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【ゼロ魔SS】犬竜騒動(3)―鉄の竜―

昔某所に投稿したゼロの使い魔SSです。
原作1桁巻ぐらいの頃に書いたSSなので設定が古いです。
 


『犬竜騒動(3)―鉄の竜―』



 最近やけに使い魔の機嫌がいいことに、もちろんタバサは気付いていた。上機嫌の理由は分かりきっていたし、お喋りで読書の邪魔をされたくもなかったので、あえて指摘することこそなかったが。

「ねえねえ、おねーさまおねーさま」

 そんなタバサの内心はお構いなしに、シルフィードは長い首を伸ばして頭を寄せてきた。学院の隅の雑木林の中である。周囲に人がいないのをいいことに、遠慮なく喋りまくる。
「この間はね、サイトと一緒に綺麗な雪山まで行ってきたのよ。サイトったら、白く輝く山々のあまりの美しさに感動して、ずっと体を震わせていたわ」

 それは単に寒がっていただけだろう、と思ったが、あえて指摘はしない。そこから話が長引いたら面倒くさいし、シルフィードに気を遣って文句を言わなかった才人の気持ちを無碍にするのも気が引けたからである。

「その前はハルケギニア一巨大と名高い大滝を見に行ったわ。滝のかなりそばまで近づいたら、そのあまりの勢いに興奮して、才人はシルフィの背中の上でずっと跳ね回っていたのね」

 それは滝から飛び出した水滴が当たって痛がっていただけだろう、と思ったが、やはり指摘はしなかった。あの才人という少年は相当我慢強いな、と少し感心する。

「んとねー、あとはねー。あ、そうだ、かの有名な火竜山脈にも行ってきたのね。シルフィがサラマンダーと遊んでたとき、才人も追いかけっこしてたのね。あの左手の紋章も光らせて、一生懸命サラマンダーの遊びの相手をしてあげてたのね」

 それは襲われて必死に逃げ回っていただけだろう、と思ったが、指摘する気にもならない。後で何か才人にお詫びの品でも持っていくべきだろうか。

「とにかく、デートスポットの下見は着々と進んでいるわ。これで、おねーさまとサイトのデートもばっちり上手くいくに決まってるのね。サイトったら本当に優しくて明るくて、素敵な男の子。おねーさまのお相手にはピッタリなのね」

 シルフィードは長々と才人のことを話し始めた。最初こそ「サイトは優しくてカッコイイからおねーさまのお相手にぴったりなのね」という内容だったのが、段々「この間はこんなこと言ってくれた」「この間はこんなことしてくれた」という内容に変化していく。

(夢中になってるみたい)

 使い魔になる前にシルフィードがどんな生活を送ってきたのか、あまり詳しくは知らない。このはしゃぎ様を見る限りでは、異性(この場合はオスと言うべきか)と深く付き合ったことはないのだろう。

(つまり、子供ということ。おそらく、まだ恋愛感情とは呼べない)

 どちらかと言えば、優しいお兄さんに対する憧れのようなものに思えた。風韻竜の恋愛観が、人間と同じだと仮定すればの話だが。

「ところでおねーさま、今日は何読んでるの」
「これ」
「えーと、『王宮の秘め事シリーズ~第七王女と若公爵、背徳の逢瀬~』ってなにこれ」
「王位継承からは程遠い位置にいる、位の低い王女と、妻子ある身の若い公爵が、許されない恋に落ち、淫靡な情事と身を焦がす背徳感に悶える話」
「……おねーさまみたいな人、耳年増って言うのね。どうしてそんなの読んでるの」
「本なら何でもいい」
「活字中毒なのねー、きゅいきゅい」

 呆れたような声で鳴くシルフィードのことは無視して、タバサは本を読み進める。
 タイトルの露骨な卑猥さとは裏腹に、登場人物の後ろ暗い心理描写がなかなか秀逸な物語である。扇情的な部分は興味がないので読み飛ばしているが、話の筋は分かるので問題ない。

(立食形式の晩餐会の最中、騎士隊長の妻は物陰でこっそりと情事にふける、王女と自分の夫の姿を偶然目撃してしまう……本妻と愛人の対立。これはいい修羅場)

 タバサは夢中で本のページを手繰る。こういうときは集中しきっているので、周辺で起きている出来事など大抵気にならないものだ。だが、そのとき聞こえてきた音はあまりにも大きかったため、さすがのタバサも本から顔を離さずにはいられなかった。

「なんなの、なんなの」

 根が臆病なシルフィードが、不安げな様子で身を寄せてくる。タバサはじっと、音のするほうに意識を集中させた。広場の方で、低く鈍い音が、小刻みに絶え間なく響いている。その音が次第に大きくなっている辺り、発生源はじょじょにこちらに近づいてきているらしかった。

「飛べるのかねー!?」
「大丈夫、行けるみたいッスよーっ!」

 ふと、激しい音に混じってそんな会話がかすかに聞こえてきた。両方とも聞き覚えのある声である。

「あれ、サイトの声だ」

 シルフィードが呟いた瞬間、広場の方から何かが空中に飛び上がった。驚いて見上げると、地面に影を作りながら、何か巨大な物体が空を横切っていくところだった。その物体の形には、見覚えがある。

(確か、「ひこうき」とか言っていた)

 少し前、キュルケの宝探しに付き合ったことを思い出す。その終わりごろに、同行していたメイドの少女の生まれ故郷に立ち寄る機会があった。今空を飛び回っているあの鉄の塊は、その村に置いてあったもので、才人が「これは空を飛ぶ機械だ」と主張して持ち帰ってきたのである。

(本当に、飛んでる)

 驚かずにはいられない光景だった。さすがのタバサも、あれが本当に飛ぶものだとは思っていなかった。シルフィードに至っては、そもそも鉄の塊などには少しも興味を持たず、「サイトがなんか変なことしてるー」程度の認識で、ロクに見てもいなかった。
 だから今、タバサの隣であんぐりと口を開いて空を見上げている。

「おねーさま」
「なに」
「さっきの声からするに、きっとあれにサイトが乗ってるのね」
「だと思う」

 頷きながらタバサは空に目を凝らす。ひこうきは、先程からずっとタバサとシルフィードの頭上をぐるぐる回っている。どことなく、上機嫌そうに見える動きである。

「サイトを乗せてお空を飛ぶのは、シルフィの役目だったのに」

 シルフィードの声が震えている。隣を見ると、声だけでなく体全体がぶるぶると震えていた。

(この状況)

 タバサは手の中の本に目を落とした。それから、シルフィードを見る。

(本妻と)

 再び空を見上げれば、そこには凄い勢いで飛び回っているひこうきの姿。

(愛人)

 タバサは一つ頷いた。

「これはいい修羅場」
「サイトの浮気者ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 絶叫で正体がばれては困るので、タバサはとりあえず「サイレント」でシルフィードを黙らせておいた。



「ひどいのねひどいのね、サイトったらひどいのね」

 ぶつぶつと呟きながら、シルフィードはヴェストリの広場を荒々しい足取りで歩いていた。向かう先は、もちろん先程の鉄の塊が着地した、広場の中央である。

(泥棒猫、発見なのね!)
 心の中で嫉妬の炎をメラメラと燃やしながら、シルフィードはのしのしと鉄の塊に接近する。こういうときは、弱気を見せたら負けなのである。「あ、あなた、わたしの主人の何なんですか!」などと金切り声を上げてはいけない。「オイコラテメ、あたいのオトコに色目使うなんざ、舐めた真似してくれんじゃン?」と、初めから喧嘩腰で行くのがコツなのだと、シルフィードの母は教えてくれた。

(睨むのね睨むのね、力いっぱい睨んじゃうのね)

 両目に力を込めつつ、じりじりと鉄の塊に接近する。だが、間近まで来て、シルフィードは困ってしまった。

(……こいつ、どこに目がついてるの?)

 人を乗せて空を飛んでいたのだから、目の前の鉄の塊だって、ただの鉄の塊に見えてその実竜の一種のはずなのである。シルフィードはこんな変てこな竜など見たことがなかった。だが、世界は広い。こんな変てこな竜が生息しているところもあるのだろう。
 だが、竜にしてはおかしい。多分、風車の羽のような謎の三枚板がくっついている、突き出した部分が鼻なのだろうということは推測できるが、どこからどこまでが頭で首で胴体で、といったところが、全く理解できない。
 シルフィードは鉄の塊にしか見えない竜のそばを、困惑しながらぐるぐると動き回った。しかし、平べったくて飛ぶときにすら羽ばたかない翼にも、上部にあるガラスで囲われた鞍の辺りにも、鼻らしき部分にくっついている謎の三枚板の周辺にも、この鉄の竜の瞳らしきものは見当たらない。
 シルフィードはきゅいきゅい鳴きながらしばらく考えて、一つの結論を導き出した。

(世の中には、目が見えない竜もいるってことなのね)

 どこまでも変てこな竜である。こんな得体の知れない女にサイトを渡す訳にはいかない、とシルフィードは嫉妬の炎にさらに薪をくべる。

(ふんだ、偉そうにふんぞり返っちゃって)

 癪なことに、この鉄の竜はこれだけシルフィードが接近しても何の反応も見せない。余裕を見せ付けているつもりなのか、ただ悠然とその場に鎮座したままである。先程はあれだけ元気に鼻先の二枚板を回しながら飛び回っていたくせに、今は借りてきた猫のように大人しくしている。

(さすが泥棒猫、猫を被るのは得意技なのね)

 シルフィードは馬鹿にするように鼻を鳴らしながら、鉄の竜に嘲り笑いを投げかける。それでも、やはり鉄の竜は無言のまま動かない。これはいよいよおかしいぞ、とシルフィードは思った。

(お前、何を企んでいるの?)

