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【東方SS】古明地こういし

2010/5/5に東方創想話に投稿したSSです。


『古明地こういし』



 地霊殿の扉を勢いよく開けて、古明地こいしが泣きじゃくりながら飛び出してきた。
 あまりのことに虚を突かれ、火焔猫燐は数秒も呆然としてしまう。
 正気に立ち返ったときにはもう遅く、こいしの姿はもうどこにも見えなくなってしまっていた。
 第三の目を閉ざし、心を閉ざした覚り妖怪。無意識で行動する少女。
 何も考えていないような浮ついた微笑みを浮かべて、フラフラと当てもなく行動しているのがいつものこいしだ。
 そんな彼女が、あんな風に激しく泣きながら飛び出してくるなど、ただ事ではない。

(何か、あったんだ)

 燐は開きっぱなしになっている地霊殿の扉を見て、ごくりと唾を飲み込む。
 こいしがあんな反応を見せる事態など、燐にはほとんど想像もつかない。
 だがそれがこの地霊殿の中で起きたとすれば、間違いなくこいしの姉であり燐の主でもある、古明地さとりが関わっていると見て間違いない。
 一体、何があったのだろう。破滅的な事件が起きたのでなければいいのだが。
 燐は不安と焦燥感に胸を締め付けられながら、小走りに地霊殿へと駆けこむ。
 屋敷の中は、いつも通りだった。特にどこかが激しく破壊されているような様子は見られない。
 ただ、いつもそこかしこでのんびりしているペットたちの間に、何か落ち着かない雰囲気が漂っていた。どいつもこいつもそわそわしているのだ。
 やはり、何かがあったらしい。燐は眉をひそめながら、さとりの部屋を目指す。
 部屋の扉は開けっ放しになっていた。中は暗くてよく見えない。
 燐は高鳴る胸を押さえながら中を覗き込み、目を見開く。
 部屋の中は、嵐でも通り過ぎたかのような惨状だった。タンスやクローゼットなどの家具はことごとく倒れるか壊されるかしており、飾ってあった花瓶に額縁、さとりのお気に入りだったティーセットなども、一つ残らず床や壁に叩きつけられ、粉々になって飛び散っている。
 それでも燐がほっと息を吐くことが出来たのは、部屋の主であるさとりが五体満足でいてくれたからである。
 ただ、彼女はベッドの縁に座って気落ちしたようにうなだれており、やはりこいしとの間で何かがあったのだ、ということを燐に悟らせた。

「さとり様」

 燐が遠慮がちに声をかけると、さとりは驚いたように顔を上げ、ぎこちなく微笑んだ。どうやら燐が近くにいることに気が付いていなかったらしい。心を読めるさとりにしては珍しいことだ。

「ああ、お燐。買い出しは終わったのかしら」

 燐が頷くと、さとりは「そう、お疲れ様」と言いながら、気の抜けた様子でフラフラと立ち上がった。今にも倒れそうなその様子に、燐は慌てて主を支える。

「さとり様、大丈夫ですか」
「大丈夫? 何が?」

 呆けたようにさとりが聞くので、燐はますます心配になった。
 どう聞いたものか、と迷っていると、その思考を読んだらしいさとりが「ああ」と嘆くようにため息を吐いた。

「そう。失敗してしまったの。やっぱり、早すぎたのかしら」
「何が……?」
「ええ。ごめんね、説明している暇はないの。早くこいしを追いかけないと……!」

 焦ったように呟いて飛び出そうとするさとりを、燐は慌てて引き止めた。

「待って下さい、さとり様」
「止めないで、お燐。早くあの子を探してあげないと……」
「それなら尚更落ち着いて下さい。こいし様の能力のことは、さとり様が一番知っていらっしゃるはずでしょ。なら、闇雲に探したって見つかりっこないってことも、分かるはずです」

 燐は丁寧に、言い聞かせるように言う。心を読めるさとりに対してこうも饒舌になるというのは、なかなか珍しいことだ。そうしなければならないぐらい、今のさとりには余裕というものが感じられない。
 燐の言葉を聞いたさとりはしばらくの間苦しげに目を閉じていたが、やがて小さく息を吐いて、再びベッドの縁に腰を下ろした。
 一応その程度の落ち着きは保っているらしい、とほっと一息吐いて、燐はさとりの隣に座る。もしかしたら失礼になるかもしれないとは思いつつ、聞かずにはいられなかった。

「あの、さとり様。一体、何が……?」
「……こいしと、話をしたの」

 さとりが辛そうに声を絞り出す。
 こいしは第三の目と心を閉ざして無意識で行動するようになって以降、いつもフラフラと当てもなく出歩いては、たまに思い出したように地霊殿に戻ってくる。かと思えばまたいつの間にか出かけていて、どこで何をしているものやらさっぱり分からない。
 そんな妹のことを、さとりはとても心配していた。

