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【ゼロ魔SS】不幸せな友人たち(3)―罪人―

昔某所に投稿した、ゼロの使い魔SSです。
原作1桁巻ぐらいの頃に書いたSSなので設定が古いです。
『不幸せな友人たち』は幸せな男爵様の続きとなっておりますので、まずはそちらからお読み下さい。
 


『不幸せな友人たち(3)―罪人―』



 トリステイン王国内、デルフリンガー男爵領。
 王都トリスタニアから遠く離れたこの地は、ギーシュの提案を受けたアンリエッタから、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガに対して下賜された領地である。
 もちろんそれはルイズを騙すための嘘であり、実際は彼女自身が女男爵であった。
 領地自体は非常に狭い。山一つと、その中腹にある小さな村、領主の居城である小城が一つあるぐらいだ。これといった特産物もなく、領民たちは山で狩りをしたり痩せた土地でわずかな作物を育てたりして、細々とした昔ながらの生活を営んでいる。主要な街道からも遠く離れており、他国に抜けるための便利なルートだということもない。そもそもかなり奥深い場所にあるため、隣の村に行くのにも人の足でニ、三日かかるほどだ。当然、外界との交流もほとんどない。閉ざされた寒村である。
 つまり所有する側としては何の旨みもないわけで、元の持ち主である伯爵からはほぼ完全に打ち捨てられていた。だから彼は、アンリエッタから贈られたわずかばかりの金品だけで、喜んで土地の所有権を手放したのである。
 小城のテラスから、少し離れたところにある小さな村を見下ろし、ティファニアはぎゅっと唇を噛んだ。

(なんて寂しいところなんだろう)

 小さな村は、山のある程度平らな部分を無理に切り開いて作られたらしかった。狭い平地に粗末な掘っ立て小屋のような家屋が詰め込まれるようにして立ち並び、その集落からさほど離れていないところに、これまた狭い畑がぽつぽつと点在している。あんな畑ではろくな作物が採れないだろうし、山の中だって、そう多くの食物があるわけではないだろう。考えれば考えるほど、よくこんな場所で人間が生活できるな、と呆れるやら感心するやら。それほどに、貧しい土地であった。ティファニアが元々暮らしていたウェストウッドの村にしても、これほど寒々とはしていなかったはずだ。
 今日ここに来る途中、一行は馬に乗って、村の中を抜ける狭い一本道を通り過ぎた。
 村の者たちは、皆一様にボロ着としか言いようのない服を着ていた。その目には突然外界からやって来た支配者に対する恐れしかなく、後で城を訪れた村長だという老人も、びくびくと落ち着きない様子で体を震わせて、舌をもつれさせながら挨拶したものだ。
 あの人たちは、一体何を楽しみとして日々を生きているのだろう、と半ば本気で考えてしまうほど、弱弱しく、暗い雰囲気を纏った人々だった。

(そんな場所に縛り付けられたまま、ルイズさんはこれからの一生を過ごさなければならないんだわ)

 テラスの手すりを握る手に、ぎゅっと力がこもった。

「あらテファ、こんなところにいたの」

 背後から声をかけられて、どきりとする。振り返ると、部屋の中からルイズが歩み出てくるところだった。ゆったりとしたドレスを身に纏っており、いかにも貴族夫人といった風情だ。

「ひどい場所よね、ホント」

 ティファニアの隣から寒村を見下ろし、ルイズは苦笑した。

「でも、仕方ないか。しばらくはお父様たちから隠れていなくちゃならないんだものね。そういう意味ではうってつけの場所よね、ここって」
「そうですね」

 笑いを作って答えながら、ルイズが信じている嘘のことを思い返す。
 先に西方に帰還した才人は、女王へ報告に行ったあと、反対されることを覚悟の上で、ヴァリエール公爵領へ結婚の報告に行った。この結婚はルイズの両親とは何の相談もなく行われたことだったため、当然彼女の父の激怒を買った。それで才人は命からがら逃げ出して、再び女王と相談し、彼ら夫妻はヴァリエール家とは何の関係もない辺境の貴族として生活していくことになった、と。
 ティファニアが知っているのはこの程度だった。隣のルイズがこの状況をおかしく思っていないのだから、もっと細かく、いかにも本当っぽい理由付けをして、この嘘を教え込んだのだろう。

