スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【東方SS】生涯童貞一直線

2012/2/22に東方創想話に投稿した東方SSです。
 


『生涯童貞一直線』



 その少年がよたよたと危なっかしく飛びながらこちらに向かってきたのは、美鈴がいつものごとく「そろそろ昼寝しようかな」と考え始めた時刻のことであった。

(なんだろ、あれ?)

 基本的に誰もが苦もなく空を飛ぶ幻想郷において、あんなに不格好に飛んでいる者はかえって珍しい。
 しかも驚いたことに、気の感じからして彼はどうやら人間らしいのだ。
 一体何なんだろう、と訝る美鈴の前で、少年はやはり危なっかしくふらつきながら地に降り立つ。
 二、三歩とたたらと踏んで慌てて姿勢を立て直し、ほっと息を吐いてから、おもむろに顔を上げた。
 美鈴の知り合いではない。どこにでもいる人間の少年という感じで、特別変わったところは見受けられない。
 強いて言うなら、この紅魔館がある霧の湖まで一人きりで飛んでくる人間、という点だけが特異ではある。

「ああ……」

 不意に、少年が感極まったような声を漏らした。
 美鈴を見るその目が、感動を堪えきれないように潤んでいる。
 本当になんなんだ、と警戒したとき、少年は迷いのない足取りでこちらに向かってきた。
 そして美鈴の前で直立不動になると、頭突きと間違えそうなぐらいの勢いで頭を下げ、絶叫した。

「好きです! 僕と付き合って下さい!」
「ごめんなさい」

 どんなときでも返事は率直に、というのが美鈴の信条である。



「ああ……まさか、一秒も経たずに振られてしまうなんて……」

 美鈴の隣に座った少年は、紅魔館の塀を背にして深々とため息を吐き、

「やっぱり素敵だ……美鈴さん……!」
「いやいや、それはおかしいでしょ」

 少年の隣で門番の仕事に従事しつつ、美鈴は呆れた声で返す。

「なんで振られたのに素敵とか言っちゃってるの」
「僕が身の程知らずに告白して玉砕したことと、美鈴さんの毅然とした美しさには何の関連性もありませんよ。こうして話しているとまた気持ちが昂ぶってきました。もう一回告白してもいいですか?」
「ごめんなさい」
「なんて迷いのない返事だろう! やっぱりあなたはすばらしい!」
「はいはい」

 もう勝手にしてくれ、という気持ちで、美鈴はおざなりに言う。
 自分に向けられる熱っぽい視線を鬱陶しく思いながらも、さすがにこのままにするのもなんだな、と、いくつか質問してみることにした。

「一応聞くんだけど、わたしが妖怪だってことは分かってる? ほらあれよ、人間食う奴」
「はい、もちろんです。美鈴さんになら食べられても構いません。なんなら今からでも」
「いやいいから。なんか不味そうだし……えーっと、あんたが今やってること、ご両親や友達は知ってるの?」
「はい。好きにしろと言われましたので、家を出ました。今は野宿してます」
「凄い話ね」
「褒めて下さったんですか!」
「呆れてんのよ」

 やれやれ、と美鈴はため息を吐く。たまに「紅魔館の門番はいかほどか」というので勝負を挑まれることはあるが、こういうパターンは初めてである。
 やはり、こんな郷に住んでる連中の中には少々頭のネジが緩んでいる手合いがいるらしい。めげる様子もなく愛の言葉を垂れ流している少年を見ているとそのことがよく実感できる。

「美鈴さん、ここでずっと美鈴さんの可憐な門番姿を眺めていても構いませんか!」
「……まあいいけど。館に侵入しようとしたら問答無用で殺すからね」
「とんでもない、僕の目に映るのは美鈴さんだけです!」
「紅魔館より永遠亭行った方がいいんじゃないの、あんた」
「さすが美鈴さん、ユーモアがあるなあ!」

 嬉しそうに笑う少年を見て、ダメだこりゃ、と思う。
 こちらが何か言うたび相手が勝手に盛り上がってしまうので、美鈴はもう黙って門番をやることにした。
 まったく、こんなに真面目に仕事をするのはいつ以来だろう、という気持ちである。



「相変わらずいい熟睡ぶりね、美鈴」
「ん……」

 声をかけられて起きると、周囲は闇に染まっていた。真面目に仕事をするつもりが、いつの間にか居眠りしていたらしい。
 習慣というのは恐ろしいなあ、と伸びをしながらふと横を見ると、そこにニヤニヤ笑いを浮かべたレミリアが立っていた。

「うわ、お嬢様」
「うわってあんた」
「ああ、すみません。さっきまでそこに変な奴がいたもんで」
「それは知ってるけどね」
「あ、もしかして食べました?」
「ううん。なんか不味そうだったし」
「ですよねー」

 言いつつ、ちょっとほっとする。
 あれでも一応里の人間らしいし、食ってしまったら面倒なことになるかもしれないと思ったのだ。

「熱烈な愛の告白だったわね、美鈴。あの人間、寝てる間も指一本触れずにきらきらした目であなたのこと見てたわよ。紳士よね」
「それはそれで気色悪くないですか?」
「まあ、確かにそうだけど」