「……わたしよりもずっと繊細な子だったから」

 さとりは悼むような口調で言う。
 こいしが心を閉ざしたのは、その能力によって他者から嫌われること、また、自分を嫌う他者の悪意を読み取ってしまったときの心の痛みを、心底から恐れ、悲しんだからだ。
 同じ能力を持っているさとりには、その気持ちが我が事のように理解できる。
 しかしだからこそ、こいしのように自ら能力を捨てて心を閉ざしてしまうことはただの逃げなのではないか、という疑問も捨てきれずにいるのだ。
 だから最近は、こいしに何とかして心を開いてもらおうと、あれこれ努力するようになっていた。
 彼女にペットを与えて、少しでも他者と交流を持たせるようにしたこともその一つ。
 そうした地道な努力が実を結んだのか、最近こいしの行動には少しずつ改善の兆しが現れ始めていた。
 地霊殿に帰ってくる回数や滞在する時間が目に見えて増えていたし、以前よりもずっと、さとりと話をしたがるようになった。妹が外で見聞きしたことを面白おかしく話すのを聞くたび、さとりはとても幸せな気分になった。
 さらに先の異変がきっかけで出会った博麗の巫女や魔法使いらに興味を抱いてからは、第三の目がほんのわずかにだが開きかけてすらいたのだ。
 他人には全く分からなかったかもしれないが、同じさとり妖怪であり、こいしのことをずっと想い続けてきたさとりには、そのことがすぐに分かった。
 だから最近はずっと、こいしと話をする機会を窺っていたらしい。

「だけど、結果はご覧の有様。失敗してしまったわ」

 苦笑して首を振るさとりのそばで、燐は今一度部屋の惨状を見回す。
 誰かが激しく暴れたのが一目で分かる荒れようだ。

「こいし様は、怒ったんでしょうか?」
「怒ったというよりは……怖がった、という方が正しいと思うわ」

 さとりの言によると、彼女は妹に対してかなり単刀直入に話を切り出したらしい。
 もう一度、昔のように第三の目を開いてみないか、と。
 こいしが心を閉ざして以来ずっと腫れものを触るような扱いを続けてきて、そんな風に真正面から話を切り出したのは初めてのことだったそうだ。
 その結果、こいしは半狂乱になって暴れたらしい。なだめようと歩み寄った姉の手を振り払い、突き飛ばし、家具を倒し物を投げて、彼女が近づくのを拒絶した。
 そしてさとりが怯んだ隙に泣きながら部屋を飛び出し、入口を出たところで燐とすれ違った、というわけだ。

「……駄目なお姉ちゃんだったわ、わたし」

 額を押さえ、さとりは嘆息する。

「こいしに努力するように押しつけてばっかりで、自分の方では心が読めない相手との話し方について、考えることすらしなかったんだから。馬鹿ね、本当に……」
「そんなことありませんよ。こいし様だって、さとり様のお気持ちはきっと分かって下さってます」
「ありがとう、お燐」

 さとりの優しい微笑を見て、燐はもどかしい気持ちになる。
 自分が言ったことが単なる気休めに過ぎないことはよく分かっていたし、そうである以上、さとりにもそのことが伝わっていると知っているからだ。
 それでもさとりは、穏やかに首を振ったみせた。

「いいのよ、お燐。そんな風に自分を責めなくても」
「さとり様……」
「わたしにはね、あなたがわたしのことを心配してくれている気持ちがよく分かるの。たとえ、その言葉は気休めに過ぎないとしてもね……これは間違いなく、さとり妖怪だけが味わうことが出来る幸せだと思うから」

 だからあの子にもその幸せに目を向けてほしかった、と言って、さとりは小さく息を吐く。

「……さあ、こうしてはいられないわ。こいしを探しに行かないと」
「大丈夫なんですか、さとり様」

 立ち上がるさとりに、燐は心配して声をかける。
 古明地さとりは、あまり地霊殿の外に出たがらない。自らの持つ心を読む能力の存在が、他の地底住人の心を乱すのを恐れてのことである。心を読むさとり妖怪がそこらをうろつき回っている、と知れば、誰だってあまりいい想いはしないだろうから、と。

「確かに、それは心配だけれど……事が事だもの、仕方がないわ。出来るだけ目立たないように行動しましょう」

 さとりはそう言った後、ふと寂しげな微笑を見せた。

「……考えてみれば、こいしにもこんな不自由を強いようとしているのかもしれないわね、わたしは。あの子のためを思うのならば、無理に心を開かせようとしないで、今のままでいさせておく方がいいのかもしれない」
「さとり様……」

 燐は痛む胸を押さえながら唇を開き、何かを言おうとした。言わなければならないと思った。
 なのに何もできずにもどかしい気持ちでいると、さとりはただ黙って、そっと頭を撫でてくれた。
 その顔があまりにも穏やかだったので、燐はまた、たまらなく悔しくなったのだった。



 ともかく手の空いているペット全員に捜索に加わってもらおう、ということになったので、燐は屋敷中のペット連中にそのことを伝えに行った。
 その途中、のん気な顔で饅頭を貪り喰っている親友に出会う。

