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【東方SS】時には昔の話を その2

2008/10/13に東方創想話に投稿したSSです。
時には昔の話をその1の続きとなっております。
 


『時には昔の話を その2』



 いつものように並んで縁側に座り、いつものように二人でお茶を啜る。いつものように空は晴れていて、いつもと違うのはいつもよりも茶が美味い、というぐらいのものだ。

「……本当に、いつも通りよね」

 湯呑を持ったまま霊夢がため息をつくと、隣で足をブラブラさせていた魔理沙が上機嫌に言った。

「そうか? わたしにとっては1万2千年振りだぜ?」
「っていうか、あんたさあ」

 じろっと魔理沙を睨みながら、霊夢は言う。

「死んだんじゃ、なかったの?」
「お、誰かからそう聞いたのか?」

 魔理沙の笑みがにやけたものに変わる。彼女は霊夢と会ってから、何が嬉しいのかずっと笑顔のままだった。
 ちょっと薄気味悪いなあと思いながら、霊夢は頷く。

「うん、橙から。魔理沙さんはとっくにお亡くなりです、とか言ってたんだけど」
「そうかそうか、じゃあ約束は覚えててくれたんだな」
「約束って?」
「霊夢が今日この日にここを訪れたら、わたしはもう死んだってことにしておいてくれって頼んでおいたのさ」
「なんでよ?」
「死んだはずの親友が何故か目の前に、しかも昔と全く変わらぬ調子で現れた! ってなったらさ」
「なったら?」
「ビックリするだろ?」

 魔理沙は楽しそうに小首を傾げる。どうやら本当にそれだけの理由らしい。霊夢は額を押さえて首を振った。

「あんた、本当に全然変わってないのね」
「そうかい、そりゃ嬉しいね。でもさ」

 魔理沙は少し不思議そうに聞いた。

「わたしが死んだと思ってた割には、わたしが現れたとき全然驚かなかったよな、お前?」
「んー、318代目からいろいろ聞いてる内にさ、『ああこりゃ魔理沙だな』と思ったのよ。なんとなくだけど。それに、あの子もそれっぽいこと匂わせてたし。だから、いつもどおり勘を信用することにしたの」
「なるほど。昔のまんまだな」
「そりゃ、あんたにとっては昔でも、わたしにとっては昨日までと何も変わりないんだもの」
「そうだな」

 魔理沙は少し感慨深げに目を瞑る。そうしてから、好奇心に溢れた口調で聞いてきた。

「ところで、お前いつから来たんだ?」
「いつって?」
「だから、お前は何歳ぐらいの霊夢なんだよ? 見た感じ……そうだな、龍玉異変解決したころとかか?」
「なにそれ?」

 霊夢が眉をひそめると、魔理沙は頬を掻いた。

「ありゃ、違ったか。そのぐらいだと思ったんだけどなあ」
「いや、そんな異変聞いたこともないし。ちなみにどんな異変なの、それって?」
「そりゃひみつだ」
「なんでよ」
「楽しみはあとに取っておいた方がいいだろ? だからひみつ」

 魔理沙は片目を瞑って人差し指を唇に押し当てた。丸きり昔と同じ調子だなあ、と呆れながら、霊夢は話を戻す。

「わたしが元いたのは……つまり、わたしにとっては昨日の日付、だけど」

 と、日付を告げると、魔理沙は少し考え込んでから、「ああ」と手を打った。

「それってあれだろ、穣子から芋かっぱらって来た日だろ」
「よく覚えてるわね」
「覚えてるさ、お前とのことならなんだってな。しかし懐かしいね」

 魔理沙は眼を細めて、どこか遠くを見る。

「お前、あのあと酒飲んでる最中にぶっ倒れたんだよな」
「え? そうなの?」
「おう。わたしが持ってきたキノコをかじった途端に」
「要するにあんたのせいじゃないの!」
「いやー、見慣れないキノコだったから、ひょっとしたらやばいかなーとは思ってたんだけど」
「あのねえ……あれ、待てよ」

 霊夢は眉根を寄せた。

「ってことは、ひょっとしてわたしが今こうして1万2千年後に飛んできてるのも、そのキノコ食ってぶっ倒れたせい?」
「じゃないか? 思い出してみても、それ以外にこういうことになりそうな原因が思いつかないし……」
「キノコ食ってぶっ倒れて時間跳躍ってどういう理屈なのよ」
「知らん。精神だけ飛んできてる、にしちゃ、普通に肉体もあるみたいだし……まあ、あんま気にすんなよ。どうせ霊夢の頭じゃ分かりっこないし」
「馬鹿にしないでよね」
「じゃ分かるのか?」
「分かんないけど」
「ほれ見ろ」

 笑いながら茶を啜る魔理沙の隣で、霊夢はむぅ、と唸る。
 まあ実際分からないものは分からないし、考えても仕方がないだろう、とすぐに納得する。

「幻想郷じゃ何が起こっても不思議じゃないもんね」
「もう納得したのかよ」
「考えても仕方がいないし」
「相変わらずだなあ。でもそうか、あのときだったんだな」

 魔理沙がぼんやりと目を細めて、茶の水面に目を落とす。

「どうしたの?」
「お前が死ぬ間際に言ったんだよ。『1万2千年後に若い頃のわたしが幻想郷を訪れるだろうから、それまで幻想郷を今の形に留めておいてくれ』ってな」
「え、それって遺言だったんだ?」
「そうだよ。1万2千年後、なんて誰も信じなかったけど、わたしだけは信じてたんだ。ただ、どうやって来るのか、なんでそのことをお前が知ってるのかはずっと分からなかったんだけどな。まさか時間跳躍してたとはね。気がつかなかったな」

 そりゃ誰も気がつかないだろうなあと思いながら、霊夢は首を傾げた。

「ところで、幻想郷を今の形に留めておいてくれっていうのはどういう意味なのかしら?」
「知らないよ。それだけ言い残してぽっくり逝っちゃったんだぜ、お前は?」
「いや、人の死に様を本人に伝えないでよ」
「いいじゃん、どうせ気にしないだろ?」
「まあそうだけど」
「遺言の意図に関しては、むしろこっちが聞きたいね」

 魔理沙は急に真剣な顔つきになった。

「お前、どういうつもりであんなこと言ったんだ? あれに従って1万2千年もやってきたが、未だに意図が分からない」
「わたしにだって分かるわけないでしょ。言ったのはわたしであってわたしじゃないし……ところでさ」

 少し興味を惹かれることがあったので、霊夢は聞いた。

「わたしのお葬式ってどんな感じだったの?」
「悪趣味なこと聞くねお前も」
「いいじゃない。わたしの周りって変なの多いし、かなり奇天烈な葬儀になったんじゃないの? あ、それとも、力を失った博麗の巫女からは興味をなくしちゃって、あんた以外は誰も来なかったとか?」

 どちらもあり得そうだ、と霊夢は思う。少なくとも何もしなかったということはないだろう。
 魔理沙は少し目を伏せたあと、寂しげに笑った。

「そうだな。お前の葬式は、葬式らしい葬式だったよ」
「どういう意味?」
「みんな号泣」
「嘘!?」
「ホント。しかもお前、生涯通じて異変解決してたせいで、やたらと知り合い多かったからなあ。この神社がある山の麓まで人妖が溢れてて、しかもそれがみんなぼろ泣きしててな」
「それはうるさそうね」
「一番泣いてたのは紫だったなあ」
「は? 紫?」

 霊夢は目を見開いた。知り合いの大妖怪の胡散臭い微笑みが頭に浮かんできて、反射的に叫ぶ。

「嘘でしょ!?」
「ホント。あいつだってそこに魂はないってことぐらい理解してたはずなのに、最後までお前の名前を叫びながらお棺から離れなくてな。引き剥がすのに苦労したもんだぜ」
「いや、そりゃ嘘でしょ」

 霊夢は笑った。魔理沙が眉をひそめる。

「なんでそう思うんだ?」
「だって紫よ? 妖怪隙間ババァよ? それがあんた……泣くとかあり得ないし」
「そんなこたあないよ。あいつの泣き様は凄かったな。まああいつだけじゃなくて、みんな狂ったように泣いてたけど」
「ふーん」

 霊夢は首を傾げた。どうにも釈然としないものを感じる。

「ねえ魔理沙」
「なんだ」
「わたし、いったい何やったの?」
「なんだよ急に」
「いや、話聞く限りじゃずいぶんみんなに慕われてたみたいだけど、正直今のわたしってそこまで好かれてるとは思えないし」
「そうか?」
「そうよ。だから、死ぬまでになんかやったんでしょ? じゃなきゃ、そんな湿っぽい葬式になるなんてありえない」
「そうかい。じゃ、当ててみな? 自分がなにやったか」

 魔理沙が意地の悪い笑顔を浮かべて言う。霊夢は、考えるふりをした。

(当ててみろっていうか……一応、これかな、というのはあるのよね)

 先ほど、318代目に話を聞いている最中に思いついた答えである。
 正直言ってあまり自信はない。いや、自分の中ではおそらくそうだろうという確信があるが、それでもなお信じられないというか。
 迷う霊夢がふと魔理沙を見ると、彼女は非常に真剣な、何かを祈るような表情でこちらを見ていた。

(分かって、くれるよな?)