「デルフリンガー男爵領、か」

 ルイズがじっと目を細めた。

「実際ひどい場所だけど、わたしとサイトの領地なんだもの。豊かとまではいかなくても、貧しくない土地にはしたいものね。学院で学んだことが役に立てばいいけど」

 気難しげに言ったあと、ルイズはふっと体の力を抜き、腕を手すりに置いて体をもたれさせた。

「サイト、早く帰ってこないかしら。なんだかすごくさみしい」

 ――才人は現在、この土地のことでアンリエッタと細々とした相談をするために、王都に留まったままである。
 そういうことになっていた。

「いけないいけない」

 ルイズは慌てたように体を起こすと、ティファニアの方を向いて少し無理した感じの笑顔を見せた。

「こんなんじゃダメよね、これから男爵夫人として立派にやっていかなくちゃならないんだもの。夫の留守ぐらいで弱気になってちゃ、何も出来ないわ。サイトが帰ってきたとき面倒な仕事が残ってないように、張り切って頑張らなくちゃ」

 心臓が痛くなってきた。ルイズの笑顔から目をそらし、ティファニアは城の中を掃除しているシエスタの手伝いをすると言って、その場を後にした。
 そうやって居館の準備等が整うと、友人達は皆、名残惜しげにこの地を去っていった。残ったのは、ルイズとシエスタ、そしてティファニアだけであった。



 三日後の夜、ティファニアはルイズの寝室となった部屋に立っていた。
 傍らのベッドでは、ルイズが規則的な寝息を立てている。小さな窓から差し込む月明かりが、あの日と同じようにルイズの顔を青白く浮かび上がらせている。

「それではお願いしますね、ティファニアさん」

 背後から促すシエスタの声に従って、ティファニアは詠唱を開始した。この地に到着してから三日間の記憶を消す魔法である。詠唱は滞りなく終わった。

「お疲れ様でした」
「いえ。ルイズさんには、どのような嘘を?」
「サイトさんは戻ってきて早々に領地運営のわずらわしさを嫌って冒険の旅に出かけた、と。ミス・ヴァリエールが散々サイトさんに領地運営の大変さを説いた結果だ、と言っておけば、この人も納得して反省までしてくれるでしょう。いかにも、この人が後先考えずにやりそうなことですからね」

 シエスタは淡々と言った。
 一瞬、そこまで上手くいくだろうか、という疑いが頭の中に浮かんだが、すぐに解消される。

(結婚式があったことを忘れていた、なんて、無茶苦茶な嘘を信用するぐらいだもの。その程度のことを疑問に思うはずがないわ)

 ティファニアはそっと息をつき、頭を下げた。

「今日は、これで失礼します。なんだか凄く疲れてしまって」
「そうでしょうね。ミス・ヴァリエールには『ティファニアさんはアルビオンに帰りました』とか、適当に説明しておきますから」
「シエスタさん、まだルイズさんのことを『ミス・ヴァリエール』と呼ぶんですね」

 少し疑問に思って言うと、シエスタは一瞬かすかに眉根を寄せた。

「当然でしょう。だって、この人はまだミス・ヴァリエールですもの」
「それは、そうですけど」
「安心してください、本人の前では……そうですね、『奥様』とでも呼ぶことにしますから」

 かすかに皮肉っぽさが感じられる口調だった。
 ティファニアは扉を開けて部屋を出る直前、そっと肩越しに後ろを見やった。
 シエスタはベッドの傍らでルイズを見下ろしていた。表情は見えなかった。



 ランプの灯りだけを頼りに、ティファニアは家への道を急いでいた。道、と言っても、生い茂る草木でほとんど隠された獣道である。ギーシュが土魔法により急ごしらえでこさえたものだ。よほど目のいい者でも、事前に知っていなければ到底発見できないだろう。万一ルイズに見つけられては困るから、その方がいいのだろうが。
 そんな森の中のの道を踏みしめ、長い時間をかけて小屋までたどり着く。闇の中に小さな小屋の姿が見え始めた頃には、服が草塗れになっていた。

(でもきっと慣れるわね。これから、ルイズさんの記憶を消すために何度も往復することになるだろうから)

 そんな風に考えながら、小屋の扉を開ける。一部屋しかない、非常に小さな小屋だ。ベッドとテーブルと椅子と、竃兼用の簡素な暖炉。後は細々とした生活用品がいくらかあるだけで、後は何もない。
 ここが、これから長い間、ティファニアが暮らす家なのである。
 アルビオンの家に戻るつもりはなかった。子供たちには、ティファニアは死んだと伝えてもらう手筈になっている。彼らは悲しむだろうが、秘密を守ることを考えれば、これが最良の手段だった。
 ベッドに腰掛けて小屋の中の狭い空間を眺めていると、まるで牢獄にでも入れられたような気分になった。

