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【ゼロ魔SS】不幸せな友人たち(5)―タバサ―

昔某所に投稿した、ゼロの使い魔SSです。
原作1桁巻ぐらいの頃に書いたSSなので設定が古いです。
『不幸せな友人たち』は幸せな男爵様の続きとなっておりますので、まずはそちらからお読み下さい。
 


『不幸せな友人たち(5)―タバサ―』



 季節は移ろい、時は流れていく。
 ティファニアがこの地で暮らすようになってから、ちょうど十年の月日が経過していた。
 デルフリンガー男爵領の外では、何やら不穏な空気が漂い始めている。
 近年、平民優遇の政策を推し進めてきたアンリエッタ女王が、その路線をますます拡大させているとのことで、これに反対する貴族たちと日夜苛烈な闘争を繰り広げているらしい。幸いまだ武力によるぶつかり合いにまでは発展していないとのことで、デルフリンガー男爵領の中ではあまり話題にも上らないが。
 ティファニアの生活は、ほとんど変化がない。相変わらず最低限のことだけをして、後はただひたすらじっと押し黙る生活を続けている。毎夜のように繰り返す悪夢も終わらず、日を追うごとに罪悪感はますます深くなっていく。
 変化と言えば、長櫃の中に収められた手紙の山がどんどん高く、大きくなっていくことだけだ。それは、ティファニアが才人の振りをして送った手紙に対する、ルイズの返事だった。

 ――怪我をしたり、病気にかかったりしていませんか。
 ――あなたのしていることは立派だと思うけれど、あまり無理はしないで。
 ――お体に気をつけて。愛しています。

 涙と吐き気と胸の痛みを堪えながらそれを読み、ティファニアはまた新たな手紙をしたためる。手紙の文面は、最初に書いたときと変わりなく、ほとんど悩むこともなくすらすらと書きあがる。
 ルイズは全く疑う様子を見せないという。

「ひょっとしたら、あの魔法には、教えた嘘を信じやすくさせる作用もあるのかもしれませんね」

 シエスタがそんな風に推測していたが、真偽の程は分からなかった。
 また、彼女の話によると、最近領民の間で「男爵様は気が狂っているのではないか」と噂されることが多くなってきたそうだ。

「仕方ありませんね。適当に理由をつけて、出来る限りミス・ヴァリエールと他人との接触は防いでいますけど、完全にというのは逆に怪しまれますし、領民と話をすれば、真の領主……サイトさんのことを話したくなるというのも分かりますし」

 彼女はこのことについてはあまり心配していないようだった。

「仮にミス・ヴァリエールが真実に気付いてしまったとしても、また忘れてもらえばいいだけですもの」

 淡々とした口調でシエスタがそう言うのを聞いたとき、ティファニアは悪寒に身を震わせた。

(この人は、本当にサイトの願い以外はどうでもいいのね)

 ルイズを、幸せに――。
 才人が最後に言い残した言葉を思い返すたび、ティファニアは分からなくなる。

(才人は、こんなことを望んでいたんじゃないと思うけど……きっと、ルイズさんが自分を追って死ぬことも、願わなかったはず)

 何が正しい選択だったのか、未だに答えは出ない。
 懐かしい青髪の少女がやって来たのは、そんな頃のことだった。



 タバサが小屋に来るというのは、事前に飛んできたシルフィードの言で分かっていた。

「お姉さまはルイズと話してらっしゃいますわ。シルフィは口を滑らせたらいけないから、あなたに言伝したらどこかに行ってろって言われましたの」

 不満げにそう伝えたあと、シルフィードは言葉どおりどこかへ飛んで行った。やたらと低空飛行で何度も木にぶつかっていたのは、万一にも見つからないようにという彼女なりの配慮だったのだろうか。

「タバサさんが、来る」

 テーブルの前に座って呟くと、胸中に複雑な感情が湧き上がってきた。
 十年前、ルイズの記憶を奪ったとき、明確に反対の立場に立ったのは彼女だけである。結局、「じゃあミス・ヴァリエールが死んだ方がいいと仰るんですね」というシエスタの言葉に反論できずに記憶の改竄を許容する結果になったが、最後まで協力はしなかった。

