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【オリジナル】タカシ君の好きなモノ

いつかどこかに投稿した、ビョーキっぽいSSです。



『タカシ君の好きなモノ』



 すんすん鼻を啜り上げる音が、すぐ隣から聞こえてくる。

「タカシくん、タカシくん」

 恋人の名前を呼びながら泣いているのは、親友の愛美だった。長く艶やかな黒髪に包まれた穏やかな美貌が、今は涙と鼻水で台無しになっている。

「いい加減泣きやめよなー」

 あんまり陳腐な言葉だとは思ったが、今まで散々慰めの言葉をかけてもなお泣き止まないので、もはやこうでも言うしかない。
 そんな適当な言葉に効果などあるはずもなく、案の定、愛美は「でも、でも」とぐずって、またわっと泣き出してしまった。

(いつかはこうなると思ってたけど)

 愛美の泣き声を成す術もなく聞きながら、わたしはぬるくなった缶コーヒーをちびちび啜る。コーヒーは苦いからあまり好きじゃないが、こうでもしないと間が持たない。
 件のタカシくんと愛美が付き合い始めたのは、およそ一ヶ月ほど前のことである。
 タカシくんは、わたしの学年でも有名な遊び人だった。程よく染めた茶髪とそこそこ整った顔立ち、ノリがよくて話題が豊富で、笑うと口元から覗く白い歯がチャームポイント……という、まあ典型的なモテ男というやつである。
 そんなモテ男が、何を思ったのか唐突に愛美に告白したらしい。多分あのモテ顔で歯の浮くような台詞を言ったんだろう。理由なんて「たまにはうぶな子を食ってみてえなあ」程度のもんに違いない。で、男に全く耐性のなかった夢見るお嬢さんは、あっさりと彼の求愛を受け入れてしまったわけで。

「あのねきゅーちゃん、タカシくんがね、タカシくんがね」

 そんな風に、愛美が無闇に嬉しそうな顔でタカシくんとの甘い一時をわたしに報告してきていたのは、大体一週間ぐらい前までだっただろうか。
 その辺りから急に雲行きが怪しくなった。なんとなく表情が暗いなあと思っていたら、三日ぐらい前に沈んだ声で、

「あのねきゅーちゃん、タカシくん、浮気してるかもしれない……」

 と打ち明けてきたのである。どうやらそれは真実だったらしく、わたしは今朝家を出たところで目を真っ赤にした愛美に捕まった。
 そして今、人気のない朝方の公園のベンチに座って、愛美の泣き言を聞かされているわけだ。

「だからあいつはやめとけって言ったじゃん。タカシくんは遊び人だって有名だったんだからさー」
「違うもん、タカシくん真面目だしとっても優しいもん、遊び人じゃないもん」

 泣きじゃくりながらもタカシくんを庇う辺り、これは相当重傷だなあと頭が痛くなる。
 元々思い込みの激しい愛美のこと、タカシくんの表面的な態度に騙されて、「真面目で優しいタカシくん」像を勝手に作り上げてしまったんだろう。実際、愛美の口からタカシ君の悪口を聞いたことはない。今でもそうだ。

「きっと、わたしの愛情が足りなかったんだ」
「そりゃどうかなあ」

 口ではそう言いつつも、内心では「そりゃ逆だよ」と呟いていた。
 愛情は足りないどころではなく、むしろ足りすぎていた。はっきり言って過剰だった。愛美がのろけながら言っていた。

「あのねー、わたしねー、タカシくん一人暮らしで大変だと思ってねー、毎朝起こしに行ってご飯作ってあげて、お弁当作ってお昼一緒に食べて、帰りも一緒に……」

 要するに、一日中休むことなく甲斐甲斐しくタカシくんのお世話をしてあげたわけである。いかに愛美が大和撫子的な奥ゆかしい魅力を持った美少女だと言っても、これでは鬱陶しくなってもしかたがない。それに、ちょっとでも迷惑そうな素振りを見せれば、

「ごめんね、わたし、タカシくんのこと何も考えないで……」

 とか何とか言って、涙ぐんでいたに違いない。長い付き合いだからこそ分かる。愛美はそういう女だ。

(あんたの愛情は重いんだよなー。多分、タカシくんが他の女に走ったのもそれが原因だろ)

 わたしはそう睨んでいる。無論、遊び人タカシくんのことだからいつかはこうなっただろうが、ここまで早かったのは愛美の愛情の重さにうんざりしたからだろう、と。

(だからって、本人に直接そう言うのもなー。親友は辛いよホント)