 まさか罠か、とシルフィードが勘ぐったとき、不意に背後から怪訝そうな声がした。

「なあ、さっきから何やってんだ、お前」

 聞きなれた声に、シルフィードは慌てて振り返る。するとそこに、疑わしげな眼差しでこちらを見ている才人が立っていた。

(はめられた!?)

 シルフィードは慌てて、鉄の竜に向き直る。ちょうど差し込んできた日の光を照り返して、憎い敵は得意げに笑っているようにも見える。

(くぅっ、シルフィが醜い嫉妬の炎に身を焦がして、必死に泥棒猫を挑発している現場をサイトに目撃させるだなんて。この策士!)

 シルフィードは歯噛みした。これでは、気弱で何も言い返せずにしょんぼりと押し黙っている鉄の竜を、意地の悪いシルフィードが嫌味ったらしくネチネチといじめているように見えたかもしれない。

(違うのよサイト、シルフィそんな悪い竜じゃないのね)

 弁解するようにきゅいきゅい鳴くシルフィードを見て、才人は何か納得したように頷いた。

「ああそうか、お前もこいつに興味があるのか」

 楽しげに言いながら、シルフィードの横を素通りして、才人は鉄の竜のそばに歩み寄る。そして、憎い敵の硬そうな緑色の体を、ぽんぽんと気軽に叩いた。のみならず、

「どーよ、シルフィードも結構長生きらしいけど、さすがにこんなのは見たことねーだろ」

 と、鉄の竜の体の表面に手を這わせている。その触り方はシルフィードに対する優しい愛撫とは違い、ほとんど撫で回すと表現してもいいぐらいの無遠慮なものであった。

(ああ、そんな、なんて艶かしい!)

 シルフィードは驚愕する。自分の知らぬ間に、才人と鉄の竜がこれほどいやらしい関係になっていようとは思いもしなかった。あまりの事態に頭を混乱させるシルフィードの前で、才人はさらに信じられない行動に出た。

「いやー、いいよなー。この渋い緑色といい、機能的かつ芸術的な曲線といい。まさに職人芸、これぞ男のロマンってやつだよなー」

 うっとりした声で言いながら、鉄の竜の体に抱きついてすりすりと頬を寄せている。そのあまりの密着具合に、シルフィードは気を失いそうになった。

(そんな、そんなこと、シルフィにもしてくれたことないのに)

 心臓を直接つかまれたような痛みを感じ、シルフィードはニ、三歩と後ろによろめいた。涙で滲む視界の中、まだ才人に抱きつかれている鉄の竜が、先程よりもずっと大きく見える。

(どう、あなたのオトコは今わたしの肉体に溺れているのよ。分かったらさっさとその貧相な体を、わたしたちの視界の中から消してくださる? 正直ね、目障りなのよあなた)

 そんな嘲笑すら聞こえてくるような気がする。シルフィードは泣き喚きながら逃げ出した。



「おねーさまーっ!」
 タバサの眉がぴくりと小さく震えた。訳の分からない怒り方をしながら広場の方へ向かったシルフィードが、今度は泣き喚きながら戻ってきたのだ。
 タバサの数倍は生きているくせに、感情を隠すのが下手くそな竜である。内心ため息を吐きながら、本を閉じて横を見る。シルフィードは、土煙を上げながら物凄い勢いで走ってくる。タバサはとりあえず弱めのエア・ハンマーを飛ばして、使い魔を無理やり静止させた。

「い、痛いのね」
「そんなに大声で泣き喚いたら、正体がばれる」

 叱るときの声でそう言ってやると、シルフィードは「だって、だって」とぽろぽろと涙を零しながら、また高い声で泣き始める。

(鬱陶しい)

 読書を邪魔されて不機嫌なせいもあって、ついそんなことを考えしまう。それでも、声を張り上げて悲しげに泣き続けるシルフィードを見ていると、少し可哀想になってくる。タバサは、泣き続ける彼女の頭をそっと抱いて、ゆっくりと撫でてやった。

「どうしたの。何があったか、話してみて」
「ぐじゅぐじゅ……あのね、あのね」

 しゃくり上げながら話し出すシルフィードを見ている内に、ささくれ立った心が少し穏やかになるのを感じた。

(わたしも昔、こんな風に母様のお膝に泣きついたことがあったな)

 タバサの口元に、薄らと微笑が浮かぶ。
 だが、穏やかな気持ちも、かすかな微笑も、シルフィードの話を聞いているうちに徐々に固くなっていく。

「そいでね、サイトったら、あの女の硬くて鉄くさいお肌にすっかりメロメロになってるみたいなのよ。あんな鉄みたいなお肌よりだったら、わたしの鱗の方がまだ柔らかいのね、きゅいきゅい」

 シルフィードはかなり憤慨しているようだったが、その怒りには今ひとつ共感しかねるところがあった。もちろん、「恋の悩みなんて、タバサ恥ずかしくて分かんない!」というような、ふざけた理由ではなく。

「待って、シルフィード」
「なに?」
「その、女、というのは、誰? と言うか、なに?」
「もちろん、さっきサイトを乗せていい気になって飛び回ってた鉄の竜なのね。あんな見せ付けるような飛び方しちゃって、すっごく高慢で嫌な奴なのね。きゅいきゅい」

 一瞬、ひょっとして冗談を言っているのだろうかと疑ったが、シルフィードは間違いなく大真面目に怒っていた。大真面目に、鉄の塊に対して、女としての嫉妬の炎を燃やしているらしい。
 「サイトを玩具に取られてしまった」と言って、面白くない気分になっているのなら、まだ分かる。だが、この状況で「サイトを他の女に取られた」と思い込んでいるとは。まさか、鉄の塊相手に、本気で「本妻と愛人の修羅場」を演じているとは思いもしなかった。

(アホの子)

 タバサは手で頭を押さえた。召喚した当初からアホだアホだと思っていたが、ここまでだとは思っていなかった。あんな物体を生き物と判断するとは、このアホ竜の頭の中には一体何が詰まっているのだろう。これはもう、脳味噌への冒涜とでも表現すべき所業である。知性という輝かしい宝の上から糞を垂れ流すような行為と言っても過言ではない。

「大体、サイトもサイトなのね! あんな鉄臭くて脂臭くて硬い体に欲情するだなんて! きゅいきゅい。こういうの何て言ったかしら。健全な対象から外れて、異常なものに欲情する……変態。そう、変態、変態なのね! 変態、変態、サイトの変態!」
「竜に欲情したとしても十分変態だと思う」

 一人で興奮しているシルフィードに、一応そう指摘しておいてやる。無論シルフィードは聞いていないようだったが、もうどうでもいい。危険な任務に従事するときの十倍は疲れた。

(こんなのが使い魔として召喚されるということは、ひょっとしてわたしもどこか変?)

 そんな疑いすら起きてくる始末である。

「きゅいきゅい。こうなったら徹底的にやっちゃうのね!」

 自分の頭について真剣に悩み始めたタバサの隣で、シルフィードは後足を伸ばして立ち上がった。そのやる気に満ちた黒い瞳を見ていると、とてつもない不安が胸に湧き上がってくる。タバサは嫌々ながらも問いかけた。

「徹底的にやる、と言うと?」
「もちろん、シルフィのほーまんなボデーで、サイトを正常に戻してあげるのよ」
「……潰さないように気をつけて」

 今の精神状態では、そう言うのが精一杯だった。タバサは本を抱えて立ち上がる。疲れ果てた頭を少し癒すために、今は眠ろうと思う。
 寮に戻る途中に振り返ってみると、シルフィードはさっきの場所に立ったまま、拳を突き出したり戻したりして、意味不明な準備運動を始めていた。

(これが原因で正体がばれたりしたら、本気で風韻竜の肉の値段を調べてみるべきかもしれない)

 そんなことを考えつつ、タバサは疲れた足取りで寮の中へと入っていった。



 三十分ほど後、シルフィードは再びあの憎い鉄の竜の眼前に立っていた。ほーまんなボデーで才人に直接迫ろうと考えていたのだが、彼はいないようだった。

(ということは、この鉄臭い竜とシルフィの一騎打ちなのね)

 謎の三枚板がくっついている鼻先を思いっきり睨みつける。無論、この程度で相手が怯まないことは重々承知である。

(ふん、サイトの前ではしおらしくしてるくせに)

 敵の性悪な二面性を軽蔑しながら、シルフィードは大きく息を吸い込み、腹に力を込める。そして、顎を一杯に開けて、全力の咆哮を敵に浴びせかけた。

(風韻竜の咆哮で、自分のしたことの恐ろしさに気付くといいのね!)

 空気を波立たせる吠え声に、敵の体も大きく震えているように見える。シルフィードは自分の勝利を確信しかけた。



 ところで、シルフィードは気がついていなかったが、このとき、ゼロ戦のコックピットに乗り込んでいる人物がいた。
 才人ではない。この魔法学院の教師、コルベールである。
 メイジでありながら機械的なものにも興味を示す彼は、もちろんこのひこうきというものにも興味を惹きつけられた。今は主人のところに戻っていてこの場にいない才人に、あらかじめこのひこうきの操作法を聞き出し、自分でも少し動かしてみようとしていたのである。

(えんじん、を動かす方法は、まずこことここと)

 と、一つ一つ確認しながら必要な作業を行い、最後に、コックピット内の引き手を引っ張る段にきた。

(これを引けば、プロペラというのが回るらしいが)

 ちなみに、このときすでにシルフィードの咆哮が周辺の空気のみならずひこうきの機体も震わせていたのだが、読書時のタバサ並に集中しきっているコルベールは、そのことに全く気付いていなかった。
 気付かないまま、コックピット内の引き手を思いっきり引っ張った。



 成す術もなく沈黙していたように見えた敵が、突然動きを見せた。

(な、なにあれ!?)