 あっさり頷きつつ、「で」と、レミリアはからかうように目を細める。

「どうするの、美鈴」
「どうするもこうするも……」

 美鈴は小さくため息を吐く。

「告白に対する返事はもうしましたし、里の人間なら今やってるのがどんなことか、ぐらいは分かってるでしょ。危ない目に遭ったり最悪食われたりしても、自業自得ですよ」
「あら、案外薄情なのね」
「いきなり告白されたからって、よく知りもしない奴に情なんか湧きますか」
「ふうん……なんか、わざと冷たくしてるようにも見えるけど?」
「そりゃ、変に甘い対応して勘違いされても困りますもの。こっちは全然その気がないですし」
「なるほど、正しい対応だ」

 レミリアがつまらなさそうにぱちぱちと拍手をする。

「じゃ、門番としての仕事に支障はないわけね」
「あるわけないですよ。今後どういうことになったとしても、ここを通すことは絶対にありません」
「よろしい。つまらないけど、よろしい」
「何を期待してるんですか」
「そりゃもちろん、嬉し恥ずかしのラブコメを」
「そんな歳じゃありませんって」
「恋に歳は関係ないのよ、美鈴」
「歳の問題なんて些細なことでしょ、今回は」

 美鈴が肩を竦めると、レミリアはくすくす笑って館の中に入っていった。どうやら単に、変な人間に言い寄られていた門番をからかいに来ただけだったようだ。
 相変わらずお戯れがお好きな方だな、と思いつつ、ふと前方を見やる。今夜の湖は霧が濃く、妖怪である美鈴の目をもってしても、先の方が見通せない。

(野宿してる、とか言ってたっけ、あいつ)

 今頃食われているかもしれないな、と思うと、何とも言えない気持ちになった。



 その期待だか心配だかを裏切るかのように、翌日も例の変人はやってきた。

「おはようございます美鈴さん、今日も素敵ですね!」
「はいはい、おはよう」

 やたらと元気な少年に、呆れながらも挨拶を返す。無視するのが正しいのかもしれないが、誰かに挨拶されて返さないのはとても気持ちが悪い。
 長年続けた門番仕事の弊害である。

(そもそも、無視したぐらいで諦めるようには見えないしなあ)

 こうなればもう成り行きに任せるしかない。どうにでもなれ、という気持ちである。
 そんな美鈴の内心を知ってか知らずか、少年はまた昨日と同じように隣に腰掛け、にこにこしながらこちらを見上げた。

「今日も美鈴さんの門番姿を拝見させて頂いてもよろしいですか!」
「ご自由にどうぞ」
「ありがとうございます!」

 何が楽しいんだかな、と思う美鈴をよそに、少年は隣に座ったままじっとこちらを見つめている。
 それからしばらく、無言の時間が続いた。美鈴は努めて少年の相手をしなかったし、少年の方も何か話すようなことはなく、ただひたすら美鈴を見つめ続けた。
 そんな状態に我慢できたのは、せいぜい三十分ほどだろうか。元来話好きの美鈴としては、この状況は何とも言えず耐え難い。
 仕方がないなあ、と思いつつ、ちょっと躊躇いながらも話しかける。

「昨日は本当に野宿したの?」
「はい、もちろんです。妖怪に襲われましたが、なんとか撃退しました」
「よく無事だったね」
「里の妖怪退治屋の下で三年ぐらい修行しましたので。もちろんあなたにお会いするためですよ、美鈴さん!」
「はいはい」

 適当に流しつつも、美鈴は内心少し驚いていた。
 勢い余りすぎの考えなしに見えたが、よもや三年も修行していたとは、と。

(いや、むしろ考えなしだから三年も我慢できたのかな……?)

 なんとも、判断がつかないところである。
 ともあれ、多少興味を惹かれたのは事実だった。
 そうなると元来話好きの美鈴のこと、次々質問が出てくるのは自然な流れである。

「わたしのことはどこで知ったの?」
「幻想郷縁起や文々。新聞で。一目見たときから虜でした」
「あ、そう。どこに惹かれたの?」
「半日ほどいただけますか」
「やっぱりいいわ。飛ぶときあんなヨタヨタしてるのはなんで?」
「見苦しくてすみません。師匠にも才能がないって言われました」
「なのに三年も、よくやるね」
「褒めて下さったんですか!」
「どうだろうね。ところで、野宿してて妖怪に食われたらって思うと、怖くない?」
「明日またあなたにお会いできると思えば、死んでる暇なんかありませんよ!」
「はいはい」

 とまあ、こんな感じでだらだらと、日が落ちるまでお喋りをした。
 相手の言うことがいろんな意味でおかしいせいもあって、不本意ながらそこそこ楽しい時間ではあった。
 もちろん、それで彼に心を惹かれるというようなことはなかったが。

「では、今日はこれで失礼します」
「はいはい、お疲れ様」

 礼儀正しく一礼する少年に、ぴらぴらと手を振ってやる。彼はそれを見て一段と嬉しそうな顔で笑うと、地を蹴ってまたよたよたと危なっかしく飛んでいく。
 わざわざ紅魔館から離れた場所で野宿する、というのは、少年なりの配慮なのだろうか。美鈴が特別気を使わないのと同様に、彼もまた無礼な要求をすることはない。
 変なところで礼儀正しいというのも、また妙な感じだった。



