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【ゼロ魔SS】不幸せな友人たち(6)―ギーシュ―

昔某所に投稿した、ゼロの使い魔SSです。
原作1桁巻ぐらいの頃に書いたSSなので設定が古いです。
『不幸せな友人たち』は幸せな男爵様の続きとなっておりますので、まずはそちらからお読み下さい。
 


『不幸せな友人たち(6)―ギーシュ―』



 ガリアに消えたタバサとの約束を果たせぬまま、さらに五年の年月が流れた。
 東方から帰還して十五年も経つと、外界の状況も多かれ少なかれ変化してくるものである。
 今、トリステインは激動の時代を迎えている。
 世の中がひっくり返る、という言葉が、そのまま当てはまるような状況である。
 アンリエッタ女王は以前から平民優遇の政策を推し進めてきたが、それは大抵、国政の癌とも言うべき、不正を働く貴族たちへの牽制であると捉えられてきた。
 その認識を国民の多くが改めることになったのは、断頭台という処刑装置が登場してからのことである。
 落下する巨大な刃の重みによりスパンと軽やかに首を落とすこの画期的な装置は、既に十数人もの貴族を餌食にしたらしい。それはみな、不正を働いて国家に害を与えた罪人に対する処罰であった。
 平民は首が落ちるたびに熱狂的な歓声を上げた。
 罪人に対する処罰というのは建前で、その実特定の貴族に対する粛清が始まっているのだ、というのが、ほとんど暗黙の了解になっているらしい。
 特定の貴族というのがアンリエッタの政敵であることは、もちろん言うまでもない。さすがに表立って王権に刃向かう者はいないが、裏ではかなり激烈な闘争が繰り広げられており、既に死者も多数出ている……というのが専らの噂だった。
 そういった根拠の薄い噂は別にしても、アンリエッタが本格的な粛清に乗り出したことは、誰の目にも明らかだった。対立派の貴族達もまた、秘密裏に連絡を取り合って陰謀の準備に余念がないそうである。
 こういった情報は、シエスタを経由してティファニアの耳にも入ってきていた。だが彼女には、王都の状況など半ばどうでもいいことである。それによりこの地方の情勢が変わったり、ルイズの心身に影響が及ぶと言うのなら話は別だが、そうでない限りは何もできないし、するつもりもない。
 しかし、女王排斥派とまで呼ばれるようになった貴族たちの首魁の名を知ると、さすがにそこまで無関心ではいられなくなった。
 その人物の名は、ギーシュ・ド・グラモン。
 十五年前に別れたきりの友人であり、今は史上最年少の元帥として王軍を預かる男でもある。
 そんな彼が、常日頃から声高に貴族の名誉や権利を主張し、アンリエッタの平民優遇政策に不満を唱えているらしいのだ。

「あの方は一体何を考えてらっしゃるんでしょう。そんなことがミス・ヴァリエールの耳に入りでもしたら、ずいぶん面倒なことになりますのに」

 シエスタは不満げにそう言っていた。
 ギーシュの考えていることは、もちろんティファニアにも分からなかった。確かに気障な少年ではあったが、同時にずいぶん間抜けな人だったとも記憶している。そんな彼が日夜物騒な秘密会議を開き、陰謀を練るのに熱中しているというのは、どうも想像できなかったのだ。

(彼は、ルイズさんのことをすっかり忘れてしまったのかしら)

 そうとしか思えなかった。十五年前、ルイズを取り巻く偽りの幸せを守るため、アンリエッタに協力を申し出たりと、かなり協力的だった人間である。覚えているのなら、ルイズに悪い影響が及ぶことをするとは思えない。
 十五年の月日が流れ、あのとき一緒にいたメンバーもそれぞれの生活を送っている。
 忙しさの中で、ルイズや才人のことが記憶の隅に忘れ去れてしまったのかもしれない。

(もしかしたら、彼も罪の意識に耐えかねて、逃げているのかもしれない)

 そんな風にも考えた。ギーシュには気弱で臆病な部分もあった。自分の罪深さを忘れるため、危険な権力闘争に没頭していった可能性もある。
 王都から遠く離れたデルフリンガー男爵領にいる彼女には、どちらが正しいのかは判断がつかなかった。
 結果から言うと、どちらも正しくなかった。
 ティファニアが彼の真意を知ることができたのは、他ならぬギーシュ自身と会話する機会を、最後に得たからだった。