(あまり、変わりはないのかもしれないけど)

 自然とため息が出た。疲労が鉛のように体を重くしている。肉体的な疲労も大きいが、精神的なものはそれ以上だ。
 それでもこのまま眠る気分にはなれず、ティファニアは再びランプを手に持って家を出た。裏手に回り、森の奥へと進んでいく。しばらくすると、わずかに開けた場所に出た。
 ティファニアは我知らず息を飲んでいた。小さな広場の中央、小さく盛られた土に、一本の剣が突き刺さっている。剣身が月光を照り返して青く光っていた。

「デルフさん」

 返事がないと知りつつ呼びかける。やはり何も返ってこない。デルフリンガーのそばにしゃがんで、じっとその剣身を見つめる。
 才人が死ぬのと同時に、デルフリンガーもまた力と人格を失っていた。どういった作用によるものかは分からない。才人が死の直前に受け止めたエルフの魔法の中にそういった効果をもたらすものがあったのか、それともデルフリンガー自身が自らの意志で心を閉ざしてしまったのか。
 いずれにしても、彼女がよき相談相手を失ったことだけは確かだった。
 ふと、デルフリンガーの剣身に何かが刻まれているのを見つけて、ティファニアはそこにランプを近づけた。
 サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ、と刻んである。驚きのあまりランプを取り落としそうになった。

(誰が――?)

 そう思いかけて、首を振る。誰が書こうが同じことだった。

(ここは、サイトの墓標だものね。いくらルイズさんから隠さなければならないからって、名前もないのでは可哀想だもの)

 物言わぬデルフリンガーの下に眠っている才人の亡骸を思いながら、ティファニアはそっと手を組み合わせた。



 家に戻り、テーブルの上にランプを置いた。頼りない灯りの下に、もらってきた紙を一枚広げる。インク瓶の蓋を開けて、羽ペンを右手に持つ。一動ごとの音が、やけに大きく聞こえた。
 羽ペンの先にインクを浸したものの、ティファニアはまだ迷っていた。

(本当に、こんなことをしてもいいんだろうか)

 ティファニアがしようとしているのは、才人からルイズに宛てた手紙の偽造だった。もちろん天国からの手紙というわけではなく、今も生きて元気に世界中を旅している才人が、ルイズに向けて自分は元気だと報せるための手紙である。
 一人城に残ったシエスタが、どういう嘘をルイズに教えるかは事前に聞いているため、どういうことを書けばそれらしく見えるのか、頭では分かっていた。

「でも、どうしてわたしなんですか? どうせなら、ギーシュさんとか、男の人の方がいいのでは」
「ご学友の文字は見たことがあるかもしれませんし、皆様それぞれやることがあって、この地に残っているのはわたしとティファニアさんしかいません。だからと言って、わたしが書くわけにもいかないでしょう? ミス・ヴァリエールはティファニアさんの文字を知らないはずですから、『サイトさんにとっては外国の文字だから、意識して丁寧に書いているんだろう』と言えば誤魔化せます」

 シエスタの理屈は正しかった。まさか他の者に代筆を頼むことなど出来ないし、これは間違いなくティファニアの仕事だ。

(やらなくちゃ、ならないのよね。それが、わたしの罪滅ぼし……責任だもの)

 ティファニアは羽ペンの先を紙に近づけた。どれだけ慎重にやろうと思っても、どうしても手が震える。

(落ち着いて。変なところがあってはいけないのだから)

 そう念じた矢先、驚くほど自然にペンが走り出した。

『元気か、ルイズ。俺は今――』

 ティファニアは羽ペンを紙面から離し、己の右手を凝視する。

(どうして――?)

 混乱しながらも、再び紙にペンをつける。ほとんど考えることもなく、自然とペンが走った。見る間に違和感のない、自然な文章が組み立てられていく。その全てが才人らしい言葉だった。自分が今どこにいて何をしているのかを伝える言葉。ルイズの身を案じる言葉。そして、それ以上の愛の囁き。
 愛してる、愛してる、愛してる、愛してる――。
 全てを書き終えた後、ティファニアは疲労のあまりテーブルに突っ伏すところだった。なんとかこらえながら、便箋の中に手紙を折りたたんで入れ、封をする。それから、今度こそ疲れ果ててベッドに倒れこんだ。
 先程の手紙を楽しげに読むルイズの顔が自然と思い浮かんできて、頭の奥がずきずきと痛む。