 少年はそれからも毎日美鈴のところへ通っては、尽きることなく彼女への愛を叫び、あるいは賞賛を浴びせかけた。
 無論、それで美鈴の心が動くはずもなかったが、数日も経つ頃にはしょうもない奴だな、と苦笑する程度の親しみを覚えるようにはなっていた。
 だから、夜中にたまたま通りかかったルーミアにそれとなく少年のことを尋ねてみた。

「ああ、あの子ね。うん、野宿してるよ。あっちの岸辺の辺りで」
「ふうむ、本当にやってたのね。なんともはや」
「前に一回食べるチャンスはあったけどね、面白そうだから我慢したよ」
「そう。ありがと」
「お礼言う立場なんだ?」

 ルーミアがちょっと首を傾げたので、美鈴は頬を掻きながら、

「いや、さすがにねえ……この流れで来なくなったら、ちょっと微妙な気持ちになりそうだし」
「ふうん。そーなのか」
「そーなのよ。あ、もちろん敢えて守ってくれとか言うつもりじゃないから」
「大丈夫だよ。最近妖怪と戦ってるせいでちょっと強くなってきたみたいだし、ちょっとやそっとのことじゃ死なないでしょ。愛の力って偉大だよね」
「愛だか煩悩だか知らないけどね」

 美鈴が何とも言えない気持ちで肩を竦めると、ルーミアは可笑しそうに笑いながら夜空に舞い上がる。
 そうして去る直前、ふと思い出したように、

「ああ、そういえばね」
「ん、なに?」
「ああいう風に野宿する人間って、あの子が初めてじゃないんだよ?」
「え? どういう……」
「じゃあね」

 驚く美鈴に優しげな微笑を一つ残し、ルーミアは闇に溶けるようにその場を立ち去った。



 久しぶりに霧雨魔理沙が襲撃してきたのは、ちょうどその翌日のことであった。正午を回った頃、一直線に飛んできたのである。

「よう美鈴、通してもらうぜ」
「そう言われて素直に通す門番がいますかっての」

 いつものように軽口を叩き合いながら、いつものように弾幕ごっこを開始する。
 そして、いつものようにあっさり負けた。

「じゃ、通してもらうぜ」

 地面に倒れてぶすぶす焦げている美鈴を尻目に、魔理沙は悠々と本館の方に向かっていく。

「最近ますます勝率が落ちてきた気がする……」

 ぼやきながらのろのろ起き上がり、美鈴は服についた汚れを払う。
 弾幕ごっこは美鈴の得意とするところでないとは言え、こうも負け続けなのはなんとも情けない。
 レミリアの方でもその辺折り込み済みらしく、大して叱られることがないから尚更である。

「苦手と言ってももうちょっとはなんとかしないと、さすがに……」

 ぶつぶつ呟きながら門柱に寄りかかったとき、美鈴はふと、近くにあの少年が立っていることに気づいた。
 いつの間に来ていたのか、いつから見ていたのか。
 いつもの興奮した様子はあまりなく、むしろ神妙な顔をしていた。

(あ、こりゃ見られたな)

 美鈴は少年の表情からそのことを察して、少しばかり期待を抱く。
 これで幻滅してくれたらいいのにな、と。

「や、こんにちは」

 美鈴はおどけるように声をかける。考えてみれば、こちらから挨拶するのは初めてかもしれない。

「もしかして、さっきの見てた? いやー、格好悪いこと見せちゃったね、最近負け続けでねー」
「格好悪いだなんて、とんでもない!」

 軽い言葉を、熱い絶叫がかき消した。
 驚く美鈴の前で、少年は拳を握りしめながら何度も頷いてみせる。

「美鈴さんの弾幕を拝見させて頂いたのはこれが初めてですが……想像通り、いや、想像の何倍、何十倍も美しい弾幕でした! 下手をすれば品位を損ないかねないほど多彩なのにも関わらず、驚くほど調和が取れた光の渦! いや、考えてみれば当然でした。弾幕ごっこは美しさを競い合うという理念に基づいた遊び、まさに美鈴さんのために存在すると言っても過言ではないのに僕ときたら」
「いやいやいやいや、待って、ちょっと待って」

 いつも以上に激しい熱弁を、美鈴はちょっと必死になりながら遮った。

「さっきの見てたなら、少し冷静になって考えてみて。わたし負けたのよ、そりゃもうあっさりと、無様に。あれのどこが美しいと」
「勝ち負けなど、美鈴さんの美しさに比べたら些細なことです!」
「あ、さいですか……」

 美鈴は早々に説得を諦めた。幻滅するどころかますます株が上がってしまったらしい。
 こうなるともう、本当に何をしても無駄だという気がしてくる。

(わたしの何がそんなにいいんだかなあ……)

 尽きることなく賞賛の言葉を垂れ流す少年の前で、美鈴は内心首を捻ってしまった。



 そうして夜になって少年が帰り、しばらくすると箒に乗った魔理沙が門の向こうから飛んできた。

「よう美鈴、門番ご苦労さん」
「はいはい。次こそは門前払い食らわしてやるからね」
「次も頭に星空浮かべて、退屈な門番仕事に彩りを添えてやるよ」

 魔理沙は得意げな顔で言う。相変わらず生意気な奴だ、と美鈴は内心苦笑する。
 迷惑な奴ではあるが、この背伸びしている感じが、美鈴は案外嫌いでもない。これで礼儀正しく館に招かれるのであれば、自分も喜んで迎えてやるのだが。