 草を踏みしめ枯れ枝を踏み砕く音が聞こえてきたとき、ティファニアは森の中にいた。暖炉に火を灯すための木材などを調達している最中だった。小屋から見て、少し城寄りの場所である。そんな場所で、しかも城がある方向から誰かの足音が聞こえてきたものだから、慌ててしまった。

(まさか、ルイズさん? でも、シエスタさんが見張っているはずだし……)

 迷いながらも、一旦集めた枯れ枝を捨てて、木の影に隠れる。ルイズだとしたら、見つかるわけにはいかない。自分がここにいることが知れたら、頭のいいルイズは記憶を取り戻さずとも事の真相に気付いてしまうかもしれない。そうなるとまた記憶の改竄を行わなければいけない。出来るなら、それは避けたかった。
 隠れている内に、足音はだんだんと近づいてきた。早足だが、走ってはいない。この森に慣れた人間ではないらしい。そのとき、鬱蒼とした木々の向こうから、金色の髪が垣間見えた。

(あれは、ひょっとして)

 胸が高鳴るのを感じながら待っていると、その人物はティファニアが隠れている木のすぐ近くで立ち止まった。
 長い金髪の女性だった。羽織っているマントやその下に見えている衣服は、遠目にも非常に上質な布地で仕立てられていることが分かる。明らかに高い身分の人間である。そして、彼女の顔立ちには見覚えがあった。

(もしも違ったら……ううん、間違いないわ)

 ティファニアは意を決して、木の影から歩み出た。向こうもすぐこちらに気付いた。

「……お久しぶりです、モンモランシーさん」
「……ティファニア、あなたなの?」

 驚き、呆然とした彼女の目には、痛々しい涙の跡があった。



「何もお出しできなくて、すみません」
 他の友人たちを迎え入れたときと同じことを言いながら、ティファニアはモンモランシーに椅子を勧める。彼女は無言でそこに座った。
 あれから、立ち話もなんだからとモンモランシーを誘って、小屋に招きいれたところである。
 その間、彼女はずっと何か思いつめた様子で黙り込んでいた。椅子に座った今も、やはり言葉を発しない。少々険を感じてしまうほどに勝気な顔立ちは以前と変わりないようだったが、今その美貌には深い憂いの色がある。

「こちらにいらしていたなんて、知りませんでした」

 彼女の沈んだ様子に戸惑いながらも、ティファニアは声をかけた。モンモランシーは小さく息をつく。

「でしょうね。影武者まで仕立てて、念入りに身を隠してここまで来たんだもの。ルイズだって」

 一瞬、声が詰まった。

「ルイズだって、わたしたちが何の連絡もなしに来たから、ずいぶん驚いてたわ」
「わたしたち、って言うと、ギーシュさんもご一緒なんですね?」
「ええ。夫婦だからね」

 その言葉には驚かなかった。東方から帰還して程なく、ギーシュとモンモランシーが結婚したということは、やはりシエスタから伝え聞いていた。幼い子供も三人ほどいるそうだ。

「夫婦のはずなんだけどね、一応」

 そう付け加えた声音には、隠しきれない苦渋の色がある。そのことについて聞くべきかどうか迷っていると、モンモランシーは不意に頭痛を感じたように、広い額を片手で押さえた。

「なのに、何の相談もなしに……本当に、もう」

 ため息と共に、涙の粒が零れ落ちる。彼女は慌ててそれを拭った。

「ごめんなさい。あの馬鹿のこともそうだけど、ルイズのことも……いろいろとごちゃごちゃになっちゃって、自分でも気持ちの整理が上手くつけられないの」
「いえ、お気になさらないでください。ルイズさんと、会われたんですね?」

 モンモランシーは頷いた。

「今しがた、会ってきたこと。楽しくお喋りしてたんだけど、ね。途中で耐えられなくなって、飛び出してきちゃったわ。あの子があんまり幸せそうに、サイトのことを語るものだから」