(わたしは何のためにこんなことをしているの? 大切な友達を、あんなひどい嘘で騙して……)

 罪悪感が膨れ上がり、胸を強く圧迫する。
 それでも、今更この嘘をやめるわけにはいかなかった。これからも、才人の振りをして手紙を書き続けなければならない。そして、それは決して不可能ではないのだと、たった今証明されてしまった。
 ティファニアは自分がどこにも行けなくなったことを悟った。



 一ヶ月ほどの時間が流れた。
 ルイズはシエスタの嘘を信じた。自分が才人から領地の運営を任された、と張り切り、領地の状態を少しでもよくするために奔走しているという。

「昨日なんて、川の深さを自分で確かめる、とか言って、危うく流されそうになって」

 と、小屋を訪れたシエスタが愉快そうに話していた。
 手紙は、今のところ三日ごとに訪れる彼女が城へ持って行ってくれている。食料などもそのときに運んできてくれるので、こちらも問題はなかった。ルイズにばれる可能性があるから、その内何か別の手段を講じるつもりらしいが。
 手紙自体の内容も問題ない。あれ以降もティファニアの筆は滞りなく走り、まるで死んだ才人の魂が乗り移ったかのようである。真実を知っているシエスタですら、

「いつ見ても感心しますね。本当に、サイトさんが遠い地からミス・ヴァリエールに宛てて書いた手紙みたい」

 と驚嘆していたほどだ。それ故に、ティファニアの胸はますます痛んだ。必要なことだと言い聞かせても、罪悪感は消えてくれない。
(当たり前よね。実際に、悪いことをしているんだもの)

 ティファニアはそんな風に自嘲に浸る日々を送っていた。眠る前、ほぼ毎日葡萄酒を飲んで、泥酔したまま床に入った。そうでもしなければ、夜毎襲ってくる罪悪感と悪夢で、頭がおかしくなってしまいそうだった。
 そんな風に彼女が苦しむのをよそに、日々は穏やかに過ぎていった。
 最初は突然現れた支配者をただ恐れるだけだった村人たちも、その人物が小さいながらも美しい少女で、確かに自分たちのために尽くしてくれているのだ、と知ると、じょじょに警戒心を解き、こわごわながらもルイズに協力するようになった。
 何もかもが、上手くいっている。
 ティファニア自身もルイズの様子を直に見たくなって、こっそり村の方まで降りていったことがある。遠目に見たルイズは、貧しい身なりの村人たちに囲まれて自分も泥だらけになりながら、それでも楽しく笑っているようだった。以前に比べると、刺々しいところがほとんどなくなっている。

(サイトに愛されているって、実感しているからなのかしら)

 たとえそれが実際には偽りだったとしても、幸せそうなルイズを見るのは悪い気分ではなかった。

(もしかしたら、本当にこれで良かったのかもしれない)

 その日の夜、久しぶりに葡萄酒なしで眠りにつく直前、ティファニアは自然とそんな思いを抱いた。
 事件が起きたのは、その翌日のことである。



 その日は、朝からずっと雨が降り続けていた。
 こんな山奥に人知れず隠れていて、なおかつ雨の日ともなると、本当に何もすることがない。繕い物などのちょっとした手仕事をするのも、何となく気が向かなかった。
 だから、ティファニアは椅子に腰掛けてテーブルに頬杖を突き、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

(雨は、嫌いだな。ううん、嫌いになった、って言うべきなのかも)

 降りしきる雨を見て、その音を聞くたびに、才人の死体に語りかけていたルイズの姿や、その優しく虚ろな声音が蘇ってくる。
 首を振ってそれらを追い出しながら、自分に言い聞かせる。

(大丈夫よ。今のルイズさんは、あのことは完全に忘れている。それに、あんなに幸せそうだもの。何の問題もないわ)

 そのとき、突然小屋の扉が大きく開け放たれた。吹き込んでくる雨風に驚きながら振り向くと、戸口にフードつきのマントを羽織ったシエスタが立っていた。雨の中を走ってきたのか、全身ずぶ濡れだった。荒く息をつく顔は、血の気を失って青ざめている。

「ミス・ヴァリエールが、いなくなりました」

 出し抜けにシエスタが言った。ティファニアは目を見開きながら立ち上がり、彼女に駆け寄った。

「どういうことですか? 一体どこに」
「分かりません、分からないんです」

 シエスタは顔を両手で覆って、声を詰まらせた。
 この日のルイズは、朝からどこか様子がおかしかったらしい。降りしきる雨ゆえに村に降りることもできず、テラスのある部屋で外を眺めながらシエスタと一緒に紅茶を飲んでいたのだが、ふとティーカップをテーブルの上に置いて顔をしかめ、

