【東方SS】あいがと

2009/7/23に東方創想話に投稿したSSです。
 


『あいがと』




 濃い目に淹れたお茶を一啜り、霊夢はほぅ、と息をついた。
 穏やかな春の昼下がり。境内の掃除など、細々したことは午前中に全て終わらせてある。
 買い出しに行く用事もないので、今日しなければいけないこと、というのは一つもないことになる。

「暇ねえ」

 呟いてみる。
 特に不満があるわけではなかった。。
 かと言って、常日頃からそういう退屈で平穏な時間を格別愛している、というわけでもない。
 退屈だから何か起こらないかなあ、と思うこともあれば、退屈だけどまあいいかなあ、と思うこともある。
 今日はどちらかと言えば、まあいいなかあ、という気分だった。
 まあ何にしろ、こういうのんびりした心地のときに、変な事件が起こらないというのはいいものだ。
 やりたいこともないし昼寝でもするかな、と一つ欠伸をしたとき、霊夢はふと、庭の隅の小さな茂みから、何か透明なものが突き出しているのに気がついた。
 目を細めてみると、それが小さく左右に振れているのが分かる。
 もっとよく見てみると、どうやらそれは薄くて透明な翅らしかった。

「妖精か」

 神社の敷地内で見かけるのは珍しいなあ、と思って、何気なくぼんやり眺めていると、その内ぴょこんとその翅の主が顔を出した。
 見覚えのない妖精である。一応顔見知りと言ってもいいチルノや大妖精などよりも一回りほど小さな、これといって特徴のない、どこにでもいそうな外見の妖精だ。金色の癖毛に、愛嬌のあるふっくらとした頬、何か不思議そうな色を浮かべて興味津々にこちらを見つめている青い瞳。服は大人しめのブラウスに、膝丈ぐらいのスカート。

(そういや妖精ってみんな服着てるけど、あれって誰が作ってんだろ。妖精の仕立て屋みたいなのがいるのかしらね)

 そんなどうでもいいことを考えつつ、お茶を一啜り。
 顔を出した妖精はまだ興味深げに霊夢を見ていたが、やがて茂みから抜け出すと、ちょこちょこと歩いて少しずつこちらに近づいてきた。別段悪さをしそうにも出来そうにも見えないし、今は特に退治したい気分でもない。霊夢はその妖精を注視するでもなく、ただ黙って座ったまま、放置しておくことにした。
 妖精はとことこと歩いて来ると、縁側の床板に手をついて、じたばた足を揺らしながら一生懸命こちらに上って来た。そしてペタンと座ったままするすると隣まですり寄って来ると、目をまん丸にして口を半開きにしたまま、不思議そうに霊夢を見上げ始めた。何が珍しいのか、紅白の巫女装束の袖をつかんでくいくいと引っ張ってみたり、くんくんと臭いを嗅いだりもする。
 霊夢としては別段気になるほどでもなかったのだが、その内、妖精の仕草が少しおかしくなってきて、

「あんた、犬かなんか?」

 と、横目で見ながら何気なく声をかけてみた。
 ところが妖精の方は物凄くびっくりした顔で一瞬硬直したあと、「やー」と小さく悲鳴を上げながらあたふたと縁側から降りようとして、勢い余ってころころと地面に転がり落ちた。庭の真ん中辺りでようやく止まったかと思うと、また慌てて起き上がり、つんのめるような足取りで元の茂みに飛び込んでいく。
 そうして、特に呼び止めるでもなく呼びかけるでもなく霊夢が黙ったままでいると、その内、おそるおそるといった感じでそっと顔を出した。警戒しているんだか怖がっているんだか、ともかくなにやら、しかつめらしい表情でじーっとこちらを見ている。
 何がしたいんだか、と霊夢が半ば呆れ気味にお茶を啜っていると、妖精はさっきよりもずっと慎重な足取りでそろりそろりと近づいてきた。遮蔽物など何一つないのに隠れているつもりらしく、足音を立てずにすすすっと滑るように歩いてくる。
 そしてまたさっきと同じように一生懸命縁側に上がって来ると、こわごわと霊夢に近づいてきた。隣にペタンと正座し、じーっと見上げてくる。何を言うでもないし、何かするわけでもない。霊夢の方も特に何かする必要を感じなかったので、また黙ってお茶を啜った。
 そうして、見つめられながらぼけっとすること数分ほどの後。
 妖精がいる方とは反対側に手を伸ばし、丸い盆から醤油煎餅を一枚つまみ上げた霊夢は、ふと思いついてそれを二枚に割ると、小さな方をすっと妖精に差し出した。