「……おくう……」
「うにゅ?」

 頬に食べかすをくっつけたまま、霊烏路空がきょとんと目を瞬く。
 そのあまりの緊張感のなさに、燐はため息を吐きたくなった。

「ったく、あんたって奴は……この大変なときにさぁ」
「え、なんかあったの?」

 果たしてこの鳥頭に理解できるだろうか、と少し不安になりつつも、燐は簡単に事情を説明した。
 聞いた空は驚きに目を丸くしながら立ち上がり、

「大変だぁっ!」
「……そうだね大変だね。あんたが饅頭頬張ったまま叫んだせいで、あたいの顔も相当大変なことになってるけどね」

 愚痴っぽく言いながら、燐は服の袖で顔についた食べかすを拭う。
 空と付き合っていると、こんなことなど日常茶飯事だ。いちいち怒鳴ったりしていては身が持たない。

「ともかくそういうわけで、こいし様を探すことになったから」
「探してどうすんの?」
「んー……とりあえず連れ帰って、もう一回さとり様とお話してもらうって感じかなぁ。時間が経って冷静になってるかもしれないし、なによりこういう風になっちゃった以上、もう見ない振りして放っておくわけにもいかないもんね」
「分かった。じゃあわたしも行く!」

 勇んで飛び立とうとした空を、「ちょいと待ちな!」と燐は止めた。
 不満顔で振り返る空に歩み寄って彼女の手を取ると、近くにあった部屋に飛び込む。

「なに、どうしたの」
「あんたの鳥頭じゃ心配だからね。忘れないように、書いておいてあげるのさ」

 燐は空の手の甲にマジックペンで「こいし様を探す」と書きかけて、ふと迷う。
 この文面では、探すことは出来てもその先は思い出せないのではないか、と。

(どう書いたらいいかね)

 少し迷っていると、空が焦れたように足踏みし始めた。

「お燐、まだー? わたし早く行きたい」
「あー……分かった分かった……うん、まあこう書いておけば、向こうにも伝わるよね。多分。おくう、消えそうになったら自分で重ね書きするんだよ?」
「分かったー」

 燐がマジックペンでその文を書きつけると、空は勇んで地霊殿を出て行った。
 かくして、地霊殿総出を挙げての古明地こいし捜索作戦が始まったのである。



 一方その頃、こいしは旧都の片隅にあった廃屋の庭に転がり込んでいた。別段そこを目指していたわけではなく、地霊殿から泣いて逃げ出し、泣き疲れた頃ふと下を見たらこの建物があったというだけの話だ。
 誰がいつ頃使っていたのか定かではないが、こじんまりとした小さな屋敷だった。
 その庭の隅っこ、石燈籠の足下に蹲って、こいしはしくしくと泣き続けた。
 閉じた第三の瞳と小さな胸の奥底が、ズキズキと痛む。
 悲しさと苦しさと怖さと惨めさと。そんなものがない交ぜになってしまって、もう一歩も動けないような気持ちだった。
 どのぐらい、そうしていただろう。
 不意に、

「よう。こんなところで会うとは奇遇だねえ」

 背後から呼びかけられた。力強く、不思議な包容力を感じさせる女性の声だ。
 驚いて振り向くと、石燈籠の反対側に背の高い女性がもたれかかって、大きな盃を傾けて酒を呷っていた。
 額から生えた赤い一本角が印象的なその女性のことを、こいしはよく知っている。

「……勇儀さん」
「ああ。変なところで会うねえ、こいし」

 言われて、こいしはつい周囲を見回す。人気のない寂しい庭だ。一体どんな場所なのだろう。

「ここはわたしの友達の家さ。そいつ、フラッと地上に行ったっきり帰ってきやしないからね。たまにわたしが様子を見に来てやってんだ。もっとも、泥棒が入ったって金目のものなんかちっとも置いてないけどね」

 勇儀は眉根を寄せる。
 そんな風に言いつつもこうしていちいち様子を見に来ている辺りが、実に面倒見のいい勇儀らしい。
 こいしも地霊殿から出てフラフラとさまよっているとき、彼女を始めとする気のいい鬼たちに何度も良くしてもらっている。
 だから勇儀の性格はよく知っていたし、彼女が鬼のリーダー格として皆に好かれる女性であることも分かっていた。
 腕っ節の強さはもちろんのこと、細かいことにはこだわらない大らかで豪快な性格も、彼女の人気の一つだ。
 その反面、相手が誰でも気さくに接し、気持ちを酌みとってさり気ない気遣いを示す優しさも持ち合わせている。
 とても強いお姐さんだな、と、会ったときから思っていた。
 彼女ほど強い女性ならば、たとえ相手の悪意が見えてしまったとしても、心を開くことを躊躇ったりはしないのだろうか。

「……いいなあ」

 不意に、そんな呟きが唇から漏れた。無意識、だろうか。自分でも驚いて、慌てて口に手を当てる。
 だが、もう遅い。しっかり聞いていたらしい勇儀が、不思議そうに目を瞬いて聞いてきた。

「いいなあ、って。わたしのことかい?」
「それは、ええと……」

 こいしは迷った末に、小さく頷いた。
 何だか、胸の内側がむず痒くなるような感覚がある。こんな気持ちになるのは、随分久しぶりのような気がした。
 そんなこいしのことを、勇儀は興味深げに見つめていたが、やがて一つ頷くと、隣にどっかり腰を下ろした。
 戸惑うこいしに勇儀はニッと笑いかけて、