(ま、それはそれでこの子らしくなくて拍子抜けか……謙虚なよりは無茶するほうがよっぽど)

 そんなことを考えたとき、ふと、美鈴の脳裏にあの少年のことが浮かんだ。
 そういえば、最近無茶な知り合いがもう一人出来たのだった。

「ねえ、魔理沙」
「ん、なんだ?」

 美鈴に呼び止められるのは珍しいからだろうか、去りかけていた魔理沙は驚いた顔で振り返る。

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど。最近、あっちの方で野宿しては毎日わたしのところに来る人間の男の子がいてね」
「ああ、お前に告白したって奴な」
「あれ、お嬢様に聞いた?」
「いや。文が新聞に載せてたぜ」
「……最近来ないと思ったら」

 まああの天狗がこんな珍事を見逃すはずもないか、と美鈴はため息を吐きつつ早々に諦める。
 今はそんなことよりも、聞きたいことがあるのだった。

「知ってるなら話は早い。正直よく分かんなくてね。わたしって妖怪に食われる危険を冒してまで毎日会いたいほど魅力的な女?」
「どういう寝言だ。ついに起きたまま居眠りするようになったか」
「いや、わたしもそう思うんだけどねえ……」

 美鈴が頬を掻くと、魔理沙は小さく苦笑する。

「冗談だよ。本当のところ言うと、わたしはそんなに不思議だとは思わないな」
「え、それってあんたもわたしの魅力を認めてるっていう」
「ほざけ。毎年な、二、三人は似たような奴が出るんだよ」
「……へえ?」

 なんだかもの凄いことを言われた気がして、美鈴は一瞬呆気にとられてしまう。
 だが魔理沙は珍しく真顔で、いつものように嘘を吐いているようにも見えない。
 それに、彼女は元々人間の里の出身だと聞いている。ならば、里の人間については美鈴などより深く知っていて当然ではあった。

「……ええと、似たような奴って……外で野宿して、妖怪に会いたがったりっていう?」
「っていうか、妖怪に恋して暴走する奴が、だな。男女問わずだぜ。大抵は食われて終わりだけど」
「なんかあんた、あっさり言ってるけど。それ、問題にならないの?」
「ならん。食われたい奴は好きにしなってスタンスだな、大抵は」

 魔理沙が事も無げに言うものだから、かえって美鈴の方が困ってしまう。

「なんか、よく分かんないんだけど」
「そりゃお前は妖怪だもんな。人間の気持ちは分からなくて当然だろ」
「じゃ、あんたは分かるんだ」
「何となくはな。幻想郷の人間なら、多かれ少なかれ理解は示すだろうと思うぜ」
「どうして?」
「そうだな……」

 魔理沙はどう言ったものか少し考える様子だったが、やがて説明を放棄するように肩を竦めた。

「正直、上手く言えないけど。里の大人やジジババは、よくこんなことを口にするんだ」
「なんて?」
「幻想郷に生まれたら、一度は妖怪に恋をするものだ」

 やけに凄みのある、静かな口調だった。
 無茶苦茶なことを言われているはずなのに、不思議と納得してしまう何かがある。

「妖怪に恋を、ね」
「ああ、そうだ」
「それは、どうして?」
「そりゃ、妖怪がきれいだからだろ。恋をする理由なんてそれだけで十分さ」

 それ以上説明することなど何もない、とでも言いたげな口調だった。
 美鈴は何とも言えず、沈黙を返す。
 魔理沙も少しの間黙っていたが、やがて居心地悪そうに帽子を引き下げた。

「……なんか、凄く恥ずかしいこと言っちゃった気がするぜ。忘れろ、美鈴」
「いや、忘れろったって」
「だったら次来るときに忘れさせてやるから、覚悟しとけよな。じゃあな!」

 一方的に言い置いて、返事をする間もなく飛び去った。その速いこと速いこと、箒の軌跡が尾のように見える様は、まさに流星といった具合である。どうも、余程恥ずかしかったらしい。

(……気持ちが分かるってことは、もしかしてあの子も妖怪に恋したことあるのかな)

 納得できるようなできないような、何とも言えない心地であった。



 翌日も、変わりなく朝がやってきた。
 いつものように門柱に寄りかかりながら、さてどうしたものか、と美鈴は考える。
 どうするもこうするも、やはり気持ちが動かない以上美鈴の方からはどう言うこともできない。今までの対応が間違っているとも思っていないから、今まで通りに過ごすしかない。
 そんなことを考えたとき、遠い湖の上空に、小さく少年の姿が見え始めた。いつものように、ヨタヨタと飛んでくる。

(いや、なんかいつも以上にヨタヨタしてる……?)