 シルフィードは驚愕した。今まで止まったままだった、例の謎の三枚板が、突如物凄い勢いで回転を始めたのである。そこから発生する音もまた凄まじく、まるでこちらを威嚇しようとして叫び声を上げているようだ。

(ここ、こいつ、舐めた真似をしてくれるのね!)

 強がりながらも、シルフィードは拭いきれない恐怖を感じていた。最初は風車の羽根のように思えた謎の三枚板だが、実際に回転し始めると、その速度は風車など比べ物にならないほど速い。もしも、あんな速度で回転する板に触れでもしたら、と、嫌でも想像してしまう。

(細切れにされちゃうのね)

 あまりにも恐ろしい敵の武器に、シルフィードは恐れおののく。
 しかし、どんなに敵が恐ろしかろうと、ここで引き下がる訳にはいかないのである。

(そっちがその気なら、こっちだってやっちゃうのね)

 シルフィードは小さな声で、そっと魔法の詠唱を始めた。敵はまだ、「オラオラ、切り刻まれたきゃかかってこいや」とこちらを挑発している状態である。動き出す前に遠距離から魔法を打ち込めば、こちらの勝利は確定したも同然のはずだ。
 詠唱は、すぐに完成した。

(よーっし、喰らうがいいのね!)



 そのとき、コルベールは「えんじん」が正常に作動したことに気をよくし、「何故このプロペラが回ると、この鉄の塊が空に浮くのか」ということについてあれこれと考察を始めていたが、そのときふと、操縦桿に何かボタンのようなものがついているのを発見した。

(これは、何だろうか)

 ボタンがあるとついつい押してみたくなるのが人情というものである。コルベールもその誘惑に負けて、そのボタンを押し込んでしまった。



 詠唱を終えて魔法を解き放とうとした瞬間、突如凄まじい轟音が鳴り響き、舞い上がった土煙によって視界が閉ざされた。

(なになに、今度はなんなの?)

 魔法は不発のままに終わり、シルフィードは状況を確認できないまま、その場で時が過ぎるのをじっと待つ。そして土煙が晴れたとき、彼女の前に信じられない光景が広がっていた。
 前方の敵には、特に変わったところはない。だが、シルフィードから少し離れた地面が、何か凄まじい力で点々と抉られていた。

(まさか、さっきの音の正体って……!)

 シルフィードは内心恐怖に震えた。先程の轟音は、敵が凄まじい威力の魔法を解き放った音だったのだ。聞いたときは人間が使う銃の音に似ていると思ったが、それにしては連射が早すぎたし、何よりもこれほど容易く地面を抉るほど威力がある銃など、シルフィードは知らない。

(そんな、詠唱なんて聞こえなかったのね)

 シルフィードは、気づいたときには半歩後ろに下がっていた。目の前に悠然と佇む鉄の竜が、いよいよ恐ろしい化け物に見えてくる。
 そのとき、鉄の竜の上部、鞍がある場所から、誰かが姿を現した。

「いやー、びっくりした。まさか武器の発射ボタンだったとは……誰かに間違って当たっていたら大変だ」

 のん気な声で呟きながら、その人間は鉄の竜の周囲を見回した。敵のあまりの強大さに硬直しているシルフィードを見つけて、怪訝そうに眉を上げる。

「おや、ミス・タバサの使い魔の風竜ではないかね。こんなところで何を」

 シルフィードは悲鳴を上げて逃げ出した。またあの魔法を撃たれたら、一瞬でミンチよりひどい状態にされてしまうという、恐怖からの逃走であった。

(化け物なのね化け物なのね! これは由々しき事態なのね!)

 頭の中で大騒ぎしながら、シルフィードは一度も振り返ることなくその場から逃げ出した。



「おねーさまおねーさま!」

 窓の外から大声で呼ぶ声がする。精神的な疲れを癒すべくベッドの中で眠っていたタバサだったが、それがシルフィードの声だと気付くや否や、慌てて跳ね起き窓を開け放った。窓の外に浮かんでいるシルフィードは、何やら非常に興奮した様子だった。

「大変なのね、大変なのね!」
「そんなに大声を出したら、他の人に気付かれる」
「あ、ごめんなさい、ついうっかり。きゅいきゅい」

 タバサの指摘を受けて、シルフィードはようやく声量を落とした。タバサは窓の外に首を突き出して、そっと辺りを窺ってみる。休日の昼間ということで人が出払っているのか、今のシルフィードの声に驚き、騒いでいる人間はいないようだった。
 ほっとしつつ、念のため周囲に「サイレント」の魔法を張り巡らせてから、タバサは再びシルフィードに向き直る。

「それで、何が」
「そうそう、大変なのよ、あの女、とんでもねー化け物だったのよ」

 シルフィードは声を落としたまま、興奮した口調できゅいきゅいと説明を始めた。とんでもない回転刃の話やら、詠唱なしで発動する、地面を抉るほどの超威力の魔法の話など。
 タバサはうんざりした。

(また、何か勘違いしているみたい)

 しかし、「これは由々しき事態なのね」という文句を何度も織り交ぜながら説明しているシルフィードを見る限り、「何かの勘違いに違いないから、もう一回確認して来い」と言ったところで聞きはしないだろう。

(ここは、とりあえず適当に聞き流すに限る)

 タバサは手の平を出して、シルフィードの声を遮った。

「話はよく分かった」
「じゃ、シルフィに加勢してくれるのね?」
「そんな危険な怪物を相手にするのなら、情報が必要。もっと時間をかけて、相手のことを調べるべき」

 我ながら上手いことを言ったものだと思ったが、シルフィードは「それじゃ遅いのね」と叫んで激しく翼をばたつかせた。

「ぐずぐずしてると、あの女の肉体にのめり込んでるサイトが、もっとひどいことになっちゃうわ!」
「もっとひどいこと、と言うと」
「ええと、きっと『回転刃プレイ』とかやらされるのよ」
「なにそれ」
「『いいこと思いついた。お前、この回転する板にチンコ入れてみろ』とか言われるのよ。大変、サイトが種無しになっちゃうのね!」
「大変なのはあなたの頭」

 そして同時にタバサの頭も大変なことになってきた。アホな理屈を真面目に聞いていたせいか、後頭部の辺りがずきずきと痛み出したのだ。

(休まないと大変なことになりそう)

 タバサが大きく息を吐き出すと、シルフィードは歯軋りしながらぶんぶん首を振った。

「おねーさま、やる気なさすぎです!」
「当たり前」
「もういいのね、おねーさまには頼らずに、サイトを助けてみせるのね。きゅいきゅい」
「シルフィード」

 身を翻しかけたシルフィードを呼び止める。竜は嬉しそうにこちらに頭を向けた。

「やっぱり、おねーさまも協力してくださるの?」
「ううん。ただ、正体がばれないように注意するようにと言いたかっただけ」
「言われなくても分かってるのね!」

 吠えるような返事を残して、シルフィードは飛び去った。
 タバサは黙って窓を閉じた後、ベッドではなく本棚に歩み寄った。頭痛を治めるためにも休まなければならないが、その前にやらなければならないことがある。

(風韻竜の肉の値段はどの本に載っているだろう)

 割と真剣に本の背表紙に目を滑らせるタバサであった。



「これは由々しき事態なのね!」

 目の前の切り株を前脚で叩き、シルフィードは唾を飛ばしながら力説した。
 魔法学院周辺にある森の一角、泉のそばにある開けた場所である。シルフィードの目の前の広場には、魔法学院の生徒や教師達の使い魔たちが、所狭しと集まって好き勝手に鳴き喚いていた。
 使い魔会議。ご主人様たちには知られることのない、使い魔たちの秘密の会合である。本日召集を要請したのはもちろんシルフィードで、例の鉄の竜を使い魔総出で何とかしようと提案する腹づもりであった。

「敵は非常に強大なのよ」

 シルフィードは居並ぶ使い魔を見下ろしながら説明する。

「近づくものを全て切り刻む謎の回転板、詠唱なしで発動する謎の破壊魔法。どこが目でどこが鼻なのか、そもそも何という名前の生き物なのか。全てが謎に包まれているのね。そして何よりも、あの人間を魅惑する謎のぼでー」

 シルフィードは、鉄の竜の腹に顔を埋めていた才人の顔を思い出し、興奮に任せて何度も目の前の切り株を叩いた。

「これは由々しき事態なのね! 早急に手を打たないと、皆のご主人様たちもゆーわくの骨抜きの種無しなのよ!」

 実に熱の篭った演説だという自覚はあったが、使い魔たちの多くは全く聞いていなかった。仲のいい者同士集まって、ピーピーギャーギャーゲロゲログワッグワッと好き勝手に雑談している。

「お前のご主人最近どう?」
「相変わらず肉の塊だね。ああ、なんで俺はあんなデブ男の使い魔になっちまったんだろう。そっちはどうよ?」
「相変わらずペッタンコのオデコテッカテカ。しかも人使い、いやカエル使いが荒くてよ。そんなたくさん魔法薬の材料なんか集められるかっつーの」
「でもたまにキスとかしてもらってんじゃん」
「そのぐらいじゃ割に合わねーよマジで。これでバインバインだったら少しは頑張れるんだけどよー」

 愚痴を垂れ合っているのは、小さなカエルとフクロウのコンビである。確かロビンとクヴァーシルという名前だったか。

「ミミズうめぇ」

 と、一人もぐもぐやっているのは、間抜けな顔の巨大モグラ。名前はヴェルダンデである。

(アホばっかり。いくらなんでもまとまりなさすぎなのね)