 そんな問いかけが含まれているかのような瞳。

(ああもう。なんであんたまでそんな湿っぽい顔すんのよ)

 ちょっと腹が立ったので、霊夢はその勢いに任せて答えた。

「スペルカードルールの創設」

 そう答えたときの魔理沙の変化は実に劇的だった。目を見開き呆然としたあと、じょじょに顔全体に喜びが広がっていき、最後には満面の笑みに変わって、とうとう腕がこちらに伸びる。
 気がつけば、霊夢は魔理沙に思い切り抱きしめられていた。

「ちょ、ちょっと……!」
「そうか、はは、だよな、そうだよな! やっぱりそうだ、お前は分かってくれてるよな! あれが凄くいいもんだってことをさ!」
「お、落ち着いて……っていうかまず離しなさいっての!」

 霊夢は無理やり魔理沙を引き離すと、乱れた服を直しながら言う。

「あんた、勘違いしてるわよ」
「なにが勘違いだよ」
「わたしは、318代目の話から推測しただけで、なんでそれがここまでわたしの人気を高める結果になったのか、その理由の方は全然分かってないんだからね」
「え、そうなのか?」
「そうよ。そもそもこの時代まであのお遊びのルールが廃れてないことの方が驚きだし」
「……なんだよ、全然分かってないじゃん、お前」

 魔理沙が呆れたように肩を落とす。

「今や3歳の餓鬼ですら弾幕ごっこで遊ぶ時代なんだぜ」
「危ない時代ね」

 最初この時代に来たとき見かけた、女の子同士の弾幕ごっこを思い出して霊夢が呻くと、魔理沙は肩を竦めた。

「時代下って技術改良されたせいもあって、安全対策はいろいろ取られてるのさ。昔は不慮の事故ってのもなかったわけじゃないが、今じゃほぼ皆無。老若男女人妖宇宙人問わず、皆が弾幕アートに酔いしれるってわけだ」
「本当?」
「本当だよ。『赤子でも分かる弾幕講座』なんて初心者向けの本まであるんだぜ?」
「それはなんともまあ」
「ちなみに著者・霧雨魔理沙な」
「あんたかい!」
「わたしだよ。長く生きてりゃ、いろいろと特技が身につくもんでね……たとえばこんなのとか」

 魔理沙がパチンと指を鳴らすと、何もない空間から大量の写真が落ちてきた。なんだと思って拾ってみると、弾幕ごっこの写真である。それだけならば別に珍しいものではないが、異様なのは弾幕ごっこに興じている人物たちだ。

「……なんか、異世界の生き物としか思えないようなのが多いんだけど」
「それは旧エジプト地区在住のカイーバ星人とギユーウ星人だぜ。で、そっちは旧ドイツ地区在住のルデール星人。この5年間ぐらいは、こういう光景をお前に見せるために星中を飛び回ってたんだ」
「宇宙人まで弾幕ごっこってわけ?」
「そういうこと。幻想星と弾幕ごっこは切っても切り離せないものなんだよ」

 呆れる霊夢の前で、魔理沙はにっこりと笑う。

「どうだ、これで分かったか? お前が成し遂げたことの意味」
「……分かんない」
「おいおい」
「だって、弾幕ごっこは弾幕ごっこ、単なるお遊びでしょ? そのルール作ったからって、1万2千年もねえ」

 どうにも納得できず、霊夢は首を傾げる。そんな彼女の様子をじっと見つめた後、魔理沙がおもむろに立ち上がった。

「なら、もうちょっとみんなの話も聞いてみるか?」
「みんなって?」
「お前の知り合い連中だ。誰も来ないところを見ると、今日この日に霊夢が来るってのを覚えてたのは、わたしだけみたいだからな。朝に連絡入れた318代目はともかくとして」

 そう言われて、霊夢は思い出す。確かに、橙は霊夢が今日ここに来ることを忘れていた様子だった。

(そりゃま、死んだ人間が1万2千年後に戻ってくるっていうのを信じて、なおかつ日付まで覚えてる奴なんて単なる馬鹿か変人か、しかいないもんねえ)

 その馬鹿か変人か、の背中に向かって、霊夢は頬杖突いて問いかける。

「あんたは信じてたのね」
「なにが」
「わたしが今日ここに来るってことを」
「まあね」
「捨虫の魔法を使ったのは、そのため?」

 無音。二人の間を風が吹き抜ける。

「怒ってるか?」
「まさか。っていうか、なんで怒るのよ? あんたがどういう道を選ぼうが、それはあんたの自由でしょ」
「そうだよな。お前はそういう奴だったよ」
「ただまあ、その選択にわたしの存在が関わってたって言うんなら、少し気になりはするわ」
「そうか」

 魔理沙はまた少し黙ったあと、おもむろに語り出した。

「葬式の話、な」
「なに」
「みんな号泣って言ってたけど、泣かなかった奴もいるんだ」
「誰?」
「わたしだよ」
「悲しくなかったから?」
「違うよ。信じてたのさ。これでさよならじゃないってな」

 魔理沙が肩越しに振り返り、何か、深い視線をこちらに寄越した。

「実際、その通りだった」

 嬉しそうな、それでいて寂しそうな魔理沙の視線を正面から受け止めて、霊夢は数瞬、何を言うべきか思いつかなかった。

「じゃあ、やっぱりそれが理由で?」
「いや、それも大きな一因ではあるけど、それだけじゃないんだ。わたしが捨虫の魔法を使ったのは、どうしてももっと長く生きて、やりたいことがあったからさ」
「なにそれ」
「またあとで話すよ。時間はあるんだろう?」

 霊夢は少し迷った。今日1日で帰る、と告げたら、魔理沙はがっかりするだろうか。

(でも仕方ないわよね。黙ってたって、事実が変わるわけじゃないし)

 そう考えて真実を告げると、魔理沙は非常に驚いた。

「今日しかいられないって、確かなのか?」
「多分。勘だけど」
「じゃあほぼ確実ってことじゃないか。参ったな」

 魔理沙は全く疑う様子を見せず、困ったように頭を掻いた。

「てっきり数日間ぐらいはいられるもんだと思って、いろいろと観光プラン立ててたんだが」
「そう言われてもね。自分じゃどうしようもないし……」
「まあ、そりゃそうだな」

 苦笑したあと、「よし」と魔理沙は手を打ち合わせた。

「なら仕方ない。今日だけでも目一杯楽しんでいけよ」
「具体的には?」
「決まってるだろ? 宴会だよ、宴会」

 そう言いながら、昔のように箒に跨る。

「知り合い連中を片っ端から集めてくる。318代目にも宴会やるって伝えといてくれ。わたしもこの5年間、お前と飲もうと思っていろんな酒集めたからな。期待しててくれよ」
「分かった。じゃ、わたしはここで待ってればいいのね?」
「おう。あと」

 魔理沙は少し迷ってから言った。

「覚悟決めといてくれな」
「覚悟? なんの?」

 もしかして、1万2千年の間に衝撃的に凄まじい変化を遂げた知り合いでもいるのだろうか。霊夢がそう思って問いかけると、魔理沙は歯切れ悪く答えた。

「いや、な。今話してる途中、お前がキノコ食ってぶっ倒れた日のこと思いだしたんだけどさ」
「ええ。どうかしたの?」
「起きたあと、泣きだしたんだよね、お前」
「はあ? 泣きだした? わたしが?」

 霊夢は笑った。

「なによそれ。今までで一番信じられないんだけど」
「いやホントだって。なんか、わたしの顔見るなりわんわん泣き出してさ。お前滅多に泣かないから、泣きだすと三日間ぐらいぶっ通しで泣き続けるだろ」
「それは大げさでしょ」
「まあそうだけど、でもそのぐらいの勢いで泣いたんだぜ? 仰天して駆け付けた紫ともども、慰めるのが大変だったんだ。しかも意味不明なことばっかり言って、なんで泣いたんだか結局分かんなかったし」
「……つまり、そのぐらいショックなことがこの宴会で起きるってこと?」
「ひょっとしたら、な。わたしが死ぬとか」
「それは泣かないから大丈夫」
「酷いやつだよお前は」

 引きつり気味の笑みを浮かべたあと、「ま、そういうわけだからちょっと待ってろな」と言って、魔理沙は暮れ始めた空に向かって飛んで行った。
 一人残され、ぬるくなった茶を啜りながら、霊夢は「ふーむ」と唸る。

(泣く、ねえ。わたしが?)

