうね……」

 紫は少し、迷う素振りを見せた。話していいものかどうか考えているのだろうな、と霊夢は何となく推測する。
 やや長い黙考のあと、紫はおもむろに問いかけてきた。

「霊夢。あなたは、幻想入りの仕組みについてはどのぐらいご存じかしら?」
「え? えっと……大結界の他に虚と実を分ける境界があって、外の世界で忘れられた物が郷に流れ着く、とかなんとか」
「そうね。大体当たってるわ。でも、これは知ってるかしら? ここに入ってくるかどうかという点については、選択権が与えられているの」
「選択権?」
「そう」

 紫は頷き、柔らかな声音で説明する。
 彼女によれば、外の世界で忘れ去られていよいよ誰の目にも触れなくなった、というとき、神様や妖怪には一つの選択肢が与えられるのだそうだ。
 すなわち、幻想入りしてこの郷で生きていくのか、それとも誰の記憶にも残らず認識すらしてもらえないまま外の世界に留まり、やがて消え去るのを待つのか。

「消え去る、って」

 霊夢は小さく息を飲む。

「……それって、死ぬってこと?」
「まあ、そのようなものだと考えてもらっていいわ」

 紫は曖昧に答えを濁す。霊夢は何となく納得がいかず、腕を組んで小さく唸る。

「そんなの、普通は生きる方を選ぶものなんじゃないの?」
「そうでもないわ。外の世界で忘れられた神様や妖怪の中には、ここに来ることを拒んで静かに消えていく方も大勢いらっしゃるの」
「よく分かんないわね。外の世界ってそんないい場所なの?」

 そこがどれほどいい場所だったとしても、死んでしまうぐらいなら逃げてきた方がいいのではないか、と霊夢は思う。
 けれども紫はゆっくりと首を横に振り、

「そうではないのよ」
「じゃあ、なんで?」
「そうね……」

 呟き、また静かな表情で鉄塔を見上げた。

「きっと、捨て切れないのだと思うわ。それまで大事にしてきた、自分自身の在り方というものを。あるいは、それ以外のもののために生き長らえる気力がないのかもしれない。幻想入りに限った話ではないの。逃げる手段が確保されていて、逃げた先にどれだけ安楽な場所があるとしても。それでも今いる辛い環境の中に留まり、その場所に身を横たえ骨を埋めようとする者もいる」
「……それは、どうして?」
「ここで生きたいと願う場所があるように、ここで死にたいと願う場所もあるものなのでしょう」

 ため息を吐くように、

「魂のふる里というのは、そういうものなのよ」

 説明はそれで終わりらしかった。
 霊夢は少し考えて、

「……それって、魂や意志を持たない道具でも同じなわけ?」
「さあ、どうかしら。けれど、忘れ去られた物が何もかもここに流れ着くわけではないもの。多少は関係があるのかもしれないわ」
「……ふうん」

 霊夢は気のない返事を返しながら、今の話はつまりどういうことだろう、と考えた。
 我が身に置き換えて考えると、何らかの理由で幻想郷が滅亡しようとしている状況が思い浮かんだ。
 もはやどうにもならない、となったとき、誰かがやってきて手を差し出すのだ。彼、あるいは彼女は、力強い笑みを浮かべながらこう言うだろう。
 
「一緒に逃げよう、逃げればここ以外の場所で安楽に、幸せに生きていける」

 もしもそうなったとき、自分はその手を取るだろうか。

(……取らない、でしょうね)

 あまり迷うことなく、霊夢はそう考える。
 もちろん、死ぬのが怖くないと言うほど感情が欠落している訳ではないが、それ以上に博麗の巫女でなく神社以外の場所で生活している自分、というのがどうも想像できないのだ。
 幻想郷が滅亡するような事態になって逃げる先があったとしても、確かに行く気にはならないかもしれないな、と思った。

「なるほど。納得したわ」

 霊夢は一つ頷く。

「それなら確かに、こいつみたいなのはあんまり落っこちてこないかもしれないわね」
「……そうね。きっとそうでしょう」

 紫は小さく返事をして微笑む。
 その微笑を見たとき、霊夢は唐突に、本当に唐突に、ああこの人はとても傷ついているんだな、と直感した。
 あまりに突飛な思いつきだったので、そんなことを考えた自分に自分で驚いてしまったほどだった。

(傷ついてるって? 紫が?)

 思わず笑ってしまいそうになったが、唐突な直感だった割に揺るぎない確信が胸にあって、どうにも上手く否定できない。
 だから代わりに、黙ったままじっと紫の顔を観察する。そんな霊夢を見つめ返し、紫は微笑んだまま小さく首を傾げた。
 その微笑は、少なくとも表面上はいつもの胡散臭い笑みに見えた。自信ありげで余裕たっぷりで心の内を見透かさせず、傷ついているとか追い込まれているとか、そんな気配など欠片も窺えない。

(……勘違いか、気のせいだったかしら)

 そもそも霊夢は他人の気持ちなどあまり考えたことがないし、察するのも上手くない。穴が空くほど見つめたところで、答えが得られるとは思えなかった。

「霊夢」

 ふと、紫がおかしそうに笑った。

「どうしたの。私の顔に何かついているかしら?」
「え? えーと……小皺?」
「……眉間の皺の見間違いじゃなくて?」
「そうかも」

 誤魔化すように笑って、霊夢は鉄塔に歩み寄る。樹木に覆われたその姿を見上げ、また紫の方に振り返った。

「でもさ。それだったら、良かったじゃない」
「え?」

 きょとんとする紫の前で、霊夢はポンポンと気さくに鉄塔の肌を叩き、

「つまり、こいつは今までとは違う在り方であっても、生きることを選んだってことでしょ? ただ消えていくんじゃなくて」

 それを聞いて、紫は一瞬目を見張った。珍しく戸惑った様子で視線をさまよわせ、苦笑を浮かべる。

「……つくも神でもない、意志を持たない人工物や無機物を、妖怪や神様と同じに考えるのはナンセンスだけれど」

 ふっと微笑み、

「そうね。案外、そうかもしれないわね」
「うん。きっとそうだって」

 霊夢は笑い、妖木に生まれ変わった鉄塔を背にして紫を見る。
 穏やかに微笑んでいる彼女の顔には、しかしどこかしら陰があるように見えた。



 そんなわけで、あの鉄塔はやはり危険なものではないだろうということになり、とりあえずは放置することとなった。
 実際、異変が起こりそうな気配は全くない。草木に覆われて元の姿が見えなくなってしまったこともあってか、外の世界の妙なものが幻想入りしたらしい、というような噂もほとんど聞かなかった。
 しかし霊夢は、数日経っても何となくあの鉄塔のことが気になって、ついつい様子を見に行ってしまうのだった。
 異変でもない限りはあまり物事を気にしない彼女にしては、珍しいことである。実際、なぜあの鉄塔のことがこうも気になるのかは、霊夢自身不思議であった。
 その日もまた、霊夢は様子を見に出かけた。曇りがちな空の下、草木に覆われた鉄塔は静かに佇んでいる。
 緑はますます深くなり、その姿は魔理沙の言葉通り妖木と呼ぶのがふさわしいものとなりつつある。これが元は遠くの人と話すために使われていた外の世界の道具である、と説明しても、信じる者はまずいないだろう。

「あ、霊夢さん」
「まだ飽きずにやってるのね、あんたたち」

 相変わらず鉄塔の周囲で儀式に没頭している三妖精を、霊夢は呆れ顔で見つめる。ちなみに今日の妖精たちは白装束を身に纏って頭に鉢巻を巻き、そこに蝋燭を差した変則的な丑の刻参りスタイルだ。明らかにいろいろと間違っていたが、霊夢は敢えて突っ込みを入れない。

「……にしても、本当に妖精の神社って感じになってきたわねえ、こいつも」

 緑に埋もれた鉄塔を、霊夢は真下から見上げる。
 隣に立った二つ結いの奴が、得意げな顔で胸を張った。

「そうでしょうそうでしょう。山の柱にも劣らぬ立派な御神体ですよ、これは」
「……そう?」

 霊夢は首を傾げる。
 確かに、草木に覆われた鉄塔はなかなかの威容を見せている。元々人工物としてもかなりの高さだったのが、丸ごと木に転じてしまったようなものだ。周囲の木々よりずっと背が高いせいもあって、真下から見上げるその姿はなかなか迫力がある。
 だが不思議なことに、山の神の柱に感じるような神々しさや厳かな気配などは、全く感じられなかった。これほど高く大きく、しかも信仰されてすらいるのだから、多少はそういう気配がしても良さそうな気がするのだが。

(……人間じゃなくて妖精の信仰だからとか? その辺の仕組みはあんまり分かんないのよね……)

 以前、気づかぬ内に神様を誕生させた挙げ句放り出して消滅させてしまった経験もあるだけに、霊夢は少し複雑な気分だ。
 そんな彼女の胸中に気づいているのかいないのか、二つ結いの奴は隣で何やら首を傾げていた。

「でも、おかしいんですよねえ」
「何が?」
「いや、この神社の御利益、『遠くの仲間と会話ができるようになること』なんですけど」
「まあ、間違ってはいないでしょ」
「でも、いつまで経ってもそういう効果が得られないんですよ。神様って拝めば出てくるってどこかで聞いたのになあ」
「……へえ」

 気のない返事を返しつつ、霊夢は再び鉄塔を見上げる。隣では三妖精が集まって、「何が悪いのかな?」「儀式のせい?」「やっぱり糸が必要なんじゃないの?」だのと会議を始めている。
 そんな彼女らの声を聞きながら、霊夢は鉄塔を見つめ続ける。

(……そういえば、わたしのときみたいに神様は誕生してるのかしら)

 少し気になって周囲を探ってみたが、それらしい気配は感じられない。これほど信仰されているというのにおかしなことだ。
 やはり、妖精の信仰だから人間の信仰とは質が違うのだろうか。

(……まあ、気にするほどのことでもないか)

 胸にかすかな引っかかりがあることを自覚しつつも、霊夢は無理に自分を納得させた。
 きっとこの鉄塔も、しばらくすれば奇妙な妖木として郷に馴染んでいくことだろう。そうすれば、実際に妖精の聖地として末永く存在していけるかもしれない。
 霊夢にしてみても、郷の奇妙な場所が一つ増えるというだけの話。何も、思い悩むことなどないはずだ。
 そのとき不意に、鼻の頭に冷たいものがぽたりと落ちてきた。

(……雨、か)

 見上げれば雲はますます厚くなり、頭上は今にも泣き出しそうな空模様だ。風も吹いてきて、嵐になりそうな予感がした。

「わー、雨だ、雨だ」
「帰ろ、帰ろ」
「儀式はまた明日ね!」

 慌てて飛び去っていく三妖精を見て、何ともいい加減なものだな、と霊夢は小さくため息を吐いた。
 雨は徐々に強く、冷たくなってくる。

(わたしも帰らなくちゃ)

 霊夢はそう思ったのだが、どうしてだかなかなか鉄塔に背を向ける気になれなかった。
 戸惑いながらその場に立ち尽くしている内に、ふと、ある疑問が心に浮かんでくる。

(……こいつをここに一人で残していって、大丈夫かしら)

 ぼんやりとそんなことを考え、次の瞬間はっと我に返った。
 今、自分は何を想ったのか。何の心配をしたのか。
 博麗霊夢らしからぬことを考えはしなかったか?