 ――こんなことが許されるはずがない。

 タバサの言葉が脳裏に蘇る。

 ――わたしたちは、いつかこの罪にふさわしい罰を受けることになる。

 彼女は、今も同じ気持ちでいるのだろうか。
 そのとき、誰かが小屋のドアを控え目にノックした。ティファニアははっと顔を上げ、無言で扉に近づく。耳障りな音を響かせながら扉を開くと、そこに小柄な人影が立っていた。
 暮れ始めた日の光に、艶を失った長く青い髪が透けて見える。ほとんど手入れもしていないようで、伸ばしていると言うよりは放っておいたら勝手に伸びたという感じである。身に纏うマントは薄汚れている上に裾がボロボロになっていて、かなり長い間交換していないのが分かる。その下に隠れている服も、やはり汚れたり継ぎがあてられたりしている様子だった。小さな顔は、服に比べると綺麗で汚れていない。カサカサした唇は真一文字に引き結ばれ、眼鏡の奥の瞳は以前よりも深く、思いつめた色を帯びている。その手に握られている、小柄な体格にはずいぶん大きな杖のみが、ほぼ唯一変わらない点だった。
 ティファニアは驚き、問いかける。

「タバサさん、ですか?」

 女は無言で頷いた。にこりともせずに、呟くように言う。

「久しぶり、ティファニア」

 彼女の変貌振りにしばし呆然としたあと、ティファニアは気を取り直して家の中を示した。

「とりあえず、入ってください。何もお出しできませんけど」
「構わない」

 短く答えて、タバサが後に続く。ティファニアは彼女に椅子を勧めて、自分もテーブルを挟んで向かい側に座った。
 鎧戸の押し上げられた窓から、鳥の鳴く声や木々のざわめきが聞こえてくる。
 二人とも無言だった。タバサは何も言わないし、ティファニアも何を言っていいのか分からない。
 ただ、一つだけ、確信できることがあった。

(この人は、何も変わっていない……わたしと同じ気持ちを抱いて、今まで生きてきたんだわ)

 人間味というものをほとんど感じさせない今のタバサを見ていると、自然とそう思える。

「ルイズさんは」

 半ば沈黙に耐え切れぬ気持ちで、ティファニアは切り出した。

「どんな、様子でしたか」

 タバサが瞬きもせずにこちらを見つめた。

「幸せそうだった。とても」

 タバサは小さく首を巡らせて、小屋の中を見回した。

「あなたは」

 ぽつりと言う。

「後悔と罪の意識を抱いて、ここにいるの」

 問いかけというよりは、確認という口調だった。その静かな視線は、部屋の隅に置いてある長櫃にじっと注がれている。ティファニアは頷き、問いかけた。

「あなたも、そうなんでしょう?」

 タバサは一度口を開きかけて、ためらうように閉じた。答えはない。
 そうして、また沈黙が訪れた。獣の走る足音、鳥の羽音。

「あのとき」

 不意に、苦しげな呟きが漏れ出した。こんな静寂の中にあっても、その声は消え入りそうなほどに小さい。タバサの肩は小刻みに震えていた。

「あのときの選択は、間違いだった」

 急に肺が圧迫されたように、呼吸が苦しくなる。テーブルの向側で、タバサが唇を噛んだ。

「わたしたちは、ルイズを死なせてあげるべきだった」

 ティファニアは短く息を吸った。体が震えているのが分かった。

「死を選ぶことが、ルイズの意志……サイトに対する彼女の愛情の証だったのなら」

 不意に、キュルケの寂しげな微笑が頭に浮かんだ。

「それを、死んだサイトが望まなかったとしても、ですか?」

 自然に言葉が出る。タバサはゆっくりと頷いた。

「確かに、サイトはルイズが死ぬことを望んでいなかった。でもきっと、彼女が自分の意志で死を選んだのなら、許してはくれたと思う」
「そうかも、しれませんね」
「でも」