「食べる?」

 何気なく聞くと、妖精はまたびっくりしたように目を丸くして、煎餅の欠片と霊夢とを交互に見た。
 そうしてからこっくりと頷き、小さな両手で大事そうに煎餅の欠片を受け取る。しばらくの間興味津々に茶色いお菓子を眺めたあと、霊夢がそうしているのを真似するように、ぱくりと口にくわえた。
 すると、ぱっ、と幼い顔が輝き、嬉しそうに霊夢を見た。特に反応せずにいると、無闇やたらと小さな体を揺らしながら、夢中で煎餅にしゃぶりついた。あまり歯が硬くないらしく、霊夢のようにぱりぱりと噛み砕きはせずに、ぺろぺろ舐めてふやけさせながら、ゆっくりゆっくり飲み込んでいく。
 なんだか飴でも食べているみたいだな、と思い、霊夢はふと、妖精の食べ方を真似してみることにした。香ばしい醤油煎餅を口にくわえ、凸凹に焼き上げられた表面に舌を這わせる。じわりじわりと味わい深い塩味が口一杯に広がり、どうしてなかなか、

「うまいわね」

 同意するように、隣の妖精がぱたぱたと翅を動かした。
 そうして霊夢が煎餅を食べ終わると、大体同じぐらいの時間に妖精も食べ終わったようだった。何か期待するように目を輝かせてこちらを見上げてくるチビ助に、煎餅が入っていた丸い盆を見せながら、

「もうないわよ」

 と言ってやる。
 妖精は残念そうにしゅんと眉尻を下げた。霊夢はちょっと微笑みながら、

「ほっぺた」

 と、チビ助のふっくらした頬を指さしてみせた。
 それでようやく自分の頬に煎餅の食べかすが残っているのに気がついたらしく、妖精は夢中でそれをつまみ取ると、指ごとぱくりと口にくわえ込んだ。乳を吸う赤子のようにちゅうちゅうと音を立てて啜ったあと、にぱっと笑って嬉しそうに霊夢を見上げる。翅がぱたぱたと動いていた。

「はいはい、どういたしまして」

 おざなりに言いつつ、霊夢は欠伸を一つ。
 のどかでのん気な昼下がり。眠くなるのもしょうがないというものだ。
 そうして座ったままこっくりこっくりやっていると、不意に体が少し重たくなった。
 何かと思って見てみたら、あの妖精が霊夢の背中を一生懸命よじ登っているところだった。
 心ならずも、餌付けに成功してしまったらしい。
 妖精は小さな体格から想像される通り非常に軽く、さほどうるさくするわけでもないので、眠る邪魔にはなりそうもなかった。振り落とすのも面倒だったので、とりあえず好きにさせておくことにする。
 妖精は霊夢の両肩につかまると、首筋に顔を寄せてふんふんと鼻を鳴らし、何やら臭いを嗅ぎ始めた。そして何が嬉しいのか、きゃっきゃと小さな声で笑い始める。

「はいはい、良かったわね」

 おざなりに言って、霊夢はまたも欠伸を一つ。妖精も同じように欠伸をして、霊夢の肩にしがみついたまますうすうと寝息を立て始めた。
 器用な奴だなあと少し感心していると、不意にどこかからおかしそうな忍び笑いが聞こえてきた。
 その方向に目を移すと、母屋の陰から金髪の少女が姿を現した。アリスだ。