「ちょうど、酒の肴が欲しいと思ってたところでね」
「え……」
「乱暴で下品で性質の悪い鬼に絡まれたんだ。逃れられないと思って洗いざらい吐いた方が身のためだよ、お嬢さん? もっとも、あんたの能力を使えば簡単に逃げられちまうだろうがね。どうする?」

 おどけたように言う勇儀の顔を見て、少しだけ肩の力が抜けた。
 こいしは膝を抱え込み、ぽつりぽつりと今日に至るまでの出来事を話し始めた。
 他人の心を知ることや、それで嫌われるのが怖くて心を閉ざしてしまったこと。
 そんな自分のことをさとりが心配しているのに気が付いていながら、ずっと見ない振りをしてきたこと。
 それでも最近は、自分の中でも他人の心を知りたいと思う気持ちが少しずつ育ちつつあったこと。

「……なのに今日、お姉ちゃんに昔みたいに心を開いてみないか、って言われた瞬間、頭が真っ白になっちゃって」

 そのときの瞬間のことを思い出して、こいしは消えてなくなりたいような気持ちになる。
 あのとき。さとりの言葉を理解した瞬間、様々な想いが体の中で渦を巻いて、訳の分からない気持ちになったのだ。
 姉がそんな風に話を切り出してくれたことが、嬉しくもあった。
 その誘いを受け入れて、またさとり妖怪としての生を生きたいという気持ちも、少しはあったと思う。
 だが、湧き上がってきた恐怖はそれ以上に強く、大きかった。
 心を閉ざす前、自分を嫌う者たちの心に触れてしまったときの、身を切られるよりも辛い痛み。何をどうしようとも「心を読む妖怪」というだけで何も聞いてもらえなくなると知ったときの絶望感。そんな状況に自分を引きずり戻そうとしている姉への恨みの念もあった。
 だがそれ以上にショックだったのは、自分がそうした気持ちを少しも克服出来ていないのだと思い知らされたことだった。
 心を閉ざしてから、もう数えきれないほどの年月を重ねてきたというのに。
 自分の心はあの頃と全く変わらず、弱いままだった。

「……最近、ペットたちと遊んだり、巫女や魔法使いに会ったりして、少しはマシになれたのかなって思ってたのに……なんか、それが凄く辛くて、悔しくて……」

 話している内に、また視界が滲んできた。閉ざされた第三の目に、ぽたりと涙が落ちる。
 鬼の勇儀は、こいしの話をそばで黙って聞いていた。盃に口をつけることもなく、ただ静かに。
 そうして聞き終えると、ぽつりと言った。

「……正直な感想を言うとね。意外だったよ。あんたもいろいろ考えてたんだね」

 どことなく、嬉しそうな声。

「今だから言うけどさ。わたし、いつかあんたのことブン殴ってやろうかと思ってたんだ」
「……え?」

 こいしが驚きながら涙に濡れた顔を上げると、勇儀は照れ臭そうに苦笑していた。

「あんた、いっつもフラフラヘラヘラしてて、能天気そうでさ。姉ちゃんにあんだけ心配かけておきながら少しも気にしてないのか、って。部外者のくせに勝手に怒ってたんだよ。我ながら図々しいけどさ」
「……勇儀さん、お姉ちゃんと仲良いの?」

 不思議に思って問いかける。今まで何度か話したことはあったが、そのとき勇儀の口から、さとりの話題が出たことはほとんどなかったはずだ。
 勇儀はちょっと気まずそうに「あー」と漏らしながら頭を掻いた。

「まあ、なんだな。ほら、わたしは一応鬼のリーダーみたいな立場だろ。さとりには地霊殿の管理とか任せっぱなしだしね。それでいろいろ話をする機会もあるんだよ」
「そうなんだ。じゃあわたしたち、姉妹揃って勇儀さんのお世話になってたのね」

 ほんの少しだけ、胸が温かくなった。
 いつも地霊殿にいてペットたちとばかり話している姉に、親しい友人がいるとは。自然と頬が緩んでくる。
 そんなこいしの顔を見て、勇儀はまた穏やかに笑う。

「やっぱりね」
「なに?」
「いや。こいし、あんた随分変わったよ。最初会ったときよりもずっと、感情豊かになったね。心が開きかけている証拠だろうさ」
「……そう、かな?」

 自分ではよく分からない。胸元の第三の目にそっと触れてみたが、開く気配は全くない。
 ただ、巫女らと出会った直後にも感じたことだが、固く閉ざされた瞼が少しだけ柔らかくなっているような気はした。
 勇儀の言うとおり、なのだろうか。

「……でもわたし、昔と少しも変わってないはずなのに」
「どうしてそう思うんだい?」
「だって、あのときとても怖かったから。心を開いたらまた同じことになるんだって思って、怖くなって、夢中になって逃げてきて」