 タバサの声が大きく震えた。

「わたしたちは、ルイズの意志を無視した……!」

 吐息と共に言葉が吐き出される。

「自分勝手な理屈を押し付けて、彼女の愛情を踏みにじって、偽物の幸せの中に押し込めてしまった! わたしも、それが間違ったことだと、絶対に許してはいけないことだと知っていながら、自分の身勝手な感情に流されてしまった……!」

 絞り出すような叫びのあとで、タバサは肩を落とした。

「あの選択は、間違いだった」
「そうですね」

 ティファニアも自然と頷いていた。向側のタバサは、入ってきたときよりもずっと小さく見える。一瞬、駆け寄ってその肩を抱いて慰めてやりたい衝動に駆られたが、ぎりぎりのところで堪えた。彼女がそれを望まないであろうことは、自分自身の経験からもよく分かったからだ。

(この人とわたしは、よく似ている)

 改めてそう思う。
 タバサの風評は、他の者たちと違ってここ数年ほとんど聞こえていなかった。シエスタは様々な手段で情報を集めていたが、それでもタバサのことはあまり聞かなかったのだ。

「たまに、ガリア辺境に現れては人に仇名す怪物をほぼ無報酬で退治している、青い髪の女性のことを聞くことがありますけど……それが、彼女なんでしょうね」

 一度、そんな風に聞いたぐらいである。

(きっと、そうやって進んで苦しいことばかりやってきて、楽しいことなんか少しもない生活を続けてきたのね、この人は。だからこんなにもボロボロなんだわ)

 幾夜もの眠れぬ夜を戦い、厳しく自分を律してきたのだろう。聞かなくとも、ティファニアにはそのことが分かった。
 そのとき、不意にタバサが顔を上げた。眼鏡の奥の瞳が、静かな光を放つ。

「わたしは今日、ある決意を抱いて、ルイズに会った」

 そう言って、彼女はマントの中に腕を差し入れる。

「彼女を」

 一度言葉を切り、腕を出す。細かく震える手に、一振りのナイフが握られていた。それを鞘から取り出し、テーブルの上に置く。タバサは再び声を絞り出した。

「彼女を、殺すつもりだった」

 ティファニアは息を飲んだ。ナイフとタバサの顔を交互に見比べる。どちらも同じぐらい鋭い光を放っている。窓の外から獣の悲鳴が聞こえてきた。

「それは」

 喉が痛いほどに乾くのを自覚しながら、ティファニアは問いかけた。

「ルイズさんの本当の願いを、叶えてあげるためですか」

 タバサは俯き、小さく頷いた。

「そのつもりだった。歪み、狂った偽りの生を終わらせ、本人の意思どおり、彼女を愛しいサイトのところへ行かせてやろうと……彼女の意志をわたしが代行しようと、そう思っていた。それが、あのとき間違った選択をしてしまったことへの償いになると、それが唯一残された責任の取り方なんだと、そう思っていた」

 償い、責任、という言葉は、ティファニアに大きな衝撃を与えた。頭の芯が痺れるほどに、強烈な誘惑を持った言葉だった。間違った選択をやり直し、改めて正しい選択肢を選び直す。ルイズの、本来の意志を、代行する。

(なんて、聞こえのいい言葉……! でも)

 ティファニアはテーブルの上に目を落とす。
 ナイフは冷たい光を放っている。人の手で鍛え抜かれた鋭い輝き。
 血は一滴もついていない。
 タバサに目を戻す。彼女は俯いていて、表情は見えなかった。

「でも、そうしなかったんですね?」

 涙の雫が一粒落ちた。タバサが鼻を啜り上げる

「出来なかった。それが正しいことなんだと、いくら自分に言い聞かせても。目の前で、何も知らずに微笑んでいるルイズを見ていると、どうしても。サイトのことを愛しているって、会えなくてもいつでも心はそばにいるって、嬉しそうに話してくれた彼女を見ていると、自分のすることが正しいなんて、とても思えなくなってしまった。こんなのは間違ってる、今目の前にいる彼女の幸福は偽物なんだって、分かっていたのに。それで、気付いた」