 あり得ないな、とまた笑う。

(いろいろあって貯えがなくなって一週間ほど水だけで生き延びた日も、灼熱地獄に突っ込まされて死にそうになった日も、暇で暇で仕方がなくてでたらめな踊り踊ってるところを紫に覗かれた挙句文に激写された日も、一銭も入ってない賽銭箱を見て早苗に鼻で笑われた日も泣かなかったこのわたしが、って思いだしたら今ちょっと泣きそうになってきた)

 頭を上に傾け目頭を押さえて長く息を吐き出す。大丈夫、わたし泣かない。博麗霊夢はつおい子だもん。

(まあともかく、わたしが泣くとかあり得ないし。それよりもあれだ、泣くと言えば)

 さっき聞いた、自分の葬式の話を思い出す。
 本当は、「おう、みんな集まっての馬鹿騒ぎでな。葬式なんだか祭りなんだか分からないぐらいだったぜ!」といったような答えを期待していたのである。霊夢自身、湿っぽいのよりはそういうノリの方が好きだからだ。それがたとえ自分が葬式だったとしても、変わらず。

(それが全員号泣とか、ねえ。やだなあそんなの、思い浮かべるだけで嫌になってくる)

 かなしいのはきらいだ。だって、かなしいのはかなしいじゃないか。

(誰が死のうが鼻で笑ってそうな連中ばっかりだと思ってたのに。まったくもう)

 胸中でぶつくさ文句を言いつつ、「よし」と霊夢は胸の前で手を合わせる。

(こうなったら、人の葬式で頼んでもいないのに勝手に泣いた罰として、全員潰れるまで酔っ払わせてやるわ! さあ、誰でも、どっからでもかかってこい!)

 出会い頭にノックアウトしてやるぜえ、という気分である。
 そうやって賽銭箱の前で両腕を組み、仁王立ちでしばらく待っていると、誰かが石段を上ってくる気配があった。
 来たな、と思って身構える霊夢に向かって、見覚えのある脇出した巫女が笑顔で歩いてくる。

「お久しぶりです、霊夢さん」
「ってなんであんた普通に生きてるのよ!」

 びしっ、と、現れた東風谷早苗に指を突き付けると、早苗は「相変わらず行儀が悪いですねえ」と苦笑した。

「厳密に言うと、生きてはいないですよ。人としては、ね」
「え、じゃあ悪霊ってこと?」
「……なんで『悪』限定なんですか?」

 頬を引きつらせたあと、早苗は咳払いをして厳かに告げた。

「今のわたしは神格です。守矢神社で、神奈子様、諏訪子様と共に三本柱の神として祀られているのです。人としての生を終えて、八百万の神の末席に名を連ねているのですよ」
「なるほど。日陰者と2Pカラーの神ってわけね」
「だからなんでそういう」
「冗談だって。そんなに怒らないでよ」

 からから笑う霊夢に、早苗は「ホントに変わってないですね」と肩を落とす。

「霊夢さんたら生涯通じてわたしのこと『2Pカラー』って馬鹿にするんですもの。そもそもどこからそんな知識を仕入れたんだか」
「どっちかというと、生涯その単語でからかわれ続けたあんたの方が凄いと思う」
「そうなんですよねえ。なにやっても結局霊夢さんの後塵を拝することになって……修行が足りなかったのかしら」
「いやそういう意味じゃなくてね」

 普通は一か月も同じことを言われ続ければ多少は慣れるであろうに、生涯通じて反応し続けたというある種の真面目さが凄いと言ったのだが。

(まあ別にいいか。今はもう大して気にもしてないみたいだし)

 どちらかというと、そういう風に言われている自分の存在を客観的に認め、受け入れている精神的な余裕すら窺える。八百万の神の一員となった、という台詞も、嘘ではないらしい。

「実際凄いじゃないの。修行の成果ってやつ?」

 ちょっとからかう意図も込めてそう褒めると、早苗は複雑そうな顔をした。

「ん? どうしたの? わたしなんか変なこと言った?」
「いえ……あのですね、霊夢さん。実を言うと、わたしだけじゃなかったんですよ」
「なにが?」
「神格になる資格を得た巫女。つまり、あなたも同じだったってことです」

 霊夢は目を瞬き、「は、わたし?」と自分を指差した。

「冗談でしょ?」
「本当です。そのぐらいの信仰が、博麗霊夢本人に寄せられていたんですから」
「えー、なんでー?」
「妖怪からの信頼が絶大でしたからね。それで、死後神として存在し続けることも出来たんですけど、あっさり断ったんですよ、あなたは」
「え、拒否することってできるもんなのそれって?」
「実際拒否しちゃったんだから仕方ないでしょう。しかもその理由が『めんどい』の一言ですよ?」
「ああ、そりゃ確かにわたしだわ。今なれって言われても面倒くさいから嫌だし」
「……そんなんだから、『妖怪と怠惰を司る神』なんて、わけの分からない神の候補に挙げられるんですよ」
「うえぇ、マジ? わたしってそんな神の候補者だったの!?」

 っていうか怠惰を司る神になるのがめんどいってどんだけだよ、と霊夢が自分自身に慄いていると、

「嘘です」

 早苗が澄ましてしれっと答えた。「こいつ成長しやがった」と霊夢は低く唸る。そんな彼女を見て、脇出した巫女……否、脇出した神が、くすりと笑った。

「本当にお変わりないですね、霊夢さん。感情豊かで、どこまでも自然で、とらえどころがなくて……そんなあなただからこそ、神という枠にすら収まってくれなかったのかもしれません」
「あれ、なんか褒められてる?」
「呆れ半分ですけどね。でも本当、こうしていると遠い昔を思い出します。毎日が嵐のように騒がしくて、誰もが子どものようにはしゃぎ回っていた、あの頃」

 早苗はそっと目を伏せ、吹きすぎる風が髪を揺らすに任せる。顔を上げて、にっこりとほほ笑んだ。

「神奈子様たちももうすぐいらっしゃると思います。今日は楽しい宴会になりそうだわ。それじゃあ、お台所、借りますね」

 神社の裏手に歩いていこうとする早苗を、霊夢は慌てて止めた。

「ちょっと待って。今、家主が留守なんだけど」
「家主……ああ、ミーヤさんですか?」
「ミーヤ?」
「318代目だから、ミーヤです」
「……いや、素直に霊夢って呼べばいいじゃないの」
「霊夢はあなたでしょう? 少なくとも、わたしたちにとってはそうなんです。まあともかく、彼女なら怒らないから大丈夫。ここで宴会をするときは、手が空いてる人が早めに準備を始めておくのが暗黙の了解ですし、それになにより」
「なにより?」
「巫女の先輩として信頼されてますから、わたし」
「あそ。わたしも手伝った方がいい?」
「いえ。霊夢さんは、これからいらっしゃる皆さんをそこで歓迎してあげてください。その方が皆さん喜ぶと思いますし」
「そんなもんかなあ」
「そんなもんです。魔理沙さんが張り切って飛び回ってますから、これから続々と到着すると思いますよ」

 それでは、と一礼して、早苗が神社の裏手に消える。しばらくして、火を起こす音やら何か材料を切っているらしい音や、それを焼いているらしい音やらが聞こえてきた。夕暮れの緩やかな風に乗って、食欲を刺激するいい匂いも漂ってくる。

(あー、そういえば今日朝から何も食べてないんだった。お腹すいたなあ。っていうかすぐに宴会用の料理用意できるぐらいの備蓄があるのね、今の博麗神社は)

 先ほど「ここで宴会をするときの暗黙の了解」とかなんとか言っていたし、結構な頻度で宴会が開かれているものらしい。何年たってものん気な連中だなあ、と霊夢は思った。そういう幻想郷らしい部分が変わっていないと知ると、自然と頬が緩んでくる。

(それにしても、わたしが神ねえ)

 霊夢は首を傾げる。

(うん、やっぱり、もう一回考えてみてもそりゃないわ。面倒くさそうだし)

 そんなんだったら冥界行って白玉楼に寄生して毎日茶でも啜りながらゴロゴロしてた方がいいな、と思ったとき、再び誰かが石段を上ってくる気配があった。
 今度は誰だ、と期待して待っていると、現れたのは見知らぬ美女であった。刃のように鋭い眼差しと、夕闇に映える長い長い銀髪が印象的な女だ。袴と見紛うようなデザインの長いスカートを風にはためかせながらやって来たその女は、霊夢の前で立ち止まってにやりと笑った。

「久しいわね、霊夢」
「いやあんた誰よ」

 そう言うと、女は口元に手をやってくすくすと笑った。

「あら、分からない? それともとぼけているだけなのかしら」
「いや、まあ、ねえ」

 霊夢は頬を掻いた。本当は、女が誰だか想像はついていた。女の腿のあたりで銀髪を束ねている黒いリボンと、なによりも腰に鎮座している刀に見覚えがあったからだ。

「妖夢?」
「分かってるんじゃない」

 ふふ、と妖夢は少し眼を細める。その笑みがやけに艶っぽく見えて、霊夢はわけもなく頬を熱くする。

「ううむ。あのちんちくりんの妖夢がねえ。変われば変わるもんだわ」
「あら、ちんちくりんとかあなたに言われたくないわね。そもそも、一万二千年も経ってて変わらない人間なんていないわよ」

 そう言われたとき、霊夢はふと妖夢の周りに半霊の姿が見えないことに気がついた。

「あれ、もしかしてあんたって今完全な幽霊だったりする?」
「ええ。半人半霊としての生を終えてね。今でも白玉楼で幽々子様の従者やってるわ」
「生きてても死んでても変わんないのね……剣の方はどうよ?」
「ちょっとはマシになったわ。今は『切れぬものなどほとんどない!』と自信を持って断言できる」
「いや、そこは『切れぬものなどない!』って言いなさいよ」
「それがねえ、あるのよねえ」
「たとえば?」