 話しているとまた情けなくなって来て、言葉は尻すぼみになる。
 しかし勇儀は笑うこともなく、ただ穏やかな声で答えた。

「こいし。そういう風に思えるようになったってこと自体が、あんたが変わった証拠だって思わないかい?」

 こいしは目を見開いて顔を上げる。それを見た勇儀が、また愉快そうに肩を揺らした。

「ほら、その顔も。昔は見たことなかったもんな。あんた、何言ってもヘラヘラ笑ってばっかりでさ」
「……そう、だったんだ」
「そうだよ? 見るたび殴りたくなってたもんな、わたしなんて。それにほら、今日のこともさ。昔のあんたなら、さとりに何言われたって理解できない振りして意味の分かんないこと言い返して、またフラフラ出てくるだけだったんじゃないかな。なのに、昔のこと思い出して怖がったりしたっていうのは……その分、あんたが自分の心と向き合おうって頑張ってる証拠なんじゃないか?」

 勇儀の問いかけを聞きながら、こいしは再び第三の目に手を触れる。
 手の平に、かすかな鼓動と熱が伝わってくる。
 羽化を待つ雛が卵の殻を内側から破ろうとしているかのような、力強い気配を感じる。

「……勇儀さん」
「ん、なんだい?」
「勇儀さんって、かなり都合のいい解釈するよね」

 こいしが少し意地悪く微笑みかけると、勇儀は一瞬きょとんとしてから豪快に笑った。

「おう、そりゃそうだ。『前向きに明るく、嫌なことは酒飲んで忘れろ』がわたしのモットーだからね」
「勇儀さんらしいや」

 くすくすと笑うこいしを見て、勇儀は薄らと目を細める。

「別に、今すぐでなくてもいいさ」
「え?」

 目を瞬くこいしに、勇儀はゆっくりと語りかける。

「あんたはちゃんと、自分の心に向き合おうとしている。大事なのはその姿勢だよ。鬼もさとり妖怪も人間も神も関係ない。心を持つものっていうのは、生きている限り己と向き合って、戦っていくのが宿命なんだ。とても、怖いことだけど」

 そう言う勇儀の目は、どこか遠くを見ているようだった。
 こいしは少し躊躇いながら問いかける。

「怖い、って……勇儀さんでも?」
「もちろんだとも。と言っても鬼だから、戦いや喧嘩を怖がったことはあんまりないがね」
「じゃあ、何が怖いの?」
「鬼の無神経さと浅慮、かね。こんな立場になるまでは、分からなかった怖さだけど」

 勇儀は小さく苦笑する。
 その笑みを見ていると、少し不思議な気分になった。
 こんなに大らかで豪快な彼女にも、誰かを傷つけて後悔した記憶があるのだろうか。

「誰だって、怖いのは一緒だよ」

 勇儀の瞳が、真っすぐにこいしを見つめる。

「でもだからこそ、頑張って生きてる奴はみんな友達だと思ってる。あんたは嫌がるかもしれないが、あんたもわたしの友達だよ、こいし。今日、そうなった」

 勇儀はゆっくりと手を差し出してきた。旧都を守る鬼に相応しい、大きな手の平だった。
 その手を握り返そうとして、こいしはふと躊躇う。
 黙ったまま自分の手の平を見てみたら、ずいぶんと小さかった。

「……ねえ、勇儀さん」

 小さな手を握りしめ、こいしは真っすぐに勇儀を見上げた。
 こんな風に真正面からきちんと誰かを見つめたのは、とても久しぶりのことに思えた。

「わたし、強くなりたい。今度お姉ちゃんのところに帰るときは、ちゃんと心の目を開いたさとり妖怪として帰りたいの。傷つくのを恐れない……ううん、傷と向き合うことを恐れない、強いさとり妖怪として」
「……そうか」

 勇儀もまた、差し出した手を引っ込め、力強く握りしめる。

「鬼は元々強い種族だが、修行ってやつを全くやらないわけじゃない。いやむしろ、悪の一文字背中に負って、人の前に立ち塞がる宿命を持つ以上、少しでも強くなろうとする性質はもはや業とすら言えるだろう」

 勇儀の口元に、鬼らしい獰猛な笑みが浮かんだ。

「無論その中には、精神力を鍛える修行というのもある。自分の心の弱さを徹底的に暴かれ、直面させられて……そんな辛い修行だ。鬼の中にすら成し遂げられない者が多い修行だが……それでもやるか、古明地こいし」

 鬼の瞳に込められた力が、殺気となって弱い少女を真っすぐに射抜く。その迫力に圧倒され、こいしは恐怖のあまり目をそらしそうになった。

(……駄目だ!)