 誰も真面目に聞いてくれていないので、シルフィードは少しうんざりする。そのとき、使い魔の群れの中から誰かが長い舌を突き上げた。

「質問があるんだが」
「はいはい、何なのねそこの人。あらフッチーじゃないの」

 発言したのは一匹のサラマンダーであった。名前はフレイム。タバサと仲のいいキュルケの使い魔なので、シルフィードとフレイムも自然と友達になっていた。
 フレイムは、ちろちろと細い火を吐きながら首を傾げた。

「お前さんのご主人様は、あのタバサってちっこいお嬢ちゃんなんじゃないのか?」
「ああ、あの青髪のお子様な」

 シルフィードが答える前に、カエルのロビンがゲロゲロと口を挟んだ。隣でフクロウのクヴァーシルが澄まし顔で頷く。

「俺、あのデブ……いや、ご主人様と違ってお子様体型って興味ないんだよね。やっぱ女はもっとこう、バインバインしてた方がいいよ」
「同感。ウチのご主人には凹凸が足りない」

 カエルのロビンとフクロウのクヴァーシルが、揃ってフレイムをじっと見た。フレイムが気味悪げに顔をしかめる。

「なんだお前ら、その目は」
「いいよなフッチーはよ」
「そうだよ。あんなエロいご主人を毎日毎日飽きるまで観賞できてよ」

 恨みがましい二匹の使い魔の言葉に、フレイムは呆れたように首を振った。

「あのな、俺はそもそもトカゲだから、人間の女の体なんかに興味なんぞ」

 だがフレイムの弁解などお構いなしに、ロビンとクヴァーシルはどんどん興奮していく様子であった。

「きっと、トカゲ風にじゃれつく振りして、あの長い舌でご主人の体思う存分なめ回すんだぜ」
「うひゃー、エロイ、フッチーエロすぎ! っつーかそもそも、あのご主人のおっぱい反則だよな」
「お前さんのご主人だって、胸にたっぷり肉がついてるじゃないか」

 フレイムが口を挟むと、クヴァーシルが飛び上がって威嚇するように翼を広げた。

「馬鹿言え、あれはただの脂肪だ」
「何か違うのか」
「おっぱいと脂肪を一緒くたにするんじゃねーよバカ」
「そーだよ、おっぱいには夢が詰まってるんだぜ」

 ロビンが怒りを表すようにぴょんぴょん飛び跳ねると、クヴァーシルもまた興奮した様子でばさばさと翼を振るう。二匹は口を揃えてフレイムに叫んだ。

「という訳で、罰としてお前のご主人のおっぱい俺らに見せろ」
「そーだそーだ、俺らにもおっぱい寄越せ。おっぱいの開示を要求する!」
「意味が分からん」
「うるせー、いいからおっぱいうp」
「そうだそうだ、おっぱいうp、おっぱいうp!」

 ロビンとクヴァーシルにまとわりつかれ、フレイムは鬱陶しげに頭を振るう。

(この色狂いの使い魔どもは役に立たないのね)

 シルフィードは彼らに頼みごとをするのは諦め、代わりに広場の片隅で何やら土をごそごそやっているヴェルダンデに目をやった。

「そこのモグラさんはどう思われますの」

 土から顔を上げたヴェルダンデが、鼻をひくつかせながら答えた。

「ミミズうめぇ」
(アホの子なのね)

 シルフィードは盛大にため息を吐いた。

(どうしてこの学院の使い魔は、皆こんな能天気なのばっかりなのかしら。やっぱりメイジのパートナーたるもの、もっと上品かつ知的でなければいけないのね)

 きゅいきゅいと頷きながら、シルフィードは憎い鉄の竜の面相を思い浮かべた。

(そこいくと、あの女はやっぱり失格だわ。あの嫌味で人を見下した態度、こちらを嬲るような魔法の使い方。最低なのね。サイトもあんな女のどこがいいのかしら、きゅいきゅい)

 そんな風にシルフィードが頭の中で罵声を唱え続けるおかげで、会議はいよいよ混沌の坩堝に陥った。

「おっぱい、おっぱい!」
「いい加減にしないと燃やすぞお前ら」
「ミミズうめぇ」
「ウチの主人はミーハーで困りますのよ」
「俺の主人なんかハゲだぜハゲ」
「馬鹿野郎お前ら、あんな根暗中年と長年付き合ってきた俺の苦労を知れよ」
「ミミズうめぇ」
「私のご主人も、もうすっかりおばさんでねえ」
「ミス・ロングビルがいた頃は天国だったよないろいろと」
「ミミズうめぇ」

 ギャーギャーワーワークォゥクォゥモグモググワッグワッピーピー。
 恐らく人間が通りかかったら腰を抜かすであろう、多様すぎる動物達の狂乱の宴。
 会議はこうしてまとまりを欠いたまま、何の結論も得られずに終わるかと思われた。

「おうおう、騒がしいじゃねえか、ああん」

 貫禄たっぷりの声が響いたのは、まさにそのときである。あれだけ騒がしかった広場が一瞬で静まり返り、全員が一斉に入り口の方を見る。そこへ、小さな巨人がゆったりと姿を現した。

『モートソグニルの旦那!』

 その場の全員が口を揃えて叫び、一斉に頭を下げる。
 モートソグニルと呼ばれたそのネズミは、チューチューと髭をしごきながら、使い魔たちが体を避けて作った通路を通り、シルフィードの眼前まで歩いてきた。

「面倒な挨拶はいらねえよ。でっけえ嬢ちゃんよ、あんたは、ここにいる連中の力を借りてえってんだろ」

 先程まで演台として利用していた切り株の上に立ったモートソグニルが、小さな瞳でシルフィードを見上げてくる。

「は、はいなのね!」

 シルフィードは緊張しながら返事をした。ネズミなどよりも余程強大な力を持っているにも関わらず、彼女もこのモートソグニルには逆らう気にはなれない。他の使い魔たちも皆同様で、モートソグニルの命令には素直に従うのである。これが貫禄というものなのだろう。

(凄いのね、モートソグニルの旦那の力を借りれば、きっとこの難局も乗り切れるのね)

 期待に胸を躍らせるシルフィードの前で、モートソグニルは「だがまあ」とため息を吐くように言った。

「タダっていうのは、虫がいい話だわな」

 やたらとドスの利いた声に、シルフィードは緊張して身を硬くした。

「な、何をお望みでしょう」
「そうさな。俺の知恵を貸してほしけりゃ」

 睨むような鋭い目が、シルフィードを見据える。

「なんかエロいもん寄越せ」

 要求は直球だった。

「さすがモートソグニルの旦那だ」
「俺達には真似できねえ」

 モートソグニルの背後で、カエルとフクロウが恐れ慄く。さすがあのエロ学院長の使い魔、好色さも他の使い魔顔負けである。

(良かった、割と容易い要求なのね)

 シルフィードはほっとしながら、愛想よく頭を下げた。

「じゃあ、これで一つよろしくお願いいたしますわ」

 少し長めの呪文を詠唱し、魔法を発動させる。風が巻き起こり、青い渦となってシルフィードを包む。 その風が晴れたとき、シルフィードは青く長い髪を持つ、人間の美女へと姿を変えていた。もちろん、生まれたままの姿である。

「これでいかがかしら」

 タバサの友人を真似て、媚びるような声と仕草をしてみせる。エロガエルとエロフクロウが興奮して飛び上がった。

「うひょー、ブラボー!」
「おっぱい、おっぱい!」

 あの二匹の反応を見る限り、きっとネズミの旦那にも満足してもらえるだろう。シルフィードは自信を持って下を見たが、切り株の上のモートソグニルは喜びを露わにするどころかブルブルと体を震わせていた。

「あら? どうしたのね、モートソグニルの旦那」
「嬢ちゃんよ、ふざけてんのかい」

 呟きと共に、モートソグニルはダッと駆け出した。ネズミらしい俊敏な動きで一気にシルフィードの体を駆け上がり、彼女の頭に思いっきり前歯を突き立てる。
 シルフィードは悲鳴を上げて飛び上がった。

「痛い痛い、いたいのねーっ!」
「ンな紛い物いるかぁ! 俺は生が見てえんだよ、生が!」

 あまりの痛みにのたうち回るシルフィードの前に着地し、モートソグニルが吠えるように鳴く。
 使い魔たちが畏怖するように身を引いた。

「さすが旦那だ」
「ああ、あれが通ってもんだぜ」
「ミミズうめぇ」

 使い魔たちの長的存在であるモートソグニルの機嫌を損ねたことで、会議はまたも失敗に終わるかと思われた、が。

「その辺で勘弁してやってくだせえよ」

 こちらもなかなか貫禄のある鳴き声を上げながら、サラマンダーのフレイムがのっそりと姿を表した。
 モートソグニルが不機嫌に鼻を鳴らす。

「なんでえトカゲの坊主。こちとら、このアホ女がくだらねえ芸を披露してくれたおかげで気が立ってんだ」
「竜の嬢ちゃんは、図体こそデケェがまだガキなんです。ここは一つ、俺に免じて許してやっておくんなせえ」

 頭を下げるフレイムに、モートソグニルはひくひくと鼻をひくつかせた。

「そこまで言うんなら、お前さんが代わりのものを用意してくれるんだろうな」

 広場に緊張が走る。誰もが注目する中、フレイムは目を瞑り、厳かに言った。

「旦那が協力してくださるってんなら、一度だけウチの部屋に覗きに入るのを見逃しやしょう」

 その場がざわめいた。フレイムの言葉は、ほとんど主人への裏切りである。

「あのケバいねーちゃんか。正直好みじゃねえが、まあいいだろう」

 モートソグニルが重々しく頷く。長がシルフィードへの協力を約束したのである。広場が再びざわめいた。

「じゃあ俺らにも見せろ」
「おっぱいうp、おっぱいうp」

 ロビンとクヴァーシルも便乗して騒ぎ出す。フレイムはため息混じりに頷いた。

「分かった分かった、その代わりこの竜の情ちゃんに協力するんだぜ」
「うひょー、やったぜ!」
「俺らも頑張るぜシルフィ」
「楽しみだぜおっぱい!」
「おっぱい、おっぱい」

