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【東方SS】時には昔の話を その1

2008/10/11に東方創想話に投稿したSSです。
 


『時には昔の話を その1』



 目を開けたら視界一杯に青空が広がっていた。

(……神社、盗まれた?)

 んなわけあるか、と心の中で自分に突っ込みを入れながら、博麗霊夢はゆっくりと身を起こす。
 さてここはどこだろう、と周りを見回してみる。

(んーと、人間の里の近くの街道、かな?)

 そう考えてから、霊夢は首を傾げる。何か、違和感がある。

(ああそっか、山が青いんだ)

 確か、昨日まで季節は秋だったはずである。妖怪の山へ行って秋姉妹の片割れに弾幕勝負を挑んで圧勝し、報酬として強奪した焼き芋を魔理沙と一緒にたらふく食って、それから安い焼酎で晩酌して馬鹿話で盛り上がって。

(はて、それからどうしたんだっけ? 全然記憶がないなー)

 となると、酔っ払ってほとんど意識もないままこの辺りまで歩いて、あるいは飛んできたのだろうか。むむぅ、と唸ってなんとか思い出そうとしてみるが、やはり昨夜の記憶は蘇らない。

(まあいいか)

 霊夢はあっさり思考を放棄した。分からないものに頭を悩ませていてもしょうがない。なるようになるさ、といつものように考える。

(そんなことより、なぜ山が青いのか、よ。どう考えても昨日まで秋だったはずだし……異変、かしら?)

 気温から考えると、季節は夏の始まりといったところか。涼しくはないが、暑すぎもしない。誰か、力の強い妖怪が季節を秋から夏に変えたのかもしれない。

(どうせなら春にしなさいよね。それなら花見して思う存分酔っ払えるのに)

 そんなことを考えつつも、霊夢は釈然としないものを感じていた。異変のときは「あっちの方に騒ぎの原因がいる」というような、漠然とした予感のようなものを覚えるものだ。しかし、今はそれがない。

(異変じゃ、ない?)

 どうやらそうらしい、と霊夢は渋々ながらも認めた。自分の巫女としての勘には全幅の信頼を置いているのである。

「でもなー、異変じゃないとしたら、なんで昨日まで秋だったのに今夏になってんのかしら?」

 と、腕組みして首を傾げた霊夢の耳に、耳慣れた音が飛び込んできた。

(お、誰か弾幕ごっこやってるわね?)

 弾の飛び交う激しい音が後方から聞こえてきたので、霊夢は自然に振り返る。そして、目を丸くした。

(……なにあれ? 子供……?)

 空を飛んで弾幕を展開し合っているのは、双方とも人間の女の子であった。人間の女の子のような外見をした妖怪、ではない。これもまた巫女としての勘なのか、妖怪はたとえ人間っぽい外見をしていても、一目見れば「ああこいつは妖怪だな」となんとなく察せられるものなのである。だが、今霊夢の眼前で空を飛び、互いに弾を撃ちあっているのは間違いなく人間の女の子だ。二人とも、幼い顔に似合わぬ真剣な表情で弾を打ち出し、弾幕をかいくぐり、機を窺ってスペルカードまで発動させる。
 あまりの光景に、霊夢はぽかんと間抜けに口を開いて立ち尽くしてしまう。

(慧音が寺子屋の子供たちに弾幕ごっこの実習でもさせてるのかしら?)

 数十秒も考えて、ようやく出せた推論はそんなものである。だがそんなことをさせる意味が分からないし、一応霊力やら魔力やら、そういうものを利用して弾を作り出すのが弾幕ごっこである以上、双方が年端もいかぬ人間の子供というのは明らかに異常だ。

(一体何がどうなってんの?)

 混乱する霊夢の前で、女の子の一方が相手の弾の直撃を受けた。小さな体が思い切り跳ね飛ばされ、彼女が展開していた弾幕が空に霧散して消える。「あぶなっ」と思わず口走る霊夢の前で、しかし跳ね飛ばされた女の子は明らかに慣れた身のこなしで見事な宙返りを決め、軽やかに地に降り立った。

「あーあ、また負けた―」
「へへっ、これであんたの5連敗だねー」
「ちくしょー、見てろよー、次は絶対勝ってやるからねー!」

 後から降りてきた勝利者の女の子と、負けた側の女の子が笑顔でそんなことを言い合っている。二人とも、先ほど見せていた真剣な表情とは打って変わった、気楽そうな顔である。
 目の前の二人の姿から、なぜか自分と魔理沙を連想し、霊夢は少しだけ笑う。

(うーむ、それにしても)

 霊夢は顎に指を当て、先ほどの弾幕ごっこの様子を思い出す。二人とも多少の稚拙さはあるものの、なかなか綺麗な弾幕を構築していたように思う。避けるのもなかなか上手かったし、多分ルーミアぐらいとなら互角に戦えるのではなかろうか。

(どういう連中なのかは知らないけど、あのちっこさで大したもんだわ。どれ、スペルカードルール創始者として、ひとつ激励をかけてやりましょうか)

 そんな気分になったのも、やはり二人の姿に自分と魔理沙が重なったからだろう。霊夢は上機嫌で声をかけた。

「ねえ、あんたたち!」
「え?」
「なに?」

 さっきのあんたの弾幕はどうだこうだと話していた二人が、一緒に振り向いて目を丸くした。なんでそんなに驚くんだろう、とちょっと疑問に思いつつも、上機嫌な霊夢は構わずに話を続ける。

「さっきの勝負見てたけど、ちっこい割になかなかいい弾幕してるじゃない。褒めてあげるわ」
「えっと」
「どうも」

 こちらが珍しくフレンドリーに話しかけたにも関わらず、二人は露骨に不審そうな顔をして、怯えたように身を寄せ合う。
 こんな対応をされると、さすがに気分が悪い。霊夢は頬を引きつらせて首を傾げた。

「あれー、どうしたのかなー? なんか、まるで不審人物を見るような目つきなんだけどー?」
「だ、だって」
「お姉ちゃんの、その服……」
「服?」

 言われて、霊夢は自分の服装を見下ろす。いつも通りの、少々特殊なデザインの巫女服である。
 この服がどうかしたのか、と問いかけようとして、霊夢は口を噤んだ。

(そういや、妖怪どもが遠慮なく入り浸るせいで、博麗神社は妖怪に乗っ取られてしまった! とかそういう噂が立ってるんだっけ。そうなるとわたしも当然妖怪扱いなわけで)

 ひょっとしたらこの女の子たちも「悪いことすると巫女が食べに来ますよ」とか言って親から脅されているのかもしれない。
 ちくしょう噂立てた奴あとで絶対ブン殴る、と強く心に誓いながら、霊夢は無理に笑顔を作る。

「いやいや、心配しなくていいわよー、わたしはいい巫女さんだから」
「いい巫女?」
「そうそう。ええと、あっちの方に博麗神社ってあるのは知ってる?」

 神社の方を指さすと、女の子二人は顔を見合せておそるおそる頷いた。やはり何かを怖がっている様子である。霊夢は構わず続けた。

「でね、わたしはそこの巫女やってるのよ」
「え、博麗の巫女?」
「お姉ちゃんが?」
「そうそうそれそれ。わたしが博麗の巫女なのよ」

 霊夢がない胸張ってそう言うと、女の子たちは顔を見合せた。
 そして、今度は何故かとても怒った顔で、

「うそつき!」
「はぁ!?」

 霊夢は面喰らった。

「いや、ちょ、うそつきってどういう意味よ!?」
「うそつきだもん。そんな偽物の服まで着てさ!」
「お姉ちゃんが博麗の巫女様なわけないじゃん!」
「おお。博麗の巫女様、だなんて、近頃の子供は教育が行き届いて……って違う! わ、わたしが博麗の巫女なわけないって……」
「だって違うもん。ねえ?」
「うん。お姉ちゃん巫女様とは全然違う」
「どこが?」
「全部」
「偽物だ。偽巫女だ」
「こ、この餓鬼ども……!」

 霊夢は拳を握ってぶるぶると震わせる。いっそ正義の拳骨をお見舞いしてやろうか、と思ったが、いやいや待て待て、と寸でのところで怒りを抑える。

(落ち着きなさい霊夢。ガキ相手にそんなことしたら、また紫辺りに『あぁなたって、ほぉんとぉぉぉぉに、おぉばかさんよねぇ』とかなんとか言われるに決まってるわ! 落ち着け、落ち着けわたし……!)