(……この鉄塔……)

 何かおかしいな、と思い、霊夢は眉間に皺を寄せて鉄塔を睨む。そもそも、こんなにもこの塔の存在が気になることからして、かなり異常な事態である。
 まさかとは思うが、妖精以外のものが取り憑いて、自分の心を惑わせているのではないだろうか?
 だとしたら危険だ。即刻退治しなければならない。

「……いるんでしょ。出てきなさい」

 静かな声で、脅しつけるように呟く。返事はない。ただ森の木々が雨にざわつく音だけが、暗く静かに響き渡る。
 その沈黙があまり長く続いたものだから、霊夢は少しイライラしてきた。口喧嘩ならともかく、駆け引きの類はあまり好きではない。
 いるなら出てきて、襲いかかるなり退治されるなりすればいいのに。なのに相手は一向に姿を見せず気配を感じさせず、それでいてこちらを見つめている視線だけはかすかに感じるのだ。

「何がしたいのよ、一体……!」

 苛立ち紛れに口走り、札を取り出すべく袖口に手を突っ込んだ瞬間、

「一人で何やってるの?」

 呆れたような声と共に、後ろから雨傘が差しかけられる。
 驚いて振り向くと、紫が怪訝そうな顔でこちらを見ていた。差しかけた傘越しに雨模様の空とその下に佇む鉄塔とをちらりと見てから、また霊夢に視線を戻す。

「雨の中、傘を差さずに踊る人間がいてもいい……なんて誰かが言っていたけど、あなたがその類だとは思わなかったわ」
「……そうね、それはどっちかと言うと魔理沙の役目だわ」
「あの子は雨の中で踊るんじゃなくて嵐の中ではしゃぐ方がお似合いじゃないかしら」

 くすくすと笑ったあと、すっと目を細める。

「それで、何をしていたの? あなたがこんな状況でこんなところにいるなんて、少し異常だわ」
「……そうかも。ねえ、紫」
「なに」

 紫はいつものように微笑を浮かべたまま、小さく首を傾げる。別段、何かを警戒しているようには見えない。
 霊夢は困惑し、ちらりと肩越しに後ろを見ながら、

「……この塔、なんだけど」
「ええ」
「えっと……危険じゃ、ないのよね?」

 なんだか自信がなくなってきて、言葉が尻すぼみになる。
 それを聞いた紫は、おかしそうにくすくすと笑った。

「危険だったら、どこかの乱暴な巫女様がとっくの昔に壊しているのではないかしら」
「まあ、そうなんだけど」

 否定できずに顔をしかめると、紫は霊夢の肩に手を置いて柔らかい声音で言った。

「安心しなさいな。危険なことはないわ。本当にね」
「なら、いいんだけど」

 紫を信じて渋々引き下がると、彼女はそっと目を細めた。
 そして、またちらりと鉄塔の方を見て、

「……この子のことが気になるの?」
「んー……多分、そう。でも、なんかおかしいのよね」
「おかしいって、何が?」
「だって……なんか、妙に気になるっていうか……心配? そう、心配になるのよ、こいつのこと」
「そう……」

 呟くように答え、紫は霊夢の隣に立つ。同じ傘の下、二人は黙ったまま鉄塔を見上げた。
 霊夢はちらちらと紫の様子を窺う。整った横顔はただ静かで無表情。何を考えているのかもよく分からない。
 しかし、どことなく物憂げに見えるのはやはり気のせいなのだろうか。数日前に会ったときも、何度か似たような感覚を覚えたのだが。

「……ねえ、紫」
「……なに、霊夢?」

 柔らかな声で答えながら、紫は微笑を浮かべてこちらに振り向く。
 なんでもなさそうな顔で、何も言ってはくれない。何か、霊夢には分からぬことに気づいているに違いないのに。

(つまりわたしじゃ対処できないと。そういうことね)

 少し、面白くない気分だ。
 霊夢はぶすっとして「何でもない」と呟き、紫に背を向ける。

「帰る」
「あらそう。傘貸してあげるわ。風邪を引かれたらいざというとき困るもの」
「あんたはどうすんのよ」
「雨の中、傘を差さずに電波塔を見る妖怪がいてもいいのよ」
「あ、そう。保護されないように気をつけなさいよ。あんたがやってるとボケ老人にしか見えないわ」
「あら酷いわね」

 霊夢の皮肉にも、紫は苦笑を返すだけだ。それがまた面白くなくて、霊夢はひったくるように傘を受け取る。
 踵を返して少し離れ、曇り空へと飛び上がる直前、ふと振り返った。
 雨に煙る森の中に、鉄塔と少女が佇んでいる。少女の背はとても小さく、鉄塔の姿は妙に頼りなく見えた。

(……両方とも、とんでもなく大きいはずなのに)

 何故そんな風に見えるのだろう、と霊夢は自分のことを不思議に思う。
 その光景は何か言葉に出来ないもやもやした感覚と共に、霊夢の胸に居座り続けた。降りしきる雨の中、神社へ帰り着いた後も、ずっと。



 翌日、目覚めた霊夢が最初に聞いたのは、轟々と唸る風に締め切った雨戸がガタガタと揺れる音であった。
 目を擦りながら布団の上で身を起こし、縁側の方を見やる。朝だというのにやけに暗く、時折雷も鳴り響いていた。夏の嵐が来たらしかった。
 一応予想はしていたが、実際に来てみるとやはり憂鬱である。

「……社が吹き飛ばされなきゃいいけど」

 そうでなくとも後始末のことを考えると、朝から気分が悪くなる。
 ともかく今日は家に閉じこもることにしよう、と考えて、霊夢が立ち上がったとき。

「おうーい!」
「あん?」
「霊夢ー、開けてくれよー」

 かすかな声に、眉をひそめて横を見る。
 ドンドン、と雨戸を叩く者がいる。明らかに、風の音ではない。

「……こんな日に朝っぱらからふらつくとは……」

 ため息を吐きつつ、障子に歩み寄る。開けたくはないが見捨てるのも気分が悪いし、何よりも。

「おーい、狸寝入りするなよー。開けなきゃマスタースパークだぞー」
「はいはい、今開けるわよ」

 寝床を壊されてはたまらない。霊夢は仕方なく戸を開く。
 外には予想通り、嵐のせいでずぶ濡れになった魔理沙が実ににこやかな笑みを浮かべて佇んでいた。

「よう、おはよう霊夢。いい朝だな!」
「馬鹿言ってないでさっさと入りなさい……!」

 魔理沙を引っ張り込んで、再び戸を閉め切る。自分ではほんの少しの間開けただけだと思っていたが、たったそれだけの時間でも相当部屋の中が汚れてしまった。

「ああもう、最悪……!」
「まあそう怒るなよ、小皺が増えるぜ」
「眉間の皺と見間違えたんじゃないの? いいからさっさと着替えて……ちょっと、そんななりのまま座らないでよ! 畳が腐るでしょ!」
「こんな日に訪ねてきてやった友人に対して、酷いことを言う奴だなあ」

 勝手なことをぼやきながら、魔理沙が部屋を出ていく。全くもう、と呟きながら、霊夢は熱いお茶の準備を始めた。
 そうして数分後、霊夢は着替えた魔理沙と一緒にちゃぶ台を囲んでいた。ちなみに相手の服は、来たときと同じ黒白の魔女装束である。

「こんなこともあろうかと、この家に何着か予備を隠してあるんだぜ。虫よけの魔法もかけてあるから、保管もばっちりだ」
「見つけたら捨てるからそのつもりでいなさいよ」
「酷い奴だな。あ、濡れた方の服は洗濯しといてくれな」
「あんたねえ」

 霊夢はげんなりしながらお茶を啜る。魔理沙も楽しそうに笑いながらそれに倣った。

「で、なんでこんなときに外に出てたのよ?」
「こういう日にしか採れない素材もたくさんあるからな」
「本当?」
「本当だって。たとえば錬金術の素材なんかには、日食のときにしか採れないやつもあるんだぜ。ドンケルハイトとかな」

 それが何かは知らないが、魔理沙は嘘を吐いているわけではなさそうだった。無論、だからと言って濡れネズミになってここに転がり込んできていい道理もないが。

「全く。わたしはてっきり、嵐でテンション上がって外に出ずにはいられなかったー、とかかと思ったわよ」
「そういうのは一年前に卒業したぜ」
「留年してるようにしか見えないけどね」
「失礼な奴だな」

 唇を尖らせて言ったあと、魔理沙はふと何かを思い出したようにクスクスと笑った。

「でもあれだな、一生卒業できそうにない奴らなら見かけたな」
「……なんの話? チルノ辺りがゴミと一緒に飛ばされてたとか?」
「近いな。チルノじゃなくてあの三人さ。ほら、最近神社作りにはまってる連中だ」
「ああ。あいつらね」

 呟いたとき、ふとあの鉄塔のことが頭に浮かんだ。そういえば、あれは大丈夫だろうか。

(って、また考えてるし……!)