 そもそも恋人にタカシくんなんてのを選ぶのが間違いなのだ。ドラマや恋愛小説を見てみるがいい。「恋人のタカシくん」なんて大抵ロクな男じゃないだろうが。つまり、恋人にタカシくんを選んではいけないのは日本人全体の共通認識なのである――。
 などとわたしが一人現実逃避していると、不意に愛美がぽつりと言った。

「やっぱりタカシくん、ああいう子の方が好きなのかな」
「あん? どういうこった、『ああいう子』って」

 涙の痕を残す愛美の横顔が、思いつめたように硬くなっていた。

「あのね、昨日、タカシくんが本当に浮気してるかどうか確かめようと思って、後をついていったの……あ、それで本当に浮気してるってことが分かったんだけど」
「はぁ。直接確かめるとは、やるねえあんたも。ってか、やっぱあんたもタカシくんは遊び人なんじゃないかって疑ってたわけね」
「違うよ!」

 愛美は勢いよく首を振った。

「タカシくんは真面目で優しいもん。浮気なんかしちゃったのは、きっとわたしが、わたしが……」
 また愛美の目に涙が滲んでくる。せっかく治まったのにまた爆発しては大変だ、と思って、わたしは慌てて話題を戻す。

「で、その『ああいう子』ってのはどんなだったんだよ?」
「えっとね」

 愛美は泣くのをやめて、少し考え込んだ。

「髪の毛が茶色くてね、お化粧が上手でね、すっごく短いジーパン履いてて、耳に大きなわっかつけてて、元気で明るくて」

 わたしの頭に、茶髪、ギャルメイク、ショーパン、キャミソール、フープピアス、ロングブーツ……という、いかにも遊んでそうな感じの女がギャーギャー喚きながらクチャクチャガムを噛んでいる姿が浮かぶ。

(うっわー、見事に正反対の女選んだな、タカシくん)

 よほど愛美のことがうざかったんだろうなあ、としみじみ考えてしまう。愛美もある種似たような結論に達したようで、また涙ぐんでいた。

「やっぱり、わたしなんかじゃダメだったんだ。ああいう明るい子の方が好きだったんだ、タカシくん」

 で、また「タカシくん、タカシくん」とすんすん泣き出してしまう。その様子があんまり悲しそうだったので、さすがにちょっと可哀想になってしまった。

(……わたしがもっと強く止めてれば、っていうのも、ないワケじゃないしなあ)

 わたしはボリボリと頭を掻いた。ちょうど缶コーヒーを飲み終わってタイミングも良かったので、ため息を吐きながら立ち上がる。

「よし、じゃ、アドバイスしてあげるよ」

 振り向きながら言うと、愛美が「え?」ときょとんとした顔でこちらを見上げてくる。

「え? じゃないよ。アドバイスだよアドバイス。タカシくんの心を愛美に戻すためのアドバイス」
「でも」

 愛美は暗い顔で俯いた。

「タカシくん、わたしのことなんて……」
「それがよくないっての。いい? そもそも告白してきたのはタカシくんだったんだから、何かしら好かれる要素があったのは確かなのよ。そうでしょ?」
「う、うん、そうかも……」
「だったら、あんた自身の魅力で勝負しなくちゃ。ね、タカシくん、何をしたとき一番喜んでくれた?」
「えっと」

 愛美はもじもじと指をすり合わせた。何かを思い出したのか、少し頬を染めながら躊躇いがちに言う。

「お料理作ってあげたとき、かな」
「お料理。そっかー、あんた、メシ作るのうまいもんなー」
「それほどでもないけど」

 愛美は謙遜したが、これは実際大きなアドバンテージだろう。偏見ではあるが、チャラチャラ遊んでる女に、愛美ほど旨い料理が作れるとは思えない。

(とは言え、タカシくんは愛美にうんざりしてるわけだからなー。今更普通に料理作ったって、新鮮味が薄いだろうし……)

 わたしは少し頭の中で戦略を練った。

「よっし、愛美、あんた、タカシくんとしばらく距離を置きな」
「え? どういうこと?」
「いいからわたしの言う通りにする。しばらく会わずにおいて、愛美のことを忘れかけた頃に、メチャクチャうまい料理をご馳走してやんのさ。そうすりゃ『ああ、この子はこんな素晴らしい子だったんだなあ。忘れていたよ!』みたいに感動するはずさ!」

 多少大袈裟に言ったが、こうでもしないと今の愛美は動かないだろう。案の定、

「そ、そうかなあ……」

 と戸惑うように呟きつつも、その顔には希望と期待が戻りつつあるように見える。

(よっし、ひとまずは安心だな)