 こいしは両手で第三の瞳を握りしめ、全身に力を込めた。
 姉を想う、燐を想う、空を想う。自分のことを心配してくれている、たくさんのペットたちのことを想う。
 みんなのところへ、帰るのだ。
 逃げる少女ではなく、向き合う女として。
 こいしは真正面から勇儀の瞳をにらみ返し、叩きつけるように叫んだ。

「わたし、やります! やってみせます!」

 断言したその瞬間。
 こいしの胸元の第三の瞳が、ほんの少しだけだが確かに開いた。

「……覚悟は、本物のようだね」

 勇儀は呟き、放っていた殺気を収めて穏やかに微笑んだ。

「ようやく、ほんの少しだけさとりに恩返しができそうだ。よし、ついてこい」

 言って、踵を返して歩き出す。
 彼女を追って駆け出したこいしに、またも厳しい言葉が浴びせられる。

「やると決めた以上、途中で投げ出すことは許さん」
「はい!」
「諦めたらそこでわたしに殺されると思え。いいな!」
「はい、勇儀さん!」
「師匠と呼べ!」
「はい、師匠!」

 はっきりとした声で答えながら、こいしは勇儀を追って駆けていく。
 その足取りに、迷いは全くなかった。



 こいしが行方不明になってから、既に三カ月以上の月日が経過していた。
 妖怪にとっては実に短い期間だが、出て行ったきっかけがきっかけだけに、さとりの嘆き様は傍で見ていて胸が苦しくなるものだった。

「わたしがあんな風に急ぎすぎなければ……!」
「そんな。さとり様のせいじゃありませんよ」
「その上おくうまでいなくなってしまって……二人にもしものことがあったら、わたしは……!」

 さとりの嘆きは、さほど大袈裟なものではない。
 先の異変をきっかけとして、地上との交流は限定的に再開されてはいる。
 だが、地上の妖怪の中には、地底の妖怪が地上をうろつき回ることを苦々しく思っている輩も多いと聞く。
 いかにこいしと空が並の実力者でないと言っても、地上には彼女らを容易く叩きのめす者が存在してもおかしくないのだ。
 もしも、自暴自棄になったこいしがそんな輩にちょっかいを出していたら?
 それを救うために、空が無茶をしていたら?
 考えれば考える程、悪い想像は膨らむばかりだ。

「……ともかく、さとり様」

 卓に突っ伏して嘆き続けるさとりに、燐はそっと声をかける。

「今は、後悔していても仕方がありません。地道に捜索を続けましょう」
「でも、お燐。この三ヶ月間、探せる場所はほとんど探し尽くしてしまったんでしょう? これ以上どこを探すというの」
「それは……」

 燐は唇を噛む。状況は、さとりの言った通り。
 地底も地上も、思いつく限りの場所は全て探した。他のペットたちも頑張ってくれているが、これ以上はどこも探しようがない。
 そもそもこいしの能力の性質を考えれば、普通に探して見つかるかどうか自体が疑問だった。すぐそばを通り過ぎても気付かない可能性だってあるのだから。

(……探し方を見直すべき、なんだろうけど)

 だが、どうやって探したらいいのか。
 そもそも今まではこいしが勝手にフラフラと帰ってくるのを待つばかりで、こちらから探しに行こうとしたことなど一度もなかったのだ。
 そう考えれば、努力が足りなかったのはさとりだけではない。
 こういう事態を想定して何かしら考えておくべきだったか、と燐は後悔していた。

「……いえ、いいのよ燐。あなたが自分を責めることはないわ」
「さとり様……」

 心を読んだらしいさとりが、すっと身を起こした。
 その顔に、瞳に。
 何か、強い決意の色が宿っている。
 一体どうしたのだろう、と思っていると、さとりは燐を見つめて決意したように言った。

「お燐。地上の妖怪に協力を要請しましょう」
「えっ、地上の妖怪、って……」

 驚く燐に、さとりは淡々とした口調で言う。

「この間の異変で知り合った……八雲紫と言ったかしら。たとえば彼女ならば、何かいい案を考えてくれるかもしれないわ。地上には他にも何人か智者がいるようだし……」
「ま、待って下さい、さとり様!」

 燐は慌ててさとりを止めた。

「そんなの、上手くいきっこないですって。絶対足下見られて見返りを要求されますよ! 金品ならまだしも、理不尽な契約を結ばされる可能性だって」
「構わないわ」
「さとり様……」

 さとりは静かに立ち上がり、揺るがぬ口調で語る。

「こうしている間にも、こいしは苦しんでいるかもしれない。あの子の心が読めないわたしには、あの子があのときどんなことを考えていたのかすら分からないから。グズグズしていると、何もかも手遅れになる可能性だってある。それならたとえ誰の手を借りてでも、どんな理不尽な要求をされようと……わたしは、今すぐあの子に会いたい。会って、話がしたいの」

 何も言えずに黙り込む燐を見て、さとりは申し訳なさそうに微笑んだ。

「ごめんね、お燐。元々はわたしのやり方が下手だったためにこんなことになっているのに、あなたにも迷惑をかけて」
「何を仰いますか」

 燐もとうとう決意を固め、にっこり笑いながら顔を上げた。

「この火焔猫燐、さとり様とこいし様のためならたとえ火の中水の中ですよ。おくうだって、同じ気持ちのはずです」
「……そう。ありがとうね、お燐」

 二人は数瞬、労わるように微笑み合った。

「では、すぐに行動しましょう。お燐はとりあえず、連絡の手筈を整えて頂戴」
「アイアイサー! それじゃあ早速、博麗神社の巫女さんに会いに行きますよ」

 善は急げとばかりに二人が動き始めた、そのときである。



「その必要はないわ!」

 突然、力強い声が響いたかと思うと、部屋の扉が高らかな音を立てて開かれた。
 さとりと燐が驚いてそちらを見ると、入口のところに小柄な少女が立っていた。
 逆光で顔はよく見えなかったが、シルエットには若干見覚えがある、ような気がする。