 跳ね回る二匹のアホ使い魔の脇を通り抜けて、フレイムがシルフィードにのっしのっしと近づいてきた。

「おう、これでいいんだろ嬢ちゃん」
「ありがとう、本当にありがとうなのねフッチー」

 主の裸を売ってまで協力してくれたフレイムに、シルフィードは痛く感激していた。何度も頭を下げる彼女に、フレイムが苦笑混じりに細く火を噴き上げる。

「いいってことよ。どうせウチのご主人は、他人に肌を見せることになんざ大して羞恥心を持ってねえんだ。獣に見られるぐらい、気にもしねえよ。何より、お前さんとお前さんのご主人にゃ、俺のご主人も世話になってるしな。これからも一つ、よろしく頼むわ」

 フレイムは低い頭をさらに下げたあと、使い魔たちの中へ戻っていく。その背を見送ったあと、シルフィードは残る知り合いにも声をかけた。

「あなたにも協力してほしいのね」

 この騒ぎの中、まだ地面をごそごそやっていたヴェルダンデは、頭を上げると鼻をひくつかせながら言った。

「ミミズうめぇ」
「分かった、後でシルフィも一緒にミミズ探してあげるのね」
「了解した、私も協力しよう、心の友よ」
「まともに喋れるのなら最初からそうしてほしいのね!」

 また喧々囂々の騒ぎになりかける広場を、モートソグニルが一喝で収めた。

「おうお前ら、話は分かったな。他の連中も、一つ俺の顔に免じて協力してくれや」

 文句は出ない。これもまた貫禄というものである。モートソグニルが満足げに頷いた。

「よし、じゃあ早速策を練るとしようか」

 こうして、使い魔会議はその日の夜遅くまで続けられたのである。



 最近、どうも周りが騒がしい。
 いかに研究に没頭し始めると周りが見えなくなるコルベールとは言え、そのぐらいのことには一応気がついているのであった。
 その日もゼロ戦のコックピットであれやこれやと作業をしていたのだが、気がつくとやはり周囲から何かが動く気配が伝わってくる。
 そっとコックピットから身を乗り出してみる。今、ゼロ戦は、板と布で適当に作った仮設の格納庫の中に置かれている。そのために日陰となっており、周囲は大変暗かったが、それでもそこを動き回る何者かの影ぐらいは見ることができた。

(……トカゲか?)

 のそのそとゼロ戦の周囲をうろつきまわっているのは、どこかで見たことのあるサラマンダーであった。
 それだけではない。よく見ると、チューチュー鳴きながら、学院長の使い魔であるネズミも走り回っている。
 コルベールの見ている前で、二匹はしばらくゼロ戦の周りをうろつき回ったあと、示し合わせたように揃ってその場を離れていった。

(一体、何事だろうか)

 多少気にはなったものの、今のコルベールの目の前にはゼロ戦がある。彼の知的好奇心を捕らえて離さないこの機械の前では、使い魔の妙な行動などあまり興味を惹きはしない。コルベールはすぐに動物達のことを忘れて、またコックピットに潜り込んだ。



「偵察行ってきたぜ」
「ご苦労様ですのよ」

 森の外れの会議場に戻ってきたフレイムとモートソグニルを、シルフィードは愛想よく出迎えた。

「で、どうでしたの」
「ダメだな。やっぱあのハゲが四六時中張り付いてやがる。あの野郎、多分夜中もあの中で寝てやがるぜ」
「まあ」

 シルフィードは憤慨した。

「あのハゲチャビンも、やっぱりあの鉄の竜の肉体に溺れているのね! それも四六時中ベッタリだなんて、もはや堕落しているとしか言い様がありませんわ。きゅいきゅい」

 あんな、硬くて鉄臭くてずんぐりした不恰好な体のどこがそんなにいいのか、シルフィードには全く理解できない。空を飛ぶために無駄なく引き締まった筋肉、風を切り裂き大気を支配する勇壮な翼、きめ細やかで形の整った美しい鱗。どう考えても、自分の方が竜として格段に優れた肉体を持っているはずである。

「サイトたちは、あんなうさん臭い女の汚らわしい魔性に捕われて、清楚かつ高貴な正統派美少竜であるこのシルフィードの肉体美に気付いていないのだわ。やっぱりシルフィが正道に戻してあげなくちゃいけないのね。きゅいきゅい」

 決意を新たにするシルフィードの前で、フレイムとモートソグニルはどことなく気まずげに顔を見合わせている。

「あのよ、嬢ちゃん」
「そのことなんだが」
「なぁに」

 シルフィードが首を傾げると、二匹は互いに「お前言えよ」と言うように視線を押し付け合った。その結果、ため息混じりに言ったのはフレイムの方だった。

「多分、嬢ちゃんが鉄の竜って呼んでる、あれよ」
「あの女がどうかしたの」
「いや、あれ、女っつーか、そもそも竜……いや、生き物ですらないと思うんだが。どっちかと言うと風石使ってる船とか、その類じゃないかと」
「んまあっ」

 シルフィードは牙を剥いた。

「フッチーったら、なんて馬鹿なこと言い出すのかしら。きゅいきゅい」
「いや、多分馬鹿なこと言ってんのは嬢ちゃんの方だぜ」

 やれやれ、とシルフィードは内心ため息を吐いた。何があったか知らないが、フレイムはすっかりあの鉄の竜に騙されているようだ。

(フッチーもいい人……いや、いいトカゲではあるんだけど、あまり頭はよくないのね。やっぱりアホの子なのよ。まあトカゲなんてそんなもんでしょうけどね、きゅいきゅい)

 こうなれば仕方がない、目の前のお味噌が足りないトカゲとネズミに説明してやるだけである。シルフィードは言い聞かせるように話し出した。

「いいことフッチー、あの女は、シルフィのことを散々見下して嘲笑って弄んだのよ。悪い女なのね、性悪なのね」
「いや、だからな」
「あれは竜よ。竜なのよ。だって、サイトがシルフィより気に入るんですもの。竜に決まってるのね」

 そう言った拍子に、才人の顔が思い浮かんだ。鉄の竜の腹に顔を埋めていたときの、至福の表情である。途端に胸の中で悔しさが爆発し、シルフィードはバシバシと目の前の切り株を叩いた。

「なによあんな女! シルフィの方がずっとずっと、ずーっといい竜なのよ。その素晴らしさが分からないサイトなんて、あとでシルフィの脚に縋りついて、『許してくんろーっ!』って泣き喚くのがお似合いなのね、きゅいきゅい」
「要するに、あれが竜じゃなくてただの道具としたら、竜のくせに選んでもらえなかった自分の立場がないってことか」
「子供じみたプライドってやつですなあ」

 ひそひそ内緒話をするトカゲとネズミを、シルフィードはじろっと睨みつける。

「なんか言いました?」
「いや、別に何も」
「これっぽっちも」

 二匹はしれっと声を合わせる。

「まあいいわ」

 と、気を取り直して、シルフィードは訊ねた。

「それで、他には何か分かったことはないの?」
「一つあるぜ」

 モートソグニルが尻尾を撫でながら言った。

「あの鉄の竜の名前な、ゼロセンっていうらしい。あのハゲがそう言ってた」
「ゼロセン?」

 シルフィードは一度声に出して繰り返してから、我慢しきれずにぷぷっと吹きだした。

「ゼロセン! ゼロセンだって! 変な名前変な名前、変ななーまーえー!」

 ゼロセンゼロセン、と憎い仇敵の滑稽な名前を舌の上で転がすたびに、胸からこみ上げる笑いの衝動はどんどん大きくなっていく。シルフィードはとうとう、文字通りその場で笑い転げ始めた。地面を転がる竜の巨体に潰されそうになったモートソグニルが、慌てて安全圏まで退避する。

「ゼロセンゼロセンゼロセンゼロセン! 何度繰り返しても面白いのねー。なにそれなにそれ、竜につける名前じゃないのねこれ! きゅいきゅい」

 心底から同情を禁じえない。ゼロセンなんて変な名前をつけられては、周りの竜たちに散々馬鹿にされて育ってきたことだろう。そう思えば、あんな傲慢で意地の悪い女に育ったのも多少は許せるというものである。

(そうよ、わたしったら寛容な女ですものね! なんたって、イルククゥでシルフィードですもの)

 イルククゥ、シルフィード。自分に与えられた二つの名前を思い浮かべて、シルフィードはうっとりと目蓋を閉じる。なんていい名前なんだろう。今改めてそう思う。

(イルククゥ。可愛らしい名前だわ。自由な翼で空に舞い、柔らかな風と無邪気に遊ぶ。妖精のように純真な風韻竜にぴったりなのね。シルフィード。美しい名前だわ。愛する主をその背に乗せて、空を優雅に駆けめぐる。精霊のように華麗な風韻竜にぴったりなのね)

 この二つの名を兼ね備えた自分は優秀で愛らしい最高の竜なのだと、シルフィードは自信を新たにする。
 それに比べて、相手はゼロセンである。またも失笑が漏れた。

(勝てる。勝てるのね。負ける気がしないのよーっ!)