 さすがにちょっと不気味になってきて、霊夢は小さく首を振る。
 魔理沙はそんな霊夢に気がつかないように、くすくすと思い出し笑いしながら三妖精のことを話し始めた。

「いや、採集の途中で見かけたんだけどさ。あいつら飛ばされそうになりながら必死になってあの鉄塔にしがみついてるんだよな。『倒れるー!』『わたしたちの神社がーっ!』『はらたまきよたまー!』とか叫んでさ。割と根性あるよなー、あいつらも」

 楽しそうに笑う魔理沙の前で、霊夢はじっと考え込んでいた。あのくたびれた鉄塔。手で触ればボロボロとペンキが剥がれ落ちた鉄骨。草木に覆われてもなお、奇妙なほど頼りなく見えた姿。
 あれが、こんな激しい嵐に晒されているのか。
 やはり、気になる。どうしようもなく。

「……ねえ、魔理沙」
「ん、なんだ?」
「あの塔は大丈夫だった? 傾いたりとかしてなかった?」
「……は?」

 魔理沙は眉をひそめ、ぷっと吹き出した。

「おいおい、霊夢。妖精と同じレベルの発想してどうすんだよ?」

 苦笑と共にぴらぴらと手を振る。

「そりゃ、嵐のせいで木が倒れたり、枝が折れたりとかならあるだろうけどさ。あれは腐っても鉄の塊だし、旧式とは言え外の世界の人工物だぜ? そう簡単に倒れたりするもんか」
「うん。わたしもそう思うんだけど」

 だが、何か胸がざわつくような感覚があった。居ても立ってもいられないような。

(やっぱり、あれに何か変なのが取り憑いて……いや、違う?)

 霊夢は眉をひそめ、そっと目を閉じた。己の内側に注意を向け、この感覚の正体を探るべく意識を研ぎ澄ます。
 少し慣れない感じがしたが、苦労した甲斐あって分かったことがあった。

(悲鳴が、聞こえる)

 固く閉ざされた雨戸の向こう。荒れ狂う嵐の中、ずっと遠くの方で、誰かが不安に怯えて助けを求めている。
 それが現実のものなのかどうかは分からない。ただ、その声のせいであの鉄塔のことが気になっていたのは確からしい。
 もしかしたら、同じ声はこの数日間ずっと霊夢の心に届いていたのかもしれなかった。
 ただ、声が小さすぎたのと霊夢が注意を払わなかったのとで、気づいていなかっただけで。

(そっか。だからあんなに気になって……心配になってたんだ)

 ようやく謎が解けた気分。そうしたことを理解した上で、さてどうするべきか、と霊夢は迷った。

(……異変、ってわけじゃないし。あれを放っておいても問題ないのと同じで、幻想郷にとって絶対に必要ってわけでもない。残ろうが壊れようが、わたしには別に関係ない、のよね)

 博麗の巫女としては、間違った判断ではないはずだ。そもそもそこまでする意味もなければ義理もない。何より非常に億劫だ。面倒くさい。
 そう、思いはするのだが。

「……ああ、もう」

 ため息を吐いてお茶を飲み干し、霊夢は立ち上がった。驚く魔理沙を尻目に手早く巫女装束に着替え、縁側の障子に歩み寄る。

「全く、世話の焼ける……!」
「お、おい、霊夢。どこ行くんだよ?」
「ちょっと、弱虫の泣き虫に喝入れてくるわ」
「はぁ? 誰だそりゃ、あの妖精どものことか?」
「違う……ともかく、行ってくるから」

 雨戸を引き開けると、息苦しくなるような分厚い曇り空の下で風と雨が猛り狂っていた。叩きつけるような大粒の雨の中で、散った木の葉やへし折られた枝、吹き飛ばされたゴミなどが翻弄されているのがちらちらと見える。
 この中を飛ぶのは、随分と難儀しそうだ。

「霊夢、どうしたんだよ。なんか変だぜ、お前」
「わたしもそう思うんだけど」

 背後の魔理沙に答えつつ、霊夢は顔をしかめる。
 耳に、あるいは意識に直接届く悲鳴は、先ほどよりも大きくなっているような気がした。不安になって弱気になって、誰かが大声で泣き叫んでいる。
 助けて、と。

(早くしないと……!)

 焦る気持ちを抑えながら、霊夢は荒れ狂う空へと舞い上がった。



 幻想郷は大嵐に見舞われていた。これほど激しい嵐を見るのは久しぶりだ、と驚いてしまったほどだ。

(こんなに荒れるなんて。読み違えたかな……)

 分厚い雲の下、叩きつける雨のせいもあって酷く視界が悪い。飛ぶのは慣れている霊夢でも、荒れ狂う風に翻弄されずに飛行するのは大層骨が折れる。気を抜くと吹き飛ばされそうだ。

「おい、霊夢」

 傍らを飛んでいた魔理沙が、大声で呼びかけながら身を寄せてきた。

「大丈夫か。気をつけて飛ばないと危ないぜ、これは」
「はいはい。それよりあんたは何でついてきてるのよ」
「だってお前、事情はよく分からんが、こんな面白そうなこと見逃せないだろ」
「あっそう。折角着替えた服が汚れるのに見合うほど、面白いとは思えないけどね」
「霊夢に洗ってもらうから大丈夫だぜ。それよりほら、前見て飛べって。危ないだろ」
「はいはい」

 何やらやけに口うるさい魔理沙にげんなりしつつ、霊夢は前方に目をこらす。本当に、凄まじい嵐だ。容赦なく肌を叩く雨に、冷たさだけでなく痛みを感じるほど。
 こんな嵐の中に取り残されたのでは、悲鳴を上げるのも分からないではない。

(……でもこの郷じゃ、雨風どころかナイフやら槍やらレーザーやらが降り注ぐこともあるんだから。それに比べれば、このぐらい大したことないのよ)

 妙な焦燥感に唇を噛みながら、霊夢は嵐の中をじりじりと進む。
 やがて、煙る雨の向こうに黒々とした森が見えてきた。強い風が駆け抜けるたび、木々が波打つように大きく揺れている。そんな黒い海の真ん中に、一際高く天を指す、どこか不格好な巨木が見えた。
 そう、それは巨木であった。数日前に見たときとは比較にならぬほど大量の草木に覆われて、もはや一本の木以外の何者にも見えない。あれの中心に外の世界の人工物があるのだ、と言っても、誰も信じはしないだろう。
 だがそんな巨木が、今激しい風雨に晒されて悲鳴を上げていた。一番大きく太い木だというのに、周囲の木々よりもよほど早く倒れそうにすら見える。

「情けない奴……!」

 舌打ち混じりに呟き、霊夢は暴風雨を押し分けて進んだ。
 巨木の付近に降り立つと、唸る風の隙間から途切れ途切れに悲鳴が聞こえてきた。見れば、あの三妖精が妖木の根本に必死にしがみつき、きゃあきゃあと何事か叫んでいる。
 いや。耳に届く悲鳴は、今や彼女らのものだけではなかった。
 霊夢は睨むような目で眼前の妖木……鉄塔を見上げる。絡みつく細木は暴風に襲われるたびにへし折られては引き剥がされていく。獣のごとく唸る風の中、鉄骨が耳障りな軋みを響かせていた。
 その音が、嵐の隙間を縫って霊夢の耳に突き刺さるのだ。

「おい、霊夢!」

 嵐の中で帽子を押さえながら、魔理沙が必死に叫ぶ。

「お前一体、何しに来たんだよ!? あの妖精どもを助けにきたのか!?」
「違う。それはあんたに任せるわ……ほっといてもいいけど。わたしはこっちの泣き虫に喝を入れてやらなきゃなんないから」
「は。いや、だから、何言って……」
「いいから動く!」
「だーもう、分かったよ! おいお前ら、大丈夫か!」

 魔理沙が風によろめきながらも三妖精に向かって駆け出していく。
 友人の背を見送ることもなく、霊夢は鉄塔に向かって一歩踏み出した。猛る風を押し分けて強引に進む。至近まで接近するつもりだった。
 ここまで来て、声が届かないのでは困る。

(ったく。世話焼かすんじゃないわよ……!)

 冷たく激しい暴風雨に晒されながら、しかし霊夢の体は内側で炉が燃えているように熱くなっていた。くべられているのはため込んできた苛立ちと激しい怒りと、ほんの少しの嬉しさだ。

「……案外、いい声出せるんじゃない。悲鳴ってのが情けないけど」

 ぽつりと呟きため息を吐きながら、鉄塔の根本にたどり着く。
 腐っても鉄の塔だから嵐などに負けるはずがないのに、今にもへし折れそうなほど脆く見える。錆び付いた鉄骨の軋みが、弱々しい悲鳴のように聞こえる。
 そう。今ならはっきりと聞こえるのだ。こいつの声が。

「よーやっと、お出ましになったってわけね」

 両手を腰に当ててどっしりと構えながら、霊夢は胸を張って鉄塔のてっぺんを睨みつける。こいつときたらどこが顔でどこが耳だか分かったものではない。だから出来る限りの大声で、相手の全身に浴びせかけるように叫ぶ。

「なに情けないツラしてんの、あんたは!」

 嵐の壁を突き破り、朗々と声が響きわたった。鉄塔にしがみついていた妖精たちも、彼女らの周囲に結界を張ってやっていた魔理沙も、誰もがぎょっとした顔で振り返る。霊夢が突然一人で叫びだしたのだから仕方がないのかもしれないが、まるでこちらの正気を疑うような顔つきだ。

(失敬な連中ね……!)