「なんだか、頭が痛い」

 と言い出したらしい。

「それで、薬を探して戻ってきたら、もうどこにもいなくて。城中を探しても、村の方を見てきても、どこにも。ああ、一体どこに……!」

 シエスタの顔には隠しきれない焦燥が浮かんでいる。無理もないことだとティファニアは思った。
 才人の遺体を抱えて湖に向かって歩いていたルイズの背中が、嫌というほど鮮明に頭の中に浮かんでくる。

(サイト……そうだわ、ひょっとしたら……!)

 ティファニアの頭の中にある考えが閃いた。

「シエスタさん、ひょっとしたら、ルイズさんがどこにいるのか、分かるかもしれません」
「本当ですか?」

 シエスタは目を見開き、ティファニアの肩をつかんで揺さぶった。

「一体あの子はどこに」
「落ち着いてください、今から案内しますから」

 肩にかけられた手をやんわりとどかし、壁にかけてあったマントを羽織ると、ティファニアは外に出た。ぬかるんだ道に足をとられて何度も転びそうになりながら、雨の降る森の中を、奥へ奥へと走る。走る内に、予感は確信へと変わっていった。

(間違いないわ。ルイズさんは、あそこにいる。この雨が、彼女の記憶を取り戻させたんだわ……!)

 雨に煙る森の向こうに、少しだけ開けた場所が見えてきた。才人の亡骸が眠る、デルフリンガーの墓標だ。そのそばに、小さな背中が見える。

「ねえ、デルフ、お願い、応えて!」

 悲痛な叫び声も聞こえてきた。

(やっぱり、ここにいた……!)

 ティファニアは咄嗟に木の陰に身を隠し、わずかに顔だけを出して広場の様子を窺い始める。その横を通り抜けて、シエスタが小さな広場に駆け込んでいく。

「ミス・ヴァリエール!」

 叫び声に、ルイズの細い肩がぴくりと震えた。彼女が呆然とした様子で振り返る。格好は、城の中で着ているドレスのままだった。全身ずぶ濡れで、泥まみれである。どこをどう通ってここまでたどり着いたのか、見当もつかない。ティファニアたちが今通ってきた道ではあるまい。あの道に入るには、どうしても小屋の前を通らなければならないのだから。

(つまり、道も目印もない森の中を通り抜けて、それでもここにたどり着いたんだわ、彼女は……!)

 体が震えた。一体何が彼女をここに導いたのか。
 振り向いたルイズの顔に浮かぶ呆然とした表情を見る限り、彼女はここがどういう場所なのか、既に理解しているらしかった。震える声で、シエスタに問いかけている。

「ねえ、シエスタ、これ、どういうこと。どうしてデルフ、何も喋らないの。どうしてデルフに、サイトの名前が刻まれてるの。もしかして、ここ、サイトのお墓? サイト、死んじゃったの? いつ? どうして? だって、昨日だって、手紙が、届いたのに」

 答えはなかった。答えられないのだろう。そうしている内に、ルイズの顔に浮かぶ苦悩の色はどんどん濃くなっていく。

「待って、違うわ。おかしいもの。サイト、サイトは」

 ルイズが目を見開き、両手で頭を抱えた。

「そうよ、サイトは死んだんじゃない。東方で、わたしをかばって、死んでしまったんじゃない!」

 激しく頭を振りながら、ルイズが恐怖に顔を歪めた。

「なんで、そんなことを忘れてたの!? わたし、見たことがないぐらい青白いサイトの顔も、体の冷たさも、今だってはっきり思い出せるのに! それなのに、なんで、サイトは生きてる、サイトと結婚した、なんて……!」

 混乱するルイズの肩を、シエスタが意を決したように抱きしめた。

「とにかく城に戻りましょう、奥様。こんなところにいては、風邪をひいてしまいますわ」
「そんなことどうでもいいわ。早く、サイトのところに行かなくちゃ……!」

 その言葉に、ティファニアは反射的に身を乗り出してしまった。ルイズが不意に顔を上げるた。視線が引き寄せられるように、自然とこちらを見据える。
 しまった、と思って木の陰に身を隠したときには、もう遅かった。