 すっかり気分を良くしたシルフィードは、切り株の前にどっかり腰を落ち着けた。

「それじゃモートソグニルの旦那、早いとこあの哀れなゼロセンちゃんに引導を渡して差し上げるのね」
「なに?」

 必死に逃げ回っていたためにすっかり疲労困憊になって地面に横たわっていたモートソグニルが、驚いたように体を起こす。

「早いとこ、ってのはどういうことだ?」
「早いとこは早いとこなのね。遅くとも三日後までにはケリをつけるのよ」
「オイオイ、嬢ちゃん、『あの女は陰険かつ危険だから、事は慎重に運ぶのね』とか言ってたじゃねえか」
「大丈夫大丈夫。もう何も恐れることはないのね」
「何を根拠に言ってんだ」

 モートソグニルは怪訝そうに首を傾げる。シルフィードは胸を張って断言した。

「だって、相手はゼロセンなのね。イルククゥかつシルフィードなこのわたくしが、ゼロセンに負ける理屈が分かりませんのね」
「俺にはその理屈の方が分からねえんだが」

 モートソグニルは納得しかねる様子ながらも、渋々首を縦に振った。

「分かった。で、具体的にはどういう感じにやりたいんだ?」
「そうですわね。なにせ竜と竜、女と女の意地を賭けた対決ですもの。出来るなら、ハゲチャビンの邪魔は一切抜きでやりあいたいのね。きゅいきゅい」

「要するに、ハゲの邪魔抜きで嬢ちゃんとゼロセンが一騎打ちできるようにお膳立てすりゃいい訳だな。分かった、策は俺が考えて、他の奴にも伝えといてやるよ」

 頼もしい言葉だった。シルフィードは小さな巨人に向かって深々と頭を下げる。

「いろいろとありがとうございます、モートソグニルの旦那」
「気にすんな。俺はただ裸が見てえだけだ」

 男らしく断言して、モートソグニルは素早く駆け去っていった。

(さて、あとはコンディションを万全に整えて、正々堂々あの女を負かしてやるだけなのね。きゅいきゅい)

 シルフィードの胸で、闘志の炎が静かに燃え上がる。そんな彼女とは裏腹に、フレイムの方はどことなく憂鬱そうな様子であった。閉じられた口の隙間から漏れ出す炎も、燻っているように勢いがない。

「あらどうしたのフッチー、何か悩み事?」
「いや、あのな」

 フレイムは何やら言いずらそうにもごもごと口ごもり、思い切ったように切り出してきた。

「なあ、嬢ちゃん。あの、サイトって若造のことなんだが」
「サイトがどうかしたの?」

 フレイムは低い位置から探るような視線でこちらを見上げながら、慎重な口調で問いかけてきた。

「嬢ちゃんは、あの若造に惚れてるのか? あー、つまり、男として好きなのか、ってことなんだが」

 一瞬、何を言われているのかよく分からなかった。予想外の質問に呆けたようになったまま、シルフィードは質問を返す。

「恋? わたしが、サイトに?」
「そうだ」
「フッチー、真面目に聞いてるの?」
「そのつもりだが」

 トカゲの強面は真剣そのもので、ほとんど深刻ですらある。
 それを理解した瞬間、腹の底からこみ上げてきた笑いの衝動が、抑える間もなく口を割って飛び出した。全身を余すところなく震わせるような、凄まじい発作である。先程ゼロセンという名前を聞いたとき以上に長く、激しく、のた打ち回るほどの勢いで、シルフィードは笑い始めた。
 それがようやく収まりかけてから、息も絶え絶えに言う。

「フッチーったらバカなのね、竜が竜でないものに恋をするなんて、それじゃただの変態なのね。モートソグニルの旦那は普通に変態だから別として、自分だってトカゲだからご主人様に欲情なんてしないって言ってたのに」
「そりゃそうだが」

 フレイムは困惑したように言った。

「でもお前さん、正妻と愛人がどうのとか言ってなかったか」
「それはたとえというものなのよ」
「そうなのか」

 まだ疑っているようだ。シルフィードは切り株の前に座りなおすと、一つ咳払いして言った。

「いいことフッチー、元々、サイトの騎竜はこのわたしだったのね。そこにあの泥棒猫がやって来て、ほーまんなボデーでサイトを誘惑したのよ。セクシーかつ清楚な竜の魅力が分かっていなかったお子ちゃまのサイトは、まんまとあの毒婦の罠にかかって堕落してしまいました」

 また怒りがぶり返してきて、シルフィードは腹立ち紛れに切り株を叩く。

「つまり向こうが愛人で、こっちが正妻! わたしは一刻も早く、サイトに正しい竜の魅力を叩き込んで、彼を騎竜の正道に戻さなくてはならないのね。ごつごつ硬い鉄の竜なんかよりも、シルフィみたいな滑らかで芸術的な美しい鱗を持つ竜の方が、よっぽど乗り心地がいいってことを骨の髄まで分からせてやるのよ! きゅいきゅいきゅいきゅい!」

 シルフィードの熱弁を、フレイムはただ黙って聞いていた。その顔に、安堵の色が広がる。

「そうか。つまり、あくまでも乗り物としてあのゼロセンに負けたのが悔しいってことなんだな」

 シルフィードは抗議の意味を込めて鼻息を吹きだした。

「ぶー。シルフィ、負けてなんかいないもん。それに、乗り物だなんて言い方はひどいのね」
「スマンスマン」
「いいことフッチー」

 シルフィードは人間の乙女を真似るように、両方の前脚を合わせて説明を始めた。

「シルフィにとって、サイトは将来、ご主人様の夫にもなろうというお方。なおかつ竜を大切にしてくれるし優しいし強いしカッコイイし、お慕い申し上げるのは当然の話なのね。そして、大好きな人を乗せて空を飛ぶというのは、竜にとってはとても幸せなことなのよ」

 才人を乗せて大空を舞った楽しい思い出の数々が、色鮮やかに思い浮かぶ。その中から未来への夢が新たに溢れ出してきて、シルフィードの胸は幸福感で一杯になった。

「タバサお姉さまとサイトの結婚式も、シルフィの背中の上で挙げるのよ。わたし、体中にたっくさん鐘をくくりつけて、ディンドンディンドン鳴らしながら飛ぶのね」
「はぁ。そりゃまたやかましそうだな」

 フレイムの呆れ声も、愛しいご主人様の結婚式を想像してうっとり夢見心地のシルフィードにとっては、些細な雑音に過ぎない。

(シルフィが一生懸命鳴らす祝福の鐘の音の中、タバサお姉さまとサイトのシルエットがゆっくりと重なり合うのよ。わたしの背中が二人のチャペル。ああ、なんて素敵なのかしら)

 甘美な夢想に耽るシルフィードの前で、フレイムは細く火を噴出した。

「そうかい。あー、ほっとした。胸のつかえが取れたってもんだぜ」

 心底安堵した様子である。シルフィードは少し不思議になった。

「ねえフッチー。どうして、そんなに心配してたの?」
「ん。いや、なんだな」

 フレイムは決まり悪そうに目をそらした。

「エルフと人間とか翼人と人間、あるいは別種の竜同士とか、体の作りが似てるなら、上手くいかねえことはねえだろう。だが、竜と人間じゃ食うものから住む場所、生活様式まで、何もかも違いすぎてる。子供だって絶対作れねえしな。要するに、そんな恋愛なんざ、上手くいきっこねえってわけだ。ご主人の友人の使い魔で、俺にとっても恩人である嬢ちゃんがそんな風になるのは、実に忍びねえと思ったのさ」
「それだけ?」
「……実はな」

 フレイムが目を細める。どことなく、辛そうな顔だ。

「俺の友達にもな、昔、人間に恋した大馬鹿野郎がいたのさ。そいつは使い魔でもなんでもねえ、ただのサラマンダーだったんだが。こいつが、火竜山脈に冒険に来てた人間の女に、一目ぼれしちまってな」
「きゅい。アホの子なのね」

 正直な感想を言うと、フレイムはか細く火を噴出して笑った。

「ああ、そうだな、スゲーアホな奴だったよ。火も噴けねえし鱗も尻尾もねえ、そんな奴なんかの何がいいんだって、俺たちゃ皆で止めたもんさ。だが、あいつは聞かなかった。『お前らに変態と呼ばれてもいい。俺は、人間の肌の柔らかさに、ぞっこん参っちまったんだ』なんて言ってよ。杖をぶら下げた人間の女に向かって、のっしのっしと歩いていきやがったのさ」
「それで、どうなったの」
「死んだよ」

 暗い声音だった。

「あいつが目の前に現れた瞬間、人間の女は迷うことなく杖を引き抜いて素早く詠唱を始めた。『待ってくれ、違うんだ』と叫びながら、あいつは四本脚で素早く駆けた。だが女は詠唱を止めず、一瞬後には風の刃が奴を切り刻んでいたってわけさ」

 フレイムは深く息を吐き出し、遠くを見るような目つきでじっと地面を見つめた。

「何が決定的にいけなかったのかは分からん。あの人間の女が悪い奴だったのかもしれんし、ただ急にサラマンダーが現れて警戒したのかもしれん。制止する声がただの鳴き声にしか聞こえなかったのは間違いないし、トカゲのジェスチャーが人間に通じたとも思えんしな。そもそもトカゲが人間に恋なんかした時点で、こうなる運命だったってのは分かりきったことだったんだろう」

 淡々と言ったあと、フレイムはまた、真剣な目でシルフィードを見上げた。

「なあ、嬢ちゃん。しつこいと思うかもしれねえが、もう一度だけ聞かせてくれ。お前さんがあの坊主に抱いてる感情は、ただ乗り手として尊敬し、敬愛してるってだけの話なんだな? 竜の女が、人間の男に惚れこんじまったって話ではないんだな?」

 念を押すような口調である。シルフィードは厳かな気持ちで、首を横に振った。

「違うわ。わたしにとって、サイトはご主人様の伴侶候補で、素晴らしい乗り手。ただそれだけよ」

 数瞬、二匹の視線が静かに絡み合った。先に目をそらしたのはフレイムの方だった。

「俺も、決戦の日にはハゲの目を引きつける役割に回る。敵は手強いんだろう? 嬢ちゃんもしっかり準備しておくこったな」

 静かな足取りでフレイムが歩み去り、シルフィードはただ一頭、森の会議場に残された。

(シルフィが、サイトに恋?)