 モンモランシーの表情が苦しげに歪む。潤んだ瞳が痛みを堪えるように細められた。

「なんだか、夢を見ているような気がしたの。本当はあんなひどいことは起こらなくて、サイトは元気に生きていて……そんなはずないのに、あの子の幸せそうな顔を見ていたら、そう信じそうになった。でも次の瞬間にはすぐ冷静さを取り戻していて、あの子の言うことは全部嘘だってことが分かって……そしたら、とてもあの場所にはいられなかったわ」
「気持ちは、分かると思います」
「ありがとう」

 憂鬱な口調でそう言ったきり、モンモランシーはまた押し黙ってしまう。何か、深く思い悩んでいる様子だった。

(やっぱり、あのことと関係があるのかしら)

 女王に仇名す年若い元帥、という、王都でのギーシュの評判を思い出す。
 ひょっとしたらそのことで悩み、精神的に参ってしまっているのかもしれないと思ったが、訊ねるのは躊躇われた。

「あいつね」

 小さな呟きが聞こえた。

「あいつ、また一人で格好つけてるのよ。わたしの気持ちも考えないで」
「どういうことですか?」

 モンモランシーは首を振った。

「わたしの口からはとても言えないわ……話してる内に耐えられなくなりそうだから。本当に、あのバカ……一人で覚悟決めて、臆病者のくせに逃げ出す素振りも見せないで……」

 また、彼女の頬を涙が伝った。

「本当に、馬鹿なんだから」

 そのとき、不意に小屋の扉がノックされた。少々品に欠けた、慌てたようなリズム。

「どなたですか」

 怪訝に思いながら声をかけると、一拍ほどの間を置いて驚いたような声が返ってきた。

「やあ、ティファニアか。君の声は少しも変わらず美しいね」

 鼓動が早くなる。声と口調から、扉の向こうにいるのがギーシュだと分かった。思わずモンモランシーを見ると、彼女は素早く涙を拭い、椅子の上で背筋を伸ばしてそっぽを向いた。実に自然な所作だ。そういう風に体裁を取り繕うのは慣れているらしかった。

「不躾で申し訳ないが、入れてもらってもいいかね?」

 ティファニアは迷った。モンモランシーの様子からして、ギーシュとの間があまり良好でないことは予想がついたし、何よりも、ティファニア自身の心の準備が出来ていない。

(ギーシュさんは、一体どんな風になっているんだろう)

 扉の向こうから聞こえる声は、以前とあまり変わらないように思える。だが、王都での風評を聞く限り、彼が全く変わっていないとはとても思えない。変わってしまった彼と向き合うのは、何故かとても怖かった。
 かと言って、返事もせずに立たせておくわけにはいかなかった。ティファニアは結局、「どうぞ」と言って彼を小屋の中に招き入れる。扉がゆっくりと開いて、外から背の高い男が姿を現した。
 金髪を丁寧に撫で付けた、伊達男という形容がよく似合う美男子である。齢は三十前半のはずだが、二十代と言っても十分に通用するほど若々しく見える。背は昔よりも一回りほど大きくなっており、彼の持つ男性的な魅力に一役買っている。
 そんな風に、目の前の男は予想通り様変わりして見えた。しかし、驚いたことに、彼の顔に浮かぶ、どことなく間抜けな悪戯っぽい微笑は昔のままであった。
 彼はその表情のまま、大袈裟に両腕を広げてみせる。

「やあ、久しぶりだねティファニア。やはり君は以前と変わらず美しいね。その艶やかできめ細やかな絹糸のごとき金髪に、どれほどの時を経ても全く衰えぬ美貌、まさにこの辺境に降り立った女神とも言うべき……おや」

 長ったらしい口上の途中で、彼は何かに気付いたように片眉を上げた。視線を辿って肩越しに振り向くと、椅子に座ってそっぽを向いているモンモランシーに行き着く。また視線を戻すと、目の前の男の顔一杯に、嬉しそうな笑みが広がっていた。

「やあ、我が愛しい妻、モンモランシーじゃないかね! やっぱりここにいたんだね、いやあ、君が突然出て行くものだから、僕がどれほど心配したか……無事で本当に良かったよ」
「あのねあんた」