「誰、そこにいるのは。出てきて。出てきなさい!」

 今更逃げることも出来ずに、ティファニアはゆっくりと小さな広場の中に歩いていった。心臓が痛いほどに高鳴っていた。

「テファ……あなた、どうしてここに? アルビオンに帰ったはずじゃ……」

 ルイズの顔に困惑の色が浮かぶ。それはすぐに疑念に変わり、やがて彼女がある結論に到達したことを示すような、理解と激怒の色に染まった。

「そうか、あんたね、あんたがわたしの記憶を消したのね!」

 物凄い勢いで、ルイズがつかみかかってきた。支えきれず、ティファニアは地に倒れる。泥水が服の中に染み込んできて、背中が凍りついたように冷たくなる。そんな彼女の胸倉を無理矢理つかみ上げ、ルイズは雨を吹き飛ばすほどに強く、大きな怒声を張り上げた。

「なんでそんなことしたのよ! サイトを殺したことも忘れて、一人でのうのうとぬるま湯みたいな幸せに浸って……! あんた、そんな馬鹿なわたしを笑ってたのね!?」
「ち、違います!」

 ティファニアは必死に弁解した。ルイズの血走った目から逃れたくてたまらなかった。

「わ、わたしは、ルイズさんのために……」

 咄嗟に口から出た言葉に、ルイズは歯軋りした。

「わたしのためですって!?」

 ルイズの顔が憤怒に歪む。彼女はティファニアを放り出すと、地面に深く突き刺さっていたはずのデルフリンガーを、軽々と引き抜いて戻ってきた。

「自分のせいで愛する人を死なせた記憶を奪って、馬鹿な嘘を信じさせて、何も知らない馬鹿面で幸せな生活を送らせるのが、わたしのため!? ふざけんじゃないわよ、あんたはわたしを世界で一番薄汚くて醜い、最低の女にしたのよ! そんなことをしておいて、よくもわたしのためだなんて!」

 ルイズはまるで重さを感じていないように軽々とデルフリンガーを持ち上げると、その切っ先をティファニアの喉元に突きつけた。ひっ、という短い悲鳴が、喉の奥から勝手に漏れ出した。

「考えが変わったわ。サイトのそばに行く前に、あんたを殺してやる」

 ルイズがデルフリンガーを大きく振り上げる。

「地獄に落ちろ、この――」

 そのとき、突然視界が眩い光に満たされ、ティファニアは吹き飛ばされた。同時に轟音が襲ってきて、鼓膜に突き刺さる。一瞬後、彼女は先程隠れていた木の幹のそばに倒れていた。

(一体、何が……雷?)

 光と音からそう察する。どうやら、かなり近いところに雷が落ちたらしい。この雨の中では、山火事になることはあるまい。とんでもない偶然に、命を救われたようだ。

(そうだ……ルイズさんは!?)

 はっとして広場を見ると、ルイズもまたティファニア同様に吹き飛ばされていた。落雷の衝撃でデルフリンガーを手放してしまったらしく、剣は彼女とはかなり離れたところに落ちている。彼女自身は、広場の縁にあった木の幹のそばに倒れていて、ぴくりとも動かない。おそるおそる近づいてみると、どうやら木に頭をぶつけて気絶しているらしかった。

「良かった」

 ほっとしたような呟きに振り向くと、傍らにシエスタが立っていた。

「一時はどうなることかと思いましたけど、始祖ブリミルが助けてくださったようですね」

 彼女はルイズのそばにしゃがみ込むと、ティファニアを見上げて言った。

「さあ、彼女に魔法をかけて、今日の記憶を消してください」

 なんでもない口調だった。ティファニアは首を横に振った。

「もうやめましょう、シエスタさん」

 声だけでなく、全身が震えているのが分かる。先程のルイズの叫びが、頭の中をぐるぐると駆け回っていた。

 ――あんたはわたしを世界で一番薄汚くて醜い、最低の女にしたのよ!