 不意に、妖夢の目が鋭くなった。殺気を感じ、霊夢の背筋に悪寒が走る。銀髪の美女は今、巫女の背後に斬りかかるような視線を向けているのだ。

「たとえば、あなたとあなたが元いた時代を繋いでいる因果、とか」
「……それ斬るとどうなる?」
「あなたが元いた時代から存在ごと切り離されて、晴れてこの時代の住人になるか、それとも、どこの時代にも所属していない存在として完全に消滅するかのどちらか、ね」
「笑えない冗談ね」
「まあね」

 妖夢から殺気が消えた。肩をすくめ、溜息をつく。

「さっきも言ったけど、まだそういうものを斬れるレベルには至っていないのよ、わたしは」
「至ってたら斬るつもりだったの?」
「選択肢の一つとしては存在してたわ」
「どうして?」
「そうした方が、多分幽々子様にとっていいだろうから」
「あれ、そういえば」

 霊夢は首をかしげた。

「その幽々子様、はどこ?」
「え?」

 言われて初めて気がついたというように、妖夢は慌てて周囲を見回した。

「あ、あれ、おかしいな? 麓までは確かに一緒だったのに……!」
「……ひょっとして、わたしに言う台詞とか考えるのに夢中になって、幽々子とはぐれたことに気がついてなかった、とか?」
「う。い、いや、そんなことは……」

 妖夢は都合悪そうにどもり、目をそらす。ああこういうところは全然変わってないなあ、と霊夢は少し安心した。

「……まあ、いいか」

 少しの間頭を抱えて悩んでいた妖夢は、意外にあっさりと諦めた様子だった。

「って、それでいいの?」
「本来護衛なんて必要ないようなお方だし……それに、なんとなく分かるのよね」
「なにが?」
「多分、心の準備がまだできてなかったんだ」
「なんのよ?」
「もちろん、あなたと会うための」

 そこまで言いかけたところで、石段の方から間の抜けた声が聞こえてきた。

「ようむ~」

 ああ、これは間違いなく幽々子だな、と思いながらそちらに目を向けると、昔と全く変わらない姿の西行寺幽々子がゆっくりと石段を上ってくるところだった。
 何故か両手一杯に食べ物を抱えており、今は幸せそうな顔でスルメイカをくちゃくちゃやっている。

「ちょ、幽々子様、そんなのどこから持ってきたんですか!?」
「人間の里よ」
「また無駄に買い食いなさって……」
「いいじゃないの、こんなにおいしいんだから」
「え、全然理屈になってないですよねそれ!?」

 二人のとぼけたやり取りに、霊夢はまたもほっと息を吐く。この連中も全然変わっていないようだ。
 ともかく挨拶しようか、と一歩彼女らに近づいたとき、不意に幽々子がこちらに目を向ける。霊夢は悪寒を感じて立ち止まった。
 先ほどまで幸せそうな笑みが浮かんでいたはずの幽々子の顔から、急に表情が消えたのだ。
 進むことも戻ることも挨拶することもできず、一歩踏み出したままの間抜けな姿勢でその場に固まる霊夢の横を、幽々子は音も立てずにすり抜ける。最初以外は、こちらを一瞥すらしなかった。

「……え、なに? ひょっとして、無茶苦茶怒ってた?」
「そうみたいね。やっぱり、抑えられなかったか」

 妖夢は額に手を当てて首を振っている。

「ということは、やっぱり幽々子は怒ってるの? なんで?」
「そりゃ、あなたが紫様を泣かせたからね」
「は。それは麗しい友情ね。でも何年前の話よそれは」
「1万2千年前の話」
「なんで未だにそんな昔のこと引きずってるのよ」
「ああ見えて友情に厚いお方だから。最近怖かったよ、『あんな卑劣なことをしておいて』とか『どの面下げて来るのやら』とか『今度こそ冥界に縛りつけてやる』とか、たまにブツブツ独り言言ってたし」

 ということは、魔理沙だけでなく幽々子も、今日霊夢が来ると信じていたということだろうか。
 それは確かに怖いなあ、と顔を引きつらせながら、霊夢はふと眉をひそめる。

「待って。『今度こそ冥界に』って言ってたけど、『今度こそ』ってどういうこと?」
「そりゃ、一回取り逃がしちゃったからね」
「取り逃がした?」
「そう。あなたね、死んだあと速攻で三途の河渡って速攻で裁きを受けて、速攻で冥界行きの判決喰らって」
「え、地獄行きじゃなかったんだ!?」
「そこで驚いちゃダメでしょう……まあともかく、それでしばらくは冥界で転生を待つのかなーと思ってたら、あなたいつまで経っても現れなかったのよ」
「どうして?」
「知らない。でも、少なくとも葬式やる前にはもう転生したあとだったみたいでね。どうやったものやら、紫様や幽々子様ですら、あなたの魂の行方を追うことはできなかったの。今もどこにいるのか分からない」
「徹底してるわねえ、それは」

 我が事ながら感心する霊夢の横で、妖夢は何かを悼むような顔を見せる。

「あのときの紫様の嘆き様と言ったら」
「え、なんですって?」

 霊夢がよく聞き取れなかったその言葉は、妖夢にとっても思わず口走ってしまった、という類のものだったらしい。あからさまに「しまった」という顔をして、誤魔化すようにに身を翻す。

「いや、なんでもない。さて、わたしも料理の手伝いをしようかな」

 そう言って社の裏手に消える妖夢を、霊夢は引き止めも追いかけもしなかった。
 ただ、深くなり始めた夕闇の中に佇み、今の会話のことを考える。

(神にもならず、霊として冥界にも留まらず、か)

 どうやら、普通の人間として生きて死んでいたのは、魔理沙ではなく自分の方だったらしい。そのこと自体は、別に不思議ではない。
 なぜそんなにも急いでいたんだろう、というのは疑問だった。冥界で茶を啜って過ごし、しばらくのんびりしてから「さて、いくか。めんどいけど」とおもむろに転生した方が、よほど自分に似合っていると思うのだが。

(なんでかなあ?)

 悩む霊夢の耳に、また誰かが石段を上ってくる音が聞こえてくる。
 どうでもいいけどどうして誰も飛んでこないんだろう、と苦笑しながら、霊夢はその人物を出迎えた。



「それにしても、みんなやけに集まるのが早かったわねえ」

 とっくに日が落ち、宵闇に包まれた博麗神社の境内。最上の特等席とも言える賽銭箱の前に陣取った霊夢は、お猪口片手に持って、赤々と燃える篝火に照らされた境内を眺めていた。見知った顔に見知らぬ顔と、たくさんの妖怪たちが、各々勝手に飲めや歌えやの乱痴気騒ぎを繰り広げている。無闇に数が多く、まさに境内から溢れださんばかりの勢いである。というか実際に溢れ出しており、宴会は石段どころか山の麓まで広がっているようだ。

「多すぎでしょいくらなんでも」
「それだけ霊夢が人気者だったってことよ」
「霊夢霊夢、わたしさ、あれからたくさん新しい歌作ったんだよ! 聞いて聞いて!」
「わたしも闇を使ったイリュージョンとか考えたしー」
「あたいも新しいスペルとか考えた!」
「って鬱陶しいわーっ!」

 霊夢が怒鳴ると、彼女に纏わりついていたリグル、ミスティア、ルーミア、チルノの四人娘……かつてバカルテットとか呼ばれていて、どうやら今でも大して変りないらしい四人が、歓声のような悲鳴を上げてわらわらと散らばる。

「1万2千年も経ったのに、なんでちっとも落ち着いてないのよあんたらは!?」
「わー、霊夢が怒ったーっ!」
「怒り巫女だーっ!」
「久しぶりだーっ!」
「っていうかそんなに経ってたとか全然気づかなかったーっ!」

 げらげら笑う馬鹿娘どもに、霊夢は腰が砕けそうな脱力感を覚える。なんでこんな連中が1万2千年も生き残ってるんだ、というのが本気で疑問である。

(まあ別に、嫌ではないんだけど)

 この連中がこうやって未だに馬鹿やってるということは、あれ以来幻想郷にそれほど大きな危機が起きていないという証拠だろう。
 それが嬉しいということも、また事実ではある。

「よう霊夢、飲んでるか……おいこら、やめろ、つかむなって」

 服を引っ張って引き止めようとする連中を適当にあしらいながら、徳利片手に魔理沙がやって来た。霊夢の隣に腰を下ろし、混沌の坩堝と化している宴会場を笑いながら眺める。

「いやー、こうして見ると壮観だよな! やっぱお前知り合い多いわ」
「集めたのはあんたでしょ」
「集まったのはお前のおかげだぜ?」

 魔理沙は片目を瞑りながら、徳利を掲げてみせる。霊夢は今お猪口に入っている分を飲み干し、魔理沙に向けて差し出した。なみなみと、透明な酒が注がれる。お返しに、魔理沙のお猪口にも同じ酒を注いでやる。二人は並んで、いつものようにお猪口を掲げ上げた。