 モンモランシーが、冷たい瞳でじろりと男を睨む。

「その愛しい妻の目の前で他の女口説いておいて、『どれほど心配したか』はないんじゃないの?」
「何を言うんだいモンモランシー、あんなのは所詮挨拶代わりじゃあないか。僕の心はこの世で最も愛しい女性のものだとも。つまりは君のことさ、愛しのモンモランシー! なんなら、この熱く燃え盛る証として、さっきの十倍熱烈な賛美を君に捧げてもいい!」
「死ぬまでやってなさいよバカ」

 にべもない返事に、男は大袈裟に肩を竦めてみせる。ティファニアの胸がじわりと温かくなった。

(ああ、やっぱり、この人はギーシュさんなんだ。笑っちゃうぐらい、何も変わってない)

 ふと、甘く懐かしい香りが鼻腔をくすぐる。モンモランシーの香水だ。今まで気付かなかったが、彼女の香水の香りもまた、十五年前と何ら変わっていない。
 懐かしい声と香りに包まれて、彼女は一瞬、自分が十五年前に戻ったのではないかと錯覚した。
 今にキュルケやコルベール、タバサ、シエスタとルイズ、それに才人が小屋に駆け込んできて、大騒ぎが始まるのではないかと、半ば本気で期待しかけた。

「しかしまあ、なんだね」

 ギーシュがどこか難癖つけるように呟いたので、ティファニアは現実に引き戻された。彼は少々気難しい顔をして、狭苦しい小屋の中を見回していた。

「この小屋は君のように美しい女性が一人暮らしをするのには、全く似つかわしくないね! いや、それはそれで俗世から切り離された神秘的な趣がなくもないが。まあそれはそれとしても」

 ギーシュは不意に視線を下に落とした。ちょうど、ティファニアの胸の辺りである。

「相変わらず見事な」

 彼がそこまで言いかけたとき、後ろから椅子を蹴る音が聞こえてきた。咄嗟に脇に避けると、荒々しい足音と共に歩いてきたモンモランシーがギーシュの頬を思いっきり張り飛ばした。

「せめて一分でいいから自分で言ったとおりの行動が取れないの、あんたは!?」
「いやしかしだねモンモランシー」
「うるさいバカ! そんなに喋りたいなら一人で喋ってりゃいいのよ!」

 丸っきり以前と変わらぬ口調で怒鳴りつけて、足音高く小屋を出て行ってしまう。ティファニアは慌てて外に出たが、モンモランシーは振り返る素振りすら見せずに歩いていく。
 本当に、以前と変わらぬやり取りだ。久しぶりに、少しだけ楽しい気分になる。

(これで、小屋の中に戻ると、ギーシュさんが情けない顔で肩を竦めていて)

 だが、その気分も長くは持たなかった。
 小屋の中に戻ると、先程までの和やかな雰囲気は少しもなくなっていて、椅子に座ったギーシュも何か思いつめたような雰囲気を纏っていたのだ。
 立ちすくむティファニアの背後で、扉がばたりと閉まった。小屋の中が少し暗くなる。

「すまなかったね」

 ギーシュがため息混じりに言った。

「ああいう風にしないと、どうも気まずくなってしまうのでね……不快な気分にさせてしまったら、申し訳ない」
「いえそんな、謝らないでください。そんなの」

 ――全然、ギーシュさんらしくないです。
 言いかけた言葉を、ティファニアは飲み込んだ。ギーシュの顔には、以前の彼からは想像もつかないほど憂いを帯びた表情が浮かんでいる。
 テーブルを挟んで、ギーシュの向側に腰掛ける。こんな風に友人を見るのも、これで三度目だ。

「さっき、ルイズに会ってきたんだが」

 ギーシュはどこか苦味のある微笑を浮かべた。

「とても幸せそうだったね。王都にいるサイトが近況を手紙で報せてくれると、嬉しそうに話していたよ。彼は僕に協力して、兵を鍛えてくれているそうだ」
「すみません、シエスタさんと相談して、そういう内容の手紙を」
「ああいや、責めているわけではないんだよ。むしろ感謝している」