「えっ、まさか……!」
「こ、こいし……!?」
「いかにも」

 さとりが唖然と呟く前で、腕組みして仁王立ちしたその少女はゆっくりと頷いた。
 しかし、にわかには信じられなかった。目の前にいるこの少女は、本当にこいしなのだろうか。
 銀色がかった癖毛は、まあいいとしよう。よく見慣れた、こいしの髪の色だ。だが、他の部分はどうだ? あちこち擦り切れてぼろぼろになっている胴着のような服も、その袖口から覗く傷だらけの引き締まった腕も、地獄の火に焼けたと思しき赤銅色の肌も、奥底に不滅の輝きを放つ炎を宿した瞳も。何もかもがこいしとはかけ離れているではないか。
 そして何よりも、あの極限まで見開かれて血走っている第三の目はどうだ。さとりの第三の目が「油断してると心読んじゃいますよ、うふふ」という開き具合なら、あの第三の目は「根こそぎ心暴いてやっから覚悟しろやゴルァッ!」とでも叫びそうな開き具合だ。
 本当に、あれが三か月前まで固く心を閉ざしていた、あのこいしなのか。
 一体、何がどうしてこんなことに。

「その疑問はよく分かるわ、お姉ちゃん」

 変わり果てたこいしが、労わるような声で言う。もちろん、さとりは一言も声を発していない。間違いなく、目の前の少女は自分の心を読んでいるのだ。ああ、一体何百年ぶりの感覚だろうか、これは。
 しかし、今のところ手放しで喜ぶ気には全くなれない。

「こ、こいし……あの……」

 何がどうしたのか、と戸惑うさとりに、こいしは安心させるような笑みを浮かべてみせる。

「今までずっと心配かけてごめんね、お姉ちゃん。わたしはもう大丈夫」
「いや、あんまり大丈夫には……」
「わたし、ずっと逃げてた。そのせいでお姉ちゃんに心配かけてるって知りながら……本当に、ごめんなさい」
「うん。確かに心配だったけどね? 今のあなたもそれはそれで……」
「だけど安心して! わたしもう二度と逃げない! この第三の目に誓ったの、これからは清く正しく強くて健全なさとり妖怪として生きていくって!」
「そ、そうなんですか……」

 ちなみにその第三の目、相変わらず極限まで見開かれてこちらをガン見している。
 正直言って、物凄く怖い。

「い、一体、あなたに何があったの……!?」
「修行を積んで生まれ変わったの、わたし」
「生まれ変わった!? 修行!?」

 訳が分からず混乱するさとりの前で、こいしは自信に満ちた笑みを浮かべて頷く。

「そう、修行。厳しい修行だったわ。絶え間なく続く幻覚責めにトラウマ想起一万連発、ドッペルさんにネチネチと言葉責めされたり、丸裸で心の海に潜ってクラーケンと戦ったりもしたわね……」

 どこか遠くを見つめながら呟いたあと、こいしは力強く宣言した。

「そんな厳しい修行をやり遂げた今のわたしは、もはや取るに足らない道端の小石なんかじゃない。何物にも砕かれず、何物にも傷つけられぬ、強く熱く、硬い意志を持つ女……」

 カッと目を見開き、

「そう、古明地硬石(こういし)だ!」

 ――何言い出したの、この子。

「こ、こいし……!」

 さとりは引きつった笑みを浮かべながら首を傾げて、

「な、何がなんだかよく分からないけど……お姉ちゃんと一緒にお医者様のところへ行きましょう、ね?」
「医者……? ああお姉ちゃん、この腕の傷のことを気にしているの? 大丈夫、これは戦士の勲章よ!」
「分からない、お姉ちゃんあなたが何を言っているのかさっぱり分からないわ!?」
「いやねお姉ちゃん、わたしもう第三の目開いてるんだから、心を読めばいいじゃない」
「いや、そうしたいのは山々なんだけど……」

 さとりはゴクリと唾を飲み込みながら、恐る恐るこいしの心を読もうとする。
 さっきから、何度もやってはいる。やってはいるのだが……

(あっつ……!?)

 熱すぎて、心に触れられない。
 こんな感覚は生まれて初めてだった。

「……どうしたの、お姉ちゃん?」
「いや、その……なんて言うか……」

 不思議そうに首を傾げるこいしを見て、さとりは大いに戸惑う。
 と言うかこのこいし、ちゃんとこちらの心を読んでくれているのだろうか。
 読んだ上で敢えて無視しているのかそれとも開いたばかりで上手く読めないのか、それとも開き過ぎて近視眼的になっているのか。
 
(……いや、この感じは……第三の目が熱くなりすぎて、全ての心の声が熱血風味に変換されている……!?)

 何にしてもロクでもない話だ。

(やっぱり誰かに診てもらわないと……!)