「乾杯するか」
「なにに?」
「1万2千年ぶりの再会に」
「わたしにとっては昨日飲んだばっかりなんだけど」
「なら1日ぶりの再会に乾杯、でいいさ」
「盛り上がらないわねえ」
「らしいだろ?」
「まったくね」

 二人は笑い合い、同時に酒を飲み干す。相当いい酒だったらしい。いつも魔理沙と飲む安酒とは格段に違う味わい深い喉ごしに、霊夢はむしろ顔をしかめた。

「旨すぎるわ」
「不満かい?」
「あんたの隣で飲む酒としては、上等すぎて全然合わないわね」
「注文細かいねえ」

 魔理沙がからから笑うと同時に、

「おおおおおおねええええええええさまああああああああっ!」

 と、奇声を上げながら、見知らぬ妖怪がこちらに向かって突っ込んできた。とりあえずひょい、とかわすと、その妖怪は頭から賽銭箱に突っ込んで「ぐへぇっ」と悲鳴を上げた。

「な、なんで避けるんですかぁ!?」
「それ言われるの2回目だわ今日」
「人気者だねえ」

 笑う魔理沙に溜息をつく霊夢の横で、突っ込んできた妖怪が喚き出す。

「ひどいわひどいわ霊夢お姉さまったら、いつもはウザがりながらも真摯にわたしのことを受け止めて下さったのに!」

 と、体をくねらせるのは、霊夢にとっては全く見覚えのない少女妖怪である。薄手のドレスと大きく露出して光り輝いているおでこが印象的な妖怪だ。

「いやわたしあんたのこと知らないし」
「ひどっ!?」
「落ち着け落ち着け。説明しただろ、この霊夢はまだお前と会ってないから知らなくても仕方ないって」
「うう、そんなあ」

 残念そうに肩を落とすその妖怪の隣で、霊夢は魔理沙に聞いた。

「ちなみにこの馬鹿っぽいのと会うのはいつ?」
「お前からすれば8年後かね」
「うふふ、わたしたちの住む屋敷に飛び込んできたお姉さまは、それはそれは華麗でございましたわ」

 そのときのことを思い出しているらしく、少女妖怪は胸の前で手を組んでうっとりしている。が、もちろん霊夢にとっては聞いたこともない話である。

「そうなの?」
「そうだな。その頃のお前って確かに麗人って感じの美人さんだったと思うよ。胸は相変わらずだったけど」
「おい」
「その中性的なところがおねえさまああああああああああっ!」
「落ち着け馬鹿」

 抱きつこうとしてきた少女妖怪のおでこに手の平を押しつけて動きを止めると、「ああ、この姿勢も久し振りぃぃぃ」と、彼女はむしろ喜んでいた。
 そんな騒がしい少女妖怪が従者らしき妖怪に引きずられていったあとで、霊夢はため息をつく。

「……改めて見ると、知らない妖怪の方が圧倒的に多いのよね」
「そりゃそうだろ、何年生きたと思ってんだお前。解決した異変は50や100じゃ収まらんし、一度につき7,8人ぐらいと知り合ってんだからそりゃもう」
「ああ止めて、そういう計算すると頭痛くなってくるから」
「ま、さっきみたいに突っ込んでくるのはごく一部だろうよ。お前の今の年齢は説明してあるから、自分のこと知ってるか知らないかってのはみんな分かってるはずだしな」
「ふうん。要するに知ってる奴とだけ話してればいいわけね。」

 それはそれで簡単ではあるが味気ない気もするなあ、と霊夢が思っていると、まさによく見知った人影が二つ、こちらに向かって歩いてくるところであった。

「ハァイ霊夢」
「お久しぶり、霊夢!」
「あんたらもまた変わらないわねえ」

 並んで挨拶した二人の吸血鬼、レミリアとフランのスカーレット姉妹に、霊夢は呆れてそう言う。二人の姿は、霊夢がよく知る彼女らのものと全く変わりない。要するに、お子様なのである。

「1万2千年経ってもそれって」
「あら、そう言われるのは心外ね」
「そーだよ。わたしたち、霊夢が分かりやすいようにと思って昔の姿に化けて出てきたんだから」
「あ、そうなの? じゃあ今はちょっとは大人になってるんだ?」
「大人も大人」
「普段のわたしたちから見たら霊夢なんてちんちくりんもいいところだよねー、お姉さま?」
「そうねフラン、霊夢ったらお子ちゃまよね」

 顔を寄せ合ってくすくす笑う吸血鬼姉妹に、少し腹が立った。

「よーし、そこまで言うなら普段のあんたたちとやらになってみなさいよ? どうせ自意識過剰で、大して成長してないんでしょ?」
「あらあんなこと言ってるわよフラン」
「生意気ねお姉さま。じゃあわたしたちの成長ぶりを見てもらおうよ!」

 二人は手を繋ぎ、同時にお辞儀をした。すると彼女らの体が一瞬で煙に包まれ、その姿が見えなくなる。

(フン、なーにが大人よ。3574回も同じ異変繰り返してるお馬鹿姉妹に、わたしがビビッたりするもんですか)

 高をくくる霊夢の前で、じょじょに煙が晴れていく。
 煙の向こうから現れたのは、二人の美女であった。紫と金の長い髪。きっちりと整えられた眉の下では、異様なほどの色っぽさを孕む切れ長の目が艶めかしく光っている。血のように真っ赤なルージュに彩られた唇は、酷く官能的だ。極限まで薄い布地で仕立てられた黒のワンピースドレスには、凹凸激しい体が窮屈そうに収められている。病的なまでの白さを持つその肌は、しかしどこまでも肉感的で、大きくスリットの開いたドレスの下で組まれた長い足は、アンニュイな色気を醸し出す。
 二人はどこから出現させたものやら分からぬシックなテーブルに並んで腰かけ、フーッ、と煙草の煙を吹き出しながら、気だるげに会話を交わすのだった。

「コーヒーはいつものブラックでよろしいかしら、お姉さま?」
「ええフラン。闇よりも濃いやつをお願いね」
「すんませんでしたァーッ!」

 霊夢は本日2度目の土下座を敢行した。

「いやマジすんません、自分調子こいてました! 謝りますからどうか元のお姿にお戻りくださいませーっ!」
「あらそう?」
「残念ねえ」

 妖艶に笑う二人の美女の姿が、再び煙に包まれる。一瞬後、現れたのは無邪気に笑うお子様姉妹である。テーブルもどこかに消えうせた。

「ふふん、どうかしら、霊夢?」
「これで納得した?」
「ああ納得した納得した。納得したからもうずっとそのままでいて頂戴。いやー、ホントびっくりした」

 霊夢は顎を伝う汗を拭う。まさかこれほどまでに変化が激しいとは思ってもみなかったのである。

「1万2千年の年月は伊達じゃないってことよ」
「あ、魔理沙、霊夢の隣座ってもいい?」
「おういいぜ。わたしは318代目と一緒に他の客もてなしてくるよ。じゃあ霊夢、またあとでな」

 魔理沙が片手を上げて去るのと同時に、レミリアとフランが霊夢を挟んで腰かけた。

「じゃあわたしたちも乾杯しましょうか」
「そうねお姉さま」

 レミリアがどこかからワインの瓶を取り出し、フランがグラスを三つ取り出す。それを見て、霊夢はあることを思い出した。

「そういえば、咲夜って」
「死んだわよ」

 あっさりと、レミリアが答える。少し虚を突かれた霊夢の手に、フランがグラスを押しつけながら笑った。

「驚きすぎよ、霊夢」
「こんなに時間が経ってるんだもの、人間が生きているわけないでしょう?」
「そりゃ、そうだけど」

 自分のグラスに赤ワインが注がれるのを見つめながら、霊夢はなにか釈然としないものを覚える。

(まあ1万2千年前も前になるわけだし、今更咲夜の死を思い出して言葉に詰まったりはしないだろうけど)

 こいつら咲夜が死んだら大泣きするんだろうなあ、と、たまにぼんやり考えていたりもしたので、ああもあっさり死んだと告げられるのはなにか違和感があるのだ。

「でも、覚えてるわ」

 不意に、レミリアが言った。フランも自分のワイングラスを持って、何かを思い出すように目を閉じている。二人とも、口元には優しい微笑が浮かんでいた。

「咲夜のことは全部、何もかも覚えてる。今でも、いつでも思い出すことができる」
「わたしも。ねえ霊夢」

 フランがこちらを見て笑う。

「『あの人はわたしの心の中に生き続けている』って言葉、どう思う?」
「陳腐だと思う」
「そうね。だけど真実なんだって今は思えるわ」
「陳腐だと切って捨てられるぐらいに使い古されてるってことは、それだけ多くの人たちがその言葉を口にして、実感してきたってことだもの」
「だから今はそう思える。もっとも、そういう気持ちになれるまでに、みっともないぐらいにたくさんの涙を流さなくちゃならなかったけど」
「咲夜だけじゃなくて、あなたのこともね、霊夢」
「来てくれてありがとう。これでまた、あなたとの楽しい思い出が一つ増やせるわ」