 タバサの声はもうほとんど泣き声になっていて、くぐもっていてかなり聞き取り辛かった。それでも、ティファニアには、彼女が言っていることが全て理解できた。

「わたしは、また自分勝手な感情を優先しようとしていた。正しいことをしよう、責任を取ろうだなんて、全部嘘。本当は、ただ逃げたかっただけ。ルイズが母様と同じように他人の手で心を狂わされたのに、その残酷さは分かっていたはずなのに、それを見過ごしてしまった自分を、なかったことにしてしまいたかっただけだった……!」

 ティファニアは椅子を蹴って立ち上がり、タバサに駆け寄ってその頼りない体を抱きしめた。腕の中で泣き続ける女は、昔よりも華奢で、今にも折れそうなほどか細く思える。

「ずっと、逃げていたの」

 しゃくり上げながら、タバサは必死に言う。

「何が正しいのか知っていたのに、わたしは間違ったことを止めもせずに、ただ他人にだけ責任を押し付けて、言い訳ばかりして……!」
「もういいです、もういいですから……!」

 ティファニアは自分を責め続けるタバサの唇を塞ぐように、彼女の体をさらに強く抱きしめた。泣き声は止まない。ここからずっと離れているにも関わらず、城にいるルイズに聞こえはしまいかと、本気で心配になるほどに大きく、痛々しい泣き声だった。

(この人は、とても意志が強い人なんだ)

 黙って彼女の体を抱きしめながら、ティファニアは強く唇を噛む。
 タバサが言っていることは、あまりにも自分に厳しすぎるのではないかと思えた。彼女がこの十年間、己の罪に向き合おうとして必死に生きてきたことは、その姿を見れば嫌でも理解できる。彼女が自分で言うように、逃げたとか他人にだけ責任を押し付けたというようには、とても思えなかった。彼女はちゃんと、自分の罪に責めさいなまれて、苦しんできたのだ。決して卑怯な臆病者などではない。

(もしもあの雨の日、彼女がわたしだったとしたら、ただ黙って、ルイズさんが振り下ろした剣をこの身に受けた。彼女の憎しみを受けるのを恐れて、もう一度記憶を消そうだなんて、思わなかったに違いない)

 そう考えると、ティファニアの胸はまた重くなる。だが、その重みを受けて沈黙し続けることは出来なかった。腕の中で震え続ける人に、声をかけなければいけないから。

「聞いてください、タバサさん」

 ティファニアの胸の間から、タバサが顔を上げる。少しずれた眼鏡が、涙で濡れていた。

「タバサさんが言うように、わたしも、あのときの選択は間違っていたと思います。わたしたちは、ルイズさんの意志どおり、彼女を黙って見送ってあげるべきでした」

 タバサがまた顔を伏せてしまう前に、ティファニアは「でも」と言葉を続けた。

「だからと言って、あのときのタバサさんの気持ちまで間違いだったとは、思いません」
「それは」

 違う、とタバサが続ける前に、ティファニアは言った。

「タバサさんは、ルイズさんに死んでほしかったんですか?」

 眼鏡の奥で、タバサが目を見開く。「それは……だけど」と、次の言葉はなかなか出てこない。その顔が苦しげに歪んだ。

「わたし、思うんです。あのときのタバサさんは、何が正しい道なのか、誰よりもよく知っていたって。でも、その道は選ばなかった……選べるはずがなかった。だって、タバサさんは、サイトとルイズさんのことが、好きだったから。たとえ何が正しくたって、好きな人の死を迷いなく選べる人なんて、いません。出来れば生きてほしいと思うのが当然のことです」

 ゆっくりと語りかけながら、ティファニアは唇を噛み締めていた。
 もしもタバサが無表情な見かけどおりに冷酷で、情に薄い性格だったとしたら、ここまで悩むことはなかったはずだ。これほどまでに追い求め、選べなかったばかりに心を苦しめ続けている「正しい道」を、迷いなく選ぶことができたはずだ。

(友達への好意が……愛情が、強い意志を持つこの人にすら、間違った道を選ばせてしまった)