 よく目を凝らしてみて、美鈴は息を飲む。
 今日の少年は、顔や腕に包帯を巻いていた。昨日は確かに何ともなかったはずだから、おそらく昨夜負傷したのだろう。実際、彼の姿が近づくにつれて、包帯に血が滲んでいるのが分かってくる。
 どうして、などと考える必要もない。
 妖怪にやられたのだ。食われていないところを見ると、おそらく何とか撃退できたのだとは思うが。
 黙ったまま待つ美鈴の前で、少年は危なっかしく着地した。二、三度とたたらを踏み、踏ん張りきれずに地べたに転がる。少し息を整えてからゆっくり身を起こすと、砂埃を払って顔を上げた。
 そのまま、いつもの笑顔で挨拶してくる。

「おはようございます、美鈴さん! 今日もきれいですね!」
「はいはい、おはよう」

 その傷はどうしたのか……などと、いちいち尋ねたりはしない。少年も殊更傷のことを口に出したりはせず、ただいつも通り、美鈴の隣に座って話を始める。美鈴もまた、取り立てて変わったことなどないように、お喋りに応じた。
 落ち着かない気分ではあったが、取り乱すことはなかった。
 いつかこういうことが起きると、分かっていたはずだ。
 美鈴は忠告したし、来てくれないと寂しい、などという素振りを見せたこともない。無理矢理帰すほど世話を焼く義理もないし、本人だってこういうことは覚悟の上だろう。実際見当はずれの文句は言われていないし、彼に同情を引こうとするような様子は一切ない。
 だから後悔することはないし、今更止めるつもりもないのだ。
 だが、こんな様を見せられて、全く何も感じないというわけにはいかなかった。
 ここまでされたら、彼の気持ちが真摯なものであることは疑いようがない。美鈴への好意や愛情は嘘ではないし、それどころか本人の言葉通りに熱烈で、深いものですらある。
 それが理解できるからこそ、美鈴は困ってしまうのだ。

「……参ったなあ」
「はい?」
「ああいやいや、なんでも」

 言いかけて、美鈴は言葉を切った。バッと顔を上げ、鋭い視線を前方へ飛ばす。

「美鈴さん?」

 不思議そうな少年に、返事をする余裕もない。
 門の正面、湖の向こうから、とても鋭い気を感じる。
 敵意や悪意ではない。
 だが、殺意ではある。

「……最近、こういう手合いは減ってきてたんだけどなあ」

 ぼやくように呟き、かぶりを振る。
 まだ事態が飲み込めていないらしい少年に、美鈴は小さな苦笑を向けた。

「悪いけど、ちょっとあっちの方にでも行って。どうも今度は、愛の告白ってわけじゃなさそうだから」
「え……」

 少年が驚きの声を漏らすのと、その妖怪が唐突に姿を現すのとはほぼ同時であった。

「紅魔館の門番、紅美鈴殿とお見受けする」
「はいはい。何かご用でしょうか?」

 空とぼけた答えを返しながら、美鈴は全身が粟立つような感触を覚えていた。
 いつの間に現れたものか、そこに立っていたのは全身が硬い石で覆われた男であった。ぼろ着れのような服、腰には刀が一振り。
 言うまでもなく妖怪である。
 射殺すような目つきと抑えきれないほどの殺気からして、来訪の目的についてはいちいち確認するまでもない。

「貴殿に恨みはないが」
「お手合わせ、ってわけですね。よろしい、お受けいたしましょう」

 男が刀を抜き、美鈴が構えを取る。
 門の後方、本館の方から視線が向けられているのが分かった。おそらく、レミリアが紅茶を片手に観戦しているのだろう。

(……要するにわたしが勝てると踏んでるわけだ、お嬢様は)

 主の信頼を嬉しく思いながら、美鈴はちらりとあの少年を確認する。
 美鈴さんは僕が守る! などと馬鹿げたことは考えず、素直に指示に従ってくれたらしい。少し離れた場所で、固唾を飲んでこちらを見つめている。

(今度ばかりは格好悪いところは見せられないな、っと)

 視線を戻すよりも早く、美鈴は横に飛び退く。さっきまでいた空間を、鋭い斬撃が通り抜けた。
 久しぶりだが体はなまっていないし、反応も鈍ってはいない。
 これならそこそこいいところを見せられそうだ、と美鈴は踏み込む足に力を込めた。



 長く続いた激闘の果てに、地に倒れ伏したのは男の方であった。
 美鈴の打ち出した崩拳が、男の刀をへし折りながら硬い石の腹を突き破ったのである。
 彼は悲鳴も上げずにどうと倒れ、それ以上はぴくりとも動かなくなった。
 それを確認して、美鈴は大きく息を吐く。

(危ないところだった……)

 勝ちはしたものの、実力的にはほぼ互角であった。相手に打ち込んだのと同じぐらい、美鈴もまた体のあちこちを切り裂かれている。全身血塗れの満身創痍で、左手など指が半分なくなっていた。後で探して、くっつけておかなくてはならない。

(妖怪じゃなかったら死んでるなあ。頑丈で良かったわ、本当)

 痛みを堪えつつ、美鈴は目の前の男をじっと見下ろす。彼の方も相当頑丈そうだったが、許容量を超えてしまったらしい。だが、絶命したその顔には満足げな笑みが浮かんでいて、それが少しばかり救いになった。

(いつもながらいい顔で死んでるな……みんな、大抵そうだけど)

 こうして勝負を挑まれることも、挑んできた相手を返り討ちにするのも、初めてのことではない。殺すのも、そうだ。いつも必ず止めを刺しているわけではないが、命を奪うのが初めてでない以上、動揺はほとんどなかった。殺す気で挑まれている以上、こういうこともある。
 相手に恨みはないし、相手の方も恨みはなかっただろう。
 こういうのは、そういうものなのだ。

(埋葬してあげないとな。お嬢様に報告もしなくちゃいけないし)