 霊夢は顔をしかめる。胸の内側、情の炉に、さらなる燃料が放り込まれた。怒りの炎は更に猛り、今にも口から飛び出しそう。ちょうどいいから全部目の前のこいつに叩きつけてやれ、と半ば八つ当たり気味に思いながら、霊夢はびしりと指を突きつける。

「言っとくけど、こっちはここ最近あんたのせいでずっとイライラさせられっぱなしだったんだからね! 大体あんたね、ちょっと都合がいいんじゃないの? この間わたしが呼んだときはうんともすんとも言わないし、今まではちっちゃい声で耳たぶくすぐるような真似ばっかりしてたじゃない。なのにちょこっとおっかないことがあったらすぐにぴぃぴぃ泣き叫んで『こわいよぅ、助けてー』なんて。だったら最初からでかい声で呼びなさいってのよ!」

 腹の底から迸る感情に任せて、とにかくひたすらぶちまける、叩きつける。相手の方でもびっくりしているらしく、軋む鉄骨の音は悲鳴のようには聞こえなくなっていた。

「……そうそう、そんな感じでいいのよ」

 鉄塔を睨みながら、霊夢はにやりと笑い、ふっと息を吐く。

「大体この郷の連中なんて、どいつもこいつも自分勝手で他人の都合なんかちっとも考えない奴らばっかりなんだから。遠慮する必要なんてどこにもないのよ」

 周囲が静かになったような気がしていた。実際には相変わらず激しい暴風雨の真っ直中で風はうるさいし雨は痛いほど顔面を叩いているのだが、不思議なほど、自分の声がはっきりと耳に届く。相手にも、きっと届いていることだろう。

「……その辺踏まえた上で、聞くわよ。わたしに助けを求めた……声を届けてくれたあんたに、聞くわよ」

 霊夢は気息を整え、少しばかり落ち着いた声で、ゆっくりと問いかけた。

「あんた、一体何がしたいの? 何がしたくて、この郷に来たの?」

 答えは沈黙。何も返っては来ない。いつの間にか悲鳴も止んでいる。
 ふと、わたしは今とても馬鹿げたことをしているのではないか、という不安が湧いてきた。ちらりと見れば、魔理沙と三妖精も困惑しきった顔で霊夢を見ている。妖精たちなど、こちらを見てひそひそと何か囁きあっているではないか。一人で怒鳴ったり叫んだりしているように見えているのは間違いない。
 いや……実際、壮大な勘違いだったのではないか? 本当に、自分は単なる物言わぬ鉄塔に向かって一人で喋っているだけに過ぎないのではないだろうか。そう思うとひたすら無駄なことをしているだけのような気がして、体から力が抜けそうになる。
 しかしその瞬間、ふっと脳裏に浮かぶものがあった。
 降りしきる雨の中、この鉄塔を前に一人佇んでいた少女。あまりにも小さな背中。
 霊夢は歯を食いしばって力一杯首を振り、無理矢理弱気を吹き飛ばした。

(……しっかりしろ! 何がしたいの、なんて聞いてる奴が、やりたいことやらないでどうすんの!)

 そうだ、他人がどう思おうが、そんなことはまるで関係ない。わたしはわたしの思うまま、やりたいことがあってここに来たのだ。であるから、それを実行に移す。ただそれだけのことだ。ずっと昔から、何度も何度も繰り返してきたのと同じに。
 博麗霊夢というのは、何年経ってもどこまで行っても、結局はそういう人間なのだ。
 霊夢は大きく息を吸い込み、四肢に力を込めた。ぬかるむ大地を踏みしめ、瞳にありったけの力を込めて鉄塔を睨みつける。

「ああそう。そういうことするんだ。都合が悪くなるとだんまりってわけ。それはそれで
自分勝手でここの住人らしいっちゃらしいけど、だからこそ言わせてもらうわよ。ふざけんな!」

 霊夢は再び怒鳴り声を叩きつける。鉄塔が風ではなく声で震えたのが、はっきりと分かった。

「あんた、何かやりたいことがあってここに来たんでしょ。もう要らないって言われて捨てられて、忘れられて……なのに納得できないから、このまま死んでいくことに耐えられないから、わざわざこんな狭っ苦しい郷に来てこんな場違いなところに図々しく居座ってるんでしょうが」

 腕を振り、なおも怒鳴る。

「なのにこの程度のことでヘバッててどうすんの。この郷にいる連中はねえ、みんな今のあんたの数百倍は厚かましくて図々しくて、みっともないぐらいに生き汚い奴らばっかりなんだから。そんな中でこんな無様な格好晒してちゃ、何もやれないまんまへし折られておしまいよ。それで納得できるの、満足できるの? できるわけないでしょ、こんなところまで来ちゃったあんたなんだから!」

 軋みが止まった。佇む鉄塔の姿に力が宿った。絡みつく木々の向こう、無骨な鉄の内側に、火傷しそうなほどの熱気が漲っている。
 目の前で、何かが生まれようとしていた。いや、生まれ直そうとしているのだ。
 今にも産声が聞こえてきそうな気配を感じながら、霊夢は笑った。

「そうよね、嫌でしょ。まだまだこの郷で、うんざりするほど生きてみたいわよね!」

 吹き荒れる嵐を切り裂いて、霊夢は思い切り腕を振り上げる。

「だったらちったあ腰入れて踏ん張って見せなさいよ、この根性なし!」

 叫びながら、霊夢は鉄塔の肌を力一杯平手で叩いた。びりびりとした感じが腕から体へと伝わり、思わず顔をしかめる。

「霊夢!」

 悲鳴のような魔理沙の声。驚いて振り向くと、風に飛ばされて矢の如くこちらに突っ込んでくる何かが見えた。雨に視界を遮られ、正体は不明。物によっては怪我どころか、命に関わる恐れもある。

(避けなきゃ)

 だが、間に合わない。受け止められる速度ではなく、結界を張る暇もない。
 ぶつかる、と思った瞬間、しかしその物体は何かに受け止められたかのように、空中で静止した。
 そうしてよく見てみると、それは小さな藁人形であった。しげしげと見つめたあと、おもむろに三妖精に目を向ける。連中はぎくりとしたように顔をひきつらせると、顔を背けて唇を吹き始めた。

(まったく……)

 小さく息を吐いた後、霊夢はまた目の前を見る。
 風に飛ばされてきた藁人形が空中で静止したのは、そこに結界が張られたからだった。いつの間にやら、鉄塔の周囲に薄らとした結界が張り巡らされている。
 それは霊夢が戦闘で用いるものとは比べ物にならないほど、弱い結界ではあるのだが。

「……やればできるんじゃない」

 傍らの鉄塔を軽く叩いて、霊夢は微笑みながら呟く。

「おい、霊夢」

 と、三妖精の面倒を見ていた魔理沙が歩み寄ってきて、周囲に張り巡らされた結界をこわごわと見回した。

「一体何がどうなってるんだ? わたしにはさっぱり……」
「まあ、説明は後でするとして」

 霊夢は結界に手を触れて、肩を竦める。

「とりあえず、これちょっと補強しましょう。こんな薄いのじゃ、雨で破けそうだわ」
「やっぱりお前が張ったんじゃないんだな、これ」
「ええ。ま、大目に見てやんなさいよ。初心者が作ったやつだから」

 そう言って、霊夢はまたちらりと鉄塔の方を見る。気恥ずかしげな気配が伝わってきて、笑いたくなった。



 三妖精も魔理沙もこの嵐では帰れまい、ということで、結局全員が結界の中で雨宿りすることになった。
 彼女らはしきりに事情を聞きたがったが、霊夢は「本人に聞け」とだけ返しておいた。当然だが、魔理沙たちは眉をひそめるばかりで何のことだか分からない様子だった。
 そして、「本人」の方も、一向に出てくる気配がない。

(……少しは元気になったかと思ったんだけど)

 霊夢がまたため息を吐くと、傍らの誰かがびくりとする気配が伝わってくる。あまり気にするとまたイライラしそうだったので、霊夢はとりあえず無視しておくことにした。
 嵐は次第に弱まってきて、昼を少し過ぎた頃には雲の隙間にポツポツと晴れ間が出来てきた。夜明けを迎えたような気分で、その場の全員がほっと息を吐く。

「……もういいわよ」

 霊夢が鉄塔に手を触れながら囁くと、周囲を覆っていた結界が溶けるように消えていった。

(素直な奴ね)

 予想通りと言えば予想通りだが、それ故にまた心配になる。こんなんでやっていけるのだろうか、と。

「おい、霊夢」
「なに?」
「今、お前」

 魔理沙が目を丸くして、霊夢と鉄塔とを交互に見比べる。

「この塔に声をかけて……そしたら、結界が消えたみたいに見えたぜ」
「そうね。実際そうだし」
「じゃあ、もしかして」
「多分、当たり」

 言って、霊夢は再び鉄塔に向き直る。絡みついていた木々が半ば吹き飛ばされ、雨上がりの空の下に佇むその姿は、大分人工物らしさを取り戻している。
 そんな電波塔に向かって、霊夢は静かに呼びかけた。

「……いい加減、姿ぐらいは見せてもいいんじゃないの?」

 しばらく、沈黙が続いた。
 何の反応もないまま、それでも霊夢は無言で待ち続ける。
 その内痺れを切らしたらしい魔理沙が「おい、霊夢」と声をかけてきたところで、

「静かに……ほら、ようやくお出ましよ」
「えっ」

 いつの間にやら、鉄骨の根本に誰かが隠れていた。何やら申し訳なさそうに身を丸めた
、小柄な影だ。
 やっと出てきたか、とため息を吐きつつ、霊夢は再度呼びかける。

「そんなとこにいないで、早くこっち来なさい。……怒ってないから」

 一応そう言い足してやると、小さな影はびくりと震えた。まだ躊躇いつつ、それでもおおるおそる顔を出してくれる。
 彼女は、ご多分に漏れず少女の姿をしていた。白い中華鍋のような帽子を被った黒髪おかっぱの女の子。身につけているのはくすんだ赤色を基調とした、格子縞のワンピースだ。袖がなく、腰から下で大きく広がっているデザインで、何となく目の前の鉄塔を連想させた。

「……霊夢」

 魔理沙が興味深げに顎に手をやりながら目を細めた。

「こいつ、もしかして……この、電波塔の神様か?」
「らしいわね」
「なるほどなあ。そういうことか」

 ようやく合点がいったらしく、魔理沙はしきりに頷いている。

「つまりお前、今日はこいつを助けに来たってわけなんだな」
「まあね。助けに来たってよりは、尻を叩きに来たって感じだけど。さて」

 霊夢が目を向けると、電波塔の神様はまたびくりと震え、涙目で鉄骨の影に引っ込んでしまう。
 魔理沙がにやけながら、

「おい、怖がられてるぜ」
「うっさい。分かってるっての。……ちょっとあいつと話してくるから。あんたたちは邪魔しないでよ?」
「あんまり脅すなよ、可哀想だぜ」
「可哀想なのは嵐の中で駆り出されたわたしだっての、まったく……」