 わたしは心の中でガッツポーズを作りながら、具体的な作戦を愛美に告げる。

「じゃ、勝負は一ヵ月後だ。それまでは、タカシくんとはなるべく話をしないこと。あっちだって浮気してるぐらいなんだ、愛美が静かなのはむしろ好都合だと思うだろ。で、その間にあんたはタカシくんにご馳走するものを考えて、準備しておく、と」
「うん。でも、何を作ってあげたらいいのかなあ」
「そんなん、タカシくんの好きなものでいいじゃん」
「それはそうだけど、そういうのは大体作ってあげちゃったし……新鮮味がないんじゃないかな?」
「あー、そっか。確かにそうだな……じゃ、材料を豪華にするとかさ」
「材料……タカシくんの好きなもの、豪華な材料……好きな、もの……」

 愛美は口元に手をやってブツブツ呟いていたが、やがてぱっと顔を輝かせた。

「そうだ、これならきっと喜んでもらえる!」
「おお、何作ることにしたん?」
「えへ、秘密。あのね、タカシくんが好きな豪華な材料っていうの、思いついたの。絶対絶対、ぜーったい、大丈夫だよ」

 普段控え目な愛美に似合わず、えらく自信満々な様子である。わたしは意外に思いつつも、同時に頼もしさも感じた。

「よっし、それならきっとうまくいくね。ところで、その材料ってのは、普通に手に入るもんなの?豪華だって言ってたけど」
「うーん……どうかな。多分、一ヶ月もあれば十分、だと思うけど」
「なんだか、不安そうだね」
「わたしも、今まで扱ったことない材料だから……でも大丈夫、タカシくんのためだもの! 絶対成功させてみせる!」

 ぐっと拳を握りしめながら、愛美が立ち上がる。その背に炎が見えるような気がした。

(これなら大丈夫だろう)

 自分の案のおかげでこうなったのだから、わたしは実にいい気分だった。



 その日以降、愛美はあまり授業に出なくなった。
 「あんな真面目な子に何が」と周囲が騒ぐ中、わたしは一人落ち着いていた。
 愛美が一生懸命「豪華な材料」を用意しようとしている姿が、目に浮かんだからである。

 そして一ヵ月後。

「上手くいったよ、きゅーちゃん!」

 わたしの部屋の真ん中でVサインを決めてみせる愛美に、苦笑いしか返せなかった。
 興奮して我が家に飛び込んできた愛美を、どうどうとなだめながら、自室につれてきたところである。

「テンションたけーな、あんた」

 呆れて言うと、愛美は両手を組んでうっとりと目を閉じた。

「だってね、タカシくん、震えるぐらい喜んでくれたんだよ!」
「震えるって……そんなに?」
「うん。震えながら、おいしいおいしいって涙流して笑ってた」
「どこの料理漫画だよそりゃ」

 さすがに呆れてしまう。だが、愛美のはちきれんばかりの喜びオーラを見る限り、少なくとも嘘ではないようだ。

(あの遊び人タカシくんが、震えながら涙流して、ねえ)

 ちょっと想像できない光景だが、そうなってしまうぐらい愛美の料理が旨かったということなのだろう。
 そう思うと、俄然興味が沸いてきた。

「ねえ愛美。あんた、一体なに作ってあげたの?」
「ん? いろいろだよ。タカシくんの好きなものは、大体作ってあげたかなあ」
「それだけ? ああ、そういや、なんか豪華な材料を使ったんだっけ?」
「うん。タカシくんの好きな、豪華な材料」

 愛美がにっこり笑う。

「ありがとねきゅーちゃん、きゅーちゃんのアドバイスのおかげで、その材料使おうって思いついたんだ」
「そりゃどうも。で、実際なんだったんだよ、その豪華な材料っていうのは」
「それはひみつー」

 愛美が人差し指を唇に当てて片目を閉じる。

「あー、ずるいぞあんた。わたしのおかげで上手くいったのにさー」
「えへへ、ごめんね。でもね、それはわたしとタカシくんだけの秘密なの」
「へん、そうかいそうかい。せいぜい二人の世界に浸ってろよバカ」

 そっぽ向いてしっし、と手を振ってやると、愛美は困ったように笑った。

「拗ねないでよー。じゃあね、ヒントあげるね」
「おう、くれくれ」
「えっとねー、その材料はねー」

 愛美は指を折って何かを数え始めた。

「切ってもいいし焼いてもいいし炒めてもいいし煮てもいいし……あ、あとね、ミキサーにかけてジュースにしてもいいんだよ。でも、凄く臭いから、それをどうするかが調理のポイントかなあ。ちなみに、わたしは今挙げた調理法を、今回全部使いました!」
「なんだそりゃ」