 今後のことを考えながらふと顔を上げたとき、美鈴はいつの間にかあの少年が姿を消していることに気がついた。
 いつも野宿をしているという湖の対岸に目をやるが、とうに日が落ちている上に霧が濃く、先の方は全く見えない。

(帰った、のかな)

 少しばかり疑問に思ったが、何分やることがあったので、そのときはあまり気にも留めなかった。



 その日以降、少年が美鈴の前に姿を現すことはなかった。
 あの日いつものように野宿をしていて妖怪に食われてしまったのかもしれないし、急に気が変わって里に帰ってしまったのかもしれない。あるいは、一片の余裕もない死闘を演じている美鈴を見て、恋の熱が冷めてしまった可能性もある。
 だが美鈴は誰に何を尋ねるでもなく、他の誰かと少年について話すこともなかった。
 食われたなら仕方がないことだと諦めるしかないし、帰ったというならむしろ喜ぶべきことだろう。
 悲しくもないし、怒りもない。
 ただ挨拶もなしに去られたことが、少しばかり寂しくはあった。



 そんな小さな思い出を押し流すように、季節は次々と移り変わる。
 大小様々な事件あるいは異変を経つつも、幻想郷は概ね平和に時を刻んでいた。紅魔館も、ときに異変に巻き込まれつつ、あるいは自らが異変の中心となりつつも、幸い大きな不幸に見舞われることはなく平穏を保っている。
 美鈴は門番であるから、その間も門の前を動くことはほとんどなかった。ただ時折宴会に誘われてスカーレット姉妹や咲夜と一緒に出かけたり、相変わらず襲撃してくる魔理沙の相手をしてはじりじりと勝率を下げたりしていた。
 そうした日々の中で、あの少年のことを思い出す機会は目に見えて減っていく。
 ただたまに、風の噂で里の人間と妖怪が結ばれたとか、想い叶わず食われてしまったとかいう話を聞くたび、熱烈に投げかけられた愛の言葉が懐かしく胸に蘇ることはあった。
 そうして十年、二十年と時が過ぎ、とうとう五十年ほどの年月が流れた頃。
 少年は、出会ったときと同様、唐突に帰ってきた。



(……んん?)

 いつもの通り門を守っていた美鈴は、懐かしい気配を感じて眉をひそめながら空を見上げた。
 相も変わらず霧が漂う湖の上空を、何かがヨタヨタと飛んでくる。
 基本的に誰もが苦もなく空を飛ぶ幻想郷において、あんなに不格好に飛んでいる者はかえって珍しい。

(……あれ、もしかして)

 遠い記憶が、急速に蘇ってくる。
 胸が高鳴ったり、ときめいたりすることはなかった。
 ただ、まさか今更、というわずかな驚きと、ようやく帰って来たか、という苦笑めいた感情とが、心を懐かしく震わせるばかりだ。
 黙って見守る美鈴の前で、彼はやはり危なっかしく地に降り立ち、二、三度たたらを踏んで何とか踏みとどまった。そうしてから背筋を伸ばして顔を上げ、迷いのない足取りでまっすぐに美鈴の方に歩いてくる。
 当然ながら、彼はもう老人だった。やせ細った手足、無数に皺の刻まれた顔。しかし動作はきびきびとしていて全く弱々しさがなく、何よりもその相貌はあの日別れたときよりもずっと若々しく、力強い光を放っている。
 彼は本当に老人だろうか。
 いや違う、と美鈴は思った。
 彼は今でも少年なのだ。あの日と何ら変わらぬ、ただ少しばかり皺が増えただけの、恋するお馬鹿な少年だ。
 その考えの正しさを、美鈴はすぐに知ることとなる。

「お久しぶりです、美鈴さん! やはりあなたはこの世で一番美しい!」

 少し嗄れた声を張り上げ、彼は頭を下げながら絶叫する。

「いや、前より大げさになってるから、それ」

 美鈴は苦笑しつつ、軽く手を挙げた。

「お帰り、少年。どこほっつき歩いてたの?」
「おお……! 美鈴さん……!」

 老いた少年の瞳が、溢れんばかりの感動に輝いた。

「僕のことを、覚えていて下さったのですか!」
「あなたみたいな奴のこと、忘れようと思っても忘れられないよ……とか言ったら感動的なのかもしれないけど」

 美鈴は肩を竦める。

「あと五年も遅れたら、もう忘れてたでしょうね。ギリギリセーフってところよ、君」
「それは幸いでした。間に合って良かった」
「ということは、何か準備してたわけね」
「はい、その通りです」

 老いた少年は少しばかり自信ありげに微笑むと、顔を引き締めて腰を落とした。両手を差し上げ、構えを取る。
 美鈴はかすかに眉をひそめた。
 それは間違いなく拳法の構えで、驚くほど様になっていた。

「なに、それ」
「見ての通りです、美鈴さん」

 少年は深く息を吸い、まっすぐに美鈴を見て、言う。

「僕と、一手お手合わせ願いたい」
「……ふうん」

 美鈴は腕組みし、しげしげと少年を眺める。

「要するに、どこかで修行してたわけね」
「はい。妖怪の山の奥で、名のある仙人様と。才能がないからやめておけと言われましたが、熱意を持って話したら分かって下さいました」
「強引に押し切ったっていうのよ、それは。気の毒な仙人さん」