 ぶつぶつと呟きながら、霊夢はぬかるんだ地面を歩き出す。そういえばずいぶん服が汚れてしまったな、と思って顔をしかめると、神様がますます怖がり、踵を返して逃げ出そうとした。

「はい、逃げない! ……っていうか御神体がここにあるのに逃げられるわけないでしょ」

 霊夢が釘を刺すように言うと、神様はぴたりとその場に立ち止まった。
 本当に世話の焼ける奴だなあと思いつつ、霊夢はため息混じりに彼女に歩み寄る。
 近くで見てみると、やはり小柄な少女だった。このナリでこのバカでかい鉄塔に宿った神様だというのだから、少し笑えてくる。
 さて、と心の中で呟いて、霊夢は小さく咳払いをした。

「……こんにちは、神様。はじめまして、はいらないわよね?」
「……はい」

 観念したように、神様が恐る恐る振り返った。中華鍋のような白帽子の下から、上目遣いに霊夢を見上げる。
 途端、大きな丸い目に涙がせり上がってきた。

「ってちょっと、なんで泣くの」
「だ、だって、あのう……」

 神様はすっかり怯えている様子で、しゃくり上げながら言う。

「いっぱい迷惑かけちゃったし、怒ってるみたいだし……」
「まあ確かに迷惑だったけど……怒ってはいないわよ。ぎりぎり」

 ここで引っ込まれたら元の木阿弥だ、と思い、霊夢は無理矢理笑顔を作る。しかしなぜか、神様は「ひぃっ」と小さく悲鳴を上げた。

「って、ちょっと」
「す、すみません」
「……まあ、いいけど」

 やはり慣れないことはするもんじゃないな、と思い、霊夢はため息を吐く。
 腕を組み、じっと神様を見下ろした。

「……で。散々振り回してくれたんだから、事情ぐらいは聞かせてもらえると思ってもいいのよね?」
「……はい。ごめんなさい」
「謝らなくていいから、説明する」
「は、はい……ええと、何から説明したらいいんでしょうか?」
「そうね……じゃあまず、なんで今まで出てこなかったのか、から」
「ええと……」

 神様はたどたどしい口調で説明し始めた。本人も戸惑っているのか、どうにも要領を得ない部分もあったが、まとまめると大体こんな感じらしい。
 曰く、神様……というかこの鉄塔の正体は、やはり外の世界では旧式となって使われなくなった電波塔だったらしい。と言っても、外にいた頃からここまではっきりとした意志を持っていたわけではなかったのだそうだ。

「じゃあ、ちょっとは意識あったの?」
「と、思います。何というか、漠然としたものだったんですけど」
「……信仰されてた、ってわけではないのよね?」
「はい。……わたしを管理してくれていた人たちは、結構大事に扱ってくれていたんです。お別れの日には別れを惜しんで語りかけてくれた人もいました。だから、かもしれません」

 彼女の話によると、その人は名残惜しそうに電波塔の肌を撫でながら、「まだ働けるのになあ」と呟いたらしい。
 要するに、愛着を持って扱われていたのだろう。良きにせよ悪きにせよ、深い情念を注がれた道具は妖怪化しやすいものだ。大事に扱われた年月が、彼女に魂を与えたのかもしれない。

「不思議ね」

 霊夢は小さく呟く。

「そんな大事に扱ってくれてた人が、こんなボロボロになるまであんたを放っておくなんて」
「それは、仕方のないことなんです。わたしはその人の持ち物じゃなくて、その人が所属する会社……ええと、組織? の持ち物ですから。勝手に手を触れるわけにもいかない、ゆっくりと朽ち果てていくのをただ見つめるしかないのでは、様子を見に来るのも忍びなかったのではないでしょうか」
「……よく分かんないけど」

 神様の寂しげな微笑に、霊夢は何ともいえない気分になる。
 神様の気持ちはよく分からなかったが、声音はごく穏やかで、恨みつらみが含まれているようには思えなかった。
 放棄されたことに関しては、彼女の中で一応の決着がついているのだろう。いかなる葛藤を経てそこにたどり着いたのかは分からないが、考えても霊夢には理解できないだろうし、さして興味もないことだ。
 問題は、そこから先の話である。

「……じゃああんたは、別に自分を捨てた人間に恨みを抱いてる、とかそういうのではないわけね?」
「……はい。それは、仕方のないことだと思いますから」
「あ、そう。だったら、その上で聞くけど」

 霊夢は神様をじっと見つめて、問う。

「あんた、どうしてこの郷に来たの? なぜ、今までこうして姿を見せなかったの?」

 口に出してみたら、随分すっきりした気分になった。ああわたしは結局そのことが聞きたかったのだな、と、霊夢は改めて実感する。
 問いかけられた神様は、また何か言いにくそうに、少しの間俯いていた。
 しかしそれほど間を置かず、躊躇いがちに答えてくれる。

「……迷ってたんです」
「迷う。何を?」
「わたしは、どんな風にこの郷で生きていくべきなんだろう、って」
「……どんな風に、ね」

 霊夢はちらりと肩越しに後ろを振り返る。後方、少し離れた場所で、魔理沙と三妖精が興味津々にこちらを見つめている。

「それは、あの妖精どものことがあったから?」
「……そうですね。あの子たちがわたしに、外にいた頃と同じ役割を望んでいる、っていうのは何となく分かったんですけど……電気も端末もないこの郷で、どんな風にそれをやればいいのかわからなくって。それに……」

 神様は少し言い淀み、ワンピースの布地をぎゅっと握りしめる。

「……それに、それをしていいのかどうかも分かりませんでした。必要とされないかもしれないし、もしかしたら誰かに迷惑をかけるかもしれません。あの……魔法使いの女の子が言ったように、電波塔ではなくて妖木として存在した方が、この郷には合っているのかもしれない……そんなことも考えました」
「……なるほどね」

 だからこそ呼びかけても出てこなかったし、こうしてはっきりとした形を取ることもできなかったのだろう。
 霊夢は頷き、納得する。
 その上で、問いかけた。

「でも、はっきりとその道を選ぶ気にもなれなかったと。そういうことね?」
「はい。迷いが、残っていましたから」
「……わたしに小声で呼びかけてたのは、悩みを聞いてほしかったから?」
「……そう、なんだと思います。いえ、自分では声を上げていたことにも気づいていなかったので、あなたが呼びかけてきたときはとても驚いたのですが」
「じゃあなんであのとき返事しなかったわけ?」
「ええと、それはその……」

 神様はもじもじしながら答える。

「……あなたが、とても怒っていたように見えたので。怖くて……」
「怒る? わたしが? どんな風に?」
「ええと、こう……声が怖かったし、眉間に皺が寄ってましたし……」
「小皺の見間違えじゃないの」
「え?」
「いや、何でもないわ」

 ともかく、事情は大方理解できた。そんな風に迷いに迷ってどう生きるかも決められず、どっちつかずでふらふらしていたから、昨日までの鉄塔は随分頼りなく見えていたのだろう。
 しかし今、神様ははっきりと少女の姿を取っている。それに、さっきは不器用に結界を張って自分を助けてくれた。
 これはつまり、そういうことなのではないだろうか。

「……わたしはね」

 霊夢は静かに言う。声の調子が変わったのが分かったらしく、神様も居住まいを正した。

「わたしは、死にたいって奴を止める気はないわ。生きたいって奴も同じ。やりたいこと好きにやればいいって思ってる。……わたしに害が及んだら容赦なくぶっ飛ばすけど」

 神様がぶるっと震えたが、霊夢は気づかぬ振りをして続けた。

「だからわたしが今日ここにきたのは、誰かがわたしのことを呼んだから。助けを求める声が……死にたくない、生きたいって声が、嵐の音にも負けないぐらいに強く、大きくこの耳に響いたから」

 霊夢はじっと神様を見つめて、厳かに問いかける。

「言ってみなさい。この郷で生まれ変わって、もう一度やり直そうって思ったあんた。あんたがやりたいことは、なに?」
「……わたしが、やりたいことは」

 神様は背筋を伸ばして、淀みない口調で言った。

「わたしは、また電波塔として働きたいです。遠く離れた誰かと誰かの声を繋げて、想いを伝える手助けをしてあげたいです。それが素晴らしいことだって言うのは、誰よりもわたしが知っているから」
「……そう」

 ほぼ予想通りの答えを聞いて、霊夢は呆れてため息を吐く。

「やりたいことっての、結局それなんだ。その役目を果たせないって思われて捨てられたのに? またいつか、同じことになるって思わない?」
「そうかも、しれません。この狭い世界では、そんな道具は大して役には立たないかもしれない」

 それでも、と神様は顔を上げ、真っ直ぐに霊夢を見た。黒く丸い瞳に、強い決意の光が宿った。

「それでも、わたしはもう一度やってみたいと思いました。だって、まだまだ働きたい足りないんです。あの人がかけてくれた言葉は、そのままわたしの気持ちでもありました。たとえ誰にも求められないとしても、まだ働ける、まだ働きたい。そのために、わたしはこの郷に来たのです。だから、自分のやりたいようにやります。誰に何を言われ、どんな風に扱われようとも」
「……そう」
「はい!」

 揺るぎない返事を聞き、霊夢は肩を竦めた。

「じゃ、やってみたら?」

 あっさりそう言ってやると、神様はずるっと体勢を崩した。

「ん、どうしたの?」
「あ、いえ。ええと……」

 中華鍋のような白い帽子を被り直しながら、戸惑ったように聞いてくる。

「なんというか、随分あっさりしていたので……」
「さっきも言ったじゃない。死にたいって奴を止める気はないし、生きたいって奴もそうだって。好きにやりゃいいわ。迷惑かけたらぶっ飛ばすけど」
「はあ……」
「それに」