 ギーシュはじっとティファニアを見つめた。

「君の手紙のおかげでね、ほんの少しの間だけ、いい夢を見られた気がするんだ。ありがとう」

 ギーシュが深々と頭を下げる。ティファニアは慌てて立ち上がった。

「やめてください、わたし、そんな風に」
「感謝される資格はない、かな?」

 ティファニアははっとした。ギーシュの瞳が、上目遣いにこちらを見上げている。

「この小屋の中の様子からも、予想はついていたが」

 顔を上げたギーシュの視線が、小屋の中を一巡りして、ティファニアに戻ってきた。

「ティファニア、君はやはり、あのときのことを後悔して生き続けてきたんだね」

 問いかけには答えず、俯き、座る。返事が必要だとは思わなかった。

「聞かせてもらいたいんだが」

 ベッドの方に目を向けながら、ギーシュが目を細める。そこには、キュルケからもらったハンカチと、タバサが残していったナイフが置いてあった。いつも、枕元において眠るからだ。

「あのときあの場所にいたメンバーの中で、ここに来たのは僕が最初かな?」

 首を横に振ると、ギーシュはテーブルに肘を突いて、わずかに身を乗り出した。

「出来れば、話してくれないかな。彼女たちが、君に何を残していったのかを」

 ティファニアは頷き、五年前と十年前の記憶、友人たちと交わした会話を、思い出せる限り正確に語った。ギーシュは黙って微笑んだまま、ときどき頷きながら話を聞いていた。
 語り終えたあとしばらくは、二人とも黙ったままだった。

「サイトの遺志、というがね」

 不意に、ギーシュが言った。苦笑いめいたものが口元に浮かんでいた。

「僕はどうも、この言葉には違和感を覚えてしまうな」
「違和感、って言うと……?」
「ルイズに偽りの幸せの中で生きてもらうのが、本当にサイトの遺志なのかってことさ」

 ギーシュは淡々と語り出した。

「ルイズの幸せを守ることが才人の遺志だ、というがね。彼が本当にそう言い残したかどうかは誰にも分からないんだよ。僕らが聞いたのは、『ルイズを、幸せに』という呟きだけだ。それは確かに『ルイズを幸せにしてやってくれ』という頼みだったのかもしれないが、ひょっとしたら単に『ルイズを幸せにしてやりたかった』という悔恨の言葉に過ぎなかったのかもしれない。だから、『わたしたちはサイトの遺志を守っている』というのは、単なる自己欺瞞に過ぎないのさ」

 ギーシュは目を瞑り、静かに断言した。

「僕らはただ僕らの意思で、この方がルイズのためになると判断して、彼女の記憶を奪い続けている」
「では」

 ティファニアは拳を握り締めた。

「では、やはりあなたも、ルイズさんの記憶を奪ったのは間違ったことだと?」
「少し違うな」

 ギーシュは考え深げに顎を撫でた。

「僕は、選択することが結果に直結するとは考えてない。選択肢と言うものは、選んだ時点では最上にも最悪にもならないんだ。重要なのは、選択した後にどれだけの努力をするかだ」
「努力、ですか」
「そう。その選択を、よりよい結果へと導くための努力さ。努力次第で、最良の選択が最悪の結果につながり、最悪の選択が最良の結果に繋がることもあり得るだろう」

 彼は遠くを見るように目を細める。

「僕は、シエスタがルイズの記憶を消すことを提案したとき、結局最後まで迷ったままだった。ルイズを殺しても、ルイズの記憶を消しても、どちらにしても後悔は残るだろうと。そして結局、自分ではどちらの意見も支持できないまま、ルイズの記憶は消されてしまった」

 ギーシュはまた、そっと目を閉じる。

「だから、そのとき決意したんだ。どちらも選べなかったからこそ、現状に不満を言うのも、別の選択肢を選べなかったことを後悔するのも止めようと。ただひたすら、今のルイズの幸せが少しでも長く保たれるように努力しようと、決めたんだ。それが、何も選べなかったものの務めだと思ったからね」

 口元に柔和な微笑が浮かんだ。

「そして、今日、ルイズを見た。心の底から幸せそうな彼女をね。正直に言って、複雑な気持ちだよ。確かに嘘に塗れたものではあるが、彼女が感じている幸せは本物だ。正しいとも間違っているとも断言できない。どちらも選べない。僕は、今でも昔と少しも変わっていないようだよ」