 すぅ、はぁ、と深呼吸したあと、霊夢はなんとか笑顔を作ることに成功した。さすが博麗の巫女だ、なんともないぜ! と心の中で自分を励ましながら、再度聞く。

「じゃあ聞くけど、あなたたちの知ってる博麗の巫女って、なんて名前?」
「巫女様の名前?」
「そんなの決まってるじゃん」

 二人はなぜか誇らしげに口を揃える。

「博麗霊夢!」
「ほーら見なさい! 博麗霊夢ってわたしの名前だもんね!」

 勝ち誇って、びしっ、と女の子二人を指さすと、彼女らも負けずに喚き出す。

「うそだーっ」
「やっぱりうそつきだ、うそつきの変人だーっ」
「だから、なにが嘘だって言うのよ!?」
「だってお姉ちゃん、わたしたちの知ってる巫女様とは全然違うもん!」
「どう違うっていうのよ?」
「巫女様はこんなに頭悪そうじゃない」
「こんなに貧乏臭くない」

 よし決定こいつら殴る。
 霊夢がボキリと指の骨を鳴らしたところで、誰かに肩を叩かれた。

「まあまあ落ち着いて。事情は詳しく存じませんが、子供の言うことですから」
「なによ、誰だか知らないけど、通りすがりが口出ししないでくれ……ギャーッ!」

 振り返った途端、霊夢は物凄い勢いで悲鳴を上げた。

「な、なんですか急に!?」

 そこに立っていた……おそらく立っているのであろう物体は、一言で言えば目玉の山だった。ドロドロした緑色の泥の塊のような物体に、千個ぐらいはありそうな眼玉が所狭しとくっついているのである。おそらく口なのであろう気孔のようなものも各所に五つぐらい開いており、それらから野太くも落ちついた声が漏れ出している。
 妖怪ならば嫌というほど見慣れている霊夢にとっても、衝撃的な怪物の登場である。

「どうしたんですか何か変なものでもあるのですか」

 全身をぶるぶる震わせながら、その物体がたくさんの眼玉を一斉にぎょろぎょろと蠢かす。異常がないことを確認した安堵の息か、五つぐらいある口からぶふぅと呼気が漏れ出した。

「なんだ、なにもないじゃないですか。驚かさないでくださいよ」
「それはこっちの台詞よ!」

 ようやくショックから立ち直って、霊夢は怒鳴り声をあげた。目の前の物体の目玉全てが、全く同じタイミングでぱちくりと瞬かれる。きょとんとしているらしかった。うわぁ気持ち悪いなあと思いながら、霊夢はこわごわと問いかける。

「あんたなに、いったいなんなの? え、なに、新手の妖怪?」
「妖怪? ははは、ご冗談を」

 その返答を聞いてちょっと安心する。

「そうよね、あんたみたいなわけのわからない妖怪がいるわけが……」
「私はバレグリアッチョ・ベリグリッツァ星人と人間とのハーフであって、妖怪さんとはまた違った存在ですよ」

 要するに妖怪よりももっとわけの分からない物体らしい。霊夢は脱力のあまりその場にへたれこみそうになりつつも、一応問いかける。

「あのさ。ひとつ聞きたいんだけど」
「なんでしょうか」
「ここって、幻想郷で間違ってないわよね?」
「ええ、間違いありませんが」
「……で、あんたはなんだっけ?」
「バレグリアッチョ・ベリグリッツァ星人と人間とのハーフでございます。人間の里では寺子屋の教師をさせていただいておりますよ」
「へえそうなんだ……って、人間の里の教師?」

 嫌な予感がする、と思った途端に、霊夢の横をあの女の子二人が駆け抜けて、一直線に目玉の山に抱きついた。
 そして二人の口から上がった歓声は、

「けーねせんせーっ!」

 死ぬかと思った。死のうかと思った。

「もうイヤァァァァァァッ!」

 霊夢は悲鳴を上げてその場から逃走した。



 あまりのショックに飛ぶのも忘れて走り抜けること数十分。気がつくと、霊夢はまたも見覚えのある場所に立っていた。

(あー、ここ、マヨヒガの近くだわ)

 走って辿り着けるような場所だったかなあ、と首を傾げつつも、その場で膝に手をつきぜいぜいと息を整える。いろいろ変なことが起り過ぎて、頭のねじが飛びそうだった。

(起きてみたら秋から夏になってて? 人間の子供が弾幕ごっこしてて? わたしじゃない博麗の巫女がいて? 慧音が慧音じゃなくてなんとかせーじんとかいう目玉の山で?)

 わけが分からないし、考えてもやっぱり理解不能。霊夢はその場でぶんぶんと首を振り、かっと目を見開いて決めつけた。

「異変よ、これは間違いなく異変だわ。わたしの勘は相変わらず働かないけど、これが異変じゃなくてたまるもんですか。そして犯人は多分紫! こんな変なことするのはあいつしかいない! つまり紫をボコれば万事解決これ決定! というわけで気がおかしくならない内にとっととマヨヒガ行こう、マジで」

 霊夢は一人でブツブツと呟きながら、相変わらず飛ぶのも忘れてマヨヒガへの道を歩き出す、と。

「あーっ、変な奴発見!」

 うわぁまたなんか来た。
 霊夢は泣きそうになりながら、声のした方を振り返る。上空に、小さな人影が浮いていた。赤を基調とした法衣のような服を着ている女の子で、頭の両脇からは猫のような耳が飛び出している。
 どこかで見覚えのあるその女の子は自信満々に腕組みして、霊夢を見下ろしていた。

「ふっふっふ、我ら八雲一家の本拠地に堂々と忍び込むとはお馬鹿な奴め! ここから先はこのわたしが一歩もってうわぁっ! な、なにすんだ!?」

 女の子が台詞の途中で悲鳴を上げたのは、霊夢が物凄い勢いで空に飛び上がったからである。鼻先と鼻先がぶつかりそうな距離まで、ぐっと顔を近づける。接近しているのはもちろん霊夢だ。

「な、なによぅ、なんなのよぅ」

 気圧されたように半泣きで身を引くその女の子を、霊夢はマジマジと見つめた。そして、感極まって思い切り抱きしめる。

「良かったーっ!」
「ぶえーっ!? ちょ、なにすんだ! やめろ、薄い胸で抱きしめるなーっ!」

 必死にもがく女の子を、しかし霊夢は離さない。妖怪顔負けの力でがっちりと押さえつけて、泣きながら頬ずりする。

「良かった、本当に良かった……!わたしが知ってる本来の意味での妖怪っぽい妖怪がちゃんと存在してた……!」
「うえぇ、やめろよぉ、気持ち悪いよぉ、離せよぉ」

 本気で泣きだしたその女の子にたっぷり十秒ほど頬ずりした後、霊夢はぱっと離してやった。女の子は急いで霊夢から距離を取ったあと、ごしごしと服の袖で涙を拭い、また自信満々の笑みを浮かべる。

「ふ、ふっふっふ、出会い頭になかなか妙な攻撃をしてくれるじゃないの。だがこのどどめをナメるなよ、こんな変な攻撃じゃ倒れないもんね!」
「いや別に攻撃じゃ……っていうか、どどめってなに?」
「わたしの名前! ふっ、わたしを動揺させたお前には特別に教えてやろう。このわたしこそ」