 霊夢は挑発するように笑う。

「今回は、あんたがあんまりみっともなかったから尻叩きに来たけど。今後は泣いてたって助けてやんないからね。好きにやるって決めたんなら、自分の力で何とかしてみなさい。ここじゃみんなそうしてるわ」
「……分かりました」

 神様は唇を引き結び、こっくりと頷いた。それを見て、霊夢は内心ほっと息を吐く。
 実際、今日のような助けはもう必要あるまい、と思った。
 この弱気な神様も、今この瞬間にこの郷の仲間入りを果たしたのだと、素直に思えたから。

「……っていうか、どっちかと言うとね」

 肩の力を抜きながら、霊夢は愚痴を吐くように言った。

「この郷の連中は、好き勝手やりすぎて困るのよね」
「そうなんですか」
「そうなのよ。頼んでもいないのに霧まき散らしてみたり春を奪ってみたり月を隠してみたり……挙げ句に神社を乗っ取ろうとするわ温泉沸かすわ……まあこれはこっちとしても得したからいいんだけど」
「はあ……なんだか大変なんですねえ」
「そ。だからあんたも気張った方がいいわよ。変なことに巻き込まれて鉄塔ぽっきり、なんていかにもありそうなパターンだし」
「うう……が、がんばります……」
「その意気その意気。さて、と」

 これでひとまずは一件落着だろう。ようやく肩の荷が下りた気分だ。
 しかしそうなってみると、心に一つの疑問が湧いてきた。一連の流れを思い返すと、どうも不可解な行動を取っていた奴がいるような気がするのだ。

「あの、どうかしましたか?」
「ん。いや……」

 なんでもない、と答えようとして、霊夢はふと思いついた。
 そうだ、ちょうどいいから早速こいつを使わせてもらおう、と。

「ねえあんた」
「はい?」
「あんた、また電波塔……ええと、遠くの人と会話する道具? として、また働いてみる気になったのよね」
「あ、はい。がんばります」
「うん。じゃあ早速働きなさいよ」
「え。どなたか、お話したい方がいらっしゃるんですか?」

 神様の顔がぱっと輝く。親の手伝いがしたい、と張り切る子供のような笑顔だ。何となく微笑ましい気持ちになりながら、霊夢は答える。

「えっとね、八雲紫っていうぐうたらな奴がいるんだけど。ほら、昨日もここに来てた胡散臭い奴よ」
「ああ。あのすごくきれいな女の人ですか」
「……まあ一応ね」

 いろいろと言いたくなるのをぐっと堪えて、霊夢は頷く。

「で、どう? 話せる?」
「はい。やってみます」

 神様はそう言うと、被っていた中華鍋を両手に持ち、底を空に向けて構えた。目を瞑って眉間に皺を寄せ、「むむむ……」と念じ始める。
 もちろん、霊夢には何をしているのだかさっぱり分からない。

「……そういうやり方でいいの?」
「多分!」
「そんな力強く曖昧な答え返されても……」

 霊夢が若干不安になってきたとき、「いた!」と神様が歓声を上げた。

「見つけましたよ、八雲紫さん!」
「おお……早いわね」
「ふふ……もちろんです。これが仕事ですからね!」

 誇らしげに胸を張って答えたあと、神様は笑顔で首を傾げた。

「それでは、準備はいいですか? 繋げますよ?」
「え。あ、うん。どうぞ?」

 一体何をどうするんだろう、と霊夢は今更ながら疑問に思う。
 遠くの人と話す、というと、真っ先に思い浮かぶのが少し前の地底での異変だ。あのときは紫が勝手に陰陽玉を改造して、そういう機能をくっつけてしまったのだった。

(ああいう感じの道具を出すのかしら?)

 しかし、そんな気配は一向にない。神様はただ目を閉じて、「むむむ」と念じているだけだ。
 と思いきや、不意に彼女の小柄な体からがくりと力が抜けた。しかし帽子は地に落ちず、底を空に向けたまま宙に浮かんでいる。それに合わせて、神様もゆっくりと宙に浮く。
 何が始まるんだ、と眉をひそめる霊夢の前で、神様はおもむろに顔を上げた。
 どこか見覚えのある胡散臭い笑みを浮かべて首を傾げながら、言う。

「あら、どなたかしら。見覚えのないお顔だけれど」

 声音は変わらないのに、先ほどまでとは似ても似つかぬ艶っぽい口調だ。
 その急な変貌ぶりはもちろん、霊夢はそれ以上にその話し方に驚かされた。
 語りかける調子と言い、声の抑揚の付け方といい、それはどこをどう聞いても、

「……なにそれ、紫の真似?」

 霊夢がそう言うと、神様はかすかに眉をひそめた。これまた、霊夢のよく知る紫の表情だった。

「……微妙にずれたことを仰るのね、あなた。でも私の名前をご存じのようだし、それにここに入り込んでいることと言い、一体……」
「うわー、すごいすごい。本当に紫にそっくりだわ、これ。ねえ、どうやってるの?」

 霊夢が感心して言うと、神様はますます怪訝そうに眉をひそめ、それから不意に何かに気づいたように、

「って、あなたもしかして霊夢? どうしたの、その格好?」
「……? 格好って、別にいつも通り……」
「そうではなくて……ああ、その察しの悪さ、間違いなく霊夢だわ」
「……その腹の立つ物言い、間違いなく紫ね」

 霊夢が顔をしかめると、神様は紫そっくりにくすくすと笑った。
 それから彼女が説明したところでは、今神様が喋っているのは、遠く……どこにあるかも分からぬ八雲邸にいる、紫の言葉らしい。
 そしてどうやら、彼女の前にも神様が浮かんでいて、霊夢の言葉や仕草、表情などを伝えているものらしい。

「びっくりしたわ。どこから入り込んだかも分からぬ見知らぬ女の子が、急にどこかの間抜けな巫女様と同じ調子で喋り始めるんだもの。何事かと思いましたわ」

 しみじみした神様の言葉に、霊夢はなんだか不思議な気持ちになる。見かけはどう見ても、先ほどと同じ電波塔の神様なのだが。

(……つまり、紫の前でも同じことが起きてるってわけか。本当かしら……?)

 ちょっと疑わしかったので、試してみることにした。霊夢はおもむろに両手を上げ、「ウキッ」と猿の真似をしてみる。

「……霊夢」

 神様が白い目で言った。

「確かめるにしても、もう少し可愛らしいやり方が出来ないのかしら……?」
「……悪いけど専門外だわ」

 若干顔が熱くなるのを感じながら、霊夢は答える。
 何にせよ、これではっきりした。
 二人の話者の前に姿を現し、相手側に表情と仕草と言葉を伝える。
 これがこの神様が会得した、「この郷での新しいやり方」らしい。

「……なんか、回りくどい感じね」
「あら、幻想郷らしくてなかなか楽しいじゃない。テレビ電話……いえ、イタコの出張サービスみたいな感じかしら。別に相手死んでないけど」
「まあ、なんでもいいわ」

 ともかく、ちゃんと紫と話せているらしい、というのは確認できた。
 霊夢は改めて本題に入る。

「紫」
「なあに。あら、真面目な表情ね。霊夢らしくもない」
「聞きたいことあるんだけど」
「……なにかしら」

 実際真剣な話だと理解したらしい。神様は紫がやるように、すっと目を細める。口元に手をやったのは、扇で表情を隠す仕草だろうか。神様は扇を持っていないから、少しも隠せていないが。

「紫。あんた、知ってたんでしょ」
「何を?」
「この神様のこと。……この鉄塔に、意志が……神様が宿りつつあったってこと」
「……そうね。一応、気づいていたわ」

 さほど迷うことも表情を動かすこともなく、紫はあっさりと認める。
 霊夢は腕を組んで言った。

「いろいろ聞きたいんだけど……まず、今までこの神様が神様として出てこなかったのは、なんで?」
「あなたにも少しは想像できているんじゃない? 彼女が迷っていたからよ。こういう形でこの郷に存在していいものか、と」
「じゃあ、今は迷いが消えたってこと?」
「そうね。何が起きたのかは大体想像がつくけれど……死にそうなほど怖い目に遭って、自分の望みを強く自覚できた、ってところじゃないかしら。それでようやく、選ぶ気になれたのね」
「人間みたいね」
「人間の信仰で生まれる存在だもの。考えることだって、根本的には人間と変わらない部分が多いものよ」
「……迷いが消えたからこういう形を取った、って言ったけど。神様は信仰されればすぐに生まれるものなんじゃないの? 前、わたしが大木を祭ったときみたいに」
「そうね。普通はそうなのだけど……彼女の場合は、元から薄らと意識を持っていたから。そういう風だと、他人が望んだ通りの形をすぐに取るのは難しいのでしょう。あなただって、明日から魔理沙になれって言われた困るんじゃない?」
「……そういう理屈か。うん、まあ一応分かるわ」

 つまり、妖精たちが捧げていた信仰と、彼女が元から抱いていた願いがある程度合致したから、神様として誕生することができた、ということだろうか。

「神様にもいろいろいるのね」
「そうね」
「じゃあ、もう一つ質問」
「なにかしら」

 霊夢はじっと神様を……神様の向こうにいる紫を見つめる。
 彼女はいつものように微笑んでいて、その向こう側にあるものを少しも窺わせてはくれない。
 ほんの少しでも、見ることはできないだろうか。見せてはくれないだろうか。
 今の霊夢は、なぜだかそれを試してみたい気分だった。

「……紫は、気づいていたのよね。この神様……ううん、この鉄塔に、薄らとしたものでも、意識が……魂が宿りかけているってこと」
「……そうね。あなたよりは明確に」
「だったら、なんで放っておいたの? あんなに頻繁に様子を見に来てたってことは、あんただってこいつのこと心配してたってことでしょ?」

 声に若干の苛立ちが混じるのを、どうにも抑えられない。それが紫に伝わっているのを知りつつも、なお。

「あんたが分かっていながら放置してたせいで、わたしはあんな嵐の中をわざわざこんな
ところまで飛んでくる羽目になったんだから。気づいてたのなら、あんたが励ましてくれればあんな苦労せずに済んだのに」
「……その質問に答える前に、わたしも一つ聞きたいのだけど」
「なに?」