 改めて考えてみる。果たして、自分が才人に抱いている気持ちは、恋心という類のものなのだろうかと。
 そもそも、シルフィードはまだ恋愛というものを経験していない。200歳という年齢は、竜の中ではまだ幼い。大人になれば自然と雄の竜に心惹かれるものだと知識としては知っていたが、感覚としては理解できていなかった。

(でも、サイトのことは好きなのよ)

 頭を撫でられたことや体を洗ってもらったときのこと、優しく、また気さくに話しかけられたこと、飛んでいるとき「疲れないか、重くないか」と心配そうに声をかけられたときのことを思い出す。
 サイトへの愛しさが胸にあふれ出してきたが、それは主であるタバサに抱く感情と、そう大差はないように思われた。
 シルフィードはそっと安堵の息を吐いた。

(そうよね。シルフィ、変態じゃないもん。人間の男を好きになるはずがないのね。今回のことだって、あくまでも騎竜としてのプライドの問題なのよ。きゅいきゅい)

 そうと分かれば、怖いものなど何もなくなった。あとは見事あの鉄の竜を討ち果たし、才人の騎竜としての役割を奪い返すだけである。
 木の葉のざわめきと小鳥の囁きを聞きながら、シルフィードは静かに闘志を燃やすのだった。



 最近のコルベールは、ゼロ戦のコックピットを寝床にしている。機械狂い故にそこが心地よいからではなく、夢中でゼロ戦のことを研究している内についついそのまま寝入ってしまうからであった。
 そんなわけで、コルベールはその日もコックピットの中で丸くなっていたのだが、遠くから何やらガンガンと金属を叩く音が聞こえてきて、目を覚ました。

(なんだろうか)

 目をこすりながら顔を出した瞬間、眠気が吹っ飛んだ。種類様々な無数の動物達が、ゼロ戦の周囲で好き勝手に騒ぎまわっていたのだ。機体の上で跳ね回るもの、気持ち良さそうに糞を撒き散らすもの、ピーピーギャーギャー騒ぎ立てるものなど、実に騒がしい。中には爪で機体を引っかいたり脚で叩いたりしているものもおり、先程のガンガンと金属を叩く音の元はこれらしい。
 あまりの光景に呆然としたコルベールだったが、すぐに立ち直って慌ててコックピットから飛び降りた。

「こ、これお前達、離れんか!」

 動物達を追い払おうと杖を取り出して走り出した途端、突然地面の感覚がなくなった。
 フライやレビテーションを唱える間もなく落下したコルベールは、強かに腰を打ちつけてしまう。

「いたたたたた」

 腰をさすりながら上を見上げると、ぽっかり穴が開いてゼロ戦格納庫の天井が見えている。どうやら、誰かが掘った落とし穴に引っかかったらしい。

(誰が。何故、こんなところに)

 疑問に思ったとき、コルベールは隣に何か巨大なものがいることに気がついた。どこかで見たことのある巨大なモグラが、ミミズをほお張っていたのである。

「この悪戯は君の仕業かね。一体なんのつもり」

 しかし、問いただしている暇はなかった。ぽっかり開いた穴から、先程ゼロ戦の周囲で騒いでいた動物達が一斉になだれ込んできたのである。大小さまざまな動物達に襲い掛かられて、コルベールは悲鳴を上げた。


 
(よし、今のところは順調なのね)

 格納庫の入り口から中の喧騒を眺めて、シルフィードは満足げに頷いた。
 中央に鎮座するゼロセンの近くにぽっかり穴が開いて、そこに使い魔たちが蟻のごとく群がっている。長い悲鳴が絶えることなく響いているところを見る限り、ハゲチャビンを落とし穴に落として無力化する計画は成功したようである。

(さて、あとはあの陰険女とケリをつけるだけなのね)

 シルフィードは気合を入れて格納庫の中に脚を踏み入れ、ついに憎い仇敵と対峙した。あれだけ周辺で騒がれたというのに、ゼロセンは静かにふんぞり返ったままだった。例の魔法で使い魔たちを切り裂くことも、謎の回転板を回して八つ裂きにしようともしない。不気味な沈黙である。
 だが、優秀な風韻竜であるシルフィードには、敵の魂胆など手に取るように分かっていた。

(あなたも、このシルフィードと一対一でケリをつけることをお望みなのね。変な名前の陰険女だけど、その度胸だけは買ってあげるわ)

 シルフィードは咆哮を上げて敵を威嚇しながら、瞬時に翼を広げて低空飛行を開始した。真っ直ぐ敵に向かおうとはせず、ジグザグに飛びながら少しずつ距離を詰める。これが、シルフィードが考え出した例の魔法対策であった。

(あの魔法で地面が抉られた痕は、ほぼ直線状に連続して続いていた。つまり、すぐには軌道を変えられないと見た!)

 こうして変則的な動きで接近すれば、敵はこちらに狙いを定められないだろうと踏んだのだ。実際、ゼロセンは全く魔法を撃ってこない。自分の読みが正しかったことを確信して、シルフィードは会心の笑みを浮かべた。

(でも、だからと言って正面から迫れば、あの回転板に捕まるかもしれない。だから……!)

 シルフィードはギリギリまで距離を詰めたあと、先程までの低空飛行からは予想もつかないほど急激かつ瞬時に上昇した。格納庫の低い天井付近までほぼ垂直に舞い上がると、後脚を突き出してゼロセン目掛けて一気に降下する。風韻竜の体重を活かした、必殺の蹴りである。

(殺った! きゅいきゅい、このまま潰れておしまい!)

 観念したのか、ゼロセンは全く動かない。シルフィードは自分の勝利を確信する。だが、その瞬間、不意に間の抜けた声が響き渡った。

「うわ、何の騒ぎだこりゃ!?」
(え、サイト?)

 気がそれた瞬間、体勢が崩れた。

(しまった!)

 慌てて修正しようとするが、時既に遅し。シルフィードはゼロセンの横を通過してしまう。下にいた使い魔たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ去り、風韻竜の巨体は受け止めるものもなく地面に激突した。
 痛みに悶える暇もなく、瞬時に跳ね起きて状況を再確認。入り口に姿を現した才人は、目を白黒させて格納庫内の惨状を見回している。

「何が起きてんだこりゃ。うわ、ゼロ戦が汚れて……って、なんだ、シルフィードまでいんのか。一体何があったんだ、おい」

 シルフィードは答えることが出来なかった。元々、才人には人語で喋らないようにしているが、たとえ喋ることが出来たとしても、今は何も言えなかっただろう。

(迂闊だった……! サイトが来ない時間帯を狙って、早朝の闇討ちを決行したというのに……! ま、まさか、ゼロセンはこれを狙って……!)

 きっと睨みつけるが、ゼロセンは微動だにしない。その態度がなおさら余裕を見せつけているように思えて、シルフィードは歯噛みする。

「シルフィード、何があったんだよ。お前、知ってるんだろ、なあ」

 歩み寄るサイトと、「さあ、どうとでも申し開きしてご覧なさいな」とでも言うようにどっしりと鎮座しているゼロセンを交互に見て、シルフィードは恐れ慄いた。

(きゅいきゅいきゅいきゅい! しゅ、修羅場なのねぇぇぇぇぇぇぇっ!)

 計画が完全に失敗したことは、いちいち確認するまでもなかった。



 才人がコルベールを助け出し、逃げなかった使い魔たちをふん捕まえて、およそ三十分ほど。
 ゼロ戦の前に正座(と言うか並べられた)使い魔たちは、学院長オールド・オスマンの面前で取調べを受けている最中であった。

「止めてください、ご主人様に連絡とか勘弁してくださいよホント」
「あ、いや、ご主人様は関係ないんで」

 ゲコゲコゲコゲコクワァクワァッと、ロビンやクヴァーシルが通じもしないのに弁解する横では、モートソグニルがオールド・オスマンに洗いざらいぶちまけているところであった。

「っつー訳でさ、俺は悪くないのよご主人。分かる?」
「おうおう分かるとも。お主はただ裸が見たかっただけじゃからな。その気持ちはよく分かるとも。許してやるから、ミス・ツェルプストーの裸を見るときは、ちゃんとワシにも映像を繋ぐんじゃぞ」

 何やら通じ合っている様子である。
 直接の被害者であるコルベールは、水魔法で治療を受けて完治した。どうやら使い魔たちが結託してやった悪戯らしい、と、オールド・オスマンから大事なところはぼかした説明を受けると、怒るどころか逆に目を輝かせた。

「ほほう。つまり、使い魔たちにもちゃんとコミュニティが存在する訳ですな! これは非常に興味深い」

 と、笑っているところを見るに、どうやらこちらにお咎めはなさそうである。
 そんな訳で、結局問題が残ったのはシルフィードだけということになった。

「なあ、そろそろ理由教えてくれよ」

 目の前で困り果てている才人から、シルフィードはぷいっと顔を背ける。

(ふんだ。なによなによ、サイトなんて、あの鉄臭い女と戯れてればいいのね)

 計画が失敗したので、とりあえず開き直ることにしたのである。

(愛人を殺そうとした現場を押さえられたのね。もう見離されて捨てられてお終いなのね)

 そんな風に、自棄を起こしている一面もなくはなかったが。
 才人はシルフィードがだんまりを決め込んでいるので、すっかり困惑した様子であった。

「お前みたいな気のいい奴が、理由もなしに暴れるとは思えねえんだけどなあ」
(あら、いい奴だなんて)

 ぼやくような言葉に、シルフィードの胸がほんの少しときめいたが、

(って、違う違う!)