 二人は笑ってグラスを掲げる。霊夢も慌ててそれに倣った。

「それでは、ちっぽけで短すぎる人間の生を生きた、わたしたちの友達と従者に」
「乾杯」
「乾杯」

 グラスを合わせたあとで、霊夢は苦笑した。

「って言っても、わたしはまだ生きてるんだけど」
「わたしたちにとってはずっと昔の人よ」
「そう。わたしたちの心の中にだけ生きる存在」
「なんだかなあ」

 言葉を交わしたあとで、3人は同時にワインを飲み干す。霊夢が長く息を吐くと、レミリアがくすくす笑った。

「でも本当に懐かしいわね」
「そうねお姉さま。霊夢が生きてた頃から今まで、いろんなことがあったよねえ」
「そうそう、それよそれ」

 霊夢はレミリアを指さした。

「あんたら、なんか今でも懲りずに紅霧異変起こしてるらしいじゃないの。なに考えてんの一体」
「あら、わたしたちだけじゃないわよ」
「そうよねお姉さま。みんなも同じだよね」
「みんなって……どういうこと?」

 霊夢が目を瞬くと、レミリアは指を立てて説明した。

「紅霧異変や永夜異変、春雪異変……あなたが解決した異変は、博麗霊夢が代替わりするたびに引き起こすのが、わたしたちの間での『お約束』みたいなものなのよ」
「まあなんていうか、異変ごっこって感じだよね。新しい巫女のいい修行にもなるし」
「そうそう。まああなたが解決した異変を三日置きぐらいに順番で起こすわけだから、一回りする頃には大抵の巫女がぶっ倒れてるけどね」
「幻想郷名物霊夢異変地獄だよねお姉さま」

 悪戯っ子のように笑い合う二人を見て、霊夢はがくりと肩を落とす。

「なにやってんのあんたらは」
「遊びよ、遊び」
「そうよ霊夢。幻想郷はわたしたちの遊び心で成り立ってるんだから」
「あっそ。よく飽きないわね」
「飽きないわよ。来る巫女来る巫女、全員反応が違うからね」
「わたしたちもいろいろ趣向を変えるし」
「もうやだーって泣き喚きながら飛び回ってたのは何代目だっけ?」
「ナクちゃん。79代目よお姉さま」
「いい加減にしろコラァッ! っていちいち怒鳴ってたのは何代目だっけ?」
「キレちゃん。90代目よお姉さま」
「次はどんなのが出てくるのねえねえ教えてよ! って目を輝かせてたのは何代目だっけ?」
「イイコちゃん。115代目よお姉さま」
「よく覚えてるわねホント」

 霊夢が呆れると、「だって面白いんだもの」とレミリアが笑った。

「でも一番面白かったのは30代目よね」
「30代目っていうと、あの『今後博麗の巫女は全員霊夢という名前にする』とか言ったっていう?」
「そうそう。あのイカレ巫女よ」

 思い出すのが楽しくてしょうがない、とでも言うように、レミリアは口元を隠して笑った。

「『巫女が新しくなったらしいから、ちょっと遊んでやりましょうか』っていつも通り紅霧異変起こしたら、それまでにないぐらいの超スピードでわたしのところまでたどり着いた挙句、鼻で笑ってこう言ったのよ」
「『ああ、あんたが初代様にケチョンケチョンにのされたお子様吸血鬼? ハン、話に聞いてた通りのちんちくりんね』だよね、お姉さま?」
「そうそう。いやー、あれはマジでムカついたから、こっちもついつい本気になっちゃったのよねえ」
「『ほらほらどうしたの、あんたの大好きな初代様は、こんなことじゃくじけなかったわよ?』とか言うと、どれだけ疲れてても起き上がってくるのよね」
「それで何度も何度も挑戦してきて……でも最後にはわたしたちが勝てないぐらいに成長しちゃって、こっちがコテンパンだったっけ」
「いろんな意味で凄いわねそいつ」

 霊夢が素直な感想を漏らすと、「あなたほどじゃないわよ」とレミリアが微笑んだ。

「30代目も、最後の最後まで『わたしじゃ初代様の足元にも及ばない』って言ってたわね」
「普段はツンケンしてるのに、霊夢の思い出話をすると、誰よりも目を輝かせて聞き入ってたっけ」
「いやなんでそんな尊敬されてんのよわたしは」

 思わず口を挟むと、レミリアとフランの瞳が急に優しい光を宿した。

「分からないかしら?」
「分からないかな?」
「分からないわよ。話聞いてる限りじゃ、わたしよりはずいぶん優秀な巫女だったんでしょ、その子?」
「そうね。頭は中は昔のフランよりよっぽどキてたけど」
「あらそれは酷いわお姉さま」
「事実じゃないの」
「事実だけどね」

 笑い合う二人の間に、昔は微妙に存在していたぎこちなさが一切なくなっていることに、霊夢は今更ながらに気がつく。

「だけどね霊夢。その子には……ううん、その子だけじゃなくて、あなた以外の博麗の巫女には絶対に成し遂げられたなかったことが一つだけあるの」
「そうよ霊夢。あなたよりも力が強い巫女や優秀な巫女はたくさんいたけど、それでもやっぱり、わたしたちにとって博麗の巫女と言ったらあなたなのよ」

 左右からの熱っぽい視線に挟まれて、霊夢は頭を掻いた。

「……それって、スペルカードルールの創設のこと?」
「そうそう。よく分かってるじゃない」
「でもその意味はまだ分かってないみたいよお姉さま」
「霊夢は頭が悪いからね」
「頭が悪いものね」
「あんたらねえ」

 霊夢が歯軋りすると、レミリアは「ごめんごめん」と穏やかに笑った。

「でもね霊夢。わたしたち、あれはとても素晴らしいものだと思っているわ」
「ここにいるみんながね」
「だから、わたしにはその理由がさっぱり分からないんだってば。あんなんただの暇つぶしの遊びでしょうに」
「だからこそ、よ」
「だからこそ、だよね」
「やっぱり意味が分からない」
「じきに分かるわ」
「きっと、魔理沙が教えてくれるよ」
「魔理沙が?」

 ふっと顔を上げた霊夢が、あっちかな、と思う方向を見ると、そこにはやはり魔理沙がいて、霊夢にとっては見知らぬ妖怪たちと一緒に酒を飲み交わしているところだった。

「さて、それじゃあそろそろわたしたちは行きましょうか、フラン」
「そうねお姉さま。霊夢を独り占めしちゃ悪いし」

 ワインとグラスを回収して、レミリアとフランが立ち上がる。二人は社の階段を降りてから、笑顔で振り返った。

「じゃあまたあとでね、霊夢」
「そのときになったら、いろいろと教えてあげる」

 本来の姿が垣間見えそうな大人っぽく艶っぽい微笑みを残して、二人が去っていく。
 入れ替わるようにして、次の客がやってきた。

「お久しぶりね、霊夢」

 好意全開の笑顔でそう言いながら礼儀正しくお辞儀をしたのは、霊夢にとっては比較的新しい知り合いである比那名居天子であった。暇つぶしのような目的で神社を壊してくれたり、仕返ししようとしたら返り討ちにしてくれたりと、いろいろ空気の読めていなかった少女である。傍らには空気の読める女と評判の永江衣玖が澄ました表情で付き添っていて、「ひょっとして正式に主従になったんだろうか」と霊夢は首を傾げた。

「ああ、本当に懐かしいわ、わたしのお友達」

 胸の前で手を組みながら、天子が目を潤ませて微笑む。うわぁ気持ち悪ぃ、と霊夢は軽く身を引いた。

「どうしたの霊夢? わたしのこと覚えてない?」
「いや覚えてるけど……」
「そう? それならいいんだけど……ねえ霊夢、わたしとも、さっきの子たちみたいに、思い出話をしてくれるわよね?」
「いいわよ別に」
「そう。じゃあ隣に失礼するわね」
「はいはいどうぞ」

 天子が衣玖を置いて、こちらに歩いてくる。

「ところで霊夢」

 その途中、笑顔のままで切りだした。

「わたしね、1万2千年前にあなたとお別れした時から、ずっと言いたかったことがあるのよ」
「ほう。なに?」
「それはね……死にさらせやクソ巫女がああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 突然般若の形相に転じた天子が、背中に隠し持っていた剣を大上段に振りかぶる。霊夢はそれを避けつつひらりと舞い上がり、神社の屋根に着地した。

「やっぱりそうきたか」
「くぅっ、何故バレた!?」
「いやあなんとなくだけど」
「あ、相変わらず腹の立つ勘の良さね!」

 天子もまた顔をひきつらせながら神社の屋根に上ってくる。突然始まったチャンバラごっこに、境内の妖怪どもが大いに湧いた。

「おー、いいぞーっ!」
「どっちもがんばれーっ!」
「やれーっ、殺せーっ!」
「はいはい、霊夢VSてんこちゃん、配当は1:4ですよー」

 トトカルチョを始めているのは予想通りの詐欺兎である。あの兎全然変わってねえ、とため息をつきつつ、霊夢は魔理沙の隣の318代目に呼びかける。

「ねー、多分神社いくらか壊れると思うけど、大丈夫ー?」
「大丈夫ですよおー。宴会ですものぉ、思う存分遊んでくださいねぇー」

 318代目は上機嫌に頬を赤くして、にゃはははと笑っている。どうやら笑い上戸のようだ。彼女の声に呼応するように、周囲の連中もさらに盛り上がる。

「いまミーヤがいいこといった!」
「そうだー、博麗の巫女たるもの手加減は不要だーっ!」
「傲慢な天人に目にも見せてやれーッ!」
「いけーっ、殺せ―っ!」
「やれやれ。いつまで経っても愉快な連中ね……っと!」