 自嘲めいた笑みは、すぐに決然とした表情に変わった。

「だからせめて、この幸せが外界の無粋な連中のせいで壊れてしまわないように、努力するつもりだ」

 ティファニアは身を固くした。ついに、彼の真意を知るときが来た。

「ギーシュさん。それは、あなたが王都で権力闘争に没頭していることと、何か関係があるんですか?」

 単刀直入に問いかける。回りくどい言い回しは不要だと思った。ギーシュも特に気を悪くした様子はなく、「ああ、大いにあるよ」と前置いたあと、何でもないことのように言った。

「僕は近々、女王陛下に不満を持つ者たちを秘密裏に集めて、大規模な集会を開くつもりだ。何が話し合われると思う?」
「分かりません」
「女王陛下を暗殺する計画さ」

 ティファニアは目を見開く。ギーシュは人差し指を立てた。

「祖国を憂う愛国精神に溢れた貴族の集まりでね。念の入ったことだよ、なにせもう具体的な計画はもちろん、この救国会議メンバーによる血判状まで仕上がっているんだから。連中の頭は、陛下亡きあとの混乱状態で、いかに自分の権力を確保するかで一杯なはずだ。しかしね」

 とっておきの悪戯の計画を打ち明けるように、にやりと笑う。

「実を言うと、その動きは優秀なアニエス近衛隊長に察知されているんだよ」

 一瞬何を言われているのか飲み込めなかったが、すぐにとんでもないことだと理解できた。「それじゃあ」と慌てて言いかけると、ギーシュは愉快そうに頷いた。

「そう。君の考えるとおりさ。反乱を企てる貴族達はこれで一斉に捕縛される。何せ、恐れ多くも女王陛下をその手にかけようとしたんだ。家柄も何も関係ない。間違いなく全員処刑されるだろうね」
「そんなことをしたら、あなたまで」
「その通りだ。僕はギロチン送りになるだろう。やれやれ、この首を取り合ってどれだけの女性が争うことになるかと思うと、少々心が重くなるよ」

 冗談めかした口調だったが、冗談でないことは明らかである。ギーシュがあまりに落ち着いた様子なので、かえってティファニアの方がもどかしくなった。

「どうにかならないんですか。女王様と対立してる貴族を捕えるにしても、何か、他の方法は」
「ない」

 ギーシュは即答した。

「精一杯努力はしているんだが、不満を抱く貴族たちを抑えるのも、そろそろ限界なんだ。彼らの筆頭である僕が何か具体的な動きを起こさなければ、勝手気ままに挙兵したり、知らないところで策謀を企てたりする輩が出てくることだろう。そうなったらもうお終いだ。反乱は全土に飛び火し、近衛だけで静めるのは不可能になる。だからこそ、今だ。今、待ちきれなくなった反乱分子を集めて、一挙に叩かせる。そうすれば反乱の芽は摘まれ、あとは陛下が上手く事を運んでくださるだろう。王政は平和裏に幕を下ろし、最小限の反乱だけを経て、平民の世がやってくる。この地でも、特に騒ぎは起こらないはずだ。ルイズの幸せが壊されることもない。そういう約束になっているのさ」
「約束?」
「こんな若造が元帥だなんて、おかしな話だとは思わなかったかい? 秘密の取引をしたのさ。陛下の思惑が実現するように命を賭けて協力する代わりに、こちらの願いも叶えてくれ、ってね」