 すーっ、と大きく息を吸いこみ、

「八雲紫少女様の式の式の式の式の式の式の式の式の式の式の式の式の式の式の式の式! 八雲どどめ様だぁーっ!」

 バァーン、と音がしそうな勢いで、自分の顔を親指で指してみせる。
 霊夢はぼりぼりと後頭部を掻き、

「へーそーなのかー」
「リアクションうすっ!?」
「まあちょうどいいわ。あんた八雲家の式だったら、ちょっと紫の家まで案内してよ。わたしの知ってるところと場所違ってたら困るしさー」
「あ、はい分かりました……じゃない!」
「おー、さすが下っ端、顎で使われるのには慣れてるのねー」
「下っ端っていうな! っていうか、あ、あんた今、八雲紫少女様のことを呼び捨てにしたわね……!」

 恐れ慄く女の子に、「だからなによ」と霊夢は首を傾げて、それからポンと手を打った。

「あーそうか、どどめってどどめ色のことかー。紫、藍、橙、と来て、色で統一されてんのね八雲一家の名前って」
「そんなことは常識でしょ……っていうか、あ、あんた、紫少女様だけじゃなくて藍少女様と橙少女様まで呼び捨てに」
「あのさ。さっきから、その『少女様』ってなんなのよ一体。いろんな意味で図々しいんだけど」
「はぁ? 『少女』は八雲家の一員に与えられる最上の称号に決まって……って、え、なにあんた、そんなことも知らないの?」

 ぷぷっと笑うどどめに、霊夢は軽く殺意を覚える。猫耳少女は得意げに「ついてきなさい」と言いながら、マヨヒガへ通じる道の一角まで霊夢を誘導した。

「見なさい。これが八雲家の偉大なる創始者、八雲紫少女様よ!」

 と、どどめが手で示した先には、見覚えのある人物の石像が一つ。台座のプレートに刻まれた文字は、

 ――八雲家創始者にして幻想郷の守護者、『永遠の少女』八雲紫像

 とりあえず夢想封印で粉々にした。

「あーっ! な、なんてことを!」
「黙らっしゃい! なぁーにが『少女』よ、ったく。あいつなんか八雲紫『ババァ』がお似合いなのよ」
「こ、こいつ、八雲家を馬鹿にしたな! もう許しておけない、勝負しろ!」
「はいはい」

 興奮してスペルカードを取り出すどどめに対して、霊夢は面倒くさげに答えた。
 結論から言うと、どどめはあまり強くなかった。
 必死に繰り出される隙間だらけの弾幕を、霊夢は鼻歌交じりにかいくぐり、至近距離まで接近してしこたま弾を浴びせ、ものの数十秒ほどで猫耳少女を地に叩き落とす。

「はい、わたしの勝ち。拙い弾幕だわねー」
「そ、そんな、こんなあっさり……!?」
「っていうかさ、あんまり無駄な運動させないでよね。こっちは訳の分からないことばかりで疲れ果ててるんだから」

 ズダボロのどどめに対して、ため息混じりに言ってやる。猫耳少女はしばらく俯き、肩を震わせて唸っていたが、やがて大声を上げて泣き出した。
 まるきり子供なその反応に、霊夢は頬を引きつらせる。

「ちょっとちょっと、弾幕ごっこで負けたぐらいでそんなに泣かないでよ」
「だって、仮にも結界の守護者である八雲の者がこんな頭悪そうな奴に負けるなんて」
「よし分かった存分に泣け」
「いだいいだいいだいいだいいだいよぉーっ! 耳引っ張らないでぇーっ! 助けて少女様ーっ!」

 そうやって霊夢が思う存分猫耳少女をいじめていると、不意に声をかけられた。

「我が家の猫をいじめているのはあなたですか」

 落ち着いた感じのする、理知的な声音である。そんな口調で話す知り合いなど数えるほどしかいないはずなのだが、なぜか聞き覚えがある気がした。

(この声って……)

 思わずどどめの耳から手を離し、霊夢は声の方を振り返る。「少女様ーっ!」と、どどめが泣きながら走っていったその先に、背の高い女性が立っていた。
 どどめのものよりも数段は装飾が過剰な法衣を身に纏った、落ち着いた雰囲気の女性である。頭の両脇から飛び出した猫のような耳と、少し癖のある長い栗色の髪、そして何又にも分かれた猫の尻尾が印象的な妖怪だ。
 見かけからして貫禄があるが、全身から放たれる気配も大妖怪のそれだ。近くにいるだけで気圧されるような、圧倒的な存在感を持っている。
 もちろん、見覚えはない。ないはずなのだが。

(この妖怪、まさか……)

 泣きじゃくるどどめをなだめながら、じっとこちらを見つめてくるその妖怪を前に、霊夢はごくりと唾を飲み込んだ。
 ひょっとしたら、と思いながら、こわごわと声をかける。

「あのさ。もしかして、橙?」
「え?」

 女性は一瞬眉間にしわを寄せてこちらを見たあと、ひどく驚いたように目を見開いた。
 どどめからそっと体を離し、呆然とした表情でふらふらとこちらに向かって歩いてくる。
 そうして、二人は向かい合う。間近で見ると、女性の怜悧な面立ちには、やはり八雲紫の式の式の面影があった。どこがどう、とは言えないが、彼女が人間の女のように成長したらきっとこんな風になるだろう……と思わせる美貌だ。
 おそらく橙と思われるその女性は、霊夢よりもさらに信じられないような表情で、目の前にいる巫女を見つめていた。目を見開き唇を震わせ、呆然と呼びかけてくる。

「まさか、博麗霊夢さん、ですか?」
「そうよ」
「本当に、霊夢さんなんですか?」
「だからそうだって言ってるじゃないの」
「だって……ああ、そっか。今日がその日だったんですね……!」
「え? なんの話」
「霊夢さーんっ!」

 突然、目尻に涙を溜めた橙が飛びかかってきた。「あぶなっ」と、霊夢は全力で横に避ける。さっきまで理知的だと思っていた女が、顔面から地面に滑り込んで「へぶぅっ」と間抜けな悲鳴を上げた。

「な、なんで避けるんですかぁ!?」
「当たり前でしょ! あんたみたいな図体のでかい女に飛びかかられたら、私の方が倒れるってーの!」
「図体のでかい、って……」

 汚れた顔を拭こうともせずに歩み寄ってきた橙は、霊夢の眼前で立ち止まって「ああ、本当だ」と顔を和らげた。

「今はもう、私の方が大きいんですね」
「そうみたいね……ってことは、やっぱりあんた橙なんだ」
「はい、そうです。八雲紫様の式の式、八雲橙ですよ」

 えへ、と、霊夢の記憶の中の橙と同じ顔で笑った猫女の鼻から、たらりと一筋鼻血が零れる。
 あまりにも無防備で、好意に満ち溢れたその表情に、霊夢は戸惑いを覚えた。

(さっきも抱きつかれそうになったし……わたし、こいつからこんなに慕われてたっけか?)