 霊夢が眉をひそめると、神様が穏やかな微笑みを浮かべて言った。

「霊夢。あなたの物言いを聞いていると、この神様を励ますのは当然のことだと……それが間違いなく正しいことで、気づいていたのならば絶対に成すべき義務だったはずだと確信しているように聞こえるわね。それは、どうして?」
「え。だって、それは……」

 霊夢はすぐには返答出来なかった。そのことについてはあまり考えていなかったのだ。考えていなかったということはつまり、紫も同じように思うはずだと心のどこかで信じていたからかもしれなかった。

「……だって、こいつは生きたがってたのよ? なのに、なんか怖がったりして迷ってて……だったら、別にそんな構えることない、ぐらいは言っても罰は当たらないっていうか……」

 つっかえつっかえ言いながら、霊夢はひょっとしてまずいことだったのだろうか、と今更ながら不安になっていた。
 少し前、紫はこの鉄塔は危険なものではない、と言った。だがそれは、あくまでもこれが物言わぬ鉄の塊だったからだ。
 そこに魂を宿し、神様を誕生させるとなると、また話は違ってくるのではないだろうか。管理者としての視点で見ると、何かしら不都合なことが生じてくるのではないか?
 だからこそ、紫は気付いていながら何も手出ししなかったのではないだろうか。
 今の今までそんなことには全く思い至らなかったが、気付いてみると余計なことをしたようにすら思えてくる。

(……いや、別にわたしは紫の式神かなんかじゃないんだし……いつものようにやりたいようにやったんだから、それでいいはずよ、うん)

 心に言い聞かせてみるが、迷いは消えない。
 紫の叱責を恐れているわけではなく、これが何か悪い結果をもたらしたら、と思うと、少なからず不安なのだった。
 紫は神様の瞳を通じて、そんな霊夢の表情をじっと見守っていた。
 やがてふっと息を吐き、穏やかな声で言う。

「そう。単純で行き当たりばったりで、考えなしだと思っていたけれど……あなたもいろいろと考えるようになっていたのね」
「……なんか、凄い失礼なこと言われてる気がするんだけど」

 眉をひそめる霊夢の前で、神様がくすくすと笑って紫の表情を伝えた。

「ごめんなさいね。貶すつもりはないのだけれど。ただ、少し心配でね」
「……心配? なにが?」
「……いろんなことについて深く思い悩んで答えを見出すのは、なかなか大変なことだから」

 神様の声音に憂いが混じった。

「あなたも少しずつ変化しているのね。最近、昔に比べると少し迷うことが多くなったように見えたから、そうかもしれないとは思っていたのだけれど」
「……分かるんだ、そういうの」

 小さく呟きつつ、霊夢は否定しなかった。
 紫の言っていることは真実だった。今回の件でもそうだが、最近あれこれと迷うことが多くなったな、と自分でも漠然と感じていたのだ。
 それを自覚したのは……心に迷いが生じるようになったのはいつの頃だったか。守矢神社が転移してきた頃だったか、それとも地底探検に行かされたときだったか。
 ああそうだ。思い出した。
 あのとき、覚り妖怪が放った科白で妙に動揺させられたのだった。「地上の妖怪を信頼している」と。
 そのとき、通話機能付きの陰陽玉の向こうで霊夢を見守っていたのは、紫だった。あの瞬間、霊夢は焦りながらも安堵していたものだった。
 今の顔を紫に見られなくて良かった、と。

「……そうね、あんたの言うとおり」

 今あちらにも表情が見えてしまう。霊夢は変に弱気な顔にならないように気をつけながら言った。

「……最近なんか、昔に比べていろいろ複雑になってきた感じが、するのよね」
「複雑っていうと、どう?」
「……それは……」

 スペルカードルール制定前と比べると、自分の周囲は随分変わった、と霊夢は思う。
 昔は魔理沙ぐらいしか訪れなかった博麗神社も、今や妖怪神社なんて呼ばれるほどの盛況ぶりだ。
 口ではそれを迷惑がりながら、心のどこかで楽しんでいる自分がいることに、霊夢は気がついていた。
 線引きはしっかりとしているつもりで、気を許しすぎているのではないか、と不安になってもいたのだ。
 そう感じていたときに、例の「地上の妖怪を信頼している」という言葉だ。そんなわけないじゃない、と思いつつ、ああやっぱりそうか、とも思った。
 多分、あれ以来だろう。あれこれと要らぬ心配をするようになったのは。
 命蓮寺の異変のときなど、無思慮に見えるほど楽しげに妖怪退治をする早苗に昔の自分の姿を重ねてしまって、羨ましいやら気恥ずかしいやら、複雑な気分になったものだ。

「……悪いことなのかしら、これって」

 霊夢はぽつりと呟く。弱気な顔は見せないつもりだったが、どうにも胸が苦しくてたまらなかった。

「……悪いことではないと思うけれどね」

 柔らかな声音に、霊夢は驚いて顔を上げる。
 神様が……神様の向こうの紫が、労るような微笑みを浮かべてこちらを見ていた。

「霊夢。あなたはさっき、わたしがこの神様を放っておいたせいで自分が迷惑を被ったって言っていたけれど、そうではないと思うわ」
「どういうこと?」
「だって、昔のあなただったら、彼女が助けを求める声なんか無視して、神社でお茶なんか啜っていたのじゃないかしら。ううん、そもそも声に気づきすらしなかったかもしれないわ」
「それは、そうかも」

 と言うより、最初に妖精たちが電波塔を聖地にするなどと言った段階で、この鉄塔を問答無用でぶっ壊していたかもしれない、と思う。
 あそこで悩み、甘くなったと思いつつ見逃したおかげで、今日この神様の手助けをすることが出来たのだから。
 しかしそうなると、また別の疑問が湧いてくる。

「……この神様を助けたのって、いいことなの?」
「どういう意味?」
「いや、ほら……」

 霊夢はちょっと躊躇い、神様から目をそらして言う。

「話戻るけど、紫はここ数日、手出しするべきかどうか迷ってたみたいだし。それってつまり、この神様を励ましたり助けたりするのが、幻想郷にとって良くないことだから、とかじゃないの?」

 不安な気持ちで言い終える。答えはすぐには返ってこなかった。
 どうしたのだろう。もしかしたら、今更気付いたのか、なんて呆れられているのだろうか。
 少し怖くなりながらも、霊夢は恐る恐る顔を上げる。
 すると、呆気に取られた様子の神様と目が合った。それはあの弱気な神様にはよく似合った表情だったが、

(……あれ。でも、今この子って紫の表情を真似してるんじゃ……?)

 どうにも分かりにくいな、と眉をひそめ、霊夢はとりあえず声をかけてみる。

「紫?」
「え? あ、ああ……」

 紫はようやく我に返ったらしい。神様が慌てたように表情を引き締め、しげしげと霊夢を見つめてくる。
 どうしたんだろう、と思っていると、深くため息を吐かれた。

「……霊夢、あなた……」
「……なによ。考えなしだって言いたいの?」
「いえ、むしろ逆よ」
「逆?」

 眉をひそめる霊夢の前で、神様が表情を変える。微笑んでいるような気もするし、泣き出しそうにも見える。そんな不思議な顔だ。

「……あなた、そこまで考えていたのね。正直驚いたわ」
「……えっ、と……」

 霊夢は返答に迷う。神様の口調は誉めているような調子だったが、瞳には憂いが感じられる。果たして喜ばしいことなのかどうかが分からない。
 真意を問いただしたものかどうかと迷っていると、「でもね」と神様が苦笑した。

「一つ、勘違いしていることがあるわ」
「なに?」
「わたしがこの数日間、彼女のことを気にしながらも手を出さなかったのは、別にそれが郷にとって悪いことだからとか、そういうのではないの」
「じゃあ、なぜ?」
「思いつかなかったのよ」
「……何を?」
「彼女を励ます言葉」

 一瞬何を言われたのか分からず、霊夢は目を瞬く。
 我に返って、自分でもびっくりするぐらい驚いた。

「嘘でしょ?」
「嘘じゃないわ。本当に、思いつかなかったの。ああいえ、違うかもしれないわね」

 神様は首を振り、ため息を吐く。

「……本当は、思いつかない振りをしていたのかも」
「どういうこと?」

 霊夢の問いに、神様はどことなく寂しそうな微笑を浮かべて答えた。

「……昔、同じように迷っていた友達のこと、必死に引き留めようとしたのだけれど、言葉が届かなかったことがあってね……それで怖くなって、慎重になりすぎていたのかもしれないわ」
「……友達」

 ぽつりと呟く。
 死んでしまった紫の友達。誰のことだろう、と考えたら、真っ先に幽々子の顔が思い浮かんだ。詳しい事情は知らないから、真偽は分からない。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。
 あるいは、誰か一人のことではないのかもしれなかった。紫とてこんな場所を作って長いこと生きてきたのだ。同じような状況で、生ではなく死を選んでしまった者たちを見送った経験など、それこそ数え切れないほどあるのだろうから。

(……紫でも寂しいと思ったりするのかしら、そういうの)

 きっとそうなのだろう、と霊夢は思う。他人の気持ちには鈍感な彼女にも分かるぐらい、今の紫は寂しそうな顔をしている。こちらに表情が見えていることを忘れているのかもしれなかった。
 そうしてふと、霊夢は思う。
 あの地底の異変のとき、相手に顔が見えなくて良かった、と思っていたのは、自分だけではなかったのかもしれないと。

(ああ、そうか)

 不意に、霊夢は気がついた。

(変わるって、こういうことか)

 今までは何か面倒で複雑で、昔よりも弱くなっていくことだと感じていた気がする。
 けれども、それだけではないのだと思った。
 神様が助けを求める声に気づけたように、あるいは紫が寂しそうにしているのが何となく分かったように。
 あるいはそれは、旧い生き方の上に新たな生き方を築き上げていくことなのかもしれない。
 目の前にいるこの神様が、幻想郷らしいやり方で昔の役割を果たしているのと同じように。