 そして、彼女は今も、体が震えるほどに苦しみ続けている。

「いいんですよ」

 ティファニアは、タバサの背中をそっと撫でた。

「タバサさんは、十分苦しんだじゃないですか。もう」

 脳裏に、暖かい炎のような髪が翻った。

「もう、自分を許してあげてもいいんです。あなたの中の罪悪感と同じように、あなたの中の愛情も、大事にしてあげてください」

 タバサはただじっとティファニアの言葉を聞いていた。その口が開きかけて、何も言えずに閉じた。震える睫毛の下、青い瞳から、涙が一粒零れ落ちる。
 咄嗟にポケットを探って、ハンカチを取り出した。キュルケからもらったハンカチで、タバサの涙をそっと拭ってやった。
 涙は止まらず、無言のままに流れ続ける。ティファニアはずっと無言のまま、タバサの涙を拭い続けた。



 泣き止んだタバサと共に、家の外に出る。

「ありがとう」

 まだ赤い目で言いながら、タバサは少しだけ文句ありげにこちらを見た。

「息苦しかった」

 その視線を辿ると、自分の胸に行き着く。こんな会話をするのは物凄く久しぶりのことだ。懐かしさと共に気恥ずかしさを覚えて、ティファニアは「すみません」と、とりあえず謝る。タバサはほんの少しだけ笑ったような気がしたが、暗くてよく見えなかった。
 気付くと周囲は夕暮れの光で赤く染まっている。
 ティファニアは目を細めて、暗い森の向こうに視線を注ぐ。

(ああ、五年前も、こんな景色を見たな)

 脳裏に赤く長い髪が浮かぶ。笑って手を振りながら去っていくキュルケ。再会を約束しながら、彼女はもう二度と戻ってこなかった。

(ひょっとして、この人も……?)

 不穏な予感が、胸の中で膨れ上がる。それを見透かしたかのように、タバサが厳かに言った。

「多分、もうここには戻ってこない」

 彼女を見ると、その横顔には厳しい無表情が戻っていた。乾いた風が吹いて、長く水気のない青い髪が、かすかに揺れる。

「戻ってこられない、と言った方がいいかもしれない」
「どうしてですか」

 問うと、タバサは表情を変えないまま語り出した。

「数日前、ガリア辺境にある小さな村が壊滅した」
「壊滅、って言うと」
「村の広場には、元は村人だと思われる肉片が、山のように積み重ねられていた」

 背筋に悪寒が走った。

「一体、何が……?」
「……邪竜が現れたと、報告があった。村人の中で唯一生き残った男が、その竜の伝言を伝えてきた。『私は、前王の恨みを晴らす』と」
 前王、と言われても、ティファニアには誰のことだか分からなかった。すぐにそれに気付いたらしく、タバサが説明する。

「前王というのは、ガリアの前王ジョゼフのこと。わたしの叔父で、仇だった男」

 仇だった、という言葉を聞いて、ティファニアは大体の事情が分かったような気がした。タバサはわずかに顔を俯かせる。

「邪竜は多分、ジョゼフの使い魔だったミョズニトニルン。何かのマジックアイテムで、自分の姿を竜に変えたんだと思う。主人が死んだことで、何も影響を受けていないのかどうかは知らないけど……とにかく、主人を殺した人間を恨んで、復讐を果たそうとしている」
「主人を殺した人間、というのは……」
「わたしや……サイトに、ルイズ」

 ティファニアは息を飲む。タバサは小さく頷いた。

「そう。このまま放っておけば、ルイズにも害が及ぶかもしれない。王宮の方からも邪竜退治の命令が出たけれど、命令されなくても、わたしは行くつもりだった」

 そう言って、タバサは悔いるように眉根を寄せた。

「だから、その前に、あのナイフで責任を取ろうと思ってた。もしかしたら、勝てないかもしれないから」
「じゃあ、今からその邪竜を倒しに行くのも、間違った選択をしてしまったことの、責任を取るつもりだからですか?」