 っていうかこれどうしたらいいんだろう、と困った霊夢が振り返ると、猫耳少女どどめが呆然とした顔でこちらを見ていた。

「あんた、いったい何者なの?」
「さあ。何者なのかしらね」

 霊夢は肩を竦めてそう答えるしかなかった。



 八雲紫の住処であるマヨヒガの中は、霊夢の記憶と全く変わっていなかった。
 だから別に案内はいらない、と言ったのだが、橙はどうしても自分が案内すると言って聞かない。

「だって、霊夢さんとお会いするの、本当に久しぶりなんですもの。いろいろお話ししたいんですよ」

 霊夢の隣に立ってマヨヒガの廊下を歩きながら、橙がそっと微笑む。霊夢は顔をしかめた。

「あのさ、その霊夢さんっていうの止めてくれない? どうも違和感あるんだけど」
「ああ、すみません。そっか、霊夢さんがそのぐらいの歳のころって、そもそもあんまりお話したこともありませんでしたものね、わたしたち」

 懐かしむように目を細める橙の横顔を見て、霊夢は大事なことを聞き忘れていたのを思い出した。

「そうそう、それよそれ。あんたの口ぶりからするに……っていうかまあ、その外見からして明らかだけど、この幻想郷ってどうやら未来の幻想郷みたいだけど」
「未来……そうですね、霊夢さんから見ると、そうなるんでしょうね」
「具体的に、今っていつなの?」
「そうですね……霊夢さん、あなたの感覚では、今日の日付はいつになりますか?」
「えっと」

 霊夢はちょっと考えてから、今日の日付と思われるものを口にする。すると橙はほとんど考える間もなく答えた。

「でしたら、今日はちょうど1万2千年と80年後の未来ということになります」
「へえ、いちま……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 静まり返ったマヨヒガの廊下に、霊夢の叫び声が木霊する。激しく狼狽する彼女の醜態を、橙は目を細めて穏やかに見守っている。

「驚かれましたか」
「当たり前じゃないの! せいぜい100年ぐらい先かなーと思ったら……1万2千年ってあんた」

 100年、と言ったのは、未来の世界として想像できる限界が、せいぜいその年代だったからである。それが1万2千年となれば、これはもう完全に理解の範疇を超えている。

「……っていうか、そんな年代まであんたが生きてるのが驚きなんだけど。いくら妖怪とは言え」
「ふふ、わたしだけじゃなくて、霊夢さんのお知り合いは大体ご存命ですよ」
「マジで!?」
「ええ、皆さん、力の強い妖怪ですから」
「そ、そうなんだ……」

 なんだかなあ、と霊夢は首を傾げる。紫やら萃香やらはともかく、自分の周りにいるその他大勢的なお気楽妖怪どもの顔を思い浮かべると、とてもそんな大妖怪に成長した姿は想像できない。
 唸る巫女を見てくすくす笑ったあと、橙はちょっと悲しそうに眉を曇らせた。

「とは言え、人間だった方はもうとっくにお亡くなりですけれど」
「そりゃそうでしょ……ってことは、あー、そっか」

 急にある事実に思い至って、霊夢は足を止めた。何か、胸にぽっかり穴があいたような感覚を覚えて、「参ったなあ」と頭を掻く。

「じゃあさ、やっぱり、魔理沙も死んでるわよね?」
「え? あ、はい、そうですね」

 返事が返ってくるまでに、少しだけ間があった。

「そっか。そうよね、当たり前よね。うーん、これは、なんとも」

 どうとも言い表し難い感情に、霊夢はもごもごと口ごもる。要するに、腐れ縁の友人は最後まで人間として生きて死んだということである。捨虫の魔法、とやらを使って、種族・魔法使いにはならなかったらしい。
 魔理沙らしいと笑うべきか、生きていて欲しかったと泣くべきか、霊夢にはよく分からない。
 そこでふと、少し目を潤ませている橙に気がついた。

「どうしたの?」
「あ、いえ……きっと、魔理沙さんがここにいたらとても喜ばれるだろうな、と思って」
「んー、まあ、あいつが生きてたとしたら、物凄い久しぶりに再会するわけだしね。わたしにとっては昨日一緒に安酒飲んで酔っ払ったばっかりなんだけど」
「それは、とても霊夢さんたちらしいですね」

 橙が口元に手を添えて上品に笑う。その拍子に、ゆったりとした袖口に縫いつけられたたくさんの鈴が可愛らしい音を立てた。

「そういえばなんかやたらと豪華な服着てるわねー。それ、あんたの趣味?」

 金の縁取りやらたくさんの房飾りやら、色合い豊かな帯やらがこれでもかとくっつけられた法衣を見ながら言うと、橙は少し恥ずかしそうに自分の格好を見下ろした。

「いえ、別にわたしの趣味とかじゃ……八雲家もかなり大きくなったので、各々の地位を分かりやすくするために服装で格差をつけてくれって、下の子たちからせがまれまして」

 さっき外で会った猫耳少女が「式の式の式の式の式の……」とか言っていたのを、霊夢は思い出す。

「なるほどね。じゃあ、あんたはかなり偉いわけだ」
「一応、紫様と藍様に次いで、八雲家では三番目の地位にいることになりますね。お二人に比べたらまだまだ未熟者で、恥ずかしいんですけど」
「恥ずかしいと言ったらあれだ、八雲橙『少女様』だっけ」
「それは本当に恥ずかしいので止めてくださいね。もう、紫様ったら面白がっちゃって……」

 橙が嘆息する。霊夢の知る八雲藍のような、いかにも苦労人といった感じの所作だ。あの自由気ままで少々馬鹿っぽい猫娘がこうも変わるものか、と、霊夢は奇妙な感慨を抱く。

(ま、1万年以上も経ってて何もかも昔のままだったら、その方がおかしいんだろうけど)

 そこでふと、「ん?」と霊夢は首を傾げた。

「ねえ橙」
「なんですか」
「わたしさ。この時代に来たとき、自分がいる場所が人間の里の近くだって、すぐに分かったのよね。要するに昨日と……季節以外は、ほとんど変わらない景色だったってことなんだけど」
「そう、ですか」
「うん。でも、1万2千年後なのよね? それなのに、そんなに何も変わってないのって、どう考えても変じゃない?」

 霊夢が素直に疑問を口にすると、橙は何かを慈しむような表情を浮かべて、ひとつ頷いた。

「そうですね。もちろん、それには理由があります」
「理由ね。どんな?」
「ある方の遺言なんです。この幻想郷を、自分が死んだあともずっと同じ景色のままとどめておいてほしいって」
「へえ。無茶なこと言う奴がいたもんね」
「霊夢さん」

 不意に、橙が真剣な声で呼びかけた。

「本当に、幻想郷は昔のままですか? あなたの記憶の中にある景色と、何も変わったところはありませんか?」
「なによ急に、真面目な顔しちゃって」

 霊夢は笑ったが、橙は笑わない。瞳の色は変わらず真剣で、真摯だ。

「ええと」

 霊夢は何か気まずさを覚えて、頬をぽりぽりと掻いた。それから、小さく頷く。

「うん。まだそんな広い範囲見回ったわけじゃないけど、風景は昨日と変わらなかった、と思う。未来に来たって言われても、未だに信じられないぐらいだし」
「……そうですか。そんなにも、幻想郷は昔のままでしたか」

 橙は長い長い息を吐いた。まるで、ずっと背負ってきた荷物をようやく下ろしたかのようだった。
 それから、照れくさそうに目尻を拭った。

「すみません。いえ、ありがとうございます」
「ええと、どういたしまして。いや、なんでお礼言われるんだかよく分かんないけど」
「そうですよね、分かりませんよね。すみません」

 橙は軽く頭を下げたあと、また静々と廊下を歩き始める。霊夢も慌てて歩みを再開する。

「あ、そういえばさ、なんか慧音が気持ち悪い目玉のお化けになってたんだけど」
「気持ち悪いって……失礼ですよ霊夢さん、あの方は本名ケルグラグッチャ・パチョラスグッティさんって言って、幻想郷でも指折りの知識人なんですから」
「知らないわよそんなの……ああ、本名ってことは、やっぱりあれって慧音本人じゃないんだ?」
「霊夢さんが慧音って言ってるのは、1代目の上白沢慧音さんのことですよね? だとしたら、もちろん違います。あの方はもうお亡くなりで、今慧音と呼ばれるのは、人間の里の守護者と寺子屋の教師を兼ねておられる方なんです」
「つまり、慧音ってのが肩書みたいになってるってこと?」
「襲名制なんですよ。人間の里の守護者だった上白沢慧音さんへの敬意を表すために、里の守護者は代々慧音を名乗っているんです」
「なんとかせーじんってのと、人間のハーフだとか言ってたけど」
「ええ。半人半妖とか、『人と何かの狭間にいる者』というのが、里の守護者になる条件ですから」
「獣人だった慧音に敬意を表するため?」
「というよりは、人間の里を守護するのが慧音さんでなければいけないからでしょうか」
「どうしてよ?」
「きっと、あとで分かると思います」

 橙は謎めいた微笑みを浮かべて言ったあと、不意に立ち止まった。

(あ、ここって)