 その光景を思い浮かべて苦笑し、美鈴は問いかける。

「わたしに挑む理由を聞いてもいい?」
「はい。欲が出たのです」
「欲?」
「この世で一番美しいあなたの、一番美しい姿をこの目に焼き付けたい、という欲です」

 祝詞を奏上するような、厳かな声音である。
 だが何を言っているのかよく分からず、美鈴は首を傾げる。

「つまり、わたしは戦っている姿が一番美しいと?」
「そうです。それも、弾幕ごっこではなくて本物の、命の取り合いです」
「それならもう見たでしょう。五十年前のあの日に」
「はい、その通りです。そして、見たからこそ欲が出たのです」

 老いた少年は、かつてと変わらぬ狂おしいほどの熱意を瞳にたぎらせ、唇をつり上げる。

「そう、これは欲です。どうしようもない欲望です。あなたの姿を真正面で見たい、いや、見るだけでなく、全身で感じたい、受け止めたいと思うのです。そのためだけに、この五十年間ひたすら鍛錬を積んできました」
「よくやるね」
「ですが、まだ完成ではありません。あなたと一戦交えるまでは」

 少年の言葉はどこまでも真摯で、嘘がなかった。
 ここまでされて、疑う方がどうかしているが。

(……本当に、もう)

 美鈴はくしゃりと赤毛を掻いた。
 堪えようもなく唇がつり上がり、歓喜の念が胸の奥から突き上げてくる。
 これを受けない、という選択肢はないだろう。

「……一応言っておくけど」

 老いた少年に向き合って構えを取りながら、美鈴は表情を引き締める。

「手加減は、しないからね」
「知ってます。美鈴さんはそういう方ですから」
「上等。では……」

 発、と小さく口に出しながら。
 今度こそ本当にお別れになるかもしれないな、と美鈴は覚悟を決めた。



 結論を言えば、勝負は五秒で終わった。
 修行の甲斐なく、少年は美鈴の踏み込みに反応できなかったのだ。
 一拍遅れて彼が突き出した拳を左手で受け、右の拳を全力で腹にぶち込んで終わりである。
 老いた少年の体は勢いよく吹き飛び、二、三度も地面を跳ねてようやく止まった。
 そのまま、ぴくりとも動かなくなる。
 そうしてしばらく立ち尽くした後、

「……びっくりした」

 大きく息を吐き出しながら、美鈴は目を瞬く。

「まさか、あれで死なないとは思わなかったわ」
「……ありがとう、ございます」

 息も絶え絶え、少年がよろよろと起き上がる。
 その様子を見ながら、美鈴は上機嫌に笑った。

「五十年の修行、っていうのは嘘じゃなかったみたいね。頑丈さだけは妖怪並だわ」
「その点に関してだけは、仙人様にも褒められましたよ。むしろこうなることを見越して、重点的に鍛えて下さったのかもしれません」
「そう。いい人なのね」
「ええ。とてもいいお方でした。美鈴さんには負けますが」

 一言付け加えるのを忘れない辺り、やはり彼は彼らしい。
 美鈴はちょっと笑ったあと、かすかに目を細める。
 全力でやった。あの日と同じように、手加減は一切しなかった。そうするのが当然の礼儀ではあるし、彼だってそれを望んでいただろう。
 しかし、これで良かったのかという疑問が全くないわけではなかった。
 彼の五十年の鍛錬に偽りがないと認めるからこそ、それがたったの五秒で無に帰してしまうのは、あまりにも。

「無駄ではありませんよ」

 老いた少年が、静かな声で言った。

「五秒、です」
「え?」
「五秒間、あなたの一番美しい姿をこの目に、心に焼き付けました。避けることはできませんでしたが、見ることは出来たのです。記憶も飛んでいません。つまり僕のこの五十年は、ただの一秒も、無駄ではなかったということです」

 そう言い、少年は歯を見せて笑う。
 美鈴が今まで見てきた中で、一番幸福そうな笑みだった。

(……かなわないなあ。こんなもの見せられちゃあ……)

 美鈴は苦笑し、ため息を吐く。
 ここまできたら、認めざるを得まい。
 こいつはまったく、大した男だ。

「さて、美鈴さん」

 不意に、少年が笑みを引っ込めた。
 いつか見たのと同じ真面目な顔で、美鈴に向き合う。

「勝負が終わっても生きていたら、あなたに伝えたいことがありました」
「ふむ。なんとなく予想できるけど、言ってみなさい」
「あなたを愛しています! 僕と結婚して下さい!」
「ごめんなさい」

 どんなときでも返事は率直に、というのが美鈴の信条である。
 少年は顔を上げ、うっとりとした笑みを浮かべた。

「ああ……なんてきっぱりとした返事。やはりあなたは素敵だ……」
「あんたも本当に相変わらずね」
「もちろん、僕の愛に変わりはありません。美鈴さんの美しさが変わらないように!」
「はいはい」