 ギーシュはじっとティファニアを見つめた。

「分かるかい。これはルイズを守るためにはどうしても必要なことなんだよ。遠い昔、ある剣士がたった一人で七万の大群に突撃したときのようにね」

 ギーシュは懐かしむように目を細めた。

「ずっと、彼のようになりたいと思っていた。貴族よりも強く、誇らしかった男。結局彼には追いつけそうもないが、ルイズの幸せを守る代役ぐらいは果たせそうだ」

 そう言って苦笑する。

「サイトの遺志は分からない、なんて言ったばかりでなんだがね。やはり、彼が生きていたら全力で彼女を守っただろうと思うからね。死んだ彼の分まで頑張らないと」

 ギーシュの声音に迷いはない。もう、とうに覚悟を決めているらしかった。
 だが、ティファニアには一つだけ納得しかねることがあった。

「モンモランシーさんはどうするんですか。お子さんだっていらっしゃるんでしょう」

 彼女の涙を思い浮かべながら問うと、ギーシュは深く息を吐き出しながら答えた。

「モンモランシーはもう納得済みだよ……無理を言って納得してもらった、と言う方が正しいが。僕が死んだ後どうするかも、全て彼女に委ねてある。女王陛下には、なんとか妻子を見逃してもらえるように頼んであるからね。大人しく陛下に従って生きながらえるのも、僕を追って死ぬのも、全ては彼女の判断さ」

 満足げで、誇らしげな口調だった。

「僕は、その選択にケチをつけるつもりはない。なに、彼女は昔と変わらず、僕なんかよりずっと聡明だ。きっと、選んだ選択肢が最良の結果に繋がるよう、努力していけるはずだよ」

 それだけ言って、ギーシュは沈黙する。ティファニアは何も言えなかった。彼ら夫妻は、もう幾度も言葉を重ねているはずだ。今さら、部外者の自分が口を挟めることなど一つもない。

「ああそうだ」

 不意に、ギーシュが指を鳴らした。

「忘れていたよ。君に贈り物があるんだ」

 そう言って、どこに仕舞いこんでいたものか、小さな木箱を一つ取り出し、テーブルの上に置く。

「開けてみてくれたまえ。きっと、気に入ってもらえると思う」

 ティファニアは困惑しながらも木箱の蓋を開ける。中には、何か鈍い色の金属が入っている。手を差し入れて取り出してみると、それは、青銅で作られた飾り物だった。両手に収まる程度の大きさながら、息を飲むほどに緻密な作品である。
 それは、十五年前、才人が死ぬ前の彼らを鮮明に象った置物だった。
 シエスタと口喧嘩するルイズ。
 それを笑って眺めているキュルケと、傍らで苦笑するコルベール。
 興味なさげに本を読みつつ、視線はさり気なく騒ぎの方に向いているタバサ。
 ティファニアはルイズとシエスタの喧嘩を止めようとおろおろし、呆れてため息を吐くモンモランシーの横では、ギーシュが愉快そうに笑っている。
 そして中心には、彼がいた。ルイズとシエスタに挟まれて、深々とため息を吐いている才人。
 ティファニアは唇を噛んで、必死に涙を堪えた。
 今彼女の手の中にあるのは、もう二度と戻ってこない風景だった。才人がいなくなってしまっただけで、バラバラに砕け散ってしまった幸せ。
 今は嘘に塗れた記憶が才人の代わりに居座り、歪な形で偽物の幸せを保ち続けるだけだ。

「僕はね」

 涙を堪え続けるティファニアを見つめて、ギーシュが言う。穏やかな口調だった。

「あのルイズを見ていると、何もかも嘘のような気がしてくるんだ。本当にサイトが生きていて、今も僕らは昔と変わらずに楽しく過ごしていると、そんな風に思えてくる。無論、それが幻に過ぎないということを自覚しながらね。そう思わせてくれるぐらい、ルイズは幸せに生きている。だから」

 ギーシュがティファニアの傍らに膝を突き、俯く彼女の顔を覗きこみながら言った。

「だから、いいじゃないか。君はよくやっているよ。そんな風に、自分を責めながら生きることはない」

 ティファニアは青銅の置物をテーブルの上に置いた。急いで手を膝の上に持っていき、思い切り自分の体を握り締める。その痛みがなければ、間違いなく涙を零していただろう。喉が震えるのを自覚しながら、ティファニアは口を開く。

「わたしには、そんなことを言ってもらう資格はないんです」

 ギーシュはただ「そうか」と呟いたきり、後は何も言わなかった。



 小屋の周囲は、既に夕陽の光で赤く色づいていた。
 こうして友人を送り出すのは、これでもう三度目になると、ティファニアは思った。

(でも、キュルケさんもタバサさんも、生きて帰ってくる望みはあった)