 霊夢も気がつく。今二人が立っているのは、紫の寝所の襖の前だ。

(ここもまた変わらないわねえ。この向こうに、自分のこと『少女様』とか呼ばせたり、石像作っちゃったりする妖怪スキマババァがいるわけだ)

 再会したらまずそのふざけた態度の代償として、右頬にストレートをぶち込んでやろう、と息巻く霊夢の前で、橙はにっこりと微笑んだ。

「それじゃあ、少し待っていてくださいね。紫様に霊夢様が来たことをお伝えしてきますから」
「うん」

 橙が一礼して、そっと襖を開けて部屋の中に入っていく。
 霊夢がなんとなくどきどきしながら数十秒ほど待っていると、困ったような表情を浮かべた橙が、襖を開けて戻ってきた。

「あのぅ、霊夢さん」
「どうしたの?」
「すみません、紫様寝てます」

 霊夢はずっこけそうになった。

「あのねえ」
「そう言えば、霊夢さんに再会した衝撃で、今が昼間だってことをすっかり忘れてました。起こそうとしたら邪険に追っ払われて、『霊夢? あー、そういえば今日だっけ。まあ夜まで待ってもらいなさい』って」
「変わってないわねあいつも」

 霊夢は額を押さえて溜息をついたあと、「ま、いっか」と肩をすくめた。

「別にどうしても今会わなくちゃいけないってわけでもないし、夜まで待つわ」
「いいんですか?」
「んー、まあ、入ってって思い切りぶん投げて叩き起こすってのも悪くはないんだけど、それで時間喰っちゃったら勿体ないし」
「勿体ない、と言いますと」
「なんか、ね。予感がするのよ。状況を把握したらようやく勘が働き始めたみたいで」

 霊夢は苦笑しながら頬を掻いた。

「どうも、ここにいられるのって今日限りみたい。たぶん明日の朝にはいなくなるわ」
「そうなんですか」
「うん。よく分かんないんだけどなんかそんな気が」
「巫女としての勘、ですか?」
「そ。まあそもそも、なんでこんな未来にいるのかも分からないんだけど」

 その辺りに関しては、霊夢はあまり気にしていない。

(どうせ紫が悪戯したーとか魔理沙のキノコがー、とか、永琳の薬がー、とか、そんなもんなんでしょうし)

 逆に言えば原因となりうるものはたくさんあるわけだ。

「まあ何が原因でも、ぶっちゃけ対応は変わらないわ。原因になった奴を弾幕ごっこでボコッて、酒とかつまみとか提供してもらって適当に飲めや歌えやの大騒ぎするだけだし」
「変わりませんねえ」
「それが暗黙の了解っていうか、お約束みたいなもんでしょ、わたしたちにとっては」
「そう、ですね」

 細められた橙の瞳が、寂しげな光を帯びてこちらを見つめている。霊夢唇をむずむずさせた。

(どうも苦手だなあ、これ。なんか、生温かいものを感じるのよね)

 霊夢は話題をそらすために、橙に問いかけた。

「そう言えば、あんたたちはなんか、わたしがここに来るの最初から分かってたみたいね?」
「ええ、まあ」

 事もなげに答える橙に「どうして」と聞くと、彼女は悪戯っぽい笑顔を浮かべて答えた。

「霊夢さんご自身が、そう仰ったからですよ。今日この日、若い頃の自分が幻想郷を訪れるだろうって。まあ私も、霊夢さんとお会いするまでは、今日がその日だってことはすっかり忘れていたんですけど」
「ふーん」

 もう何が起きても驚かないぞ、という気分で、霊夢は頷いた。それに、今知った事実のおかげで、分かったことが一つある。

(今日ここに来るのを1万2千年と80年前のわたしが知ってるってことは、つまり今こうしているこのわたしが、無事に元の時代に戻れたってことだもんね。よし、これで心配は何もなくなった)

 そう思うと、心がますます軽くなる。霊夢は笑顔で橙に告げた。

「じゃあわたし、そろそろお暇させてもらうわ」
「あ、そうですか。すみません、何もお構いできませんで」
「いや、いろいろ教えてもらったし。あ、ついでに一つ聞いていい?」
「なんでしょうか」
「八雲藍少女様、はどこに行ってるの? なんか姿を見かけないけど」
「少女様はやめてくださいってば。藍様でしたら」

 橙はにっこり笑って答えた。

「今は、バンディリア星系で勃発した第37次スンバラリア戦争の監視に赴かれていますよ。この戦争の趨勢がここにも影響を与えるかもしれないから、自分の目で直接見て記録しなくちゃならないって仰ってました」
「……へえ、そうなんだ」

 よく分からなかったので、霊夢は適当に聞き流した。



 マヨヒガを後にした霊夢は、空を飛んで一路博麗神社を目指した。一番気になる場所と言えばやはりあそこだし、神社が幻想郷の果てにある以上、飛ぶ途中でいろいろな場所を見回ることも出来るだろうと思ったからだ。

(あ、妖怪の山は変わってない。守矢神社は……あるか。なくなってても良かったのに。へえ、人間の里もちょっと大きくなったけど、それ以外は特に変わりないみたい。竹林には永遠亭もあるし……うわ、紅魔館までそのままだ。相変わらず趣味が悪い色ねー)

 あちこち見回しながら、霊夢は首を傾げる。
 何もかもが、あまりにも昔のまますぎる。霊夢にしてみれば昨日の景色と、何一つ変わっていない。

(本当に1万年以上も未来の世界なのかなー、ここって。もしかして騙されてるんじゃ……)

 そう考えてはみたものの、先ほどまで話していた橙は間違いなく自分の知る橙が成長した姿、だったように思う。大体にして、仮に誰かが悪戯でやっているのだとしても、こうも大がかりなことをする理由が分からない。

(ま、いいか。もし騙されてたんだとしても、発想がぶっ飛んでてかなり面白い嘘だし。素直に引っかかってやることにしましょう)

 昨日と変わらぬ幻想郷の空を飛びながら、霊夢はふと、真下を見る。ちょうど、魔法の森の上空に差し掛かったところだった。

(そういえば、魔理沙はいないんだっけ)

 深い木々に覆われて、森の中は見通せない。幻想郷全体がここまで変わりないということは、魔理沙の家もそのままなのだろうか。住む人すらいないというのに。

(考えても仕方がない、か。まあわたしの知り合いがほとんど生きてるってことは、アリスも相変わらずいるんでしょうし、後でからかいに行ってやることにしますか)

 でも魔理沙がわたしと同じ状況に放り出されたら、無茶苦茶面白がるんだろうなー、と少し残念に思いながら、霊夢は博麗神社に向けて飛び続けた。



 軽やかな音を立てて、霊夢は博麗神社の境内に降り立つ。ここもやはり、昨日と何も変わっていない。

(でもあれだ、わたしじゃない博麗の巫女がいるんだっけ)

 数刻前の女の子たちとのやり取りを思い出す。
 ここには自分と同じ名前のくせに自分よりも頭が良さそうで、なおかつ貧乏臭くない巫女がいる、とか。

(要するに、慧音と同じくわたしの名前も襲名制になってるってわけね。フン、何代目の霊夢だか知らないけど、初代をナメるんじゃないわよ。生意気な態度取ろうもんなら、初代霊夢としての圧倒的なカリスマを見せつけて全力で土下座させてやるわ)

 あのときの怒りを思い出して無駄に好戦的になりつつ、霊夢はずかずかと社に近づく。そして、

「おらおら者どもおいでませい、初代霊夢様のお帰りじゃーっ!」

 と、ノリに任せて大声で叫んだ。すると、

「初代様でございますか」

 鈴の音のごとき涼やかな声が響き、社の影から一人の女性が静々と歩み出てきた。小さな歩幅で自分に近づいてくるその人影に、霊夢は思わず息を呑む。
 初夏の日差しに輝くきめ細やかな黒髪は、淀みなく流れる清流のごとく、光の粒を舞い散らせる。背筋はすっと伸ばされているが、それでいて堅苦しい雰囲気は微塵もない。奥ゆかしく伏せられた瞼はかすかに儚げに震えている。下腹部の辺りに添えられた両手は雪よりも白い。足運びは楚々としたもので、石畳を擦るわずかな音すら聞こえない。顔立ちはどことなく憂いを感じさせながらも凛とした美貌を誇り、やや細めに思える体躯は儚さを感じさせつつも、しなやかな刃の如き芯の強さも持ち合わせているように思える。そしてなにより、体全体が霊夢とは比べ物にならないほど女性的な柔らかさに満ちている。

(さ、桜が……! 彼女の背後に、美しく舞い散る桜の花びらが見える! 今は夏のはずなのに……! なんという圧倒的なカリスマ……!)