「そうよ、その通りよ。わたしは、ルイズさんの誇りも、サイトに対する愛情も、何もかもを汚して泥まみれにしてしまった……! やっぱり、こんなことをするべきじゃなかった、してはいけなかったんだわ……!」

 悔恨が胸を締め付ける。

「シエスタさん、もうやめましょう。このまま、ルイズさんをサイトのところに行かせてあげましょう。そうするのが、一番正しいことなんです」

 ティファニアの必死な訴えを、シエスタはただ無表情に聞いていた。その目が、呆れたように細められた。

「あなた、よくそんな恥ずかしいことが言えたものですね」
「は、恥ずかしい……?」
「そうですよ。正直に白状したらいかがですか? あなたが今更そんなことを言い出したのは、ミス・ヴァリエールのことを考えてのことじゃ、ないんでしょう?」
「ち、違います、わたしは……!」

 弁解しようとして、言葉が出てこないことに気がついた。心のどこかで、誰かが「その通りだ」と言っていた。

「単に、自分が汚れるのが嫌なんでしょう、あなたは? ミス・ヴァリエールにとって何が正しいのかなんてどうでもいい。彼女が死ぬのは可哀想だと思ったら記憶を消す、自分のやったことが汚いことだとわかったら、今度はその罪を忘れるためにミス・ヴァリエール自身を消す。あらあら、ずいぶんと自分勝手な理屈ですね?」

 刺々しい言葉を、ティファニアは否定できなかった。

(そうよ。わたしは、さっき言ったじゃない……!)

 ――わたしは、ルイズさんのために……

 咄嗟に口を突いて出た言葉が、全ての嘘を剥ぎ取ってしまった。

(わたしは、自分のしたことが悪いことだと理解していると言いながら、罰を受ける覚悟なんて少しも持っていなかった……! それどころか、ルイズさんの意思や尊厳なんてまるで無視して、『これが本人にとって一番いいことなんだ』って、言い逃れまでしていた……! わたしは、なんて汚い……)

 全身から力が抜ける。ティファニアは地面に膝を突いた。ぬかるんだ地面は冷たい。このまま少しも動かず、雨が熱を奪い去るのに任せて死んでしまおうかとさえ思った。

「さて」

 シエスタの静かな声が、ティファニアを現実に引き戻した。

「それでは、ミス・ヴァリエールの記憶を奪ってくださいな。早くしないと目覚めてしまいますよ」
「でも……」

 自分の醜さを自覚しても、まだそうすることには迷いがあった。そんなティファニアをじっと見下ろしながら、シエスタは淡々と問いかける。

「いいんですか?」
「え?」
「いま、ミス・ヴァリエールが目を覚ましたらどうなるかなんて、分かりきったことだと思いますけど」

 シエスタの視線がすっと動く。それを追うと、地面に転がっているデルフリンガーに行き当たる。同時にルイズの血走った目が思い浮かび、ティファニアの全身に震えが走った。
 あとはもう夢中だった。杖を取り出し、今までやったこともないぐらいの早口で詠唱を終え、杖を振るう。その一瞬で、ルイズの記憶は奪われた。今日の悲嘆も憎悪も、何もかも。ルイズの血走った目が、ティファニアの頭の中から急速に消えていく。

「う……あ……」

 気を失ったままのルイズから逃げるように、ティファニアはニ、三歩と後ろによろめいた。不意に腹の底から何かがこみ上げてきて、その場に蹲って嘔吐する。胃酸が口の中を通りぬけ、びちゃびちゃと地面に垂れ落ちた。一度だけでは済まずに、何度も何度も吐き出す。
 そんな彼女のことなど見えないかのように、シエスタはルイズを抱え上げて脇を通り抜けかかった。

「ま、待って、ください」

 息をするのも苦しかったが、ティファニアはなんとか去り行くシエスタを呼び止めた。彼女は肩越しにこちらを見た

「なんですか」
「あなた、あなた、は」

 こみ上げる嘔吐感を、寸でのところでこらえる。
 ティファニアには、シエスタが平然としているのが信じられなかった。自分がこれほどまでに凄まじい罪悪感を感じているのに、目の前の少女がそうではないらしいことが。

「あなたは、こんなひどいことをして、なんとも思わないんですか?」

 かなり無理をしてそう言ったあと、ティファニアは後悔した。
 自分であれだけのことをしておいて、他人にそんな問いかけをするのはあまりにも滑稽に思えた。
 しかしシエスタは、先程のように矛盾点を突くこともなく、ただ一言、揺るぎない口調で返した。

「ええ、なんとも思いません」

 絶句するティファニアをよそに、シエスタはまた前を向いた。表情が見えなくなる。

「あなたはずいぶんと、ミス・ヴァリエール自身のことが気になっているようですけど」

 ぞっとするほどに、感情のこもっていない口調だった。

「わたしは、彼女のことなんてどうでもいいんです」
「じゃあ、どうしてここまで……」
「だって、サイトさんが言いましたから」

 彼女の肩が小さく震え出した。

「サイトさんが最後に言ったんです。ルイズを幸せに、って。わたしにとって大切なことはただそれだけ。わたしはどんなときだってサイトさんの味方です。だからミス・ヴァリエールには幸せな一生を全うして頂かなくてはいかないんです。こんなところで死なせはしません。ええ、死なせてやるものですか!」