 問いが口を突いて出る。タバサは一瞬迷うような間を置いてから、首を横に振った。

「違う、と思いたい。今は……上手く言えないけど、あなたの言葉を信じて、自分が友達を守るために行くんだと思いたい」

 タバサは、そっと自分の胸に手を置いた。

「あなたの言うとおり、この身勝手な心の中に、少しでも暖かい感情が存在していると信じてみる」
「タバサさんの心は、身勝手なんかじゃ」
「それなら、あなたもそう」

 タバサが鋭く遮った。青い瞳が、じっとこちらを見つめる。ティファニアは視線をそらした。

「わたしは、タバサさんと違って、本当に醜い人間ですから」

 ルイズの怒りに滾る瞳が、頭の中に蘇る。

「わたしも、自分のことを同じように考えている」

 タバサが静かにそう言って、ティファニアは何も言い返せなくなってしまった。
 そうして、また沈黙の中でわずかな時間が過ぎ去り、周囲はいよいよ暗くなってきた。そのとき、頭上から大きな羽音が聞こえてきた。見上げると、薄闇の中を一頭の青い竜が飛んでいる。

「お姉さま、お迎えに上がりましたわ、きゅいきゅい」

 シルフィードの能天気な声が降ってくる。その巨体が窮屈そうに降りてくるのをじっと見つめながら、タバサは言う。

「わたしは、行かなくてはならない」
「もう会えないんですか?」
「多分」
「そう、ですか」

 ティファニアは何も言えない。行くな、というのはもちろん、生きて帰ってきて、とも。

「一つだけ」

 不意に、タバサが思いつめたような声で言った。

「一つだけ、あなたにお願いしたいことがある。わたしと同じ後悔を抱く、あなたに」

 タバサは両手を伸ばして、ティファニアの手を握り締めた。青い瞳が、切実な光を宿して、こちらを見上げている。ティファニアは困惑して問うた。

「お願い……わたしに出来ることですか?」
「あなたにしか出来ないこと」
「それは」
「いつか、ルイズに本当のことを教えてあげてほしい」

 ティファニアは目を見開いた。「そんな」と、慌てて手を振り解こうとしたが、タバサは絶対に逃がさないとでも言うように、両手に強い力を込める。振りほどけなかった。

「こんなこと頼む資格がないのは分かってる。無責任だ、偽善だと罵られてもいい。でも、お願い。いつか、ルイズに本当のことを教えてあげて。いつか彼女に、自分の意志で選択させてあげて。わたしには出来なかったことを、あなたが……」

 タバサは瞬きもせずこちらを見つめ続ける。視線をそらすことが出来ない。ティファニアは迷った末に、きつく目を閉じて言った。

「約束は、出来ません」
「それでいい」

 タバサがほっと息をつくように言って、手を離した。目を開くと、彼女の口元には淡い微笑みが浮かんでいた。

「きっとあなたは、今度こそ正しい道を選んでくれるはずだから」

 何も言えないティファニアに深く頭を下げ、タバサはシルフィードに飛び乗った。以前の彼女と変わらぬ、軽やかな跳躍だった。

「何もかも押し付けていくようで、本当にごめんなさい。もしも生きて帰れたら、必ずわたしも一緒に行く」

 ティファニアは顔を上げて問いかけた。

「じゃあ、最初から死ぬつもりで行くのではないんですね?」
「それは、間違った選択だから。また逃げることだから。あなたと同じで、約束は出来ないけど、最後まで諦めずに頑張ってみる。ああ、それと」

 タバサの腕が、小屋の中を指差した。

「あれは、あなたに預けておく。愚かな女の過ちの証として。選択に迷うことがあったら、あれを手に取って。逃げてしまいそうになったり、間違った道を選びそうになったら、あれを見てもう一度考え直して。間違った選択を、もう二度と積み重ねないように!」