 恐れ慄く霊夢の眼前、理想的な位置でぴたりと立ち止まったその巫女は、目を伏せたまま深々と頭を下げた。

「初代様のご帰還を、心よりお待ちしておりました」
「すんませんでしたぁーっ!」

 霊夢は全力で土下座した。

「え……あ、あの、初代様?」
「いやもうホントすんません、『幻想郷の巫女ったらわたししかいないっしょ。東風谷早苗? ハハン、あんなん2Pカラーだし』とか調子こいててマジすんません、どうか、どうか平にご容赦をーっ!」

 霊夢は卑屈になっていた。もうこれ以上ないぐらいに卑屈であった。なによりも霊夢を卑屈にさせたのは、目の前にいる巫女のお手本みたいな美女が、間違いなく自分考案と思われる脇の開いた巫女装束を纏っていることであった。

(なに正当な巫女服差し置いてあんな恥ずかしい衣装着せてんだわたし、死ね、死んでしまえ!)

 ゴンゴンと石畳に頭を打ち付け始めた霊夢の頭上で、「しょ、初代様、お気を、お気を確かに!」と未来の霊夢が叫んでいた。



「いやホントにごめんね」
「いえ、私には初代様が何故謝られているのか分からないのですが……」
「分からなくていいから。あ、とりあえず明日からその巫女服廃止ね。ちゃんとしたのに戻して」
「まあそんな、これは初代様から代々受け継がれてきた、由緒正しき伝統の巫女服ですわ。廃止なんてとても」
「ってことは、あんたに至るまで数百人単位で脇晒した巫女が幻想郷の空を飛んできたんすか!」
「はい。この巫女服を着ることによって、脇の部分から八百万の神の神通力が入り込んでくるという言い伝えで」
「しかもなに無理矢理な理屈つけてるんだわたし! うわぁマジ死にてぇーっ!」

 いつもの博麗神社のいつもの縁側で、霊夢はゴロゴロと転げまわった。卑屈な感情は未だに抜けていない。

(そりゃ、わたし自身は結構いいデザインだと思うし、自分に似合ってる自信もあるけどさ! でもこういう正統派の美女が着たらこれもう悪い冗談としか思えないんだけど!)

 そんなことを考えて呻く初代様の様子を、未来の霊夢は若干引きつった微笑みを浮かべて見守っている。

「ええと、あの、初代様」
「な、なに?」
「なにか、私の服装に至らぬところがあったようですが」
「いや至らないのはわたしですんでマジすんません」
「そんな風に仰らないでください。私は、博麗の巫女の象徴でもある巫女服をこの身に纏えることを、何よりも誇りに思っているのですから」

 そう言って、未来の霊夢はたおやかな笑みを浮かべる。「あ、その笑顔やめて眩しすぎるから」と小声で呟く頃になって、霊夢はようやくほんの少しだけ落ち着いてきた。気まずい思いで後頭部を掻きながら、改めて未来の霊夢に向きなおる。

「ええと、じゃあまずご挨拶ってことで。はじめまして、わたし、博麗霊夢です」
「はい、お初にお目にかかります。私、博麗霊夢と申します」

 お互いに頭を下げ合い、二人は同時に微笑み合う。真面目そうに見えたけど、意外に冗談も分かる子なのかな、と霊夢は少し認識を改めた。

「で、ええと……あんたって、何代目なの?」
「はい、私は初代様から数えまして318代目の博麗霊夢になります」
「318、ねえ。まあ1万2千年も経ってれば、そのぐらいはいってるか」

 となると、巫女が代替わりする平均年齢は……と考えかけて、止めた。そんなことは知ってもあまり意味がない。
 そこでふと思いついて、霊夢は聞いてみた。

「ねえ、家系図とかってあるの? ちょっと見てみたいんだけど」
「あ、はい、今持って参りますね」

 318代目の霊夢が、静々とした足取りで奥へ引っ込む。「ううむいい尻だ」と意味もなく呟いてから、出されたお茶を啜って待つ。茶の葉がいつも自分が使っているものよりは明らかに上等なことが分かり、なんだか悔しい。

「お待たせいたしました」
「うむ、苦しゅうない……ってやっぱ長いのね」

 318代目の霊夢が持ってきたのは、かなり太い巻物であった。なんだか秘術か何かが記してありそうな太さである。
 ちょっと慄く霊夢に、318代目が「どうぞ」と巻物を差し出してくる。
 もちろん全部一気に広げるわけにはいかないので、霊夢はくるくると一部分ずつ巻き取りながら、家系図を辿り始めた。

「っと、一番初めが318代目霊夢、次が317代目……」
「私と母ですわ」
「あんたはまだ子供いないの?」
「はい」
「ふーん。好きな人とかは?」
「まあそんな、お恥ずかしい」

 318代目が頬を染めて恥じらう。可愛いなちくしょう、と思いながら、霊夢は家系図を辿っていく。

「267代目霊夢、266代目霊夢……ねえ、なんか、ずっと霊夢ばっかりなんだけど」
「はい。30代目までは違う名前を頂くことも多かったそうですが、30代目が大変初代様を尊敬しておりまして、『これから博麗の巫女は全員霊夢という名前にする』と定められたのだとか」
「ぶっ飛んだ性格ねそいつ」

 自分にそんな熱心な信奉者がつくなど想像したこともない。霊夢はちょっと背筋を震わせる。

(にしても、30代目って言ったらわたしの代からはかなり時が経ってるはずだけど……よく、見も知らぬ人を尊敬できるぐらい、わたしの逸話が残ってたもんね。まあ知り合いの妖怪連中はみんな生き残ってるって話だし、たぶん誰かが面白おかしく曲解して伝えたんでしょうけど)

 そんなことを考えていると、家系図が問題の30代目にたどり着いた。確かに、ここまでは全員が霊夢であった。

「っていうか、この家系図ほぼ一本道なのね」
「はい。博麗家以外の系図は省略されておりますし、分家が出来るといろいろ面倒だから、という理由で、子は一人のみというのが掟です」
「ふうん。まあ分からないでもないけど」

 確かに、博麗家お家騒動など、霊夢自身想像したくもない面倒事である。そもそも博麗の巫女なんて割と面倒
な役割を取り合うこと自体が想像できないが、どこにでも変わり者はいるものだし、予防線を張っておくに越し
たことはなかったのだろう。

「ところで、これ全員血は繋がってるの?」
「いえ。残念ながら、子を成せなかった方もいらっしゃいまして」
「そう。まあ、これだけ長い時だもの、そういうこともあるわよね……っていうか養子とかでも家系図って途切れないもんなんだ」

 博麗の血が博麗の巫女たる絶対条件ではないらしい、ということも初めて知った。まあそもそも初代博麗の巫女自体がどういう出自の人物なのだかよく知らないし、要するに力が強けりゃ割と誰でもいいんだろう、と、そこのところは簡単に納得した。

(適当くさいなあ。まあ幻想郷らしいっちゃ幻想郷らしいけど)

 そこでふと、当たり前のことに気がつく。

「じゃあわたしとあんたにも当然血のつながりはないわけね」
「はい。とても残念ですが」

 これには霊夢自身納得せざるを得なかった。自分と血のつながった子孫にしては、あまりにも正統派の巫女っぽすぎると思っていたのだ。そんなことを考えると、なんだかちょっと泣けてきた。