「こんにちは、霊夢」
「はいよ、こんにちは」

 ふあ、とまたも欠伸が漏れる。アリスはくすくす笑って霊夢の隣に座りながら、面白がるように見つめてきた。

「なんだか、珍しいもの見たわ」
「なに?」
「この子。そのままにさせておくの?」

 眠っている妖精の髪にそっと指をからめながら、アリスが微笑む。
 霊夢はまた欠伸をしながら、

「別に。どうでもいいかなって」
「そう。今日はずいぶん優しいのね」
「なにが」
「異変のときとかだったら、邪魔な妖精なんて問答無用で吹っ飛ばすのに」
「今は異変のときじゃないし」
「そうだけど」

 アリスは口元に手を添えて、ちょっと複雑そうに笑った。

「ね、霊夢。あなたって不思議な人ね」
「なによ急に」
「他人のことなんてどうでもいいって感じなのに、冷たく見えたり優しく見えたり。ねえ、本当のあなたはどっち?」
「本当の、とか言われてもねえ」

 霊夢は小さく首を傾げる。

「わたしは冷たいからこうしよう、とか、わたしは優しいからこうしよう、とか決めて行動するもんなの、普通は? よく分かんないんだけど」
「なるほど。あなたらしい答えだわ」
「ん。答えだったの、今の?」
「違うの?」
「分かんないけど。まあそれでいいや」

 と言うより、どうでもいい。
 いよいよ眠くてたまらなくなってきた。

「アリス。このチビ助剥がしてくれない?」
「自分でやればいいじゃない」
「めんどい」
「はいはい」

 アリスは苦笑しながら、小さな妖精を優しく引き剥がし、赤子でもあやすように両手に抱いた。
 チビ助は起きる気配もなく、アリスの手の中ですやすやと眠っている。
 それを見て、霊夢は小さく息を吐く。

「妖精は気楽でいいわねえ」
「今のあなただって相当気楽でしょうに」
「まあね。っていうかあんた、何か用でもあったの?」
「別に。何となく寄ってみただけよ」
「ふうん。暇なのね」
「あなたほどじゃないわ」
「うん。よく考えたら暇じゃない奴なんてこの郷にはいなかったわ」

 呟き、ぼりぼりと頭を掻きながら、また一つ欠伸をして、霊夢はその場に寝転がった。
 そしてお休みを言うでもなく、ぐうすか寝息を立てて眠り始めた。



 かあかあと鳴き声が聞こえてきたので目を覚ましてみると、空はすっかり夕暮れの色に染まっていた。
 しょぼしょぼする目を擦り、うん、と一つ伸びをする。
 周りを見回してみたが、妖精もアリスもどこにも見当たらない。
 二人とも、霊夢が寝ている間に帰ったらしかった。
 それについては特に感想を抱くこともなく、霊夢は一つ頷いて、

「なかなか有意義な一日だったわ」

 誰に言うでもなく呟き、欠伸をしながら立ち上がる。
 さて夕飯の支度でもしようかしら、と振り返ったところで、部屋のちゃぶ台の上に何かが載っていることに気がついた。
 見るとそれは小さな人形で、目を閉じた霊夢と、その背にしがみついた妖精をモデルにしたものらしかった。
 どうやら、霊夢が寝ている間に作ったらしい。作り主は影も形も見当たらなかったが。

「あいつも暇ねえ」

 呟きながら近づいたとき、ふと、その人形の下に一枚の半紙が敷いてあるのに気がついた。
 なんだろう、と思ってつまみ上げてみると、そこにはひどく汚い、いかにも習い立てという感じの大きな文字で、

 あいがと

 と書いてあった。
 ぼんやりと数秒ほどもそれを見つめたあと、霊夢は皮肉っぽく唇を吊り上げる。

「へたくそ」

 呟き、半紙を折りたたむと、とりあえず袖の中に仕舞い込む。
 筆やら墨やらを勝手に使われてしまったらしいが、きちんと片づけてあるので許してやることにした。



 <了>
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