 決意したさとりが口を開きかけたとき、

「ムッ……!?」

 と、こいしが眉根を寄せて突然上空を睨んだ。
 無論、そこには天井しかない。ないはずなのだが。

「……地上の永遠亭にてまた天狗の盗撮事件が発生しつつあり……おのれ、性懲りもなくっ!」
「こ、こいし……!?」
「ごめんねお姉ちゃん、わたしすぐ出かけなくちゃ……ああ、安心して、ちょっと世のため人のために働いてくるだけだから」
「どうして!?」
「解説しよう!」

 突如間の抜けた声が響いて、誰かが部屋に入ってきた。
 誰かと思えばそれはブカブカの白衣に四角い黒縁眼鏡をかけた空で、手に持った紙を見ながら一生懸命に喋るのだった。

「生まれ変わった古明地こういしは、無意識を操る程度の能力と心を読む程度の能力を併せ持っている。この二つを合成することにより、集合無意識を介してありとあらゆる場所にいるありとあらゆる者の心を読むことが可能となったのだ! 行け、古明地こういし! 幻想郷の平和を守るために!」
「なにその超理論!?」
「キバヤシもびっくり……いや、その前に!」

 それまで置いてけぼりを喰らっていた燐が、慌てて出てきて叫んだ。

「ちょっとおくう、あんたなにやってんのさ!?」
「うにゅ。なにって?」

 ずり落ちた黒縁眼鏡をブカブカ白衣の袖で押し上げながら、空が小さく首を傾げる。
 燐は地団駄踏みながら言った。

「なに、じゃないだろ! あんたのお役目忘れたのかい!? 手の甲に書いてやったろ!」
「ん。もちろん覚えてるよ。ほら!」

 マジックペンで何度も重ね書きされたらしく、そこには確かに濃い文字でこう書いてある。

「『こいし様を助ける』!」
「なるほど、間違ってない!」
「感心してる場合じゃないでしょ、お燐!」

 絶叫するさとりにガクガクと揺さぶられ、燐は少し正気に戻ったらしい。
 慌ててこいしに向き直り、平伏せんばかりの勢いで懇願する。

「こいし様、学のないあたいには正直何がなんだかさっぱり分かりませんが、とにかくええと……こっち側に戻ってきてください! なんて言うかその……こいし様がそういうことする必要なんて全くないと」
「お燐……」

 ふと、こいしが赤銅色に焼けた顔に、優しい微笑を浮かべた。

「安心して。あなたたちが暮らす地霊殿は、わたしがこの手で守ってみせるから」

 きゅん。

「やだ、なにこのこいし様、かっこいい……」
「ふふ……それともあなたもわたし一緒に、世のため人のために働いてみる?」
「はい、こいし様……」
「お、お燐? ちょ、お燐ちゃーん? どこ行っちゃったのかな―? もしもーし?」

 さとりが半笑いで声をかけるも、燐は全く聞いていない。赤らんだ顔に潤んだ瞳でこいしを見つめ、心も彼女の笑顔一色に染まっている。

(何が、どうなって……)

 さとりは足下から世界が崩れていくのを感じた。
 しかし、まだ倒れるわけにはいかない。
 三か月前とは別の意味で、今のこいしをこのまま行かせてはいけないと、脳が警告している気がするのだ。

「こ、こいし! ともかくまずはお医者様のところへ……!」
「ようし、そうと決まれば行くわよ、おくう、お燐! 幻想郷の平和は、わたしたちの手にかかっている!」
「うにゅーっ!」
「アイアイサーッ!」
「ちょっ、まっ……待って、三人とも、わたしを置いてかないでーっ!!」

 叫ぶさとりの声も空しく。
 二匹のペットを従えたこいし……否、こういしは、地霊殿の外目がけて颯爽と駆けていく。
 
「ど……」

 残されたさとりは一人膝から崩れ落ち、

「どうしてこうなったのおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~!?」

 その絶叫に答えるものは、残念ながら地霊殿の中には誰一人としていなかった。



「くちんっ」

 意外に可愛らしいくしゃみを漏らしたあと、勇儀は小さく鼻を啜って照れ笑いを浮かべた。

「誰かが噂してるな。さとりかな? ははっ、こいしがあんなに元気になって、さとりもきっと大喜びだろうな! ようやく少しは恩が返せたってもんだ」

 満足げに頷き、勇儀は盃の酒を呷る。
 そんな彼女の頭上遥か、ペットを引きつれた古明地こういしが一直線に飛んで行った。



 かくして、混沌蔓延る幻想郷に、熱血系ニューヒーローが誕生した。
 古明地こういしはこの後、閉鎖的な妖怪の山を開放したり是非曲直庁の不正を暴いて昇天の仕組みを復活させたり天子に友達を作ってやったり輝夜と妹紅を仲直りさせたり阿求の寿命を伸ばしたり紫のセーラー服着用を未然に防いだりフランを地下から解放したりプリズムリバー三姉妹の伝説的ライブを支援したりうっかり聖輦船を失くした寅丸を助けたり西行妖を咲かせつつも幽々子の消滅は防いだりと、様々な伝説を幻想郷に残していくことになるが……

 暑苦しいので、省略する。

 <了>

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