 だが、今回は違う。ここでギーシュを行かせてしまえば、間違いなくこれが今生の別れになる。
 だというのに、少なくとも見かけだけは、ギーシュは全くの無頓着だった。

「さて、ではそろそろお暇させてもらうよ。町で待ってくれているであろう我が愛しい妻を、あまり待たせすぎてはいけないからね」

 夕陽の中、向こうを向いているギーシュの背中が、昔と違ってやけに大きく見える。やけに胸が痛んだ。彼だって、こんなことになりさえしなければ、ただの間抜けでお調子者な少年のまま、気ままに暮らしていけただろうに。

「本当はね」

 不意に、ギーシュが肩越しに少しだけ振り返った。

「君のことも、助けられるなら助けようと思っていたんだ」

 寂しげな苦笑が、横顔に浮かぶ。

「だが、思いあがりだったかな。やはり、サイトみたいには出来ないようだ」

 ティファニアの胸に、大きな焦燥が生まれた。

(このまま、この人を行かせてしまっていいの? こんなに優しい人を、こんなにも寂しそうな表情のまま見送るなんて)
「さて、それじゃあ今日はありがとう。どうか、元気で暮らしてくれたまえ」

 ギーシュが一歩、二歩と歩き出す。ティファニアは思わず彼を呼び止めていた。

「ギーシュさん!」
「ん?」

 夕暮れの光を背に浴びて、彼が怪訝そうに振り返る。何を言うべきか、ティファニアは必死で考えた。頭に浮かんだのは、モンモランシーの涙だった。

「あなたは、モンモランシーさんのこの後を、彼女自身の選択に委ねると仰いましたけど」
「ああ。それが、何か?」

 面食らったようなギーシュの顔を見たとき、ティファニアは自分が何を聞きたかったのか、ようやく分かった気がした。その想いを、彼に向かって投げかける。

「あなた自身はどう思っているんですか。彼女に生きて欲しいんですか、それとも、自分と一緒に死んでほしいんですか」

 ギーシュは少しの間目を瞬いていたが、やがておかしそうに笑い出した。

「なんだ、そんなことかい」

 悪戯っぽく、片目を瞑る。

「そんなもの、生きていてほしいに決まっているじゃないか。彼女を失うことは、この世界にとって重大すぎる美の損失だよ、君」

 昔と変わらぬ、お調子者の表情。「そうですね」と言って、ティファニアもようやく自然に微笑むことができた。
 そして、二人は大きく手を振りながら別れた。
 昔のままのギーシュの顔が夕闇にとけて見えなくなるまで、ティファニアはずっと、手を振り続けていた。



 彼女がギーシュを見たのは、やはりこれが最後となった。
 一月ほど後、王都にて大規模な反乱計画が事前に阻止され、主だった者たちが捕えられて全員処刑されたという報が、彼女の耳にも届けられた。
 この事件により、王権に対立できるほど有力で、なおかつ反抗的だった貴族はほとんど一掃され、トリステインは障害なく新たな時代に向かって突き進んでいくことになる。
 ギーシュ・ド・グラモンの妻モンモランシーは、その後女王アンリエッタの命に従い、家名や財産を全て王家に返上した。
 その後は市井の一未亡人として三人の子供を育て、様々な苦労を負いながらも立派に天命を全うした。
 存命中、彼女は幾度も夫ギーシュ・ド・グラモンに対する不名誉な謗りを受けることとなったが、一度としてそれに反論することも、同意することもなかったという。
 そうしてギーシュの真意は誰にも知られることなく、彼の名誉が回復されるまでにはさらに長い年月が必要となった。
 全てが明かされた後、彼らの墓は子孫たちの手によって旧グラモン家領の片隅に移された。
 自由の礎となった英雄の墓は、毎年、多くの人々の献花を受けているそうである。

 ギーシュがくれた置物を眺めるたび、ティファニアは痛みと共に思い出す。
 今の幸せは、本来あるべき形とは全く違ってしまっているのだと。
 だが同時に、それを全力で守ろうとした人たちがいたことも事実だ。
 タバサとの約束を果たすことが出来ないまま、時はまた無情に流れていった。

 不幸せな友人たち(7)―アニエス―
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