 ミキサーにかけてジュースにしてもいいって辺りは野菜や果物を連想させるが、凄く臭いっていうのはどういうことだろう。

(大体、あのチャラチャラしたタカシくんがそんなもん好きだとは思えないんだけど)

 悩むわたしの前で、愛美は少し眉をくもらせた。

「でもね、ちょっと心配なんだけど」
「なにが?」
「タカシくんね、途中で吐いちゃったの」
「吐いたって、……え、なに、ゲロッたのあいつ?」
「うん」
「うわー、きったねー! っつーか恋人の料理吐くとか最悪じゃん」

「仕方ないよ、具合悪かったのかもしれないし」
 愛美は穏やかに笑った。

「それにね、吐いちゃったタカシくんに駆け寄って、『大丈夫?』って声かけたら、必死に『ごめん、許してくれ』って謝ってくれたんだよ」
 許してくれ、というのは、つまり『折角作ってくれたものゲロっちゃってごめん』ということだろう。

「はー、あのタカシくんがねー。ずいぶん愛美に惚れ直したもんだ」

 わたしは感心すると同時に安心した。これなら愛美とタカシくんは上手くいくだろう。自然と楽しい気分になって、冗談の一つも飛ばしたくなった。

「そのゲロッたってのも、案外『好きなものだからいっぱい食べ過ぎちゃった!』なんて、幸せな理由なんじゃねーの?」
「そうかも」

 愛美は嬉しそうに笑った。

「だってね、タカシくんが、とっても、とっても、とーっても、好きなものを使って作ってあげたから」
「へー、そんなにねー……まだ余ってんの、それ?」
「うん。あ、そうだ、きゅーちゃん」
「なんだ?」
「あのね」

 愛美は首を傾げた。

「目玉って、どう調理したらいいと思う?」

 一瞬何を言われているのか分からず、わたしは間抜けにもポカンとしてしまった。

「なにを、調理するって?」
「だから、目玉。ああ、あと、脳味噌も残ってたかな。どうしたらおいしくなるかなあ」

 何の話をしているんだか、分からなくなった。

(目玉? 脳味噌? 調理? えーと、どういうことだ……?)

 必死に考えるが、よく分からない。

(マグロの目玉はDHCが豊富で健康にいい、とか聞いたことはあるけど)

 それにしたって、あまり想像したくはない料理である。

「なんか、グロそうな材料だなそれ」

 正直な感想を言うと、愛美は「そうかなー?」と首を傾げた。

「でも、タカシくんはそういうのが好きなんだよ」
「遊び人の上にゲテモノ好きかよタカシくん」
「タカシくん遊び人じゃないもん」

 途端に唇を尖らせる愛美に、「はいはい」と適当に返事をしてやる。愛美はすぐに機嫌を直した。

「それでねきゅーちゃん、タカシくんがねー」

 愛美は床にぺたんと座り、楽しげにタカシくんのことを話し始める。わたしも背もたれを前にして椅子に座り、呆れ半分にのろけ話を聞く。

「タカシくんね、『俺が悪かった、許してくれ、もうお前以外の女は見ないから』って言ってくれたんだよ」
「へえ。調子いいこと言うねえ。そんなこと言って、また浮気すんじゃないの?」
「そんなことないよー。だってタカシくん、もう外に出ないって言ってたもん」
「外に出ない? どうして」
「外に出ると他の女の人見ちゃって、迷惑かけるからだって」
「うひゃー、驚いた。あのタカシくんがね。こりゃあんたにぞっこんほれ込んじまったんだね」
「えへへ、そうかなあ?」

 まあさすがに外に出ないというのは冗談だろうが、幸せそうに笑う愛美を見ていると、茶化す気にはなれなかった。

(何にせよ、これにて一件落着ですかねえ)

 深く息を吐きつつ、わたしはふと、窓に目を向ける。
 狭い家の外は、春らしい暖かな日差しで柔らかく輝いている。

(外に出ない、なんて、勿体無いと思うけどねえ、タカシくん?)

 肩をすくめるわたしを見て、愛美が文句を言った。

「ねー、きゅーちゃん、聞いてるー?」
「はいはい聞いてますよ」
「そう? あ、でねでね、きゅーちゃん、タカシくんがねー」

 際限なく続く愛美の惚気話を聞きながら、わたしはようやく訪れた平和を一人噛み締める。
 どこか遠くのほうで、サイレンがかすかに鳴り響いていた。

 <了>
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コメント

No title

最後のサイレンは食中毒になったタカシくんを運ぶ救急車なのだろうけど、食材が分からない・・・。
それと何度も読み返しているときゅーちゃんが九官鳥、タカシくんがトイプードルに思えてくるから不思議。

んんっー!!答えが気になる。

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