 そう言って、タバサは顔を上げた。

「ありがとう。あなたがかけてくれた言葉のおかげで、わたしはきっと、最後まで頑張ることが出来る。間違った責任の取り方ではなく、正しい想いを抱いて」

 その姿は、暗闇に隠されて、少しも見えないはずだった。
 だがそのとき、ティファニアの目にははっきりと見えた。
 真っ直ぐに夕闇の空を見つめるタバサの顔に、力強い笑みが浮かんでいる。青い瞳が、自分の行くべき方向を迷いなく見つめている。
 その像が、脳裏に強く焼き付けられる。
 そして、最後に声が響いた。

「わたしは行く。今度こそ、友達のために」

 力強い羽ばたきと共に、タバサを乗せた竜が大きく空に舞い上がる。その翼が巻き起こす風に倒されそうになりながら、ティファニアは彼女たちが見えなくなってしまうまで、じっとその場に立ち尽くしていた。友人たちを見送るために。



 一人で小屋に戻り、ランプに明りを灯す。テーブルの上で何かが鋭く光った。
 それは、一振りのナイフだった。タバサが残していった唯一のもの。
 手に取り、眺めてみる。誰も切らなかったナイフだ。誰も切れなかったナイフだ。

 ――いつか、ルイズに本当のことを――

(わたしに、出来るんだろうか)

 あの雨の日のことを思い出すたび、ティファニアの体は今も芯まで震えてしまう。
 ナイフをぎゅっと握り締めてみても、やはりそれは変わらなかった。



 タバサもまた、キュルケと同じように、ティファニアの元に帰ってくることはなかった。
 赤い髪の友人がずいぶんと世間を騒がせたのに対し、青い髪の友人は、最後までひっそりと奮闘し、ひっそりと死んでいったものらしい。
 実際には、彼女が本当に死んでしまったのかどうかも分からなかった。
 だが、邪竜が人里に下りて甚大な被害をもたらしたという噂を聞くことはなく、もちろん、デルフリンガー男爵領が、そういった怪物の襲撃におびやかされることもなかった。
 かなり時間が経って……全てが終わったあとに、ティファニアはタバサの足跡を探してガリアに入った。
 元王都や各都市、辺境の村々に至るまで、様々な場所を巡って、たくさんの人々に話を聞いて回ったが、「青い髪の騎士」のことを覚えている人間は、誰一人としていなかった。
 ある村で会った老婆が、たった一人だけ、青い髪の騎士のことを覚えていた。
 その人とは、村外れの雪原で会ったらしい。深く傷ついていたが、手当てされるのは拒んだ。
 そのとき、ほんのニ、三言だけ、彼女と言葉を交わしたらしい。

「お姉ちゃんは、こんなところでボロボロになって、何をしているの?」

 苦しげで、何か思いつめるような雰囲気を纏っていた騎士の顔が、そのときだけ不意に和らいだそうだ。

「わたしは、友達のために戦っているの」
「友達?」
「そう。大切な、友達のために」

 そのとき、騎士の笑みがほんの少しだけ、自嘲めいたものに変わった。

「嘘かもしれないけど、そう信じているの。だから、まだ立てる」

 それだけ言い残して、彼女は立ち上がった。服はボロボロで体は傷だらけ。それでも、その瞳は真っ直ぐに雪原の向こうを睨み据えていた。その方向へ、彼女は一人で歩いていった。
 ティファニアが友人に関して得られた、唯一の証言だった。
 教えてくれた老婆は大層高齢だったが、そのときのことをはっきりと覚えていた。
 周囲の白さに溶け込むことを拒むような、青く長い髪がやけに記憶に残っていて、「青い髪の騎士」と言われたとき、すぐに彼女のことを思い出したという。
 ティファニアは老婆が騎士と会ったという村外れに赴き、雪原に向かって目を凝らしてみた。
 だが結局、そこに青いものを見つけることは出来なかったのである。



 こうして二人目の友人も帰ることはなく、ティファニアの手には過ちの証だけが残った。
 彼女は何度もそのナイフを手に取り見つめ、深い葛藤の中に沈んだが、結局ルイズに本当のことを教えられないまま、ただ時だけが過ぎていった。
 次に彼女のもとを友人が訪れたのは、タバサと別れてさらに五年の年月が過ぎてからのことである。

 不幸せな友人たち(6)―ギーシュ―
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