 掛け声もなしに斬りかかってきた天子の刃を、霊夢は紙一重で避けた。

「始めの合図もなしとは、相変わらず空気の読めない女ね」
「ふん、空気が読めないのはお互い様でしょ」

 横薙ぎの一撃。垂直に飛んでかわす。

「ほ。わたしのどの辺が空気読めてないわけ?」
「このわたしの誘いを断っておいて、よく言う!」
「なんの話?」
「あんたの話、よっ!」

 思い切り振り降ろされる刃から、霊夢はギリギリで身を避ける。剣が屋根を直撃し、砕けた瓦が月夜に舞う。

「それ、多分今のわたしから見れば未来の話なんじゃないの?」
「そんなことはどうでもいいの! どうせ今誘ったって断るでしょ、あんたは!」
「決めつけないでよ。ちなみにどんなお誘い?」
「死んだあとは成仏して天界に来なさいっていうお誘い!」
「あー、それは確かに嫌だわ、天界って暇そうだし」
「1万2千年前も、あんたはそうやって断った!」

 二人の戦いは境内に移っていた。座り込んで酒を飲んでいる連中の間を走りぬけながら、天子が剣を振りまわし、霊夢がそれを避ける。妖怪どもはそれを見て、手を鳴らして無責任に囃し立てる。

「いいぞーっ」
「反撃しろ霊夢ーっ!」
「そうだそうだ、叩きのめせ―っ!」
「殺せーっ!」
「だーもう、うるさいっての!」

 怒鳴りつけると、周囲がどっと湧く。なんの見せ物だこれは、と思いながら、霊夢はひたすら天子の攻撃から逃げる。

「あんたが天界に来れば、少しは楽しくなると思ってたのに!」
「そう言われたって、退屈そうなのは退屈そうだし」
「なによ、この私がお父様に頼み込んで、あんたのために特別に成仏を許可してやろうとしたのに!」
「うわ、それは嫌だなあ。重ったいわ」

 戦いは再び賽銭箱の前に戻ってきた。肩で息をする天子と、ちょっとだけ息を荒げた霊夢が、少しの距離を置いて対峙する。

「わ、わたしはっ」

 怒鳴りながら、天子が突っ込んできた。踊るように舞うように、霊夢はつかず離れずの距離を保ちながら天子の攻撃を避ける。

「わたしは、あんたのこと、友達だと思ってたのにっ」
「へえ、そうなの」
「あ、あんたはそうじゃなかったんだ! わたしのことなんかどうでもよかったんだ! 嫌いだったんだ!」
「ん? そうでもないけど?」
「うそつき、うそつき! 霊夢のうそつきぃっ!」

 天子の攻撃が止まった。剣が地面に落ちて乾いた音を立てる。周囲の者たちが顔を見合せて「やれやれ」と肩をすくめ、「はーい、勝敗はっきりしないんで賭けは無効でーす」とのたまう詐欺兎が、抗議の嵐を喰らっている。
 そんな喧騒を横目に、天子は泣いていた。両腕で目を覆い、涙も鼻水も涎も垂れ流して、子供のように泣き喚いていた。
 うわぁ参ったなあ、と思いながら、霊夢は天子に歩み寄る。

「ちょっとちょっと、1万2千年も前のことでそんなに泣かなくてもいいでしょ」
「うるさい、触るな!」
「別に触ってないけど」
「嫌いだ嫌いだ、あんたなんか大っ嫌いだっ!」
「わたしはそうでもないけどね」
「うそつき!」
「うそじゃないったら。単純に、ね」

 別段言い聞かせるつもりでもなく、霊夢は自分の気持ちを素直に伝える。

「単純に、あんただけの博麗霊夢にはなれないってだけの話。あんただけじゃなくて、誰に対してもそう。そういう重ったいのって苦手だし、わたしはいつだって自分の気持ちに素直なのよ。単にそれだけの話」
「……うそつき」
「ホントよ。あんたのことだって友達だと思ってるわよ。他のみんなと同じくね」
「……ほんとう?」

 ぐすっ、と鼻を啜りあげながら、天子がおそるおそるこちらを見る。

「わたしのこと、嫌いじゃない?」
「ええ。別に大して好きでもないけど」
「……ほんとう?」
「本当だって。大体ね、嫌いだったら神社に来るたび追っ払ってるでしょうが。それとも、あんたの知る博麗霊夢は、そういうことする奴だった?」

 天子は黙って首を振る。「なら、そういうことよ」と霊夢は笑った。

「さあ総領娘様。鬱憤晴らしはもうそのぐらいでよろしいでしょう?」

 いつの間にか天子のそばに寄り添っていた衣玖が、泣いているお嬢様の肩をそっと抱く。

「本当は、他に言いたい言葉があったんじゃありませんか?」
「そうなの?」
「ええそうですよ霊夢さん。さ、総領娘様」

 衣玖がそっと天子の肩を押す。彼女はまだしゃくりあげ、言葉を詰まらせながらも語り出した。

「あの、あのね」
「うん」
「わたし、自分勝手でわがままで、嫌な奴だと思うけど」
「そうね」
「でも、みんなのこと、嫌いなわけじゃないから。だから、だからね」

 天子は真っ赤な顔でみっともなく鼻をすすりあげながら、それでも真っ直ぐに霊夢を見つめて言った。

「元の時代に戻っても、わたしと遊んでください。お願いします」

 頭を下げる天子の前で、霊夢はため息をついた。びくり、と目の前の我がまま娘の肩が震えるのを見ながら、答える。

「あんたがそういうかしこまった態度取らないならいいよ。言ったでしょ、重ったいのは苦手なんだって」
「……うん」
「大体さあ、その様子見ると、あんたわたしが生きてる間は割と楽しくやってたんでしょ? だったらいちいち頼む必要もないでしょ。さ、分かったらこの話はもうおしまい。あんたも適当に、楽しくやりなさいよ」

 霊夢は気楽にそう言ってやった。天子はまた声を上げて泣き出して、衣玖に肩を抱かれて宴の輪の中に戻っていく。
 直後、爆発的な歓声が響き渡った。

「いいぞーっ、霊夢ーっ!」
「全幻想郷が泣いたーっ!」
「その酷いんだかそうでもないんだかよく分からんノリこそまさに霊夢だーっ!」
「うっさいっての! ほら、あんたらもさっさと飲み直しなさい!」

 霊夢がパンパンと手を叩くと、周囲の妖怪たちは馬鹿笑いしながらまた宴を再開する。
 やれやれ、と息をつく霊夢に、魔理沙が歩み寄ってきた。

「よう、お疲れさん、名裁きだったな」
「はいはい。あー、でも失敗したな」
「なにが?」
「写真機借りておくんだった。そしたらあの天子の泣き顔撮って持ってかえって、一生からかってやれたのに」
「ホント酷いやつだよお前は」

 さっきの天子の大暴れにより賽銭箱前の階段が壊れてしまったので、霊夢と魔理沙は社の前の石畳の上に陣取ることになった。
 遠くの方でまだ衣玖に慰められている天子を眺めながら、霊夢はぼんやりと呟く。

「変わった奴もいれば、変わらない奴もいるわね」
「そうだな」
「っていうかさあ」

 霊夢はうんざりとため息を吐く。

「わたしのこと忘れてないならともかく……いやそれだってかなりおかしいけど、それに加えてあそこまで引きずってるのはどう考えてもおかしいでしょ」
「それだけ楽しかったってことさ。お前が生きてた頃がな」
「そう? 今の時代の方が幻想郷広がってるしいろいろ変なのいるみたいだし、面白いと思うけど」
「でも、お前がいないからな。楽しさも半減だぜ」
「気持ち悪いなあ」

 純粋にそう思った。そんな風に、いつまでも自分のことを引きずられるなど、霊夢にとってはただうんざりするばかりである。

「適当に忘れてくれりゃいいのに」
「忘れようとしたって忘れられないのさ」
「そんなもんかなあ……なんか幽々子も怒ってるし」
「幽々子が?」

 魔理沙は宴会場を見渡した。霊夢もそれに倣うが、冥界のお嬢様の姿は境内のどこにも見られない。

「へえ。今のお前でも知ってる連中は大体そろってるのに、あいつは離れたところで飲んでるみたいだな」
「今でも怒ってるんだって。わたしが紫を泣かせたこと」
「ああ、そうか。そうだな、1万2千年前も、あいつが一番怒ってたっけ。いや、あれはホントおっかなかった」
「嘘っぽい」
「なにが?」
「幽々子が怒ったのも、紫が泣いてたっていうのも」
「当然の帰結だと思うけどな……っと」

 不意に、魔理沙が顔を上げた。霊夢もつられてそちらを見る。
 なぜか、先ほどまであれほど騒がしかった境内が、しんと静まり返っていた。誰もが石段の方に注目し、誰かが現れるのを待っているようだ。耳が痛くなるほどの沈黙の中に、篝火が爆ぜる音だけが静かに響く。

(違う)

 霊夢は顔をしかめ、耳を澄ました。他にも、夜の沈黙の中に混じっている音がある。
 誰かが石段を上ってくる足音。そして、

(泣き声……?)