「……こんな場所を作った奴にしちゃ、ずいぶん弱気なんじゃない?」

 霊夢は両手を腰に当て、神様の向こうにいる紫に、不適な笑みを向ける。
 不器用なのかもしれないが、今の自分にはこういうやり方が一番似合っていると思ったからだ。
 神様は一瞬きょとんとして、それから紫と同じ微苦笑を浮かべた。

「……そうね。わたしも年をとったのかもしれないわ」
「気をつけなさいよね。徘徊してたら保護されるわよ。最近小皺も増えてきたし」
「眉間の皺の見間違いよ」
「でしょうね」

 霊夢は笑い、神様も笑う。笑いながらも、その表情にはどこかしら陰が見える。今の霊夢には、それが以前よりもよく分かった。
 きっとそんなものなのだろう、と思う。これから先、霊夢がもっと変わっていけば、紫の胡散臭い笑みの奥に、さらに深い憂いを見出すことになるかもしれない。
 それでも、彼女は止まらないに違いない。
 そうやって生きていきたいと思って、この場に留まったのだろうから。

(そういう連中の集まりなのかもね、この郷って)

 今更ながらそのことに気付いて、霊夢は小さく息を吐いた。

「……さて、と」

 気持ちを切り替えるために、霊夢は手を打ち合わせた。

「さすがにちょっと疲れたわ。お茶飲んで休みたいし、そろそろ帰るわね」
「あらそう。残念だわ、もうちょっとこの神様使ってお喋りしたかったのに」
「年寄りの茶飲み話にいつまでもつき合ってらんないっての……っていうかこれ、どうやって止めるの?」
「さあ。会話が終わったと思えば自然に終わるんじゃないかしら」
「……まあ、そんなもんよね。神様のやることだし」

 納得して頷いたとき、ふと、

「……霊夢」

 やけに穏やかな声で、神様が呼びかけてきた。驚いて顔を上げると、細められた黒い瞳がかすかに潤んでいる。

「紫?」
「ありがとうね、霊夢」

 きれいな微笑みを浮かべて、神様が言う。
その瞳から、一粒涙がこぼれ落ちる。
 それを見ても、霊夢はなぜかあまり驚かなかった。昨日までなら、「あの紫が泣いた! 干からびた体にそんな水分が残っていたなんて!」だのと大騒ぎしていただろうに。

(……っていうか紫、こっちに仕草とか見えてるっていうの完全に忘れてるんじゃ……)

 霊夢がそう疑った瞬間、会話が始まったときと同様、神様の体からカクンと力が抜けた。
 浮遊していたのが地に降り立ち、中華鍋のような白帽子を被り直す。
 神様は顔を上げ、紫のものとは似ても似つかぬ無邪気な笑みを浮かべて言った。

「どうでした、楽しい会話でしたか?」
「……どうかしら。まあ、悪くはなかったと思うけど」

 終わり方が終わり方だったためにどうもしっくりこないものがあって、霊夢は唇をむずむずさせる。

「っていうか、変なタイミングで会話終わった気がするんだけど」
「はい。どちらかが終わりだと思えば終わる仕組みです」
「やっぱりそうなんだ」
「電話というのはそういうものなので……あれ?」

 ふと何かに気付いたように、神様が自分の頬に手を触れた。そして驚いたように、

「涙……」

 呟き、少し不安げに霊夢を見上げる。

「あのう。もしかして、電話のお相手は泣いていらしたんですか?」
「まあ、ちょっと……えっ、あんたその辺分かんないの?」
「もちろんです。お客様のプライバシーを保つために、電話の最中はずっと意識を失っていますので!」
「威張られてもねえ」

 胸を張る小柄な神様に、霊夢は苦笑するしかない。

「えっと、それで、どうだったんでしょう。電話のお相手……紫さんという方に、何か悲しいことがあったんですか?」
「悲しいこと……」

 霊夢は呟く。
 会話の最後に紫が見せたきれいな微笑みが頭に浮かび、苦笑しながら首を横に振った。

「ううん。むしろ嬉しいことがあったのよ。きっとね」
「……そうですか。それならいいのですが」

 まだちょっと難しい顔をしている神様に、霊夢は気楽に笑いかける。

「あんたも良かったじゃない」
「え?」
「まだ働けそうでさ」
「……! はい、そうですね! ありがとうございます!」

 神様は満面の笑みを浮かべ、ぺこりと礼儀正しく頭を下げる。
 その様子を見ていると、やっぱり悪いことではなかったらしいな、と思えて、霊夢はほっと安堵の息を吐いた。



 それから数分後、霊夢は鉄塔を背にして座り込んでいた。
 まだ雨が上がって少ししか経っていないため、座っていると尻が濡れる。けれどもなんだか疲れていて、すぐに立ち上がる気分にはなれないのだった。

「お疲れさんだな、霊夢」

 呼びかける声に顔を上げると、魔理沙が笑顔でこちらを見下ろしていた。
 霊夢は小さく息を吐きながら問いかける。

「アリスとの話は終わったの?」
「ああ。ま、今日のところはお試しってところだからな。あいつも興味を惹かれたみたいだったぜ」
「そう」

 適当に返事をしつつ、霊夢はちらりと少し離れた場所を見る。そこでは例の三妖精が、早速神様を利用して誰かと話しているところだった。「やーい、べろべろばー」と二つ結いの奴が舌を出すと、目の前の神様が顔を真っ赤にして空中で地団太を踏む。

「ムキーッ、なんなのよあんた、急に現れたと思ったら生意気やってーっ!」

 その馬鹿っぽい口調を聞いて、霊夢と魔理沙は顔を見合わせる。

「……あれ、チルノだな」
「でしょうね」
「いや、外見は似せなくても仕草とかで大体分かるもんだな。ちょっと驚きだぜ」
「そうね」

 感心している魔理沙の横で、霊夢は座ったまま息を吐き出す。
 それを見た魔理沙が、身を屈めてちょっと心配そうにこちらの顔をのぞき込んだ。

「どうしたんだ、そんなに疲れてるのか?」
「んー。いや……なんだろ」

 一息吐いたら、またいろいろと心配事が浮かんできたのだった。
 果たしてこの神様の能力が、この郷で遊び以外の役に立つのだろうか、とか、遠い将来、現在の最新型が型遅れになってこの郷に流れ着いたりしたら、また同じことが繰り返されたりしないだろうか、とか。
 ありそうなことからあり得なさそうなことまで、あれこれと浮かんでくる。自分でもうんざりするほどだ。

(紫は毎日こんな感じなのかしら。もっと酷いのかも。老け込むはずだわ、そりゃ)

 そんなことを考えて霊夢がまた息を吐くと、魔理沙はいよいよ心配でたまらない表情になった。

「おい、本当にどうしたんだよ。らしくないぜ、霊夢が賽銭箱以外のことでため息連発なんて」
「……らしくない、ね」

 霊夢は微苦笑を浮かべる。

「それ言ったら、今日のわたしって全体的にらしくなかったと思わない? 人助けに走っちゃったりして」
「そーでもないだろ」

 意外なことに、魔理沙は即座に否定した。
 霊夢は少し驚き、目を丸くして魔理沙を見る。

「え、どうしてそう思うの? あんた普段のわたしの何を見てたの? もうちょっと他人に興味持った方がいいんじゃない?」
「うわ、お前がそれ言うか……まあいいけど。いいか霊夢、よく聞けよ」

 ゴホン、と咳払いをして、

「わたしの巫女様は」

 もう一度、ゴホン。
 若干赤い顔で、

「……わたしの知ってる巫女様は、案外お優しいお方なんだぜ?」
「へえ。そう。初耳だわ」
「だって、退屈だから異変起こしてみんなに迷惑かけるー、なんてめちゃくちゃな奴らにつきあって思いっきり遊んでやるんだもんな。これほど優しい奴、他にはいないぜ」
「……えー……」

 なんだか無理矢理な解釈な気がして、霊夢はどうにも納得できない。
 そんな彼女の様子を見て、魔理沙はなおも言葉を重ねて力説した。

「他にもほら、誰にでもお茶振る舞ってやるし、妖怪が神社に居座ってても追い出したりしないし」
「うーん……」
「それに、あれだ」

 と、魔理沙は一度言葉を切り、何やら帽子のつばを引き下げて表情を隠しながら、ぼそぼそと、

「……友達が必死こいて頑張ってるの、黙って見ててくれたりするし……」
「……? どういう意味?」

 よく分からずに霊夢が眉をひそめると、魔理沙は何故か不機嫌そうに唇を尖らせ、

「……ま、鈍感なところが玉にきずって感じだけどさ」
「はあ。そうなんだ」
「そうなの!」

 なんだか怒ったように言う魔理沙に首を傾げ、霊夢はふと神様たちの方を見る。
 チルノとの会話は終わったらしく、三妖精は次のターゲットを選別しているらしかった。
「ねえ、次はあの天狗にしようよ!」
「それよりアリスさんをびっくりさせたくない?」
「あ、大さん、大さんはどう!?」
「あ、あのう、お一人ずつ……」

 てんで好き勝手なことを言う三妖精の前で、神様が目を白黒させている。
 霊夢は苦笑して、

「大丈夫なのかしらねえ、あんな弱気な奴で」
「心配しなくても、すぐに染まるって。あいつもその内、『丑三つ時の呼び出しに怯えるがいい!』とかなんとか言って弾幕ばらまくようになるぜ、きっと」
「なりそうで嫌だわ……」

 げんなりする霊夢の隣で、魔理沙がニシシと笑う。

「さーて、またあいつらにいろいろ吹き込んでやるとするか。じゃあな、霊夢」
「はいはい」

 軽快に駆けだしていく魔理沙の背中を見て、霊夢はやれやれと首を振る。

「どいつもこいつも元気よねえ、本当」

 呆れてしまうが、悪い気はしない。
 ああやって走り回って騒ぐ元気さえあれば、どこにいたってそれなりにはやっていけるのだろうから。

「……この先どうなるのか、まだ分かんないけど」

 ぽつりと呟き、

「ま、適当に頑張りなさいよ。ようこそ、幻想郷へ」

 雨に濡れて力強く輝く鉄塔を撫で、霊夢は小さく微笑んだ。



 <了>
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