「初代様?」
「ああいやなんでもない、大丈夫大丈夫、方向性は違うけどわたしも十分イケてると思ってるし」

 誤魔化しつつ、霊夢はさらに家系図を辿る。30代目以降が全部霊夢、という説明通り、それ以前の代では霊夢以外も出てくる。とはいえ、それもごく少数。霊夢以外の名前のあまりの少なさに、違和感を覚えるほどだ。

「ねえ、なんでこんなに霊夢ばっかりなの?」
「それはもちろん、初代様に対する尊敬の念の現れですわ」
「はあ。つまり、みんなわたしを尊敬してたってこと?」

 当たり前のことを聞いてしまった、と思ったが、318代目は笑うこともなく、むしろ興奮したように頬を染めて何度も頷いた。

「もちろんです! 私も霊夢を名乗れることに誇りを持っておりますし、本物の初代様とお会いするというこの上ない名誉を頂けたことが、ご先祖様の霊夢やこれから生まれてくる子孫の霊夢に対して申し訳ないぐらいですもの」
「ふーん。なんか、よく分かんないわね」

 同時に少しこそばゆい。

「ねえ、わたし、そんな大層なことやってのけたわけ?」
「はい。そう聞いております」
「なにやったの? 幻想郷の危機を救った、とか? でもそんなのが来たら、わたしより紫とかの方が頑張りそ
うだけどなあ」

 霊夢が首を傾げると、318代目は静かに首を振った。

「そうですね。確かに、初代様の代で、幻想郷が滅亡するとかそういった大きな危機が起きたという記録はございません」
「まあそうでしょうね。こんな平和ボケしたところだし」
「ですが初代様は、今この幻想郷の平和が保たれているいくつもの要因の内、最も大きな一要素をお作りになられたのです。その功績があまりにも素晴らしいために、皆の尊敬を集めているのですよ」

 そう言う318代目の瞳にも、純粋な尊敬の色がある。霊夢にとっては慣れない視線である。少し気恥ずかしくなって、微妙に視線をそらす。

「でもねえ。自分がそんな大それたことやったなんて言われても、全然実感湧かないなあ」
「え? それはおかしいですね」

 318代目は不思議そうに首を傾げた。

「初代様の今のお年でしたら、おそらくもうその偉業は達成されているはずですが……」
「は? どういうこと?」
「それは……いえ、止めておきましょう」

 318代目は、悪戯っぽい笑みを浮かべて口を噤んだ。

「私よりもずっと、初代様にそのことを伝えたいと仰っていた方がおりますから」
「え、誰それ?」
「初代様もよくご存じのお方ですわ。多分今日、もうすぐいらっしゃると思いますが」
「そう、なんだ」

 誰のことなのか、見当もつかない。いや、一応思い浮かぶ顔は一つあるのだが、理性が「そんなバカな」と否定する。
 その葛藤から、霊夢は無理に意識を引き離した。再び、家系図に目を落とす。

(ええと、17代目霊夢、16代目霊夢、桜花、刹那、15代目霊夢、14代目霊夢、13代目霊夢、立花、12代目霊夢、百夜、11代目霊夢……)

 こうして見ると、本当に霊夢という名前が多い。30代目が無茶な掟を作る前ですらこれなのだから、自分はよほど敬愛されていたらしい。

(一体なにやったんだろ、わたし……いや、もうやってるとか言ってたけど)

 さっぱり分からず、霊夢は首を捻るばかり。
 と、家系図のある部分に現れた名前を見て、思わず吹き出した。

「どうなさいました?」
「いや、だって、この子の名前!」

 ぷふーっ、と笑いながら、霊夢はある箇所を指差す。
 そこに書いてあったのは、「魅子」という名前だった。

「あ、それは……」
「これ、『みこ』って読むんでしょ?」
「ええ、まあ」
「博麗の巫女だから『みこ』って、あんたそれあんまりにも安直すぎるでしょうよ。一体誰よこんな適当な名前つけた奴は」

 果たして、大笑いしながら巻物をちょっと引き出してみると、そこに書いてあった名前は「初代霊夢」であった。

「って、わたしかぁ!?」
「ええ、まあ」
「うわぁなにそれ、いくらなんでも子供に『みこ』なんてつけるのはありえな……いやあるかも。うん、わたしならやるわきっと」

 子供が生まれたその日に「名前なんにするんだ」とか聞かれて「面倒くさいなあ。巫女になるんだし『みこ』でいいんじゃないの?」とか答えている自分の姿が容易に思い浮かんで、霊夢はかなり落ち込んだ。

「うわぁ、みこ、みこってあんた……ちなみにこの子とわたしは血が繋がってるの?」
「いえ、養子だったそうです」
「拾ってきた人様の子にそんな適当な名前を……」
「ですが、とても仲の良い親子だったと聞いておりますよ」
「そうなの?」
「はい。初代様も、魅子様のことを大変可愛がっていらしたとか。それはもう、目に入れても痛くないぐらいに」
「……我が事ながら、全然想像つかないなあ」

 ううむ、と霊夢は腕を組んで唸る。
 ちなみに、自分の次代が養子だった、ということに関しては特に違和感はない。今現在好きな男などいないし、多分今後もそこまで他人に惹きつけられることなどないだろう、と思うからだ。その点に関しては、昔から何となく確信があった。血を残す必要もないとなれば尚更である。
 ともあれ、家系図はこれで見終わった。これより前の代は元の時代に戻ってからでも見られるし、なによりあまり興味がない。

「ん、見終わった」
「はい。ご満足いただけましたか?」
「まあね。とりあえず割と変な家系だってことはよく分かった」

 318代目は困ったように笑って、家系図をまた元の場所に戻しに行った。
 彼女が帰ってくるのを待つ間、霊夢はちょっと冷めたお茶を啜りながら、1万2千年という時の流れに想いを馳せてみる。長すぎて全く想像がつかなかった。
 ちょっと興味が湧いたので、戻ってきた318代目に問いかけてみた。

「ねえ。この幻想郷、見かけはわたしのころとあまり変わってないみたいだけど、中身の方はどうなの?」
「中身、ですか?」
「そ。1万2千年も経ってるんだもの、住民の方は結構変化があるんじゃないの? ああそうだ、里の守護者の慧音は、なんとかせーじん、とか言ってたけど」
「ああ、そういえば、初代様の頃は、まだ宇宙人の方々はごく少数……永遠亭の方々しか幻想入りなさっておられませんでしたね。もっとも、輝夜さんたちのことを宇宙人と呼ぶのは何か違う気がしますけれども」
「……うちゅうじん?」
「この地球以外の星に居住なさっていた方々ですわ。初代様の時代から少し下った頃、外界では宇宙航行の技術が発達いたしました。太陽系、銀河系、さらなる外宇宙へと版図を広げた地球人が、ここから気が遠くなるほど遠い星で地球外生命体と初めて接触した頃、紫少女様が結界の仕組みを変更なさったんです。地球だけでなく、その他の惑星で忘れ去られた生き物や、星間戦争などで滅ぼされた星の方々も、この幻想郷に引き込むようにと」

 聞き覚えのない単語が多くて若干遅れたが、一応、霊夢は理解した。

「つまり、幻想入りするものの範囲が、この星の外にまで広がったってこと?」
「はい、そうです」
「……どう考えても、そんなたくさんの生き物、この狭い幻想郷の中には収まりそうにないんだけど」
「ああ、初代様はまだご存じありませんでしたか」
「なにが?」

 318代目は微笑みながら指を一本立てた。

「幻想郷も、住民が増えるにつれて少しずつ拡張工事が行われまして。外界の人類の意識が宇宙に広く拡散しているのとつり合いを取る意味もあって、現在は地球全体まで広がっております」