 適当に流しつつも、美鈴は笑っていた。
 昔言われたときよりはずっと嬉しく、誇らしい気持ちだった。
 それでも彼を伴侶に、という考えは全く湧かないのだが。

「それで、目的は達成されたわけだけど」

 美鈴は腕を組んで話を切り出す。

「これからどうするの、君」
「そうですね。ここに来る前までは、もう一度想いを伝えられたらもう思い残すことはない、と考えていたのですが」
「が?」

 眉をひそめる美鈴の前で、少年はにっと笑う。

「どうやら、また欲が出てきたようです。五秒間では物足りない。もっと長く、あなたの姿を見ていたくなりました」
「あ、そう。でも、修行するにはもう時間が足りないんじゃない?」
「僕も仙人になります。お迎えの死神を撃退できれば寿命が延びる仕組みだそうです。そしたらまた修行して、ここに戻ってきましょう。そのときは、また相手をしていただけますか?」
「死神さんに勝てる保証はないでしょ。わたしから見てもやっぱり才能ないと思うよ、あなた」
「関係ありません」

 少年はきっぱりと断言する。

「少しでも長く美鈴さんを見ていたいのです。死んでる暇など一秒もありません」
「……そう言うと思ったけどね」

 本当にしょうもない奴だ、と笑ったあと、美鈴は小さく息を吐く。
 ここまでしてもらったのだ。
 そろそろ、少しは応えてやらないといけないだろう。

「あのね、少年」
「なんでしょうか」
「わたしはさっき向き合ったとき、初めてあなたのことを格好良い奴だと思ったわ」

 少年が目を見開く。予想通りの反応だと笑いながら、美鈴は己の胸を叩く。

「わたしも、次やるときはもっと美しい姿をお目にかけましょう。約束するわ。友達同士の約束よ。いい?」

 小さく首を傾げる美鈴の前で、老いた少年は天を仰いでかすかに身を震わせていた。
 やせ細ったその体に力が漲っていくのが、美鈴にはよく分かる。

「美鈴さん」
「なに」
「僕は今なら、死神だって秒殺できます……!」

 少年の瞳がぎらぎらと光り輝く。
 美鈴は笑って手を挙げた。

「そう。ならあんまり待たなくても良さそうね」
「はい。期待していて下さい!」

 皺だらけの手を勢いよく美鈴の手に叩き合わせ、少年は踵を返す。
 老いて力をなくしたはずの体が、むしろ昔よりも力強く、ぶれることなく駆け去っていく。
 美しいな、と思って、美鈴は目を細めた。

「凄い、凄い!」

 不意に背後から声が聞こえて、美鈴はゆっくりと振り返る。
 門のそばに、興奮した様子のフランドールが立っていた。

「あら、妹様。もしかして、見てらっしゃいました?」
「うん! 全部見てた!」

 フランドールは悪びれず、満面の笑みで頷く。
 さすがにちょっと恥ずかしいな、と美鈴が照れていると、フランドールは夢見るような声で言った。

「凄いねあの人、五十年も修行して、恋の迷路も一直線! ただの人間にそこまでさせちゃうなんて、美鈴は魔性の女なのね!」

 凄い言われようだなあと内心苦笑しつつ、

「大したもんでしょ?」

 美鈴は少しばかり得意になって、片目を瞑った。



 <了>
関連記事
スポンサーサイト

コメント

素敵な作品でした。

良い小説があると人から薦められて読みに来ました。
素晴らしかったです。これから他の作品に目を通すのが楽しみです。

コメントの投稿


非公開コメント

文字を大きく・小さく
    ジャンル(+クリックで展開)
    登場キャラ(■クリックで展開)
    プロフィール

    aho

    Author:aho
    ―――――――――――――
    東方創想話
    イコレート(ゲーム製作)
    pixiv
    SS速報VIPにて活動中
    ―――――――――――――
    pixivID:63347
    twitter
    ―――――――――――――
    SS速報VIPトリップ:
    aho◆Ye3lmuJlrA

    ―――――――――――――
    誤字脱字カテゴリ分類間違い等
    見つけて下さった方はweb拍手、
    コメント、メールフォーム等で
    ご連絡頂けると幸いです

    最新記事
    月別アーカイブ

    2037年 02月 【1件】
    2017年 04月 【1件】
    2015年 08月 【1件】
    2015年 03月 【5件】
    2015年 02月 【3件】
    2014年 06月 【1件】
    2014年 02月 【2件】
    2014年 01月 【4件】
    2013年 12月 【4件】
    2013年 10月 【2件】
    2013年 08月 【1件】
    2012年 09月 【5件】
    2012年 02月 【2件】
    2011年 09月 【2件】
    2011年 03月 【3件】
    2011年 02月 【1件】
    2010年 12月 【28件】
    2010年 10月 【3件】
    2010年 09月 【7件】
    2010年 08月 【4件】
    2010年 07月 【5件】
    2010年 06月 【2件】
    2010年 05月 【2件】
    2010年 04月 【3件】
    2010年 03月 【2件】
    2010年 02月 【3件】
    2010年 01月 【1件】
    2009年 12月 【2件】
    2009年 11月 【2件】
    2009年 10月 【1件】
    2009年 09月 【5件】
    2009年 08月 【1件】
    2009年 07月 【4件】
    2009年 06月 【3件】
    2009年 05月 【1件】
    2009年 03月 【4件】
    2009年 02月 【1件】
    2009年 01月 【2件】
    2008年 12月 【4件】
    2008年 11月 【4件】
    2008年 10月 【4件】
    2008年 09月 【2件】

    最新コメント
    最新トラックバック
    カウンター
    メールフォーム

    名前:
    メール:
    件名:
    本文:

    検索フォーム
    リンク
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。