 振り絞るような叫びだけを残して、シエスタが静かに去っていく。
 雨の中、ティファニアはただ一人だけで残された。しばらくして立ち上がり、落ちていたデルフリンガーを再び深く突き刺して、ゆっくりと家路を辿る。
 小屋に入ってから無言で杖を取り出し、先端を自分の頭に向けて、口を開いた。しかし、どうしても詠唱を紡ぐことが出来なかった。
 手から力が抜け、杖が落ちる。ティファニアはその場に蹲って、嗚咽を漏らした。

(誰か、誰か、助けて……!)

 降りしきり雨の音を聞きながら、一晩中そうやって泣き続けた。



 翌日、ティファニアはルイズの城館に潜入していた。昨夜は一睡も出来ず、体の調子は最悪だった。だが、今日はどうしても、ルイズのことを見なければならないと思っていた。
 彼女はテラスのある部屋にいた。開け放たれた扉の影から覗き込むと、テーブルの前に座って熱心に何かを読んでいる様子だった。目を凝らすまでもなく、手紙を読んでいるのだと分かる。時折、おかしそうに笑う彼女の息遣いが聞こえてくる。

「奥様、奥様……!」

 慌しい声と足音がして、廊下の角からシエスタが姿を現した。扉の影に隠れているティファニアを見つけて、息を飲む。二人はその場に立ち尽くしたまま、一瞬見つめあった。

「シエスタ、わたしならここにいるわよ」

 部屋の中から、ルイズがのんびりと言った。シエスタははっと我に返り、こちらに向かって駆けてくる。横目で警戒するようにティファニアを見ながら、部屋に駆け込んでいった。

「あらシエスタ、どうしたの、そんなに慌てて」
「いえ……お姿が見えないものですから、勝手に城の外に出て行かれたんじゃないかって思って」
「違うわよ、後少しで面倒な仕事が全部片付きそうだから、ちょっと一休みしているところよ。勝手にどこかに行っちゃうなんて、サイトじゃないんだから」

 おかしそうな声に続いて、楽しげな会話が聞こえてくる。ティファニアは、扉の影に隠れてそれをじっと聞いていた。シエスタは一度部屋を出て、厨房の方に向かっていった。程なく、ティーセットを持ってまた部屋に入っていく。楽しげな会話が再開された。
 やがて、ティーセットを両手に持ったシエスタが出てきた。今度はこちらを一瞥することもなく、廊下の角に向かって歩いていく。すれ違ったとき、目に涙が浮かんでいるのが見えた。
 再び、部屋の中を覗き込む。ルイズはまだ手紙を読んでいたが、やがて不意に立ち上がり、手紙の束を胸に抱きしめて、テラスの方まで歩いていった。目を凝らすと、彼女の肩がかすかに震えているのが分かった。静かに涙を流している。

「よかった……サイト、無事で……」

 呟きが耳をかすめる。美しい涙だ、と思いながら、ティファニアはそっとその場を立ち去った。廊下の角を曲がるとシエスタが待ち構えていて、物問いたげな視線でじっとこちらを見ていた。

「もう、迷いません」

 すれ違い様にそう言い置いて、ティファニアは裏口から城を出た。
 獣道の家路を辿っていると、自然と自嘲めいた笑いが口元に浮かんできた。

(わたしは何を勘違いしていたんだろう。罪悪感や悪夢から逃れようとしたり、彼女のためだなんて偽善者ぶってみたり、この記憶自体を忘れようとしてみたり、誰かに助けを求めてみたり……わたしには、それをする資格がなかったのに)

 一晩考え抜いて、彼女が出した結論だった。

(わたしは罪人だ。一生許されぬ罪を犯した大罪人だ。わたしに出来ることは、ただ耐え抜いて、罪を償うことだけ……ううん、罪を償うんじゃない、終わらない罰を受けるだけだ。だって、わたしの罪は、償うことなんか絶対に出来やしないんだから)

 静かに涙を流すルイズの姿が頭に浮かんできて、ティファニアは強く唇を噛み締めた。やがて、家が見えてきた。家とも言えぬ小さな小屋。そこが、彼女がこれから長い時間をかけて罰を受けるべき牢獄だった。

 不幸せな友人たち(4)―キュルケ―
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