 と、気を取り直してまたそっぽを向く。

(シルフィはもうサイトとは完全に袂を分かつことにしたのね! サイトがゼロセンを選んだ以上、二人の関係はもうお終い。さよならサイトフォーエバーなのよ! シルフィの決心はタバサおねーさまの胸板よりも固いのね、きゅいきゅい)

 決意も新たにシルフィードが完全に押し黙ったとき、格納庫の入り口に新たな人影が現れた。

「……何の騒ぎ」

 静かな声。相も変わらず無感動な表情のタバサである。天の助けとばかりに、才人が彼女に歩み寄る。

「タバサ、ちょうどよかった。実はさ」

 才人の説明に、タバサが無言のまま頷いている。シルフィードは少し焦った。さすがに、タバサから全部事情を聞きだされて、自分が嫉妬に狂ったのだなどと伝えられたら恥ずかしいことこの上ない。

(だ、大丈夫。何も言わずに黙っていれば、お姉さまにだって分かりはしないのね)

 心に言い聞かせていると、話を聞き終えたタバサがこちらに歩み寄ってきた。静かな表情で聞いてくる。

「何故こんなことをしたの」

 答えるつもりはないので顔を背けたが、タバサは何故か「そう。そういうこと」と話を聞きだしているかのように頷いている。シルフィードが怪訝に思っていると、主は踵を返して才人のところに戻った。

「あなたがあの機械に乗ってばかりいるから、嫉妬したみたい」
(なんでばれてるの!?)

 シルフィードは驚愕したが、すぐに事情を察した。

(そ、そうか、使い魔と主人は心と心で繋がっているから、シルフィの心の中をのぞいたのね! ひどいわひどいわ、姉さまの鬼! 悪魔! 心まで大平原!)
(別にそんなことしなくても、あなたの心は分かる。それと、最後の一言は死ぬまで覚えておくから)

 心で文句を言うと心で返答が返ってくる。そんなやり取りをしている間に、才人がこちらに向かって歩いてきた。

「なんだ、そういうことか。お前、最近俺がゼロ戦にばっかり乗ってるから拗ねてたのかよ」

 嬉しそうなにやけ面でそう言われて、シルフィードはとうとう我慢できずに怒りを爆発させた。

(当たり前なのね! サイトったらひどいんだもの! あれだけわたしと仲良くしてたのに、新しい娘が来たらあっさり乗り換えちゃって! ひどいひどい、サイトの嘘吐き! 大っ嫌い!)

 と、直接文句を言うことはできないので、きゅいきゅいきゅいきゅい鳴きながら、バタバタバタバタ翼をばたつかせる。才人は「おいおい落ち着けよ」と腕で顔を庇いながら、苦笑した。

「別に、お前のこと忘れてたんじゃねえって。ただ、久しぶりに動かすわけだから、やっぱりいろいろテストとかしなくちゃならないしさ」
(ふんだ、意味のわかんないこと言って。要するにあの子の寸胴に夢中なのね。きゅいきゅい)

 シルフィードは、またむくれ面でそっぽを向く。それを見た才人が、どことなく意地悪な声で言った。

「そっかー。許してくんねーのかー」
(当たり前なのね。竜は気高い生き物なのよ。今更謝ったって、犬みたいに尻尾振ったりなんかしないのね)

 あくまでも意固地なシルフィードの前で、才人はこれみよがしにため息を吐いてみせる。

「残念だなー。ゼロ戦動かすのって思った以上に面倒くさいから、これからも空の散歩はシルフィードと一緒にしようと思ってたのになあ」

 シルフィードは思わず才人のほうを見てしまう。彼は悲しむように首を振っていた。

「だがまあ、お前が嫌だって言うんならしょうがねえ。シルフィードほどいい竜なんて他にはいねえだろうけど、どこかから違う竜を探してくるしかねえかなあ」
(ダメッ!)

 慌てて才人の腕をくわえ、首を横に振って意志を伝える。

「なんだ、また俺を乗せて飛んでくれるのか」

 驚いたような声が返ってきたので、シルフィードは才人の腕を離して勢いよく首を振った。

(そう、そうなのよ、シルフィまたサイトを乗せて飛んであげる。シルフィよりもいい竜なんて、どこ探したっているはずがないのね。きゅいきゅい)

 その思いが伝わったのかどうかは知らないが、彼は嬉しそうに目を細めてシルフィードの頬を撫でた。

「そっか。ありがとうな。あのなシルフィード。俺、車とか馬とか飛行機とか、いろんなものに乗ったけどよ」

 才人は満面の笑みを浮かべた。

「お前ほど、乗ってて楽しい奴は他にはいなかったぜ」

 シルフィードの胸が、じわりと暖かくなる。

(サイト……!)

 感極まって、シルフィードは前脚でサイトの体を引き寄せた。

「お、おい、シルフィード!?」
(ごめんね、ごめんねサイト。シルフィさみしかったの。さみしかっただけなのよ。ゆるしてちょうだいね)

 言葉が伝えられない分せめて動作で親愛の念を示そうと、シルフィードは長い舌で才人の顔を舐め始める。彼はくすぐったそうに身じろぎした。

「おいシルフィード、くすぐったいって……っつーか、お前の舌はざらざらしてるから、そんな勢いで舐めるといたたたたたたたいだいいだい、ちょ、やめっ」

 身じろぎが段々もがきに変わってきているのにも気付かず、シルフィードはいつまでも才人の顔を舐め続けた。



「いたたたたた……」
(ごめんなさい……)

 赤くなった頬を手で押さえている才人の横で、シルフィードはしゅんとなってうなだれていた。どうも、自分の思いを伝えようと必死になりすぎてしまったらしい。

(うう。シルフィ、ちょっと冷静さが足りないかもしれないわ。大人のレデーになるために、反省するのね。きゅいきゅい)

 反省の意を示そうと小さく丸まるシルフィードの頭を、誰かが優しい手つきで撫でる。頭を上げると、才人が柔らかい微笑を浮かべて手を伸ばしていた。

「別に怒っちゃいないから、安心しろよ」
(本当?)

 シルフィードが首を傾げると、才人は「ホントホント。ああ、そうだ」と何か思いついたように言った。

「なら、お詫びとして、これからまた空の散歩に連れてってもらおうかな。ほら、いつか行った花畑。また行こうぜ」

 才人が花冠を作ってくれた思い出が色鮮やかに蘇り、シルフィードの体が喜びに満ち溢れた。

(任しとくのね!)

 長い舌で才人の体を持ち上げ、背に乗せる。シルフィードはそのまま大きく翼を広げ、助走をつけて格納庫から飛び出した。地を蹴り早朝の空に舞い上がると、背中から歓声が聞こえてくる。

「うおーっ、やっぱスゲーなシルフィード。ホント、こっちの方が面倒くさくなくていいや!」

 聞き方を間違えれば「お前は単細胞だ」と言われているように聞こえなくもないが、シルフィードは優秀な風韻竜だったので、才人の言わんとしているところをきちんと理解していた。

(つまり、面倒くさい女はお断りってことなのね。オホホホホ、ざまあ見なさいゼロセンちゃん。やっぱり女はこのシルフィのように、さっぱりした爽やかな性格でなくちゃいけないのよーっ!)

 きゅいきゅいと嬉しい鳴き声を響かせながら、シルフィードは懐かしい花畑に向かって羽ばたき続けた。



「ふん。なによあいつ、子供みたいにはしゃいじゃって」

 まだ誰もが寝静まっているはずの早朝の寮の中で、ルイズは不満げに呟いた。まだ寝衣のままで、小柄な体は寝台の上にある。サイトがまだ早朝の内にいそいそと部屋を出て行くものだから、なんとなく彼女も目が覚めてしまったのであった。今、タバサの風竜に乗って飛び立っていくサイトを、窓越しに見送ったところである。

「まーったく、ご主人様をほっぽり出して、竜で空なんか飛びまわっちゃって。一体何が面白いんだかさっぱり分かりゃしないわ」

 ぶちぶち文句を言いつつも、心の中では多少安心している部分があった。

(あのメイドとかキュルケとかと一緒にいるんなら、ともかく、竜相手じゃあいつだって盛りようがないものね。その点はまあ、いいことって言えばいいことなのかも)

 ルイズは安堵感に包まれながら、また毛布にくるまって寝始めた。



 使い魔たちによるゼロ戦襲撃はこれっきりで、以降は誰もこの機械に興味を抱くものはなくなった。持ち主である才人自身もあまり乗らなくなってしまったのは多少寂しいことだが、その分自分もじっくりと研究に打ち込めるというものだ。そんなことを考えながらまたコックピット内の機材を調査していたコルベールは、ふと手を止めた。外から、何やら勝ち誇った声が聞こえてくる。

「そういう訳で、シルフィはサイトとお花畑で楽しい時間を過ごしたのよ。オホホホ、どう、悔しいかしらゼロセンちゃん。悔しかったらその板を回転させるなり例の魔法を撃つなりしてみたらいかが? そんなことしたって、サイトの心はもうあなたには向きっこありませんけどね。きゅいきゅい」

 何事かと思ってコックピットから顔を出してみると、最近よく見かける風竜が、悠然と歩み去っていくところであった。その背中が何故かやたらと得意そうに見えて、コルベールは首を傾げる。

(……一体なんだ? 先程の声の主も見当たらぬようだし……)

 少し困惑したが、まあこの機械の魅力に比べれば取るに足らないことである。そんなことを考えて、コルベールはまたコックピットに潜り込むのだった。
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