 霊夢は目を瞬いた。

「……それってつまり、この星全体が、幻想郷ってこと?」
「はい、そうです。ちなみに、この星全体を指すときは、幻想郷ではなく幻想星と呼びます。天の川銀河の外にまで広がりを見せた人類は、ついに自分たちが生まれた星のことすら忘れ去ってしまった、というわけです。星自体が八雲の結界に覆われているため、外からでは見ることも触れることもできません」

 にっこり笑って、318代目は事もなげに頷く。

「この一帯は昔と変わらず幻想郷と呼ばれており、幻想星発祥の地として聖地のような扱いを受けております。今でも1万2千年前と全く変わらぬ姿を留めているのには、そういう理由もあるのですよ」
「……正直、話についていけないわ……」
「そうですか。まあ無理も」

 そこで、318代目は不意に言葉を止めた。「申し訳ありません、少し失礼いたします」と断りと入れてから、目を閉じて頭の両脇に指を当てる。それから、ここにはいない誰かに向って話しかけ始めた。

「こちら博麗神社本山。どうしました……そう、ドンパッチ星の方々が独立都市宣言を……この星の環境には不慣れですから、ストレスが溜まるのも無理はありませんね。分かりました、すぐに異変解決に向かってください。大丈夫、彼らだってこの星以外にはもう行き場がないんです。どれだけストレスがたまっていようとも、ちゃんとスペルカードルールには従ってくれるはずですよ。あ、解決後の宴会も忘れないように注意してくださいね」

 言い終えて、318代目はふっと息を吐く。それから、こちらに向かって微笑みかけた。

「失礼いたしました」
「……誰と話してたの?」
「ああ、博麗神社旧北米地方第776分社と……」
「分社ってあんた……え、博麗の巫女はあんただけじゃないの?」
「はい、博麗の巫女はわたしだけです。ですが、拡張工事である程度幻想郷が広くなってからは、さすがに一人では異変解決の際の手が足りなくなりまして。それ以降は世界各地に分社を置いて、異変解決の手助けをしてくださる方々との連絡所として活用しているのです」
「要するに、あんた自身は異変解決には動かないってわけか」
「いえ、それが」

 318代目は苦笑する。

「この幻想郷に住まわれている方々が、たびたび気まぐれに異変を起こすものですから、結構頻繁に異変解決に動くことになりまして」
「……ちなみに、最近の異変はどんなの?」
「ええと、直近ですと、紅魔館のレミリア様が起こされた第3574次紅霧異変でしょうか」
「どんだけ懲りないのよあいつは!」
「まあ、異変自体がストレス解消を兼ねた一種のお祭りのようなものですから。それに、幻想郷が地球全土に広がったといっても、妖怪退治や異変解決の仕組みは初代様の頃とあまり変わらないんですよ。規模が大きくなっただけで、バランスを維持しなくてはならないのは昔と一緒ですからね」
「時代が進んでるんだかそうでもないんだか」

 最初からついていけないと思っていたが、こうなってくるともう完全に理解の外である。それでも318代目には全く戸惑いが見られないから、おそらくこの時代ではこれが当たり前なのだろう。
 頭を抱える霊夢の横で、318代目は淀みなく説明する。

「結界の状態を監視する八雲、人間の里を守護する慧音、異変を解決する博麗、異変を起こす新参者や異形の者たち……こういった役回りは、おそらく初代様の頃となんら変わっていないはずです」
「どうして?」
「それが、幻想郷のバランスを維持するという目的の上で、一番完成された仕組みだからです」
「完成された仕組み、ねえ」
「そうです。実際記録を見る限りでは、この1万2千年間ずっとそういったことを繰り返して、この地の平和は保たれてきたのです。全力で戦えば壊れてしまう脆い楽園、けれども何もせずにいてはただ怠惰に埋もれて堕落するのみ……だからこそ、我々は疑似的に異変を引き起こし、また疑似的にそれを解決し、最後には事態の平和的な解決を祝って宴会を開く……」
「ホントに全然変わらないのね。よく飽きないもんだわ」
「皆さん、毎回いろいろと趣向を変えますからね。誰が一番面白い異変を起こすのか、競い合っている節もありますし」

 くすくす笑う318代目を見ていると、彼女もまた異変解決を心から楽しんでいる様子である。

(こういうところを見ると、この子もやっぱり博麗の巫女っていうか幻想郷の住人って感じがするわねー。のん気というか図太いというか)

 そんな感想を抱きつつ、霊夢は「さて」と湯呑を置いて立ち上がる。

「そろそろ、行くわ」
「どちらへ?」
「表。賽銭箱のところで、待つ」
「待つ、と仰いますと」

 318代目は驚いたように目を見開いたあと、そっと目を細めた。

「さすが初代様ですわ。もう、大方の事情をお察しになったのですね」
「ま、一応ね。わたしが成し遂げた偉業とやらも、今の話聞いてたら大体は理解できたし。でもだからって」

 霊夢はうんざりして肩を竦めた。

「代々わたしの名前受け継がせるほど、敬愛しなくてもいいと思うんだけどね」
「お嫌なのですか」
「重ったくて嫌だもの。それになんていうか、反応に困るし」

 そう言ったあと、ああ、だからか、と霊夢は思った。

「だからこんなことしてんのか、あいつは。嫌がらせのつもりなのかしら」
「そんなことは」

 言いかけて、318代目は首を振った。

「いえ、それはご本人の口から直接お聞きした方がいいと思います」
「そうね。ま、適当にね」
「私は所用で少し出かけますので、お二人のお邪魔はいたしませんから」

 露骨に気を使う子だなあ、と少し苦笑しながら、霊夢は「ん、まあいいんじゃない」と答えて、神社の表側に出る。
 賽銭箱の前の階段に腰掛けて、境内を眺める。1万2千年前と全く変わらぬ光景だ。

(元の形に留めておくのだって、それなりに手間がかかるでしょうに。馬鹿なことするもんだわ)

 やれやれ、と首を振りながら、霊夢はふと後ろを振り返る。素敵な賽銭箱まで昔のままだ。
 ただ、たぶん箱の中身は昔とはかなり違っているものと思われる。

(……318代目博麗霊夢様はずいぶんご人気の様子だし、お賽銭も一杯入ってるんだろうなあ)

 癪だからあとでちょっと失敬してやろうか、と不埒なことを考えたとき、霊夢の耳に聞き慣れた音が飛び込んできた。
 タッ、タッ、と、誰かが石段を上がってくる軽やかな音。

(来た、か)

 柄にもなく、少しだけドキドキした。
 どういう顔をしたらいいのかよく分からない。なにせ、あっちにとっては1万2千年ぶりなのだから。

(そもそも、あっちはどういう顔で会いに来るんだろ? まさか泣いて抱きついてきたりするのかしら)

 もしそんなことされたら自分はどうするべきなんだろう。やっぱり泣くべきなんだろうか。それとも、その泣き面を指差して思い切り笑ってやった方がいかにも自分らしくて相手も喜ぶのか。

(ああ混乱してる、混乱してるわ、わたし。こんな風にいちいち人の反応を気にすること自体、ちっともわたしらしくないっていうのに)

 だが、それも仕方のないことだろう。なにせ、初めての経験だ。
 1万2千年もの間、ずっと自分のことを忘れずに待っていた人と、これから再会するのだから。

(まずいわね。凄くドキドキしてる。こっちはたかが1日振りに過ぎないっていうのに)

 そして、彼女はやって来た。
 夏の日差しの下では暑苦しいことこの上ない黒白の服を着て、肩に箒を担ぎ、帽子を目深に被って。
 鳥居をくぐったその女は、口元に微笑を浮かべて霊夢の数歩ほど先まで歩いてくると、そこでぴたりと立ち止まった。
 そして、帽子の縁を指で押し上げながら、白い歯を見せて笑う。

「よう霊夢、遊びに来てやったぜ」

 1万2千年前と全く変わらぬ笑顔を浮かべてそう言ったのは、間違いなく霧雨魔理沙その人なのであった。



 時には昔の話を その2
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