 そう、泣き声だ。それもただの泣き声ではなく、聞いているだけで涙が出そうになるような、とても痛々しいすすり泣きだ。そんな泣き声が、一歩、一歩とこちらに近づいてくる。
 そしてその声の主が境内に姿を見せたとき、霊夢は驚きのあまり立ち上がってしまった。

「紫!?」

 泣いているのは八雲紫だった。自分の左側に寄り添っている藍の胸に縋りつき、右側に寄り添っている橙になだめられながら、亀のような歩みでこちらに近づいてくる。
 霊夢の叫びが境内の沈黙を突き破ったとき、紫は一瞬びくりと肩を震わせ、逃げ出そうとした、らしい。

「落ち着いてください、紫様」

 藍がそんな主を引きとめるが、紫は子供のようにいやいやと首を振る。

「ほら紫様、霊夢さんですよ。霊夢さんが、会いに来て下さったんですよ」

 橙がそうなだめた途端に紫は声を上げて泣き出し、その場に蹲ってしまった。二人の式が顔を見合わせて頷き合い、藍が紫を抱きあげて社の裏手に向かっていく。318代目もその後を追いかけていった。
 藍に抱きかかえられた紫は、式の胸に顔を隠すように埋め、すれ違うときも一切顔を見せてはくれなかった。
 あまりの事態に呆然とする霊夢の前で、橙がその場の妖怪たちに向かって深々と頭を下げる。

「お騒がせいたしました、皆さん! 紫様は少しお疲れのご様子でしたので、またあとで改めてご挨拶されると思います。どうかお気になさらず、引き続き宴会をお楽しみください」

 それは無理だろう、と霊夢は思ったが、妖怪たちは今の事態が何故起こったのか大方把握しているらしく、それぞれ少し気まずそうに顔を見合わせると、また勢いよく酒を煽り始めた。
 そうして、先ほどの一幕が嘘だったかのように、宴はまた騒がしく再開される。
 だが霊夢は、またそこに戻っていく気には到底なれなかった。

「お騒がせして申し訳ありませんでした、霊夢さん」

 橙がこちらに歩いてきて、憂いを帯びた表情で頭を下げる。霊夢は二、三度首を振り、八雲の式に問いかけた。

「分かんないわね。全然分かんないわ、橙。なんで紫はあんなになってたの? え、なに、歳をとり過ぎてとうとう本物のボケ老人みたいになっちゃったとか?」
「それは酷いですよ、霊夢さん」

 橙は苦笑したが、その笑みはすぐに消えてしまった。

「私、霊夢さんに謝らないといけません」
「どうして?」
「二つ、嘘をついてましたから。一つは魔理沙さんがもう亡くなってるっていう嘘」
「まあそれはわたしが頼んだもんだからな。気にしなくてもいいぜ」
「そうね。で、あと一つは?」

 霊夢が問うと、橙は痛ましげに目を細めた。

「紫様、今日はずっと泣き通しだったんです」
「は? え、で、でも」

 確か、霊夢が紫の邸宅を訪れたときは、「まだ寝ているから」と言って会えなかったはずである。そのとき橙から伝えられた対応だって、昔の紫そのままのぐうたらなものであって、

(ああそうか)

 霊夢はようやく気がついた。

「じゃあ、あれが嘘だったんだ。紫はあのときも、襖の向こうであんな風に泣いてたのね?」

 橙は深く頷いた。

「そうです。わたしも、あのとき初めて紫様がそんな風になってるのに気がついたんですけど……『こんな様じゃ、あの子に会うことなんかとてもできない』って仰ったので、霊夢さんにはあんな嘘を……本当に、ごめんなさい」
「いや、別に、それはいいんだけど……え、なに、なんなのこれ?」

 霊夢は自分が酷く混乱していることに気が付いていたが、どうしても動揺を抑えることが出来なかった。
 霊夢の知る八雲紫は、いつでもどんなときでも胡散臭く、余裕綽綽で自分の心の底を露わにすることなどない、人間味のない妖怪だったはずである。
 それが、あんな風に。とても信じられなかった。

「ねえ橙、これも嘘なんでしょ? また紫が悪戯で泣いてる振りして、わたしが慌てるのを見て面白がってるだけなんでしょ、ねえそうなんでしょ?」
「そうですね。本当にそうだったら、どれだけ……」

 橙の目にもまた、光るものがあった。
 彼女の話によると、紫は昔のように振舞おうと努力はしたらしい。霊夢が八雲邸を立ち去ってから、橙は大急ぎで藍を呼び戻した。そうして二人に慰められなだめられて、ようやく涙を止めたのが一時間ほど前。
 大丈夫かと心配する二人に向かって、「大丈夫よ。さあ、1万2千年ぶりに、あのお馬鹿さんをからかいに行きましょうか」と笑顔を見せたらしい。
 だが、山の麓まで来て神社に煌々と明かりが灯っているのを見た途端、また泣き出してしまったのだとか。

「おかしいでしょ」

 話を聞き終えて開口一番、霊夢は呟いた。

「おかしいでしょこんなの。どう考えたっておかしいわよ。だって、あの紫が、そんな」
「橙、悪いけど、わたしら二人はちょいと席を外させてもらうぜ」
「はい。本当にすみません、お二人とも」

 頭を下げる橙に「気にするな」と片手を上げ、魔理沙は霊夢の腕を引っ張って、強引に社の影に引きずり込んだ。
 賑やかな正面と違って、ここは驚くほど静かだった。篝火に照らされた宴の喧騒から少ししか離れていないのに、周囲は濃い闇に包まれている。

「落ち着けよ、霊夢」
「だって」
「お前だって、紫のことは信用してただろ」
「だからなによ」
「あいつも同じだったってことだよ。お前のこと、大切に思ってたのさ」
「気持ち悪いこと言わないでよ」
「でも事実だ。でなきゃ、あんな風になりはしないだろ」
「それは……ああもう!」

 霊夢はその場にしゃがみこんで頭を抱えた。抑えようもないぐらいに、自分が苛立っているのが分かる。

「もう沢山だわ」
「なにが?」
「一体なんなのよあんたら! なんで1万2千年も経ってるのに、わたしのことなんか覚えてるわけ!? なんで忘れてくれないのよ!」
「何度も言わせるなよ。忘れられないからさ」
「なんでよ」
「お前がいた頃が一番楽しかったから。それ以外に、理由なんてないよ」
「ああそう。そうですか」

 霊夢はヤケクソ気味に吐き捨てた。

「じゃあなに? その、楽しかった理由ってのが、あのお遊びだったってわけ?」
「そうだよ。ようやく分かってくれたか」

 魔理沙がほっと息をつく。だが霊夢は納得できなかった。

「分かんない。全然分かんないわ。あんな退屈しのぎの遊びがこんな時代まで残ってることも、それが理由でわたしが神様みたいに崇められてるのも、みんながわたしのことを覚えてて、未だに引きずってることも」
「そうか。そうかい。まだ、分かってはくれないか」

 魔理沙は少し考えたあと、にやりと笑った。

「なら、久々にやってみるか?」
「なにをよ?」
「決まってるだろ。こいつさ」

 そう言って、魔理沙はあるものを取り出し、右手で広げてみせた。
 それは霊夢にとっても見慣れたものである、スペルカードと呼ばれる札だった。

「1万2千年ぶりの弾幕ごっこ。お前が勝ったときの報酬は、霧雨魔理沙さんの懇切丁寧なご説明だ」
「あんたが勝ったら?」
「そうだな。わたしと紫とお前との3人で、朝まで飲んでもらおうか」
「それは湿っぽい上に重ったそうね。想像するだけでもうんざりよ。いいペナルティだわ」
「やるかい」
「やりますとも」

 霊夢は立ち上がり、魔理沙と同じようににやりと笑った。こういう分かりやすいノリは嫌いではない。

「あんた、わたしには四対六ぐらいで負け越してるわよね」
「あの頃はそうだったな。っていうか、生涯そのぐらいだったぜ?」
「情けないわね」
「全くだ。どんなに努力したって、お前には追いつけなかった。でもな」

 帽子の下の魔理沙の唇が、獰猛な微笑みを形作る。

「こちとら、さっさとわたしらから逃げ出しちまったお前と違って、1万2千年も努力を重ねてきたんだ」
「よくやるわね」
「それもお前のせいなのさ。ともかく、努力の成果を見せてやるよ。今日こそ勝ち越してやる」
「やってみなさいよ、普通の魔法使い」
「やってやるともさ、楽園の素敵な巫女様め」

 二人は同時に空に舞い上がった。



 時には昔の話を その3
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